その村は、この時代には比較的恵まれた環境にあった。
水が豊富に湧き出て、土の状態も良い。
食べる為の穀物や野菜を育ててまだなおゆとりがあるので、
村人の目を楽しませ、心を和ませる為に、花などさえ植えてある。
こんな良い環境の村ならば、いかにも略奪の格好の的になりそうなものだが、
その辺りは村の者達も良く心得ているもので、村の周囲に強固なバリケードを巡らせ、
水や食料を定期的に武器・弾薬の類に替えてはせっせと自衛に努めていた。
そのお陰でこの村は、時折野盗の襲撃を受けるも大した被害を被る事なく、
この時代には比較的平和な暮らしを保っていた。
だが、そんなある日。
「野盗だーっ!野盗が攻めて来たぞーっ!!」
「門を閉めろ!迎え撃て!!」
突如、野盗の集団が村を襲って来た。
村の者達は、こういう時にはいつもしているように、村の中へ入る唯一の門を固く閉じ、
ちょっとした城壁のようなバリケードの上から、機関銃や毒矢、爆薬などで一斉迎撃に出た。
大抵の略奪者は、これで撃退出来る。
単発銃やら手製の長槍などではこうはいかないだろうが、この村は豊富な物資に飽かせて
強力な武器を揃えてあるのだ。
そこらの小悪党が多少の徒党を組んだ程度では、この村を征服する事は出来ない、筈だった。
「ヒャッハー!殺せ殺せぇ!!」
「怯むな、行け行けぇ!!!」
ところが、この集団は怯まなかった。
「うわあっ!」
「ぎゃああっ!!」
「凄い数だ!こんな数見た事ない・・・・!!」
この集団は、いつもの野盗とは数が違っていた。
この集団、いや、大編隊と言った方が相応しい位の野盗達は、村人からの攻撃をものともせず、
互いに互いを盾にするようにして、誰がやられてもお構いなしに、倒れた者をバイクで踏み越えて
突撃して来た。
その凄絶なまでにエゴイスティックな侵攻に、村人達は慄かずにはいられなかった。
「弾がもうないぞ!!」
「こっちも矢が尽きた!!」
「ダイナマイトももう・・・・・!」
戦闘開始間もない頃には村側が押していたが、応戦している内に、とうとう形勢が逆転してきた。
弾薬が尽き、野盗の攻撃を受けて死傷する者が続出し、遂には迎撃出来る者が
殆ど居なくなってしまった。
「邪魔な門だ!焼き切っちまえーっ!!」
「長老!!奴等、門を焼き切ろうとしてます!!」
「ぬうう・・・・・・!」
村側の勢力が目に見えて衰えると、野盗達は強固な鉄製の門扉を、内側に掛けてある
頑丈なかんぬきごと焼き切り始めた。
こんな多勢の上にこんな装備を持つ野盗の来襲はこの村始まって以来の事で、村人達はなす術なく
未知の恐怖と絶望に立ち尽くすしかなかった。
やがて、門は無情にも開かれ、野盗達が村の中に雪崩れ込んで来た。
「オラオラぁ!!ウジ虫共が手間掛けさせやがってぇ!!死ねぇぇ!!」
「ギャアアア!!!」
「今日からこの村は俺達のもんだーっ!!逆らう奴はブッ殺すぞーっ!!」
「うわぁぁーーっ!」
「食い物と水は何処だぁ!!」
野盗達は報復と言わんばかりに手近な村人を殺傷し、我が物顔で村の奥へ奥へと侵入していった。
もはやこれまで、せめて命だけでも。
村人達は野盗の手から逃れる事だけを考え、極力彼等の目に留まらぬよう、
極力彼等を刺激しないよう、方々へ散り散りになっていった。
それを良い事に、野盗達は益々増長し、村のあちこちを物色して回った。
ある者は井戸から水を汲み上げては盛大に零しつつガブ飲みし、ある者は悲鳴を上げて逃げ惑う女を
下卑た笑みを浮かべて追いかけ回し、またある者は鶏小屋に乱入し、片っ端から卵を貪り食った。
そして。
「お頭ぁ!キャベツ畑ですぜ!!こーんなに沢山出来てらぁ!!」
一人の手下の声を聞きつけて、村の武器庫を漁っていた野盗の頭目が振り返った。
頭目は武器庫から出て来ると、手下の指差す畑を見てニヤリと笑った。
そこには、まだほんの小玉だが瑞々しいキャベツが幾つも実っていた。
新鮮な野菜など、そう滅多にありつけるものではない。
栄養バランスなどという言葉は飽食の時代の遺産、とにかく食べられさえすれば
何でも良いというようなこの時代に、ビタミンの補給が出来る野菜や果物は貴重品である。
ましてそれが、畑に実っている新鮮そのものな物となれば尚更だ。
「キャベツか。久しぶりにお目にかかるな。小せぇのが残念だが、どれどれ・・・・」
頭目は無遠慮に畑に踏み込もうとした。
その時、背後から一人の若い女が駆けつけて来た。
「待って下さい!そこのキャベツは、やっと実り始めたばかりなんです!
