7日目(3/20 Tue.)
パリ自由行動1日目。朝5:30に起床。風呂に入り6:30朝食をとる。いくら朝早いとはいえ、ホテルのレストランに客は私1人だった。パリの朝を感じながら紅茶を一杯・・・と思いきや、直後に日本人のおばちゃんがどやどやと入ってきた。おばちゃんはレストランのコックさんに「○○旅行会社なんですけど、ここでいいんですか?」と日本語で聞いていた。当然フランス人コックさんはわかっていなかった。向こうも困った顔をしているにもかかわらず、その応対も聞かずに朝食をとっているのを見て、「じゃあ聞かなくてもいいんじゃないか?」とツッコミを入れたくなったが、まあいっか。日本人おばちゃんは世界で一番強い人種だろう。

 少々雨が降っていたが、7:40ベルサイユ宮殿に向かった。ホテルから最寄の高速地下鉄(RER)は『PORTE DE CLICHY』という駅なのだが、入り口が鉄格子で閉まっていた。怪しい気がしたが、仕方がないのでメトロの駅から地下を通ってRERの駅に入った。朝早すぎていたからということはない思うのだが、エスカレーターは全部止まっていた。駅の窓口も閉まっていて、照明も10個に1個ぐらいしか点灯しておらず、めちゃめちゃ暗かった。薄気味悪くて怪しさ満点である。改札の前でどの電車に乗ればいいか見ていると、駅の職員だと言う青年に、「隣は駅が開いているから隣の駅に行って乗り換えたらいいよ」と言われホームに向かった。ホームもやっぱり暗かった。もしフランスが最初だったらかなり後悔しただろう。とりあえずさっきの青年の言うとおりに2回ほど乗り換えた。

 フランス人は地下鉄で日本では考えられないようなことをしでかす。まず1つは、電車が出る時に駆け込んでくる人のために中にいる人がドアを押さえて地下鉄を出発できなくするのだ。『1人はみんなのために・・・』ではないが、すごいチームワークだ。2つめは地下鉄の車両内にバンドがいること。地下鉄の駅あたりでストリートライブをしている日本人はよく見るが、走っている地下鉄の中でライブをしている日本人はいないだろう。バンドもパリらしくアコーディオン、ギター、マラカスで構成されていた。3駅ぐらい乗って出て行くのだが、これもまた怪しいのである。ただ、演奏はかなり上手だった。もう1つ極めつけ。これはRERの駅で見た光景だが、2階建ての地下鉄が走っていて、普通に考えるとさすが先進国となるのだが、なんかおかしいのである。普通にホームに入ってきた電車の1両が電気がついていないのである。よく見ると、1両分全部の窓が割られていた。こう見てみると、実際に犯罪にあったわけではないが、ロンドンやドイツに比べて格段に治安が悪い予感がする。

 9:30ベルサイユから最も近い駅についた。ベルサイユ周辺には3つの駅があるのだが、宮殿に一番近いのは『ベルサイユ・リヴ・ゴーシュ・シャトー』である。
カルトミュゼ 駅から宮殿へ行く途中に案内所に寄り、”カルト・ミュゼ・エ・モニュマン”という美術館フリーパスを買ったので、列に並ぶことなくすんなり入ることができた。そのフリーパスは『地球の歩き方』では160Fだったのだが、170Fだった。しかし、このフリーパスは便利なもので、ルーブル、オルセーなどの主要な美術館やベルサイユ宮殿などチケットの待ち知らずなのである。パリで数日時間がある方はぜひ使ってみてはいかがでしょう。


 ベルサイユは雨とはいえ美しかった。スケールも段違いである。「有史以来、最も大きく、最も豪華な宮殿を!」と命じた太陽王、ルイ14世の権力をまざまざと感じた。まさに、その存在自体が芸術作品である。

ベルサイユ宮殿 ベルサイユ宮殿。見たままを写真に収められないのがとても惜しい。


 特に”鏡の間”は圧巻だ。”絢爛豪華”という言葉はこういうものに使うのだろう。フランスの絶対王政時代の国王の権力の絶大さを感じた。壁画や天井画も煌びやかで見事である。
鏡の間 ベルサイユ宮殿”鏡の間”。ツアーのパンフレットなどでよく見かけるところである。何百年も前に作られたものとは思えないほどの豪華さである。ルイ14世の権力を感じるところだ。


天井画 天井画。ベルサイユ宮殿には、このような天井画が各部屋にある。天井画にしておくのはもったいない気がする。


 庭園も美しかった。雨なのが残念だが、見渡す限りの庭園には圧倒された。この庭園のために森を移し、噴水のために川の流れを変え、巨大なポンプを使ってセーヌ川の水を150mも上げたそうである。300年以上前にこれほどの作品ができたことにただ驚くのみである。
庭園 ベルサイユ宮殿の庭園。圧巻である。晴れていたらもっと奥まで歩きたかったが、かなりの雨だったので少し歩いて戻ってきた。地平線の果てまで庭園の池が続いている風景は絶景である。


庭園と宮殿 庭園から宮殿を撮ってみた。見えている部分は、宮殿の中心部。近くに行くと、もっと羽根を広げたような大きな宮殿が見える。


 雨はさらに強くなり、宮殿で雨宿りをしていたのだが(贅沢である)、貴重な時間なのでパリ市街へ戻ることにした。パリ郊外はのどかな町である。地下鉄は人がまばらで、田舎町に来たような気分だった。そこで『世界の車窓から』をやってみた。テレビ番組とは違い、まさに「車窓から」ただ撮ってみただけである。
世界の車窓から? ”世界の車窓から”。パリの街並みは大都会を感じさせない風景である。地下鉄の車内も人はまばらで、とても首都にいるという感じを受けない。


