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怪しい地名研究パート�D(続き)

これまでに取り上げられた地名文字列の主成分法による因子分析

著者：「1」

 

「仁手」と「幸手」…「って」地名

「ツテ」を含むZIP地名は、そう多くはないが、東日本に偏在する。第一因子負荷量は0.5419であり、高い部類に属する。該当地名リストを見ると、小さい「っ」であらわされる「って」地名がかなりの数にのぼる。

下にリストを示す。因子分析の基礎になる相関値を計算するに当たって、「ツテ」も「ッテ」も区別ないテキストを用いて都道府県別出現率が計算されたが、下記リストでは区別して表示している。なお、埼玉県には「上仁手」「下仁手」があるが郵政公社検索ページのhttp://yuujirou.twinspark.co.jp/zips/index.htmlでは前者は「かみにって」後者は「しもにつて」と表記されている。

 

「ッテ」「ツテ」地名リスト

		「×ッテ」
820005	ｶｻｲ*ﾒﾑﾛ	ﾋｶｼﾒﾑﾛｷｾﾝ(ﾆﾂﾃﾝ)	北海道	河西郡芽室町	東芽室基線（日甜）
230051	ﾐｽｻﾜ	ｶﾂﾃ	岩手県	水沢市	勝手町
9891257	ｼﾊﾀ*ｵｵｶﾜﾗ	ﾆﾂﾃﾗ	宮城県	柴田郡大河原町	新寺
181302	ﾕﾘ*ｲﾜｷ	ｶﾂﾃ	秋田県	由利郡岩城町	勝手
3040071	ｼﾓﾂﾏ	ｼﾂﾃ	茨城県	下妻市	尻手
3140115	ｶｼﾏ*ｶﾐｽ	ｼﾂﾃ	茨城県	鹿島郡神栖町	知手
3140112	ｶｼﾏ*ｶﾐｽ	ｼﾂﾃﾁﾕｳｵｳ	茨城県	鹿島郡神栖町	知手中央
3670007	ﾎﾝｼﾖｳ	ｶﾐﾆﾂﾃ	埼玉県	本庄市	上仁手
3670002	ﾎﾝｼﾖｳ	ﾆﾂﾃ	埼玉県	本庄市	仁手
3400113	ｻﾂﾃ	ｻﾂﾃ	埼玉県	幸手市	幸手など42ZIP
2300003	ﾖｺﾊﾏｼﾂﾙﾐ	ｼﾂﾃ	神奈川県	横浜市鶴見区	尻手
8540011	ｲｻﾊﾔ	ﾊﾂﾃﾝ	長崎県	諫早市	八天町
		「×ツテ」
3670001	ﾎﾝｼﾖｳ	ｼﾓﾆﾂﾃ	埼玉県	本庄市	下仁手
2994324	ﾁﾖｳｾｲ*ﾁﾖｳｾｲ	ﾋﾄﾂﾏﾂﾃｲ	千葉県	長生郡長生村	一松丁
3703525	ｸﾝﾏｸﾝ*ﾏ	ﾐﾂﾃﾗ	群馬県	群馬郡群馬町	三ツ寺
9503374	ﾄﾖｻｶ	ﾌﾂﾃﾝ	新潟県	豊栄市	仏伝
9370061	ｳｵﾂ	ﾌﾂﾃﾝ	富山県	魚津市	仏田
9200354	ｶﾅｻﾜ	ﾌﾀﾂﾃﾗ	石川県	金沢市	二ツ寺町
9200011	ｶﾅｻﾜ	ﾏﾂﾃﾗ	石川県	金沢市	松寺町
4060002	ﾋｶｼﾔﾏﾅｼ*ｶｽｶｲ	ﾍﾂﾃﾝ	山梨県	東山梨郡春日居町	別田
3810076	ﾅｶﾉ	ﾐﾂﾃ	長野県	長野市	三ツ出
3910103	ｽﾜ*ﾊﾗ	ﾔﾂﾃ	長野県	諏訪郡原村	八ツ手
5008824	ｷﾌ	ｷﾀﾔﾂﾃﾗ	岐阜県	岐阜市	北八ツ寺町
5008825	ｷﾌ	ﾔﾂﾃﾗ	岐阜県	岐阜市	八ツ寺町
5010215	ﾐｽﾎ	ﾅﾏﾂﾃﾝﾉｳﾋｶｼ	岐阜県	瑞穂市	生津天王東町
5010216	ﾐｽﾎ	ﾅﾏﾂﾃﾝﾉｳ	岐阜県	瑞穂市	生津天王町
4928078	ｲﾅｻﾜ	ｵﾘﾂﾃﾗﾏｴ	愛知県	稲沢市	下津寺前町
4928439	ｲﾅｻﾜ	ﾅﾅﾂﾃﾗ	愛知県	稲沢市	七ツ寺町
4901207	ｱﾏ*ﾐﾜ	ﾌﾀﾂﾃﾗ	愛知県	海部郡美和町	二ツ寺
5108021	ﾖﾂｶｲﾁ	ﾏﾂﾃﾗ	三重県	四日市市	松寺
5190135	ｶﾒﾔﾏ	ﾐﾂﾃﾗ	三重県	亀山市	三寺町
6078074	ｷﾖｳﾄｼﾔﾏｼﾅ	ｵﾄﾜｵﾂﾃ	京都府	京都市山科区	音羽乙出町
6148095	ﾔﾜﾀ	ﾔﾜﾀｸﾂﾃﾝ	京都府	八幡市	八幡沓田
6638227	ﾆｼﾉﾐﾔ	ｲﾏﾂﾃｻｲｹ	兵庫県	西宮市	今津出在家町
7011346	ｵｶﾔﾏ	ﾂﾃﾗ	岡山県	岡山市	津寺
7780031	ﾐﾖｼ*ｲｹﾀ	ﾆｼﾔﾏ(ﾂﾃﾗ)	徳島県	三好郡池田町	西山（津寺）
		「非該当」
9790622	ﾌﾀﾊ*ﾄﾐｵｶ	ﾄｳｷﾖｳﾃﾝﾘﾖｸﾌｸｼﾏﾀｲ2ｹﾝｼﾘﾖｸﾊﾂﾃﾝｼﾖｺｳﾅｲ)	福島県	双葉郡富岡町	〔東京電力福島第二原子力発電所構内〕）

 

下に上記リストを基に「ッテ」「ツテ」を区別して行った順位相関値の再計算結果を下に示す。相関表を見ると「ッテ」包含地名のほうが遺跡密度などとの相関値は高く、遺跡数などとの相関は「ッテ」地名に負うところが大きいことがわかる。

 

「ッテ」地名分布状況を見ると、先述した「とね」「にら」地名などと同様、東京都を取り囲む茨城・埼玉・神奈川県の関東地方で集中しているが、以北の、北海道、岩手、秋田県、宮城県でも出現がある。例外として西日本に唯一の「長崎県諌早市八天町（はってんちょう）」がある。「八天町」と北海道の「日甜（にってん）」以外、「テ」の部分は一例を除いて「手」で表されている。パート�A、パート�Bで、「テ」一文字の都道府県別出現率は緯度、経度、北海道札幌からの距離、あるいは中期縄文遺跡分布状況ときわめて高い相関値、0.6以上（札幌からの距離の場合-0.6以下）の値をとることを示し、同じように「テ」包含地名の「テ」の部分は「手」であることが殆どであることを指摘した。また、代表的な「手」地名と思われる「いわて」という3文字列包含ZIP地名分布を調べると、＜大阪府高槻市安満磐手（あまいわて）町より西には一件もない＞ことをも指摘した。「ッテ」の「テ」もこの原則に従っている。

また、平らな「面」をあらわす「も」をとりあげ、関東以北では、＜「ん」の発音好きと合わさって「も」が「もん」と発音されたのではないか＞と述べた。「にって」にすると埼玉県にも「にって（仁手）」という広域欄に記載される地名ではないが、隣接して「上・下仁手」「仁手」という複数の地名がある。また宮城県には「新寺」と書いて「にってら」と呼ぶ地名がある。

なお「果て」すなわち｢端手｣に、「ん」をつければ「はってん」になり、西の果て、九州に「八天」がある。ZIP地名ではないが地理院検索ページを引くと、長崎県以外に岩手県北上市、佐賀県、大阪府箕面、高知県に、遺跡名や、山の名前などでも「はってん」は存在する。「八天」とは関東地方から見ると、日本列島の「果て」の事であろうか。

 

 

「ツテ」包含地名出現率と中期縄文遺跡分布等出現率の順位相関係数（n=47都道府県）

	遺跡密度	遺跡数	緯度	経度
「ｯテ」出現率	0.4125(0.003960112)	0.4313(0.002471884)	0.3586(0.013317198)	0.4294(0.002595621)
「ツテ」出現率	0.2972(0.042485796)	0.2667(0.069963377)	0.1905(0.199626001)	0.1651(0.267420792)

()内は無相関確率（ｐ）

 

さて、「にって」とは何か。

 

「ッテ」ではなく「ニッ」地名の出現率も東日本に強く偏る。第一因子負荷量は、はるかに「ッテ」地名よりも大きい。すなわち北海道には、「日新町」「日進」「日彰」「日東」など一見すると「日本××株式会社」に因んだ地名と早合点しそうな「ニッ」地名があり、すでに書いたように「新田」と書いて「にった」と読む東日本偏在地名がある。なお、北海道「日甜（にってん）」については「日本甜菜精糖株式会社」による。北海道に限らず「にっ」地名は圧倒的に東日本に多い。

これまでに「にた」は湿地帯と解してきた。各地「新田（しんでん）」地名の多くは、「にった」や「にた」や「にいだ」が音読みされたものではないかとも述べてきた。「田」の部分が「た」であれば、「に」ないしは「にっ」の部分が、湿地であろうか。

 

本庄市「仁手（にって）」は利根川上流にあり、利根川を下流に50Kmほど下った支流に「幸手（さって）」がある。支流といっても利根川のすぐ近くである。むしろ、こちらの方が42ZIPを含む広域地名になっており有名である。同一県内のさほど遠くない同一水系に、ユニークな地名である「にって」と「さって」がある。（「仁手」「幸手」の目印をつけた地図はここをクリック）

札幌はアイヌ語の「乾いた」を意味する「さっ」と、「広い」を意味する「ぽろ」が起源であることが通説になっている。ただ、「乾いた、広い」何なのかはわからない。確かに萱野茂のアイヌ語辞典には「サッ」は「乾いた」と出ている。

一方「ニタッ」は「湿地」とある。「ニタッ」がアイヌ語で更に「ニッ」+「タッ」に分けられ、「ニ」の部分が「湿った」で「タッ」が「土地」の意味であれば都合がよいと思ったが、そううまくはいかず、当面、これ以上区切る論理は筆者にとって難しそうである。ただ「ニタッ-ケネ」で「湿地に生えているハンノキ（＝ケネ）」と形容詞的に使われている語も載せている。

「にっ」と「にたっ」は少し違うが「にって（仁手）」の「にっ」はアイヌ語の「湿った土地の」という意味で、「さって（幸手）」の「さっ」は「さっぽろ」の「さっ」すなわち「乾いた」という意味ではないか。互いの近辺に対になる地名が存在する。「さっぽろ」の場合は「乾いた+広い」何なのかはわからないが、「さって」「にって」の場合は「て」である。「山の手」の「手」であり、手で指し示す一定の地域である。「て」の東日本偏在は確認済みである。すなわち「さって」は「乾いた地域」、「にって」は「湿った地域である」。アイヌ語と日本語で「手」を意味する言葉はたいそうよく似ている。日本語では「て」であり、アイヌ語では「tek」である。語尾子音の「k」は聞き落とされても無理はない。ただし「幸手」のほうが標高は低く7-10ｍ（仁手は40-50ｍ）ぐらいである。

「にって」は湿地、宮城県「にってら（新寺）」はすでにどこかで触れた「ぼくら」「そこら」といった複数を表す「ら（等）」が付いたものであろうか。

一方、「さって」は埼玉県にしかないが、「尻手」「知手」と書いて「しって」と読む地名がある。これらは「さって」の訛ったものだろうか。あるいは、「尻」と「尼（に）」は字形が似ており、「にって」と読ませるつもりで「尼手」と書いてあったの「尻手」と書き間違ったのだろうか。

「ッテ」包含地名の東日本における偏在は、縄文海進が収まり、水が引きつつある湿地帯の開拓に手をつけ始めたアイヌ系、すなわち「い」の人々の活動を反映するものかもしれない。あるいは「にっ」の「っ」は母音が含まれないが、かれらの言葉には子音で終わる言葉があったことを反映しているからかもしれない。東日本の「ん」好きとともに、留意すべきことのように思われる。

 

「薩摩」

「にって」「さって」の「っ」の部分が聞き落とされると「さ」、反対に強調すると「さつ」と書かれるであろう。「さつ」というと鹿児島県の旧国名「薩摩」をすぐに思い出す。「日本地名ルーツ辞典」によると鹿児島県西半分で現在の川内（せんだい）市内（現在は薩摩川内市）にあった地名から発展した地名とある。市内には「川内川」が流れ、「川内平野」が形成されている。「川内」と書いて「かわち」と読む地名がたくさんあることをパート�D前半で示した。そして、「河内」の「内」はアイヌ語の「ナイ」ではないかという怪しい解釈を述べた。「ま」も、これまで幾度も「スペース」の意味ではないかとしてきた。「さつま」は川内平野が形成されつつある、或る時期の、「さっま」＝「乾いた（さっ）場所（ま）」ではないか。北海道にも「様似（さまに）」がある（なお別に考察する予定であるが「さま」を含む地名には「笠間」「狭間」など他にもあり、縄文遺跡分布などと有意な相関を示す）。これは「乾いた場所」の、「に」はアイヌ語の「にたっ」すなわち「湿地」とすると、「乾いたスペースにある湿地」となる。

もっとも、川内は「かわち」ではなく、読み方が「せんだい」なので、青森県の三内丸山遺跡のある「さんない」と同義地名と思われる。すなわち、出航地を表す「下る川」が日本列島南北端に位置し、物流、人の流れの拠点であったかもしれない。

鹿児島県の東側は「おおすみ」であり「すみ」は「住み」であり、「いずみ（泉、和泉）」地名は「い」の「住む」ところと解釈してきた。鹿児島県には「出水（いずみ）」市がある。

「さつま」もアイヌ語地名、縄文地名と言えるのではないか。鹿児島県は、暖かい南での、形成されつつある沖積平野での農作を夢見て、「ね」の人々のボートに乗り込んだ「い」の人々の航海の、最果ての地であり、行き止まりである。後は沖縄方面への船を見つけるのみである。

「さっ」の「っ」が聞き落とされて「さ」になるなら、これまでの考察を踏まえると日本語（特に地名語）には3種類の「さ」があることになる。すなわち「三内（さんない）」「柳井（やない）」地名で考察された「下る」という意味の「さ（さん）」、「佐田」「佐野」「狭山」などの地名において想定される「狭」の意味の「さ」、そして、今とりあげた、「乾いた」という意味の「さ（さっ）」である。「さ（狭）」は「ね」の言葉、他は「い」の言葉であろうか。

 

幸手の近辺。「美里」は「三里」

「仁手」「幸手」の目印をつけた地図には、利根川を挟んで北側には「韮塚町」、南側には「美里町根木」があり、また幸手付近には「蛭田」もあり、さきの「ねぎ」「にら」「ひる」の密集地帯である。これらの言葉が「ね」「い」「わ」の人々が使っていた言葉とすると、関東平野の周辺部、すなわち沖積平野を埋める土砂の供給源になった利根川上流に異なる3グループがいたことになる。本当だろうか。

 

上記「根木」は「美里（みさと）町」という広域地名に含まれる。「みさと」という地名はありふれており、北海道から沖縄まで広く分布する。しかも広域地名欄に記載されることが極めて多い地名である。関東平野を取り囲む県にも広域地名として存在する。群馬県では群馬郡箕郷町、埼玉県では三郷市、埼玉県では根木のある児玉郡美里町（児玉郡には上里＜かみさと＞町もある）、千葉県には富里（とみさと）市がある。一方、海進時には、かなりの部分が、海によって切り離された島々が点在したと思われる東京都、房総半島西側の神奈川県では詳細地名欄にすら1件の記載もない。

 

地名には「三」と「八」を含む地名が多い

上記「みさと」地名の例の中に「み」の部分が「三郷」のように「三」で表記される地名が多数含まれる。福島県耶麻郡猪苗代町「三郷」、長野県南安曇郡「三郷」村など同名の地名が少なからずある。「みさと」地名のみならず、たとえば「みわ」というありふれた地名でも、「美和」であったり「三和」｢三輪｣であったりする。また多くはないが「み」の部分が「箕」や「蓑」であることもある。

 

日本地名ルーツ辞典の地名索引の「み」で始まる地名の項をみると、「三」を含んだ地名は「みさと」「みわ」だけではない、同書で取り上げられれた「み」で始まる地名の、なんと約半数の45個が「三」で始まる地名である。また「み」で始まる地名の中には「三根（みね）」があり「美祢（みね）」がある。「三野（みの）」があり「美濃（みの）」がある。

 

さて、話は少し外れるが、漢字の数字「一」や「二」などを含むZIP地名に触れておきたい。

試みに「一」から「十」までの漢字で書いた数字を含むZIP地名が、約12万件のZIPのうちそれぞれ何件あるかをカウントしてみると、以下のようになる。

 

ある地域に「一」から順に番号を振っていったとすると、数値が多くなるほど少なくなるのは頷ける。また10以上割り振るべき地域があるなら「十」は繰り返し使われるので、出現率が高くなるのも当然予想できる。図を見ると若干そのような傾向もうかがわれる。しかしながら、このような傾向を全く無視して、「三」と「八」包含地名の出現率が異様に高いグラフが示されている。とりわけ「三」包含地名が高く、広域地名を更に包含する「三重」県さえ存在する。

(具体的な「三」「八」を含む地名リストはここn38.lzh(175k)をクリックすればダウンロードできる)

 

「三」と「八」地名の出現率のこのような高さは、とても偶然に生じたものとは思えない。説明されなければならない。

まず「三」「八」包含地名の出現時期を確かめておこう。下は例によって「三」「八」包含地名の都道府県別出現率と遺跡分布等の順位相関値を示している。

 

「三」「八」包含地名出現率と中期縄文遺跡分布等出現率の順位相関係数（n=47都道府県）

	遺跡密度	遺跡数	緯度	経度
「三」地名出現率	-0.1731(0.244599335)	-0.1491(0.317185416)	-0.0165(0.912346161)	-0.0849(0.570443785)
「八」地名出現率	0.0666(0.656474259)	0.0541(0.717973573)	0.1894(0.202283044)	0.08180.584647279 ()

()内は無相関確率（ｐ）

相関表では「三」「八」地名出現率の遺跡数等との意味のある相関値が示されず、むしろ遺跡分布と「三」地名では有意ではないが負の値が示されている。

また、縄文遺跡分布の濃厚な東日本―西日本に区分し（福井県がどちらに属するかは議論があると思うが郵便番号リストの順に従い東日本とした）、「三」、「八」ZIP数を全東日本ZIP数ないしは全西日本ZIPで除した出現率を東・西日本で比較したのが下の表である。

 

	「八」			「三」
	東日本	西日本		東日本	西日本
含む	1805	2090		2509	2051
含まない	66912	47584		66208	47623
合計ZIP数	68717	49674		68717	49674
出現率	2.62％	4.21％		3.651％	4.12％
	x2=226.4241			x2=17.76730
	p=0			p<.0000249

 

全日本ZIP総数の「三」ないし「八」包含地名の東・西日本の出現比の差異を理論値との乖離で見た場合、出現率の統計的差異は明確なものとなる。

表を見ると、明らかに「三」「八」包含地名は西日本で多いことがわかる。カイ二乗検定結果は、共に東西日本の出現比率の差異が有意なものであることを示している。特に「八」地名出現率は西日本で濃密でこのような差異が偶然に起こる確率はほぼ0である。

これらの事実は「三」「八」地名の多くは、中期縄文時代ではなく、中期縄文時代の後、人口空白地帯である西日本に人口が埋められていく時代に生じたものであろう事を示唆している。

地名に漢字が充てられる前までは「三」は「み」、「八」は「や」であり、たとえば「三輪」「美和」がすでにあったとしたら、区別なく「みわ」であったろう。

そして「み」で始まる「美和」や「三輪」や「三和」「箕輪」の「み」が不統一であることから、これらの地名の成立時期を絞るなら、中期縄文時代が終わるころから、漢字が日本に入ってくる以前の弥生時代開始前後までの間であろう。

 

さて、なぜ「八」や「三」を含む地名が斯くも多いのか。すぐに思いつくのは、これらの数字が、良い数字であるからというものであろう。多分「八」は「字形が末広がり」、「三」は「み」であり、「み」は「御」や「美」に通じ、「尊く、気高いことをあらわす美称として使われるから」という理由を挙げるだろう。

