「頭の名前はオルガ。楼山流って流派の棒術を使う拳法家だ。なめてかかると痛い目を見るよ。」
「手下の数は?」
「全部で百五十人は下らないね。それも皆、そこそこの手練れ揃いだ。報酬に飽かせてかき集めた精鋭部隊さ。だからなかなか他所からの侵攻を受けない。但し、殆ど全員が雇われの用心棒だ。腹心の手下も元々は傭兵あがり。力で押し負けりゃ、ビビって尻尾巻いて逃げ出す可能性が高い。周りをバラしてやりゃ、あの町は脆く崩れるとあたしは踏んでるよ。」
「フン、楽勝だ。」
余裕綽々に言ってのけたジャギは、手下達に向かって高らかに叫んだ。
「良いか野郎共!また新しいアジトが手に入る!心してかかれ!敵は容赦なく皆殺しにしろ!!」
『おおーーーっ!!』
頭の咆哮に高揚した手下達は、口々に奇声を張り上げて己の士気を鼓舞した。
それと同時にどこからか瓶の栓を抜く音が聞こえ、たちまちその場はお祭り騒ぎと化す。
それは良いのだが、少し引っ掛かる事がある。
訝しんだは、椅子にどっかりと腰を下ろしてその様子を見守っているジャギに話しかけた。
「・・・・・・ちょっと待って。アンタ達、この町を捨てる気かい?」
「俺達は元々一つ所に長くは留まらねえ。行く先行く先のものを奪い尽くしながら、転々としてるのよ。」
「なんで?」
「俺の目的の為だ。奴の悪名を広く轟かせる為には、そして奴をおびき寄せる為には、俺の痕跡の残る場所が多い程良い。」
「フッ、なるほどね。納得。それからさ・・・・」
「・・・・・何だ?」
「あたしからも一つ条件を出させて貰うよ。」
「言ってみろ。」
「町はアンタにくれてやる。けど、オルガを殺るのはあたしだ。それだけは譲らないよ。」
「ああ、勿論だとも。大事な獲物を横取りするような野暮な真似はしねえよ。」
「おう!おめぇも一杯やれ!」
二人が鋭い笑みを交わしているところに、手下の一人が酒瓶を片手にやって来た。
に酒を勧めに来たのである。
頭である自分に酒を勧めないのは、そういうルールだからだ。
人前でヘルメットを外せない自分に食物や飲物を迂闊に勧めた奴は、その場で殺される。
連中はそれを良く知っているのだ。
昨日の水場での一件も、ただそれだけの話。
決して『良い人』でもなければ、情に厚い親分という訳でもない。
ただ、己が約束した分け前を惜しんで大事な駒を騙すようなせこい真似はしない、それだけだ。
「ああ五月蝿いねえ全く!どれ!?ハッ、こんなヌルい酒持ってくんじゃないよ!もっと強いやつ寄越しな!」
― 随分良いように取ってくれやがって。
手下と共にカウンターの方に行ってしまったの後姿を、ジャギは満更でもなさそうな笑みを浮かべて見送った。
その夜。
はいつになく高揚した気分だった。
身体がかっと火照るように感じるのは、風呂上りのせいではない。
出発は明日、一度は諦めかけたが、早くも二度目のチャンスがやって来た。
そう思うと、悦楽にも似た奇妙な昂りに身体が震えるのだ。
今度こそ、見事に果たしてみせる。
後はどうなろうと構わない。
あの男さえ殺す事が出来たら、その後一生自由はなくとも構わない。むしろ、相討ちだって。
先走る気持ちを落ち着かせる為に酒を呷りながら、はジャギの部屋へと戻った。
「何してんだい、アンタ?」
「見て分かんねぇか、獲物の調整だ。」
が風呂から上がると、ジャギは大抵ベッドで悠々と横たわって待っている。
それが今は、椅子に腰掛け、両脚をテーブルに上げた行儀の悪い姿勢とはいえ、真剣な顔付きで銃をいじっているのだ。
「お前の武器、適当なのを見繕っといてやったぜ。古いものだが、なぁに、問題はねえ。持ってみろ。」
ジャギは調整を終えたばかりのそれを、に投げて寄越した。
「軽い・・・・・・」
「お前にはゴツくて威力のあるやつよりも、多少軽かろうが連射の利く方が良いだろう。」
「ああ。」
「おまけにこいつは二丁だ。ほらよ、もう片方。」
もう一丁投げ渡された銃と、先に受け取っていた方を合わせて構え、はその銃口を二つともジャギの裸の胸に向けた。
