第5章 HbA1cとグリコアルブミンの精度と誤差

5.3) 肥満者におけるグリコアルブミンの低下

作成日:2018/12/29,最終更新日:2019/1/16

 グリコアルブミンはHbA1cと共に糖尿病の診療に欠かせない血糖コントロール指標ですが,いろいろな要因により影響を受けます.これらの要因の中で最も問題になるのは肥満による影響です.グリコアルブミン値は肥満により低下することが指摘されていますが,糖尿病患者には肥満者が多いので,その影響を無視することはできません.ところが,グリコアルブミンに対する肥満の影響をどのようにして解析すべきかという最も基本的な問題が解決していません.ここでは,この問題についての定量的な取り扱い法を中心に解説したいと思います.

1.肥満のグリコアルブミン値への影響をどのようにして調べるか?

 肥満によるグリコアルブミン値への影響が多数の報告で指摘されています1-7).しかし,いずれの報告も肥満によりグリコアルブミン値が有意に低下することは示されてはいますが,定量的な解析はなされていません.定量的な関係が明らかでなければ,その影響を補正することができませんので,グリコアルブミン値から血糖コントロール状態を正確に判定することができません.
 肥満の影響を解析する場合における最大の問題は,グリコアルブミンを決定する最大の因子が血糖であり,肥満の効果は血糖に比べれば非常に小さいということです.肥満の効果を解析するためには血糖値の影響を取り除く必要があります.その方法としては,次のような方法が考えられます.
  @コントロール不良や血糖不安定の症例を除く.
  A症例数を増す.
  B多変量解析を行う.
@は,血糖の不安定な症例ではグリコアルブミンの変動や誤差が大きくなり,有意差が出にくくなります.これを避けるための方法ですが,選択バイアスが入る危険性が大きくなります.Aは症例数が増えれば有意差は出やすくなりますが,相関係数や回帰係数は変化しません.Bはよく用いられる方法ですが,各因子の効果が加算できない場合は正しい結果が得られません.
 最も大事なことは,適切なモデルと解析方法を確立することと考えられます.

2.肥満の影響の数理生理学的な取り扱い法

 先行期間の平均血糖を \(AG\) とすると,グリコアルブミンと血糖の関係は基本的に \begin{align} GA = a × AG \end{align} と書くことができます.\(a\) は血糖値に対する比例係数で,糖化係数と呼びます.肥満はこの \(a\) 値を変化させると考えられます.言い換えると,\(a\) がBMIの関数となりますので,上式は \begin{align} GA = a(BMI) × AG \end{align} と書くことができます.このように記載すると,肥満の効果を明らかにするということは,関数 \(a(BMI)\) の形を明らかにすることになります.BMIの影響が小さい場合,第一近似としては,その効果はBMIの基準値からのずれに比例すると考えることができます.すなわち \begin{align} a = (1 + c   ΔBMI)   a_0 \end{align} と書くことができます.\(a_0\) は \(BMI=22\) の時の \(a\) 値,\(ΔBMI\) は \begin{align} ΔBMI = BMI - 22 \end{align} で,BMIの22からのずれ,\(c\) は肥満の効果を表す比例係数です.以上より, \begin{align} GA = (1 + c   ΔBMI)   a_0 AG \end{align} となり,この式(5)がグリコアルブミンに対する肥満の効果を解析する基礎方程式になります.

 上式で,グリコアルブミンと \(AG\) および \(BMI\) の関係式が得られましたが,ここには,まだ \(AG\) が残っていますので,対象者の \(AG\) の測定が必要になります.すなわち,対象者全員にCGMを行って \(AG\) を調べ,上式を用いて解析すれば最も正確にグリコアルブミンのBMI依存性を調べることができます.これが最も基本的な方法です.

 しかし,多数の症例にCGMを行うのは現実には非常に困難です.そこで,浮かび上がるもう一つの方法がHbA1cと比較する方法です.HbA1cはBMIには依存しないようですので, \begin{align} GH = HbA1c - 2.15 = b × AG \end{align} と書くことができます.ただし,HbA1cとしてはNGSP値を用います.GHはその血糖比例部で,2.15は固定部です.グリコアルブミンとGHの比を計算すると \begin{align} R = \frac{GA}{GH} = (1 + c   ΔBMI)   R_0 \end{align} となります.\(R_0\) は \begin{align} R_0 = a_0 / b \end{align} で,\(BMI=22\) の時の標準の \(R\) です.このようにGHとの比を取ると,血糖の影響を除いて肥満の影響を解析することが可能になります.