そして、好んで「三河」や「三島」や「三郷」という「三」という数字を使った良い地名が成立したと。

しかしこれは論理に矛盾があるように思える。すなわち先にあげたように、地名辞典「み」で始まる地名の半数以上が「三」で表記されるというようなことが起こりうるであろうか。単に良い意味を表わすためだけに「三」を用いるだろうか。「美」や「御」という漢字があるではないか。特に漢字が日本に入ってから成立した地名なら、なお更、「良い事を」だけを表すために、意味の混乱をきたすような「三」などは使わないと思う。数値の「三」を意味する何か具体的な事象が、地名発生の背景にあったのではないかと思う。反対に、漢字が入ってくる以前に、何か具体的な「3」をあらわす「み」を含む地名が成立し、「み」が何を意味するかわからなくなってしまった時点で、「み」の部分を「御」や「美」で表すことは大いにありうることである。

漢字での多重表記が存在する「みわ」や「みさと」は後者であると思う。「三輪」と「美和」、「三郷」と「美里」はそれぞれ「3」という具体的数値でくくられる意味を含む地名であると思う。

「三」とは「わ」「い」「ね」の3グループのことであると思う。多分「ね」の人々の集落だろうと思われる利根川上流の、埼玉県根木を包む児玉郡「美里」町は付近に「い」や「わ」の集落も並存していたかもしれない。やがて時がたつと、三つの里は連携・発展し、「みさと」という広域地名が成立する。更に漢字で表記しなければならない時代には、里の人口は更に増え、「三つの里から発展した里」などとは思えない、より大きい「美しい里」になっていた。「みさと」町という広い範囲をあらわす地名は、漢字が日本に入る以前、中期縄文期以後、すなわち今から4000年ごろまでの間にできた地名であろう。中期縄文遺跡分布と相関せず、むしろ弱い「負」の相関を示す理由である。日本には「みわ」「みい」「みね」という地名が各地に、しかもZIP広域欄に記載される地名として存在する。

三重県の「三重」は縄文時代のこれらの3グループが、中期・後期・晩期に西日本へ協調・協力して拡散していった途中に残した地名と解釈できる。

あるいは、例えば「みさと」は異なる3グループなどではなく、単に「三つの里」の意味であるといえるかもしれない。そのようなケースもあると思う。しかしこの場合、「三」包含地名のみが「一」「ニ」「四」などに比して極めて出現率が高いという事実を説明できなくなる。異質の3グループの協調の成果を、至る所で目の当たりにした経験が、「3」という数字を尊ぶ背景にあると思う。

「八」地名についても同じようなプロセスが可能である。より後の時代では、3グループどころか更に他グループが、今度は西から西日本に流入する。合計すると、主要グループは「八」かもしれないし、「八」は単に象徴的な意味で、もっと別グループを名乗る多数のグループがいたかもしれない。これらのグループを取りまとめる権力があったなら、その権力は八重垣に守られることになる。

くどいが、美しく、尊いことを示す接頭語「み」はこのような数値の「3」を意味する「み」から派生したのであって、美しく、尊いことを示す接頭語「み」から数値の「3」をあらわす「み」という数詞が生まれ、先頭に「み」の付く地名が生じたのではないと思う。

「幸手」近辺は、言語や生活域、民族が異なる3グループが出会った、日本の原郷かもしれない。

児玉郡美里町のほかに児玉郡には上里町、神川町、上泉村がある。「神・上（かみ）」の「み」は「三（み）」の意味ではないか。上方（か）の三集団（み）が「神」である。神川（かみかわ）町は「わ」の人々のご先祖が、上泉（かみいずみ）村は「い」の人々のご先祖が住んでいたところかもしれない。なお「里（さと）」は、「さ（狭）」+「と（戸）」で、これまで「ね」の人々が好んで使った言葉であろうと述べてきた。児玉郡には、このほか児玉郡児玉町があるのみである。とても偶然できた町名構成とは思えない。

 

日本語の数詞について

数を数える「数詞」は深く人間の生活に根ざしている。数詞を調べることは民族や言語の成り立ちを考える際に極めて重要だと思う。「ツテ」地名の考察から、話は「三」「八」などの数詞に脱線してしまったので、ことの序に、もう少しZIP地名に現れる数詞について考えを進めたい。

 

日本語の数詞は「ひ・ふ・み・・・や・こ・と」であり、なんとなく一音節では物足りないので、実際は「ひい」「ふう」「みい」・・・「この」「とお」と使っているのは筆者が関西人だからだろうか。

 

さて、「わ（川や沢）」や「ね」や「い」が異なる民族グループの集落を示すために使った言葉と解釈し、「みね」や「みわ」や「みい」が「三集落」の意味とするなら、特に好まれる「三」「八」を表す「み」や「や」程ではないにしろ、「ひね」や「ふね」や「よね」あるいは「ひわ」や「ふわ」「よわ」、「ひい」「ふい」「よい」など純日本語の数詞「ひふみ・・・」に「わ」や「ね」や「い」を連結した地名もあっても良いではないか。

下の表は「ひね、ふね、みね・・・こね、とね」、「ひわ、ふわ、・・・・こわ、とわ」「ひい、ふい、・・・・こい、とい」などの文字列を含む地名を「×ね」「×わ」「×い」別にリストアップしたのが下の表である。

 

		×ね地名例	該当文字列包含 ZIP数	×わ地名例	該当文字列包含 ZIP数	×い地名例	該当文字列包含 ZIP数
1	ひ	該当なし（ただし日根牛、海老根、日根津、中之保日根、日根野あり）	5	琵琶、びわ、比和、（その他日和田、枇杷島、枇杷庄あり）	133	日出(ﾋｲ)、比井	23
2	ふ	該当なし（ただし岩船、貴船など「船」地名多数）	448	不破	41	該当なし（ただし渋井、湯布院、古武井「ｺﾌﾞｲ」、寒井「ｻﾌﾞｲ」あり）	198
3	み	美祢、三根、峰	389	三和、美和、三輪、見和	200	三井、美井、御井	728
4	よ	米、与根	284	該当なし（ただし樋脇「ﾄﾖﾜｷ」、豊若、與和木「ﾖﾜｷ」、榎原「ﾖﾜﾗ」あり）	8	與井、与位、与井（弥生は包含地名、多数あり）	251
5	い	伊根、井根	117	該当なし（ただし岩手、など「いわ」を含む地名多数)	3506	飯（飯田など「飯×」地名多数）	759
6	む	該当なし（ただし用宗、長宗、時宗、宗重あり）	42	該当なし（唯一包含地名として止若内「ヤムワッカナイ」）	1	該当なし（神居、幌向「ﾎﾛﾑｲ」、幌武意、神威、崎無異「ｻｷﾑｲ」、浅海井浦「ｱｻﾑｲｳﾗ」、済井出「ｽﾑｲﾃﾞ」あり）	158
7	な	奈根（七根「ななね」もあり）	6	名和（沖縄も包含地名）	359	該当なし（ただし比内など×ナイ地名多数、七井土「ﾅﾅｲﾄﾞ」、七井「ﾅﾅｲ」などあり）	1261
8	や	矢根	5	該当なし（ただし谷和原、谷和子「ﾔﾜｺ」、家和楽「ﾔﾜﾗ」、八和田、八幡など多数）	539	矢井、屋井	225
9	こ	該当なし（ただし箱根、彦根、横根あり）	171	五和、古和	48	五位、己斐（ｺｲ)、古井	377
10	と	利根、刀根、戸根	182	該当なし（ただし音羽、十和田、乙輪などあり）	142	戸井、土井、土居、遠井、都井	411

 

文字列によっては多数の該当地名があるため、スペースの制約もあり、上記表の地名例には「ひ・ふ・み・・・・」+「ね・わ・い」と発音される地名のみを選び出して示している。前後に他の文字列が付加される地名は示していない。例えば「よね」を含む地名は「米里」「米沢」など多数あるが「さわ」や「さと」が後ろについているので例示していない。「よこい（横井）」は「こい」の前に「よ」が付くので例示していない。厳格に日本語「数詞」+「ね」または「い」または「わ」のみからなるZIP地名を例示している。

表を見ると１から10をあらわす数詞+「ね」「わ」「い」地名で、存在しない地名がある。すなわち「×ね」では1、2、6、9に対応する「ひね」「ふね」「むね」「こね」がなく、「×わ」では4、5、6、8、10に対する「よわ」「いわ」「むわ」「やわ」「とわ」がない。また「×い」では2、6、7の「ふい」「むい」「ない」という地名は存在しない。

1から10までの数詞に「ね」「わ」「い」が付いた地名が切れ目なく存在するか否かによって、｢ひ・ふ・み・・・｣という数詞が「ね」「わ」「い」のどの系統の言葉かを探ろうとする試みは成功したとはいえない。

 

「ひ・ふ・み・・・」は「ね」の人々の言葉ではないか

しかしながら、表を整理、作成しながら、数詞の起源に関して幾つか気づいたことがあったので書き記したい。

まず、上記例示された地名を見ると、多くは意味不明の感のある地名ばかりである。琵琶の形に似ているから琵琶湖だというのは俗説だろう。枇杷と書く地名もたくさんある。「屋根」と表記されていれば「矢根」の地名解釈も容易であったろう。「稲」ではない「伊根」「井根」も同様である。「米」と表記されない「与根」も然りである。「日出」とかいて「ひい」と苦しげに読ませる。「比井」では何の意味かわからない。與井、与位、与井も多様な漢字で統一されていない。「奈根」「名和」もわからない。音にあわせて漢字を当てたとしか思えない。漢字が流入される前の古い地名ばかりのようである。

今ひとつ気づくことは、「ひ・ふ・み・・」に「ね」・「わ」・「い」を連結させると、しばしばこれまでに解釈してきた地名文字列と、克ち合ってしまうことである。例えば1集落を意味する「いわ」は「岩手」や「岩船」などの「いわ」と、7集落の意味の「ない」は「柳井」「三内」や「稚内」などと。「よね」は「米沢」「米山」などの「よね」と、「いね」は「伊根」「井根」「手稲」などと。

すなわち、これまで、「怪しい解釈」では「い」は「夷」の人、「ない」はアイヌ語起源の「川」、しばしば「米」で表される「よね」の「よ」は「横」「避ける」「除ける」などの語から「横」「脇」の意味と解してきた。また「稲」は＜「い」の人の「根」＞と解釈してきた。今あげた地名文字列はすべて中期縄文遺跡分布等と相関する東日本に偏在する地名を形成する縄文地名文字列である。数詞「ひ・ふ・み・・」も無ければ非常に困る語であり、おそらく縄文時代からあった単語であろう。同時代の同音異義語になってしまう。事物を明瞭化するための数値を表す語どころか、これでは混乱をきたす原因になってしまう。

しかし、逆にこれらの数詞とかち合ってしまう地名リストを検討すると、数詞の系統を暗示するヒントが浮かんでくる。

つまり、「い（5？）」に「わ」のつく「いわ」文字列包含地名の件数は3506件もあり、他のどの文字列よりも飛びぬけて出現数が多く、大半は「岩」や「磐」のつく「岩手」や「磐城」などである。数詞地名のなかでも格段に多い「三輪」や「三和」の「みわ」でさえ200件である（「みね」「みい」はそれぞれ389、728件）。さらに「いわ」包含地名リストを見ると「みわ」のような単独の「いわ」地名はなく、「いわて」「いわき」「いわい」「こいわい」など前後に他の文字が付随した地名ばかりである。「いわ」の「い」は「い」の人々、「わ」は「わ」の人々が使った「集落」の意味と解釈してきた。「5」の意味の「い」の付く地名が、これほどたくさんあるとは思えない。また「な（7？）」に「い」の付く「ない」地名も、4桁の出現数を誇っているが、同様にアイヌ語の「川」起源の「ナイ」地名と解釈するほうが適当と思われる地名ばかりである。単なる「ない」という地名は一件もない。

反対に「む（6？）」に「わ」が連結した「むわ」包含地名は「止若内（ヤムワッカナイ）」のみであり、これは到底数値「6」と関係ある地名とは思えない。「わ」系列において、1から10までの数詞+集落を表す地名の一つが欠落している可能性が極めて高い。

以上二つの点で数詞「ひ・ふ・み・・・」は、消去法で考えれば「わ」「い」系統の言葉ではないように思う。ただし件数は「いわ」や「ない」地名ほどではないが「ね」系の「ふ（2？）ね」地名も「船」という漢字で表記される例が圧倒的に多いので、同じような論理が可能かもしれないが、件数が格段に少ない点、6件の「舟」や「船」であらわされない「小府根」「富根町」などが東日本に限り存在する点、また後述するように、船の意味の「ふね」自身が、数詞「ふ」と関係あるのではないか、と考えた点で区別した。

また少数例であるが、「三根」「三輪」「三井」だけではなく、直接漢数字で表された数値集落名とおぼしき地名も上記地名例に見られる。「七根」「七井」「七井土」「八幡」「八和田」「十和田」「五和」「五井」である。このうち「五和」「五井」は「五」が使われているにもかかわらず「い」ではなく中国風数詞「こ（ご）」と発音されているので、意図する数値地名でない可能性が高いように思う。

「ひ・ふ・み・・・・」が海洋民「ね」系の起源を持つとはいえ、他の集団にも広がっていき、共通語化したのだろう。「みわ」「みね」「みい」地名と同じように、例えば「琵琶湖（びわこ）」や「比井（ひい）」あるいは「日根野（ひねの）」は、どれも「数詞+集落」の地名と解釈するしか方法がないような印象を筆者はもっている。

「ひ・ふ・み・・」という子音+母音の一音節が「ひい・ふう・・」あるいは「ひと・ふた・みつ・よつ・・ななつ・やつ・ここのつ・とお」（あるいは「よん」や「ひとつ」「ふたつ」「みっつ」「ここのつ」などという言い方もある）というように多音節化して使われるのは、共通語化する中で、上記同音異義語を数詞として区別するための方便かもしれない。

付加された音は、「ん」や小さい「つ」を含んでおり、「ね」言語には見られないところの、「い」や「わ」の言葉の多音節、子音終わり、などの特徴を反映しているのかもしれない。

また、日本語では表す物によって「個」「匹」「頭」など数え切れないほどの種類の助数詞が使われるのも、同音意義語を区別するという、同じ理由からかも知れない。

 

「ひ・ふ・み・・・の怪しい語源解釈」

これまで多くの一音節の言葉の意味を解釈してきた。そして、日本語数詞「ひ・ふ・み・・」のうちの幾つかは音が重なる。下に一覧を示す。今までに解釈していないのは2、6の「ふ」「む」のみである。ただし、7の「な」に関しては「踏み平（なら）す」と音が鳴るので「鳴る」「泣く」も家族語としたが、やや強引な気がして、あまり自信がない。

 

これまでの日本語数詞と重なる縄文地名とその解釈（黄色は未解読）

日本語数詞	地名例	家族語	数詞原意の解釈	関連記述
1(ひ）	濃昼、蛭川、蒜畑、日根野	日、昼、簸（ひ）る、干（ひ）る、蒜	日	パート�A「蛇と蛭　ヘヒ、ヒル地名」 パート�D前半「平井について」/「にら」「ひる」および「ねぎ」のあやしい語源解釈
2（ふ）	船（舟）の付く地名		海？
3（み）	×峰、三根、×嶺	身、実、三、御、美、	身、実、	パート�@トリ /パート�A東日本は「ネ」の国」/「曽根」の怪しい地名解釈。/曽根もアイヌと関係があるかもしれない。 パート�D（前半）「かみ（上・神）」 パート�D（続）地名には「三」と「八」を含む地名が多い
4（よ）	横浜、横須賀、横田	横、避（よ）ける、選る、寄る、四、蓬、世、夜、詠む、読む	横、脇	パート�Bコス、コヌ、コネ（コワ、コテ） パート�D（前半）「モヨ」　「ヨツ」と「ヨモ」/「よ」の単語家族
5（い）	米原、駒井、和泉、夷隅、	居る、前、夷	居、	パート�D（前半）「いずみ」の怪しい地名解釈「ライ」地名の「ラ」も「等」か/「い」の二通りの意味/「ひらい」について/「まい」の怪しい地名解釈
6（む）		胸？棟？旨？	胸？
7（な）	奈良、双岡、並美ヶ丘、楢原	均す、並ぶ、習う、成る、鳴る？泣く？	鳴る？	パート�D前半「奈良」は「楢」か？
8（や）	柳井、矢部、狩宿、刈谷	槍、遣る、矢、柳、屋、宿、山、八	上がる、接近する	パート�@ヤナイという地名/ パート�B「やど」の怪しい語源解釈/
9（こ）	箱根、小谷、駒井、球磨、串本	子、ここ、そこ、これ、擦る、応える、横、箱、国、串	密接した	パート�Bコア/コス、コヌ、コネ（コワ、コテ） パート�D（前半）「小（お）と大（おお）」
10（と）	利根、	戸、門（と）、舎人、友、御供、伴う、巴	入り口、家	パート�D（前半）「トネ」/「とね」の怪しい地名解釈/「とね」は「入り口の集落」か

 

ところで、2の意味の「ふ」を含む地名の多くは「岩船」、「貴舟」など「船・舟（ふね）」を含む地名である。「ふね」の「ね」は重要な単語で「ね」の人々の集落であろうと解釈してきた。「ね」を漢字で書くと「根」であり、植物を支えている「根」である。転じて物事を支える「核」「基盤」が「根」であろう。いちいち説明するまでもなく、今でも「根」はそのような意味でも使用している。「ふね」は「根」の前に「ふ」が付く。海洋民にとっては正に「ふね（舟）」が基地の役割を果たす。「ふね」の「ね」は「根」であろう。

とすると、それを形容する「ふ」の部分は「浮かぶ」とか「海の」とか言う形容句しか思い浮かばない。

舟は「浮かぶ基地」「海の基地」であり、「ふ」は「浮かぶ」あるいは「海の」の意味であろうと考えるしかないのではないか。

ローマ字で書けば「ふ」は「hu」または「fu」であり、ハ行の先頭のHが発音されない言語はしばしばある。また「うみ」の「み」は「水（みず）」の意味であると思う。「H」がサイレント化すると同時に、意味を明確化し（「ふ」と「う」の区別がなくなってしまう）、2音節にして語調を整える効用もあり、「み」が付け加えられたのであろう。「ふ」は「うみ」の意味であったと思う。

なお「ふね」の「H」音がサイレント化すれば「うね」であるが、畑や田に水を張れば「うね（畝）」の部分は正に水に浮かぶ「根」であり「舟」である。

全国に「いわふね（岩船など）」という地名がある。岩で作った舟は浮かぶわけがない。奇妙な地名である。「い」と「わ」という2（ふ）集団が住まう根（「ね」の人々が使うところの村」）と考える方が辻褄が合う。「い」「わ」集団の連合は「岩」ように堅い。あるいは「い」の人々の「輪」とでも解釈するべきであろうか。すなわ『い』のグループが2つある場所だろうか。

「きぶね」という地名はおびただしい。舟は木で作るのは当たり前である。当たり前すぎて、これも不可思議な地名である。先に「幹」「茎」は単に「き」と言っていたのではないかと述べた。「根」は見えないが、「茎」は地面からそそりたつ。「きぶね」は「木、二つ根」すなわち「木のような立派な2集団からなる村」のような意味ではないか。「いわふね」「きふね」は「船」を含む地名というより、数詞「ふ」を含む地名と考えるほうが妥当かもしれない。

 

「む」を未解読（暫定解釈）として1から10までの数詞を並べると次のようになる

 

ひ：太陽（日）、

ふ：大海原（海）

み：大きな陸地・・・（「身」あるいは「実」＝もっとも重要な本体　。「御」などであらわされる美称接頭語の「み」は「三」の事蹟以後に派生した意味と思われる）

よ：横に

い：居る

む：不明　（胸が？）

な：鳴り？

や：近づき

こ：密接して

と：門（と）…….（をくぐる）

 

感動的な詩である。巧みな展開の数え歌である。まず遠い無関係と思われる周囲の状況から話しはじめ、自らの状況を述べ、最も言いたい事柄を最後に持ってくる。日本語数詞はこのような、航海のステップをあらわす詩から始まったのではないか。無味乾燥な無作為に選ばれた音を覚えるよりずっと覚えやすい。

「ふ」は「海」の意味と考えて上記の数え歌を解釈したが、未解釈の「む」はどうであろうか。

前後意味の繋がり具合から「む」は身体部位の「胸」ではないかと、すぐに思いついたのであるが、更に以下の点から自信を深めた。

 

「手、目、歯、など身体部位を表す語は、ひらがな一字が多い」ことを安本美典（1993：日本誕生記�T;PHP研究所）は指摘し、「耳（みみ）、頬（ほほ）も発音を整えるために音を重ねて使うようになったのではないか」としている。解釈した「む」は身体部位であり、ひらがな1字である。

