8日目(3/21 Wed.)
 今日は、パリの自由行動2日目。本日は快晴なり!目覚めてホテルの窓からパリの街を眺めてみると、遠くの方にきれいなエッフェル塔が見えた。考えてみれば、ヨーロッパにきてこんなに晴れたのは初めてである。この機会を逃す手はないとしっかり写真に収めておいた。しかし、コンパクトカメラの軽装備でいくら望遠をかけてもしれているのだ。鉛筆の先っちょほどのエッフェル塔をフィルムに収めて、『今日はあの下まで行こう』と心に誓うのであった。
エッフェル塔 ホテルの部屋から見たエッフェル塔。「今日は天気もいいし、あそこまで行くぞ」と決めた朝。


 終日自由なので、朝はゆっくりした。9時にルーブル美術館が開くので、8:30にホテルを出た。相変わらず地下鉄は怪しさがあったが、日本にはありえない光景にも慣れてきた。

 9時過ぎにルーブル駅に着いて、ルーブル美術館へ向かう。美術館めぐりは雨でもできるので、できれば昨日のどしゃ降りにこっちへ来たかったのだが、残念ながら火曜日はルーブルは休館日なのである。なので、仕方なく雨の中ベルサイユ宮殿の庭を歩き、めちゃくちゃ暑い今日がルーブルなのである。

 ルーブル美術館は駅と直結している。駅そのものがこの美術館のためにあるようなもんである。さすがに人でいっぱいだった。チケット売り場には列ができ始めていたが、私には例の『カルトミュゼ』があるのである。ここでもチケットを買わずに颯爽とかっこよくゲートを通過するのであった。しかし、ここで日本から持っていったフィルムがとうとう底をついてしまった。一般的に、日本でも観光地で買うフィルムは高いというのは常識的な話であるが、ルーブル美術館はすごい。感度240の24枚撮りフィルムが1個45フランである。日本円にすると900円弱である。まさにボッタクリもいいところである。日本を出る前に仕入れたフィルムは、400の27枚撮り3本パックで500円ちょっとだったので、もっと持っていけばよかったと後悔した。

 ルーブル美術館は3つのセクションに分かれていて、私は比較的すいているリシュリュー翼から入った。
〜リシュリュー翼〜

 リシュリュー翼は彫刻が多い。その中でもひときわ目に付くのは、なんといっても『ハムラビ法典』だろう。世界史を選択していた人なら教科書でお目にかかった人も多いだろう。紀元前18世紀のものらしいのだが、彫刻が残っていることに驚きである。それを惜しげもなくホールに置いている美術館にも驚きだ。何気なく歩いていると見落としてしまいそうである。想像していたよりは小さいものだったが、これだけ大きい石に彫刻を刻んだ当時の人たちの文化の高さに感動した。じっと見てみたが、どこが『目には目を、歯には歯を』なのかはわからなかった。(あたりまえ)
ハムラビ法典 ハムラビ法典。書いてあることはさっぱりわからん状態。もっと大きいものかと思っていたが、あまりでかいものではなかった。しかも、通路に無造作に置いてあるのである。


 2階には、『ナポレオン3世の居室』がある。その豪華さにはびっくりだ。ベルサイユ宮殿の豪華さにも圧倒されたが、それ以上の感動だった。皇帝というのはこういったところに住むのだそうである。食堂もとんでもなく長いテーブルに40〜50人ぐらいは座れそうな椅子が並んでおり、物語で出てきそうな宮殿の風景そのものがそこにはあった。
 シャンデリアも、何本ロウソクが立てられるのかわからないぐらい大きいつくりだ。昔は電気がなかっただろうから、ロウソクを付け替える人もさぞたいへんだっただろう。
ナポレオン3世の居室 ナポレオン3世の居室。ベルサイユ宮殿以上に豪華だと思うのは私だけだろうか?シャンデリアも何本ローソクが立つのか数えるのもたいへんなくらいである。


食堂 食堂。端から端へは話すことができないだろう。


 次はシュリー翼に向かうことにした。ところが・・・
 上にも書いたが、ルーブル美術館は3つのセクションが中央のガラスのピラミッドを囲む形で分かれている。このピラミッドで自由に相互が行き来できるのだが、それぞれも通路でつながっているのだ。私はそれを利用しようと思ったのだが、それが間違いの始まりだった。相互につながっている通路は一部の階だけで、自分は全部つながっていると思っていたので、「あれ?おかしいな。ここでつながっているはずなのに・・・」とあちこちを回っているうちに、自分が今どこにいるのかもわからなくなり、複雑な館内をグルグルとさまよい、『籠の中の鳥』状態にはまりこんでしまった。隣のシュリー翼にたどり着いたころには多少疲れていた。



