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ささやかにぞう煮一椀香に立てる吾が家の朝餉にひ春にして
睦月立つ今朝のほかひに家人と傾け合へる徳利一本
手拭下げ町の初湯に行くことも長生うれし路次を行きつつ
七草の春の伏家に子供らと和ごみて芋のしる粉を作る
松過の中仙道を走り行くトラックの人浪曲うなる
下萌ゆる春ならんとす忍びきしいく朝夕をかへり見にけり
湯たんぽの冷えくる早き抱だきつつ心淋しさ春待ちにけり
凍てゆるみ凍てもどりつつ日にけにも春となりゆく門辺の小径
下萌の土なつかしく一年の春かへり来ぬ生き栄ゆべく
はしかの子ね床に坐り遊び居り春のほほ白遠きへに鳴く
紅リボンつけし卒業アルバムよ今は庁宿に職を得て居り
屋根雪のつもれる上に音たてて飴飴のふりいる早春の夜
春のいぶき土のそこより上るらし木の根のはだれうす汚れつつ
うつそみのついの里なる霊園道春ちかき雲の塔にうかべる
はこべらの花咲きふえて白たへのまゆ雲うかぶ夕ぐれの空
下萌ゆる空地に小家建ちすすみ三十万円の売値つたはる
朝なあける二枚の雨戸小寒さも春の彼岸がすぐ近きなり
行きずりのひとの垣根に沈丁花はや匂ふなり東京の道
朝夕べ跨いで急ぐわがドブにはこべの花がとみにふえたり
病む窓の雀の声に明けそむる春あけぼのとなりて悲しむ
春の泥並び通れば幼な吾子乾けるくまを吾れにゆづれり
しひし目の生恥多し週に一度手を引かれゆく近くの湯屋へ
余寒も早やたまゆら通るぬけ路次にふとなつかしき沈丁の匂ひ
屋根にいて囀りあへる春雀吾れのしひたる心に沁みつ
春愁のほのかに甘しふくよかにふふみそめたる桜草の花
吾れ清くみじめなる日の多くしてはこべらの花庭にふえ行く
花はこべ庭にふえつつひとすじに神の心の日々辿る
毎日のとぼしきたづきいそしみぬ愛しきはこべ花ざかりなり
庭すみにふえしはこべの白き花たまさかにする心よろこび
仕事やめて吾は見て居たり花はこべ夕日喜べる雀らのさま
咲きそめし彼岸桜に朝ねして富をこひしくさね思ふかな
庭すみに涙いやさるる思ひして嗅ぎてをりたり沈丁の花
日曜の夕方にして門のべに子供等の名をよぶ声きこゆ
下萌えし小縁ぬらして春の雨久方ぶりの心くつろぎ
はこべらの花を求むらん小雀がまなびつかれし窓に来てなく
湧きて来る幸福感もあはれなり沈丁の香に目がさめる朝
世に古りし弱き心を春曉の雀の声に聞き入りてをり
終戦のあの頃思へば酢を買ひてハリハリつくるも奢りに近し
子は言ひて朧の月のあるらしも手ひかれてゆく道にも馴れて
死後のみな一つ所に安らふなら苦き一生もむしろ愛しも
中仙道六十九次板橋の宿駅にして菜の花にほふ
馬ゐ足りし朝花菜のゆらぎあり春はたのしきこの今ごろぞ
朝な朝な疲れて目ざむ障子戸に菜の花明りうつるやさしさ
花菜道自転車を駆る若き技手数十年まえの吾
遂げがたき夢かなしくも吾にありてやさしき花菜吾を慰む
生きなげく心やすまる思して腰おろし聞く春のさへづり
ひやひやと雨戸のすき間白み行く朝まだきより囀の声
吾が朝ねを馬鹿にしくさる雀ども早や啼いている屋根のてっぺん
雨戸しめて夕べとなりし灯の下に花便り告ぐる日曜のラジオ
いでそめし春の夜の蚊をなつかしむ思ひ出さるる昔のあの頃
匂ひくる沈丁の香に朝ねしてけふのしごとを思ひゐるかな
垣のべに百花繚乱の春の草吾のうす目を馬鹿にする雀飛ぶ