3.各文献のデータの再解析結果

 これまでにグリコアルブミンに対する肥満の影響を報告した論文について,上記モデルで再解析を行ってみました.下記にその解析結果を示しますが,非糖尿病者および2型糖尿病患者の場合は,いずれもグリコアルブミンはBMIに有意に依存し,\(c\) 値は 0.007〜0.016 になりました.従って,BMIが1増加すると1/100ほどグリコアルブミンが低値になることになります.
 1型糖尿病に関してはHirataら(2015)がBMIに対する有意な依存性は見られなかったと報告しています.しかし,1型糖尿病では血糖変動の激しい症例が多いためバラツキが大きくなること,高度肥満者が少ないためBMIの分布幅が小さいこと等により統計学的に有意差が出難いという問題点もあります.データの蓄積だけでなく,どのようにすればBMI依存性の有無を効率的に検出できるかという方法論的な研究も必要かも知れません.

1) Koga et al 1) (2006)

図1.Koga et al (2006)

 糖尿病患者(2型406名,1型20名)を対象に,グリコアルブミンに対する肥満の効果を調べた論文です.データを図1に示します.グラフから数値を読み取ると,回帰式は \begin{align} R = 2.95 ( 1 - 0.012 ΔBMI ) \end{align} となります.従って.\(c=-0.012\) という結果になります.

2) Nishimura et al 2) (2006)

図2.Nishimura et al (2006)

 非糖尿病の小児におけるグリコアルブミンに対する肥満の効果を調べた論文です.データを図2に示します.HbA1cが肥満児と非肥満児で差がないのに対し,グリコアルブミンは肥満児で有意に低下しています.従って,小児においても肥満はグリコアルブミンを低下させることが分かります.ただし,小児のBMIは成人のBMIと質が異なりますので,回帰式の計算はしませんでした.

3) Koga et al 3) (2007)

図3.Koga et al (2007)

 非糖尿病者におけるグリコアルブミンに対する肥満の効果を調べた論文です.データを図2に示します.同様に,グラフから数値を読み取ると,回帰式は \begin{align} R = 2.77 ( 1 - 0.013 ΔBMI ) \end{align} となります.従って,\(c=-0.013\) になります.


4) Miyashita et al 4) (2007)

表1.Miyashita et al (2007)
 2型糖尿病患者におけるグリコアルブミンに対する肥満の効果を調べた論文です.データを表1に示します.これらのデータから回帰式を作ると \begin{align} R = 2.73 (1 - 0.016 ΔBMI) \end{align} となります.従って,\(c=-0.016\) になります.

5) Wang et al 5) (2012)

表2.Wang et al (2012)
 非糖尿病者を対象にグリコアルブミンに対する肥満の影響を調べています.主な結果を表2に示します.これらのデータから \(c\) を計算すると   \begin{align} &c=-0.014   \text{Men}\\ &c=-0.015   \text{Premenopausal women}\\ &c=-0.016   \text{Postmenopausal women} \end{align} という結果になります.


6) Koga et al 6) (2015)

図4.Koga et al (2015)

 2型糖尿病患者を対象に調査した論文です.HbA1cはBMI依存性がなく,グリコアルブミンはBMI依存性を示しています.グラフから数値を読み取ると,回帰式は \begin{align} GA = 17.5 (1 - 0.007 ΔBMI) \end{align} となっています.従って,\(c=-0.007\) となります.




7) Hiarata et al 7) (2015)

図5.Hirata et al (2015)

 1型糖尿病および2型糖尿病の患者におけるグリコアルブミンに対する肥満の影響を調べたものです.データを図5に示しますが,肥満の影響は2型では有意でしたが,1型では認められませんでした.2型糖尿病患者のデータを見ると,回帰式は \begin{align} R = 2.77 (1 - 0.011 ΔBMI) \end{align} となっています.従って,2型糖尿病では \(c=-0.011\) となります.

参考文献

  1. Koga M, Matsumoto S, Saito H, Kasayama S: Body mass index negatively influences glycated albumin, but not glycated hemoglobin, in diabetic patients. Endocr J 53:387-391, 2006.
  2. Nishimura R, Kanda A, Sano H, et al: Glycated albumin is low in obese, non-diabetic children. Diabetes Res Clin Pract 71:334-338, 2006.
  3. Koga M, Otsuki M, Matsumoto S, et al: Negative association of obesity and its related chronic inflammation with serum glycated albumin but not glycated hemoglobin levels. Clin Chim Acta 378: 48-52, 2007.
  4. Miyashita Y, Nishimura R, Morimoto A, et al: Glycated albumin is low in obese, type 2 diabetic patients. Diabetes Res Clin Pract 78:51-55, 2007.
  5. Wang F, Ma X, Hao Y, et al: Serum glycated albumin is inversely influenced by fat mass and visceral adipose tissue in Chinese with normal glucose tolerance. PLos One 7: e51098, 2012.
  6. Koga M, Hirata T, Kasayama S, et al: Body mass index negatively regulates glycated albumin through insulin secretion in patients with type 2 diabetes mellitus. Clin Chim Acta 438:19-23, 2015.
  7. Hirata T, Koga M, Kasayama S, et al: Glycated albumin is not significantly correlated with body mass index in patients with acute-onset type 1 diabetes. Clin Chim Acta 438:248-251, 2015.