身体部位の「ね」が他にもある。「脛（すね）」「骨（ほね）」である。そして「胸（むね）」である。

付加された「ね」は「骨」の意味だと思う。もちろん地表に隠された植物の「根」から派生した言葉であろう。皮膚表面からまさぐると（あるいは目で見ただけでも）、直ぐに骨格が意識される。胸部前面中央の胸骨と肋骨のつなぎ目辺りを、下にまさぐっていくと、なんと「六つ！！」の骨の凹凸を指で感じることができる。「ね」を付加することにより、発音も整い、身体部位であるという意味も明確化する。六つの骨で形成される部分が「胸」である（解剖図を見ると<iris-irisのフリーウェア>一番下の肋軟骨はその先で枝分かれしている）。

更に、1−2、3−6、4−8、すなわち「ひ（hi）」−「ふ(hu)」、「み(mi)」−「む(mu)」、「よ(yo)」−「や(ya)」というように、倍数関係の数詞発音の語頭子音が、同一で、揃っているというという事実は、良く知られている。上記数え歌をでは、「み」を「陸地」としたが、これは「身」を意訳したものである、そして「む」を「胸」とすると、「み」−「む」どちらも、身体をあらわす単語である。同様に「ひ」と「ふ」は「日（太陽）」と「海」で、これは自然物を表している、そして「よ」「や」はともに位置関係を示す言葉である。理由はわからないが、意味の上でも、見事に対になっている。

ということで、「む」は「むね」のことであろうと強く信じている。左胸には心臓があり強い感動を覚えれば手を当てなくてもその拍動を感じることがある。「胸が鳴る」という実感は確かにある。

 

「ひ、ふ、み・・」が数え歌になっていることはわかったが、単に覚えやすいという理由のみで、1から10までに適当な単語を割り当てただけとは思えない。「ひ、ふ、み・・」、それぞれの単語に、それぞれの数値を表す意味が隠されていると考えるのが自然である。「ひ」「ふ」、「み」「む」、「よ」「や」の語頭子音のカップリングの件も合わせて「妄想の類」の批判を承知で、敢えて考えを記したい。

「ひ」＝「日」は太陽が唯一の存在であるところからであろう。そして1を重ねることによってさまざまの数が成立する事は認識されていただろう。数の最小単位である。航海の長さを表すのにも日数が使用されたであろう。日を重ね、湿地が乾いていくのを見ながら「日」を意識しただろう。距離も時間の単位にも「日」はふさわしい。「日」＝「1」は最も自然に了解しうる。

さて「ふ」＝「海」が何故「2」だろうか。「海」が二つあると認識されていたからかも知れない。しかし大洋を航海する人々にとっては、どこまで行っても区切りはない。むしろ海は一つと考えるのが普通ではないか。しかし太平洋側から日本列島に上陸した人々にとっては事情が一変する。日本列島の川筋をたどり、山を越えて更に西進した人々は再び大海−日本海に出会う。「海が2つある」という認識を獲得し、「ふ」に「2」の意味が重ねられる。

しかし、このストーリでは時代が合わないように思う。「3」までなら、幼児でも数えられる。海が「2」の意味を持つに至るストーリは、もっと時代を遡らなければならないように思う。

木村政昭（1991；ムー大陸は琉球にあった！;徳間書店）は1.5万年まえまでは奄美大島から沖縄本島、西表島を経て中国大陸に至る、極めて細い陸橋があったことを地図付きで記している。琉球列島はフィリピン海プレートの西縁に沿って並んでいる。当時この陸橋に住む人々であれば東西方向に少しばかり行き来すれば、大きな2つの海を確認できただろう。

一方、フィリピン海プレートの東の縁には伊豆、房総半島の沖合いから、伊豆諸島、八丈島、サイパン、グアム島といった島々が繋がっている。琉球陸橋のようにこれらの島々を結ぶ、太平洋を区切る、途方もなく長い、細い島や半島がもしあったなら、沖縄に住んでいた住人と同じように、東西に二つの海を容易に確認できただろう。あるいは自然に目に入っただろう。そして「海は二つある」と考えただろう。東海と西海である。「ふ」が「2」を連想させるに至った理由である。しかし残念なことに….「水没した橋のような陸がかつて存在した」という証拠がない。

 

何故「身」が「3」だろうか。魚から頭と尾を切り落とし、「三っつ」の部分に分ければ、残りの部分が「み（身）」である。人間の場合、頭と足をとって、残る部分が胴体であり、「み」である。3分割して最も重要なのが「み」である。更に「み」を2等分すれば、上半分が「む」である。肋骨で囲まれているので、「ね」を付加して「むね」である。

「4」は、周辺を意味する。すなわち「横」を当初、左右、前後、あるいは東西南北の4方向で捕らえていたからだろうか。「やま」、すなわち陸上の目標に向かって歩いている（＝や）ところの、高いスペース（＝ま）、すなわち「やま」に登って、360度、周囲を眺め回したとすると、「周囲を4方向のみで表すのは粗雑過ぎる」と感じたのであろうか。そこで「方向を表すには、90度を更に2分割すべきだ」と考える。方向は8方向という観念が生じる。以上、「事物を2分割すると、その結果、数が増えていく」という考えが数概念の基本にあったのではないか。これは、「海が陸地によって2分割されている」という環境で居住していたことと関係するかもしれない。

 

「5」と「7」はわからない。「い」「な」であり、共に奇数である。

考えているうちに次のような怪しい推理に至った。

まず、「い」はこれまで、「居る」の「い」としてきた。「存在」である。「な」はすぐ後に述べるように、「鳴く」「泣く」と意味の共通部を含む「名（な）」と考えると、どちらも具体的な事物に付された単語ではない。抽象的な哲学書にでも使われそうな言葉である。この点で、「い」「な」という奇数は、共通点＝「抽象概念を表す言葉」、がある

「い（5）」は「よ（4）」に、「な（7）」は「む（6）」という偶数に1を加えた数である。

 

「よ」は四面（よも）、横（よこ）の「よ」であるとすれば、「よ」に囲まれている主人公を同時に思い浮かべねばならない。周囲という言葉は囲むべき本体があってこそ成立する。四方に囲まれて「居る本体」すなわち「い」の1を加えて、4+1、すなわち「い」という数詞が出来上がったのではないか。

 

「む」は頭と足を取り去った「み（身）」の上半分であり、肋骨で囲まれたところである。胸骨付近を縦に指でまさぐれば、肋骨の根元に六つの凹凸を感じることができる。この部分が「むね」であるとしたが、胸には、更に一つ、「存在」を感じさせる部分がある。それは心臓である。心臓の拍動は「音」として知覚できる。もちろん、その前に肋骨の凹凸を感じた触覚でも意識できる。すなわち胸が「鳴（な）る」。胸を構成する六つの凹凸に加えて、いまひとつ、胸部に於ける存在を主張する心臓の鼓動」すなわち「な」を加えて「7（な）」が成立した。「鳴る」と「な（名）」が何故結びつくかは、次項に述べる。

残りは「こ」「と」である。開いた両手を見つめて、数を数えている。あるいは両手で握り締めた拳のふくらみを上から眺めながら櫓をこいでいる。右手の端の指が出発地点で。左端の指がゴールである。「と（扉）」になぞらえている。「こ」は「9」番目の指で「と」の直前である。

手のひらを眺める場合は左手人指し指が親指に密接しているので、「こ」である。拳を上から見る場合は9番目の薬指が「こ」である。これは数え歌の解釈と同じである。

妄想にしても、われながらよくできたと思う。

 

「名前」という言葉

ところで「奈良」地名解釈のところで、「な」は「土を叩いて均すときに音が鳴（な）る」ので「均（なら）す」も「鳴る」も単語家族としたが、数え歌の解釈を考えているうちに別の考えが湧いてきた。「鳴る」や「泣く」の語源に関して考えを訂正したい。

「名」とは、個々の事物に特定パタンの発声を割り当てたものである。文字が発明されて以後は、視覚映像（字、アイコンなど）が割り当てられる事も多くなったが、元来、音である。命名と同時に沈黙の事物が「鳴り」始める。「鳴る」「泣く」（「成る、生る」も？）は「名」と同家族と考えるのが適当と思われる。以前「均す」の家族に「鳴る」を入れたのは数詞解釈において怪我の功名であるが、別家族としたい。

 

「名」も「名前」も同義である。なぜ「まえ」を付けたのであろうか。

「ね」の人以外にとっては、言葉の重要性に比して「な」一音節では、口にする場合、物足りなかったのであろう。更に意味を深く考え「な」に「まえ」を付け足したのであろう。

すなわち、「マイ」地名解釈の項で「まい」は集落間の「間隙の居住地」を意味し、「まえ」はこの言葉から生まれたのではないかとした。ある事物に名前がつけられ、鳴るようになったとはいえ、直接、事物が鳴るわけではない、人の口を介して鳴るのである。人の頭の中では、発声が行われる「前」に事物のイメージが介在する。人はむしろこのイメージに音声を結び付けている。イメージは実際の事物とは異なり、抽象化されたり、変形されたり、複合されている。むしろ「名」とはこのイメージに対して付された言葉と理解したのであろう。すなわち、発声する「前」に存在し、「間にあるもの」が「名」である事に気づく。意味がより明細化する。

 

数詞の類似で言語の兄弟姉妹関係を探ろうとする試みがあるが、現在行われている諸言語の中には日本語と似た数詞を持つ言語はないといわれている。とは言え、「今は消滅した朝鮮半島高句麗語において3、5、7、10をミル、イツ、ナヌン、トク、と言っていた」と上外垣憲一（1993：エミシとは何か　古代東アジアと北日本；中西進編 p.217-218；角川書店）は述べている。太平洋を渡って日本列島に着いたところの「ね」の人々が、日本列島を横断し、関東地方と同緯度あたりの日本海側から、未だ極めて人口が希薄な西日本を航海によって活発に探索していた時代に、意図的か否かは別にして、朝鮮半島にまで到達し、日本語数詞を彼の地にもたらしたとしても不思議はない。高麗語の数詞が日本語に与えた影響というより、日本列島からの朝鮮半島への影響によるものと捉えられないだろうか。それを可能ならしめるのは、航海術に長けた「ね」の人々をおいて他にいない。「ひ・ふ・み・・・」は「ね」の人々の言葉ではないか。

「ね」の人々は、海進以後の再寒冷化が進みつつある東日本に偏在する縄文人（自らも含め）の西日本への拡散と、互いの協力関係を促進しただけではなく、その過程において、日本語の統一をプロモートした人々だったのではないか。それを可能にしたのは「舟」と、彼の地の事情を語るのに使われる「言葉」以外に考えられない。不動産業者のように、西日本の「干上がり」つつある湿地帯での農業を勧める「ね」の人々の姿が目に浮かぶ。

弥生時代に入ってからの朝鮮半島や大陸からの人口流入も、一役買うどころか、初期段階においては、中心的役割を担ったのかもしれない。

 

「やよい」という地名

なお、「弥生時代」という呼称の原因となった「やよい」という地名の語頭の「や」は「8」の意味かも知れない、そればかりではなく、「よ」は「4」かもしれない。與井、与位、与井という地名が存在することは先のリストに示した。「よい」の前に「や」が付いた「やよい」も8×4を意味する数値地名かもしれない。

「縄文時代」に対する「弥生時代」ということや、漢字「八」の付く地名は、先に示したごとく、西日本に偏在するので、「やよい」という地名は弥生時代に入ってからの地名ではないかと考えてしまうが、むしろ、北海道から九州にまで広く分布する（117ZIP）。都道府県別出現率の縄文遺跡数との相関を計算すると、無相関と判断すべき程度の低い値とはいえ（中期縄文遺跡密度とは0.1519、遺跡数とは0.1708）、正の値を取り、縄文地域の東日本にやや優勢である。

 

「サマ」地名。

「サマ」を含むZIP地名出現率の第一因子負荷良は0.4651、経度とは0.4590、中期縄文遺跡密度とは0.4377、遺跡数とは0.4564の順位相関値を示す。したがって、「さま」を含む地名の多くは、中期縄文時代以前にまで遡りうる地名であろう。

北海道では「様似郡様似（さまに）町」の広域地名欄に記載される地名があるほか「0830004中川郡池田町様舞（さままい）」がある。一方、沖縄県では濁るが「島尻郡座間味村」という5ZIPを含む広域地名があり、同県には他に、「宜野湾市佐真下」がある。北海道、沖縄以外の多数の「サマ」包含地名では、大多数が「さま」の前に「は」や「か」などが付された「はざま（狭間、迫、迫間などの漢字が充てられている）」や「かざま（笠間、風間）」あるいは「かさまつ（笠松）」などの地名である。なお広域地名では、唯一、本州中程の縄文遺跡分布県である神奈川県にのみ「さま」で始まる「座間市」がある。17ZIPを含んでいる。本州中ほどの神奈川県を中心に、日本列島の両端に、対象的に「さま」で始まる地名が分布するのは興味深い。

広域地名欄に載らない「さま」地名でも、北海道で「様舞」、関東では群馬県勢多郡東村「座間」、埼玉県行田市と北葛飾郡大利根町の2つの「佐間」、南九州・沖縄では佐真下のほか西寒野（さまの）、東寒野（熊本県）があり、同様に3地域への集中が見られる。この他では鳥取県西伯郡大山町佐摩、島根県大田市久利町佐摩、香川県三豊郡高瀬町佐股の三箇所のみである。

 下に「はさま」「かさま」「あさま」「ささま」の3文字列を含むZIP地名の都道府県別出現率と中期縄文遺跡分布等との順位相関係数を示す。これら3文字で表される地名は「笠間」「狭間」「浅間」などで表記される地名をすぐに思い起こすが、その他、多様な漢字で表される難読地名も多数含まれる。Jomon.lzhの中の「サマ.txt」を参照されたい。なお「ささま」を含むZIP地名は岩手で3件（北・中・南笹間）、埼玉県で1件（笹丸）、新潟県で1件（笹巻）、静岡県で5件（笹間上・下、笹間渡）のみで西日本には見られない。

また、頭に何も付かない「さま」や「さま×」地名（具体的には、様似、様舞、源太左馬、座間、佐間、佐摩、佐俣、佐股、寒野「さまの」、佐真下、座間味）についても同じ分析を行った。

 

「さま」包含地名のうち「はさま」「かさま」「あさま」「さま×」「ささま」を含む地名文字列出現率と中期縄文遺跡分布等との順位相関値（n=47都道府県）

	遺跡密度	遺跡数	緯度	経度
はさま	0.1472	0.1646	-0.0394	0.1242
かさま（「かさまつ」を含む）	0.3607 (0.012748305)	0.3087 (0.034753495)	0.3658 (0.011452523)	0.3617 (0.01248479)
かさま（「かさまつ」含まない）	0.4005 （0.00527782）	0.3398 (0.019448074)	0.4245 0.002940323)	0.3921 (0.006414252)
かさまつ	0.1862	0.1280	0.1887	0.2499 (0.090247919)
あさま	0.2333	0.2774 (0.059055009)	0.1732	0.1737
ささま	0.3013 (0.03958203)	0.3173 (0.029763342)	0.2301	0.2785 (0.058015632)
さま×	-0.0462	-0.0508	0.0423	-0.0202

（）内は無相関確率。記述のないのはp>0.1で有意水準に達しない相関

 

上の相関表をみると「さま」地名の第一因子負荷量の高さは風間や笠間などで表記される「かさま」地名に負うところが大きいことがわかる。また「ささま」も遺跡分布と有意な相関を示している。

しかし多様な漢字で表される「はざま」や「あさま」は遺跡分布などの指標とそれほど高い相関を示していない。特に北海道の「様似」や関東や山陰や沖縄県の「座間」や「佐摩」「座間味」など、語頭から「さま」で始まる「さま×」地名出現率の相関値はほぼゼロである。

 

「サマ」は「サツマ」？

さて先の「幸手」「仁手」地名のところで「さって」の「さっ」は札幌の「さっ」で「乾いた」を意味するアイヌ語地名ではないかと述べた。さらに日本語が子音+母音の50音で綴られる傾向が顕著になる過程で、「さっ」の小さい「っ」が強調されて「さつま」という地名が生じたのではないかとも指摘した。一方、小さい「っ」が聞き落とされると、今議論している「さま」になる。

「さつま」も「さま」文字列を含む地名も全国に存在する。72件の「さつま」を含むZIPが全国に認められる。「サツマ」を含む地名はここをクリックするとダウンロードできる。

鹿児島県の旧国名に「薩摩」があり、今は薩摩川内（さつませんだい）市がある。川内市が薩摩川内市に呼称変更した後にも、薩摩川内市の外に薩摩郡が残り、その中には薩摩郡薩摩町が含まれる。鹿児島県境を南に越えた熊本県にも上・下薩摩町があり、狭い特定の地域に名づけられ広域化した地名というより、「利根」や「河内」地名のように、元から複数存在したのではないか。すなわち、広範囲の地域のなかから、ある特性を持った場所に「さつま」という名前を用いたのかもしれない。すなわち、広範囲の湿地帯に乾き始めた場所が所々に出現はじめる。それらが「乾いた間（スペース）」すなわち「さつま」や、「さま」と呼ばれたりする。

南九州から最も離れた北海道にも「さつま」を含む地名がある。北海道では松前付近の「札前」である。「さつ」には「札幌」の「札」が用いられ、「札幌」は「さっ」読むが、「札前」では「さつ」と読む。

日本列島中ほど中期縄文遺跡密集県の千葉県鎌ケ谷市には「佐津間」および「中・西・南佐津間」がある。出現のない都道府県も約半数に上っている。下に都道府県別の「さつま」包含地名出現率を3段階に分けて塗り分けた分布図を示す。また同時に「さま」地名のうち「座間」や「座間味」「様舞」のように語頭が「さま」で始まる出現率もあわせて示す。「さつま」は「赤」、「さま」は「黒」の濃淡で、白色は出現の無い県である。

上記分県別分布では、「さつま」と「さま」地名が共存する都道府県は互いに遠く離れた北海道と熊本県しかないが、「さつま」「さま」共に出現の無い地域を挟んで、「さま」地名は「さつま」地名出現県と互いに密接した形で分布している。すなわち、北海道、岩手県、秋田県ブロック。関東地方では千葉県、埼玉県、神奈川県、群馬県。近畿・中国では鳥取・島根・兵庫・京都・滋賀県など。九州では沖縄・鹿児島・熊本県である。

下に示される「さつま」と各種「さま」地名間の順位相関値は、このような分布状況と関連しているように思われる。すなわち、「ハサマ」地名とは0.3779の有意な「正」相関が示されるものの、すべての「サマ」を含む地名と「サツマ」包含地名間の相関値は0.2689で「微かに相関有り」といえる程度の値しか示していない。また、図で示した「様舞」や「座間」などの「さま×」地名や「カサマ」や「アサマ」包含地名出現率などとはゼロに近い値が示されている。

これら「さま」「さつま」の関連性を否定するような低い値は、都道府県ごとに「サマ」と「サツマ」出現率順位をつけ、順位の一致度を計算したものであるためだと思う。ある県に「さつま」があり隣県に「さま」が出現するような場合は、どちらか一方が多数の「さま」「さつま」の出現の無い都道府県と同順位になってしまうからである。

県境をはさんで「さつま」と「さま」かが区別されて聞き取られ、表記され、以後同一県内で定着すことはありえそうである。そして現代では別単語として認識されるようになる。相関値で見た場合は明らかではないが、下の分県別の分布図は「さま」「さつま」の都道府県区分よりやや大きい地域区分における「さま」「さつま」地名の並存性とその局在性を示している。

 

「さま」「さつま」の分県別の分布図の下には、同じように、「さつま」と有意な順位相関値を示す「ハサマ」包含地名の分布を重ね合わせた分布図を示す。この場合は順位相関値が示すとおり「さつま」地名と「はざま」地名の出現県が重なっている様子がみてわかる。

「さま」の前に「は」や「さ」が付けられる「はざま」や「ささま」包含地名が上に示した縄文遺跡分布等の相関値において明確な相関を示し、東日本における偏在を示すのに反して、語頭に何もつかない様似、座間味などの「サマ×」包含地名出現率は全く縄文遺跡分布等指標との相関関係を反映する値になっていない。

すなわち北海道・東北にも、関東地方にも、近畿、九州にも分布している。

これは、語頭に何も付かない「サマ×」地名が他の「サマ」地名に比べてより後の時代に発生したためではないかと思う。これまでの経緯の中で、漢字表記するとすれば、「あ」は「吾」、「さ」は「狭」、「は」は「端」そして「か」は「上」という解釈を行ってきた。「さま」が「乾いた間」とすると「あ・さま」は「われわれの乾いた場所」、「さ・さま」は「狭い乾いた場所」、「か・さま」は「上手の乾いた場所」、「は・ざま」は「端っこの乾いた場所」という解釈が可能であろう。すなわち語頭に付された「あ・か・は・さ」は「乾いた場所」をより明細化するために使われた接頭語である。「どのような」という形容が可能になるまでは一定の時間経過が必要であろう。「かさま」や「ささま」地名は縄文遺跡分布等と相関するので、すでに中期縄文時代には存在したのであろう。一方「サマ×」は語頭に「乾いた」という以外の形容語以外は付されていない。

