ONLY ONE
〜THE DARK SIDE〜 4




喧嘩になったあの夜から、間柴はと顔を合わせないようにしていた。
嫌いになったのではない。どうしていいのか分からないのだ。
の事なら何でも分かっている気でいた。しかしそれは自分の思い上がりに過ぎないと思い知らされたのだ。
一度挫かれた自信を取り戻すのは至難の技であった。

「お兄ちゃん、最近家に居ることが多いね。」

久美が夕食の片付けをしながら話し掛けてきた。

「彼女とケンカでもしたの?」
「・・・・お前には関係ねぇ」
「心配してるのよ!ここのとこずっと塞ぎ込んでるから。私で良かったら相談に乗るわよ?」
「生意気な口利くんじゃねえ。」
「お兄ちゃんらしくないよ。私の知ってるお兄ちゃんはそんな人じゃない。」
「お前に何が分かる?」
「分かるよ!兄妹だもん。お兄ちゃんは考えてる暇があったら行動に移す人でしょ?臆病になるなんてお兄ちゃんらしくない。」
「・・・・・」
「きっと彼女待ってるよ。」
「・・・・出掛けてくる。」
「行ってらっしゃい!」

久美は満足そうに笑って間柴を送り出した。


そうだ、俺は何を怖がっていたんだ。
関係なくなんてない。俺はあいつに惚れてるんだ。
何を言われても驚かねえ。どんなことだって受け止めてやる。

間柴は、暗い夜道をの家へ向かって足早に進んだ。




「お先に失礼します。」
「あれ、ちゃんもう帰っちゃうの?いつもつれないな〜。たまにはデートしようよ〜!」
「すいません、電車の時間がありますから。失礼します。」


最終電車を下りたは、暗い夜道を力なく歩いていた。

疲れた・・・・。

自分に向いている仕事でないのは、初日で嫌という程痛感していた。
ただ淡々とピアノを弾いていられるならまだしも、品のない酔っ払いに絡まれ、身体に触られることもしょっちゅうだ。
飲めない酒を飲まされ、猥談の相手をさせられ、その上時間外まで付き合えとしつこくせがまれる。
勿論自分のピアノをちゃんと聴いてくれる人間など、一人もいない。
確かに日給は破格だったが、は金に換えられないものを売り渡したような空しい気分になっていた。

私は、こんなことの為にピアノをやってきたんじゃない。

そう思ってみても空しさがますます募るばかりで、はただ黙々と日々を過ごしていた。
間柴とはあれ以来会っていない。電話すらしていない。
彼が今の自分を知ったら、きっと軽蔑するだろう。
あんなに愛してくれたのに、私は自分で自分を貶めてしまった。

これでいいんだ。どんな理由があれ、自分にはもう彼の愛に応える資格などないのだから。
でも、でも。

「会いたいよ、了・・・・」

心からの願いが口をついて出る。
自分の気持ちの矛盾に自嘲めいた笑みを一瞬浮かべて、は自分のマンションへ入ろうとした。


。遅かったな。」
「了!どうして・・・・」
「お前が帰って来るのを待ってたんだ。」
「・・・とにかく上がって。」

無言で部屋へ入り、は熱いコーヒーを淹れた。

「いつもこんな時間になるのか?」
「うん、終電で帰って来るの。」
「そうか。仕事は慣れたのか?」
「・・・・大分ね。」
「そうか・・・。」

気まずい空気が二人の間を流れる。
言いたいことは山程あるのに、お互い何も言い出せない。
しばしの沈黙の後、意を決したように間柴が口を開いた。

「どうしても俺には言えないことなのか?」
「何が?」
「バイトの理由だ。そんな疲れた顔してまでやらなきゃならねぇ程の理由ってのは何だ?」
「だからそれは・・・・」
「聞きてぇんだ。俺はお前の何だ?俺じゃ力不足か?」
「そんなんじゃない!」
「なら言えるだろ?頼むから正直に言ってくれ。」
「了・・・・」

間柴の真摯な眼差しに、はついに負けた。
は、俯いて小声でぽつぽつと事情を説明した。

「・・・だからお金が必要だったの。」
「そういう事だったのか。なんでもっと早く言わねえんだ?」
「言えなかったの。了に迷惑掛けたくなかったの・・・。」
「バカ野郎が。相談されたぐらいで迷惑だと思うわけねえだろが。」
「ごめんなさい。」
「一人で勝手なことしやがって。」
「ごめんなさい・・・・・」
「このバカ野郎が・・・・」

間柴は、を力一杯抱き締めた。
間柴の温もりと匂いに包まれて、張り詰めていたの気が緩む。

「ぅっく・・・、ごめ、了・・・・」
「もういい・・・・。」
「ひっ、・・ぅ、ごめ、・・・ね・・・」
「もういいんだ・・・・・」

溢れる涙が次々と零れ落ちて、間柴のシャツを濡らす。
が落ち着くまで、間柴はずっとその身体を抱いていた。





身も心も満たされて、二人はベッドの中に居た。

、さっきの事だけどな。」
「うん。」
「もうバイトは辞めた方がいいんじゃねえか?金の事ならどうとでもなる。俺も大して持っちゃいねえが少しぐらい力になれるはずだ。」
「ありがと。でもそれは遠慮する。こうして側に居てくれるだけで十分よ。」
・・・・。」
「これはうちの家族の問題だから。了を巻き添えには出来ない。でも了の言う通り、もうバイトは辞めるわ。」
「そうしろ。他に絶対何か方法はあるはずだ。」
「うん。次に行った時に辞めるって言うわ。」
「ああ。絶対そうしろよ?」
「うん、絶対そうする。」
「よし。じゃあもう寝ろ。」
「うん。おやすみ、了。」
「おう。」

二人は、久しぶりに幸せな気分で眠りについた。




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後書き

クサッッッ!!!
あっはっは、ほんま安物ドラマ状態ですな(痛)。
兄さん、馬鹿馬鹿言い過ぎ(笑)。
ケンカをひきずると兄さんの出番がなくなっちゃうので、早々仲直りしてみました(笑)。