2. 繊維と染料

前章で、染料についてのおおよそのイメージがつかめたと思いますので、次は染料が使用される繊維との関係を説明していきます。

繊維と染料の相性

世の中には色々な繊維があります。
それらを、大きく分けると、綿や麻などのセルロース繊維及び、 ウールやシルクなどの動物繊維からなる天然繊維とポリエステルやナイロンなどの石油から合成される合成繊維があります。 その天然繊維と合成繊維を比較すると、一般的に自然界で成長する天然繊維には、水になじみやすい性質=親水性があり、 反対に石油から導かれる合成繊維は、油となじみやすい性質=親油性 → 水と交わり難い性質=疎水性を持っています。
こうした繊維をうまく染めるには、それぞれと似た性質の染料を使う事が必要です。つまり、親水性の天然繊維には、通常親水性の染料を使用します。 反対に疎水性の繊維には、その疎水性に合わせた染料を使います。
ちなみに、天然繊維は英語ではNATURAL FIBERと言い、合成繊維は、SYNTHETIC FIBER と言います。また、親水性は、HYDROPHILIC、疎水性はHYDROPHOBICと言います。

余談 : 狂犬病にかかった犬は水を恐れる様になるため、 別名「恐水病」と言います。 この恐水病は、英語では「HYDROPHOBIA」と言います。

下の図に、私たちが日常的に出会う色々な繊維を、簡単に分類してみました。   そして、下の表は、それぞれの繊維と染料の相性を示しています。 
 この内、青色( ) 内には、 商標として使われている名前を表しています。



これら繊維の鑑別については 下の様な方法があります。

1. 顕微鏡での観察 ・・・ 表面の状態及び断面の様子を見て判断。
   合成繊維は一般につるつるした表面を持ち、断面は丸いか、幾何学的な形に揃っています。
2. 燃やして燃え方や臭いで判断する・・・ 一般的に、どんどん燃え、紙の焼ける臭いがしたら、植物繊維です。
   燃えにくく、髪の毛の焼ける臭いがしたら獣毛です。
   融けながら燃え続けたり、溶かしたプラスチックの様に固まってしまったら合成繊維です。
3. 判別用染料を水に溶かしその中で煮沸染色し、染着する色で繊維を鑑別する方法もあります。
  原理的には、色の違う、異部族の水溶性染料、極性・分子量の違う分散染料を、複数混合し、粉体もしくは、液状にしたものです。

   下にその例を示しますが、いずれの場合も、染色結果を付属の色票と見比べ繊維の特定をします。
  Shirlastain (Shirley Institute.)、TIS Identification stain (Testfabrics, Inc.)、カヤステインQ(日本化薬)、
    BOKENSTAIN.U(日本紡績検査協会)

繊維についての文献やHPは、インターネットでもいくつか探し出せます。 
(染色に関連する各繊維の性質・特性はこのHPの各章で詳しく説明します。)

一方、染料部族の鑑別については、JISに記された方法があります。一部現実的でない部分もありますが、下にリンクしておきます。
JIS L 1065 : 1999 染料部族判別法
個々の染料の同定については、「21. 染料の製造」 の TLCについての記述を参考にして下さい。

繊維と染料の間に働く力 1

ある繊維を染める時に大切な事は何でしょう?                                    
先ず、薄い色から濃い色まで思うように染まってくれなくてはなりません。次に、染まった色が堅牢性を持たなくてはなりません。 (堅牢性とは、しっかり染まってすぐには落ちてこないと言う事です。)つまり、染料と繊維の間に何らかの引き合う力が必要であると言う事です。
この力には、物理的な力と化学的な力があります。物理的な力とは、分かりやすく言えば、万有引力と同じ力で、染料の分子と繊維の分子の間に働きます。 つまり、この力は、繊維と染料の間の距離が小さくなる程、また、染料の質量が大きくなる程強くなります。 また、親水性の繊維と、親水性の染料の間には、水素結合と言う力も働きます。 この水素結合と言うのは、分かり易く言えば、“水” が “水” としてまとまっていられる力です。 言いかえれば、熱を加えれば、バラバラになる程度の力です。
これに対して化学的な繋がりと言うのは、繊維と染料の間で選択的に生じる力です。 これには、 “+” と “−” の電荷で引き合うイオン結合、繊維の構造に組み込まれてしまう共有結合や配位結合があり、 物理的な繋がりに比べると格段に大きい強さを持っています。
これらの引力の大きさを、相対的な数字に表わすと右の図の様になります。

