BABBAGE, C.,
On the Economy of Machinery and Manufactures, London, Charles Knight,Paul Mall East, 1832, ppxvi+320, Small 8vo.

 チャールズ・バベッジ『機械化と工業化がもたらす経済効果』。初版。
 著者(1792-1871)は、コンピュータの父とされている数学者。裕福な細金細工師の子として生まれる。ケンブリッジで天文学者ジョン・ハーシェルの主宰する「アナリチカルズ」(解析的数学派)に属し、微積分の表記をニュートン式(ドット記法、ý)から合理的なライプニッツ式(大陸式、dy/dx)に変える運動を起こし、イギリス科学からニュートンのくびきを絶った。こうして現代の表記法が定着したのである。
 大学卒業後は在野の研究者として過ごしたが、後には、かってニュートンが就き現在はホーキングが就いている、名誉あるルーカス教授職に選ばれた。もっとも、大学にはあまり出なかったらしい。
 なんといっても、バベッジが力を入れたのは「階差エンジン(階差機関)」の製作だった。19世紀は資本主義の発展に伴い数量化が進み、「数表」が求められた。数学書でおなじみの三角関数表や対数表のみならず、利息計算のための金利表、惑星等の位置を知る天文表、航海のための航海表(本サイトのサイモン・ニューカムのページ参照下さい)等々が作られた。ところが、これを作るのが人間(計算者=コンピュータと呼ばれたとのこと)、どうしても誤りが出る。正確な数表を作るため機械に計算させ、ついでに誤植をなくすため印刷までさせてしまおうというのが、階差エンジンの発想である。
 計算の原理は、概略次のとおりか。求める算式(階差機関は多項式も計算できる)の変数数値を自然数の1,2・・nと小さい数を代入し式の値を計算し出来た数列を並べ、その階差(差分)の数列をとる、さらにその階差数列の階差(第二階差)と次々に階差を求めるとついには、階差数列は等差級数となる。等差級数となれば、n+1は簡単な足し算で算出できる。これを、加減算が得意な機械(歯車式)にさせようというわけである。
 バベッジは、親から相続した私財も投げ打って、この機械の製作に打ち込んだ。一番の困難は、理論的なものより当時の技術に対する知識と経験の不足であった。これを身につけるべく機械産業の調査を実施、英国中の工場を廻った。さらには、職人を連れて大陸旅行(以前も友人と何回か出かけている)をし、工場を訪ね、発明家とも会った。

 本書序文にいう「本書を、長年にわたり私が制作の指揮を務める「計算機関」による成果の1つと見ていただければと思う。…英国から大陸まで、私はかなりの数の機械作業の仕事場や工場を訪れてきた、そこではからずも、私の他の研究が必然的に生み出していた「一般的諸原理」をそれらの現場にあてはめる仕儀となった。」(武邑訳)
 内容は工学(生産工学)と経営学(管理科学)が未分化の著作であり、オペーレーション・リサーチの先駆とされる。バベッジは、なによりも、企業が市場競争に勝ち残るための費用の低減を重視していた。これを実現するものとして経済学(経営学)的に主要な事項を列挙すると(村田和博2,3、パルグレーブ経済学事典 のバベッジの項目による)。
  • まずは、機械の導入、発明・改良。
  • 管理工学としては、正確な工場調査や作業分析を通じた最適賃金の提案。
  • 労働者の能力に応じて職務に最適な人員を配置する「バベッジの原理」を強調した。アダム・スミスの分業論を継承し、分業と関連させて規模の経済を分析した。また、肉体労働のみならず、知的労働までに分業を拡大。 
  • 労資協調の重視。労働運動に対して労使協調の意識改革を迫る。労働者の工場労働への不適応に対応するための金銭的動機付けも提案。
 本書は好評をもって迎えられ、2年半の内に4版を刷り、まもなく4ケ国後に翻訳された。経済学では、マルクス・ミルへの影響が大きい。
 まず、マルクス『資本論』を、手許の昭和42年発行岩波版邦訳の索引によって見てみると、第一巻・第十二章「分業と工場手工業」に本書の引用2ケ所(他に言及のみ1ケ所)、同巻・第十三章「機械装置と大工業」に引用3ヶ所、そして第三巻・第五章「不変資本の充用における節約」に1ケ所言及、同巻第六章「価格変動の影響」で一ケ所言及されている。
 ミル『経済学原理』においては、第一編・第七章「生産的諸要因の生産性の大小を決定する要因について」に引用2ヶ所、同編・第八章「協業、すなわち労働の結合について」で引用3ヶ所・言及1ケ所、同編第九章「大規模生産と小規模生産について」1ケ所長い引用、そして、第四編・第七章「労働者階級の将来の見通しについて」で引用1ケ所がある。(村田3.による。但し、ケ所数は岩波文庫で記者の確認)
 それぞれ章のタイトルをあげて置いたから、大体どういうことに関連して取り上げているかは推測できるのではないかと思う。

 読書の愉しみの一つは、思わぬところで、紙上の既知の人物と出くわすことである。おまえ、ここにいたのかという驚きである。むろん、専門家には、つとに承知のことでしょうが。今回参考に読んだ『バベッジのコンピュータ』では、二人。一人目は、天文学者ハーシェル(ジョン、息子の方)である。バベッジと一緒に「アナリチカルズ」を組織したが、このメンバーをもとにして、1980年王立天文学会が組織されたとある。とすれば、『地代論』のリチャード・ジョーンズがケンブリッジ時代に方法論的影響を受けた天文学のサークルに重なる。ならば、ジョーンズもバベッジも、天文学者ハーシェルを中心とした重力圏をめぐる惑星だったのである。
 いま一人は、『鉄道経済』のディオニシウス・ラードナー。ある場面では、鉄道ゲージ論争のバベッジの論敵として、またあるときは階差エンジンの講義を通じて、世界最初のプログラーマーにして「エンジンの女王」であるバイロンの娘エイダ伯爵夫人とバベッジを結びつける仲介役として立ち現れる。

 米国の自然科学系の古書店から購入。初版は高い値段が付いており、経済学プローパーの本からは少しずれるので、敬遠していた。今回、かなり安い本を見つけたので発注した次第。半革装の装丁・内容とも綺麗な本である。

 (参考文献)
  1. 新戸雅章 『バベッジのコンピュータ』1996年、筑摩書房
  2. 村田和博 「チャールズ・バベッジの経営思想」経営学史学会編『経営学の現在』文眞堂 2007年所収
  3. 村田和博「J.S.ミルにおける企業分析とアソシェーション -バベッジの諸説を手掛かりに-」 『経済学史研究』49巻1号 2007年
  4. 村田和博「C.バベッジにおける価格と市場」『埼玉学園大学紀要 経営学部篇』第五号、2005年
  5. 月尾嘉男・浜野保樹・武邑光裕編『原典メディア環境 1851-2000東京大学出版会』 2001年
 普段論文類は、アクセスが難しく参照できない場合が多いのですが、今回村田氏のものは、ネット閲覧可能で参照できました。その他、ベルの数学史、ブローグの経済学史、The New Palgrave a Dictionary of Economicsのお世話になったのはいつものとおり。





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(H20.5.11記)



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