非道ぇ!

もう何年も前の話になりますが、取引先の輸入業者からとあるブランドのギターの
サンプルを入れてみたのだけど様子が怪しいのでチェックしてくれとの依頼がありました
そのブランドはアメリカの超有名ギタリストの名前で本人が組み込んでいるとの事
プロギタリストプロデュースのブランドと言うのは珍しくも無いのですが
本人が製作していると言うのはあまり聞いたことがありません
業界に30年も居て汚れ切っている私はこう聞き返しました
「それ名目上でしょ?」
と。すると輸入業者のスタッフは
「いや、現場を見たわけではありませんが本当に本人が組み込んでいるらしいんです」と
「ふ〜ん…」とチェックを始めました
まず、明確な音詰まりがあると言う事でフレット廻りのチェック
まず見るからにフレット摺り合わせがされていない
と言ってもこれはアメリカの小規模工房のギターでは良くある事で
私にすれば案の定な事です
塗装は随分と綺麗な仕上がりなのでこれは外注に出しているんでしょう
まぁ配線廻りも特に問題無し
フロイドローズのロックナットが1弦側に寄って付いているのが
少し気になるけど輸入品では良くある事で輸入業者としては目をつぶる範囲
と云う事でフレットの摺り合わせだけを当店で施工する事になったのですが
ロックナットが無い方が作業がしやすいので外そうとしたところ
ネジの頭がポロっ…「やっちまった!」
ネジを折ってしまいました
「何でネジを緩めて折れるん?」と思われる方もいらっしゃるでしょうが
締めこむ時にネジが折れるギリギリの負荷が掛かっていた場合や
ネジが錆付いていた時など意外と起こる事なんです
で、あ痛たたぁ〜と、とりあえずロックナットを外すと、 ん?ネジの廻りが何か変…

なんと!接着剤の跡!
アロンαの様な硬く透明な接着剤の跡です
何やら不穏な臭いがプンプンです
輸入業者にこの写真を送り確かに怪しい痕跡である事を了解してもらい埋まったネジを取り出す事に。

太いネジであればリストラクターと言う折れネジ除去の道具を使って抜き取ることが出来ますが、この様に細いネジはそれが使えませんので極細の刃物をミニルーターに取り付けてネジの廻りから掘り出して行きます
上の画像はネジの廻りを1週掘ったところで「あ、これも画像に撮ってかなければ」と撮影した物で実際にはコレをどんどん掘り下げてネジを抜き取る事になります
で、一つ前の画像で気が付いた方もいらっしゃると思いますが6弦側のネジ穴もこのありさまです
一度埋めた跡がありますがその後に開けた穴が木部に半分しか掛かっていません
半分しか掛かっていない所はネジの役目を果たせませんからその奥の方でやっとネジが引っ掛かっていたと言う事ですね
あと、画面から顔を離してトラスロッドアジャスターの部分を観察してみてください
ネックの真ん中に付いていない事が分かりませんか?
元々トラスロッドが真ん中に付いていない上にロックナットを1弦側に寄せてしまったものだからこの様にネジが半分しか掛からない事になってしまっています
で、折れたネジですがミニルーターで掘り出したところ不正が明らかになりました

上の黒いほうが6弦側に付いていたネジで下の銀色の物が折れていたネジです
掘り出し作業中にネジ山の一部が削れてしまいましたがネジの先端など削れていない所も銀色なのが確認出来ると思います
その横の黒いネジの頭が折れたネジの頭に乗っかっていた“モノ”です
ここで一体何の事か理解できない方もいらっしゃるでしょう
ロックナットを外す前の画像があれば簡単に合点がいくと思うのですがこんな事になるとは思いもしなかったのでその画像がありません
ですので文章での説明になりますがなるべく理解して頂ける様に順を追ってご説明いたします

ロックナットを外す前、その取り付けネジの頭は1弦側6弦側共に黒い色で通常使うネジよりもネジの頭が小さくまるでテンションバーを止めるネジのようだったが特に気にも留めなかった
                  ↓
ネジを外し始めると1弦側のネジの頭は回した途端ポロっと落ちた
                  ↓
折れたネジの周辺にアロンαの様な接着剤の跡があった
                  ↓
落ちたネジの頭と繋がっていたはずの折れネジは掘り出してみると銀色だった
                  ↓
折れたネジの頭と折れていなかったネジの頭を見比べると間違いなく同じ物
しかし、掘り出したネジは色、先端部分の作りが明らかに違う…

