恋する哲学(仮)-9

み ☆ 先輩に会える
その日はもう先輩の教室の前で待つようなことはしなかった。
先輩がいなくなってから毎日のように教室の前にいたから、先輩のクラスには私のことを覚えている人もいるかもしれない。
今日はいなくて、そうして先輩が今日からいるなら、私の訪ねた人が私のことを先輩に話すかもしれない。
それでも、先輩が私に放課後会いたいと言うなら、それまでの時間、例えば朝とかに先輩に会いに行くべきではないと思っていた。
先輩が何を話したいのか、何を話すつもりなのかは気になる。
気になって授業もどれくらい聞いているのか、自分でもよく分からなかった。
そんな状況でも。
放課後になればいずれ先輩に会えるのだと分かっているから。
話の内容が心配な反面、何処かドキドキワクワクしている自分がいて。
だからこそ、授業に集中することなんて、できるはずがなかったのだった。
し☆ 想い出の場所になりますように
時間はゆっくりと、それでも確実に過ぎていった。
どうしようともそれは確実で、少しずつ先輩と会うべき時間が迫っていた。
私には今の先輩がどう考えているのかは分からない。ただ先輩のことを信じて待つことだけが私にできることだった。
待ち合わせの場所は恐らく部室。私が先輩に出会い、先輩と付き合い、先輩に告白して、先輩に抱きついた場所。
私と先輩にとって、それだけの意味を持つ場所。
それはきっとこれからもずっとそうなのだろう。
部室に来る度に先輩のことが過り、そこに先輩が来るのを今か今かと心に待つ。先輩が現れようものなら喜んで、待っても待っても来ないならまた次の日に会える機会があるのだと考える。
先輩を待つ場所として、先輩と待ち合わせる場所として、先輩と会う場所として。
いつまでもは続かないと分かっていても、いつまでも続きますようにと強く強く願ってしまう。
ここがまた、私と先輩にとって想い出の場所になりますように。
そう願って放課後の待ち合わせへと向かうのだった。

ゑ ☆ その気持ちを胸に抱いて
部室には誰一人としていなかった。もっともそれほど人の寄り付かないところなので、いつもこんな感じではある。
部室には誰かが来た形跡もない。いつものように机の上がある程度散らかっている、程よい安心感があった。
そこのパイプ椅子にそっと深く腰かけて、一つ大きく深呼吸する。少しの緊張感と少しの高揚感。ようやく、先輩に会える。その気持ちを胸に抱えて、先輩が来るの待つ。
そして今、部室のドアが開く!

ひ ☆ 心に響いて
「えっと、何日ぶりになるのかな……。夏希ちゃん、元気だった?」
「先輩……」
先輩はいつも通りの出で立ちで、いつも通りの雰囲気をまとっていた。なんと言うことはない、何も変わってはいなかった。そこには私の会いたい先輩がいた。
「数日連絡取らなくてごめん。でも、今日はちゃんと話す覚悟をして、ここに来たから」
話す覚悟。何を?とは返せなかった。
「こういうことはちゃんと夏希ちゃんに話しておかないといけないってことは分かっていたんだけど、言って、夏希ちゃんがどういう反応をするのかって考えると、なかなか言えなくて……」
こういうこと。話しておかないといけない。私がどんな反応をするか。そんな言葉が私の中をぐるぐると巡る。
そんな先輩の躊躇いが、私の心に響いて、苛んでいく。
「先輩……?」
「……実は」

も ☆ それでも
「実は、父親の仕事の都合で急にイタリアに引っ越すことになって」
「えっ……?」
引っ越す?先輩が?イタリアに?
「そんな遠くに行ってしまったら、もう滅多に会えないから……」
そこまで言って先輩は言葉をつぐむ。先輩が本当に言いたかったことは、多分ここから。でも、そんなこと言わないで欲しい。
「先輩……!」
「夏希ちゃんに寂しい思いはさせたくないし、会えない僕に縛られて欲しくないんだ。だから」
「先輩!」
数日何も連絡しないでいて、何が今寂しい思いをさせたくないだなんて……!
「………夏希ちゃんの言いたいことは分かるよ。でも、きっと辛くなると思うんだ。僕はこんなだからいいけど、夏希ちゃんは」
「私は……」
辛くなんてならない。そんな風に言えればどれだけいいだろう。辛くないわけがない。それは叶わなかったときよりも遥かに辛いって分かってる。
「だから、」
それでも。
それでも、それ以上は言わないで欲しい。
「別れよう、夏希ちゃん」

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