コラム

日本の四季を化学する−第8回 お酒の化学−

1月半ばをすぎて12月から忘年会,そして年が明けて新年会とお酒を飲む機会が多い日がやっと落ち着いたころでしょう。それまでアルコール漬けだった身体の中もやっとリフレッシュして本調子,という方も中にはいらっしゃるのでは・・・?そこで,今回のコラムはお酒をテーマにすすめてみましょう。

1)酒の起源

2004年に中国の紀元前7000年ごろの遺跡である賈湖遺跡(かこいせき)から出土した土器片を分析すると,米・果実・蜂蜜などで作った醸造酒の成分が検出されたという報告があり,これが今のところ最古の酒といわれています。日本では,昭和28年8月に長野県藤見町の井戸尻遺跡群(縄文中期,紀元前4000〜3000年ごろ)の高森新道第一号竪穴式住跡から,有孔鍔付土器(ゆうこうつばつきどき)が出土しました。この土器の内側にはヤマブドウの種子が付着し,容量は50〜60リットル(1升瓶にして30本分)でアルコール発酵に理想的な形であったそうです。日本ではこれが最古の酒であるとされており,カップ状や椀型土器が一緒に出土したことから,作った酒は神事に使用していたのではないかといわれています。

では太古の昔のお酒はどうやってつくっていたのでしょうか。一般にお酒は果実や米,麦,芋などの雑穀類のデンプン質を糖化酵素によって分解し(「糖化」といいます),生成したブドウ糖で酵母菌にアルコール発酵させることによりお酒をつくります。

最初の仕込みでは,日本酒では麹カビ,ビールやウイスキーでは麦芽を原料と一緒に混ぜることにより麹や麦芽から酵素が溶出し,その酵素の力で糖化が行われます。太古の昔はこのような微生物を利用する技術はなかったが,山で採ってきた果実をとってきて土器の中に入れていたら,空気中に浮遊している細菌によっていつの間にか芳香のする液体ができていた。つまり果実は糖分がもともと多いので糖化処理をする必要がなく,放置するだけで空気中の細菌によってアルコール発酵が進んでいたに違いありません。古代の人間にはこのような知識はなかったでしょうからが,縄文時代なので生死をかけて苦労して集めてきた食べ物を簡単に捨ててしまうことは考えにくいですから,勇気を出して飲んでみたら何ともいえない味と香りがした,というのがそのきっかけだったのでしょう。

2)”口噛みの酒”

では,今のように米や麦などのデンプン質が多い穀類がその原料となった酒はどうやって造られるようになったのでしょうか。参考文献1)よれば,現在のような穀類を原料とする酒から醸造酒がつくられるようになる前は,クルミ,クリなどの堅果類やアワ,ヒエなどの雑穀がその原料とされ,微生物による糖化処理を行う代わりに原料の雑穀を口で噛んだものを吐き出して土器の中にため,自然にアルコール発酵させていたそうです。

なぜ口で噛んでいたかというと,唾液の中にはアミラーゼというデンプン分解酵素があり,これが糖化処理の代わりをしていたらしいのです。ご飯を食べているときなどに口の中が甘く感じるのは,このアミラーゼの働きによるもので,古代の人も雑穀類を噛んでいると口の中が甘く感じることに気がついて,一旦口の中で噛み砕いたものを唾液と一緒に吐き出してお酒を造ろうと考えたに違いない,と参考文献1)の著者である小泉武夫(東京農大教授)は推理しています。実際にこのようなつくり方をしていたという記録も残っており,ごく近年まで北海道紋別のアイヌの熊祭りや先島諸島の石垣島などの呪術的祭事のお神酒として,巫女が噛んだ”口噛みの酒”がお神酒として用いられていたそうです。小泉教授は実際に自分の研究室で,当時の大学院生,学部生の4人の女子学生に”口噛みの酒”を再現させたそうです。もちろん研究としてやっておられたのでしょうから,発酵の各段階でさまざまな分析測定に使用したのでしょうが,肝心の味は誰が確かめたのでしょうか?

またこれは蛇足ですが,昭和50年に放映されたテレビアニメ「はじめ人間ギャートルズ」(原作:園山俊二)では”サル酒”というのがでてきました。このアニメの中では,サルにヤマブドウなどの果物を口で噛ませて吐き出させるとお酒になっているというものでした。子供心にそんなバカなと思っていましたが,まんざらウソでもなかったんですね。