つまり、最初に折ってしまったと思ったネジは製造時にすでに折れていてそれをごまかす為にアロンαでネジの頭を接着していたと言う事です
そもそもです 折れていなかった方のネジ、これはロックナットを止めるネジではなく
やっぱりテンションバーを止める為のネジだったです
なんでそうなったか?その過程を推理するのですが6弦側の埋められた穴、この存在が謎でいつ開けられていつ埋められたかそこが理解できません

そこでこのギターの製作者の作業手順そのものを推測してみます
少なくとも私はロックナット取り付けの穴を開ける時はロックナットをネック中央に置いて1弦側・6弦側両方のネジ位置にキリで印を付け同時に穴開けしますが、この製作者は片方の位置を決めて穴開けし、まず片方だけネジ止めしてロックナットを固定してからもう片方を開けると云った手順を取ったと仮定します
この仮定が正しければ何故こうなったかが見えてきます

まず6弦側のネジ穴を開けたところロックナットがすごく6弦側に寄ってしまって気に入らなかった
                  ↓
そこでこの穴を埋めて位置を修正して今度は1弦側の方の穴を開けた
                  ↓
開けた穴にネジを捻じ込んだところでネジが折れてしまった
(恐らく下穴が小さ過ぎたか浅過ぎたかでネジに負担が掛かった)
                  ↓
折れたネジの抜き方が分からない…
まぁ6弦側のネジ一本でも止まっていれば固定になるかと放置
                  ↓
この位置のまま6弦側の穴を開けたらトラスロッド調整穴にかぶってネジが利かない
                  ↓
長いネジを使えばトラスロッド調整穴の奥で引っ掛かるようになるな
と本来のネジではなく長いテンションバー用のネジで固定する事にする
                  ↓
6弦側だけネジ止めしてロックナットを固定したところやはり1弦側にネジの頭が無いのは不自然だった
                  ↓
見た目だけでも体裁良くする為に6弦側に使ったのと同じテンションバー用のネジの頭を切って接着剤で貼り付けた
                  ↓
意外と問題無く使えちゃった  (・ω<) てへぺろ

と言った感じではなかったのかと。
そもそもココのネジは緩んでいるとアーミングした時にロックナットごと動いてチューニングの狂いの元になってしまうので定期的に緩みのチェックが必要な場所です
以前コラムでもちょこっとアドバイスとして書きました
もしオーナーが緩みのチェックの為にネジを回したら…なんて事は考えなかったんでしょう
そうでなくてもどこかで修理や調整の為にロックナットを外す事になる…なんて事さえも想像出来なかったんでしょう
いや、しかしですよ。イマジネーションが命のプレイヤーがそれほどの想像力を持っていないはずは無い!そう思いたいと思いませんか?
きっと輸入代理店をも欺くような悪質なエージェントが絡んでるのでは?
そうだ!そうに違いない!!
そう言えばこのギターには件のギタリストが発案したと言われる機構が採用されていません
なんだかプンプン臭いまくります

結局フレット摺り合わせの他にロックナットの取り付け直しもする事になりましたが、元々この記事は輸入業者との関係からコラムにするつもりは無かったので完成の画像がありません
そこでどう仕上げたか文章でご説明しますと、折れネジを掘り出した穴、トラスロッド調整穴に掛かった6弦側の穴を共に埋め直し、ロックナットはネックの真ん中に設置すると6弦側の止めネジ穴がまだ少しトラスロッド調整穴に掛かってしまいますので意図的に6弦側に寄せて穴開けして固定しました
その結果、弦は全て6弦側に寄ってセンターずれがあるように見えてしまいますがロックナットをしっかり固定する事が最優先されますし、この方が通常弦落ちしやすい1弦が弦落ちし難くもなります

後日、その輸入業者からこのギターの取り扱いを止めたと聞きました
真実は何であれこんなギターを出してくる奴とは付き合わないのが正解です
と言う事で数年経った今コラムに書く事にしました
最近珍しくもコラムの更新回数が多いのですがそれは取り貯めた画像フォルダから記事にするつもりが無かったものなど引っ張り出して書いているからでもうネタも切れそうです(^_^;)

*画像に写っているもの・このギターが超有名ギタリストのブランドという事は紛れも無く真実ですがそれ以外はほとんど筆者の推測です
鵜呑みにしないであなたなりに解釈して下さい
また違った推理が出来てそれはそれで楽しいかも?
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