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「消費者契約法と不動産取引」
 平成13年4月1日に消費者契約法が施行され、同日以降に締結される「消費者契約」には全面的にこの法律が適用されることになりました。 この法律では、全部で十二カ条という簡潔な法律ですが、条文の内容は必ずしも平易ではなく、具体的ケースへの当てはめに迷うものもあります。 一定の不動産取引に、どのような適用がなされるか、どのような効果が生ずるのかについて正確に理解しておくことが、大切でしょう。
法律制定の背景
 この法律は、不動産取引を主な対象として立法がなされたのではありません。 商品やサービスの種類を問わず、契約一般について消費者と事業者との間に存する契約締結や取引に関する情報の質や量、あるいは交渉力の格差を前提として、消費者の利益を保護しようとしたのです。

 そもそも消費者と事業者との契約については、民法という一般的な法律のほか、個別の取引についていろいろな法律がすでにあります。 にもかかわらずこの法律が制定された背景には、近年のトラブルの増加と規制緩和の流れがあります。 トラブルの増加の点をみますと、消費者生活センター等の相談窓口に対する販売方法や契約、解約に関する相談件数が年々増加しています。また規制緩和の流れの点では、政策運営の基本原則が事前規制から市場ルールの整備へと転換が求められている中で、消費者、事業者双方の自己責任を問い得るための環境整備と公正で自由なシステムづくりが求められていました。そのような事情を背景に、消費者契約に係る紛争の公正かつ円滑な解決に資する民事ルールを作ろうと制定されたものが本法です。

 この法律は、平成十二年五月二十日に公布されましたが、約1年間の周知期間を置き、平成14年4月1日以降に締結される契約に適用されることとしています。

 ご承知の通り、売買契約や賃貸借契約は、民法の理論上は、契約書などの書面を作成しなくても、口頭による意思の合致すなわち口約束で成立する、「諾成」「不要式」の契約とされています。しかし、不動産の取引という、比較的高額で、しかも一般個人にとって頻繁に行うものではない契約は、契約書を作成し、それに署名捺印したときに成立するという社会通念がありますので、例外的なケースは別として、多くのケースでは、契約書を両当事者が作成した日をもって、契約締結の日と解して差し支えないでしょう。
対象となる「消費者契約」とは何か
 では、本法はどのような契約を対象としているのでしょうか。宅建業者が関与する、すべての契約が対象とされるのではありません。

 本法は、消費者契約を適用対象としており、「消費者契約」とは、消費者と事業者との間で締結される契約のことをいいます(第二条第三項)。したがって、消費者同士の契約、事業者同士の契約は適用対象になりません。しかし、消費者と事業者との間の契約である限り、あらゆる業種に適用され、ただ一つ適用されないのは労働契約だけとされています。

 そこで、問題は「消費者」とは何か、「事業者」とは何か、ですが、法律にその定義規定を置いています。 ここで「消費者」というのは、事業としてでもなく、事業のためにでもなく契約の当事者となる個人のことをいい(同条第一項)、「事業者」とは、法人その他の団体及び事業として、または事業のために契約の当事者となる場合における個人のことをいいます(同条第二項)。
従って、宅地建物取引業者は、株式会社、有限会社などの法人業者はもちろん、個人業者もすべて事業者に該当することになります。

 そして、この「事業者」という概念は、世間一般で使われ、イメージされているものよりもはるかに広いことに注意して下さい。例えば、アパート、マンション、貸家、ビルの賃貸経営を行う個人は、仮に高齢であっても、すべてを仲介管理業者に任せていても、「事業者」に該当することになります。 事業というのは、一定の目的を持って反復継続してなされる行為のことですが、賃貸経営は、まさにこれに 該当するからです。
消費者契約法の対象になるかどうかのタイプの分類
 さて、上記に述べた法の基準によって、宅地建物に関する契約のタイプを、「消費者契約」に該当するかどうか、言い換えれば、消費者契約法の適用対象となるかどうかを整理・分類すると次のようになります。