3)蒸留酒の伝播

次に,最近ブームの焼酎をはじめとする蒸留酒の起源について考えてみましょう。蒸留酒はアルコール発酵(二次仕込み)が終わったもの(二次もろみ)を蒸留し,留出液をさらに熟成させたもので,一般にアルコール度数が高く,沖縄の泡盛も蒸留酒の一種です。このほか蒸留酒といえば,北欧のウィスキー,オランダのジン,フランスのブランデー,ロシアのウォッカ,メキシコのテキーラ,フィリピンのランバノフ(ヤシの蒸留酒)などがありますが,北方の国々ではからだを温めるため,南方の国々ではさわやかな味とカレーのような発汗作用によって体温を下げることを目的として愛飲されています。日本の泡盛や焼酎ももとはタイなどの東南アジアから伝わった蒸留技術をもとに沖縄(琉球国),薩摩(現在の鹿児島)を経由して国内に広まっていったといわれています。では,北欧やロシアのように寒い北方の国々であればわかるのですが,なぜ南方の暑い国,地方で腐敗,変質をせずに酒造りができたのでしょうか。

それは蒸留酒の醸造メカニズムに秘密があります。日本の焼酎の仕込には白麹菌(泡盛に使われる黒麹菌の変異種)が使われます。これらの菌による二次仕込みの結果,アルコール度数にして13〜15度のアルコールが生成するのと同時に副生成物としてくえん酸が生成します。このクエン酸によって二次もろみのpH(「ピーエッチ」と読み,酸性の度合いを示す1〜14の数字で,7が中性,7以下ならば酸性,7以上ならばアルカリ性です。)は約3前後にまで下がり,梅干並みの酸っぱさがするそうです。この酸性によって仕込み中に雑菌が繁殖するのが抑えられ,温かい南方の国々でもお酒をつくることができるのだそうです。ただし,副生成物であるくえん酸は不揮発性(蒸発しにくい性質)なので,蒸留時は蒸留されずに粕の方に残るため,留出したアルコール分にはさわやかな味だけが残るというわけです。一方,非蒸留酒である日本酒は焼酎の1/20程度の酸性にしかならないため,秋に収穫した米を使って腐敗しないように寒い冬の間に仕込みをするというわけです。

4)中国の蒸留酒

実は中国のお酒には蒸留酒が非常に多く,平均アルコール度数55%の蒸留酒を総称して白酒(「パイチュウ」と読みます),日本でもおなじみの紹興酒に代表される非蒸留酒を黄酒(「ホアンチュウ」)といい,白酒はその高いアルコール濃度を利用して様々なもの(ヘビ,トカゲ,などの動物,昆虫から果実,植物にいたるまで)を漬け込んだ薬用種(葯酒,配製酒ともいいます)によく利用されます。

また白酒の仕込みに用いられる曲(「チュイ」:日本でいう麹)は糸状菌のクモノスカビでつくりますが,その仕込みの際に不揮発性のフマール酸などのカルボン酸(先ほどの焼酎の製法の際にでてきたくえん酸もカルボン酸の一種)や酢酸エチル,カプロン酸エチル,酪酸エチルなどの揮発性(蒸発しやすい)エステル類ができます。紹興酒のような黄酒ではその酸味が残った味(日本酒の4倍程度の酸性)になりますが,白酒は蒸留することによって酸味が取り除かれ,高いアルコール度数とその芳香の元となるエステル類を含む「薫り高い」酒として得られます。したがって白酒はアルコール度数だけではなくその香りの種類によっても分類されますが,の種類や作り方(原料の違いや配合の違いなど)によっても異なります。

でもこんなに強いお酒は,日本酒に慣れている日本人にとってはかなり刺激が強く,かつ少し飲んだだけで周囲に匂いが漂うくらいに芳香が強いため,日本の中華料理店では白酒のかわりに黄酒(特に紹興酒)が出されることがほとんどです。でも本場中国の人も酒豪が多いわけではなく,あくまでも油っぽい中華料理を食べながら少し口に含むことによってアルコールと芳香で口の中をさっぱりさせているのではないでしょうか。こんなに度数の高いお酒で日本の宴会のように何度も乾杯や一気飲みをしていたら,あっという間にそこらじゅう酔いつぶれている人でいっぱいになってしまいます。

5)お酒に強い人と弱い人

a)アルコールの人体への影響
 通常,人がお酒を飲むとアルコールは人体の中でどうなるのでしょうか?夏の暑い時期によく冷えたビールを飲んだときはよく「五臓六腑に染み渡る」というような表現をしますが,実際は飲酒後1,2時間で摂取したアルコールの70%が小腸から,残りの30%が胃から吸収されるそうです。つまりアルコールのほとんどは胃で吸収されずに小腸で吸収され,逆に胃は小腸にアルコールが到達されるのを遅らせる役割をしています。よって空腹時に飲酒した場合には胃に食物がないためにアルコールの吸収速度が上昇し,逆に志望を多く含む食物を多く摂取するとアルコールの吸収が遅れるため酔いの回りが遅くなります。
 吸収されたアルコールは血液にも入り,体内のすべての組織・臓器の水分の中に均等に分布すると考えられています。その後アルコールの迅速に脳細胞の中へも入り込み,麻酔薬や睡眠薬と同じように神経細胞の細胞膜に存在する神経伝達物質の受容体に作用して「酔い」を引き起こします。そして最終的にはアルコールの大部分は肝臓でアルコール脱水素酵素(ADH)とアルデヒド脱水素酵素(ALDH)によって二酸化炭素と水に分解されます。このADHによってアルコールはアルデヒドに分解され,これをALDHが酢酸に分解するわけですが,この中間生成物のアルデヒドが気分が悪くなったりする「悪酔い」の原因物質です。

