恋する哲学(仮)-7

け ☆ だからそっと
その日の夜。
一人、ベッドの上で転がる。
あれから先輩には何一つ連絡を取ってはいなかった。メールも電話も、もちろん直接会うなんてことがあるはずもなく。
先輩の家の場所なんて知るはずもなく、先輩も私の家を知るはずもなかった。
もっとも、知っていたところで行くだけの勇気なんてなかったと思うのだけれど。
だから、メールを一つ。例えば電話とかそういう手段もあったかもしれない。でも、ちゃんと喋れるような気がしなかった。そうやって話すに越したことはないと思うのだけれど。
だから、メール。安易かもしれないけれど、声に出さなくても届くから。
なんて書けばいいのだろう。まず改めて謝って。それから?
それから、手に取っただけで中身は何も見てはいないことを説明して。どうして、あんな……あんなことをしたのか説明して……。
でも、私にだってそんなことは分からなかった。体が勝手にとか、気の迷いでとか、魔が差してとか。
どう言ったところで所詮言い訳にしかならなかった。
私が悪いのは分かってる、でも……。
そんなことは何も書かずに送るのがいいのかもしれない。言っても、仕方ないことばかりだから。
だからそっと謝るだけ謝って。もうそんなことはしないって、先輩に誓おう。

ふ ☆ 下手に気にしたって、仕方ないから
送ったメールはその日私が睡魔に勝てず寝てしまっても来なかった。翌朝、慌てて確認したときにも、友達からメールが来ているだけだった。
「はあ……」
ベッドの上、未だパジャマ姿のまま一つ溜息をつく。
先輩に送ったメールの返事がこんなに滞ったことなんて今までなかった。早いときはすぐ、遅くても起きてるような時間だったら一時間くらいで返事があったのに。
もしかして、あのメール以降先輩に何かあったんじゃないだろうか。そんな不安さえよぎる。それとも、たまたまメールの返事を忘れているだけとか。
……そんなことも、今までなかったのに。
そんなに、私があんなことしたことを怒っているんだろうか。メールの返事をしたくなくなるくらいに。
でも、先輩に限って、そんなこと……、ないと信じたい。
じゃあ、何があったんだろう、なんて。
ここでいくら考えていたって仕方ないのかもしれない。
今日もまた学校に行って先輩に会いさえすればいいだけ。そして直接話せれば、それでいい。
下手に気にしたって、仕方ないから。

こ ☆ 訊ければいいな
ベッドからもそもそと起きだして朝食を食べる。
そんな最中でも傍らにはケータイがあって。ここに今何かが届くんじゃないかって、ずっと考えていた。今、今来れば、それだけで、それだけで少しだけ気が楽になるから。
そんな思いをするよりは、学校に行って訊いた方がはるかに早いのに。
でも寧ろ返事が欲しいだなんて思っていて。
朝食に何を食べていたのかはあとになってみてもあまりよく思い出せなかった。いつも通りだったとは思うけれど……。
顔を洗っている時だって、髪を梳かしている時だって、着替えている時だって、ずっとメールのことが気になって。こんなにも縛られているなんて、馬鹿みたいだななんて思いながら。
ようやく準備ができて、家を出る。
会って何を話そう。メールはちゃんと見てくれたなんて、そんなことは訊けないし。
昨日のことなんてまるでなかったように振舞えばいいんだろうか。何もなかったことが暗黙の了解みたいな?
それがいいのかなんて分からない。でも、どうすればいいのか分かっていなかった。
会うまでメールの返事がなかったのは、何故だろう、なんて。
訊ければいいな。

え ☆ ただそれだけが叶えばいいから
学校に着いたのは、始業時間より三十分も前だった。
先輩のクラスは覚えている。まだ時間があるから、先輩のクラスの前で待っていれば会えるだろうか。そう思って、一度教室に荷物を置いてから窓際に立って待つことにした。
けれども、待っても待っても先輩は見当たらなかった。思い切って始業時間まで残り数分のところで先輩と同じクラスと思しい人に訊いてみたところ、今日はまだ見ていない、休みなんじゃないかと言う。
教室の中を見渡しても先輩の後ろ姿は見当たらず、諦めて自分の教室へと戻る。
会って何を言うべきかなんて悩みどころか、会うことさえできないなんて。
もしかして、遅刻なんじゃないだろうか。放課後まで待てば会えるんじゃないだろうか。
そんな想いを乗せたまま朝の会を迎える。いつも通りの先生の口上、いつも通りのみんなの反応。ちょっとした連絡に、昨日の夜のテレビの話題。いつもと同じ。ただ、このポケットに秘めた、手に握るケータイを除いて。
このままだと、会えるかどうかさえ分からない。
そう思うと、急に先輩に会いたくなって。昨日のこととか、会って何話そうとか、そんなことは大した問題じゃなく、先輩に会いたいって。
今はとりあえず会えればいい。先輩がいることを確かめたい。
ただそれだけが叶えばいいから。

て ☆ 今何処で何をしているんですか
放課後、部室。待っても待っても、先輩が来ることはなかった。
このケータイが鳴ることはなかったし、他の誰かが先輩の行き先を知っているわけでもなかった。
私が知らないのにどうして知ってると思ったのかなんてみんな言う。
たしかにそうだけど……、私は他に頼るアテを知らなかった。
もう、いつもの帰る時間になって。普段なら先輩と一緒に帰ることもできたのに、なんて。
先輩は今何処で何をしているんですかって。
私はずっとこうして先輩を待ち続けていますって。
そう、伝えたくて。でもまたメールを送るだけの勇気なんてなくて。
もしかすると、ただ忘れているだけ、風邪を引いているだけかもしれなくても。
こうあることは、寂しくて、不安で、落ち着かなくて。
先輩……、英人先輩……。
心の中で、何度もそう繰り返していた。

6 8

タイトル
小説
トップ