「おいおい、俺を撃つなよ。」
「ふふっ、弾は抜いてあるんだろ?」
「まあな。」
ふざけてホールドアップの姿勢を取っていたジャギは、が構えを解いたのを見て手を下ろし、の飲みかけの酒を一口呷って苦笑いを浮かべた。
「またきつい酒選びやがって。」
「興奮して眠れそうになかったからさ。」
「なら一発付き合ってやろうか・・・・・、と言いたいところだが、今夜は早いところ寝ておけ。」
あれ程好色なこの男が、珍しい事もあるものだ。
少なからず驚いたは、呆気に取られながらも小さく笑った。
「へ、え・・・・・、アンタもそんな常識的な事言う時があるんだね。驚いたよ。」
「ヘッ、馬鹿言ってんじゃねえ。明日は一日かけて移動だ。そんな時にお前の腰が抜けてちゃ困る。それに・・・・」
「それに?」
「こういうコトの前は、溜まってた方が良いんだ。神経が鋭く研ぎ澄まされて、闘争心が強くなる。」
「ふふっ、アンタは普段だってそうじゃないか。」
「だから、そいつをより高めるんだよ。その方が殺り合った後の快感もひとしおだ。」
「へぇ、そんな風に感じた事なんざ無かったよ。意識した事すら無かったからかも知れないけど。」
「なら意識してみろ。野郎を殺した瞬間、イッちまうかも知らねえぜ。ククッ。」
下品な表現だが、その言葉通り、言い知れぬ快感にうち震える瞬間が待ち遠しい。
逸る己を抑えるのに一苦労だ。
だが、それももうすぐ。あと僅か。
明日にはあの男を地獄へ誘う旅路につける。
今すぐにも飛び出したい衝動を堪えて、はバサリとローブを脱ぎ捨てた。
「・・・・・フッ、そんなにイイんなら良いけどね。」
「さあ、とっとと寝ろ。明日は早くに叩き起こすぜ。」
「その必要は無いよ。肝心な日ぐらい、テメェで起きられる。」
挑戦的な瞳でジャギに笑いかけたは、下着一枚の格好のままベッドに潜り込んだ。
もう何度も闘った。繰り返し、繰り返し。
ボロボロに打ちのめされて体中から血を流しながら、あの男に何発も弾丸を撃ち込んだ。
だが、あの男は死んだのだろうか。それが分からない。
弾丸を撃ち込んで、やったと思った瞬間、生死を確認する暇もなく暗闇に包まれる。
そしてまた気が付けば、同じ闘いを繰り返している。
そんな夢を夜通し見た。
そして、出発の時が来た。
朝から砂漠を走り通して、そろそろ夜が近くなってきた頃、ジャギの一党とは、目的の町のすぐ近くにまで辿り着く事が出来た。
果ての見えてきた砂漠の岩陰で、今夜は野宿である。
「良いか野郎共。夜明け前にここを発ち、町を奇襲する。」
ちろちろと燃える焚火の炎に照らされながら、ジャギはそう告げた。
作戦会議を開くなど、およそこの男らしからぬ回りくどい行動だと最初は思っていたが、それはすぐににとって納得のいくところとなった。
「いつも通り、ケリは素早くつけろ。町の連中は放っておけ。刃向かう奴は殺して良いが、無駄に力を使うんじゃねえぞ。」
『へいっ!』
「へえ、意外だね。アンタの事だから手当たり次第殺せって言うんじゃないかと思ってたのに。」
「馬鹿言え。これから奪おうって町を必要以上に荒らしてどうする。それに、弱者共を屈服させるのは、町を奪ってからでも十分遅くねえ。」
「なるほどね。」
「良いか、町ってのはな、支配してる連中だけが住む場所じゃねえ。むしろそいつらに支配されている力の無い馬鹿の方が多い。そして町を奪うからには、そいつらを皆殺しにしちゃならねえ。」
「・・・・・なるほど。『駒』がなきゃ、町を奪ったって只の土地だものね。」
「そういう事だ。そいつらがこつこつと作り上げた食料、物資・・・・・、そいつが無ければ、町を奪う意味がねえ。」
凶暴極まりない男の冷静な考えを聞いて、は不思議と逸っていた心が次第に落ち着いていくのを感じていた。
この男の口から聞くと意外だが、言っている事は理にかなっている。
それに、夜よりも夜明け前の方が、警戒も幾らか薄くなっているだろう。
「で、具体的にはどうするんだい?」