心ゆるめて吾にとがめもなからむかうら悲しくも長閑なる日よ
杖ついて手を引かれたるわが悲しみをいく人か見かえる道の行来に
くれなゐの岩がねつつじ照りはゆる泉にかしぐ町長の家
ひとりいだくさびしき愛は庭くまの藜の花にうち注ぐべし
野の路の藜の白き一花にもさびしき歩みをとどめむとす
移り来て十五年経つ申込んで今日取りかへし朽し安全器
新聞も碌々詠めぬ視力にて肉親の中に老初めむとす
移り住んで十五年経ぬさまざまに路次の桜にかはる人の世
一生の中に一度は住みたき海見ゆる垣根を恋ひて慟にけり
朝起のたのしき頃となりにけり苗床にひとつ居る根切虫
日々のさびしきことも縄張りし苗床にしてしばし忘れむ
たたかひもすぎて四度の夏なれば日まはりをあまた吾はまきたり
文机に繰る字引にも照り映ゆる窓の若葉となりにけるかも
さわやかに通の上の影つくる何彼れ親し夏の音ずれ
豆の花白くとまとの花紅く庭畑ありて首夏としなりぬ
あぢさゐのかたへに乾せし洋傘に夏めきそめし風わたりゆく
机より疲れては見る吾がにはの夏めきゆくを楽しみ思ふ
そばえして朝日さしくる軒先に巣つばめ鳴けば夏は来にけり
ささやかな雨戸をしめて梅雨の夜の石神井あたりの遠蛙聞こゆ
昼ちかき若葉にほへば故なしに胸のそこより幸せの涌く
初蝉の遠音こころにかよふのか口笛吹きをり末の男童べ
海みゆる生垣に住まむ空想の夏来てさらに募るもあはれ
菜園の老の心にふくらかによろこび添ふるいんげんの花
羽前の国宮宿村の高槻の入り日をあおぐ旅人吾は
とぼしさに馴れて老ゆれば溝にほふ路次の出入も親しきものか
世は情月に更けゆく涼み台人のわらひの声なごみつつ
遊びゐるめしひの生徒足の裏をひそかに嗅げり涼しかりけり
がつがつと菓子食ふことも老いそめて人の指弾を懽れむとす
ひそやかなたづきに似つつ生垣のツゲの小花が咲きにけるかも
白たへの小花むらがるしなひ枝のツゲの前に立てばしばらく和ごむ
わが歌の写す力をなげかはむ白花むらがりてしなへるツゲの枝
あはれなるツゲの小花の咲く垣に絶え間もなしに五月雨の雨
生垣のツゲの小花のあはれなるに病みがちにして梅雨のこのころ
青葉暗くあの世のことの何かにに思ひ寄りつつ老そめむとす
五十余年かへりみすれば目しひ故実に口惜しき思ひのみせし
目しひ故のみにかく人の口にかかる神仏さへに恨しものを
いかにすとも因果はわれにあるものを諦むる外に救ひありきや
月に一度子につれられて行く湯屋の溝のにほひも夏となりたり
ひそやかに路次に住まひて遠蛙なつかしき夜夜となりにけるかも
庭畑は花咲きそめて水色の夕べの空にはつ夏の月
いさかひの種は放尿のごとにして各々自家の借地でしろ
垣をくぐり或るは垣の外にて忌々しく糞尿する猫犬人間ども
こうふくに生きし彼の輩人世の悲しき深みは悟らざりけむ
朝の空気匂ひを持ちて流れ込む若葉の季となりにけるかも
菜園にかげつくるまで柿の木の瑞の若葉はふえにけるかも
美しき夕日の中にさながらに花と見まがふ卯の木の若葉
わが庭のとぼしき木々もよそほへる萌黄浅黄や初夏としなりぬ
昼雨に濡れて明るき新緑が初夏のよろこびをそそりてやまず
ひそかなる朝夕にしてわが窓の柿の一と花咲けるよろこび
日の清さ風の清さ葉ざくらも雀の雛もかなし初夏
ひそかなる起居といへども吾が上る人の口の端さびしく聞ゆ
つゆもてる藜の花のかなしさも心にしみてやまひやしなふ
