ANOTHER HEAVEN 9




西の岩場に辿り着いてみれば、そこはもう戦場であった。
話では、水を掘り当てたのはこの岩場の近隣の村人達だった筈。
普通ならばここの水は彼らのものだろう。

だが、普通でないのがこの乱世。
ハイエナのように鼻の利く悪党にたちまち嗅ぎつけられ、村人らしき連中はもう殆ど全滅していた。



「もう見つかってやがったか。」
「ジャギ様、どうしやすか?」
「思う存分暴れて来い。」

あの悪党共がハイエナなら、ジャギの軍団はそのハイエナをも獲物にする獣。
ジャギの指示一つで嬉しそうに顔をぎらつかせた手下達は、手に手に銃や槍を振りかざしてハイエナ共の群れへと突撃していった。

「オラオラーーッ!!水を寄越せーーッ!!」
「ふざけんな、野郎共、やっちまえーーッ!!」

悪党対悪党の、血で血を洗う非情な戦。
はその様子を、ジャギのバイクの後部座席で眺めていた。

水場を奪う争い、実際目の当たりにするのはこれが初めてだった。
人と争う事は日常茶飯事なのに、水場だけは敬遠していたから。
あの時も、こんな光景だったのだろうか。



「・・・・・・・・アンタは行かないのかい?」
「俺が出て行くまでもねえ。あいつらだけで十分だ。お前はどうだ?行きてえか?」
「気分じゃないよ。疲れてるって言っただろう?」

うんざりしたように言い捨てて、は砂煙の向こうで争っている男達に視線を戻した。

傷付け傷付けられ、殺し殺され。
軍配は若干こちらが有利だが、向こうもなかなか侮れない。
尤も、たとえ手下全員が死に絶えても、ジャギは一人で連中全員を皆殺しにする事ぐらい出来ようが。

そう、連中はあくまでも普通なのだ。
凶悪そうな面構えをして物々しい武器を振り回す悪党など、掃いて捨てる程居る。
この男・ジャギを知った今では、尚更退屈に思えるのだ。


「あ〜あ、退屈・・・・・・・」
「そんなに退屈か?なら・・・・・・」

と言いかけて、ジャギはふと視線を砂煙の方に向けた。
そこから一台のバイクが猛スピードで駆けて来る。

「・・・・・・面白いものを見せてやろう。」

ジャギは不敵な声で笑うと、バイクから降りた。







「テメェが親玉だな〜!?よくも俺の手下達を〜〜!!」
「そりゃお互い様だ。これ以上手下の数を減らしたくなきゃ、とっととケツ捲って逃げる事だな。」
「ほざけ!!この水場は俺達が奪ったんだ、誰にも渡さねえぞ!!」

どうやらこの男が敵方の大将のようだ。
黒々と豊かな髭が雄雄しい男だが、なるほど、なかなかに気骨もあるようだ。
少しはマシな部類に入る親玉といったところだろうか。

「少し離れてやってくれりゃ良いのに・・・・」

は、すぐ目の前で男を迎え撃つつもりのジャギを睨みつけた。
巻き添えを喰って死ぬ事程馬鹿らしい事はない。
は後部席から運転席に移ると、急いでその場から離れた。



「ぐははは、バイクごと女に逃げられたか!一気に轢き殺してやる、死ねぇ!!」

男はバイクのエンジンを思い切り吹かせると、ジャギに向かって突進して来た。
低い唸りを上げて突っ込んで来るバイクをものともせず、ジャギは余裕の構えでその場に立っている。
まさか大人しく死んでやるつもりとも思えないが、『面白いもの』とは一体何なのだろうか?


「うらぁ、死ねぇぇ!!!」

男が前輪を高く持ち上げ、ジャギに圧し掛かろうとしたその時だった。
空中で一瞬何かがきらりと光った。
そして次の瞬間、男は派手な音を立ててバイクから転げ落ちていた。



「うぐあっ・・・・!ちくしょう、てめぇ含み針を・・・・!」
「クッククク・・・・・。どうだ、よく効くだろう、その針の毒は。」

その光ったものとは、どうやらジャギが吹いた針のようだった。
男の頬や額に、髪の毛程の細い針が何本か突き刺さっている。
即効性の毒で身体が痺れているのだろうか、男はたどたどしい手付きでそれを引き抜き、よろよろと立ち上がった。

「ほう、まだ立てるか。」
「当然だ、俺を誰だと思って・・・・やがる・・・・!?」
「知らねぇな。それに、その台詞は俺のものだ。」
「はぐぅ!!」

言うが早いか、ジャギは男の眉間を突いた。

「て・・・めぇ・・・・、一体何を・・・・・・」
「俺の女が退屈してるんだ。精々面白いパフォーマンスを見せてやってくれ。」

愉快そうに含み笑いをすると、ジャギはに向かって手招きした。
は仕方なしに呼ばれるままジャギの元へ戻ったが、一体何が面白いのか理解出来ない。


「何だってんだよ一体?こいつフラフラしてるだけじゃないか。何が面白いって・・・」
「まあ黙って見てろ、。おいお前。俺の名を言ってみろ。」
「あ?・・・・・は・・・・・・、あ!?む、胸の傷・・・・」
「・・・・・・ククッ。この七つの傷の噂、知っているようだな。俺の名を言ってみろ。」
「ひっ、ひぃぃぃ・・・・・・!」
「言ってみろ。ケンシロウ、北斗神拳のケンシロウ、とな。」
「ほく・・・と・・・・・、神・・・・拳・・・・・」

