宴は、村で一番大きな館で行われた。
そこは長老とその一族の住居であり、村のパブリックスペースでもあるのだが、
今はケンシロウの一党が占拠している。
長老一族は家財一切を置いて身一つで他の家屋に追いやられ、普段は村の会合や
冠婚葬祭の儀式の時などに使われる広間は、今や酒池肉林の宴席と化していた。
「ガッハハハ!良いぞ〜、もっと踊れぇ!景気良くなぁ!」
「オラ!もっと腰振れ、腰!」
ケンシロウの一党は、村の酒・食料をたらふく飲み食いし、女達に際どい格好をさせて踊らせていた。
女達は弾けるような肌や白い胸の谷間を露にし、言われるままにぎくしゃくと腰を振っている。
そのぎこちない動作は揃っておらず、挙句には表情さえ、恐怖と羞恥に固く強張っている始末だ。
見世物としてのクオリティは、残念ながら話にならないレベルである。
だが、男達はそんな様をもそれなりに愉しんでいた。
理由は一つ、この村には美しい女が多かったのだ。
恵まれた環境に居るせいか、若々しく、髪も肌も清潔かつ艶やかで、肉付きも良い。
勿論、誘惑的な流し目や艶然とした微笑を見せてくれる方がもっと盛り上がるのだが、
こんな上玉ならば、恐怖に怯え羞恥に泣く顔も様になるというものだ。
男達はそれぞれに下衆な野次を飛ばしたり、口笛を鳴らしたりして、嫌々踊る女達を舐めるように見つめていた。
そんな中、ケンシロウは上座で一番上等な長椅子にふんぞり返り、村の女達の中でもとりわけ
目を惹く美人を両隣に座らせ、それぞれの肩や腰を抱きながら悠々と女達の踊りを見物していた。
「クックック・・・・・・・・」
ケンシロウもまた、上機嫌だった。
両隣の美女達も、踊り子達と同じように恐怖と緊張に強張った顔をしていたが、
それはケンシロウにとってみれば、屈服の証のようなものだった。
嫌だろうが何だろうが、女達に逆らう事は出来ないのだ。
胸を弄られようが脚を開けと命じられようが、応じるしかない。
しかしそれは何も女達ばかりではない、この村の者全てがそうだ。
人も食料も家屋敷も、命じられるままに差し出すしかない。
北斗神拳の前では、このジャギ様の前では、平伏すしかないのだ。
そう考えて、ケンシロウ、いや、ジャギは、一人悦に入っていた。
そう。
ここでもまた、ケンシロウの悪名が早速広まり始めている。
ケンシロウは悪だと、北斗神拳伝承者は傲慢で凶悪極まりない男だと。
そして北斗神拳は、極悪非道の悪魔の拳法だと。
だがまだ足りない、もっとだ。
いつもの通り、ここにも暫く留まり、この地のもの全てを喰らい尽くして、
悪魔の男の足跡をしっかりと刻みつけてやろうと、ジャギはヘルメットの奥でほくそ笑んだ。
宴も暫く続いた頃、ジャギは不意に尿意を催し、隣に侍らせている女に便所の場所を尋ねた。
「おい、便所は何処だ?」
「ろ、廊下に出て、左にまっすぐ行った突き当たりです・・・・・」
「フン」
ジャギは一人で立ち上がり、ひとまず解放されて明らかにホッとした顔の女二人をその場に残し、便所に行った。
そして、用を足し、数分と経たぬ内にまた広間の方に戻って来たのだが。
「あ・・・・・・・」
戻って来ると、広間のドアを今まさに開けんとしている若い女と出くわした。
服は踊り子の衣装ではなく粗末な上着と長めのスカートで、その手には
ツマミの皿と酒瓶の載ったトレイがあり、女給と思われた。
従って、ジャギは特に注意を払う事もなく、女より先にドアを開けて広間に戻ろうとした。
だがその時、女が不意に口を開いた。
「あっ、あのっ、ケンシロウ様っ・・・・・!」
「何だ?」
「ひ、昼間はどうも有り難うございました!」
急にピョコンと頭を下げたその女を見て、ジャギは思わず面食らった。
礼を言われるような事などした覚えがなかったからだ。
「あぁ?何がだ?」
「昼間、キャベツ畑を守ろうとして野盗に殺されかけていたところを助けて頂きました!」
「あぁ・・・・・・・・・」
言われて初めて、ジャギはそんな事があったのを思い出した。
といっても、あれは別にこの女の命を助けてやりたい為にした事ではなかった。
邪魔者を排除し、そして、これから自分が支配する村の女を減らさない為にした事だ。
女の数は多ければ多い程良い、邪魔者にむざむざ減らされるのは面白くない、只それだけだった。
もしあれが男だったならば、特にああして助けてやる必要はなかっただろう。
ジャギにしてみれば、そんな程度の話だった。
だが。
