第7章 HbA1cとグリコアルブミンの個別化と標準化

7.4) CGMを用いたアルブミンおよびヘモグロビン糖化係数決定の実際

作成日:2019/1/4,最終更新日:2019/11/29

 前々ページ(第7章 7.2),前ページ(第7章 7.3)でCGMによるアルブミン糖化係数とヘモグロビン糖化係数の計算法について述べましたが,本ページでは,その具体的な方法について説明します.解析には CGM-GI解析ソフト(CGM-supported Glycation Index Analyzer) を用います.CGM-GI解析ソフトとその使い方に関する説明書はダウンロードページから自由にダウンロードできます.ダウンロードしたソフトは自由に使っていただいても構いませんが,著作権は放棄していませんので,改造はお断りします.

1.解析の目的とCGMの施行方法

 HbA1cとグリコアルブミンは先行期間の平均血糖 \(AG\) に比例します.従って,HbA1c,グリコアルブミン,\(AG\) の間には \begin{align} &HbA1c = β_1 × AG + 2.15\\ &GA = β_2 × AG \end{align} という関係があります.ただし,式(1)はHbA1cとしてはNGSP値を用いた場合の関係式です(本ページではHbA1cとしてはNGSP値を用います).本ソフトは,FreeStyle LibreProを用いて持続血糖測定(CGM)を行い,患者毎のヘモグロビン糖化係数 \(β_1\) とアルブミン糖化係数 \(β_2\) を計算することを目的としています.

 本ソフトでは,これら2つの糖化係数を計算するために
  ステップ@:CGMの結果を用いて \(β_2\) を計算
  ステップA:過去のGA-HbA1c同時測定の結果を用いて \(R=(HbA1c-2.15)/GA\) を計算
  ステップB:\(β_1 = β_2 × R\) で \(β_1\) を計算
という手順を採用しています.

図1.CGM-GIA法のための検査計画

 ステップ@を行うためには,CGMの開始時と終了時にグリコアルブミンを測定することが必要です.
●グリコアルブミン測定時刻をCGM開始時と終了時に完全に一致させることは実際には不可能ですので,同日であれば十分です.同日でなくても計算できますが,精度が低下します.
●CGMの期間は10日以上あれば十分です.CGM期間が9日以下でも計算はできますが,CGM期間が短くなると計算精度が低下します.
●HbA1cは参考値ですので,入力しなくても問題はありません.

 ステップAとBを行うためには, HbA1cとグリコアルブミンの同時測定の結果が必要です.
●誤差や血糖変動による影響を小さくするため,同時測定は複数回実行されていることが望まれます.同時測定が1回しかなくても計算はできますが,計算精度が低下します.
●同時測定は血糖の安定した時期になされていることが必要です.血糖が不安定な時期の同時測定結果は誤差を大きくする可能性があります.同時測定の結果が平均的結果からずれていないかどうかは,計算の途中で対比グラフを用いて確認するようになっています.大きくずれたデータは除外する方が計算精度が上昇します.
●初診の患者では \(β_2\) は正しく計算できますが,\(β_1\) は正しく計算できません.初診時に同時測定を行っても,\(R\) が正しいかどうか確認できませんので,\(β_1\) を計算しても信頼することはできません.このような患者では,血糖が安定した後に同時測定を行い,CGMの再解析をすることが必要です.
●余りに血糖コントロールが不良の場合は,血糖改善と共に \(β_1\),\(β_2\) が変化する可能性があります.このような場合は,必要であればCGMをやり直してください.

2.CGM-GIAソフトの概略

 CGM-GIAソフトおよび使い方のマニュアルはダウンロードページからダウンロードしてください.詳しい使い方はマニュアルに記載してありますので,ここでは概略を述べます.