〜シュリー翼〜

 シュリー翼で一番の作品は、やはり『ミロのビーナス』だろう。紀元前100年ぐらいの作品らしい。今から2000年以上前の作品が今もきれいな状態で残っているのである。私は特に芸術に詳しいわけでもなんでもないのだが、彫刻の細かさに古代ギリシアの芸術の高さを感じた。真っ白なその彫刻はとても美しかった。古代ローマの彫刻もたくさん展示してあり、ローマ帝国の皇帝の彫刻も惜しげもなく並んでいた。美術の教科書で見たことのある本物を目の前にし、はるばる旅しに来てよかったと改めて感じるのであった。
ミロのビーナス ミロのビーナス。何千年も前の作品だとは思えない。間近で見るとなにか込み上げるものがあった。ここまでよく来たという思いを改めて感じたひと時。


カエサル(ジュリアス・シーザー) カエサル。ジュリアス・シーザーという名前の方がメジャーだろうか。古代ローマ帝国の帝王達がならぶこの美術館は、ロンドンの大英博物館に一歩も引けをとらない美術館だろう。


 シュリー翼でもう一つ目を引くものは、古代エジプト美術だろう。ロンドンの大英博物館ほどの展示物はなかったが、ミイラの棺、ファラオの彫刻など、興味深い展示が多数あった。
ファラオ(?) エジプトの王。何王かはわからなかった。


〜デゥノン翼〜

 デゥノン翼には数々の有名な作品が展示している。シュリー翼にたどり着いたころにはかなり歩き回って疲れてきたので、こちらから館内を回るほうがよかったかなと思った。

 シュリー翼から入ると、まず迎えてくれるのは『サモトラケのニケ』である。これも美術の教科書で見たことのあるものだ。階段の踊り場で威風堂々と立っている。
サモトラケのニケ サモトラケのニケ。風を受けて気持ちよさそうに立っている。ルーブル美術館の中でも一番目立つところにおかれているこの像は、行った人なら必ず見たことのあるものだろう。


 まず、最上階から回ることにした。上の方にはフランスの絵画が多数展示している。ルーブル美術館の目玉商品オンパレード地帯である。『民衆を導く自由の女神』や『ナポレオン1世の載冠式』など、間近で見ることができた。やはりルーブル美術館で必ず見ておきたい作品の一つだろう。想像以上に大きい絵だった。
民衆を導く自由の女神 民衆を導く自由の女神。美術の教科書で見たこの絵画の写真と少し色合いが違うような気がした。実際に見たものは想像以上に大きく、迫力があった。


ナポレオン1世の載冠式 ナポレオンの最冠式。これも有名な絵画の一つである。こんな有名なものが限りなく出てくるのである。一生に一度は訪れておきたい場所である。


 この階には『モナ・リザ』の部屋がある。だいたいの作品は壁にそのまま掛かっているのだが、『モナ・リザ』は別格である。ガラスケースに入っているのである。作品の周りには黒山の人だかりができ、なかなか作品に近づけなかった。残念ながら、モナリザの部屋は2001年4月に閉鎖されるそうである。今日は3月21日なので非常に幸運である。作品自体は想像していたよりは小さな絵だった。しかし、これを見るためにルーブルを訪れたといっても過言ではないので、この作品に出会ったことは、それだけで来たかいがあるというもんである。
モナ・リザ モナ・リザ。この絵だけガラスケースに収納されていた。ルパンが盗みにくるからだろうか?


 ルーブル美術館には、絵を模写している画家さんがたくさんいた。いい作品にめぐり会い、感性を磨けるフランス人は、とても幸せな人たちだろう。
画家 絵描きさん。美術館内にはこういう人たちがいたるところにいる。


 ルーブル美術館を早足で見て歩き、外へ出たのは昼の1時を回っていた。今回は時間がなかったため見たいものだけ見て早足でまわったのだが、もう一度1日中かけてじっくり見に来たいと思った。庭園(チュイリュリー公園)を抜け、コンコルド広場へと向かった。こちらから見るルーブル美術館は、昔『ルーブル宮』であった面影を思わせるものだった。庭園はきれいに区画が切ってあり、宮殿(美術館)との境には、カルーゼル凱旋門があった。これもナポレオンの戦勝を記念して作られたものらしい。パリの凱旋門から見ると、大人と子供のような違いがあるが、これ自身も威厳に満ちていた。こちらの方が古いらしいので、『元祖凱旋門』なのだそうだ。
カルーゼル凱旋門 カルーゼル凱旋門とルーブル宮。古い感じが歴史を感じさせる。中世を思わせる凱旋門と宮殿の間に、近代的なガラスのピラミッドが妙にマッチしているのが不思議だ。