さらに。これまで中期縄文時代以降西日本への拡散が、主として「ね」の人々の「舟」によるものとの主張を行ってきた。舟で移動した場合は短時間でより遠くまで移動できるが、途中には大きな空白地帯が残る。「いず（す）み」や「ひら」あるいは「とね」等の文字綴りを含む地名が東日本への偏在を示す一方、沖縄や北海道にも存在する事実を「舟」による拡散という想定で説明してきた。「サマ×」地名も同じ範疇に入る地名であると思う。

今ひとつ「さま」と「さつま」は同義であった可能性の根拠を挙げておきたい。

「サツマ」該当地名のリストを見ると多数の「あさつま」という地名がある。一方「サマ」リストにも「あさま」という地名が浅間山のみならず存在しているということである。「浅間」も「朝妻」（ほかにも多様な漢字表記が存在する）も漢字で書くと何のことかわからないが、「さっま」に「吾」を表す「あ」が付加された地名と解釈するほうが理にかなっているように思う。

以上の点から「さつま」も「さま」も同根で、少なくとも中期縄文時代より存在し、意味は「札幌」の「さっ」の部分と同じ「乾いた」という意味であると「怪しい解釈」するものである。そして、多くの「サマ×」「サツマ」地名の表記に統一がなく、意味不明であるところから、沖積平野や盆地が形成された時代より、東日本からの拡散が一段落して、漢字が流入する以前頃までに発生した地名であろうと想像する。もっと時代を絞るとすれば、縄文海進が終わり、再度水没した地域が現れ始めた縄文中期以後、「さっ」や「さま」や「さつま」の意味が忘れられる頃までに出現した地名であろう。

 

「サツマ」を含むZIPの都道府県別出現率と各種「サマ」包含地名出現率の順位相関係数

	サツマ（札前、左妻、佐津間、薩摩、朝妻）	無相関確率。記述のないのはp>0.1で有意水準に達しない相関
すべてのサマを含む地名	0.2689	0.067599116
サマ×（様似、様舞、源太左馬、座間、佐間、佐摩、佐俣、佐股、寒野「さまの」、佐真下、座間味）	0.0649
アサマ（朝間、浅舞、阿佐間、朝捲、浅間、朝熊「あさま」、安座間）	-0.0820
ハサマ（大迫、船迫、一迫「いちはざま」、迫、白硲「しらはざま」、廻戸「はざまと」、迫間、迫間田、狭間田、飯山満（はざま）、波左間、狭間、硲田「はざまた」、谷迫間「やはざま」、羽佐間、桶狭間、巡間、廻間、蛇廻間、花狭間、小廻間、河間町「こはざま」、間「はざま」、波砂間、）	0.3779	0.008821584
カサマ　カサマツを除く（風間浦、若狹前、風間、笠間、笠巻、笠舞、風巻、曽我廻間「そがさま」）	-0.0662
カサマ　カサマツを含む	-0.0864
カサマツ（傘松、笠松、風祭）	-0.0732	ｓ

 

サマ×（様似、座間など）地名とサツマ（札前、薩摩など）地名の分布

ハサマ（狭間、間、迫　等）地名とサツマ（札前、薩摩など）地名の分布

 

「モリ」

「モリ」を含むZIP地名出現率の第一因子負荷量は0.4630で、前項「サマ」地名と同じ程度の値を示す。本州北端に青森県があり、東北宮城県仙台市が森の都と歌われるように、北日本に多く、遺跡分布より緯度や経度との相関が高い。中期縄文遺跡密度、遺跡数との間で、共に0.44(p<0.002)程度の相関値を示すのに対して、緯度とは0.4657(p<0.001)、経度とでは0.4823（p<0.0006）の相関値を示す。

しかし、中期縄文遺跡密度の最も高い東京都に173に登る「森ビル」「ｍｏｒｉタワー」と命名された高層ビルZIPがあり、この数は135ZIPを含む。この数は「青森市」より多い。このため東京都を東北４県（出現率上位４県は青森、岩手、秋田、宮城県で9.6〜6.7％／各都道府県別ZIP数）に近い出現率（5.8%第5位）に押し上げている。これら高層ビルZIPを除いて計算すれば更に遺跡分布指標との相関値は低下するであろう。「もり」を含むZIP地名は東北地方で最も出現率が高い。

2022件の「モリ」を含むZIPがあり、約7割が「森」という漢字で表記されている。青森市を筆頭に、森市、丸森町など多くの広域地名欄に載る「森」で表記される地名があり、東日本に目立つ。更に、しばしば、これらの広域地名の中に更に別名の「×森」町が詳細欄に複数存在する（これらの地名は出現率の計算の際にはカウントされない）。Jomon.lzhの中の「モリ.txt」を参照されたい。

ただし岩手県では、「盛岡市」という140ZIPを含む広域地名欄に記載される地名があり、これらがカウントされるため「盛」を含む地名の率が高い。「盛」で表記される広域地名欄に載る「モリ」地名は、もう一カ所ある。長崎県北高来郡飯盛町（14ZIPを包含）である。西日本、中ほどの中国地方や四国では「愛媛県南宇和郡城辺町敦盛」を除いて一件の出現も無いにもかかわらず、沖縄県に「島尻郡東風平町富盛」がある。また北海道にも「函館市高盛町」、「根室市昆布盛」がある。「盛」で表記される地名は181件ある。

関東より西には「茨城県守谷市」「滋賀県守山市」「大阪府守口市」など「守」で表される地名が320件、「森・杜・盛・守」以外、たとえば「長野市安茂里」「島根県能義郡伯太町西母里」「和歌山県田辺市文里（もり）」「広島県安芸郡府中町鹿籠（こごもり）」「宮崎県延岡市天下町（あもりまち）」「沖縄県宮古郡城辺町友利（ともり）」など70件の、漢字からの意味が取りづらい地名がある。

 

これらの種々の漢字で表記される「モリ」包含地名の都道府県別出現率と遺跡分布、緯度・径度との指標間の順位相関係数を、それぞれ新たに計算した結果を下に示す。なお再計算にあたって東京都の高層ビル各階に割り振られた地名はカウントしない出現率を用いた。

表を見ると、「森」や「杜」包含地名出現率においていずれの指標とも明確な相関値が示され、特に緯度や経度とは0.5を越す高い値が示されている。しかし「盛」や「守」出現率ではあまり明確ではない相関値が示され、意味不明の感のある「その他の漢字」で表される地名の出現率にいたっては「負」の相関関係が示されている。東北地方の「もり」地名の「もり」は漢字の意味が表すとおり「森」「杜」の意味であろう。南西に行くほど出現頻度も少なくなり、意味も不明確な多様な「もり」地名が増加する傾向がうかがえる。このような分布は「もり」地名が日本列島の北部から侵入して拡散していった経路を暗示しているように見える。

 

各種漢字で表記される「モリ」包含地名の都道府県別出現率と遺跡分布などとの順位相関

	遺跡密度	遺跡数	緯度	経度
森	0.3906 (0.006638137)	0.4356 (0.002210909)	0.5358 (0.00010393)	0.5226 (0.000164393)
杜	0.3096(0.034200907)	0.2916(0.04673083)	0.1291	0.2360
盛	0.1475	0.1785	0.1539	0.2123
守	0.1438	0.1330	0.1570	0.1557
その他の「モリ」	-0.2752(0.061178547)	-0.2255	-0.1806	-0.2974(0.042340221)

*東京都の高層各階に付されたZIPはカウントしていない　*( )内は無相関確率。記述の無いのはｐ>0.1以上

 

「森」「盛」「守」は単語家族。そればかりではなく「銛」「漏り」も

互いに隣接する「もり」包含ZIP出現率上位４県のうち、岩手県では、広域地名「盛岡市」分の140ZIP数を数えて、やっと、他の青森、秋田、宮城県の出現率と同じ程度の出現率になるので、恐らく「盛岡」の「盛（もり）」は他３県で普通に見られる「森」と表記される「もり」地名と、元は同義で使われていたと思われる。「もり」に、あえて「盛」を充てたのは、岩手県の北、青「森」県への対抗意識からかもしれない。

漢字で書き分けられると、「森」と「盛」では同音異義語になってしまう。「杜」が充てられた地名も散見される（相関値からみると東北より中期縄文遺跡地域にやや多い、すなわち中緯度、中経度府県に多い）。常識レベルでは「森」「杜」は同義と理解するが、漢字で書き分けられると何か深い違いが隠されているように思ってしまう。

同じく「守」という字が充てられた地名も相当ある。「守」は「盛」以上に意味が異なる。地名ではないが「銛」や「漏（洩）る」の連用形「漏り」も「もり」であり、「雨漏り」というように名詞としても使われている。これらは今では同音異義語と認識されている。

 

しかしここでは、意味の共通点を探り、同一の意味から派生した家族単語として解釈する努力をしてみたい。

「も」は、これまで解釈してきたように、漢字で書くとすれば「面」であり「平らな一定の広がりをもつ表面である」、付加された「り」は「破綻」や「終結」を表すところの語であり、後に置かれる言葉だと思う。

すなわち「もり」は「平らな表面（＝も）が破綻（終結）した状態、ないしは破綻した部分」であると思う。「破綻」というより「明確な終結部」と言ったほうが適切かもしれない。

「森」は、平らな面が破綻した部分である。木々によって「盛り」上がった部分である。この状態を明確に意識できるのは大地が乾燥し、延々と背の低い草原が続いている景観であろう。そして、遠くを眺めると、ところどころ濃い緑の塊が見える。森があり「盛り」あがっている。現在の日本列島は、むしろ、森だらけで、普通に森の内部で活動していれば、このような光景をみることは少ないだろう。

 

降雨量が増え、日本列島が森林に覆われるようになったのは、氷河期終焉に伴なう海面上昇により、朝鮮半島と日本列島が完全に分離され、現在と同程度に日本海に対馬暖流が日本海に流れ込むようになって以後（今から8000年前ごろ）とのことだそうだ（「最終氷期の日本列島と東アジアの古環境」；小野有五；ｐ.33−ｐ.81＜モンゴロイドの世界「3」；東京大学出版会；百々幸雄偏；1995＞）。徐々に森林が拡大し、森の中に人が住むような時代になると、もう盛り上がった「森」は意識されなくなるだろう。意識されるのは自らを取り囲む足元にある「土」と「木」のみである。漢字であらわすとすれば「杜」であろう。彼らが日本列島を南下するに従い、「森」地名が減少し、他の漢字表記が増えるのも頷ける。

「面が破綻したところの事物」と解釈すれば「守」も「銛」も雨漏りの「漏り」も意味は繋がる。領域（間＝ま）の通常守備線を終結させ、破格に人員や設備を厚くしたところが「守り」である。「一面に広がる舟の集団（＝も）」が徐々に獲物に近づく。静寂を破り突然獲物めがけて「銛」が飛び出す。覆われた天井（＝も）の破綻から雨が「漏る」事を「雨漏り」という。

 

「針」「栗」「鳥」も家族

さて「り」がなぜ「破綻や終わり」をあらわすのだろうか。

「モリ」文字列と同じように、中期縄文遺跡密度というより、緯度や経度との相関が高く（0.4以上）、「リ」で終わる文字列「×リ」をパート�A冒頭で示した各都道府県県庁所在地別緯度・経度と地名文字列出現頻度間の相関リストから選べば、他に「トリ」「ハリ」「クリ」文字列などがある。「アリ」も該当するがこれは「負」の相関を示す。従って「あり」はわからないが、これらの言葉はいずれも縄文時代からあったと思われる。

「とり」は「鳥」と「取り」、「はり」は「針」と「張り」や「貼り」、「くり」は「栗」と「刳り貫く」あるいは「繰り返す」、というように、「鳥」「針」「栗」のそれぞれの単語には、動詞に「り」が付き名詞化した言葉が辞書に同音異義語として並んでいる。これは「森」や「銛」が「盛り」や「守り」と辞書に並んで表示されている状況と極めてよく似ている。

そして、「森」は「面（も）」の破綻部すなわち「盛り」と解釈した。それでは、「とり」は「と」から、「はり」は「は」から、「くり」は「く」から破綻や終結した部分と解釈しうるだろうか。

まず「針」から。「は」はこれまで「端（は）」と解釈してきた。端が破綻し、もう単なる「は(端)」と呼べなくなった部分、すなわち分離部が「はり」である。繊維を引っ張るとやがて破断する。顕微鏡で見ると破断された部分は徐々に細くなり先端は「針」のようである。あるいは糸の「端」に取りつける道具は、端ではあるがもう単なる端ではなく「端」の終結部の「針」である。布の端はだらんとしているが、補強の木材を添えれば、それが「梁（はり）」である。端に何かを貼り付けたものが「梁」「貼り」であり「張り」である。

「くり」はどうであろうか。

沖縄方言では「お」が「う」になり、「え」が「い」になるところから、「こね」が「くに」に訛り、｢国（くに）｣という単語が生じ、再び「くに」が本土に再上陸して広まったのではないかと述べた（パート�C「クニの怪しい語源解釈」「駒と熊」および「串と越」）。

一方、幾つかの「こ」を含むZIP地名文字列の東日本への偏在が明らかになった。「コア」「コヌ」「コネ」「コワ」などである（パート�Bコス、コヌ、コネ「コワ、コテ」）そしてこれらの「こ」の部分は「密接した」という意味に解釈しうるのではないかとした。また「こ」を含む普通の単語、例えば「こする（擦る）」や「こたえる（答える）」、「こ（子）」などの語も「こ」が「密着した」、「密着して」あるいは「密着するもの」と解釈しうる語として例示した。

パート�C（『「ワ」から「クニ」へ』、『「国」と「根」地名の「正」相関』、『「クニ」の怪しい語源解釈』）では「こ」が「く」に訛り、「国」なる新語が再上陸した際、「く」の意味が、単なる「密着した」という意味に加えて、「統合されて密着、密集した」、すなわち「まとまった」というニュアンスが付け加わったのではないかと考えた。しかし、縄文語因子負荷量の高い「クリ」包含地名の分布を眺めているうちに、沖縄で「こ」が「く」に変わる以前から、本土でも「こ」と「く」の区別が（母音部の「お（o）」と「え（e）」）あいまいな地域があったのではないか、という可能性も頭を掠めた。あるいは、「お」と「え」以外に「お」と「え」の中間的な音が存在したのではないか、とも。

ともあれ、「こ」と「く」の意味は若干異なるかもしれないが、「こ」も「く」も「複数の密接した塊」という点では大してかわらない。

そして「栗」の実は、栗の「いが」がはじけ、破綻、分離した部分である。｢庫裏（くり）｣「厨（くり）」は「台所」である。「台所」だけは大きな建物からやや分離してしつらえられている。「栗」「厨」は同義の部分がある。「刳り抜く」ことは「まとまった部分を」を「抜く」ことである。

一連の動作が進行しているとしよう。「椅子にすわり」「箸をとり」「食物をつまみ」「口に入れ」「放し」「咀嚼する」のが「食べる」動作の流れである。個々の、例えば「椅子にすわる」という動作は更に細分された動作の組み合わせによって成り立っている。複雑に進行していく行動の中の一纏まり（くり）の部分を、初めに帰（返）り、反復することが「繰り返す」である。今では全く異義語としてしか認識し得ないような「くり」グループが存在する。家族である。

 

「とり」は「土」から「分離した」存在という意味であろう。

「利根」の「と」は「戸」であり「門」であると解釈した（パート�D『「トネ」』、『「とね」の怪しい地名解釈』などの項）が、「とり」の「と」が「門」を意味する「と」とは思えない。入り口から分離したものが「鳥」では、余程の屁理屈をこねなければ意味が通じない。別の「と」を見つける必要がありそうである。

「堤」と表記される地名が緯度の高い都道府県ほど多く、「つつみ」は「つち（土）」または、アイヌ語の「土」をあらわす「とぃ」の後に「積む」がついた「土積」の意味ではないかとした（パート�A「堤、積、辰巳などのツミ地名」、「ツツミ地名」）。「とり」の「と」が、「つち」または「とぃ」の語頭子音のみが残り変形し「と」になり、「分離部」を意味する「り」がついた単語とすると、意味が良く通る。すなわち「鳥」は「地面（＝土）から離れて空を飛ぶ存在」である。ストレートである。

考えてみれば、多くの食物、木の実や農作物、あるいは鏃に使う石など、道具の材料の多くは大地から分離したものと解釈できる。古代人はこれらを「取り」、糧にしてきた。「採り」「取り」という動詞を名詞化した言葉も、「鳥」という名詞と無関係な言葉ではないと思う。

これら「針」「栗」「鳥」の後ろに置かれる「り」の意味が共通していると考えれば、「針」「栗」「鳥」もまた家族語といえよう。

 

その他の「×リ」地名

そのほか、東日本に偏在する地名文字列のうち、後が「り」の文字列に「ソリ」「ホリ」「ヒリ」「ネリ」がある。

すでに示したように「ソリ」は「反る」（パート�Bソリ「反り、橇、剃り」、パート�D「曽根」の怪しい地名解釈。曽根もアイヌと関係あるかもしれない。）「ヒリ」は「簸る」「干る」の連用形の地名と解釈された（パート�A蛇と蛭　ヘヒ、ヒル地名、パート�D「にら」および「ひる」および「ねぎ」の怪しい語源解釈）。「ネリ」は「利根」に関連する地名として「とねり」を指摘し「入り口にある集落の門番」と解釈した（パート�D「舎人」とは・・・怪しい珍説）。

「ソ」は「背く（そむく）」の「そ」であり、「そり」は「り」が付いているので、「そむく」だけではなく、背いて「分離」している意味ではないだろうか。

「とねり」の「り」は「ひとり（一人）」「ふたり（二人）」と数えるところから「人」と解釈したが、「とね（＝入り口の村）から少し離れた門番小屋＝り」と解釈することも可能かもしれない。あるいは、もっと端的に、「とね」から分離した村と解釈すべきかも。そして、同じく関東地方の「練馬」は利根地名集中地の千葉県から少し離れた東京都に属する。すなわち「根から離れたスペース（＝間）」と。

そして、干されて現れた大地は「日（ひ）」から分離した賜物（「ひかり」という地名がある）と考えたのかもしれない。

他に、これまでに触れた「り」が付く地名文字列に「がり」と読む「×狩」「×刈」「曲（まがり）」で漢字表記される地名も東日本に偏在することが指摘された（パート�A「マ」）。「刈」も「狩」も自然に存在する対象を特定の動作で手に入れることであり、「曲がり」とは、川筋が蛇行した場合の様に、直線を屈曲させることによって「間」を刈り取ることではないかと解釈した。

更に、上記「かり」は「か」と「り」の合成語と解釈しうるかもしれない。すなわち多くの人々が指摘するように「上」「神」「傘」「髪」の「か」は「上からかぶさるもの」の意味と解釈し、人間を取り囲む自然物すべてを「か」とし、獲物や収穫物や、居住や栽培に必要なスペースを「分離する動作」を意味する「り」を加え「かり」としたのかもしれない。

動詞に「り」をつけ、動詞を名詞化して生じた単語は「狩り」や「曲がり」だけではない、上述の遺跡分布等と相関を示す「森」「栗」「針」「鳥」などの「×り」地名が「盛り」「刳り」「張り」「取り」などと対になる家族語である可能性を挙げた。

分布とは無関係な言葉まで範囲を広げると、「つり（釣、吊り）」「乗り」「入り」「照り」などいくらでもある。連続して行なわれる動作や状態変化の中から一定パタンの変容を分離して取り出して動詞を名詞化するためには、語尾につく「り」は大層役立っている。日本語の動詞の活用変化を考える鍵になるかもしれない。

 

語尾に付く「り」に注目するなら、「栗」も「針」も、「り」が付き名詞化した動詞も、みな家族語といえる。

 

「遠軽、津軽、軽井沢」

他の活用形の動詞が地名化した例はないであろうか。前項で指摘した「狩、刈」の終止形または連体形は「狩る」「刈る」である。

中期縄文遺跡分布というより、日本列島を北上するほど出現率が増加する傾向を示す地名文字列に「カル」がある。「遠軽・津軽・軽井沢」など、しばしば漢字の「軽」であらわされる地名である。北海道では「遠軽」という広域地名のみならず「軽舞」「山軽」があり、青森県「×津軽郡」のほか、隣県の岩手県宮古市には「津軽石」がある。また「九戸郡軽米町」という広域地名も見られる。

下に各都道府県の遺跡分布などとの順位相関係数を示す。

 