 本ソフトで解析を行うためには,次の4種類のデータが必要です.
    @ FreeStyle Libre Proを用いたCGMのデータ
    A CGM中に行ったSMBGデータ
    B CGM開始時と終了時におけるグリコアルブミンの結果
    C 過去に行ったグリコアルブミンとHbA1cの同時測定結果
これらはプログラムを起動すると,menuページに表示されますので,指示に従って入力してください.

 menuページの「解析」をクリックする計算が始まり,次の解析結果が各ページに順に表示されます
    ページ1:CGMの経過:日内変化の一括表示
    ページ2:CGMの経過:日内変化の2分割表示
    ページ3:CGMの経過:日内変化の3分割表示
    ページ4:CGMの経過:全データの時間経過とSMBGとの比較
    ページ5:CGMデータとSMBGデータの相関分析結果
    ページ6:\(β_2\) の計算結果
    ページ7:GA-HbA1c同時測定結果の経過と対比チャート
    ページ8:GA,HbA1cに関する糖化係数の解析結果とサマリー


図2.CGM-GI解析ソフトによる解析結果

 以上の中で重要な項目について次節以後で説明します.

3.アルブミン糖化係数 \(β_2\) の計算法

 本ソフトの最重要部はアルブミン糖化係数 \(β_2\) の計算です.本ソフトを用いれば,原理を知らなくてもアルブミン糖化係数が自動的に計算できますが,具体的な手順に興味がある方のために計算法について説明します.

3.1.解析対象データ

図3.CGMおよびグリコアルブミン測定期間と解析対象データの関係

 最初に,計算の対象となるデータ範囲について説明します.アルブミン糖化係数の計算のためには,CGMと共に,その開始時と終了時にグリコアルブミンを測定します.しかし,グリコアルブミンの測定時刻をCGMの開始時刻と終了時刻に完全に一致させることは不可能です.このため,通常は両者に数時間以内のずれが発生することになります.このずれの関係は次の4パターンになります(図3).
 A:グリコアルブミン測定が前後共にCGM期間の外側
 B:終了時のグリコアルブミン測定がCGM期間の外側
 C:開始時のグリコアルブミン測定がCGM期間の外側
 D:グリコアルブミン測定が共にCGM期間の内側
解析対象とするCGM期間は図3に赤線で示した期間で,CGM期間とグリコアルブミン測定時刻の双方の内側の時間となっています.A,B,Cの場合は,グリコアルブミン測定の一方または双方が解析対象期間の外側になっています.この場合は,前後のグリコアルブミン値を直線で結び,解析対象期間の開始時または終了時に相当する時刻のグリコアルブミンを計算し,その値を用います.

3.2.グラフ解析法

図4.アルブミン糖化係数のグラフ解析

 具体的なアルブミン糖化係数の計算は第7章 7.2で述べたグラフ解析法で行います.図4に解析結果の1例を示します.ただし,横軸には \(τ\) を採用しています.このグラフには曲線Aと直線Bの2本が示されています.

 Aは,横方向に伸びた曲線で \begin{align} β = eGA / eAG \end{align} の計算結果を示しています.ただし, \begin{align} &eGA = \frac{GA_0 - GA_1 e^{-αS}}{1 - e^{-αS}}\\ &eAG = \frac{G_1 + G_2 γ + … + G_N γ^{N-1}} {1 + γ + … + γ^{N-1}}\\ &α = 0.693 / τ \end{align} です.\(GA_1\),\(GA_0\) は解析対象期間の開始時と終了時のグリコアルブミン値,\(τ\) は血中アルブミンの代謝半減期,\(S\) は解析対象期間の長さです.式(3)の右辺のデータは \(τ\) 以外は全てCGMの検査結果から得られる数値です.従って,曲線Aは \(τ\) を仮定した場合に臨床データから得られる \(β_2\) の計算結果を示します.

 Bは,左下から右上に伸びる直線で \begin{align} β_2 = 1.443 k τ \end{align} の理論的変化を示しています.\(k\) はグリコアルブミン産生速度定数で,初期値では標準値(\(k=0.00523\))を用いています.曲線Aと直線Bの交点が患者の \(β\) と \(τ\) の解析結果になります.

4.グリコアルブミン産生速度定数 \(k\) に関する諸問題

 アルブミン糖化係数は上記のグラフ解析法で正確に計算することができるようになりました.計算に用いた数値は \(k\) 以外は全てCGMの検査結果から得られます.\(k\) の値はCGMの結果から得ることはできず,過去のデータからの推測値を用いています.\(k\) 値については次のような問題があります.
 @ \(k\) 値はどのようにして決定されたか?
 A \(k\) 値が変化した場合,解析結果にどのような影響が出るか?
 B \(k\) 値を正確に定量する方法はないか?
以下に,これらの問題について検討を行います.