@ 一方当事者が事業者で他方当事者が消費者であるため適用対象となるもの

(1) 不動産業者が売主となり、マンション、一戸建住宅、宅地を法人でない個人の一般顧客に分譲する契約

(2) いわゆる分譲ではないが、不動産業者が個々の物件について法人でない個人と売却または購入のために行う契約

(3) ビル、アパート、貸家の経営者が、一般の個人である賃貸人と締結する賃貸借契約

(4) 仲介業者が一般の個人から不動産の売買、交換、賃貸のあっせんを依頼され締結する媒介または代理契約

A 当事者双方が事業者であるため適用対象とならないもの

(1) 売買、交換、貸借等の契約類型のいかんを問わず、宅地建物取引業者間の契約

(2) 同じく契約類型のいかんに関わらず、宅地建物取引業者と会社等の法人との間の契約

(3) ビル、アパート、貸家等の経営者(賃貸人)と宅地建物取引業者との媒介または代理契約

B 当事者双方が事業者でないため適用対象とならないもの

(1) 一般の個人同士が事業としてでなく行う、不動産の売買、交換等の契約

(2) 個人の宅地建物取引業者が事業と無関係に純粋に個人として、一般の個人と行う契約

事業者に不適切な行為があった場合の消費者からの契約の取消し
 消費者契約法は、消費者と事業者との契約 (消費者契約)の締結過程に係るトラブルの解決のため、事業者の不適切な行為、例えば契約の勧誘に際し、事業者が事実と相違することを述べたことにより、誤認あるいは困惑という、自由な意思決定が妨げられた場合、消費者はそれによって締結した契約を取り消すことができるとしています。

 消費者と事業者との契約すなわち消費者契約において、事業者が契約の勧誘をするに際し、次のような事実があった場合、消費者はその契約の申込みまたは承諾の意思表示を取り消すことができます(同法第四条)。

 事業者が、重要事項について事実と異なることを告げたことにより、消費者がその告げられた内容が事実であるとの誤認をし、それによって契約の申込みまたは承諾の意思表示をしたとき(不実告知)

 事業者が、物品、権利、役務その他のその契約の目的となるものに関し、将来における価額、将来その消費者が受け取るべき金額その他将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供したことにより、消費者がその断定的判断の内容が確実であるとの誤認をし、それによって契約の申込みまたは承諾の意思表示をしたとき(断定的判断の提供)

 事業者が、ある重要事項またはその重要事項に関連する事項について消費者の利益となる旨を告げ、かつ不利益となる事実を告げなかったことにより、消費者がその事実が存在しないとの誤認をし、それによって契約の申込みまたは承諾の意思表示をしたとき(不利益事実の不告知)

宅地建物取引における具体例
 上に述べた三つの類型は、宅地建物取引においてはどのようなケースが考えられるでしょうか。

 まず、不実告知の例としては、物件が築後十五年であるのに、「この建物は、築後十年である」旨を告げたり、抵当権が設定されていたり、差し押えがなされている宅地であるにもかかわらず、「いっさい負担のない宅地である」などと告げたりすることが該当します。

 次に、断定的判断の提供の例としては、将来における対象不動産の価額について「この物件を今買えば必ず儲かる」とか、「二〜三年後には必ず二倍の価値となる」などと決めつけて告知することがこれに当ります。

 更に、不利益な事実の不告知の例として、間もなく南側隣地にマンションが建つ予定がある宅地について、「日当たり・眺望は良好」と告げてそれらの事実を告げないことがあげられます。

 そして、それにより消費者が「誤認」をしたことが必要です。 誤認とは、違うものをそうだと誤って認めることをいいます。 例えば前述の不利益事実の不告知で言えば、例えば事業者が「三カ月後には隣接地に高層のマンションの着工がある」ことを知っていたにもかかわらず、「日当たり・眺望も良好」と告げて、物件を販売した場合には、消費者は通常「日照・眺望は問題ない」という認識をもつことになります。 これは事実ではないので、まさに「誤認」ということができます。

 こういう事業者の行為は、すでに宅地建物取引業法によって禁止されていますが (同法第三十五条、第四十七条第一号、第四十七条の二)、同法では禁止行為に抵触した場合、監督処分の対象としたり、一部の行為について罰則を課しているのみで、民事上の効力についてとくに定めてはいません。そこで、これらの行為について消費者契約法は、取消しをすることができるとしている点に大きな特色があるということができます。

 さて、本法ではもう一つの取消し類型として、事業者が契約の勧誘をするに際し、次の行為をしたことによって、消費者が困惑し、それにより契約の申込みまたは承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができるものとしています (第四条第三項)。
 事業者に対し、消費者がその住居または業務を行っている場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず、それらの場所から退去しないこと(不退去)
 事業者がその契約締結の勧誘をしている場所から、消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず、その場所からその消費者を退去させないこと (監禁)

このパターンは、他の商品などによくある悪徳商法の一つの典型例です。
取消権の行使は六ヶ月
 これらの事実を理由とする取消権の行使は追認することができる時から、すなわち取消しの原因たる情況のやんだ時から六カ月以内に行わなければならないこととされています。もっとも、この取消しは善意の第三者には対抗できません。また、契約締結の時から5年を経過したときも、取消権は消滅するものとされています。 (第七条第一項)

