「だからさ、兄さんには無理なんだってば」

 私はからかうように、兄ウィリアムに言った。

 「兄さんには、兄さんのいいところがあるのよ。
  たまたまその才能が、ディガーに向いていなかった…それだけなんだから」

 「確かにミッチの言う通りだよ」

 兄は、私に何かを放ってよこした。
 サイフ?
 それは途中で失速し、綿のようにゆるやかにテーブルの上に落ちた。

 「俺には金もない。実績もない。だが、これだけなら誰にも負けないってものが一つだけある」

 「夢の大きさ…でしょ?」

 幼少の頃に両親を亡くし、それ以来、私達兄妹は貧窮極まりない生活を強いられてきた。
 周りの人たちにも、よく馬鹿にされた。
 意味もなく嫌われたりした。
 私は、家でよく泣いた。
 そんな私に、二つ年上の兄はこんな話をしてくれた。

 「いつか、俺はタイクーンになる。
  タイクーンとなって、あの連中達を見返してやる。だからミッチ、泣かないでくれ」

 そして。
 兄は、未だにタイクーンとなる夢を捨てていない。
 頑固と言ってしまえばそれまでなのだが、一度決めたことは決して曲げない…それが私の兄なのだ。

 「そうさ。夢の大きさなら誰にも負けない。そりゃ、俺はお前みたいに出来はよくないさ。でもな…」

 兄はここで一呼吸置いた。

 「でもな、あきらめちまったら、それまでだろ?」

 兄の目は、少年のままの純真無垢な輝きを秘めていた。
 私は、そんな兄の「夢物語」を聞くのが大好きだった。

◆◆◆

 「―――つぅッ?!」

 激しい痛みで我に返る。10年も前の夢を見るなんて……。
 肩を激しく切り裂かれ、吹き上げた血が目に入ったらしく、焦点が上手く定まらない。
 どうして…。どうして、こんなことにッ!?
 目の前に存在するは不気味な魔物。
 しかし、それは私の兄なのだ。

 人の思念を具現化する氷のメガリス。

 「タイクーンになりたい」

 兄は中心部でこう願った。
 しかしメガリスは、純真な兄の純粋な願いを聞き入れなかった。
 兄のアニマは暴走した。

 「殺るしかないな」

 ヴィジランツの一人が、斧を構える。

 「やめてッ!! 兄はまだあの中で生きているの! 何か…何か救う方法があるはずよ!」

 魔物の中には消えかけてはいるが、しかしはっきりと兄のアニマが感じられるのだ。
 兄の声が私のアニマに直接響く。

 「ミッチ…心配することなんて何もないんだ…。これでいい…これで…」

 これでいいわけないよ!
 私は強面(こわもて)のヴィジランツの前に立ちふさがった。

 「ラベール、邪魔をするなッ。もう、お前の兄を救う方法は一つしかないんだ!」

 そんなこと分かっている。
 でも私には、兄を見捨てることなど出来なかった。

 「私が、なんとか説得するッ! だから、兄さんに攻撃するのはやめ―――きゃあッ!!」

 魔物の一撃に、私は吹っ飛ぶ。
 地面に胸を強打し、口から血が溢れる。
 息が出来ない。
 肺をやられたのか?
 折れた肋骨が、肺を貫いたのか?

 薄れゆく意識。
 ぼやける視界。
 私は目を細め、焦点を合わせようとした。

 劫火術の詠唱を始めるディガーの姿。
 やがて、彼は印を結び…兄は灰になった。
 「…幸せに…生きるんだぞ…」」
 兄の最期の言葉…。
 そこで、私の意識は…とぎれた……。

◆◆◆

 ふぅーっと目が覚める。ベッドの上?
 そこはヴァイスラントの宿屋だった。

 今までのは全部夢だった…?
 私は、起き上がろうとして―――

 「痛ッ……」

 胸に強く、そして鈍い痛みを感じて、それは叶わなかった。

 夢ではなかった。
 涙が溢れる。止めどなく流れる。
 兄の死は、夢ではない。
 現実だ。
 とうとう私は一人になったんだ…。
 どうして――? どうして…こんなことに……?

 その瞬間、私の中に今まで体験したことのない感情が芽生えた。
 必死に振り払おうとしても、消し去れない。
 逆恨みだということは、分かっている。
 だけど…それでは私の気持ちが収まらなかった。

 「ウィル・ナイツ……」

 私は、兄を殺したディガーの名を口にした。

 「必ず…殺してやる」

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