SIMON NEWCOMB,
PRINCIPLES OF POLITICAL ECONOMY , New York, Harper & Brothers, 1886, pp.xvi+548,8vo

 サイモン・ニューカム『経済学原理』初版である。
 ニューカムの本職は天文学者としてよいだろう。航海術が天測によっていた時代には天体の位置を精確に観測することが必要だった。そのためのデータ集が『航海暦』で、国によりバラバラだった数値をニューカムらが中心となって国際的に統一した。天文学者としての最大の功績であろう。
 ゆらい、天文学者はロマンチストが多いのか、研究対象の宇宙のごとく興味が常に膨張し続ける人が多い。ハリーの生命表の研究はまだ納得しやすいほうである。ニューカムと同国・同時代人であった、冥王星の存在予測で知られるパーシヴァル・ローウェルは、火星人の存在も信じたし、来日して『神道』なる本を著している。おっと、忘れるところだったが、大物としては、かのコペルニクスがいる。HETのホームページでは、それも貨幣数量説の嚆矢と書かれている。幸い、邦訳(フランス語からの重訳、牧野純夫訳「貨幣論」、湯川秀樹ほか『コペルニクスと現代』時事通信社 所収)があるので見てみたが、訳者解説にあるように「グレシャムの法則」の先駆けとした方がよいようだ。そういえば、ニュートンも造幣局長に就任したから、何かありそうだが、ケインズのニュートン伝には、金は金でも錬金術の他、何もそれらしいことが書かれていないので、経済学とは関係ないのだろうと思う。
 さて、わがニューカムは、天文学者にして数学者、経済学者、政治学者、教育学者、神学者・・・等々。おまけに、SF(黒岩涙香が『暗黒星』として翻訳)まで書いている。ただ、勇み足もあるようで「空気より重い機械が空を飛ぶことは不可能」と公言し、ライト兄弟のフライヤー号(注)飛行成功後も、発言を撤回しなかった。こちらの方が、世人の記憶に残り、後世サイモン・ニューカム賞に名誉ある(?)名を残すことになった。

 前置きが長くなったが、本題に入って、この本について。
 ストックとフロー及び貨幣循環と商品循環の区分が明確になされている他、マネタリストの総帥フリードマンが認めるようにフィッシヤーと表記法が異なるものの、すでに「交換方程式」が正確に述べられている(『貨幣の悪戯』p.58)。フィッシヤーが、MV=PTと書いているところを、対応する形で表記すれば、ニューカムは、V×R=P×Kとしている(本書p.328。実際の表記は文字の順番が相違。彼は”the equation of societary circulation”と名付ける)。もっとも、シュンペーターにいわせれば、彼の「交換方程式」は独創的ではなく当時の知られていたのの定式化に過ぎないとするのだが(『経済分析の歴史』)。
 ともあれ、ブローグは彼を『ケインズ以前の100大経済学者』の一人に選び、「総じていえば、その書物は実にすぐれた業績なのであり、もしも彼の興味が各方面に拡散していなかったならば、彼はきっとアメリカの主要な金融経済学者となっていたに違いない。」と評価している。(中矢訳 同書、ニューカムの項)

 アメリカの古書店から購入。著者名が抜けてネット上に出ていた。発行年等から見てこの本に違いないと問い合わせたが、当否の返答はなくお金を振り込めとだけのメール。不安なまま送金したが、正解であった。結果的には、著者名が漏れていたから入手できたのかもしれない。
 (注)ホームページ・ビルダーへの切り替えに際し、誤りを訂正しました。ライト兄弟の初飛行機をキティホーク号としていましたが、フライヤー号が正解。子供の頃(そろそろ半世紀前に前になる)プラモデルを作り、実験場と同じキティホークの名前だと記憶しておりました。確かめず書いたのが誤り。あるいは、ライト兄弟の飛行機会社で制作した飛行機の中にその名前があったのかも知れないと、2007年ワシントンのスミソニアン博物館で現物を見たとき、展示パネルを注意してみたのですが、どうもそのような機名はみつけられなかった。




標題紙(拡大可能)

(H18.1.16記.H21.6訂正)



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