恋する哲学(仮)-8

あ ☆ 心に残る声を
翌日も、その翌日も、先輩は学校に現れなかった。クラスの人に聞いても、部活の人に聞いても、先輩には会わなかったという。
メールはあれから二度送って、一度も返信はなかった。
一日目は、こういう日もあるだろうと思っていた。先輩のことは気がかりだったし、メールの返事がないことも気がかりだったけれど、まだなんとかそれを気にしている自分を誤魔化せていた。
二日目は、先輩がいないことと私がしたことが同時に過ぎって、ただただ不安でしかなかった。どうしても昨日みたいに割り切ることができなくて、色々な想定ばかりして、その度に不安が募っていった。
三日目には思い切って電話を掛けてもみた。繋がったところで何を話そうとかじゃなくて、ただ先輩の声が聞きたかった。
耳に響いて私の心に残る声を。そっと私を癒してくれる声を。
けれど、電波は先輩のケータイにさえ届いていなかった。
『おかけになった電話は電波の届かないところにあるか──』
電波だけじゃなくて、私の想いも先輩の元へは届かなかった。
ただの数日。言ってしまえば確かにそうなのだけれど、私にとってそれはとてもとても長く長く感じられた。

さ ☆ どれだけ知っているんだろう
先輩をぎゅっと抱きしめた感触。先輩の手がそっと頭に乗せられた感覚。それが過ぎっては消え、過ぎっては消えを繰り返していた。
先輩に逢いたい。
でも、何処にいるのかさえ分からない。
もし家を知っていれば訪ねていくこともできたのかもしれない。
でも、先輩の家の場所さえ分からない。
私にはもう恥を忍んで先輩の友人を頼って事情を聞くしかなかった。もし明日先輩に会えなかったら。仕方なくそうする他ないのかもしれない。そうしたら、私は自分から先輩の彼女だと名乗ることになるのだろうか……。
先輩がいないことに対する不安、私がしたことに対する不安、明日先輩の友人に住所を尋ねることに対する不安、先輩の家を尋ねることに対する不安……。
そんなものが一気に私にのしかかって来て。
それに、先輩の家に行ったところで物事がすんなりと済むという保証なんて何処にもなかった。先輩に会えるという保証も、先輩がどうしているのかということが分かる保証も。
言ってしまえば私はただ手元にあるケータイだけで先輩と繋がっているようなもの。
それ以外のことを、どれだけ知っているんだろう。

き ☆ 自分に意地悪をするような感覚
そんなことを思って、四日目の朝。金曜日。
目が覚めてまず目が行ったケータイはランプが点灯していた。それだけで眠気が覚め、淡い期待が心をくすぐった。今度こそと思う反面、今になって連絡が届くなんてとも思う。それはまるで自分に意地悪をするような感覚だった。
ランプの光るケータイを手にとって、そっと開ける。そこでまた一つ世界が変わってしまうかような錯覚に捕らわれる。期待は露と消えてしまうのか、それとも……。
ディスプレイを見た私は、一つ大きなため息を付いていた。
ここに見える文字のためにどれだけ待っていたことだろう、なんて。こうして受け取ってしまった今となってはさっきまでの不安は嘘のようだった。
こうなると、久しぶりに送られてきたメールにどんなことが書かれているのかということに興味が移る。数日何の音沙汰もなかった理由とか……?
幾らかケータイを操作して画面を切り替える。
(件名なし)の文字が光るそれは、確かに先輩からのメールで……。
送られたのは今朝、数時間前ほど。今もし電話をかけたらそれは先輩に繋がるだろうか……。ひとまず、メールの内容を確認することにする。

ゆ ☆ (件名なし)
返事が遅れてごめん。
今日の放課後、話がしたいのだけど、会えない?

め ☆ 想像しても仕方ない
メールは、ただこれだけだった。
返事が遅れたことは書いてあっても、その理由が書いていないということは、会って話したいことは返事が遅れた理由なんだろうか。
数日間返事を返せなかった理由。
それともそれ以外の何かがあるのだろうか……。
それを想像しても仕方ない。
ただ、この短さでは会って話をしないことには何も分からなかった。先輩と連絡が取れなかったことに対する不安は消えたけれど、メールに書かず直接会って話がしたいようなことって何だろう。先輩には会いたい。会いたいけれど、会ってどんな話をされるのかが少し怖い。
先輩……。英人先輩……。
メールにいたたまれなくなって心の中でそう唱えてみる。何となく、そうすることで落ち着ける気がするから。少しだけ先輩に近づける気がするから。
少し怖いけれど、先輩の誘いを断る理由はなかった。あとは、どういう風に返事をするのか、ただそれだけ。
ようやく先輩に会える……。会えるけど……、そこにはどんな話が待っているのだろう。

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