コラム

日本の四季を化学する−第7回 クリスマスの化学−

12月に入ってやっと冬らしい日が続き始めました。師走と聞いただけでなぜか大人は忙しく感じますが,子供たちはクリスマスと冬休みが近づいてきて街のイルミネーションのようにルンルン気分のようですね。そこで今回はクリスマスとクリスマスにはつきものの雪の話題についてお話しましょう。(今回は化学というよりも”科学”のお話です。)

1)クリスマスの起源

クリスマス(Christmas)はキリスト教においてイエス・キリストの誕生を祝う記念日で,12月25日がこれにあたります。しかし昔は日没を一日の境目としていたので,前日の12月24日の夕刻にはすでに25日になっているとされていたので,24日の夜をクリスマス・イブ(Christmas Eve)として祝います。

「Christmas」はよく「X'mas」と略記されることがありますが,英語圏の国ではこのような表記の仕方はせず,「Xmas」または「X-mas」と略記します。「X」はヘブライ語のメシアのギリシャ語訳である「キリスト」の原表記の頭文字「X」を「Christ」を表す略記としたものです。

2)日本のクリスマス

日本での初めてのクリスマスは,1552年に山口・周防において宣教師たちが開催したミサが最初でした。しかし江戸期にはキリスト教自身が宗教的弾圧を受けていたために庶民には浸透せず,明治に入って東京銀座を中心とした商業施設の整備に伴って,クリスマスが商業的広報手段として利用されるようになったことが大きな契機でした。大正期に入ると児童・少女向け雑誌などに盛んにクリスマスにまつわる話や挿絵などが掲載されましたが,本来の宗教的意味は薄れたままの状態で庶民に急速に浸透していきました。

そして現在の日本ではクリスマスは完全に定着し,どこの商業施設でもクリスマス商戦と称して早ければ11月下旬ぐらいから色とりどりのイルミネーションやクリスマスツリーが飾られています。また若者たちの間でイブの夜には彼氏,彼女と一緒に過ごしたいという意識が強いのも日本独特のものらしいです。

3)サンタクロースの正体?

クリスマスといえば,白いひげに赤いコスチュームでトナカイのソリに乗って登場するサンタクロース。南半球では12月は夏なので,トナカイのソリには乗りません。オーストラリアではサーフィンをするサンタクロースが切手になっています。

サンタクロースは4世紀頃の東ローマ帝国におけるキリスト教の教父,聖(セント)・ニコラウス(ニコライ)が起源といわれており,娘を結婚させることができない貧乏な信徒の家に夜中にこっそり施し(金塊という説と財布という説があるそうです。)を投げ込んだらそれが靴下の中に入ったという逸話が残っています。この「セント・ニコラウス」をオランダ語で「シンタクラース」といい,17世紀になってオランダがアメリカに植民したことで「サンタクロース」の語源になったとのことです。

現代のようにクリスマスのプレゼント役として定着したのは,1822年にコロンビア大学の神学の教授であったクレメント・クラーク・ムーアが闘病中の娘のために書いた聖ニコラウスに関する詩が,友人の手によって新聞に掲載されたことが契機となりました。また”白いひげに赤い服のお腹が大きなおじいさん”というイメージは,1862年にムーアの詩に触発されたトーマス・ナストが週刊誌に八頭だてのトナカイのソリに乗ったサンタクロースを描いたのがきっかけで,1900年代に入って商業的効果を目的としたイラストにされて急速に世界中に広まっていきました。

日本では1875年(明治5年)にプロテスタントであった原胤明(はら たねあき)が主催したクリスマスパーティー(これが日本で最初のクリスマスパーティー)で登場したのが最初といわれています。当時のサンタクロースは大小脇差を携えた純和風のサンタクロース(当時の記録では”さんたくろう”(三太九郎)と記述)であったそうです。

4)雪のないクリスマスなんて・・・。

クリスマスといえば,サンタクロースと同じようにつきものなのが雪。でも気象庁のこの冬の長期予報によると今年も暖冬だそうで,スキー場でも雪不足が深刻化しそうですが,北の雪国で生活されている方々にとっては,雪の中で生活するというのは本当に大変なことだと思います。ここからは雪に関する話題に移りましょう。

a)雪ができるまで
 冬になるとシベリアからの乾燥した冷たい季節風が,日本海上空で対馬暖流(海面水温は真冬でも5〜10℃)の熱と水蒸気を受け継いで上昇し,雲(雲の正体は微細な水滴(「雲粒」といいます)の集まりです)を作ります。これが日本海側の地方や東北,北海道の北国で雪を降らせています。ではこの雪雲の中身は雪の粒子ばかりかというとそうではなく,雪雲の初期の状態では多くても1m3中に0.1個ほどしかないそうです。というのは,純粋な水は0℃以下になってもなかなか凍りません(この現象を過冷却といいます)。冬季の雪雲も-10℃では半分が水滴のままで残っていますが,大気中を浮遊する細かな埃のようなものが存在すると,それが核となって,瞬時に凍って氷晶といわれる雪の赤ちゃんが誕生します。さらにこの状態から結晶が成長し,雪の結晶が誕生します。実際に地上に降ってくるまでには雪の結晶同士がくっつきあった「雪片」(一般には”ぼたん雪”といわれています)や雪の結晶の表面に水滴が付着して凍りついた「雲粒付雪結晶」として降ってきます。

b)雪の結晶の形
 では雪の結晶はどのような形をしているのでしょうか?雪の結晶は結晶学でいう六方晶系に属し,別名”六花”と呼ばれるように六角形を基本として種々の形をしています。主なものには以下のようなものがあります。[参考文献3)から引用]