いたづらに現実をなげけば若きよりかかる分別もつべかりにき
猫に吾が昼めし盗られ忌々し菜根譚を開き見てをり
人間のアキス根性は用心してのら猫からは手もなく盗られる
油断して猫に盗れし口惜しさはさひはひわれを賢からしむ
ひもじさも清しき昼や焼さんまの味せしめたる野良猫の声
あはれなるうす目嘆かむ又吾の飯を伺がふのら猫の声
いくることふとうれしもよ山鳩の声しづかなるつゆの夕照
つかれたる机のまへにひとりのむ新茶に憶ふ友すこしをり
次次飼ひし仔猫の名の中に仕合せうすきタマを忘れず
牛乳をかかさず飲みてひたぶるに梅雨近きころとなりにけるかも
朝な朝な夙く起きいでて吾があくるまづしき木戸の朝顔の花
いつしかも五十ぢ過ぐれど死すことを帰すらむごとく思ひかねつも
武士道は死ぬことなりと伝へける葉がくれ武士よ今はいづこに
脛抱きてふとんの中にこごまりぬわが事終りたる思ひして
みじめなる彼の日を経れば幸福なる人の噂に好意のみ涌く
東京に久に住みつつ屋根にして梅雨雨蛙鳴けばなつかし
あぢさゐの今年のしげり楽しみにいそしみやまずほそき日送り
夕さればだまりこくって七りんの炭火をおこす幼な子あはれ
梅雨の日々事かはりもなし遅ればせに持たせやりたるPTAの寄附
路次の井戸耳ざはりなる婢らの新しき世を憚からぬ声
今朝はれていよよ明るき六月の野山の空の初せみの声
夕顔に蚊やりのにほふ道行けばかの日も遠き昔のごとし
雑草の花なりながら六月の涼しき朝の心寄りゆく
梅雨明けの青空にうかぶ雲一ひら生きのよろこびをしきりにそそる
草家に住み馴れながら家族等の夏すこやけき朝顔の花
閑古鳥老いけりながら今の生もなすことあらむといそしむけふも
夕食に揚げと筍煮つけたる一皿ありて夏立たんとす
あり住みて不自由さをばかこちにき蝿帳買はむ心決めつつ
抽出のある蝿帳の欲しけれどわが財布には過ぎし価ぞ
きびしかる毎日にして灯の下に夕食かこむ五位鷺の声
おぞましき厨の蝿め飛びてをり金網光る蝿帳の上
梅雨明くる漬梅売の呼びくればしづかになりし時世うれしも
新しき世代の道を老いそめてつつしみ通る車馬に伍しつつ
買物の少き吾が家に中元のうちはマッチの溜まるしたしさ
一日のすぎゆく思ひ溶けこみて夕空はかなし青く澄みゐる
かなしみておほぶしたれど草の香の夕風は吾が心をなでき
朝の茶の小さき湯呑みを膝そばに坐る思ひも久しかりけり
紙張りしままいく年を過したる破れ硝子も取代へし盆
文学に生きて久しく年経たり三更(よひ)ふけて降る七夕の空
今年より習字にかよふ末の子が七夕さまの色紙をぞ書く
人妻のみどりごもあれどなでしこのすがたうひうひし悲しきまでに
遠方に鳴く蝉の音も絶がちに旱の空は今日もつづくなり
つづきたる旱の後のこの雨に菜園の茄子と沾れて吾が居り
待に待ちし旱の雨にわが庭の土沾れてゆく匂を嗅ぐも
草に木に音する喜雨を聞きながら目がしら熱くただ坐り居り
降りしきる喜雨に沾れつつ朝顔の昼過ぐるまで庭すみの花
梅漬し甕ラッキョウを漬し甕今年の盆の豊かなるかも
窓ガラス替へたるバラのいく日も匂ひて暑き盆はきにけり
子供らにそれぞれ浴衣こしらへて畳替へ得ず今年のお盆
女郎花桔梗刈萱うち栄えて涼しき盆の野べを色どれ
音いろよきをえらびて買ひし打鉦のすずしくひびく昼の魂棚
すこやかに在り経る日々の幸福よ朝顔の花くれなゐ多し
ふためきてガラス戸出れぬ蝶々の弱々しきを憎み見てをり