まだ実も小さいんです!どうかお見逃し下さい!」
「何だぁ貴様?」
頭目は、いきなり目の前に現れた女に束の間面食らったが、すぐさま女の訴えを鼻で笑った。
「フン、だから何だ。俺は今食いたいんだ。」
「で、でしたらせめて1つだけ、1つだけにして下さい!」
「馬鹿を言え。こんな小せぇキャベツ1つで腹が膨れるか。」
「そんな・・・・・!」
「どけ!!」
「あっ・・・・・!」
頭目は女を突き飛ばして、畑にズカズカと入っていった。
「お願いします、どうか勘弁して下さい!」
「邪魔だ!どけと言っとろうが!!」
「お願いします!!」
女は必死になって頭目の腰にしがみつき、何とか彼の蛮行を阻止しようとした。
振り解かれようが突き飛ばされようが、決してめげずに。
「ええい、うるせぇアマだ!!」
そんな女が本気で鬱陶しくなってきた頭目は、相手が女だという事などお構いなしに
苛立ちと怒りを露にし、女の細い首をその大きな手で絞め上げた。
「あうっ・・・・・・!」
「死ねぇ!!」
女の首がギリギリと絞まっていく。
頭目の力は強く、どれ程もがこうとも、女の力では到底逃れられなかった。
助けに入ろうとする者も誰一人としておらず、女はこのまま敢え無く絶命するだろうと思われた。
だが。
ドンッ!!
突如、低く響き渡るような轟音が轟いたかと思うと、女の首を絞めていた頭目の手が緩んだ。
手が緩み、滑り落ち、そのまま身体ごとくずおれる。
頭から鉄砲水のように血を噴き出して。
一体何が起きたのだろうかと、女は呆然とした。
「な・・・・・・・」
倒れた頭目の後ろに、男が立っていた。
顔は黒いヘルメットですっぽりと覆い隠されているが、胸はわざと見せびらかすように肌蹴られており、
革のベストの間から7つの傷が覗いている。
その者が、頭目を背後から撃ったらしかった。
「て・・・・、てんめぇ〜・・・・・!お、お頭を殺りやがったなぁ!!」
いち早く我に返ったのは、野盗の手下だった。
「し、死ねぇぇぇ!!」
野盗は自分の銃を、頭目を殺したヘルメットの男に向け、引き金を引いた。
いや、引こうとした。
引く前に、ヘルメットの男が野盗の額を指先で突き、逆襲を阻んだのである。
不思議なのは正にそこだった。
彼はごく普通に突いただけなのだ。女の目にはそう映った。
少なくとも、いきり立って引き金を引きかけている者を止められるような勢いはなかった。
それなのに何故、野盗は大人しくなったのだろうか。
「・・・・って・・・・、へ?な、何しやがった・・・・・・・?」
「テメェはあと3秒で死ぬ。」
ヘルメットの男は初めて口を開いた。
その厳めしい外見に相応しい、低い、背筋が一瞬ゾッとするような恐ろしい声音だった。
「へ・・・、な、何バカな事・・・・、と・・・・・、とわらっ!!」
間もなく、野盗は男の予言通り死んだ。
それも普通の死に方ではない、いきなり全身がグニャグニャと歪み、破裂四散したのだ。
女は声も出なかった。
恐怖とショックの余り、まともに立っている事すら出来ず、女はその場にヘタリと尻餅をついた。
すると男は、女に向き直った。
「っ・・・・・・・!」
何が何だか分からないまま、女は恐怖に身を竦ませた。