「かる」を含むZIP数の都道府県別出現率と中期縄文遺跡分布等の順位相関係数（n=47）

	遺跡密度	遺跡数	緯度	経度
相関値	0.3281	0.4126	0.4414	0.4320
無相関確率	0.024353917	0.003950472	0.001897632	0.002427628

 

「かる」包含地名都道府県別出現率は、中緯度に最も高い値を示す遺跡密度とよりも、北海道で最も高い値を示す遺跡数指標との相関値が高く、経度とよりも、緯度との相関値が高いことを示している。

しかし、西日本でも奈良県「斑鳩町（いかるが）」という広域地名が存在し、沖縄県にも「嘉手苅（かてがる）」と称する同名地名が、互いに離れて3箇所も存在する。更に同じ漢字で「がる」の部分を「がり」と読む宮古郡下地町嘉手苅（かてがり）もある。

また京都府におびただしく存在する「×町×上がる」「×町×下がる」という特有の地名表記のため、60ZIPがカウントされ、「×津軽郡」がある青森県に次いで第二の出現都道府県になっている。ただし京都府には、ほかに中京区津軽町、伏見区竹田狩賀町がある。

下に具体的な「かる」包含地名のリストを示す。

 

590553	ﾉﾎﾘﾍﾂ	ｶﾙﾙｽ	北海道	登別市	カルルス町
985761	ｴｻｼ*ﾊﾏﾄﾝﾍﾂ	ﾔﾏｶﾙ	北海道	枝幸郡浜頓別町	山軽
990415	ﾓﾝﾍﾂ*ｴﾝｶﾙ	ｲﾜﾐﾄｵﾘﾐﾅﾐ	北海道	紋別郡遠軽町	岩見通南など31ZIP
591752	ﾕｳﾌﾂ*ｱﾂﾏ	ｶﾙﾏｲ	北海道	勇払郡厚真町	軽舞
393312	ﾋｶｼﾂｶﾙ*ﾋﾗﾅｲ	ｱｻﾄｺﾛ	青森県	東津軽郡平内町など×津軽郡×507ZIP	浅所
270203	ﾐﾔｺ	ﾂｶﾙｲｼ	岩手県	宮古市	津軽石
286302	ｸﾉﾍ*ｶﾙﾏｲ	ｶﾙﾏｲ	岩手県	九戸郡軽米町	軽米など10ZIP
288603	ｸﾉﾍ*ﾔﾏｶﾀ	ﾆｶﾙﾍ	岩手県	九戸郡山形村	荷軽部
9862103	ｲｼﾉﾏｷ	ﾅｶﾙ	宮城県	石巻市	流留
9870164	ﾄｵﾀ*ﾜｸﾔ	ｶﾙｶﾔ	宮城県	遠田郡涌谷町	刈萱町
185604	ｵｵﾀﾃ	ｶﾙｲｻﾜ	秋田県	大館市	軽井沢
121243	ｵｶﾁ*ｳｺ	ｶﾙｲｻﾜ	秋田県	雄勝郡羽後町	軽井沢
9993163	ｶﾐﾉﾔﾏ	ｶﾙｲｻﾜ	山形県	上山市	軽井沢
9697203	ｶﾜﾇﾏ*ﾔﾅｲﾂ	ｶﾙｲｻﾜ	福島県	河沼郡柳津町	軽井沢
9696272	ｵｵﾇﾏ*ｱｲﾂﾀｶﾀ	ｱｶﾙ	福島県	大沼郡会津高田町	赤留
3000123	ﾆｲﾊﾘ*ｶｽﾐｶｳﾗ	ｶﾐｶﾙﾍ	茨城県	新治郡霞ケ浦町	上軽部
3000204	ﾆｲﾊﾘ*ｶｽﾐｶｳﾗ	ｼﾓｶﾙﾍ	茨城県	新治郡霞ケ浦町	下軽部
3260014	ｱｼｶｶ	ｲｶﾙｷ	栃木県	足利市	鵤木町
3771412	ｱｶﾂﾏ*ﾅｶﾉﾊﾗ	ｷﾀｶﾙｲｻﾜ	群馬県	吾妻郡長野原町	北軽井沢
3771401	ｱｶﾂﾏ*ﾂﾏｺｲ	ｶﾝﾊﾗ(ｵｸｶﾙｲｻﾜ)	群馬県	吾妻郡嬬恋村	鎌原（奥軽井沢）
3680102	ﾁﾁﾌ*ｵｶﾉ	ﾅｶﾙ	埼玉県	秩父郡小鹿野町	長留
2730131	ｶﾏｶﾔ	ｶﾙｲｻﾜ	千葉県	鎌ケ谷市	軽井沢
2200001	ﾖｺﾊﾏｼﾆｼ	ｷﾀｶﾙｲｻﾜ	神奈川県	横浜市西区	北軽井沢
2200002	ﾖｺﾊﾏｼﾆｼ	ﾐﾅﾐｶﾙｲｻﾜ	神奈川県	横浜市西区	南軽井沢
2380314	ﾖｺｽｶ	ｽｶﾙﾔ	神奈川県	横須賀市	須軽谷
9451355	ｶｼﾜｻｷ	ｶﾙｲｶﾜ	新潟県	柏崎市	軽井川
9400243	ﾄﾁｵ	ｶﾙｲｻﾜ	新潟県	栃尾市	軽井沢
9590149	ｻﾝﾄｳ*ﾃﾗﾄﾏﾘ	ｲﾘｶﾙｲ	新潟県	三島郡寺泊町	入軽井
9590144	ｻﾝﾄｳ*ﾃﾗﾄﾏﾘ	ﾏﾁｶﾙｲ	新潟県	三島郡寺泊町	町軽井
9421405	ﾋｶｼｸﾋｷ*ﾏﾂﾉﾔﾏ	ﾋｶﾙﾏ	新潟県	東頸城郡松之山町	光間
9230824	ｺﾏﾂ	ｶﾙﾐ	石川県	小松市	軽海町
9230825	ｺﾏﾂ	ﾆｼｶﾙﾐ	石川県	小松市	西軽海町
9291114	ｶﾎｸ	ｶﾙｶﾉ	石川県	かほく市	狩鹿野
3890102	ｷﾀｻｸ*ｶﾙｲｻﾜ	ｶﾙｲｻﾜ(ｵｵｱｻ)	長野県	北佐久郡軽井沢町	軽井沢（大字）など9ZIP
3997103	ﾋｶｼﾁｸﾏ*ｱｶｼﾅ	ﾋｶﾙ	長野県	東筑摩郡明科町	光
3998202	ﾐﾅﾐｱﾂﾐ*ﾄﾖｼﾅ	ﾋｶﾙ	長野県	南安曇郡豊科町	光
5010465	ﾓﾄｽ	ｶﾙﾐ	岐阜県	本巣市	軽海
4260015	ﾌｼｴﾀ	ｲｶﾙﾐ	静岡県	藤枝市	五十海
4190103	ﾀｶﾀ*ｶﾝﾅﾐ	ｶﾙｲｻﾜ	静岡県	田方郡函南町	軽井沢
4700513	ﾆｼｶﾓ*ｵﾊﾗ	ｶﾙｶﾔ	愛知県	西加茂郡小原村	苅萱
5100009	ﾖﾂｶｲﾁ	ｲｶﾙｶ	三重県	四日市市	いかるが町
5100008	ﾖﾂｶｲﾁ	ﾐﾅﾐｲｶﾙｶ	三重県	四日市市	南いかるが町
5291205	ｴﾁ*ﾊﾀｼﾖｳ	ｶﾙﾉ	滋賀県	愛知郡秦荘町	軽野
6028103	ｷﾖｳﾄｼｶﾐｷﾖｳ	ｲﾂﾁﾖｳﾒ(ﾏﾂﾔﾁﾖｳﾄｵﾘﾃﾐｽｻｶﾙ､ﾏﾂﾔﾁﾖｳﾄｵﾘｼﾓﾀﾁｳﾘｱｶﾙ)	京都府	京都市上京区	一町目（松屋町通出水下る、松屋町通下立売上る）など60ZIP
6048271	ｷﾖｳﾄｼﾅｶｷﾖｳ	ﾂｶﾙ	京都府	京都市中京区	津軽町
6128442	ｷﾖｳﾄｼﾌｼﾐ	ﾀｹﾀｶﾙｶ	京都府	京都市伏見区	竹田狩賀町
5830854	ﾊﾋｷﾉ	ｶﾙｻﾄ	大阪府	羽曳野市	軽里
6530033	ｺｳﾍｼﾅｶﾀ	ｶﾙﾓｼﾏ	兵庫県	神戸市長田区	苅藻島町
6530032	ｺｳﾍｼﾅｶﾀ	ｶﾙﾓﾄｵﾘ	兵庫県	神戸市長田区	苅藻通
6711561	ｲﾎ*ﾀｲｼ	ｲｶﾙｶ	兵庫県	揖保郡太子町	鵤
6340044	ｶｼﾊﾗ	ｵｵｶﾙ	奈良県	橿原市	大軽町
6300265	ｲｺﾏ	ｶﾙｲｻﾜ	奈良県	生駒市	軽井沢町
6360122	ｲｺﾏ*ｲｶﾙｶ	ｱﾜ	奈良県	生駒郡斑鳩町	阿波など27ZIP
6891303	ﾔｽ*ｻｼ	ｶﾙﾁ	鳥取県	八頭郡佐治村	刈地
7012215	ｱｶｲﾜ*ｱｶｻｶ	ﾆｼｶﾙﾍ	岡山県	赤磐郡赤坂町	西軽部
7012214	ｱｶｲﾜ*ｱｶｻｶ	ﾋｶｼｶﾙﾍ	岡山県	赤磐郡赤坂町	東軽部
7191172	ﾂｸﾎ*ｷﾖﾈ	ｶﾙﾍ	岡山県	都窪郡清音村	軽部
7391753	ﾋﾛｼﾏｼｱｻｷﾀ	ｶﾙｶ	広島県	広島市安佐北区	狩留家町
7370862	ｸﾚ	ｶﾙｶ	広島県	呉市	狩留賀町
8941523	ｵｵｼﾏ*ｾﾄｳﾁ	ｿｶﾙ	鹿児島県	大島郡瀬戸内町	蘇刈
9000004	ﾅﾊ	ﾒｶﾙ	沖縄県	那覇市	銘苅
9041114	ｲｼｶﾜ	ｶﾃｶﾙ	沖縄県	石川市	嘉手苅
9030102	ﾅｶｶﾐ*ﾆｼﾊﾗ	ｶﾃｶﾙ	沖縄県	中頭郡西原町	嘉手苅
9013121	ｼﾏｼﾘ*ｸﾒｼﾏ	ｶﾃｶﾙ	沖縄県	島尻郡久米島町	嘉手苅

 

漢字の意味通り「軽い」という意味の地名がこれほど全国にあるとは思えない。よく知られた長野県「軽井沢」のみならず、東日本には広く存在する。「軽量の沢」では意味が分からない。

前項では後に「り」が付き動詞が名詞化した可能性のある地名を検討し、「狩」や「刈」で表される地名にも触れた。上の地名リストでも「刈」や「狩」で表記される地名が見られるが、これらは「かり」ではなく「かる」である。また長野県の「豊科光」と「明科光」は「ひかり」ではなく「ひかる」である。

また、リストでは出現のない都道府県が関東以西にかなりあるにもかかわらず、海岸線の無い内陸府県のうち「かる」包含地名の出現がないのは山梨県のみである（内陸都道府県：1/9＝11.11%　非内陸都道府県：16/38＝42.11％）。

北海道から関東地方までの都道府県では連綿と「かる」包含地名が出現している状況をみると、これら「かる」地名が、氷河期には陸続きであったサハリンから北海道を通り徒歩で南下した人々の痕跡のように思える。そして関東以西への移動は、そこで出会った舟を操る人々の助けも加わって行われたのだろう。

彼らが単独で移動していた時代には農業はまだなく、山人の生業は狩猟であろう。「刈」と「狩」を漢字で書き分けると意味が異なるようにみえるが、収穫する物が動物か植物かの違いだけである。

パート�A（パート�A「マ」）で確認された「×刈」や「×狩」「曲（まがり）」と漢字表記される「がり」（特別に清濁を区別してカウントした）包含地名出現率の東高西低の事実をも考慮すると、「かる」包含地名の「かる」は「かり」の「終止形」または「連体形」と理解される「狩る」の意味ではないかと考える。

パート�Aの「×狩（がり）」包含地名を集めた表を見ると、内陸県で、唯一「かる」包含地名の出現のない山梨県でも、「都留市夏狩」「山梨県西八代郡六郷町鴨狩津向（カモガリツムギ）」という地名が2箇所も認められる（該当地名は11件のみの中で）。また北海道では「がり」と読まず、その表には含まれていないが、「石狩（いしかり）」という、大きな、広域地名欄に記載される「かり」があり、同時に、「遠軽」「軽舞」「山軽」の「かる」地名がある。なお、登別のカルルス町は「湧き出る温泉の水質がチェコのカルルスバードのそれと似ていることから付けられたもの」で、関係ない。

ところで「かり」包含地名の出現率と緯度などとの相関値は大きくなく、因子分析に「かり」地名出現率の指標は用いられていない。最も高い場合の都道府県別中期縄文遺跡数との相関値で0.2726、緯度とでは0.2322、経度とでは0.1499、中緯度地方で最も高い遺跡密度とでは0.1382の値しか示さない。そこで様々の漢字で表記される中でも頻度の高い漢字表記別の「カリ」包含地名出現率との相関値を再計算した結果を下に示しておきたい。

 

各種「かり」地名出現率と遺跡密度などとの順位相関係数（n=47都道府県）

	遺跡密度	遺跡数	緯度	経度
曲（まがり）	0.2821	0.3645	0.3523	0.3144
刈	0.1837	0.2896	0.3123	0.2050
狩	-0.0484	0.0282	-0.0356	0.0199
雁	0.0142	0.1275	0.2081	0.1104
借	0.3576	0.3837	0.2435	0.1817
上記いずれかを含む	0.2542	0.4031	0.3451	0.2805

*相関値が0.3以上で無相関確率は0.040以下　0.4以上で0.0054以下

 

上記の漢字表記別の相関表を眺めると、予測に反して、狩猟を意味する「狩」地名出現率と緯度や遺跡数などとの相関は高くない。

むしろ、「曲」であらわされる「まがり」と発音される地名や、福島県、茨城県、栃木県で互いに離れて「借宿」が6箇所も存在するなど、「借」で表される地名の出現率との相関が注目される。そして「曲・刈・雁・借」のいずれかであらわされる「かり」包含地名の出現率において北海道で最も高い値をとる中期縄文遺跡数との相関値が最も高い値を示している。これら漢字の意味の共通点は乏しく、漢字の意味はどうでもよく、「かり」という音を含む地名の出現率が中期縄文遺跡等との相関を支えているように見える。しかし、「カリ」包含地名全体の出現率は「光（ひかり）ガ岡」「上がり」「ユーカリ」のような地名も該当し、中期縄文遺跡分布等とそれほど高い相関を示さず、「jomon.lzh」のリストには含まれないが、「光」「上がり」地名などを除いて計算すると「カル」文字列と同じように遺跡数や緯度と有意な相関を示しているといえよう。（「カリ」文字列を含む地名リストはここ）

それでは、何故「狩猟」を表す「狩」で表記される地名出現率が明確な北日本偏在を示さず、「稲刈り」や「曲がり」や「貸し借り」の「かり」地名と高い相関値が示されるのであろうか。

それは、地名に漢字が充てられた時代では、生活基盤が狩猟から農耕に移り、忘れられてしまっていたからかもしれない。狩るべき動物も少なくなり、草原が森に変わり、栗やどんぐりが命を支えるようになる。沿岸の湿地帯が干上がり始め、田畑になる。作物の栽培が始まる。もはや、狩る対象は動物ではない。

動物の群れを「駆り」立て「狩」をしていた人々は、収穫期になると、駆り立てられるように、千回も、五千回も同じ動作を繰り返して、農作物を「刈る」ようになっていた（青森県などに「千刈」、秋田県に｢百万刈｣などがある。千も百万も中国語であり「刈」の部分は日本語。元は単に「かり」と呼んでいた地名ではないか。同様な地名に「二枚田、三枚田」というような地名がある）

「かる」地名にしても、「かり」地名にしても、多様な漢字表記が存在する。そして、ともに北日本偏在傾向が強い。そして、漢字表記時代になると元の意味が忘れられたため「かる」の部分に「狩」をあてた例は少ないが、それでも「狩鹿野」「竹田狩賀町」「狩留家町」「狩留賀町」が存在する。沖縄県では「嘉手苅」と書いて「かてがる」とよむ地名と「かてがり」と読む地名が共に存在する。「光」地名も同様に「ひかる」と「ひかり」がある。「かる」を含む地名の「かる」の部分は、漢字のない時代にあっては、「狩」を意味する言葉であったのではないかと強く疑っている。

そして「い」は｢＜い＞の人々｣と解釈してきたので、「軽井沢」は「狩をする＜い＞の人たちの沢」のような意味ではないだろうか。わざわざ自ら住むところを「＜い＞の狩人の沢」と呼ぶはずもなく、やや離れたところで活動する＜わ＞の人々がその地を呼んだ地名であろうか。

北海道に山軽、遠軽、軽舞と3箇所もの「かる」ZIP地名があり、いわゆるアイヌ語地名と考える向きも多いかもしれないが、遠軽、軽舞ともに、各地の「軽井沢」と同様、山中にある。また「山軽」は地図で見ると、宗谷岬より西岸を少し下ったオホーツク海に面した沿岸部であるが、古くから存在したであろうところの、やや高い海岸線上にあり、背後に「おおぬま」「こぬま」と「ポンぬま」という3個の連なった沼がある。これらを合わせた湖がクッチャロ湖である。

「ぬま」は極めて緯度などとの相関値の高い文字列であり、現在日本語で特別な解釈なしで「沼」と理解しうる文字列である。また「こあ」「こわ」「こぬ」などの文字列も中期縄文遺跡分布と極めて相関の高い文字列（パート�Aコス、コヌ、コネ、（コワ、コテ））である。共通部の「こ」の原意は「密接した」という意味であろうと解釈した。そして、「山軽」の背後に「大沼」に密接して「コヌま」がある。「おおぬま」「こぬま」も、少なくとも中期縄文時代以前に遡りうる、元からあった地名と思われる。

最も小さい沼に「ポン＝小さい」というアイヌ語の形容詞がつき、本体の主要な沼に、アイヌ語らしからぬ「おお」「こ」という形容詞が付いているのは不自然である。最も小さい沼の「ポン沼」があるなら、最も大きな沼にアイヌ語地名が与えられてしかるべきではないか。

むしろアイヌ語地名の成立より古いのではないかとすら思われる。

もちろん、沼地に集まる動物のことを考えれば、狩りがおこなわれても不思議のない地形である。「山軽」もまた、北海道を通過した狩人である＜わ＞の人々の痕跡を示す地名であると思える。そして、明らかにアイヌ語地名と並存している。

「軽」が「狩る」の意味だとすると、動詞の連用形によって地名化する以前には、動詞の原型が用いられた地名が存在したのではないかという可能性を示唆しているように思われる。これまで取り上げた連用形地名と対になると思われる動詞の原型（終止・連体形）が用いられていると思われる地名の探索は後で触れる。

 

同音同義語としての「かる」

「狩る」と「刈る」は対象が動物か植物かの違いぐらいが意識されるのみで、似たような意味である。また「駆る（駈）る」も獲物を駆り立て狩を行うので「狩る」から派生した単語と想像するのは難しくないが、「借る」は意味の上からは相当はなれているように思える。「狩る」と「借る」は同音異義語としてしか認識しえないのではないか。たしかに「借る」は「借りる」という言い方もあり「刈る・駆る・狩る」と質が異なる言葉かもしれない。

しかしながら、「借る」と「狩る」を繋げる地名がある。「しゅく」と読む「宿」を含む地名の都道府県別出現率の中期縄文遺跡分布等の指標と有意な相関を示すことが既に明らかになっている（パート�B「ユク」を含む地名について/音読みの「宿」地名がなぜ縄文遺跡分布と重なるのか？/「やど」の怪しい語源解釈）。そして「宿」とかいて「やど」と読む地名の中には「借宿」という奇妙な地名が縄文遺跡密集地帯に6箇所も集中している。

宿の部屋は借りるのが当たり前でわざわざ「借りる宿」などというわけがない。「かりやど」は、本来狩猟に出かけたときに宿泊する「狩屋」ではなかったか。公共物か所有者がいたか分からないが「宿泊する場所を一時的に（＝仮に）借りる」のである。定住地があり、狩猟の旅に出て利用するのは狩屋だけではない、その日に食べる食物や、だれかが置いていてくれた道具類など、自然の神様から借りるという観念があったのではないか。獲物そのものが自然の神様からの借り物という考えがあったのかもしれない。大地の恵みの利息分ぐらいは神に返さねばならない。「狩る」は、自然から「仮に」「借る」ことである。