廃疾者の扶養をもらひうかららの中にひたぶるに梅雨の傘干す
老いそめし首筋凝りていそしむもあはれあはれ吾が歌道楽のみ
生け垣のつげの小さき花咲きて病み住む梅雨の寒さこのごろ
おぞましき身もいつしかと短か歌に深まりて行く秋草の花
枕べの小さきラヂオに野球きくこのささやかな幸福あはれ
灯火に親しむ頃となりそめぬ萩の下葉の馬追の声
疲れてはいる銭湯を一日の安息として吾れ悲しまず
井を晒しゐるニコヨン等に東京も秋となりゆく通り雨すぐ
朝の日に葉ごもりにほふ瓜くれの花そよがして秋の初風
日曜のすぎてあたりのしづかなる月曜の路次の朝おそき露
髪白く老ぬるまでも人の世にあり得しことをかしこみ思ふ
朝の風秋の感じの早やうごくたうきびは葉をならしつつをり
皆が皆うなぎくふとはかぎらざらん夕風すずし土用の丑の日
鎌倉の海のほとりに家持たむとはの願をもちて老いつつ
事遂げずつひにほろびし人の世のその幾億の人々あはれ
かみのあい重きを負ひて人生に生き疲れたる心にかなし
幸福に了きともがら人生の偉大なる深みは知らず了けむ
うれひにし一日の心しづまりて昼夜の蛙遠く聞えぬ
借家ながら涼しき風の吹きとほる今年の夏も恙しなかれ
この音を病みていく夏なげきしかさ夜更けて庭の黍の葉の音
えんがはの永き夕餉にわかれ逝く夏を惜めりおしろひの花
病みこやる耳にいろいろ這入くる人の口の端はさびしきものか
失業の身の銭湯の行き来なれば単物一枚もはおり行べし
にはかなる暑さとなりて氷川神社の木立は一せいに蝉しぐれの声
岡なべはほむらしづみて夕映の木立に鳴けるひくらしの声
きりぎりすゆるやかになく草むらにつゆけき秋は近づくらしも
夜々の黍のはずれをききながら古蚊帳にむすぶゆめまどかなり
忙しみて佇むこともなき庭にきよきすがたのゆりさきにけり
コスモスは風雨にいたみ東京の日頃は早く秋づきにけり
食すすむ秋口の夕べ厨よりライスカレーのにほふたのしさ
よろこびて林間学校へ子は発ちぬ子への負ひ目の果されたりや
蚊帳中に秋づきし雨の音きけば大方すぎし吾生をおもふ
兄弟等の諍ひあつき日もくれて食事の窓になくきりぎりす
午後七時の社会ニュースの後につづく蜩鳴きしきる録音夏便り
万葉集の中に挟みし子のみやげの那須国立公園の栞
端居して小縁にあれば夕風のたまゆら疎し秋近くして
もろ蝉は声をあはしぬ水枕当てし昼ねも習となりぬ
水枕冷けくあてし昼ねにも日本脳炎流行の頃
ちちろ鳴く萩の葉末の秋風のすずしき頃を待ち恋ひにけり
通りよりすこし入りたる路次に住む今年のちちろすでに鳴きつつ
西瓜売る辻の地蔵の縁日にいとど惜しまるる休暇の残り
丘のべは秋萩白く蚊帳中にあかとき冷ゆる風となりたり
日日に追はれがちなるたづきにも茗荷生えたる小さきよろこび
きけぎりす鳴きてふ残暑日日つづく来らむ何を待つとしもなし
ピアニストの家の茶の間の笑ひ声スピーカーより流れいでくる
日曜の庭そうじする子供らが見つけつどへるクローバの花
つづきたる旱のあとのうるほひの雨に聞ゆるひぐらしの声
自ら貧しきが等を誘ふなる吾が家の小さき灯火あはれ
夕食をしつつ眺むる柿の木にけふ立秋の月を上げたり
暁の雨ふりて気温も二十五度に下りしけふの秋蝉の声
町住みの暑さに馴れつつ日暦は秋立そむる瓜紅の花
澄める日は畳の端にのりそめて好きな初秋よ蜻蛉よ飛べ
橋渡れば東京都なる秋口の涼しき町に立つ露店かな
百日紅もとめてかへる縁日も夏の名残りと惜しまるるなり