4.1.\(k\) 値はどのようにして決定されたか?

 解析に用いた \(k\) 値は過去のデータから得られた数値を用いています.既に述べましたが,グリコアルブミンと平均血糖 \(AG\) の間には \begin{align} GA = \frac{k}{α} AG \end{align} という関係があります.標準的患者におけるグリコアルブミンと平均血糖の関係については第5章 5.3で述べましたが, \begin{align} GA = AG × 0.1283 \end{align} となっています.従って,標準的患者の \(α\) を \(α_0\) とすると \begin{align} k / α_0 = 0.1283 \end{align} となります.\(α_0\) の代わりにアルブミン代謝半減期 \(τ_0\) を用いると,この式は \begin{align} k τ_0 = 0.1283 × 0.693 = 0.0889 \end{align} となります.

表1.\(τ_0\) 標準値と \(k\) 値

 

 血中アルブミンの代謝半減期は14〜20日とされています.そこで,平均的な半減期として

\begin{align} τ_0 = 17 \text{日} \end{align} を採用すると,上式より \begin{align} k = 0.00523 \end{align} となります.\(τ_0\) を14日,17日,20日とした場合の \(k\) 値を右の表1に示します.ここで示す \(τ_0\) は個々の患者の \(τ\) ではなく,標準的患者の \(τ_0\) です.\(τ_0\) の正確な値は調べてもよく分かりませんでした.大きくずれていないと思いますが,もし \(τ_0\) が17日から大きくずれると,その分だけ \(k\) 値もずれることになります.

4.2.\(k\) 値が変化した場合,解析結果にどのような影響が出るか?

図5.\(k\) 値が変化した場合のグラフ解析の結果

 このように \(k\) 値は正確な値が分かっていません.では,\(k\) 値が変化すると解析結果にどのような影響が出るのでしょうか? 図4にアルブミン糖化係数の計算のための解析グラフを示します.\(eGA\),\(eAG\) の計算には \(k\) は関係していませんので,曲線Aは \(k\) 値の影響を受けません.これに対し,直線Bは勾配が \(k\) のため,\(k\) に直接的に依存します.求める \(β\) は両者の交点ですから,CGMの結果次第では \(k\) 値の影響を大きく受ける可能性があります.

 最初に,血糖コントロールの安定した症例を考えましょう.このような症例では \(eGA\),\(eAG\) は共に \(τ\) に依存しない一定値になり,曲線A1のようにほぼ水平に近い曲線になります.このような場合,\(k\) 値によって直線BがB1,B2,B3と変化しても交点の \(β\) の値は殆ど変化しません.従って,臨床的には殆ど影響がありません.

 次に,CGM中に血糖コントロールが改善した症例を考えましょう.この場合,\(eAG\) は過去の血糖の加重平均ですので,\(τ\) が長いほど過去の高血糖時の寄与が大きくなり,その値が高値になります.一方,グリコアルブミンは \(τ\) が長いほどゆっくり低下し,CGM終了後も低下を続けますので,\(eGA\) は小さくなります.これらの結果,血糖がCGM中に改善した場合は,曲線AはA2のように右下がりの曲線になります.ここで,直線B1,B2,B3との交点を考えると,\(k\) 値が大きいほど交点の \(β\) が大きくなります.従って,CGM中の血糖変化が大きいほど,臨床的な結果への影響も大きくなります.血糖コントロールがCGM中に悪化した場合は A1 は右上がりの曲線になり,逆の現象が起こります.従って,\(k\) 値が誤っていたり,病態によって \(k\) 値が変化したりすれば,正しい結果が得られない可能性があります.

 この問題を避けるためには,\(k\) 値を正確に確定することが基本ですが,CGMをできる限り血糖の安定した時期に行えば \(k\) 値が変化しても影響は出ないことになります.CGM中に血糖コントロールが大きく変化した場合は,このような問題を考慮しながら結果の解釈を行う必要があります.

4.3. \(k\) 値を正確に定量する方法はないか?


