ANOTHER HEAVEN 11




「待ってろと言ったアイツの言葉に従って、あたしはアイツの帰りをずっと待ち続けた。けど、朝になってもアイツは帰って来なかった。朝日が昇る頃には帰って来るって、そう言ったのに・・・・・・・」

あの朝の事は、今でもはっきり覚えている。
それまでの人生で一番悲しい朝だったから。



「あたしはもう待ってられなくなって、その町に飛んで行った。ふふっ、ああいう時って嫌な事ばかり考えるもんだね。負けちまったんじゃないか、殺されたんじゃないか、そんな事ばかり考えて。」
「そりゃそう思うのも当然だろうよ。」
「そんでもって・・・・・、やったのは相手だと思うんだよね。」
「・・・・・・・・どういう意味だ?」

は、訝しそうなジャギにふっと笑みを見せた。


「トビーに会うまで、あたしはそう思ってたんだ。町へ行く途中の砂漠の真ん中で・・・・・、そう、アンタと初めて会ったあの砂漠だよ。あそこで虫の息のトビーを見つけるまではね。」
「・・・・・死に水は取ってやれたようだな。」
「お陰様でね。ついでにあたしの生きる目的も見つけられた。」

あの時、今にも事切れそうなトビーを抱き起こした時、トビーは途切れる声で必死に言い遺した。
己の無念を、夢と生命を打ち砕いた奴の正体、そして。
これから生きる道標となる事柄を。


「トビーをやったのは相手の悪党共じゃない、組んでた相棒だったんだよ。あの男は町を手に入れた瞬間、トビーを裏切ったんだ。欲が出たんだよ。自分一人が支配者になりたくなった。だからトビーが邪魔になったのさ。」
「元々そう考えてやがったんだろう。」
「かもね。とにかくあの男は、雇い入れた用心棒達にトビーを襲わせた。それまでのドンパチで弾も爆薬も使い切って、丸腰同然だったアイツをね。アイツはそれでもどうにか砂漠まで逃げ出して、そして・・・・・・」
「お前の目の前で死んだ、か。」
「ああ。あたしに『悔しい』って言い遺してね。」

トビーの最期の息が抜けた時、抱いていた身体がほんの僅か軽くなったような気がした。
そしてその直後、反対に耐え切れない程の重みを感じた。
腹も減って喉も乾いてスカスカだった身体の何処に、こんなに沢山の水分があったのだろうと思う程、涙が溢れて止まらなかった。

一体どれ程の時間を、砂漠に座り込んで過ごしただろうか。
ふと気が付けば、もう笑わなくなったトビーをバイクの後部座席に乗せ、憎らしい町を背にその場を離れていた。


「トビーを弔った後、あたしはその墓に誓ったんだ。アイツを殺したあの男に、絶対復讐してやるってね。それからあたしは復讐を実行する準備を始めた。腕を磨いて、あの町とあの男のあらゆる情報を集めて、そして物資を調達して・・・・・・、一年かかったよ。一年かかってようやく、あの男を殺りに行くところだったんだ。あの時、アンタと初めて会った時にね。」
「フン。それで見事返り討ちに遭ったところを、俺に助けられた訳だな。」
「ざまあないよ、全く。」

自嘲のような笑いを零して、はゴロリとベッドに寝そべった。






「これが本当の理由。あたしには惚れた男と、やらなきゃいけない事があるんだ。だからアンタの女にはならない。」
「なるほど、ようく分かった。」

ジャギは瞳を閉じた真摯とも思える顔付きで頷いてみせた後、ゆっくりとその双眸を開いた。


「で?そいつを俺に話してどうする気だ?俺がそんな話で同情して、お前を解放してやると思ったか?」

その両の眼には、憐憫の情など欠片も無い。
いつも通りの凶暴で傲慢な光に満ちている。
そんなジャギに苦笑して見せながら、は言った。

「まさか、そんな事端から思っちゃいないよ。期待するだけ無駄ってもんだろう?」
「良く分かってるじゃねえか。」
「只言ってみたくなっただけだよ。ようやく果たせると思った復讐に失敗して、アンタみたいな最悪な野郎にとっ捕まっちまってさ。もうこれで何もかも終わりだと思ったら、溜め込んでたモン全部吐き出してみたくなったんだよ。それから・・・・」
「・・・・・それから?」

まだ何かあったとは予想外で、ジャギは聞く事をやめようとしていた耳を再びの声に傾けた。


「昼間のアンタが、ちょっと意外だと思ったんだよ。」
「昼間?俺が何かしたか?」
「アンタみたいな典型的俺様野郎が、ちゃんと部下に分け前をくれてやるなんてさ。それもテメェより先に。」
「ヘッ、何だそんな事か。」

全く予想外だったのか、ジャギは呆気に取られた後、可笑しそうに笑い出した。

「部下は労ってやるもんだ。大人しく従っている内はな。それで奴らの士気と忠誠心も上がる。」
「へぇ。ちったあ大将らしいとこもあるんだね。」
「当然だ。たかが手下、されど手下だ。時には良い目を見せてやらねえと、ふんぞり返ってばかりじゃ痛い目に遭う。尤も、この俺の寝首をかけるような骨のある奴は居ねえがな。」
「フフン、言ってなよ。」
「飴と鞭を上手く使い分ける事を知らねえ奴は、いずれ飼い犬に手を噛まれる。この乱世を生き抜くには、ああいう駒は大切にしねえとな。」

意外だった。ジャギの口からこんな言葉を聞けるとは。
力にものを言わせるだけの馬鹿かと思っていたが、意外にも物の道理と加減を弁えているではないか。
尤も、当然といえば当然の事だが。
仲間を裏切るのは、畜生にも劣る外道なのだから。