屁理屈が過ぎるかもしれないが「借り」も「刈り」も家族語と思いたい。

下に「かりや」を含むZIP一覧を示す。

 

282104	ｼﾓﾍｲ*ﾆｲｻﾄ	ｶﾘﾔ	岩手県	下閉伊郡新里村	刈屋
9921121	ﾖﾈｻﾜ	ﾊﾝｾｲﾁﾖｳｶﾘﾔｽ	山形県	米沢市	万世町刈安
9980827	ｻｶﾀ	ｸｻｶﾘﾔﾁ	山形県	酒田市	草刈谷地
9970163	ﾋｶｼﾀｶﾜ*ﾊｸﾛ	ｶﾘﾔﾉﾒ	山形県	東田川郡羽黒町	狩谷野目
9610014	ｼﾗｶﾜ	ｶﾘﾔﾄ	福島県	白河市	借宿
9640838	ﾆﾎﾝﾏﾂ	ｶﾘﾔﾄ	福島県	二本松市	借宿
9691619	ﾀﾃ*ｺｵﾘ	ｶﾘﾔ	福島県	伊達郡桑折町	仮屋
9690403	ｲﾜｾ*ｶｶﾐｲｼ	ｶﾘﾔﾄ	福島県	岩瀬郡鏡石町	借宿
9791505	ﾌﾀﾊ*ﾅﾐｴ	ｶﾘﾔﾄ	福島県	双葉郡浪江町	苅宿
3060657	ｲﾜｲ	ｶﾘﾔﾄ	茨城県	岩井市	借宿
3001235	ｳｼｸ	ｶﾘﾔ	茨城県	牛久市	刈谷町
3111527	ｶｼﾏ*ﾎｺﾀ	ｶﾘﾔﾄ	茨城県	鹿島郡鉾田町	借宿
3260826	ｱｼｶｶ	ｶﾘﾔﾄ	栃木県	足利市	借宿町
3550125	ﾋｷ*ﾖｼﾐ	ｶﾊｶﾘﾔ	埼玉県	比企郡吉見町	蚊斗谷
2960034	ｶﾓｶﾜ	ﾇｶﾘﾔ	千葉県	鴨川市	滑谷
2980123	ｲｽﾐ*ｲｽﾐ	ｶﾘﾔ	千葉県	夷隅郡夷隅町	苅谷
2110022	ｶﾜｻｷｼﾅｶﾊﾗ	ｶﾘﾔﾄ	神奈川県	川崎市中原区	苅宿
9300897	ﾄﾔﾏ	ﾀｶﾘﾔ	富山県	富山市	田刈屋
9300894	ﾄﾔﾏ	ﾀｶﾘﾔｼﾝ	富山県	富山市	田刈屋新町
9300269	ﾅｶﾆｲｶﾜ*ﾀﾃﾔﾏ	ﾅｶﾘﾔ	富山県	中新川郡立山町	半屋
9290416	ｶﾎｸ*ﾂﾊﾀ	ｶﾘﾔｽ	石川県	河北郡津幡町	刈安
9191534	ｵﾆﾕｳ*ｶﾐﾅｶ	ｶﾘﾔ	福井県	遠敷郡上中町	仮屋
3997417	ﾋｶｼﾁｸﾏ*ｼｶ	ｶﾘﾔﾊﾗ	長野県	東筑摩郡四賀村	刈谷原町
4180117	ﾌｼﾉﾐﾔ	ｶﾘﾔﾄ	静岡県	富士宮市	狩宿
4270053	ｼﾏﾀ	ｵｶﾘﾔ	静岡県	島田市	御仮屋町
4260001	ﾌｼｴﾀ	ｶﾘﾔﾄ	静岡県	藤枝市	仮宿
4910933	ｲﾁﾉﾐﾔ	ｶﾘﾔｽｶ	愛知県	一宮市	苅安賀
4910934	ｲﾁﾉﾐﾔ	ﾔﾏﾄﾁﾖｳｶﾘﾔｽｶ	愛知県	一宮市	大和町苅安賀
4750918	ﾊﾝﾀ	ｶﾘﾔﾄ	愛知県	半田市	雁宿町
4480027	ｶﾘﾔ	ｱｲｵｲ	愛知県	刈谷市	相生町など86ZIP
4440321	ﾆｼｵ	ｶﾘﾔﾄ	愛知県	西尾市	刈宿町
4790805	ﾄｺﾅﾒ	ｶﾘﾔ	愛知県	常滑市	苅屋
4790819	ﾄｺﾅﾒ	ｶﾘﾔ	愛知県	常滑市	苅屋町
6008473	ｷﾖｳﾄｼｼﾓｷﾖｳ	ｱｼｶﾘﾔﾏ	京都府	京都市下京区	芦刈山町
5750045	ｼｼﾖｳﾅﾜﾃ	ｶﾘﾔﾆｼ	大阪府	四條畷市	雁屋西町
5750036	ｼｼﾖｳﾅﾜﾃ	ｶﾘﾔﾐﾅﾐ	大阪府	四條畷市	雁屋南町
5750035	ｼｼﾖｳﾅﾜﾃ	ｶﾘﾔｷﾀ	大阪府	四條畷市	雁屋北町
6780235	ｱｺｳ	ｶﾐｶﾘﾔ	兵庫県	赤穂市	上仮屋
6780236	ｱｺｳ	ｶﾐｶﾘﾔﾐﾅﾐ	兵庫県	赤穂市	上仮屋南
6780237	ｱｺｳ	ｶﾐｶﾘﾔｷﾀ	兵庫県	赤穂市	上仮屋北
6780239	ｱｺｳ	ｶﾘﾔ	兵庫県	赤穂市	加里屋
6780233	ｱｺｳ	ｶﾘﾔﾅｶｽ	兵庫県	赤穂市	加里屋中洲
6780234	ｱｺｳ	ｶﾘﾔﾐﾅﾐ	兵庫県	赤穂市	加里屋南
6711321	ｲﾎ*ﾐﾂ	ｶﾘﾔ	兵庫県	揖保郡御津町	苅屋
6562361	ﾂﾅ*ｱﾜｼ	ｶﾘﾔ	兵庫県	津名郡淡路町	仮屋
6562331	ﾂﾅ*ﾋｶｼｳﾗ	ｶﾘﾔ	兵庫県	津名郡東浦町	仮屋
7312317	ﾔﾏｶﾀ*ｹｲﾎｸ	ｶﾘﾔｶﾀ	広島県	山県郡芸北町	苅屋形
7560843	ｵﾉﾀ	ｶﾘﾔｶﾐｼﾖｳ	山口県	小野田市	刈屋上条
7560842	ｵﾉﾀ	ｶﾘﾔﾅｶ	山口県	小野田市	刈屋中村
7560848	ｵﾉﾀ	ｶﾘﾔﾆｼｼﾖｳ	山口県	小野田市	刈屋西条
7791235	ﾅｶ*ﾅｶｶﾜ	ｶﾘﾔ	徳島県	那賀郡那賀川町	苅屋
7813107	ﾄｻ*ｶｶﾐ	ｶﾘﾔﾏ	高知県	土佐郡鏡村	狩山
8471435	ﾋｶｼﾏﾂｳﾗ*ｹﾝｶｲ	ｶﾘﾔ	佐賀県	東松浦郡玄海町	仮屋
8613841	ｶﾐﾏｼｷ*ｾｲﾜ	ｶﾘﾔ	熊本県	上益城郡清和村	仮屋
8995214	ｱｲﾗ*ｶｼｷ	ｶﾘﾔ	鹿児島県	姶良郡加治木町	仮屋町
9041102	ｲｼｶﾜ	ｱｶﾘﾔﾏ	沖縄県	石川市	東山
9041101	ｲｼｶﾜ	ｱｶﾘﾔﾏﾓﾄ	沖縄県	石川市	東山本町

 

なお、「かりやど」と、「かりやど」を除く「かりや×」地名の緯度などとの相関値は以下の通りである。

 

「かりやど」と「かりやど」を除く「かりや×」地名の緯度などとの相関値(ｎ=47都道府県)

	遺跡密度	遺跡数	緯度	経度
かりやど	0.4076(0.004458494)	0.3420(0.018625736）	0.1765(0.235312595)	0.3499(0.015910732)
かりや×	-0.1042(0.48578764）	-0.0009（0.99520958）	-0.0349(0.815846469)	-0.0370(0.804975346)

（　）内は無相関確率ｐ　

 

「あがる」「さがる」という言い方がある。この「がる」も「狩る」の意味ではないか。狩りの時に使われた言い回しではないか。「上がる」は上に向かって狩る（駆り立てる）。下がるはその反対。「欲しがる」「嫌がる」の場合は「駆る」の意味と理解するほうが適切だろう。

また「曲」地名は川の蛇行によってできた「間」と関係するのではないかと、やや穿った解釈をしてきたが、むしろ、「まがり」地名の多くは「間＝広い野原」で行う「狩り」あるいは「狩場」と理解するほうが単刀直入で良いかもしれない。

 

動詞の原型が用いられた地名

軽井沢や山軽、遠軽や津軽の「かる」が「狩る」の意味ではないかという可能性を指摘した。しかし、「×り」地名のところで例示したように、動詞の連用形が地名として用いられている例はあっても、動詞の原型と思われる形（終止形）が地名として用いられている例はあるだろうか。「狩る＜い＝いの人々＞の沢」と解釈される軽井沢は後に名詞が続き（連体形）よいとしても、山軽や津軽では「かる」が最後に来ている。

そこで本項目では、動詞の原型が用いられていると解釈しうる地名を、東日本、すなわち縄文文化圏に偏在が見られる地名の中から探索する努力をしてみたい。

下の表はこれまでに触れた動詞の連用形地名の動詞文字列（すなわち都道府県の遺跡分布や緯度と相関する文字列）と思われる文字列に対応する終止形（連体形）文字列を含む地名の出現率と中期縄文遺跡分布や緯度・経度との相関関係を示す。そして具体的な動詞の原型地名と解釈できる可能性があるZIP地名をリストアップしたものである。作業を行うに当たって次のような作業仮説を立てた。

 

�@「かり」に対応する「かる」地名があるなら、他の連用形文字列に対応する動詞原型文字列地名も存在するはずである

�Aただし動詞原型文字列を含む地名は、より古い時代に成立したと思われるので、極めて少数であろう

�Bまた同時に、古い時代の人口分布を考慮すると、北日本ないしは東日本に分布の偏りが見られなければならない。すなわち、それらの地名は縄文地帯である東（北）日本に存在する可能性が高い。

�C動詞原型地名のうち後に名詞が続いていると解釈できる地名は「連体形」と考えられ、この使い方は現代でも普通に行われるので、最後か、当該文字列のみの地名が、動詞原型地名と解釈しうる可能性の高い地名であろう。

 

取り上げた文字列の中で、「すみ」の下の「み」は、「すみ」が「す」＝{巣}、「み」＝「見」と更に分割できるのではないかと考え、取り上げたものである。また「とまり」3文字列は、後で示すように、「船舶の停泊地につけられた地名」と意味が明確な点、縄文遺跡分布とむしろ「負」の相関を示すが、縄文時代の西日本への人口拡散が舟によってすでに行われていたのではないかという可能性を考察する手がかりになるのではないかと興味を持ったので付け加えた。

相関値は、既に計算されたものが用いられ、これまでと同じく、ZIP地名欄に記述される「×ビル×階」「上がる」「×以外」など、断りのない限り、地名の固有名詞部とは無関係な記述をも含めた文字列の中に該当文字列を含むかどうかを単純に都道府県別にカウントしたものによる。

 

東西日本で偏在する連用形動詞地名と思われる地名とその連体・終止形文字列を含む地名　（注1）

連用形？	偏在 緯度 経度 遺跡密度 遺跡合計 との相関	該当件数	終止又は連体形？	偏在 緯度 経度 遺跡密度 遺跡合計 との相関	該当件数	地名例（連用形） すべてを挙げているわけではない	関連記述	地名例（終止または連体形） 連体形地名ではすべてを挙げているわけではない。ただし終止形と思われる文字列で終わる地名は斜体太字ですべてを列挙している
すみ	0.305 0.367 0.398 0.388	2246	すむ	-0.105 -0.038 -0.095 -0.011	20	安住、安角、明日美、大明見、安曇、渥美、和泉、泉、住吉、墨田、福住など多数	パート�A堤、積、辰巳などのツミ地名/アツミ地名/パート�D「いずみ」も縄文的地名/「いずみ」の怪しい地名解釈	鈴麦（すずむぎ）、済井出
み？	0.035 0.093 0.063 0.050	36630	みる	0.261 0.197 -0.004 0.142	20	上記「すみ」地名以外多数	パート�D「いずみ」の怪しい地名解釈/「スワ」「アスワ」「ニワ」「アワ」「アヲ？」	美流渡、見町（みるまち：青森県注4）、見前、海松新田、見日（みるか）町、見借（みるか）
そり	0.273 0.518 0.452 0.540	31	そる		0	橇町、根反（ねそり）、反田、反町、加曾利、下折（そそり）	パート�Bソリ（反り、橇、剃り）	なし
ふり（西日本偏在）	-0.343 -0.382 -0.454 -0.489	45	ふる	-0.197 -0.216 -0.326 -0.261	626	アトサトヌプリ、名振、中振、布里、胆振、市振	パート�Cフリ/「いぶり」は「神の降りた地」/「降る、振る」の怪しい語源解釈	生振（おやふる：北海道）, 古宇(ふるう：北海道19ZIP)、古川、古殿、古堅
つみ	0.558 0.437 0.417 0.388	502	つむ	0.161 0.221 0.187 0.154	38	堤、大堤、小堤、渥美、温海、堤根	パート�A堤、積、辰巳などのツミ地名/アツミ地名/ツツミ地名	松室、二つ室、松虫、積（つむ：香川県）
こし	0.200 0.134 0.083 0.172		こす	0.426 0.504 0.538 0.418	604	山越、越谷、古志、船越、五色、越	パート�C「串」と「越」	越川（こすかわ）、小杉、横須賀、木住
まい	0.506 0.510 0.429 0.446	833	まう	-0.024 -0.143 -0.226 -0.078	86	米原、歯舞、苫小牧、輕米、舞鶴、今井	パート�D「マイ」/「今井」「舞」「米」などと書き分けられる「マイ」地名の縄文遺跡分布との相関関係/「まい」の怪しい地名解釈/「前（まえ）の怪しい語源解釈	球浦、山臼、熊牛、間内、山内
い	0.339 0.395 0.346 0.328	42693	いる	-0.164 -0.164 -0.119 -0.155	166	上記「まい」地名、「×井」地名以外多数	パート�D「い」の二通りの意味	入間、入（京都市特有表記の「×入る」）、入佐、鯆越（いるかごえ）、杉井流（すぎいる：高知県）、西入部
ほり	0.356 0.339 0.395 0.402	729	ほる	0.000 0.044 0.088 0.044	1	金堀、登別、歌登、赤堀、堀ノ内、堀川		ほると台（「外来語由来町名」コレクション）
ひり	0.321 0.400 0.310 0.404	22	ひる	0.388 0.453 0.438 0.378	931   58注3	美利河、美里別、牛縊本郷、蒜生、日秀、上昆子、久比里	パート�A「蛇と蛭　ヘヒ、ヒル地名」/パート�D前半「平井について」/「にら」「ひる」および「ねぎ」のあやしい語源解釈	濃昼（こきひる：北海道）、力昼（りきひる：北海道）、野蒜(のびる：宮城県)、肥留（ひる：三重県）、西肥留（にしひる：三重県）、喜美留(きびる:鹿児島県)、美留和、昼場、蛭池、蛭田、
はり	0.317 0.414 0.289 0.358	815	はる	-0.389 -0.331 -0.163 -0.121   九州・沖縄の「原」を「はる」と読む地名を除いた場合   0.146 0.176 0.056 0.024	901         九州・沖縄の「原」を「はる」と読む地名を除いた場合   506	夕張、張山、足袋針、新治、名張、播磨、今治、針、ひばりが丘、	パート�D(続き)「針」「栗」「鳥」も家族	春志内、晴海、三春（みはる：福島県90ZIP、神奈川県）、見晴（みはる：福島県、京都府）、スバル（すばる：群馬県）、新治（にいはる：群馬県12ZIP、神奈川県、大分県、福岡県）、樋春（ひばる：埼玉県）、吉春（よしはる：千葉県）、榛名、春江、針原（はりはる：富山県2ZIP）、西春（にしはる：愛知県17ZIP）、大治（おおはる:愛知県12ZIP）、滝春（たきはる：愛知県）、長治（ながはる：愛知県）、有春（ありはる：京都府）、小春（こはる：大阪府）、興治（おきはる：兵庫県）、皆春（みなはる：大分県）、波留（はる:鹿児島県） （注2）
ねり	0.272 0.321 0.423 0.346	59	ねる		0	練牛、練丑、根利、舎人、練馬、八重練、八神（ねりがみ）	パート�D「トネ」/「とね」の怪しい地名解釈/「舎人」とは・・・怪しい珍説	なし
はね	0.283 0.294 0.430 0.383	149	はぬ	0.302 0.305 0.239 0.192	4	赤羽、羽根山、羽田、黒羽、羽根、馬根（ばね）		柧木沢（はぬきざわ）、羽貫谷地、羽貫（はぬき）、芝沼
こね	0.190 0.257 0.526 0.356	171	こぬ	0.256 0.361 0.429 0.297	13	横根、箱根、彦根、孫根、小音琴郷、小音琴郷	パート�Bコス、コヌ、コネ（コワ、コテ）/パート�C「クニ」の怪しい語源解釈	横沼、小沼、古怒田、五主
ひかり	-0.195 -0.136 0.098 0.077	114	ひかる	0.240 0.116 0.226 0.304	3	光（ひかり）、光ケ丘、	パート�D(続き) その他の「×リ」地名/「遠軽、津軽、軽井沢」	光間（ひかるま）、光（ひかる：長野県2ZIP）
かり	0.231 0.150 0.138 0.272	953	かる	0.441 0.432 0.328 0.413	702	石狩、真狩、大曲、刈谷、千刈、借宿、光、嘉手苅（かてがり）	パート�D(続き) 「遠軽、津軽、軽井沢」/同音同義語としての「かる」	遠軽（えんがる：北海道32ZIP）、山軽（やまがる：北海道）、津軽（つがる：青森県507ZIP、京都府）、軽井沢、斑鳩、軽部、蘇刈（そがる：鹿児島県）、銘苅（ながる：沖縄県）、嘉手苅（かてがる：沖縄県3ZIP）、
｢曲・狩・刈・借・雁｣のいずれかで表記される「かり」	0.345 0.281 0.254 0.403	661
もり	0.465 0.482 0.444 0.439	2022	もる		0	森、青森、盛岡、八森、守谷、森山、友利	パート�D(続き) 「森」「盛」「守」は単語家族。そればかりではなく「銛」「漏り」も	なし
とり	0.436 0.470 0.554 0.498	1852	とる		0	白鳥、緑、緑ヶ丘、名取、鳥屋、鳥取、荷川取（にかどり）	パート�Bトリ	なし
まがり	0.223 0.171 0.136 0.234	166	まがる	0.250 0.250 0.250 0.250	1	大曲、小曲、曲（まがり）、川曲、鎌苅、蒲刈、真我里	パート�A「マ」/パート�D（続き）その他の「×リ」地名/パート/「遠軽、津軽、軽井沢」	山軽（やまがる：北海道）
「曲」で表記される「まがり」	0.352 0.314 0.282 0.365
とまり（西日本偏在）	-0.056 -0.155 -0.311 -0.232	204	とまる	-0.001 -0.167 0.004 0.024	12	泊、島泊、小泊、寺泊、和泊、仲泊		外丸（とまる：新潟県）、乙丸（おとまる：石川県3ZIP、福岡県　2ZIP）、里丸岡、人丸（ひとまる：兵庫県2ZIP）、山本丸橋、日泊（ひとまる：長崎県）

（注1）緑網掛は4指標との相関値のいずれかが5％水準以下の無相関確率を示す（東日本偏在）文字列。赤色は同じく西日本偏在を示す。

（注2）九州・沖縄県に前原（まえばる）、南風原（はえばる）のような、標準語では「はら（原）」の意味と思われる、多数の「×原（ばる）」がある、「はる」地名の負相関は「×原（ばる）」の偏在によると思われる。中国・四国地方には「はる」で終わる地名は極めて少ない。九州では「×原」以外の「×はる」地名は3件のみである。九州・沖縄地方の「×原」地名をカウントしなければ、「はる」で終わる地名は有意ではないが東日本に偏在する

（注3）「××ビル×階」のようなビルZIPを除く。また「六本木ヒルズタワー」各階に割り振られたZIPも除外した件数

（注4）国土地理院の地図閲覧サービスのページで「見町」を検索すると「みるまち」ではなく「みりまち」とふりがなガ付けられている。

 

