ANOTHER HEAVEN 8




「あんた・・・・・、その顔・・・・・・・」
「どうだ、怖いか?」
「・・・・・・化け物・・・・・・・・・」

は呆然とジャギの顔を見たまま、虚ろな声で呟いた。
恐らく驚きの余り、頭に浮かんだ事がそのまま言葉になっているのだろう。
己が何を口走っているのかも良く分かっていない筈だ。

いつもならこの瞬間に殺している。
だが、今更だ。
今更腹を立てて殺すぐらいなら、最初から顔を見せたりなどしない。
怯えてはいるようだが、逃げ出そうとしないだけ大したものだ。

「そうとも、化け物だ。」

ジャギは只でさえ醜悪な顔を、更に歪めて笑ってみせた。


「俺はな、この顔に誓ったんだ。俺の顔をこんなにしやがった奴に、出来損ないの分際で身の程知らずの末弟に・・・・・・、必ず復讐してやるとな。」
「復・・・讐・・・・・・・」

その言葉を噛み締めるように発音するの上に、ジャギはゆっくりと覆い被さった。



「野郎は俺達兄弟の一番下、未熟な青二才の分際で、何もかもをかっ攫いやがった。北斗神拳伝承者の座も、女も。」
「へぇ・・・・、随分・・・・・、甲斐性のある弟じゃないか・・・・・。」
「黙れ。弟は常に兄より下なんだ。兄より優れた弟などこの世に存在しねえんだ。」

ジャギは狂気じみた視線をぎらつかせて、をギロリと睨んだ。

「奴を伝承者にしたのは先代伝承者、俺達の親父だった。齢でモウロクしてたんだろうよ。だが弟なら、兄を立てて辞退するのが筋だろう?ところが奴はそれをしなかった。その上あろう事か、兄であるこの俺に楯突きやがった・・・・・・!」
「フン・・・・・、それでそんな顔に・・・・・されちまったのかい・・・・?」
「あの時は俺が足を滑らせたんだ。そうでなければ今頃こんな顔になっていたのは、いや、死んでいたのはあの野郎の方だ。」

今思い出しても腸が煮え繰り返りそうだ。
忘れもしない、あの時の痛み、あの時の屈辱。

「上二人の兄貴共は一体何を考えてるのか、野郎を野放しにしてやがる。だが俺はそうはさせん。奴に無様な死をくれてやる為なら、何だってやってやるぜ。」
「その・・・弟って奴が・・・・・・」
「ケンシロウ、だ。」

おぞましい程の憎悪を滲ませて、ジャギはその名を呼んだ。





弟に復讐する為、顔を隠して弟の名を名乗り、悪事の限りを働く。
ジャギが何をしているかは知らないが、この男の事だ。善行など積む筈がない。
それにこの言い分も、万人に通用する程筋の通った話ではなさそうだ。

だが、正当な理由がなければ恨んではいけない、という事もない。
誰かを愛するのと同じように、誰かを憎む事も人間にはつきものだ。
その理由も人それぞれ、きっと人間の数だけある。

それに、この男は少なくとも正直だ。
この身体にこの魂有り、とでも言おうか。
醜怪な形相と非情で凶暴な性格が余りにマッチしていて、何の違和感もない。
天使のような仮面の裏に冷酷で無情な素顔を隠している獣より、百倍はマシだ。


は熱く火照った頬を薄らと綻ばせて、ジャギの額から頬を覆う鉄骨に触れた。



「化け物だね、まるで・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・」
「けどアンタ、良い目をしてる・・・・・・。いかにも獣らしい、良い目だよ・・・・・。」
「・・・・・それは褒め言葉か?」
「別に。正直な感想さ・・・・・・。」
「ククッ・・・・・・、言ってくれるじゃねぇか、このアマ・・・・・」

ジャギは心底愉快そうに口元を吊り上げると、そのままそれをの唇に重ね合わせた。
軽く触れ合わせた瞬間、どちらからともなく開いた隙間に舌を捻じ込んで、激しく濃厚に絡ませる。