だが男は、女が想像したような蛮行に及ぶ事はなく、ただ女の手首を掴んで引っ張り上げ、立たせただけだった。
「無事だったようだな。」
「・・・・・・え・・・・・・?」
「来い。」
「あっ・・・・・!」
そして男は、そのまま女の手を引き、ズカズカと歩き始めたのだった。
連れて行かれた先は、村の広場だった。
植え込みの花は難を逃れたようで、つい今しがたまでの修羅場など我関せずといった風に、
いつも通りひらひらと、風にその花弁をそよがせている。
その光景と、同じくこの場に集められている村人達のひとまず無事そうな姿に、
女の張り詰めていた心はようやく解れてきた。
「有り難うございます!本当に、何とお礼を言っていいか・・・・!」
ふと見ると、村の長を務めている長老が、例のヘルメットの男に深々と頭を下げていた。
「貴方がたのお陰で、壊滅は免れました!貴方がたが通り掛かって助けに入って下さらなければ、
今頃この村はどうなっていた事か・・・・!貴方がたは、この村の救世主です!」
「ほう・・・・・、救世主か。」
ヘルメットの男は、小さく含み笑いを零した。
「だったら、どうすりゃ良いか・・・・・、分かってるな?」
「へ・・・・・・?」
分かっていない様子の長老を見て、ヘルメットの男は一瞬沈黙した。
かと思うと、突然に大きな声を張り上げた。
「おいお前ら!!俺は誰だ!?俺の名を言ってみろ!!」
村人に言ったのかと思ったが、どうやら違うようだった。
ヘルメットの男は、自分が引き連れていた手下達に向かって言ったようだった。
『北斗神拳伝承者、ケンシロウ様にあらせられます!!』
見るからに屈強な荒くれ者達が居並び傅く様を見て、村人達は訳も分からないまま、
とにかくこのケンシロウと名乗ったヘルメットの男が只者ではないという事だけを呑み込んだ。
「良いかジジイ、俺は北斗神拳伝承者、ケンシロウだ!この世に並ぶもののない無敵の暗殺拳、
北斗神拳の伝承者だ!俺様に逆らう奴は皆殺しだ!よぉーく覚えておけ!」
「はっ、はいぃぃ・・・・・・!」
「分かったら、とっとと宴の支度をしろ!!酒だ!食い物だ!女だ!
上等なのをありったけ持って来い!!」
「ひぃぃっ、は、はいぃっ・・・・・・・!」
長老をはじめ、村人達のケンシロウに対する態度は、早くも変わっていた。
はじめは神でも見るような眼差しで仰ぎ見ていたのが、今ではもうすっかり怯えてしまっている。
彼の桁違いの強さを目の当たりにし、一時は彼を頼もしく感じ、感服していただけに、
余計に恐怖が増したのだろうと思われた。
逆らえばあのように惨たらしく殺される、そう思っているのだろう。
だが、女はそうは思わなかった。
確かにケンシロウの強さは桁違いで、あの北斗神拳というのも、この世のものとは思えない程
恐ろしい拳法だが、ケンシロウは殺されかけていた自分を助けてくれた。
彼だけがたった一人、自分を助けてくれた。
女にとってそれは、揺るがない真実だった。
― ケンシロウ、様・・・・・・
ケンシロウは手下達を引き連れて、女の横を素通りしていった。
女には目もくれずに、さっき命を助けた事などすっかり忘れてしまったかのように。
しかし女は、歩き去って行く彼の後ろ姿を、ひたむきな瞳で見送った。