(ここで、配位結合につき少し補足します。配位結合は、化学的な意味では、共有結合の一種です。 従って、数字的には “100” となって当然なのですが、これからお話しする染色の分野で、この対象となる染料は、 ウール上で主にクロムを使って媒染する酸性媒染染料になります。この媒染では、 全てのクロムが染料とウールの間の配位結合に使われる訳ではなく、幾分かは染料同士を繋いでしまう結合にも消費されます。 こうして新たに生じた染料は、大きな分子の酸性染料として、イオン結合や物理結合でウールに染着します。 そうした、現実的な経験から、ここでは、その大きさを (〜50) と表わしました。)

共有結合で出来ている物質とイオン結合で出来ている物質の違いは少し分かり難いかもしれませんが、 見かけが似ているダイヤモンドと食塩の結晶を思い浮かべて下さい。 ダイヤモンドを水に放り込んでもそのままですが、食塩は溶けてしまいます。 ダイヤモンドは代表的な共有結合物質で、食塩はイオン結合から出来ている物質です。

余談ながら、繊維が繊維として存在できているのは上で説明したのと同じ物理的な力によります。 繊維は、同じ極性を持つ長く平坦な高分子が、一定方向に数万〜数百万のオーダーで密接に並び合うことにより、 互いの(物理的)引力をより強固にし実用性な強さを持つに至ります。

繊維と染料の間に働く力 2

右の表は、染料と繊維の間に働く力をまとめたものです。
こうした、相互間の力が強く働けば働くほど、濃く、堅牢に染まっていきますが、反面、強すぎるが故に、 ムラになる(=染料が均一に回っていかない)トラブルが起こって来ます。
従って、実際の染色では、こうした力を最大限活かしつつ、ムラなく染めるため、最適の工程・処方を工夫することが必要です。








まとめ

この章では、世の中では多くの繊維が使われている事。そして、それらの繊維と染料の間に相性があることを説明しました。
染料の選択は主に染まりやすさ=濃く染まっていく事、堅牢性を与える事に留意して行います。こうした事は、余り簡単ではなさそうに思えますが、 市販されている染料は、元々、そうした点を満たす様に開発されていますので、間違った使い方をしなければ、余程の事はおこりません。

Appendix 1

これらのグラフは、日本衣料管理協会が行なった衣料 の使用実態調査の2012年の結果から作成しました。

これらのグラフで見ると、使われる分野や、世代、性別によって差はあるものの、日本における衣料分野では、今なお、綿が最も重要な素材であることが分かり ます。それに次ぐのが、ポリエステルですが、 機能加工が広く行なわれていない時代には、高温多湿のこの地域では、ポリエステルのほとんどは、綿との混紡品として衣服に使われていました。現在では、静 電防止や吸汗加工からさらに進み、
吸湿速乾や接触冷感素材としてクールビズに、ビス コースレーヨンと組み合わせたり、芯鞘構造で吸湿発熱性を与えウォームビズへと、 “ポリエステル” を前面に打ち出した企画も進んでいます。今後、こうした傾向はますます強まるものと思われます。



















Appendix 2

先に挙げた様に、 染色対象となる繊維は沢山あります。代表的な繊維の、おおまかな性質を下の表に示します。                  


 綿
 麻 レーヨン ウール シルク アセテート ナイロン ポリエステル アクリル ポリ乳酸 PTT *スパンデックス ポリプロピレン ビニロン **アラミド
一般的性質 ○〜△ (○)
吸水性 ○〜△ △〜X △〜X (△〜)X
耐酸性 ○〜△
耐アルカリ性
耐熱性 ○〜△ ○〜△
虫食い △〜X
耐カビ性
染色性 ○〜△ ○〜△ △〜X

    〇・・・強、△・・・中、X ・・・弱。 (染色性について赤字で示したものは、 高温高圧染色機の使用が前提。詳細は後章参照の事。)
    *注・・・スパンデックスは、単独で使われる事はほとんどない。他の繊維に伸縮性を与えるのに5〜10%の範囲で併用される。
  **通常のアラミド繊維は、非常に染め難いが、帝人から可染タイプの “テイジンコーネックス ネオ” が出ている。