「はっ・・・・・・!クク、女とキスするなんざ久しぶりだ。」
「フン・・・・、そりゃ良かったね・・・・・。」

玉のような汗を額に沢山浮かべて、朦朧としながらもなお不敵に微笑んでみせるに、全身で欲情する。
勢いに任せてパンツを下着ごと引き下ろし、秘所を軽く一撫でしてみれば、指先に透明の蜜が長く糸を引いていた。
そろそろ解放してやらねば危うい頃だ。
それに己自身も、いい加減堪えきれなくなってきている。

ジャギはズボンのジッパーを下ろすと、猛り狂った分身を取り出しての花弁に擦り付けた。
がひゅっと息を呑む音がする。


「・・・・・どうだ、これでもまだ俺を腰抜け野郎だと哂うか?」
「フフッ、さあ、ね・・・・・・・。復讐は・・・・・、果たしてこそなんだから・・・・・」
「ならば俺が復讐を果たすところを、その目で見届けるんだな・・・・・・」
「あ・・・・・あぁぁっ!!」

獰猛な笑みを浮かべると、ジャギはを一気に貫いた。





夜だというのにじっとりと肌に纏わり付くような湿った熱い空気の中、髪を振り乱して何度も交わった。
間違っても情事などと上品な言葉では表現出来ない、まるで獣の交尾のようだった。
声が枯れるまで喘ぎ、乳房も秘部も感覚が鈍くなるまで攻められ、ぷつりと糸が切れたように意識を手放す瞬間にちらりと見えた空は、今にも泣き出しそうに曇っていた。








・・・・・・・ゴンゴン、ゴンゴンゴン。


遠くから何かを叩くような鈍い音がする。
いつまで経っても止みそうにない。
最初は夢現のうちに遠くで聞いていただけだったが、音が鳴り続けるにつれて次第に頭が覚醒してくると、それは耳障り以外の何物でもなくなった。


「・・・・・・うるっさい・・・・・」

いやに重い瞼をどうにか半分程持ち上げ、掠れた声で文句を言うと、隣でジャギが小さく呻いた。
ぐいと肩を引き寄せられ、頬がジャギの裸の胸にぎゅっと押し当てられる。
何故そんな事になるのか暫く分からなかったが、よくよく感覚を研ぎ澄ませてみると、ジャギの腕が枕になっていた。
ああそうかと納得し、ちらりとジャギの顔を見やれば、珍しい。
ジャギは素顔を晒したまま、深々と眠り込んでいた。
いつも目覚める頃には、ジャギは既に起き出しているというのに。



ゴンゴン、ゴンゴンゴン。

音は相変わらず鳴り続けている。
それがドアをノックする音だという事に、はようやく気付いた。
起き上がって代わりに出てやれば良いのかもしれないが、生憎そんな親切を甲斐甲斐しく働いてやる気はない。
ついでに言うと、身体も動かない。
眠いだけかと思っていたが、よくよく考えれば昨夜の事が多分原因だった。
上半身を起こすのも億劫な程、身体が泥のように重くなっている。

力の入らない腕をどうにか動かして、はジャギの胸を拳で叩いた。


「ねえ、ちょっと・・・・・・・」
「う・・・・ん・・・・・・・・」
「起きな・・・・・、誰か呼んでるよ・・・・・・」
「ううん・・・・・・・・」

みるみる内に、ジャギの眉間に深い皺が浮かび始める。
心地良い眠りを妨げられる不快感に必死で耐え、なおも眠り続けようとしているようだ。
だが、いい加減あの音をどうにかして貰わないと、安眠は永遠にやって来ない。

は精一杯力を込めて大きく腕を振り上げると、ジャギの肩に向かって打ち下ろした。


「いい加減に・・・・起きな・・・・・!」
「がっ・・・・・!?ってぇ・・・・・・、てめぇ・・・・・・」

突如夢から引き戻されたジャギは、不機嫌丸出しの声でを威嚇したが、ドアから響くノックの音に気付いてのそりと身体を起こした。

手下達には日頃から、この部屋への無断入室を固く禁じている。
いや、正確に言えば、素顔を晒した己の前に許可なく現れる事を、だ。
従って、この音は己が入室の許可を与えるまで鳴り続ける事になる。