 チュイリュリー公園を抜け、コンコルド広場に出た。ここは、パリ観光のメッカだそうだ。中央には『オベリスク』が立ち、ヒエログラム(神聖文字)が書いてある。向こう側にはシャンゼリゼ大通、遠くにはエッフェル塔がきれいに見えた。なにげなく通ってしまいそうであるが、ここは、フランス革命の時の処刑場だったそうだ。あのルイ16世、マリー・アントワネットもここで処刑されたそうである。今は美しいところしか見えないが、その歴史を考えると感慨深いもんである。
庭園 チュイリュリー公園。パリの庭園らしく、整然としている。観光地なのにあまり歩いている人がいなかった。日本人目当ての物売りに遭遇したが、『地球の歩き方』で見たとおりの手口だったので、あっさりとあしらうことができた。


オベリスク コンコルド広場。たくさんのバスが行き交う観光地のメッカ。中央のオベリスクがなんともきれいだった。


 コンコルド広場からも歩いて凱旋門まで向かった。なぜかというと、やはり『シャンゼリゼ大通り』を歩いてみたかったからである。ちなみに、「お〜シャンゼリ〜セ〜♪」と鼻歌も歌ってみた。シャンゼリゼ通りから日本に電話をしたかったので、長電話をしているおばちゃんの後ろで何分も待って、この旅初の国際電話をかけた。
 シャンゼリゼ大通りはカフェが並び、なんともパリらしい光景だ。ここは優雅にアフタヌーンティーとでもいきたいところなのだが、これから凱旋門にエッフェル塔にショッピングと予定がたくさんあったのと、1人だとちょっと寂しいのでスタスタと通り過ぎてしまった。今度誰かと来ることがあったら立ち寄りたいものだ。
シャンゼリゼ通り お〜シャンゼリーゼ!今まで国際電話をかけていなかったことにちょっと罪悪感を感じ、初めての国際電話をしてみた。シャンゼリーゼ通りは、想像通りのおしゃれな通りだった。


 凱旋門は大きかった。パリへ来て、やはり日本人は多いと感じていたのだが、なぜか凱旋門では1人も日本人らしい人を見かけなかった。下でチケットを購入し、らせん階段を延々上った。上まで上がるころには目が回りそうになっていた。昨日行ったモンマルトルのサクレクール寺院もかなり目が回りそうになったが、ここもそれに負けないぐらいであった。
凱旋門 中には博物館らしきものがあり、ナポレオン皇帝の栄誉をたたえる(と思う)言葉が書かれているようだ。それはそうである。これはナポレオンのアウステルリッツの戦いの勝利を記念して着工したものだから。しかし、ナポレオンの勝利を記念したこの凱旋門をナポレオンは亡くなってから棺になってくぐったそうである。ナポレオンも、皇帝としてこの堂々たる門を凱旋したかっただろう。代わりに私がくぐっておいた。


 凱旋門には大きな彫刻があり、その大きさに圧倒されるのだが、門の下に『無名戦士の墓』がある。第1次世界大戦で戦死した身元不明の兵士を葬ったものである。フランス人は、祖国のために命を捧げた人たちを本当に大切にしている。墓碑を囲む花と炎は絶えることがないそうである。
凱旋門 無名戦士の墓 凱旋門


 凱旋門の上からはパリの街並みがよく見えた。さっき歩いてきたシャンゼリゼ大通り、エッフェル塔もきれいに見えた。昨日行ったモンマルトルの丘も遠くの方に白いきれいな姿を見せていた。霧のモンマルトルもよかったが、快晴でも美しいんだろう。
凱旋門からシャンゼリゼ大通り 凱旋門からモンマルトルの丘 凱旋門からエッフェル塔
シャンゼリゼ大通り モンマルトルの丘 エッフェル塔


 ここからエッフェル塔までは地下鉄に乗った。エッフェル塔の下には、明らかに日本人から金を巻き上げようとしている輩がいた。「コンニチハー」と言ってくるのである。中には、「アンニョンハセヨー」と言ってくる人もいたが・・・。パリにはそういう物売りが多い。ルーブルには、ポラロイドで写真を撮って、あとで日本に送るからと言って送ってこない人がいると聞いていたが、私も本当に出会った。「アーユーアジャポン?」と聞いてくるので、そうだと答えると、「スグデキマース。マズ1マイドーゾ」などと言ってくるのだ。もちろん断ったが・・・

 エッフェル塔は美しかった。茶色なのだが、それもシンプルでいいと思う。ここも、ほとんど日本人らしき人種は見かけなかった。パリといえば、海外旅行お決まりのコースのはずなのだが、なぜか凱旋門、エッフェル塔ともに日本人を見ないというのは、不思議な気がした。
エッフェル塔 上に上るには当然エレベーターもあるのだが、階段でも上れることを知り、ここでまたしても『徒歩作戦』決行である。自分でも「こんなに歩くの好きだったかなあ?」と疑ってしまう。まあ、この旅は、『地球の歩き方』で見つけたプランだったので、ひたすら歩くのも一つの『地球の歩き方』である。おそらく万歩計をつけていたら、毎日余裕で2万歩は歩いているだろう。健康優良児である。