「あ、雨・・・・・・・・」

窓の外から微かな音が聞こえてきたと思ったら、それは空から雨粒が降ってくる音だった。
今日は一日陰鬱な曇り空だったが、一日耐えに耐えて我慢の限界が来たように、たった今降り出した。

「こりゃあ良い。長く降ってくれりゃ、当分水には困らねえな。」
「・・・・・そうだね。」

もしトビーが組んだ男が、このジャギのような男だったなら。
そうしたら、トビーは死なずに済んだだろうか。

そんな事を取りとめもなく考えていたら、ヒビの入った窓ガラスを伝う雨粒の中に、ふと一瞬トビーの顔が見えた気がした。









雨の日は眠い。
昨夜からまだ止まずに降り続いている雨の音を聞きながら、は一日中うとうととまどろんでいた。
空一面に広がる黒い雲が、活力を吸い取っていくようだ。
どうせ起きたって何もする事などない。ならば、眠っていた方が体力を使わない分マシである。

「う・・・ん・・・・・・」

気だるげに小さく唸りながら、は幾度も寝返りを打っていた。
そんな時、無遠慮な音を立てて、ジャギが部屋に戻って来た。



「おい、起きろ。」
「っせぇな・・・・・・、大きな音立てるんじゃないよ・・・・・!」
「いつまで寝てやがる。起きろ。下りて来い。」
「今何時・・・・・?」
「もう夕方だ。非生産的な生き方はその辺にしとけ。」

やる気のなさそうな掠れ声を出したに、ジャギは軽い皮肉を飛ばした。
それでも尚、は寝返りを打ち、惰眠を貪ろうとしている。
ぷいと背を向けたに呆れつつも、ジャギはめげずに繰り返した。

「ちょっと話がある。下に下りて来い。」
「・・・・・・話?」
「お前にとっても、決して損な話じゃねえ筈だ。」

やっとどうにか活を入れられたようだ。
は渋々であったが、ようやく身体を起こした。








「野郎共、待たせたな。」

ジャギに連れられて階下のフロアに下りたは、そこに広がっていた光景に少し驚いた。
何を思ったか、ジャギの手下達が全員雁首を揃えて集結している。
テーブルの上にあるのはいつもの酒瓶やトランプではなく、紙とペンだ。

「一体何だってんだい、むさ苦しいのが揃いも揃ってさ。」

お決まりの憎まれ口を一つ叩いて、は差し出された椅子にどっかりと腰を下ろした。
寝巻き代わりに着ていた男物の大きなシャツ一枚といういでたちなので、脚を組んだ時に白い太腿が大胆に剥き出されたが、そんな事はお構い無しだ。

「テメェら、女の太腿見てだらしねえ顔してる場合じゃねえぞ。」

しまりのない顔での太腿に視線を釘付けにしている手下達に向かって一声飛ばすと、ジャギはの隣の椅子に悠々と腰掛けた。

「大事な儲け話だ。しっかり聞いてやがれ。」
「儲け話?一体何なのさ?」
、お前とは取引だ。だがきっと、お前にとっても悪い話じゃねえ。」
「はぁ?何の事・・・・」
「お前の復讐に、このジャギ様の軍団が手を貸してやろうじゃねえか。」
「はぁ!?」

呆気に取られたは、口をあんぐりと開けてヘルメットに包まれたジャギの顔を凝視した。



「ちょ、ちょっと待ちな!あたしは助っ人を頼むなんて一言も・・・」
「お前一人じゃ無理だ。現に一度失敗して死に掛かったじゃねえか。この期に及んで意地張ってねえで、素直に甘えとけ。」
「何だって!?人を馬鹿にするんじゃないよ!大体、テメェが同情なんてタマかよ!?」
「同情じゃねえ。どうしても一人でやりてぇってんなら構わん。好きにしろ。但し、この俺から逃げられたらの話だがな。」
「チッ・・・・・!テメェ一体何のつもりで!?」

ジャギの物言いに腹を立てたは、ふと考え込んでから、口元を歪めて笑った。

「・・・・・ハン、読めたよ。あたしに恩を売っといて、益々逃げられなくさせようって魂胆だろ、え!?」
「ククッ、てめぇが恩着せられるタマか?命を助けてやった恩すら、忘れるどころかハナから感じてなかったようなメス猫のくせしやがって。」
「だったら一体何の目的で・・・」
「もっと単純な動機だ。」

くく、と喉の奥で笑ったジャギは、の瞳を奥まで覗き込むように見つめた。


「ここからが取引だ。こっちの条件を呑めなきゃ、俺達は手を貸さねえ。お前も逃がさねえ。呑めば手を貸してやる。」
「・・・・・その条件ってのは何だよ?」
「その町だ。豊かな水場のあるその町。そいつを貰う。」
「町を・・・・・」
「お前の目的は敵討ちだろ?町にも執着しているのか?」
「・・・・・・・・・・」

答えはNOだ。
町などもうどうでも良い。
安らかな暮らしなど、トビーを亡くした時から永遠に手の届かないものになってしまった。
今はただ、トビーを裏切り命を奪った男に地獄の苦しみを与えて殺す事。
それだけが目的なのだから。

「決まり、だな。」

沈黙を通すに拒絶の意思がない事を悟ると、ジャギは満足そうに笑った。




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後書き

そろそろ佳境に向けて出発します!
今作は20話いかないで済みそうです。よ〜しよ〜し、順調順調!
でも実は最初、7話ぐらいで完結させる予定だったんですけれども。(←あかんやん)