図6.CGMを2回行った場合のグラフ解析の結果
A1:血糖が変化している時期のCGM
A2:血糖が安定している時期のCGM

 以上の検討では \(k\) 値として標準値を用いましたが,各患者の \(k\) 値を個別に求めることはできないでしょうか?
 この答えは上の 4.2節の説明の中にヒントがあります.一人の患者にCGMを2回行えばこのことが可能になります.教育入院にて血糖が大きく改善した症例を考えましょう.入院中にCGMを行い,そのデータを解析すると,解析グラフは図6のA1のように右下がりの曲線になります.この症例に血糖が安定した時期にもう一度CGMを行うと,その解析グラフは同図のA2のようになり,A1と一点で交差します.この症例の \(k\),\(τ\) を \(k_i\),\(τ_i\) とすると,交点の値は \begin{align} (β,τ)=(1.443k_iτ_i,   τ_i) \end{align} となっていますので,交点の値から \(k_i\),\(τ_i\) を計算することができます.

 理論的にはこのようになります.実際の有用性についてはまだデータはありませんが,複数回のCGMを行えば興味深い研究ができる可能性があります.Flash Glucose Monitoring (FGM) やCGM付きのCSIIを行っている患者であれば,グリコアルブミンを定期的に測定すれば \(k\) と \(τ\) の個人差や再現性を詳しく検討できると考えられます.将来,このような解析を必要とする症例が増えるのであれば,解析ソフトを作成し,提供したいと思います.

5.分割数 N はいくつが適切か?

表2.分割数 \(N\) による \(β_2\) の変化

 ここでは分割数 N をいくつにすればよいかを検討します.LibreProは15分毎にデータを記録し,14日間で最大1344個のデータを記録しています.従って,N=1344 とすれば血糖変化を完全に再現することができます.しかし,グリコアルブミンは平均血糖を反映する指標ですから,全体をいくつかの区間に分割し,各区間の血糖は平均血糖で代表すれば十分ではないかとも考えられます.
 表2に N を1〜50 に変化させ,その影響を検討した結果を示します.この表で明らかなように,\(N ≥ 5\) になるといくら N を大きくしてもほとんど影響がないことが分かります.CGM-GIAでは初期値を \(N=14\) としていますが,興味のある方のために,N を変えて計算できるようにしています.

6.欠損値の取り扱い方

 CGM-GIA法で最も重要なことの一つは血糖の正確なパターンを把握することですが,少し激しい運動をすると血糖値が測定されず欠損値になることが時々あります.本ソフトでは欠損値のある場合は前後の血糖値を直線で結び,補完することにしています.しかし,食間など血糖の安定している時間帯はこれで十分かも知れませんが,食直後など血糖変動の大きい時間帯は数点の血糖値が欠損するだけで血糖値のパターンに大きな影響が出る可能性があります.欠損値の補充法には
  @直線で結ぶ
  A前後の日の同一時刻の血糖値を入れる
  B時間毎の平均値を入れる
など,いろいろな方法が考えられますが,どの方法が最善かは血糖のパターンによって変わります.欠損値が多い場合は,解析結果もその分だけ正確性が低下します.余りに欠損値が多い場合は,CGMをやり直すことが必要です.

7.CGM-GI解析法の精度

 最後に,CGM-GIA法の精度について検討します.この方法の精度を決める最大の因子はCGM機器の測定精度で,第2の因子はグリコアルブミンの測定精度です.アルブミン糖化係数 \(β_2\) は \begin{align} β_2 = eGA / eAG \end{align} で得られます.従って,\(eGA\),\(eAG\) の測定精度が低下すると,そのまま \(β_2\) の計算精度に影響します.特に,グルコースの測定精度にはまだまだ問題があり,完全に信頼するのは無理なようです.本ソフトでは,CGM中にSMBGを行い,両者の一致度を確認するようにしていますが,SMBGもしばしば真の血糖から大きくずれますから,両者の比較で十分とは言えません.また,CGM機器で測っているのは間質液のグルコース濃度ですから,真の血糖値からずれている可能性もあります.計算精度を上げるためには,CGM中に何回か検査室で血糖を測定し,CGMのグルコース値を校正すべきかも知れません.CGM機器のグルコース測定精度は非常に重要な問題ですので,今後の機器の性能向上に期待したいと思います.