百日紅撫でかなしみぬ目うすき手にうち触るるけさの露の花びら
面よせてうち跼めどもうすき目に百日紅の花見えざりき
吾に見えぬ百日紅と思へども散りゆく花に朝々寄りぬ
百日紅見えざりし目もうす紙をはがすがごとくいえゆかぬかも
栄えなき五十ぢの一生かへりみぬ夕空に沁みて鳴く秋の蝉
読める目のくるめくばかり暑き日もひたすら歌の成るを希ひき
勅題に入らばこれもあれもせむ悲しきねがひ持つ吾の秋
読むよりは思ふこと多き文机に今年のちちろすでになきそふ
縁日に焼く黍の香のただよひて町の夜空は早や秋ならし
朝夕の秋めく庭に無花果は五十ばかりの実をつけにけり
秋づきて日にけに熟るる無花果よ垣根ありとも盗まれ易し
熟れし実のいくつか出来し無花果の上に立秋すぎし月かげ
才能の無きを悟ればうらがなし庭の無花果熟れし実をつらぬ
部落には多き不良の童べ等の窺ふ中に熟るる無花果
夜の秋小庭のすみに穴掘りて食べし西瓜の皮を埋めぬ
新しかりし行水盥も色さびて今年の夏も過行かむとす
たそがれの庭行水に空高く秋めく風の渡りゆく見ゆ
水爆をつくり自めつせむ人類にアダムとイブのゆたけき神話あり
月の面を村雨すぐる秋口の涼しき宵のこほろぎの声
秋の夜の厨べにする洗ひもの早やいでそめしこほろぎの声
朝夕の厨べにする洗ひものいつか身につきこほろぎの秋
素裸の身体を越えてゆく風は早や秋風なり法師蝉なく
日にいく度門べの路につきあひの水うちながら秋づきにけり
庭さきの萩のしなひに月かかり秋となりゆく心親しさ
病む身にも何かうれしき新涼の黍の葉そよぐ秋となりたり
家の前に秋草伸びし空地あり夜もすがらなる虫の音楽
木星の香にひややけき朝日かげ安けくて住む秋ならねども
気負ふともなりはひ小さし若き飴屋よ悲しく笛をふくことなかれ
やむまどにけふもこよなき秋晴のはるけくつづく空かなしむも
吾が庭に秋きざしつつ露もてる草のしなひのやさしげに見ゆ
朝々に庭の芙蓉は澄みそめし秋日を浴びて雪のごとしも
颱風の名残り騒げるきびのはの夕べ涼しきこほろぎの声
宵々の露重げなる庭秋のしなひの上の白妙の花
あらし過ぎし空に澄みたる月かげの小さくみゆる秋のかやかな
草家に吾れもうからも虫の鳴雨の一日をしづかに住まふ
老いさらばふ末の覚悟もすべかりき黍さわぐ夕べの秋のさびしさ
世渡をもって己れを統べにける人等しきりに老後をきづく
さまざまの後悔もちて了へむ生ののこり惜しとも思はるるかも
伏家に雨後の匂ひのただよへりこの現実のまことなるのみ
通り雨しきりに過ぐる宵なりき初こほろぎを聞きとめにしは
三日月かかる門のほとりのくらがりに聞いて居たりき今年のちちろ
雨ごとにすずしくなりぬ朝めしに刺せる薮蚊はするどくなりて
掃きよせし庭のかたへに新涼の竹の箒の投げだしてある
都電に少し遠きここらの路次暮るれば家々よりのガチャガチャの声
たうきびはばんかの風に騒ぎつつ惜しむ休暇ののこりの日数
末の子が夕餉の仕度する音も水道のほとばしる音もさびしも
とりいれのよろこび有ちて野に人に秋めぐり来ぬ食らひ足るべく
明け方の雨戸鳴らしてふく風もちちろの秋となりにけるかも
夕かげに白きもくげの花にほふ何を急ぎて終る一生か
ジュズ玉の実をつけている袋路次したしき秋となりにけるかも
つぶの実をここだつけたるジュズ玉も庭すみにあり秋のさやけさ
児等通る門辺の路にジュズ玉の実をつけて居る秋の闇かな