  • ・針状結晶(針・さやなど)
  • ・角柱状結晶(角柱・砲弾・砲弾集合など)
  • ・板状結晶(角板・扇形・樹枝・立体樹枝・放射樹枝など)
  • ・角柱・板状組み合わせ(鼓型など)
  • ・側面結晶
  • ・雲粒付結晶(雲粒付き角板・雲粒付六花・霰状雪・霰など)
  • ・不定形(氷粒・結晶破片など)
  • ・初期氷晶(小角柱・小角板・小六花など)

c)雪の博士・中谷宇吉郎
 なぜこのような六角形の結晶ができるのかという疑問を解明しようとしたのが,北海道大学元教授で雪博士といわれた故中谷宇吉郎博士です。中谷博士は1900年に石川県片山津の呉服雑貨店の長男として生まれ,22歳で東京帝国大学理学部物理学科に入学し,物理学者寺田寅彦博士の指導を受けて実験物理学を志すようになりました。卒業後は創設して間もない理化学研究所の寺田研究室の助手を経て,1930年30歳のときに北海道大学理学部助教授に就任後雪の結晶の研究を開始し,現在の北大低温科学研究所の基礎を築きました。また中谷博士,そしてその師である寺田博士も物理学者でありながら優れた随筆家としても有名で,あらゆる現象,事象への科学的な観察力,考察力を基にした科学随筆は高く評価されており,中学や高校の国語の教科書でお目にかかられた方は多いと思います。また,1948年には日本映画社の協力により「中谷研究室」プロダクションを設立し,科学映画の製作指導にもあたり,後に岩波映画製作所となった同プロダクションからは,映画監督の羽仁進(ドキュメンタリーや野生動物の記録映画を撮り続けている。),評論家の田原総一郎(「朝まで生テレビ!」などの討論番組でおなじみ。)などが巣立っていきました。
 故中谷博士の業績として最も大きいものが世界で始めて人口雪の作成に成功したことです。1936年3月12日のことでした。大学の当時の研究施設であった-50℃にまで下げられる低温室内で行った試行錯誤のうえの成功でした。装置はいたって簡単なもので,高さ1mほどの円筒状の銅板製装置内の上部に装着したウサギの毛に雪の結晶を成長させるというものでした。なぜウサギの毛が適しているのかというと,ウサギの毛を顕微鏡で見ると瘤があるためにこれが核となって雪の結晶が成長しやすいためと結論づけられています。

d)天からの手紙
 人口雪の作成以後,雪の結晶の形は主として気温に依存し,水蒸気量(湿度)の変化によってもより複雑な形に変化することが発見されました。つまり雪の結晶を観察すればそれが成長した雲の中の気温,水蒸気量などの成長条件がわかることになります。中谷博士の著書「雪」[参考文献5)]のなかで「雪の結晶は、天から送られた手紙であるということができる。そして、その中の文句は結晶の形及び模様という暗号で書かれている。」と述べています。現在でもこの暗号を解読する努力は続けられており,現在ではウサギの毛などを使わずに空中の一点に結晶を浮遊させながら成長させ,観察することができる装置が開発されました。これにより気温,湿度といった条件だけでなく,結晶の大きさと落下距離,成長に要する時間なども観測することができるようになりました。
 雪の結晶を”天からの手紙”と表現したのはきわめて科学的な事実に基づいたものではありますが,非常にロマンチックですね。でも北陸地方生まれの中谷博士は,雪国の冬の生活を少しでも楽にしたいという思いから雪の研究に打ち込まれたのかもしれません(参考文献5)や6)の導入部にはその思いがにじみ出ています)。今年のクリスマスを恋人と過ごそうと思っておられる方は彼氏,彼女にお話してあげてはいかがでしょうか。

※参考文献

1)「クリスマスの文化史」若林ひとみ著,白水社(2004).

2)Webサイト「日本クリスマス博物館」
   http://www.christmasmuseum.jp/

3)Webサイト「北海道 雪探検館」
   http://yukipro.sap.hokkyodai.ac.jp/lab/teach.html

4)Webサイト「中谷宇吉郎 雪の科学館」
   http://www.city.kaga.ishikawa.jp/yuki/

5)「雪」中谷宇吉郎著,岩波書店(1994).

6)「中谷宇吉郎随筆集」中谷宇吉郎著,樋口敬二編,岩波書店(1988).

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