「町の事は、俺よりお前の方が詳しいだろう。中はどうなっている?」
「町の中心に、あの男のアジトがあるんだ。一際大きな建物だから、見ればすぐに分かるよ。店や民家なんかは、その周りを護るように建っている。」
「なるほど。ならばまっすぐに町の中心を目指せば良いんだな?」
「ああ。」
はジャギの問いに頷きはしたが、『でも』と続けた。
「気をつけなきゃいけないのは、奴の私兵部隊だ。まず、町の周辺。その辺りには二十四時間、常に見張りの連中が居る。奴等に警戒されたら最後、たちまち援護を呼ばれて大勢の部隊に取り囲まれちまう、って訳。あたし一人で行ったあの時は、旅人を装って侵入に成功出来たけど、アンタ達を引き連れて行ったら、それは通りそうにないね。」
「それは問題ねえ。どの道そいつ等は皆殺しにするんだ。全員出て来てくれた方が手間が省けるというものだ。数はどれ位居る?」
「増減はあるかも知れないけど、町の中をうろついているのは、見張りを入れてざっと五十程。後は屋敷周辺を固めているのが同じ位。屋敷の中は分からない。この間は潜入に失敗したからね。」
「フン、まあ同じ位と見て良さそうだな。」
「多分ね。」
の持つ情報を聞いたジャギは、暫し何事かを考え込むように己の手下達を見回した。
「・・・・・よし。お前達の一隊は町の北側から攻め入れ。」
『へいっ!』
「お前達は南、お前達は東、お前達は西、そしてお前達は俺とについて来い。騒ぎに乗じてアジトに乗り込む。」
『へいっ!』
「町の東西南北から侵入する連中は、持ち場が片付き次第、アジトに来て援護しろ。それから、屋敷の中に入っても、頭のオルガには手を出すな。そいつはの獲物だ。分かったな?」
『へいっ!』
「よし。出発までの間に、各自腹拵えをして仮眠を取っておけ。」
手下達に分かり易いように端的に指示を下して、作戦会議は終わった。
その途端、手下達は早速ゾロゾロと散っていく。
その様子を見ながら、は戸惑いを感じていた。
戸惑うのは、この連中を心強いと思う自分に対してだ。
一人で成し遂げると決めた復讐だというのに、こんな連中の手を借りねばならなくなった事、それは今でも無念に思うのだが、その一方で裏腹に心強いと思う自分が確かに居る。
何か言いたげに口を何度か開け閉めした後、は深呼吸をして思い切ったように声を出した。
「・・・・・頼んだよ、あんた達。」
ぶっきらぼうな口調だが、これがの精一杯の言葉だった。
そう、自分でも信じられないが、礼を言いたくなったのだ。
その言葉を聞いた手下達は、驚いたようにを振り返ってから、それぞれに不敵な笑みを浮かべた。
「任せとけ、俺達が血路開いてやるぜ!何しろこれには、俺達の新しいアジトも懸ってんだからな!ガハハハ!」
豪快に笑ってそう言ったのは、いつかの時にジャギから助けてやったあの男だ。
その恩を着せて利用した挙句、昏倒させた事もあるというのに、全く根に持っている節はない。
仲間達と共に向こうへ歩いていくその男の後姿を見て、は擽ったそうに笑った。
「・・・・・お前もそんな顔で笑う事があるんだな。」
「・・・・・フッ、こう言っちゃ何だけど、アンタの手下が余りにも馬鹿だからさ。一度アンタから逃げようとした時、あたしさっきの男を殴り倒して逃げたんだよ。」
「俺の部下は、細かい事は気にしねえ馬鹿ばかりなんだ。そんな事はとうに忘れてるだろうよ。」
「ふふっ、本当、救いようのない馬鹿ばかりだね。でも・・・・」
「何だ?」
馬鹿で野蛮で好色な、どうしようもない連中だが、少し羨ましい、と言ったらジャギに笑われそうな気がして、は『何でもない』と呟いた。
もしもこんな連中と組めていたら、トビーはまだ隣で笑っていたかもしれない。
― トビー、待っててよ、アンタの仇はもうすぐ・・・・・・
満点の星空を見上げて、は堅く唇を引き結んだ。
そして夜明け間近。
「野郎共、行くぞ!!」
「ぬかるんじゃないよ!!」
『うおおぉぉ!!』
朝靄の中、ジャギとの鋭い声と、狼煙のように立ち昇る砂煙が、決戦の時を告げた。