日々のたづき秋となりゆくしづけさや芙蓉鳳仙花百日紅の花
ジュズ玉は秋のつぶらの実を成らし日ねもす飽かず遊ぶ子供等
二学期のはじまりたりし子供等にくつわ虫鳴く永き夕食
ぬばたまの夜さりくればもろこしのそよぎの中に安けかりけり
ひとりしてやまひの床に幸福の明るき面を考へゐたり
遠きへにあそべる子等をよぶ声も夕べはすでに秋のさびしさ
秋ふかく静かになりし住宅地に小学校の鐘の音きこゆ
詠進歌送るべき頃近づきぬ浅茅が下に鳴ける虫の音
秋口の蚤に悩める夜夜を吾にさびしき成功の夢
ある効もなく老い初めて何しかも命を惜しむ秋の初風
読み止めて自から叩く肩の削手にふるるかなおいらくの秋
夕風の寒くなるのにないている蜩ありてしみじみきこゆ
性あしき人のすなほにもの云へり日にけに淋し路次の秋風
スリガラス透す光のやはらかし読書にうまぬ秋となりつつ
ニコヨンに落ちてはうかぶこともかたし夜毎にしげきこほろぎの声
朝の小雨白き芙蓉の花ぬらし秋となりゆく思ひかなしさ
月細しまだ通ひゐる童らの遠声ひびく秋の夕ぐれ
秋めきて涼しき町を朝づく日かがやく神輿渡りゆくかも
祭礼の宮より遠く聞えくるテンテレツクの神楽親しも
宮前の露店の上に秋蝉は一としきりなく豊作祭
学校の横の空地に丸太組み舞台出来たる里まつりかな
ふるさとの古き石臼ほのぼのとわが目にうかぶ秋まつりはも
ことなくて今日も過ぐらし夕方の箒の音のしづかにひびく
秋蚊帳に病みし身体を横たへぬ思ひ出はみな悲しきものを
萩そよぐ残る暑さを惜みをりまたも逢はなむわれならなくに
中秋の名月雲もあらざりき今宵の幸はふかし芋五きれ
昼ながらこほろぎなける白露に濡れて芙蓉のふふみゐるかも
唐辛子ほどの日本地図の能登沖を北上しつつ行く颱風ょ
狷介のかなしき性に目をしひてこの短か歌に寄りすがらしむ
和ごむ日は庭に芙蓉の花ありて老にうれしも朝の熱き茶
あらはなる吾が家の中にもうひうひしき朝の力をおくる日輪
来し方を子に語らくは楽しけれ悲しきことは内に包みて
台風のシーズンもさり飛びさりし物置小屋のやれしいつくし
心清きかの若人の面影が無用に堕落せむ吾を救ひき
へちま蔓うらがれしより吾窓につづくも親し瑠璃の秋空
眺めつつこやればしたし澄み晴れて蚊帳ごしにある秋の夕空
木星匂ふ一生の中のしづかなる今日の一と日と思ひすぐしぬ
掃よせし庭のちりひじを焚きながら今朝も秋晴の空静かなり
しづかなる秋もゆくらし蜻蛉くる紫苑の花もいつか散りつつ
暮れてゆく秋のなごりを庭すみの細菊は黄に照りにほふなり
うつそみの五十路も過ぎつ秋深くなりしねざめのこほろぎの声
文机の小さきかたへに不退転の一日疲れてかなしく眠る
朝寒の小床にひとり脛抱きて五十ぢもすぎしこの心かな
つゆ霜にぬれて色濃きかきおちば煩悩ふかく老いゆくものを
心さへただひそひそと五十とせまり経来しし一生かげぐさに似つ
半ば亡き光に見えし人の世の心の奥もさびしきものを
小夜ぶすまうそ寒しとも思はねど十三夜なるちちろ虫の声
たよりにする少しばかりの貯への通帳いれてある小抽出し
身に沁みて更けゆく秋か夕軒をぬらして晴れし通り村雨
物置小屋の破れし屋根に木耳のはえて雨ふる秋となりたり
脂ぎりしサンマを焼きて昼餉食ひぬこの幸福を軽んず勿れ
塀かげの落葉つみたる日だまりにいつより咲ける豆菊の花
居間ぬけて秋刀魚の煙ただよへばたづきかなしも秋の日和も