酵素によるアルコールの代謝 体内におけるアルコール代謝

b)黄色人種は白人よりも酒に弱い?
 先ほど出てきましたADHやALDHなどの酵素は生体反応をスムーズに進めるための,いわば触媒の役割をするたんぱく質です。たんぱく質は私たちのからだ(すなわち細胞)を形づくっている重要な生体物質で,たくさんのアミノ酸が順に結合してできた大きな分子であり,結合しているアミノ酸の種類や数,そしてその結合順序の違いによって生体内部でそのような生体反応に関与するかが異なっています。簡単に言えば,鍵を挿入するための鍵穴(これを「活性部位」といいます)のような役割をしており,その鍵穴の中で選択的に生体反応が行われます。すなわち,アミノ酸の結合のしかたによって鍵穴の形が違ってくると,挿入できる鍵の種類,形が選択的に制限され(その中で行われる反応も異なる),どのような生体反応に関与するかが異なってくるというわけです。このたんぱく質が合成される際にどのアミノ酸をどのような順序で結合するかという情報は,遺伝子によって保存されています。生物細胞の中心である核の中にある遺伝子の実体はアデニン(A),グアニン(G),シトシン(c),チミン(T)の4種の核酸塩基が結合した巨大分子で,DNA(デオキシリボ核酸)といえばご存知の方も多いと思います。実はこの4種の核酸塩基の配列(結合順序)こそがたんぱく質を合成する際の情報であり,たんぱく質の元になってるアミノ酸の結合順序を決定する因子なのです。
 ところで,ALDHは170個のアミノ酸からなるたんぱく質ですが,その163番目のアミノ酸を決定する遺伝子の塩基配列(塩基配列では487番目に相当)がグアニンになっている人とアデニンになっている人がいるそうです。このような遺伝子配列の違いは,日本人では約半数の人がもっているそうですが,このように個人個人の間で遺伝子の塩基配列が異なることを遺伝子多型(頻度が稀な塩基配列の違いは「遺伝子変異」といわれ,何らかの病気の原因となることが多いようです)といいます。後者の遺伝子多型の場合,ALDHが合成されると163番目のアミノ酸がグルタミン酸からリジンに変わってしまうため,活性部位(先ほど説明しました,鍵を差し込むための”鍵穴”に相当する部分です)の構造が変化してしまい,アルデヒドを分解する速度は前者の塩基配列をもつ人よりも十数倍遅くなってしまいます。結果としてお酒を飲んでもすぐに酔っ払う体質となってしまうので,この遺伝子多型は「下戸」の遺伝子といえます。このような下戸遺伝子多型は日本,韓国,中国,台湾などのアジアにおいては約半数の人がもっており,白人にはほとんどありません。すなわち,黄色人種は白人よりも酒に弱いというのは間違いのない事実のようです。

イノシン酸の構造式 イノシン酸

c)お酒のあとに食べるラーメンはなぜうまい?(おまけ)
 最後におまけです。お酒を飲んだ後に食べるラーメン,あれって何であんなにウマイのでしょうか?体内に取り込まれたアルコールはADHとALDHによって分解され,最終的に水分と二酸化炭素となって体外に排出されます。その結果体内の水分は不足し,分解反応のエネルギー源としてブドウ糖が消費されるので,血中の血糖値が下がり,食欲が沸きます。そこでラーメンを食べると,ラーメンのスープは水分を補給することになりますし,麺の炭水化物の消化によって血糖値ももとに戻ります。またスープには材料に使っている豚骨や鰹節などから溶け出したイノシン酸が豊富に含まれています。このイノシン酸は動物性の旨味成分の一種ですが,ADHやALDHの働きを助ける役割(酵素の働きを補うので「補酵素」といいます)があるのだそうです。つまり,飲酒後にラーメンが食べたくなるのはこれらのことを身体が欲しているのだろうと思います。でも反面,塩分,脂肪分の過剰摂取は今流行のメタボリックシンドロームの原因になることは間違いありませんので,気をつけましょう。

※参考文献

1)「酒に謎あり」小泉武夫著,日本経済新聞社(2004).

2)「酒乱になる人,ならない人」眞先敏弘著,新潮社(2003).

3)「化学よもやま話」関崎正夫著,東京化学同人(2000).

4)「毒性学入門−毒性発現機構への生化学的アプローチ−」藤田正一監訳,技報堂出版(1998).

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