それまで何ともなかった男の形相が、次第に異様な恐ろしさに歪み始めた。
まるで皮膚の下に何かが這い回っているように、身体のあちこちがボコボコと蠢く。
はじめ点在していたそれは徐々に繋がり、やがて大きな一塊となって皮膚の上にその形を浮かび上がらせた。
丁度人間の骨のような形を。

その不気味な光景に、は思わず固唾を呑んでその場に硬直した。


「ケン・・・・シ・・・・ロ・・・・うわらばっ!!」

断末魔と共に男の背中が裂け、驚くべき事にそこから骨が飛び出して来た。
それも、骨格模型のように全ての骨が繋がったままで。
勢いよく飛び出したそれは、やがて地面に落下すると、力を失ったようにバラバラと四散した。


「っ・・・・・・・・!」
「どうだ、面白ぇだろう。」
「これも・・・・・・・」
「そうだ。北斗神拳奥義・北斗壊骨拳。どうだ、退屈もちったぁ紛れたか?」
「・・・・・・・・・」

散らばった骨とぺしゃんこの抜け殻になった男の姿を見て、はごくりと息を呑んだ。

どこの世界にこんなものを見せられて喜ぶ女が居るものか。
そう毒づいてやりたかったが、うまく言葉が出てこなかった。
人の死体など見慣れているが、ここまで無惨なものを見たのは初めてだった。

やはりこの男は特別だ。そこらの悪党とは訳が違う。
逃げられないのだ、どうしても。


「・・・・・・・とんだイカレ野郎だよ、アンタは・・・・・。」
「なぁに、お前にゃ負けるぜ。ククッ。」

機嫌が良さそうに笑ったジャギは、立ち尽くしているをひょいと抱え上げると、再びバイクに乗せて手下達の居る水場の方へと走って行った。







「あっ、ジャギ様!」
「どうだ、こっちは片付いたか?」
「へい、全員皆殺しでさぁ!」
「よ〜し、よくやった。野郎共、好きなだけ水を飲め!」

ジャギの労いに奇声を上げて喜んだ手下達は、次々に水を汲んでガブガブと飲み始めた。
大きな桶から口をつけて、勿体無い程盛大に零しながら美味そうに喉を鳴らす男。
豪快に頭から被り、水飛沫を飛ばす男。
沢山の屍を踏み散らかしての事ではあるが、見方によれば無邪気に見えなくもない。
皆乾いた喉を潤す喜びに浸っているのだ。


「・・・・飲め。」
「え?」

そんな連中の様子をぼんやり眺めていたに、突如ジャギが手桶に一杯の水を差し出した。

「水が出たとはいえ、いつ枯れるか分かったもんじゃねえ。飲める時に飲んでおけ。」
「・・・・・・・・・ならアンタは・・・・・」

返事をする代わりに、ジャギは己のヘルメットを軽く指で小突いてみせた。
なるほど、水を飲もうとすればヘルメットを取らねばならない。
手下達にも秘密の素顔だ、水の一杯や二杯でおいそれと晒す訳にはいかないのだろう。

「クッ・・・・、面倒臭い男だね、アンタも。」

は小さく苦笑すると、手桶の水をガブガブと飲んだ。









こんなに乾いた不毛の地でも、命は確かに息づいている。
館の外から聞こえてくる微かな虫の音を聞きながら、はいつになくぼんやりとしていた。

もうすっかり馴染んで、自分の匂いのするベッド。
隣で眠っているこのジャギは、語るに値する男だろうか。


「・・・・・少なくとも、逃げられやしなさそうだけどね・・・・・」
「・・・・・・・何がだ?」

の小さな独り言に、眠っていたとばかり思っていたジャギが返事をした。

「・・・・・別に。こっちの話さ。」
「フン、人が居るのに独り言ってのも随分な話だな。どうした、今日はイマイチ乗らなかったじゃねえか。昨日のアレのダメージがまだ残ってたか?」
「違うよ。」
「なら、昼間のアレが怖かったか?」
「そんなんじゃないよ・・・・・・。」

は苦々しげな顰め面をすると、ふうと息をついて窓の外を見たまま呟いた。




「・・・・・ねえ。アンタこの時代をどう思う?」
「あん?何だ急に?」
「深い意味は無いよ。良いから答えな。」
「別に。どうもこうもねえよ。大して考えた事もねえ。」
「ふ〜ん、そう・・・・」

は気の無い返事を返すと、一瞬躊躇ってからまた口を開いた。


「あたしはね、良い時代だと思ってる。」
「ほう。」
「ヤバいけど、自由があってやりたい事何でも出来る。何処へだって行ける。」
「確かにな。代わりに命の保証はねえが。」
「命の保証なんて元々無かったんだよ。自由も命の保障も、どっちも無かったんだ。それに比べりゃ自由な分、今の時代の方が良い。何もかも吹き飛ばしてくれたあの核戦争の爆風は、あたしらにとっちゃ救いの風だったんだ。」
「ら?」

の他にも、誰かそう思った者が居たという事だ。
ジャギは何とは無しにそう訊き返した。


「・・・・・あたしがアンタの女になる事を渋った本当の理由、教えてやろうか?」
「何だよ?」
「惚れた男が居るんだよ。・・・・・いや、居たんだ。」




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後書き

今回はちょいグロめでした。
何で北斗壊骨拳かと言うと、好きだからです(笑)。
結構派手ですからね、”イリュージョーン!!”って感じで(笑)。
しかし、文字にするとどうにもグロく(苦笑)。
あんまりしつこく書くとえげつなくなりそうでしたので、ここまでに留めておきました。