結果はあまり芳しいものではなかった。「かり」に対応する「かる」を含む地名のように、東日本に偏在し、後に名詞がこない終止形と思われる地名はほとんど見られない。「そり」に対する「そる」はない。「ねり」は動詞地名と解釈してはいないが「寝る」や「練る」という動詞があり「ねる」地名を検索したが見つからなかった。これは予想の範囲内だが、動詞の連用形と解釈した「もり」「とり」に対応する「もる」「とる」包含地名は一件の出現もなかった。また「彦根」「箱根」などの「こね」包含地名は東日本に偏在が見られ、これも、これまで動詞の名詞化地名と解釈していないが、念のため「こぬ＝捏ぬ」地名を検索し、「横沼」「古怒田」など少数の「こぬ」包含地名を認めたが、どれも「こぬ」で終わっていない。「ほる」包含地名は「ほると台」のみであるが、これは上記表中に示したHPによると外来語由来地名であるようだ。

しばしば「舞」の漢字で表される「まい」地名に対応する「まう」包含地名では「球浦、山臼、熊牛、間内、山内」などがあるが、「まう」の部分を「舞」であらわした地名はなく、「まう」で終止する地名は一件も無い。「まい」は「間居」と解釈してきたので、「い」の部分が動詞の名詞化地名と解されるべきかもしれない。「い」の原型の「いる」包含地名では「入佐・鯆越（いるかごえ）・杉井流（すぎいる：高知県）・西入部」があり、杉井流は「いる」で終わっている。漢字からでは全く何のことか理解が難しく、まさしく動詞の原型（終止形）地名と解釈する可能性を秘めた地名と思えたが、残念なことに、これは西日本に属する高知県に存在する。よく似た事例に「積」と書いて「つむ」と読む地名がある(三豊郡詫間町積)。しかしながら、唯一「つむ」の終止形と解釈しうるこの地名もまた、同じく四国の香川県である。

「はり」を含む地名は明確に東日本偏在を示す相関値を示すが、「張り」「貼り」の原型「はる」を含む地名の緯度などとの相関は、九州や沖縄など低緯度都道府県に偏在することを示唆する値を示している。これは九州・沖縄では「原」と表記される地名が、ことごとく「はる」と読まれる現象によるためである。多分、九州・沖縄の「原」包含地名の多くは漢字義通り「野原」の意味であろう。「原」と書いて「はる」と読むZIP地名を除いてカウントし、同じように緯度などとの相関値を計算した値も表に載せているが、この場合、西日本偏在を示す「負」相関は消え、いずれも「正」相関になるが、いずれも意味のある値ではない。

また「はる」で終わる該当地名をリストすると、他の動詞原型と解釈しうる文字列地名と比べて、あまりにも多数になってしまう。この中には広域地名欄に記載されるような「はる」地名も含まれている。針原（はりはる：富山県2ZIP）のように「はり」も「はる」も同時に含む地名もあり、興味を引くが、どれが目指す「張り」「貼り」の原型地名か指摘しようがない。

 

しかし動詞終止形地名を思わせる地名もある。

 まず「かり」。「かり」地名の東西分布の相関は低いものとはいえ、都道府県別中期縄文分布遺跡数とは0.272の相関値が示されている。偶然生じた相関と判断するには躊躇する程度の高さである（ｐ＜0.0644、両側検定。100回に6回程度しか起こらないような確率）ことを認識しておきたい。そして「かり」原型の「かる」包含地名は明瞭な東西ないしは中期縄文遺跡分布と明瞭な相関性を示した。

「光（ひかり）」「曲（まがり）」が「かり」の家族単語とするなら、原型「ひかる」「まがる」地名も同じような出現傾向をとる。「ひかり」地名の出現は多く、どの指標との相関値においてもとるに足らない程度の値しか示さないが、原型「ひかる」地名はたった3件ではあるが、東日本にしかない。中期縄文遺跡分布数とは0.304で偶然に生じる確率は100回に3回程度である（ｐ＜0.037）。また「まがり」包含地名は多いが「まがる」は先に指摘した「山軽（やまがる）」が唯一で、これは最北端の北海道である。ただし出現県が1件のみで機械的に相関値を計算すると0.25である（北海道のみが出現率順位1が与えられ、残りの46都道府県に当てられる順位は2から47の平均順位が与えられ、各都道府県遺跡密度順位との一致度が計算される）。偶然に起こる確率は10回に9回程度である。ともに出現件数が少なく、偏在を相関値から、明らかになしえなかったが、方向としては作業仮説に沿った分布状況である。

「ひり」と「ひる」地名の出現分布状況も良く似ている。「ひる」で終わる地名は北海道にしかない。大都市におびただしく存在する「××ビル」という表記を含むZIPを除くと、「ひる」を含むZIP件数は931件から58件に絞られ、明白に東日本偏在を示す相関値が示される。特に「ひる」で終止する地名では該当6件中2件が北海道である。また北海道とは正反対の沖縄県に近い海上の鹿児島県大島郡和泊（わどまり）町（沖永良部島）に「喜美留」があるのも注目される。喜美留を含む和泊町も「泊まる」の動詞連用地名である。

すでに可能性を指摘した（パート�D「にら」「ひる」および「ねぎ」のあやしい語源解釈）ように、しばしば「蛭」であらわされる「ひる」地名は「ひり」地名の原型（終止または連体形）と考えても無理のない分布状況であるように見える。

「中振、胆振」などの「ふり」は「とてつもない大きなものが降ること」とパート�Cで解釈し、「ふり」地名は西日本に偏在することを取り上げた。しかし、原型の「ふる」を含む地名の分布を見ると、相関値を見る限り、このような西日本偏在傾向を薄めている。特に「ふる」で終止する地名は、またしても北海道の生振（おやふる）, 古宇(ふるう：語尾のuuは「う」と、都合よく解釈した)のみである。

 

「×泊」地名

「トマリ」を含む地名はZIP地名を見る限りすべて「泊」で漢字表記されている。「とまり」を辞書で引くと国語辞書、古語辞書、アイヌ語辞書にも、普通名詞として「舟の停泊地」の意味が記載されている。「泊まる」という動詞が名詞化した典型的な地名と考えられる。日本列島沿岸各地に「×泊」という地名が並んでいる。GoogleEarthにZIP地名欄に表記されるすべての「泊」を含む場所に目印をつけた図を示す。

 

「泊」を含む地名の場所1、　2、　3、　4、　5、　（クリックすると表示）

 

「とまり」3文字列を含む都道府県別出現率と中期縄文遺跡分布などとの相関係数はすべて「負」の値を示す。特に中期縄文遺跡密度とは、低いが有意な「負」の相関を示している（-0.311、ｐ＜0.033）。すなわち遺跡分布密度の少ない都道府県ほど出現率が高い。

下に「トマリ」を含むZIPの一覧を示すが、表を見ても「泊」地名は日本列島の両端の北海道と沖縄・鹿児島県に濃密であり、中期縄文遺跡密度の濃い関東地方では2件のみで、空白地帯といってもよいような分布状況を示している。

これらの点は、「泊」地名が「非」縄文的であり、縄文時代以降に出現した地名であるかのような印象を与える。

 

しかしながら、分布状況をよく検討すると、むしろ逆に、この点こそが、「泊」地名の古さを示唆しているようにも見えてくる。その理由を述べてみよう。

 

「泊（とまり）」を含むZIP一覧

770001	ﾙﾓｲ	ｻﾝﾄﾏﾘ	北海道	留萌市	三泊町
740144	ﾌｶｶﾜ	ﾀｶﾄﾏﾘ	北海道	深川市	鷹泊
613522	ｱﾂﾀ*ｱﾂﾀ	ﾐﾈﾄﾏﾘ	北海道	厚田郡厚田村	嶺泊村
410304	ｶﾒﾀ*ﾄｲ	ﾄﾏﾘ	北海道	亀田郡戸井町	泊町
410602	ｶﾒﾀ*ﾄﾄﾎﾂｹ	ｼﾏﾄﾏﾘ	北海道	亀田郡椴法華村	島泊
492217	ｶﾔﾍ*ｻﾜﾗ	ｱｲﾄﾏﾘ	北海道	茅部郡砂原町	相泊
430025	ﾋﾔﾏ*ｴｻｼ	ﾄﾏﾘ	北海道	檜山郡江差町	泊町
430334	ﾆｼ*ｸﾏｲｼ	ﾄﾏﾘｶﾜ	北海道	爾志郡熊石町	泊川
480621	ｼﾏﾏｷ*ｼﾏﾏｷ	ﾄﾏﾘ	北海道	島牧郡島牧村	泊
480403	ｽﾂﾂ*ｽﾂﾂ	ﾏｻﾄﾏﾘ	北海道	寿都郡寿都町	政泊町
450203	ﾌﾙｳ*ﾄﾏﾘ	ﾄﾏﾘ	北海道	古宇郡泊村	泊村　など5ZIP
450201	ﾌﾙｳ*ﾄﾏﾘ	ﾎﾘｶﾂﾌ	北海道	古宇郡泊村	堀株村
985816	ｴｻｼ*ｴｻｼ	ﾒﾅｼﾄﾏﾘ	北海道	枝幸郡枝幸町	目梨泊
971202	ﾚﾌﾝ*ﾚﾌﾝ	ﾌﾅﾄﾏﾘﾑﾗ(ｳｴﾝﾅｲ)	北海道	礼文郡礼文町	船泊村（ウヱンナイ）
971111	ﾚﾌﾝ*ﾚﾌﾝ	ﾌﾅﾄﾏﾘﾑﾗ(ｿﾉﾀ)	北海道	礼文郡礼文町	船泊村（その他）
970101	ﾘｼﾘ*ﾘｼﾘﾌｼ	ｵｼﾄﾏﾘ	北海道	利尻郡利尻富士町	鴛泊
881406	ｱﾂｹｼ*ﾊﾏﾅｶ	ｼﾘｼｽﾑﾗ(ｱｶﾄﾏﾘ)	北海道	厚岸郡浜中町	後静村（赤泊）
880584	ｼﾗﾇｶ*ｼﾗﾇｶ	ﾄﾏﾘﾍﾂ	北海道	白糠郡白糠町	泊別
861806	ﾒﾅｼ*ﾗｳｽ	ｱｲﾄﾏﾘ	北海道	目梨郡羅臼町	相泊
861803	ﾒﾅｼ*ﾗｳｽ	ﾌﾅﾄﾏﾘ	北海道	目梨郡羅臼町	船泊
301512	ﾋｶｼﾂｶﾙ*ｲﾏﾍﾂ	ｵｵﾄﾏﾘ	青森県	東津軽郡今別町	大泊
301721	ﾋｶｼﾂｶﾙ*ﾐﾝﾏﾔ	ﾏｻｶﾘﾄﾏﾘ	青森県	東津軽郡三厩村	鐇泊
383125	ﾆｼﾂｶﾙ*ｷﾂｸﾘ	ﾂﾙﾄﾏﾘ	青森県	西津軽郡木造町	鶴泊
383522	ｷﾀﾂｶﾙ*ﾂﾙﾀ	ﾂﾙﾄﾏﾘ	青森県	北津軽郡鶴田町	鶴泊
370522	ｷﾀﾂｶﾙ*ｺﾄﾏﾘ	ｺﾄﾏﾘ	青森県	北津軽郡小泊村	小泊など21ZIP
394301	ｶﾐｷﾀ*ﾛﾂｶｼﾖ	ﾄﾏﾘ	青森県	上北郡六ケ所村	泊
294207	ｲｻﾜ*ﾏｴｻﾜ	ﾄﾏﾘｶｻｷ	岩手県	胆沢郡前沢町	泊ケ崎
9862401	ｵｼｶ*ｵｼｶ	ﾄﾏﾘﾊﾏ	宮城県	牡鹿郡牡鹿町	泊浜
9880444	ﾓﾄﾖｼ*ｳﾀﾂ	ﾄﾏﾘﾊﾏ	宮城県	本吉郡歌津町	泊浜
182648	ﾔﾏﾓﾄ*ﾊﾁﾓﾘ	ﾄﾏﾘﾀｲ	秋田県	山本郡八森町	泊台
9740242	ｲﾜｷ	ﾀﾋﾄﾏﾁｶｲﾄﾏﾘ	福島県	いわき市	田人町貝泊
3430044	ｺｼｶﾔ	ｵｵﾄﾏﾘ	埼玉県	越谷市	大泊
2380001	ﾖｺｽｶ	ﾄﾏﾘ	神奈川県	横須賀市	泊町
9520711	ｻﾄ	ｱｶﾄﾏﾘ	新潟県	佐渡市	赤泊
9520421	ｻﾄ	ｺﾄﾏﾘ(1-1699ﾊﾝﾁ)	新潟県	佐渡市	小泊（１〜１６９９番地）
9520514	ｻﾄ	ｺﾄﾏﾘ(ｿﾉﾀ)	新潟県	佐渡市	小泊（その他）
9523432	ｻﾄ	ｼｲﾄﾏﾘ	新潟県	佐渡市	椎泊
9402502	ｻﾝﾄｳ*ﾃﾗﾄﾏﾘ	ﾃﾗﾄﾏﾘ	新潟県	三島郡寺泊町	寺泊　など46ZIP
9491601	ﾆｼｸﾋｷ*ﾅﾀﾁ	ﾅﾀﾁｺﾄﾏﾘ	新潟県	西頸城郡名立町	名立小泊
9491351	ﾆｼｸﾋｷ*ﾉｳ	ﾉｳｺﾄﾏﾘ	新潟県	西頸城郡能生町	能生小泊
9593947	ｲﾜﾌﾈ*ｻﾝﾎｸ	ｳﾄﾏﾘ	新潟県	岩船郡山北町	鵜泊
9350423	ﾋﾐ	ﾄﾏﾘ	富山県	氷見市	泊
9300265	ﾅｶﾆｲｶﾜ*ﾀﾃﾔﾏ	ﾄﾏﾘｼﾝ	富山県	中新川郡立山町	泊新
9390741	ｼﾓﾆｲｶﾜ*ｱｻﾋ	ﾄﾏﾘ	富山県	下新川郡朝日町	泊
9390749	ｼﾓﾆｲｶﾜ*ｱｻﾋ	ﾄﾏﾘｼﾝ	富山県	下新川郡朝日町	泊新
9260363	ﾅﾅｵ	ｴﾉﾄﾏﾘ	石川県	七尾市	江泊町
9260364	ﾅﾅｵ	ｴﾉﾄﾏﾘﾏﾁ(ｼﾗﾄﾏﾘﾏﾁ)	石川県	七尾市	江泊町（白鳥町）
9260361	ﾅﾅｵ	ｴﾉﾄﾏﾘﾏﾁ(ﾋﾑﾛﾏﾁ)	石川県	七尾市	江泊町（日室町）
9260384	ﾅﾅｵ	ｵｵﾄﾏﾘ	石川県	七尾市	大泊町
9271462	ｽｽ	ﾐｻｷﾏﾁｺﾄﾏﾘ	石川県	珠洲市	三崎町小泊
9272343	ﾌｹｼ*ﾓﾝｾﾝ	ｵｵﾄﾏﾘ	石川県	鳳至郡門前町	大泊
9170117	ｵﾊﾏ	ﾄﾏﾘ	福井県	小浜市	泊
5100883	ﾖﾂｶｲﾁ	ﾄﾏﾘｺﾔﾅｷ	三重県	四日市市	泊小柳町
5100884	ﾖﾂｶｲﾁ	ﾄﾏﾘ	三重県	四日市市	泊町
5100894	ﾖﾂｶｲﾁ	ﾄﾏﾘ	三重県	四日市市	泊村
5100892	ﾖﾂｶｲﾁ	ﾄﾏﾘﾔﾏｻｷ	三重県	四日市市	泊山崎町
5194322	ｸﾏﾉ	ｵｵﾄﾏﾘ	三重県	熊野市	大泊町
6260413	ﾖｻ*ｲﾈ	ﾄﾏﾘ	京都府	与謝郡伊根町	泊
6710112	ﾋﾒｼ	ﾏﾄｶﾀﾁﾖｳﾌｸﾄﾏﾘ	兵庫県	姫路市	的形町福泊
6890601	ﾄｳﾊｸ*ﾄﾏﾘ	ﾄﾏﾘ	鳥取県	東伯郡泊村	泊　など7ZIP
7038262	ｵｶﾔﾏ	ﾌｸﾄﾏﾘ	岡山県	岡山市	福泊
7501134	ｼﾓﾉｾｷ	ｵﾂｷｷﾖｳﾄﾏﾘ	山口県	下関市	小月京泊
7470014	ﾎｳﾌ	ｴﾄﾏﾘ	山口県	防府市	江泊
7440001	ｸﾀﾏﾂ	ｶｻﾄｼﾏ(ｵﾄﾏﾘ)	山口県	下松市	笠戸島（尾泊）
7560057	ｵﾉﾀ	ﾆｼﾀｶﾄﾏﾘ	山口県	小野田市	西高泊
7560088	ｵﾉﾀ	ﾋｶｼﾀｶﾄﾏﾘ	山口県	小野田市	東高泊
7560045	ｵﾉﾀ	ﾐﾅﾐﾀｶﾄﾏﾘ	山口県	小野田市	南高泊
7422517	ｵｵｼﾏ*ﾄｳﾜ	ｺﾄﾏﾘ	山口県	大島郡東和町	小泊
7422602	ｵｵｼﾏ*ﾄｳﾜ	ﾕｳ(ﾋﾕｳｶﾄﾏﾘ)	山口県	大島郡東和町	油宇（日向泊）
7710362	ﾅﾙﾄ	ｾﾄﾁﾖｳｷﾀﾄﾏﾘ(ｵｵﾐ)	徳島県	鳴門市	瀬戸町北泊（小海）
7710364	ﾅﾙﾄ	ｾﾄﾁﾖｳｷﾀﾄﾏﾘ(ｿﾉﾀ)	徳島県	鳴門市	瀬戸町北泊（その他）
7720053	ﾅﾙﾄ	ﾅﾙﾄﾁﾖｳﾄｻﾄﾏﾘｳﾗ	徳島県	鳴門市	鳴門町土佐泊浦
7791740	ｱﾅﾝ	ﾂﾊｷﾄﾏﾘ	徳島県	阿南市	椿泊町
7630223	ﾏﾙｶﾒ	ﾎﾝｼﾏﾁﾖｳﾄﾏﾘ	香川県	丸亀市	本島町泊
7918093	ﾏﾂﾔﾏ	ﾄﾏﾘ	愛媛県	松山市	泊町
7968051	ﾔﾜﾀﾊﾏ	ｶﾜｶﾐﾁﾖｳｶﾐﾄﾏﾘ	愛媛県	八幡浜市	川上町上泊
7942102	ｵﾁ*ﾖｼｳﾐ	ﾄﾏﾘ	愛媛県	越智郡吉海町	泊
7960915	ﾆｼｳﾜ*ﾐｶﾒ	ｼﾓﾄﾏﾘ	愛媛県	西宇和郡三瓶町	下泊
7984206	ﾐﾅﾐｳﾜ*ﾆｼｳﾐ	ｳﾁﾄﾏﾘ	愛媛県	南宇和郡西海町	内泊
7984208	ﾐﾅﾐｳﾜ*ﾆｼｳﾐ	ｿﾄﾄﾏﾘ	愛媛県	南宇和郡西海町	外泊
7984207	ﾐﾅﾐｳﾜ*ﾆｼｳﾐ	ﾅｶﾄﾏﾘ	愛媛県	南宇和郡西海町	中泊
7984218	ﾐﾅﾐｳﾜ*ﾆｼｳﾐ	ﾑｼﾔﾄﾏﾘ	愛媛県	南宇和郡西海町	武者泊
7880332	ﾊﾀ*ｵｵﾂｷ	ｱｶﾄﾏﾘ	高知県	幡多郡大月町	赤泊
7880353	ﾊﾀ*ｵｵﾂｷ	ﾄﾏﾘｳﾗ	高知県	幡多郡大月町	泊浦
7880333	ﾊﾀ*ｵｵﾂｷ	ﾆｼﾄﾏﾘ	高知県	幡多郡大月町	西泊
8191111	ﾏｴﾊﾙ	ﾄﾏﾘ	福岡県	前原市	泊
8511134	ﾅｶｻｷ	ｶｷﾄﾏﾘ	長崎県	長崎市	柿泊町
8512211	ﾅｶｻｷ	ｷﾖｳﾄﾏﾘ	長崎県	長崎市	京泊
8500075	ﾅｶｻｷ	ﾆｼﾄﾏﾘ	長崎県	長崎市	西泊町
8550865	ｼﾏﾊﾗ	ﾌﾅﾄﾏﾘ	長崎県	島原市	船泊町
8530025	ﾌｸｴ	ｵﾄﾏﾘ	長崎県	福江市	小泊町
8171703	ﾂｼﾏ	ｶﾐﾂｼﾏﾏﾁﾆｼﾄﾏﾘ	長崎県	対馬市	上対馬町西泊
8540703	ﾐﾅﾐﾀｶｷ*ﾐﾅﾐｸｼﾔﾏ	ﾍｲ(ｷﾖｳﾄﾏﾘﾐﾖｳ)	長崎県	南高来郡南串山町	丙（京泊名）
8570413	ｷﾀﾏﾂｳﾗ*ｺｻｻ	ｸｽﾄﾏﾘﾒﾝ	長崎県	北松浦郡小佐々町	楠泊免
8530507	ﾐﾅﾐﾏﾂｳﾗ*ﾀﾏﾉｳﾗ	ﾄﾝﾄﾏﾘｺｳ	長崎県	南松浦郡玉之浦町	頓泊郷
8532203	ﾐﾅﾐﾏﾂｳﾗ*ﾅﾙ	ﾄﾏﾘｺｳ	長崎県	南松浦郡奈留町	泊郷
8760002	ｻｲｷ	ﾋﾕｳｶﾄﾏﾘｳﾗ	大分県	佐伯市	日向泊浦
8750033	ｳｽｷ	ｵｵﾄﾏﾘ	大分県	臼杵市	大泊
8750351	ｵｵﾉ*ﾉﾂ	ﾄﾏﾘ	大分県	大野郡野津町	泊
8980102	ｶﾜﾅﾍ*ﾎｳﾉﾂ	ﾄﾏﾘ	鹿児島県	川辺郡坊津町	泊
8951806	ｻﾂﾏ*ﾐﾔﾉｼﾖｳ	ﾄﾏﾘﾉ	鹿児島県	薩摩郡宮之城町	泊野
8914407	ｸﾏｹ*ﾔｸ	ﾕﾄﾏﾘ	鹿児島県	熊毛郡屋久町	湯泊
8919112	ｵｵｼﾏ*ﾜﾄﾏﾘ	ﾜﾄﾏﾘ	鹿児島県	大島郡和泊町	和泊　など21ZIP
9000012	ﾅﾊ	ﾄﾏﾘ	沖縄県	那覇市	泊
9012227	ｷﾉﾜﾝ	ｳﾁﾄﾏﾘ	沖縄県	宜野湾市	宇地泊
9050428	ｸﾆｶﾐ*ﾅｷｼﾝ	ｲﾏﾄﾏﾘ	沖縄県	国頭郡今帰仁村	今泊
9040415	ｸﾆｶﾐ*ｵﾝﾅ	ﾅｶﾄﾏﾘ	沖縄県	国頭郡恩納村	仲泊
9012402	ﾅｶｶﾐ*ﾅｶｸｽｸ	ﾄﾏﾘ	沖縄県	中頭郡中城村	泊
9050702	ｼﾏｼﾘ*ｲﾍﾔ	ﾏｴﾄﾏﾘ	沖縄県	島尻郡伊平屋村	前泊
9013124	ｼﾏｼﾘ*ｸﾒｼﾏ	ﾅｶﾄﾏﾘ	沖縄県	島尻郡久米島町	仲泊

