21. 染料の製造

この章では、染料の製造についての基本的な知識を、染料構造、工程、製造のための装置なども含め解説します。

染料の製造

先の章で説明したように、染料の構造はベンゼンやメタンなどの様に単純なものではなく、 その分子の中に複数の共有電子対を持つ発色団とその発色を決定する助色団からなります。 こうした染料の基本構造に、水溶染料の場合には、水に溶ける性質を与えるためのスルホン基が、求める水溶性の程度に応じて一つもしくは、 複数個ついています。 これに、更に反応基が付くと反応染料となります。



染色の対象となる繊維は数多く、 その性質も様々です。 しかし、それらの染料の骨格となる発色団の基本構造は、それ程多くありません。 そして、実際の市販染料では、その数はさらに絞られ、多くが「アゾ」となっています。



これは、市販染料に望まれる-濃度があって、 しかも安い-という特徴に、アゾ基が最も効果的だからです。 例えば、現在の主要染料である分散染料でみると、その7割りがアゾ染料です。


その他の染料群で取り上げられ ている代表的な骨格構造を下に示します。

























染料の製造

上の様な染料を作るのに、 昔は基礎的な化学物質から合成反応や置換を繰り返しながら、 最終の染料の構造を作り上げて行きました。今では、ある程度まで出来上がっている中間体を手に入れ、 それらを組み合わせて使う事がより一般的になっています。 丁度、パーツをそれぞれ違う会社から手に入れてパソコンを組み立て自社ブランドで販売するようなものです。

アゾ染料の合成を、そのパソコン組み立てに例えて説明しますと、ジアゾ化と言うのは、パーツを組み込むための端子の取り付けと言うことになります。 これが無ければ、中間体を繋ぐことはできません。

具体的には、ジアゾ化は、芳香族アミンと亜硝酸の間で起こる反応を指します。 そして、この反応で生じたジアゾ成分に別の成分を組み合わせて目的とする染料に組み立てる作業が ”カップリング” と呼ばれる反応です。

こうした反応の多くは発熱反応ですので、冷却装置や撹拌装置を兼ね備えた、反応釜を使用し行われます。    Chemical Reactor 反応釜



さて、ジアゾ化/カップリング工程を経て染料ができ ました。ここから、水溶性染料の場合は、大量の中性塩-芒硝を入れ塩析により沈殿させます。 (分散染料は疎水性で単に水と混ざった状態ですので塩析は行ないません。)  この段階で反応釜の中は、スラリー(slurry)と言う泥水の様な状態になっています。 そこで、このスラリーをフィルター布を何重にも重ねたフィルタープレスと呼ばれる装置を使い染料プレスケーキにして取り出します。










           filter Press
(水溶性染料の場合は、このフィルタープレスの工程を経ず、染料スラリーをそのまま、スプレー乾燥にかける場合もあります。)

この後、水溶染料の場合は、乾燥で水分を飛ばし、さらにボールミルで適当な粉形になるまで、粉砕作業を行ないます。 この時、少量の飛散防止剤を添加、標準化作業で濃度・色相の最終確認を行ない市販製品となります。 分散染料の場合には、水溶性染料とは異なり、数百ミクロンの大きさに堅く結晶化していますので、 染料として使える大きさ=0.5ミクロン位まで、強力にすりつぶす工程が必要です。この工程をミリング(微粒化工程)と言い、 水系で分散剤を加えながら数ミリのビーズ(小球)の間で物理的につぶしながら次第に粒形を小さくしていきます。 ビーズの材質としてはガラスが一般的ですが、より堅い結晶には、ジルコニア等が使われます。    → ビーズミルの仕組みと詳細   ビー ズ の分離



この時に使われる ミリング機には、縦型や横型があります。        Bead Mill (100L type)         Ball Mill



ミリング工程を終えた分散染料は、 再びスラリー状になっています。
このスラリーとビーズを分離し、粗大粒子をろ過で取り除きます。 リキッド品の場合は、このまま、乾燥防止剤(グリセリン等)や防腐剤を加えると共に、濃度・色相を調整し、市販製品となります。

固形で販売する場合には、スプレードライを経て、乾燥され粉体もしくは顆粒にします。      Spray Dryer

販売品目によっては、粉体同士を混合した配合染料を作る場合も数多くあります。このための作業は、ボールミルを使用して行ないます。




<補足>
・染料の合成反応では、大量の中間物と化学薬品を使用する。このため、使用する化学物質の純度や合成条件により幾分かの副生成物が生じたり、 異性体が存在したり、ハロゲン化やスルホン化の程度が変わったりする。また、析出時の結晶形により、水に対する極性に影響を及ぼし、 水溶性の染料では水に対する溶解度が、水に不溶の分散染料などでは染色性が、変わる事がある。(例えば、CI Disperse Blue 56 や Blue 60 では、異性体の数や比率の変化により日光堅牢度や染色性、色目に影響を与える。 同様に、CI Disperse Blue 148では、結晶形の差異によりアセテートへのビルドアップが変化する。 このため、同じCI Number で表わされていても、販売時に名称を変えて付けられる場合も多い。 ちなみに、結晶形の違いはバット染料の場合には、還元速度の差異をもたらし、顔料の場合には、色調、耐光堅牢度への影響となって現れる。)

・染料の同定や濃度確認には、高度な分析機器の他、第二十四章で説明する分光光度計を使用する。 先ず、色素成分そのものを適当な溶媒に溶解し透過光を測定し、濃度・色相、副生成物の有無を確認する。 標準化に当たっては実際に染色し濃度色相を調整する。