 ベルサイユからの帰りに、またしても雨宿りついでにオルセー美術館へ行った。雨の中びしょぬれになっているチケット待ちの長蛇の列を尻目に、例の『カルトミュゼ』を見せ、あまり濡れずにすんなり入館することができた。持つべきものはフリーパスである。
オルセー オルセーは、国鉄の駅舎を改造してつくったらしい。古いものを壊して新しいものをつくるわけではなく、再利用しようという考えは、さすがにヨーロッパ的考え方である。館内は天窓が取り入れられていて、日本の美術館ではあまり見たことのないつくりであった。やはり明るい感じがして、とても心地のいい美術館である。


 館内では、ルノワール、ゴッホ、マネ、モネ、ドラクロワなどの有名な画家の作品にお目にかかることができた。特に、ゴッホの『自画像』は、人垣ができるぐらいであった。その他にも、中学校の美術の教科書に出てきたような絵(そのような気がするだけかもしれないが・・・)が次から次へと登場してくるのだった。
オルセー 美術の教科書で見かけたような彫刻。


ゴッホ こちらは絶対に教科書で見かけた絵画。ゴッホの自画像。


 オルセー美術館を後にし、今度はモンマルトルの丘にあるサクレクール寺院へ向かった。

オルセー外観 オルセー美術館。セーヌ川は雨で増水していたが、かなり美しい。


サクレクール寺院は、パリの絵はがきを買うと、だいたいは入っているといった寺院である。ぱっと見た感じも、「どっかで見たことあるような・・・」といった印象を受けた。
 雨は次第に弱まり、霧雨が寺院の美しさを演出していた。『美しい』の一言である。その前で記念写真を撮っているおねーちゃんも美しかった。
サクレクール寺院 サクレクール寺院。寺院はとてもきれいなのだが、ここらへんはすごく治安の悪いところらしい。そんなことも知らずにのうのうと行ってしまったのだが、何事も起こらなくてよかった。どうりで周りに日本人が1人もいなかったのである。


 中に入ってみると、ロンドンで見た寺院とは全然異なる雰囲気だった。考えてみれば、イギリスの寺院はドームを持っているものは見かけなかったような気がする。しかし、ここパリの寺院はかなりの確率でドームがあるのである。ドイツはドイツでやたらと高い塔が多かった。やはり、古くからの文化の違いがあるのだろう。こういった違いを感じながら世界を歩くのも、一つの『地球の歩き方』であろう。おもしろいものである。

 ドームの中は天井画になっていて、色使いが濃いのが印象に残った。観光名所にもかかわらず、人はあまり見かけなかった。雨が降っていたためと、夕方になって閉館時間が迫っていたこともあるだろうが。

 しかし、めったに来ることができないので、ドームにも登ってみることにした。
ドーム最上階 らせん階段をグルグル目が回るほど上り、頂上に上がったときにはくたくたになっていた。みんなこのつらさは知っているのだろうか?上には人が3人しかいなかった。


モンマルトルよりパリの街並み さすがに丘の上の寺院の一番高いところから見るだけあって、見晴らしは最高だった。これで晴れていたらいうことなしだっただろう。


 モンマルトルを後にし、オペラ座まで地下鉄で行くことにした。オペラはまったく無縁の世界なのだが、世界最大のオペラ座というのもを外から一度拝見したかったのである。やはり、とてつもなく大きいところで、入り口にはタキシードの紳士が大勢いた。さすがに『芸術の都』である。

オペラ座 オペラ座。一度は入ってみたいところである。上流階級のにおいプンプンである。


 オペラ座からルーブル宮までパリの街並みを歩いてみた。雨は傘をささずに歩ける程度になっていたので、またしても得意の「徒歩移動」を楽しんだ。パリは、建物の高さが統一されているそうである。整然とした街並みが他の都市とは違う雰囲気を醸し出している。なぜ同じ形、同じ高さの建物に統一されているかというと、ナポレオンが皇帝になった時に都市計画としてこのようにしなさいという命令を出したそうである。しかし、ナポレオンはこの街並みが完成する前に皇帝としての座を失い、この美しい街並みをほとんど見ることなくこの世を去ったそうである。歴史というのは皮肉なもんである。

 買い物を終え、ホテルに帰ってきたのは19時ぐらいだった。今日はホテル近くのイタリア料理店に入った。メニューはすべてフランス語。読めない・・・。英語のメニューはないのかと尋ねると、きっぱり「ない」と言われた。その代わり、店のおばちゃんの英語による解説つきサービスがついてきた。しかし、それでだいたいの料理はわかったのだが、どれがうまそうだかわかんなかったので、「オススメは?」と尋ねると、「何を食べたいのかが大事。」と言われた。さすがに美食の街である。『食へのこだわり』というものを街の片隅の小さな料理屋でも垣間見ることができた瞬間であった。
 とりあえず、1つ1つ何が入っているのかを聞きながら、ボルドーワイン、サラダ、パスタを頼んだ。ボルドーワインは、あまり高くないテーブルワインでも日本で同じくらいの値段で買うワインより数段うまかった。


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