ジャギは下着とズボンを身につけると、ヘルメットを被って『入れ』と返答した。




「し、失礼しますジャギ様・・・・、お休みのところ申し訳ありやせん・・・・。」
「だったら起こすな馬鹿野郎。殺されてぇか?」
「すっ、すいやせん!!おっ、お話がありやしたものですから・・・・!」
「話?何だ?」
「へぇ、実は今しがた良い情報が入りやして。」
「情報?」


ジャギと手下が話し込むのを尻目に、は気だるげにサイドテーブルを探った。
見もせずに手だけをゴソゴソと動かすと、ジャギのシガレットケースとライターが指先に触れる。
はそれを取り上げて中身を一本取り出し、火を点けてゆっくり燻らせ始めた。



「・・・・・よ〜し、分かった。すぐに行くぞ。全員に支度をさせておけ!」
「へいっ!!」
「もう話は終わり?」

葉巻を吸いきらない間に早々と出て行った手下を見送って、はジャギに声を掛けた。

「ああ。どうだ、外へ出たいなら一緒に来るか?」
「はぁ?何処へだよ?」
「西の岩場に水が湧いたそうだ。」
「へぇ。」
「何もねぇ場所だってのに、近隣の村の馬鹿共がずっと井戸掘りしてやがったんだ。この辺りに走っている水脈は大きくて、そっちの方にまで伸びていると言い張ってな。いや、馬鹿にしていたが・・・・、なかなか大したもんだ。とうとう本当に掘り当てちまいやがった。ククク。」

ジャギは至って機嫌良さそうに笑っている。
ジャギの考えている事は、すぐさまにも読み取れた。


「それを横から掻っ攫おうって訳?」
「無論だ。水場は多けりゃ多い程良い。どうだ、一暴れしてみるか?」

ジャギが外へ出してやると具体的に言ったのは、これが初めてだ。
だがは、その気になれなかった。

どうせ出たところで、そのまま逃げ果せるとは思っていない。
悔しいけれど、ジャギの強さには敵わない。
口に出しては絶対に言わないが、あの経絡秘孔とやら、あれの恐ろしさには参った。
何とか踏ん張って持ちこたえたが、もしあのままジャギが自分を抱かなかったら、狂っていたかもしれない。
あんな芸当が出来るのだ。
その気になれば、ジャギは本当にいつでもこの命を奪う事が出来るだろう。

己の目的、それを果たす日がまた遠ざかったのは口惜しいが、生きてさえいればまた必ずチャンスは訪れる。
無理にジャギから逃げる事を考えるより、その日を待つ方が確実な気がしていた。


それに、いや、それだからこそ、だろうか。
水場になど足を踏み入れたくはなかった。
踏み入ったが最後、嫌でも目的を思い出して歯痒い思いをせねばならないだろう。



「・・・・・・やめとく。」
「やめとく、か。ククク、お前に選択の余地はねえっていつか言わなかったか?」
「・・・・・・疲れてんだよあたしは。アンタが変な事したせいでね。腰が痛くて立てやしない。」
「ならば俺が抱いててやろうか?ん?」
「冗談でしょ。一人で寝かしといてくれりゃそれで良いんだよ。」
「冗談はお前の方だろう。・・・・・・さっさと支度しろ。」

何とも勝手で独裁的な男だ。
はうんざりと煙を吐き出して、面倒臭そうに身体を起こした。
だが、すぐに服を着る元気も湧かない。

ベッドに腰掛けたまま、気だるそうに葉巻を吹かし続けるを見て、ジャギは呆れたように服を投げつけた。


「女が葉巻ばかりバカスカ吸うんじゃねえ。早くしろ。」
「うるさい。女の支度を急かすような野暮な真似するんじゃないよ。」

は葉巻を灰皿に押し潰すと、諦めたように服を身に着け始めた。




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後書き

顔の良い悪役って女性受けが良いですけど、ジャギはやっぱり駄目なんでしょうか(笑)?
顔潰れる前も、大して男前じゃないですしね。(←言うてもた 笑)
でも、ひでぶな貴方が素敵です♪
でっかいバイクと革のベストと鉄仮面が似合う人なんて、そうそう居ないですもんね。
夜中に走り回ってるヤンチャな少年達の中にこんな人が居たら、いっそ応援するのにな(笑)。
やっぱり北斗のキャラは濃すぎです、最高!