 民法においては、例えば、詐欺または強迫を理由として取消権を行使する場合、その行使期間は、追認をすることができる時から5年間で時効消滅し、行為(契約)の時から二十年経過すれば、その5年の時効消滅がなくても取消しできないとされています(民法第百二十六条)。消費者契約法は、取消権の行使ができる要件を民法に比べ緩やかにしたことや、取消し原因である事実を知った時(例えば、消費者が自分にとって不利益な事実を告げられなかったということを知ったとき)から六カ月あれば十分その権利行使ができるということを考慮して、民法の規定より短くしたものです。

 ここで、「追認ができる時」、「取消しの原因たる情況のやんだ時」とは、不実告知、断定的判断の提供、不利益事実の不告知でいえば消費者がそのことを認識した時、不退去、監禁のケースでいえば、そのような状態がなくなった時のことをいいます。
契約書の不当条項の無効
 消費者契約法は、右に述べた契約取消権の拡大・附与を一つの柱とすれば、第二の柱として、契約条項のうち一定のものを無効とする旨の規定を置いています。
 無効とされる契約条項の類型は、第八条から第十条までに八つが定められています。
 それを要約すると次の通りです。

@ 事業者の債務不履行に基づく損害賠償責任の全部を免除する条項
(第八条第一項第一号)

A 事業者等の故意または重過失による債務不履行に基づく損害賠償責任の一部
を免除する条項(同項第二号)
B 事業者の債務履行に際してなされた不法行為に基づく損害賠償責任の全部を免
除する条項(同項第三号)
C 事業者の債務履行に際してなされた事業者等の故意または重過失による
不法行為に基づく損害賠償責任の一部を免除する条項(同項第四号)

D 契約の目的物についての事業者の瑕疵担保責任による損害賠償責任の全部を
免除する条項(同項第五号)
ただし、瑕疵修補責任を負うこととしているなど一定の場合は、無効とされない
(同条第二項)
E 消費者が支払う損害賠償の額を予定するもので、同種の契約において生ずる平均
的な損害額を超えるものは、その超える部分が無効(第九条第一号)

F 消費者が支払う遅延損害金の額が、年十四.六パーセントを超えるものは、その
超える部分が無効(同条第二号)
G 民法、商法等の任意規定の適用に比べ、消費者の権利を制限し、または義務を加
重する条項で、民法の信義則に反して消費者の利益を一方的に害するもの(第十条)


 以上ですが、これらに関し従来から不動産取引において行われていたもので、この観点
から問題となり得るのは次のものと考えられます。
(1) 売主は瑕疵担保責任を一切負わないという条項
 この条項は、前記Dとの関連で、損害賠償責任を全部免除されるという限りで無効とされます。 しかし、ここで無効とされるのは、売主が宅地建物取引業者ではない法人等の事業者で、買主が消費者である契約に限られます。宅建業者が売主の場合は、そのような特約はそもそも宅地建物取引業法第四十条(瑕疵担保責任の特約の制限)により無効とされています。 また、宅建業者が仲介する場合であっても、売主が事業者でなければ、ここでいう消費者契約に該当しないのですから、一般個人(消費者)が売主となる契約は本条の適用がなく、従前通りの扱いで法律的には問題がありません。
(2) 損害賠償の予定額(違約金)を売買代金の額の二割と定める条項
 この条項は、前記Eとの関連で問題となり得ますが、まず一般個人(消費者)同士の契約は、前述の通り、たとえ業者の仲介によるものでも「消費者契約」ではないので問題となり得ません。また、宅建業者が売主となる場合については、宅建業法第三十八条が代金額の二割を超えてはならない超えて定めたときは超える部分を無効とする旨の規定を置いています。

 この規定と消費者契約法との関係はどうなるのでしょうか。このことについて、消費者契約法は、他の法律の適用関係の規定を置き、民法、商法と競合する部分は消費者契約法が優先的に適用されるとし(第十一条第一項)、それ以外の法律との関係については「消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し及び消費者契約の条項の効力について民法及び商法以外の他の法律に別段の定めがあるときは、その定めるところによる」と明定しています(同条第二項)、したがって、宅建業法の適用ある場面において、本法と競合するときは宅建業法が優先適用されることになり、二割までは有効とされます。 
 問題は、宅建業法の適用のない会社等が当事者となる契約においてはどうなるかです。 見解が分かれる可能性はありますが、宅建業者には許されるが、宅建業者以外の事業者には許されないという結論は、実質的にみて、合理性を有しないと考えられます。
(3) 賃料の滞納があった場合、年20%あるは30%の遅延損害金を支払う旨の特約
 これは、その賃貸借契約が消費者契約に該当する限り(正確には、貸主が事業主で、借主が消費者である契約である限り)、前記Fの通り、年14.6%を超える部分は無効とされます。 年14.6%は、日歩四銭です。