・販売段階にある染料の同定は、同じく染色物を染色し分光測定し、波形や吸収ピークの位置を見る事で推定が出来る。 更に正確に知りたい場合や配合染料の場合には、液層クロマトグラフィーが使用されるが、 より簡便には、TLC(薄層クロマートグラーフィー)が使用できる。 TLCは、染料個々の極性の違いと展開距離(毛管現象による移動距離)により染料を特定する方法で、染料グループにより極性の違う展開溶媒を使用する。 その場合、基準となる(単成分)染料を決めておけば、展開距離比を測定する事によりデーターの蓄積も可能である。 展開溶媒については、「染色工業 Vol.21 No.4 P200」に多く示されているが、既に廃刊となっているため幾つかの例を下に示す。         TLC

    TLC展開溶媒例.
                直接染料             n-プロピルアルコール:アンモニア水(28%)= 2:1
                反応染料             n-プロピルアルコール:酢酸エチル:水= 6:1:3
                カチオン染料        n-ブチルアルコール:酢酸:水 = 4: 1:5
                分散染料             トルエン:ジオキサン:石油エーテル:酢酸= 18:2:2:1

TLCメディアとしては、アルミナやシリカゲルが一般的であるが、染料の極性範囲を考えると、シリカゲルの方が適している。

繊維から染料の抽出について、比較的難しい部族の抽出法をここに記す。
    ポリエステル-分散染料    DMF + リン酸 1ml/L   pH 4〜5    120℃ X 2分数回
    アクリル-カチオン染料   DMF + リン酸 1ml/L   110℃ X 2〜3分 繊維共完浴
    コットン-反応染料    70%硫酸    50℃以下 X 1〜2時間 後、苛性ソーダの溶液で中和

・中国やインドでの染料生産が本格的に行なわれている現状では、特殊な新規染料を除き、 既成のメーカーで、基礎的な反応から染料製造を行なうケースはまずありません。 それに代え、CI や CASナンバーで安価なプレスケーキを世界中から調達し、それをミリングし標準化作業を経て自社製品としたり、 最終製品を購入し配合調整し販売しているのが実情です。こうしたオペレーションを作り出した最大の理由は市場環境の変化です。 この三十年の間に染料の価格はいわゆる ”価格破壊” により大きく下落しました。汎用品などは、数十分の一となり、 分散染料の黒リキッドは、ミネラルウォーターの価格と変わらなくなってしまいました。 詰まる所、百円ショップで売るものを手間をかけて作る事は出来なくなったのです。 結果、新たな開発や設備投資に回す費用はどこからも生まれなくなりました。 (これは、他の産業エリアでも起こった事であり、染料だけが例外と言う訳ではありません。)
だからと言って一流メーカーの製品に、高いお金を払う価値が無いとは言いません。「23. 染色における工場管理」 で触れている様に、厳格な品質管理で標準化されている製品には、それに見合うだけのものがあります。いつの時代でも、 「安物買いの銭失い」と言うのは真実なのです。

・分散染料のミリングを更に進め限界まで近付けると、分散剤を大幅に減らしても水のブラウン運動で長時間分散状態を保つ事が可能になります。 この場合、初期吸着温度は低くなりますが、 染料の拡散には単分子での溶解状態にする事が必要なため染色温度を下げたり染色時間を短くする事には余り役立ちません。

Appendix

染料の名称についてのルールは特にありませんが、 通常右の様な付け方が一般的です。特性を表わす部分のアルファベットも各メーカーにより分かれており。 色目の程度を表わす数字も感性で付けらています。 (例えば、「4B」は「8B」の半分の青味と言う訳ではありません。当然、測色値を採用して名付けに利用している訳でもありません。) 従って、同一メーカーの製品でも、冠称が違えば「色目」部分に同じ番号・記号が使われていても同じ色目ではない事も多くあります。 逆に、同じ染料を違う分野応用に販売する場合に、冠称だけを同じにし特性記号や色目記号を変える場合もよくあります。 しかし、これはユーザーには、非公開である場合がほとんどです。 従って、染料の使用に当たっては、容器に記されている名称の全ての部分を確認してから使う習慣を付けておく様にしましょう。





染料の表わし方に “CI Number” が使われる事が良くあります。 同番号は、SDCへの登録により与えられ、分子構造が同じならばどのメーカーでも使えるため、費用をかけて登録するメリットはありません。 反対に、CIナンバー表示を利用され、安価なジェネリック品に価格だけで攻撃されると言う事も起って来ます。 このため、現在では新規開発の染料に、CI Number の登録を行なう事は少なくなりました。 また、染料は、工業生産品のため最終製品での色目安定化のため通常少量の第三成分を加えます。更には、濃度を一定化するための助剤も入ってきます。 従って、同じCI Number の表示があっても、メーカーが違えば、色目や濃度が違う事が多く起こります。 こうした事から最近では、アメリカで採用されているCAS Numberを使う事も多くなっています。(米国輸出に当たって、CAS Number は必須です。もちろん CAS Number の方も、番号が同じだからと言って、染色時の濃度や色相が同じだとは限りません。)





ここ数十年の間に、染料製造は、 先進国の巨大化学産業が手掛けるものではなくなってしまいました。 こうした環境の変化に伴い多くのメーカーがこの分野から撤退し、業界の大幅な再編がなされました。

(日本においても、2023年3月
住友化学が染料事業から完全撤退しました。日本化薬の場合、世界でのシエアは、微々たるものに過ぎず。メーカー再編からは全く蚊帳の外に 置かれています。)