暮れてゆく秋のかぎりを庭さきの色づく柿にしぐれ降るなり
月末に入るささやかな収入よ夕餉の卓の海の幸あはれ
朝早く障子のうへにさす日ざししら菊黄菊にほふこのごろ
ひそやかに蜂かせぎゐるさ庭べの冬づく日向したしきものか
畳替へて清しき匂ひうれしけれ二間ばかりの借り家なれども
年老いし畳職人新しき親子制度をかなしく呪ふ
柿赤き硝子戸ごしの暖き秋の日ざしは人を恋はしむ
あらはなる吾が家の中の朝を寒み早やなつかしも日天子の顔
現実にふれし思ひす乏しらの財布の中を数へゐし時
ひそやかに路次に老い行く綿子きて柿落葉焚くけさの朝さむ
朝さむの床起きがたくなりにけり汁の実をきざむ俎の音
老そめてただあたたかき冬ねがふ小縁の上の冬ばらの花
木戸しめて夕づくけふの庭すみに落ちくる柿の葉を仰ぎたり
かんにんを老の徳性の最とせよけふの悲しき吾が悟りかも
廃疾社の扶養を貰ひ朝寒の吾が身をわれとかばひつつ生く
月賦にて替へて貰ひしわがゐまの畳さやかににほふ小春日
こほろぎもいつしかなかず日々干してせんべ布とんにくるまりねるも
つゆ霜は置きにけらしもこの朝明こほろぎ供の一こえもせず
秋の暮うら淋しかり木戸の釘さしてしばらく佇にけり
秋ふかく淋しくなりし朝目ざめ今朝も机に居りしかまきり
朝飯の後片付けて学校へ行く子小さし秋風の日々
タバコ代りの吾がキャラメルを買ひにやる子供に対し悔悟に似し心
歌まなぶかたみせまさよ人皆の汗して食らふ中にまじりて
おきてゐる窓の灯明り障子みゆしぐれすぎ行く道のほとりに
吾が垣にばりするらしきわらんべを叱らんとしてうすめためらふ
末枯し草の間をうち歩む好きな小春となりにけるかも
晴れつづく小春の園につつましく花卉は名残の花を保てり
張り替し障子をしめて人の窓幸福に見ゆ冬の日ざしに
ねずみも青き葉のある木戸しめてけふの小春日しづかに去りぬ
ぬくき日のたまゆら掃ける庭すみによろこびさそふつはぶきの花
かりそめの風邪癒えゆくにも日数かかりつくづくと身の老をしるなり
ふくらみし二つの柳行李見れば去年より冬の物もふえたり
人の世の思ひ悲しも都路のかたわれ月ゆしぐれふるなり
初霜をすでに蒙りし冬庭の日向かなしき百日草の花
朝ぎよめして濡らしたる足袋干して生垣親しみ冬来りぬ
生ける物命をおとすはかなさよ鼠類のはしと云ふと云へども
ひそかなる冬のこもりに玄関にはふり込まれし夕刊の音
どうしてもワナにかからぬネズミ一つ生きながらへて寒くなりゆく
病みがちに孤独を守れば冬草の萌ゆる日向の親しきかもよ
夜の炬燵に一人あたればさまざまの昔の恩が心を馳せき
小走にゆく下駄の音なつかしき冬夜の路次となりにけるかも
いつしかも冬のこもりにしゃう子戸の日脚は伸びぬうれしかりけり
匂ひたてて火鉢の物の煮えながら夕こそ親し冬に入りつつ
移り来て人の住みたる向ひ家の屋根に鳴きゐる冬至の雀
北風に落葉のごとき子等あそぶうら町路次に住みていく年
古ケット慈母のごとくに世に生きていたみ疲れし体をつつむ
電柱の建ちてからもいく年か湯屋のかへりに通るこの路次
幸福と言ふ言葉あり灯の下に湯気たつ夕餉食ふとき思ふ
茜そまる遠くの雲にあすをたのむ思ひこめつつ年の暮れ行く
★ 「思ひ出」 ★
思ひ出を忘れな草のつつましき三十一文字につづれば悲し
下婢とゆく町の稲荷の宵祭り豊たかなりにし商家に育つ
はらからと粽もらひてよろこびし節句なつかし鯉の幟りも
夏ごとに雛つばめ鳴きし古里の吾が家の軒端傾きて亡し