「私・・・・・、とても嬉しかったです。助けて頂いて、その上、優しいお言葉までかけて頂いて・・・・」
「優しい言葉?」
「私に、無事だったようだな、って・・・・・、あの時、仰って下さいました・・・・・。」
だが、この女にとってはそうではないようだった。
はにかんだ嬉しそうな笑顔を浮かべ、頬を仄かな桜色に染めた女を見て、ジャギは呆気に取られた。
女の反応は、思ってもみないものだった。
ジャギとしてはそんなつもりではなかったのだが、この女は随分と美化して受け取ったようだ。
ジャギは呆れて暫し女を見ていたが、やがてヘルメットの奥で獰猛な笑みを浮かべた。
「・・・・・・・そうか。つまりお前は、俺に恩を感じているばかりか、俺に惚れたという訳だな。」
「そ、そんな・・・・・!」
女はみるみる内に顔を赤らめてうろたえ始めた。
声が小さくてあまりはっきりとは聞き取れないが、『恐れ多い』とか
『私なんか』などと口籠ったりもしているようだ。
まず間違いなく図星だったと分かる反応である。
「ほ〜う・・・・・・」
女のそんな反応は、ジャギにとっては至極新鮮だった。
実のところ、こんな反応をする女は初めてだった。
ジャギには、男に慣れている女との享楽的なセックスか、嫌がる女を無理矢理犯して玩具にするか、
そのどちらかしか経験がなかったのだ。
特に、ケンシロウに顔を潰されてからは、後者の経験しかない。
一体何処の世界に、こんな化け物のような男の誘いに乗ったり、まして好意を持つ女がいるというのか。
それこそこの女のようなごく普通の清純そうな娘は、皆泣き叫んで逃げ出すものだ。
そういう女を無理矢理捕まえて犯すのも楽しくない訳ではないのだが、
誰も彼も皆一様に嫌悪し、抵抗し、絶望するので、時々うんざりしたり虚しくなったり、
正直、少し傷付いたりもする。
やはり、奔放に求め合えるセックスに勝るものはない。
だが、せめて商売女を買おうと思っても、その商売女ですら、素人と似たような反応を示すのだ。
どんなに食うに困った状態でも、この顔を見れば怯えて逃げ出すか、或いは真っ青になって震えているのである。
それなのにこの女は。
「・・・・・女。名は?」
「といいます・・・・・・」
「齢は?」
「じゅ、19です・・・・・」
ジャギは舐めるようにを見つめた。
派手な美貌も匂い立つような色香もない、真面目だけが取り柄のような純朴そうな小娘だ。
だが、よく見るとなかなかに可憐な顔立ちをしているし、身体つきも悪くなさそうだ。
何より、このウブな反応が面白い。
品定めが済むと、ジャギはおもむろにの肩を抱いた。
「あ、あの・・・・・・」
「決めたぞ。今夜の相手はお前にする。」
こんな楚々としたうら若い娘が、自ら進んで飛び込んでこようとしているとしているのだ。
こんなに美味そうな据え膳を食わぬ手はない。
「お、お相手・・・・・って・・・・・・」
「分かってんだろ?お前の身体を俺に捧げろと言ってるんだ。」
「わ、私・・・・・が・・・・・・・?」
「何だ?誘うだけ誘っておいて今更それは嫌だなんて・・・・、まさか言う気じゃねぇだろうな?」
ジャギが脅すようにそう言うと、はビクリと肩を震わせ、言葉に詰まった。
脅されて恐怖を感じたのだろうか。
もう恐くなって、掌を返すように逃げ出すやも知れない。
一瞬そう思ったが、しかしは顔を真っ赤にしたまま、ごくごく微かに首を振った。
「ほう?」
ジャギの瞳が、ヘルメットの奥でぎらついた。
は決して嫌がってはいなかった、ただ、ジャギの意図を理解して恥じらったに過ぎなかったのだ。
ジャギは満足そうに口の端を吊り上げると、の肩を抱いたまま歩き出そうとした。
「よし、話は決まりだ。行くぞ。」
「あ、あの、行くって何処に・・・・」
「俺の部屋に決まってるだろう。」
「あっ、あのっ、でもこれ・・・・・」
は持っているトレイとジャギとを困惑した顔で見比べた。
しかしジャギにはもう宴などどうでも良かった。
踊り子達も、両隣に侍らせていた美女も、今は関心がない。
今欲しいものは、の身体だけだった。
「そんな物、その辺に放っておけ。」
「で、でも・・・・」
「気にするな。俺様の命令が何より最優先だ。」
「は・・・・はい・・・・・・」
は困った挙句、トレイを広間のドアの脇にそっと置いた。
それが合図だったかのように、ジャギはの腰を抱き寄せ、自室へと歩き始めた。
を連れて自室(といっても、この館で一番上等な部屋を勝手にそう決めただけだが)に
戻ったジャギは、扉に鍵をかけると、邪魔な武器や防具を外し始めた。