 まあ、そんなことはどうでもいいとして、とりあえず料金が安かったのと歩いて上ってみたいという願望から、『階段コース』でエッフェル塔を上り始めたのだった。ちなみに、今日は晴れ。暑いぐらいの陽気の中、服の中は汗でびっしょりになった。

 途中、一生懸命ペンキを塗っているおじさんに出会った。おじさんはにこりともしなかった。かなりの硬派である。
ペンキ塗っているおじさん 硬派なおじさん(?)硬派すぎて体も硬くなったらしい。


 運動後の眺めは最高である。ナポレオンが学んだ旧陸軍士官学校が目の前に美しく見えた。反対側にはシャイヨー宮が士官学校から一直線上に位置している。セーヌ川は雨のせいで増水し、優雅にという雰囲気には程遠いが、セーヌ川をこうやって見ることも今の自分にとってはとても意義深いものである。パリの街並みを眺めていると、やはりあの黄金のドーム『アンヴァリッド』が気になったので、ちょっと遅かったがやっぱり行くことにした。本当に行き当たりばったり旅行、まるで計画性なしである。
旧陸軍士官学校 旧陸軍士官学校。ナポレオンもここで学んだのである。


シャイヨー宮 エッフェル塔から見たシャイヨー宮。エッフェル塔を挟んで旧陸軍士官学校と一直線に並んでいる。遠くには”ラ・デファンス”(パリの新都心)が見える。過去と未来が交錯する空間である。


 既に16時であったが、アンヴァリッドが開いていることを祈り、旧士官学校を抜け、急ぎ足で(またしても徒歩移動)アンヴァリッドまで歩いた。
 10分ぐらい歩き、アンヴァリッドに到着。パリに到着した時から黄金のドームが気になっていた。ここはナポレオンの墓所である。皇帝の墓にふさわしい煌びやかさである。閉館時間間近だったため、ほとんど人はいなかった。地下には巨大なナポレオンの墓があった。英雄の墓にふさわしい巨大な棺である。静かさの中に動的な迫力があり、しかも美しい。ドームだけでも英雄の威厳に満ち溢れていた。
アンヴァリッド アンヴァリッド。黄金に輝くドームは、高いところからならどこからでも見えた。皇帝の墓とはこれほどに荘厳なものなのかと感心してしまった。


ドーム内部 アンヴァリッドのドーム内部。ほとんど人がいなかったので写真を撮ってみた。静かなのだが、王者の空気を感じる。フランス国民がいかにナポレオン皇帝を敬っているかがわかる空間だ。


 アンヴァリッドはこのドームだけでなく、サン・ルイ教会、勝利の中庭、軍事博物館など、時間をかけてゆっくりまわりたかったところなのだが、先にも書いたように時間がなかったので、ドームだけ見て出てしまった。またパリに来ることがあったら、もう一度見にきたい場所である。
ドーム ドーム内部。ガラス越しに後ろに見えるのがサン・ルイ教会。巨大な十字架もきれいに輝いていた。


ナポレオンの墓 地下にはナポレオンの棺がある。とても大きい。周りにはフランス軍を勝利に導いた戦争が刻まれている。いかにも軍人の墓であるという雰囲気に包まれている。


 アンヴァリッドからオペラ座に向かい、買い物を済ませてホテルへ帰った。夕食はホテル近くのレストランでとることにした。最終日の夕食なので、ワインリストの中でも、私にとってはちょっと贅沢な部類に入る『ボジョレー・ヴィレッジ』という赤ワインを頼んだ。ワイン通ではないので、単に『ボジョレー』の響きに反応しただけの話である。
 フランスワインは、昨日うまいことを確認済みであるので、今日はグラスではなくボトルで頼んでみた。フランス恐るべしなところは、普通のレストランなのだが、ちゃんとワインのラベルを見せて、「これでいいですね?」と確認してから、客の前でコルクを抜いてくれるのである。そして、一口飲んだあと、おいしいか聞いてくるのである。やっぱりボジョレーである。めちゃくちゃうまかった。
 ボトルで頼んだので、ガブガブ飲んでいたら、食事が終わるころにはかなり酔いがまわっていた。ボトルに少し残っていたが、つぶれてしまっては何が起こるかわからないので、ちゃんと普通に帰れる程度で我慢しておいた。

 この旅もあとは日本に帰るのみになってしまった。パリももう少し楽しみたかったが、また次回のお楽しみということにしよう。


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