供よりも劣りてありし若き日をほほ笑みながら顧りみむとす
仙台の城下が見えし岨道も夏くれば目に浮ぶ学び居たりき
夏休み近からむとす青葉山の初蝉の声寄宿舎に聞こゆ
道のくの学び舎に聞きしほととぎすよ学窓をいでてすでにいく年
高工に学びし三年かなしくも絵巻のごとく吾になつかし
その山のみ寺うれしみ神戸市の山のすそわに住みし朝夕
春夜かなふと目ざむればうかららの安けきねむり耳に聞ゆる
縁日の立つ宵々にもとめ来てエゾ菊マツバボタンなどふえゆく
いつしかも秋となり行く窓の下にむらさきふかききちかうの花
安けしとしみじみ思ふ今宵より吊る古蚊帳に涼風ふきて
添竹に朝顔咲ける朝な朝な郵便箱に来る手紙多し
落ぶれて帰りきたれば古里の訛親しきバスの片すみ
子を守りてしみじみ暮らす里の家干柿のかげ障子にかなし
老母のかた吾はもむ古里の炬燵の夜の親しくもあるか
上京する駅のホームに荷をさげぬ古里町の小さき灯遠し
大声に怒れる父にさからはぬ吾子は淋しく世をや思はん
漁りゐる二羽の雀の睦じき夕仕度するわが軒の端に
貧家の夕べほ暗き灯火にそこはかとなく涌ける安けさ
われよりも主はみじめなる生涯を送りたまひき親しかりけり
あすを待つ吾がささやけき希望あり小さき灯かげにふみをひらきて
わが祖父は県の歌人にましましき吾れまた歌人にならまくはげめり
月よみの光乏しき夜な夜なも思ふは歌のかなしみなりき
クリスマス未信の吾も教会の人にまじりて主を讃へたり
いく年の己が歌稿をととのへて疎開する子に持たせやりたり
何かしら希ひの涌きくる思ひして星のまたたく早春の空
ささやかに夕べの設け成れるらむ人の春燈家路より見ゆ
くさぐさの思ひ住み行く雪の下に小さき花を咲けるこの頃
今日の日もはげみて夕べとなりにけり暮れ行く窓の遠空淋し
行々子汝が鳴くきけば若き日にもとほりし広瀬の岸べ思ほゆ
ささやかな吾家の夕餉も夏めきて溝になきゐるケラ虫の声
窓ガラスの破れし所にあつがみをあてて今朝より秋風の宿
あすを待つ人の心にふくらかに喜び送くる夕映の雲
かりそめと思ひし路次に住み古りて柚湯へ行けば知る顔多し
交りを絶ちし友よりの賀状あり過ぎ行き早し人のいく年
私は明治三十三年六月の生れで今年数へ年の五十八歳になります。
福島県福島市の平凡な商家に育ち、小学校、中学校を経て大正十二年三月官立仙台高等工業学校を卒業しました。
初め群馬県庁に就職しましたが不幸、眼病に犯され種々、手を尽しましたが快癒に至らず、技術家としては起つことが出来なくなりました。爾来、中学校の数学科教員などをして転々、余り幸福でない人生を過ぎて参りました。
終戦後はとみに視力も弱り家族の厄介になって世間の片すみに年波の寄るばかりであります。
折角高等教育まで受けた身がこのままに朽ち果てるのは残念です。何かしたい。人間と生れた価値を表したい。このあはれな希ひは止むに止まれぬものでありました。
この歌集はそんな心境から日夜詠んだいくつかの歌を集めたものであります。雑誌「アララギ」、朝日新聞、読売新聞、NHKなどに入選したものなども交へて十数年間の作品から集めました。よって「歳月」といふ題名にいたしました。幼稚なものも熟したものも皆私のヒューマンドキュメントです。
この本を作るまでには中学二年の子が一生懸命に手伝って呉れました。私は深甚の感謝を子に捧げたく思います。
昭和三十二年四月