稲荷大明神は五穀豊作・商売繁昌の神として尊崇せられ地元氏子民の昭和三十七年新た鎮祭せしものなり
例大祭 初午
境内右手の疎林中に稲荷社がございます。末社・“井戸守稲荷”(井戸守稲荷大明神)、昭和37年勧請。
元禄4年(1691)の寺社改帳より
「泉州大鳥郡今在家村 井戸守明神社
右井戸守明神社勧請年号不分明に御座候へ共、云々」
和泉志(1736)より
「大鳥浜神社 今在家村に在り、井戸森明神と称す。・・・村中先祖代々の氏神に御座候」
とあります。当地・今在家村(字井戸森)には、江戸時代以前から創建時期不詳の古社・井戸守(森)明神社との氏神社があったと言われております。
この井戸守明神社と大鳥浜神社との関係は不詳ですが、神社明細帳(1879・明治12)で、これを式内・大鳥浜神社の後継社に比定し(式内社調査報告)、現在に到ります(その根拠は不明)。
ただ、当社が古く“井戸守”と称したこと、社前に深い“井戸”があり(現在の手水槽がその跡)、海辺にあって眞清水を湧き出すことから、式内社調査報告に
「この井戸水は神水として尊崇され、これが当社への信仰として受け継がれたのであろう」
と記されております。この井戸(あるいは井戸水)に対する信仰が当社の始まりと考えられております。 |