無論、早速事に及ぶ為である。
の方は、ジャギが肩当てや手甲などを外しただけで顔を赤らめて目を逸らしてしまう程
恥ずかしがっていたが、そんなの緊張をまず会話などで優しく解してから、
などという思いやりは、ジャギにはなかった。
「何してんだ。お前も脱げ。」
やがて上半身裸になったジャギは、緊張して硬直しているに向かって、事も無げにそう言った。
しかしは真っ赤になったまま、ボタン一つ外せない様だった。
とはいえ、そんな事は最初から想定内である。
はどう見ても、自ら進んで男の前で服を脱ぐような女ではないのだから。
「それとも、脱がされてぇか?」
「あっ・・・・・・!」
ジャギはの返答を聞く前に、を強引にベッドに押し倒した。
押し倒しながらもジャギは、のような奥手そうな娘は、いざこうなると怖気付いて
抵抗しだすだろうと考えていた。
大体、のような娘が、見るからに悪漢と分かる男に憧れたり、
自ら進んで身体を差し出すような事自体が有り得ないのだ。
は何をどう解釈したのか、自分に憧れ慕っているようだが、強引に組み敷かれれば
己の慕うものが只の幻想だったと気付くだろう。
そして、掌を返したように嫌がり、こんな筈ではなかったと抵抗するだろう。
だがもう遅い。
今更甘ったるい恋の夢から醒めたところで、逃げられはしないのだ。
抵抗しだしたところで、これまでの他の娘達同様、無理矢理犯して壊れるまで弄んでやる。
そんな事を考えながら、ジャギはの襟元を一息に引き千切ってやろうと手を掛けた。
とその時、がここに連れ込まれて初めて口を開いた。
「あ、あの・・・・・・・」
「何だ?」
「お、お願いが・・・・あるんですけど・・・・・・・」
「願いだぁ?」
ジャギは手を止め、訝しげにを見た。
「何だ?」
「お顔を・・・・見せて欲しいんです。私を助けてくれた人の顔が見たいんです・・・・・」
の願いを聞いたジャギは、呆れて鼻を鳴らした。
の考えている事は、すぐに分かった。
ヘルメットを取れば、その下には白馬の騎士のような凛々しい青年の顔があって、
自分に優しく微笑みかけてくれる、大方そんなような事を夢見心地で考えているのだろう。
だがそれは大きな間違い、お伽噺の読み過ぎというものだ。
「・・・・良いだろう。」
現実を知らしめてやる。
お前が恋慕い、抱かれようとしている男は、白馬の騎士ではなく、誰もが目を背ける化け物だ。
心の中でそう呟いて、ジャギはわざと勿体つけてゆっくりとヘルメットを取った。
その方が後の落胆と絶望も大きいからだ。
どうせ怯えられ絶望されるなら、とことん恐がって泣き叫んでくれる方が燃え上がる。
「・・・・どうだ?これがお前を助けた男の顔だ。」
ジャギは嘲笑うように顔を歪めてに笑いかけた。
その顔を見たは、言葉もなく目を見開いた。
やはり想像通りの反応だった。
「怖いか?」
間もなくは、発狂したかの如く怯えて騒ぎ出すだろう。
そうなったら事の始まりだ。
力ずくで押さえ付けて、壊れるまでこの身体を貪り尽くしてやる。
ジャギはそう考えて、そして最早、その瞬間を手ぐすねさえ引いて待っていた。
ところが。
「・・・・・・いいえ・・・・・・・」
は微かに首を振って否定した。
その声こそ震えていたが、瞳はまっすぐジャギを見つめたままで。
「貴方がどんな人でも・・・・・、私を助けてくれた事に違いはありません。」
「・・・・・・・」
「私の事を気に掛けてくれた人は貴方だけ・・・・、その事実は変わりません・・・・・。」
「お前・・・・・」
「お顔の傷なんて、私には・・・・・見えません・・・・・・」
の言葉に、ジャギは本気で驚いた。
こんな事を言う女は初めてだった。
自分でも目を背けたくなるようなこの顔を、傷などという次元ではない、憎きケンシロウの手にかかり
化け物のように惨たらしく歪んでしまったこの顔を見てさえ、こんな事を言う女は。
「・・・・・、といったな?」
「はい・・・・・・」
「お前、男に抱かれた経験は?」
はふるふると首を振った。
多分そうだと思っていたが、やはり処女のようだ。
「ですから、あの・・・・・、出来れば優しく・・・・して下さい・・・・・・」
は真っ赤な顔をして、消え入りそうな声でそう呟いた。
そんなを見るジャギの顔は、もう嘲笑に歪んではいなかった。
「・・・・・良いだろう。俺を見て怖がらなかった褒美に、お前の望むように可愛がってやる。」
ジャギは僅かに端を吊り上げた唇を、そのままの唇に落とした。