ONLY ONE
〜THE DARK SIDE〜 3




言えなかった。
言えるわけもなかった。
いくら恋人でも、『助けて』と甘えていい事ではないのだから。


はフォトスタンドに飾ってある写真を見つめて溜息をついた。
いつか二人で撮った写真。この頃はこんな事になるなんて思ってもいなかった。
こんな事になるなんて・・・・

その時、玄関のチャイムが鳴った。


「はい?」
「先日の者ですがね。」

聞き覚えのある声だ。実家に来たあの男だ。
出なければこの間のように大声を出すのだろう。
は覚悟を決めて、玄関に出た。

「何の御用ですか?」
「お嬢さんに返済をお願いしたくてね。」
「どうして私が・・・・」
「あんたのお母さんから払ってもらった分だけじゃ足りなかったからさ。」
「私には関係ありません。」
「ならお隣の人に払ってもらいましょうか!?それとも明日職場にでも伺いましょうか!?」
「止めて!!大声出さないで!!払えばいいんでしょう!!」
「へっ、分かればいいんだよ。」
「・・・ちょっと待ってて下さい。」
「へいへい。」

は玄関に男を残して部屋へ入る。
鞄から財布を取り出し、有り金を抜き取る。

「これしかないんです。」
「へっ、たったこれっぽっちか。まあいい、とりあえず今日のところはこれで帰ってやるよ。」
「母も私もこれが精一杯です、だからもう・・・」
「何度同じ事を言わせるんだ?こっちだって商売なんだよ、それじゃ困るんだ。全額きっちり返してもらえるまで、毎日でも来させてもらうぜ。」
「そんな・・・!!」
「だから言っただろう?あんたならいくらでも稼げるってよ。どうだ、その気になったか?」

男は厭らしい目付きでを見る。

「なりません!絶対に嫌です!!」
「へっ、勿体ねえな。その気になりゃ400万なんてあっという間に稼げるのによ。」
「そんな真似をする気はありません!!」
「お上品なこって。まあせいぜい頑張るんだな、先生さんよ。また来るから金用意しとけよ。」

男は癇にさわる笑い声を上げて去っていった。

「なんで、なんでよ・・・・、私達が何をしたって言うの・・?」

は、男が去った方向をただずっと睨み続けた。





それから数週間が経った。
あれ以来、定期的にあの男が金を取り立てにやって来ていた。
母もも払える限りの金は支払ったが、それでもまだ全体の半分程にしかならなかった。


「こんばんわお嬢さん。集金ですよ。」
「・・・もうこれ以上払えません。」
「その台詞、あんたのお母さんも言ってたよ。だからあんたのとこに来たんだけどなー。」
「ないものはないんです。」
「ならいいとこ紹介してやるぜ?」
「ですからそんなことは・・・・!!」
「あーあー分かってるよ、あんたが風俗嫌がってんのはよ。あんたが想像してるようなとこじゃねえよ。俺の馴染みのピアノラウンジなんだけどよ、どうだい?」
「ピアノラウンジ?」
「そ。ピアノ弾いて、適当に客あしらってちょっと酒に付き合う程度でいいから。なかなかいい弾き手がいないらしくてな、ギャラは弾むそうだぜ?」

予想に反した申し出にあっけにとられる

「本当に?」
「ああ!保障する。どうだい?風俗に比べりゃ身入りは少ねえけどよ、それでも結構な額稼げるぜ?」
「・・・・」
「そうするしかもう道はねえだろ?あんた達が払えなきゃこっちにも考えがあるんだからよ。」

そうだ。
自分達家族が払えなければ、この男が誰に何をしでかすか分からない。

「それなら、それなら私・・・・」
「よし、決まりだ。」

この決断を後に激しく後悔することになろうとは、この時のには予想もつかなかった。



「なんだって?」
「だから、週末バイトすることになったの。当分の間ちょっと忙しくなるから・・・・」
「なんでバイトなんかする必要があるんだ?」
「それは・・・、そう、教室、教室を持ちたいの、自分の。その資金を早く貯めたくて。」
「だからって何もそこまですることねえだろ?大体夜なんて昼の仕事に差し支えるだろうが。」
「だから週末だけ、週に2〜3日だから平気よ。」

間柴はますます疑惑が強まるのを感じた。
妙だ。絶対におかしい。
理由はもっともらしいが、方法がらしくない。

、俺をナメてんのか?」
「な、何?そんなことないわよ。」
「そんな下手な嘘が俺に通用すると思ってんのか?お前このところ様子がおかしいぞ。一体俺に何隠してんだ?」

間柴はに詰め寄る。

「別に隠し事なんて・・・・」
「嘘をつけ。正直に言えよ。何なんだ?」
「だからさっき言った通りだってば・・・」
「お前らしくねえんだよ。いきなり夜の仕事するとか言い出すなんて。お前いつからそんな女になった?そこまでして稼いでその金何に使うんだ?」

間柴の厳しい口調に、の表情が強張る。

「・・・了には関係ないことよ。」
「なんだと?どういう意味だ?」
「了には関係ないって言ってるのよ!私の事は私が決めるわ!誰にも口出しされる筋合いなんてない!たとえ了でも!!」
「・・・・そうか、なら好きにしろ。」

間柴はそう言って、を残してその場から立ち去った。
彼は少なからずショックを受けていた。

自分との関係はその程度のものだったのか。
にとって自分はその程度の人間だったのか。

自分の信じていたものが足元から崩れ落ちるような気がして、間柴はただ立ち去るしか出来なかった。
どうしていいのか分からない。ただあれ以上の側には居られなかった。

「・・・くそっ!!」

道に転がっていた空き缶を思い切り蹴飛ばして、間柴は再びジムへと向かった。
サンドバッグを叩くことで、少しでもこの苛立ちを解消できるかと考えて。



「・・・ふっ、・・・・っく、ぅ・・・」

去って行く間柴の後姿を見つめて、は泣いた。
本当は今すぐに走ってその背に縋り付きたかった。
温かい腕で抱きしめて欲しかった。

「了・・・・、ごめ・・・・・」

もう見えなくなった愛する人に心から詫びて、はひとしきり泣いた。




back   pre   next



後書き

ありゃ?
ケンカになっちゃった(爆)。
待って待って!こっから、こっから本番だから(焦)!!
ほら、恋人だからって何でもかんでも分かるわけじゃないし!(←苦しい言い訳)
ここから巻き返すから!!兄さん頑張るから!!!(←お前が頑張れ)
ああ、石を投げないで下さいーーー!!(謝)