 

それは、第一に、東日本、特に関東・中部地方では、海岸線のない内陸県が多いことである。このことが東日本の「泊」地名の出現率を低めている。同様の理由で「入江」や「堀江」など「江」の付く地名が中期縄文遺跡分布と「負」の相関値を示すことを既に指摘した（パート�C「リエ」地名の負の相関は西日本の「江」地名の出現に負うところが大きい/パート�D「モエ」/「巴」は「友江」/「萌え」）。

第二に日本列島の広範な探索、人口拡散が縄文時代「ね」の人々の丸木舟を使って行われ始めたという可能性である。これまで、南方から日本列島に上陸した「ね」の人々の主要な入り口は「根」地名の出現の多さから、茨城・千葉県あたりではないかと考えてきた（パート�D「トネ」/「とね」の怪しい地名解釈/「とね」は入り口の集落か/「と」と読む「戸」を含む地名も「とね」地名分布と似ている/）。そして、既に居た「わ」や「い」の人々との出会いがあったのではないかとも述べてきた（パート�D「にら」および「ひる」および「ねぎ」のあやしい語源解釈/日本語は3種混合言語である/パート�D続き　幸手の近辺。「美里」は「三里」/地名には「三」と「八」を含む地名が多い）。

3グループ混成の探索・人口移動が太平洋沿岸、舟を使って、西にも、北に向かっても行われる。また一部は陸路、多分、川筋を頼りに、日本列島を横断し再び日本海という大海に出会う。裏日本でも同じように西・北両方向に向かっての旅が行われ始める。

 

関東地方は既に縄文時代には人口密集地帯であっただろう。探検隊の出発地付近は、よく知った地であり、特に宿泊地を決めておかなくても事は足りる。しかし遠隔地になるとそうはいかない。土地勘はない。遠ければ遠いほど人口は希薄で、助けてもらえる人が見つかるかは保障の限りではない。人が居たとしても、縁もゆかりもない人を頼りにすることはできない。遠隔地であればあるほど、船の停泊地をあらかじめ決めておかねばならない。「×泊」とはそういう場所に付けられた地名であったと思う。中期縄文遺跡分布密度と「×泊」地名出現率が「負」の相関を示し、そして、関東から遠い、北海道や沖縄、あるいは日本列島中央の山岳地帯を越えた新潟や富山、石川県に多い理由である。

 

今ひとつ「泊」地名が古い発生起源を持つと思われる理由を挙げたい。それは少数であるが「泊」を含む地名が、現在の海岸線から相当内陸に入った沖積平野上に存在することである。

 

内陸の「泊」地名

北から挙げてゆくと、津軽平野では岩木川に沿って、標高12-3ｍのところに鶴田町鶴泊。下って標高8ｍ前後に木造鶴泊がある。河口は極めて水深の浅い十三湖で、海との境はほとんど埋まって、汽水湖となっている。なお十三湖の北側に、これは現在の海岸線に沿っているが、小泊村小泊がある。なお、現在ではこの小泊村と十三湖のある五所川原市をはさんだ内陸部、岩木川沿いの中里町が、地域を分離して合併し、中泊町となっている。町名は各々から合成したのかもしれないが、あえて地域を分離してまで町村合併を行ったところの地域的つながりに興味をもつものである。遠い昔、河口の五所川原市の地面そのものがなかったのではないか？

2.5万分の1の地図には鶴田町鶴泊と木造町鶴泊の間に「姥島」、隣に「沖中野」という海を連想させる地名がある。

次に埼玉県越谷市大泊がある。埼玉県には海岸線はないが東京湾から40Kmほどのところである。標高2から5ｍぐらいである。現在流れている河川に密着しているというわけではない。関東平野が沖積作用によって形成されつつある、或時期には海岸線であったかもしれない。東に「船渡」「沖田」という地名がある。

伊勢平野の北、四日市港から西3-4ｋｍ辺りから丘陵地帯が始まるが、そのふもとに泊村、泊町、泊小柳、泊山崎が互いに接して位置している。元は併せて「泊」と読んでいたのであろう。標高は2ｍから最も西の丘陵部が立ち上がる泊村で50ｍを越す。

岡山平野、岡山駅から東に5ｋｍ辺りに「福泊」がある。標高は3から13ｍというところだろうか。背後には小高い山がある（169ｍ）。岡山県旭川、百間川に取り囲まれれていて、海進時には島であったことが容易に想像できる場所である。「浜」「山崎」が隣接し、やや南（瀬戸内海側）に「冲田神社」「沖元」という地名がある。

しかし、最も「泊」地名の古さを反映していると思われる地名がある。胆沢郡前沢町（029-4207現在奥州市前沢区）泊ケ崎である。

北上山地と奥羽山脈に挟まれ、北から南に延々と流れ下り、仙台湾に注ぐ北上川は一関あたりで山地に阻まれ狭小になる。そこまでが北上盆地である。そこから先に仙台（北）平野につながっている。

「泊ケ崎」は一関市のすぐ北、前沢駅近辺である。国土地理院2.5万分の1地図検索ページで検索しても出てこないが、郵便番号で調べると2.5万分の1地図で「塔ガ崎」と書かれているあたりであることがわかった。盆地の突き当たりでもあり、このあたりの平地はかなり広くなっている。標高は25ｍぐらいで平地に突き出た部分が「塔ガ崎」である。すぐ南に「沖田」があり、東に「島」という地名もある。ある時期、このあたりは広い湖でああったのだろう。仙台平野の形成がまだ十分でなく、海進時代にあっては、舟を携え25ｍほど上れば、また海（湖）に出会う。船舶の停泊地である「泊ガ崎」があっても不思議はない。

ところで「或る時代」とは何時頃だろうか？少なくとも縄文晩期以前だと確信している。

 

これは妄想の類かもしれないが、「とうがさき」の「とう」は「tower」ではなく、アイヌ語の「湖」「海」の意味で、所有格をあらわす「剣ケ峰」のような「ケ」「ガ」の東日本偏在が確認されたが（パート�C全国の所有格を示す「の」を含む地名の出現率）、これは「わ」の人、「さき」は「さ」+「き」で「狭い、小さい」+「木」＝「木の先端」（　因みに本体を表す「み（身）」に「き」が付いたのが「幹」パート�D「にら」および「ひる」および「ねぎ」の怪しい語源解釈）で、このフレーズは「ね」の人々の使った言葉と解釈した。すなわち、陸を木になぞらえ「湖の、陸から突き出た細い部分」という意味の、3種の言語が混合した地名ではないかと考えた。

 

「とまる」地名

一方、「泊まり」の原型「とまる」地名の立地条件はどうであろうか。

下に「トマル」を含むZIP地名を示す。12件と少数である。この中で、里丸岡、西里丸岡は、丸岡町にある地名で、「さと-まるおか」「にしざと-まるおか」と区切って読む地名と解釈するのが妥当と思われるので、考察の対象から除外する。また宝塚市の「山本丸橋」も「山本-丸橋」と考え、対象外とする。

まず「とまる」の後に名詞のつく、すなわち連体形的「とまる」地名は皆無であることを指摘しておきたい。

漢字から意味を類推しうる地名は長崎県の「日泊（ひとまる）町」ぐらいで「乙丸」「人丸」も全く何のことか分からない。

漢字表記を考慮しないと、種類は3種類のみである。すなわち「とまる」「おとまる」「ひとまる」である。複数存在する「おとまる」は石川県と福岡県にあり。「ひとまる」は兵庫県と長崎県にある。両同一地名とも、相当離れた都道府県に存在する。なお参考までに付け加えると、下の表の新潟県「外丸」は「とまる」と読むが、同じ漢字表記で「そとまる」と読む地名が福岡県（福岡県築上郡築上町）にある。ただし、これはZIP地名ではない。

沖縄や北海道で出現のないものの、裏日本の新潟・石川県と九州に多い点では「とまり」地名の分布と重なっているように見える。

下に「トマル」包含ZIPを示す。表には具体的な所在地記述とともに、2.5万分の1地図から読み取った所在地の凡その標高と、近辺に、海や舟を連想させる他の地名がある場合は、併せてその地名も記載した。

 

						標高　海を想起させる付近の地名
9498206	ﾅｶｳｵﾇﾏ*ﾂﾅﾝ	ﾄﾏﾙ	新潟県	中魚沼郡津南町	外丸	210-220ｍ　西側「小島」南側「下船渡、船山」、貝坂」
9200807	ｶﾅｻﾜ	ｵﾄﾏﾙ	石川県	金沢市	乙丸町	7-12ｍ　海側に「沖町・磯部町・諸江町・三浦町」
9218146	ｶﾅｻﾜ	ﾇｶｵﾄﾏﾙ	石川県	金沢市	額乙丸町	40-50ｍ　東側「四十万（しじま）町」
9240826	ﾏﾂﾄｳ	ｵﾄﾏﾙ	石川県	松任市	乙丸町	30-40ｍ　南側に「菅波・藤波・」東側「木津（こうづ）町」西側「剣崎町・長島町」北側「三浦町」・
9100302	ｻｶｲ*ﾏﾙｵｶ	ｻﾄﾏﾙｵｶ	福井県	坂井郡丸岡町	里丸岡
9100242	ｻｶｲ*ﾏﾙｵｶ	ﾆｼｻﾄﾏﾙｵｶ	福井県	坂井郡丸岡町	西里丸岡
6730876	ｱｶｼ	ﾋｶｼﾋﾄﾏﾙ	兵庫県	明石市	東人丸町	3-15ｍ　「中崎」
6730877	ｱｶｼ	ﾋﾄﾏﾙ	兵庫県	明石市	人丸町	3-15ｍ　「中崎」
6650815	ﾀｶﾗﾂｶ	ﾔﾏﾓﾄﾏﾙﾊ	兵庫県	宝塚市	山本丸橋
8080134	ｷﾀｷﾕｳｼﾕｳｼﾜｶﾏﾂ	ｵﾄﾏﾙ	福岡県	北九州市若松区	乙丸	10-30ｍ　南西2ｋｍ「船尾山Δ69ｍ、　塩屋、江川」
8301125	ﾐｲ*ｷﾀﾉ	ｵﾄﾏﾙ	福岡県	三井郡北野町	乙丸	11ｍ　南側「北野町塚島、北野町金島、舟橋、勿体島」
8560846	ｵｵﾑﾗ	ﾋﾄﾏﾙ	長崎県	大村市	日泊町	20-30ｍ

 

「人丸（ひとまる）町」と「日泊（ひとまる）町」はともに海岸線上といっても良いところにある。とはいっても、ともに海岸線から急激に立ち上がる山すその小高い場所である。明石市の「人丸町」のすぐ北には「柿本神社」があり「人丸町」は柿本人麻呂に因んだ地名と解釈されているかもしれない。また1ｋｍほど南に明石港がある。コンクリートで固められており、もとの地形は定かではないが、そこは「中崎」となっている。ZIPには記述されないが、2.5万分の１地図で「人丸」を入れて検索すると山口県萩市に人丸神社、山口県防府市、長門市に人丸という集落がある。いずれも海岸より数キロ内陸の川沿いに沿ったやや小高い場所である。

石川県の3箇所の「乙丸」は金沢平野上にあるが、それもかなり内陸の山裾に近い部分に位置する。標高は10ｍを越す。また福岡県の2箇所の乙丸のうち若松区乙丸は海岸線より2-3ｋｍ内側の20-30ｍの丘に囲まれた川筋にある。一方、北野町乙丸は広大な筑後川流域の筑後平野にあるが、30ｋｍ程度も海岸線から離れていて、筑紫平野の根元といっても過言でない。ともに標高は10ｍを越す。

しかし、もっとも興味深いのは中魚沼郡津南町外丸（とまる）である。

「外丸」は北上盆地の「泊ケ崎」と同じように、信濃川上流の十日町盆地の端にある。但し泊ケ崎が盆地を流れる北上川の最も下流部に位置するのに対して、外丸は信濃川の最も上流付近（その先は名前を変えて千曲川）の盆地にある。すなわち信濃川の最も上流部付近に位置する。外丸の背後は山であるが対岸には川原の平地が隆起を繰り返し形成された、壮大な河岸段丘が見られるとのことである。（マウンテンパーク津南山頂から見たパノラマ写真はここ）

また、多くの縄文時代遺跡があり、津南町まるごと博物館のHPでは発掘された中期縄文時代の火焔式土器の写真が載っている。いつの日か、「外丸」は十日町盆地湖を行き来する丸木舟の泊まる場所であったと思う。あるいは長野県から日本海までの間を行き来する舟の「泊まる」場所だったのではないだろうか。

以上「とまる」包含地名のすべてが、現在の海岸沿いではないが、河口から少し入った川沿いや沖積平野上、あるいは盆地の端に位置し、付近に「崎」「島」「沖」などを伴っているところから「とまり」地名と同じく、舟の「泊まる」場所と考えうる可能性のある場所に立地している。

ただ、内陸にある「とまり」地名に比べて標高の高いところにあり、すなわち、より内陸にあるので、平地部の土砂の堆積がまだ十分でなく、温暖化による海進が進んだ、より古い時代まで遡る地名と考えられる。中期縄文時代以前にまで遡れるのではないか。そして関東地方から進入した海洋民が、中部地方の山岳地帯を越え、裏日本沿岸にまで歩を進めた初期の痕跡と解釈できるのではないか。

なお神社の鳥居は、海からの進入路にある「戸」、すなわち後に大きな陸地が続く島々にはさまれた狭い海峡を象徴したものではないかと、全国の「人丸」神社の地図を見ながらふと考えた。神社マークは舟旅における「宿泊地や上陸地の入り口」のマークではないかと。

 

また、以前、「×根」の地名を残した「ね」の人々は「し」と呼ばれていたのではないかと記述した（パート�C端、葉、歯、橋、箸/パート�D「かみ」と「しも」の怪しい語源解釈「しも」の反対語は「かも」/「しす」とはなにか）。「外丸」のある「しなのがわ（信濃川）」という呼び方は海洋民でありながら長野盆地や信濃川流域で活躍した「ね」の人々に対する敬意から生じたものではないか、つまり「し」の人々の「野」を流れる「川」ではないかとふと頭に浮かんだ。「信太（しのだ）」とか　「志野（しの）」のという地名も同類か？とも。

 

動詞の原型地名は誤使用によるものではないか

「とまり」地名出現率と中期縄文遺跡分布などの相関値が不確かな「負」の相関を示す原因が、ある程度明らかになってきたように思われる。すなわち、すでに縄文時代、関東平野が形成されつつある太平洋側から上陸した「ね」グループが、南は九州沖縄から北は北海道まで、あるいは日本列島を横断しては日本海側にまで足を延ばし、日本全国に「とまり」地名を残したためではないかと。弥生時代に入るまでは西日本の人口密度は格段に小さいが、「とまり」地名はすでに東日本と同数程度に出現していた。

すなわち、縄文遺跡分布とは無相関とはいえ、「とまり」地名は縄文時代にまでさかのぼりうる可能性がある。すなわち、「とまり」を含む地名の幾つかは海岸沿いではなく、沖積平野内や盆地湖畔に出現する。そして、更に動詞未然形の「泊まり」の原型「とまる」地名においては、もはや、ほとんどが海岸線上にはなく更に内陸部に位置している。

 

動詞の原型地名が単語によって不安定な出現の様子を示すのは、動詞の活用語尾の「歴史的変化を反映したためではない」のかもしれない。すなわち「まがる」「ふる」「ひる」「とまる」は北海道や沖縄・九州、「いる」「つむ」は四国というように、原型地名は中期縄文時代では辺境といってもよいところに認められた。むしろ、正しく動詞を活用する知識を持たない人々が、誤った活用形によって動詞を地名化したためではないか。動詞の活用に慣れない「ね」や「い」の人々が「わ」の人たちの言葉の流儀を知らないままに真似たものではないか。

 

アイヌ語辞書を引くと「とま」は「ござ、敷物」と出ている（萱野茂のアイヌ語辞典）。そして日本語の「苫」から来ているとも田村すず子のアイヌ語辞典に記述されている。日本語の「苫屋」とは「カヤやスゲをコモのように編んだもの」（角川国語中辞典）と出ており、「和船のおおいや屋根を葺くもの」と記述されている。そして「苫屋」や「苫舟」が並んでいる。

 

「泊まる」は、まず「苫」があり、それが動詞として使われたものではないか。「とま」を「する」とはござを敷いて、「とま」の覆いを被せて「宿泊」することである。片言の言葉で「とまる、とまる」とコミュニケーションしていた場所が「とまる」であり、やがて地名としては「とまり」が正しいことを知り「×泊（とまり）」地名が日本の海岸線をとりかこむようになる。

同じように、「ひる」の「ひ」は、本稿の最初のほう、「ひ・ふ・み・・・の怪しい語源解釈」で述べたように「日」だとすると、「ひ　する」とは「干上がった」土地。「ふる」の「ふ」は同じく「海」と解釈したので、「ふ　する」すなわち「ふる」とは「海」が天から降ってくることである。

 

なお、船旅の宿泊地が「泊」なら、陸上交通における宿泊施設は「やど」であろう。萱野茂アイヌ語辞典を調べていると「やんと」は「客、泊まり」と出ていた。「宿」を含む地名は「泊」とは対照的に、明確に東日本に偏在していることはすでに指摘した（パート�B「ユク」を含む地名について/音読みの「宿」地名がなぜ縄文遺跡分布と重なるのか？/「やど」の怪しい語源解釈）。また東北より北での「ん」好きもすでに指摘した（パート�D「モン」｢りん｣･｢ん｣の好きな東北・北海道）。陸上を徒歩で順に南下した人々の経路を示唆するように「やど」を含む地名は東に多い。

 

それから、もちろん「止まる」「泊まる」「留まる」「とどまる」も家族語と思う。

 

因子分析結果第2因子について

パート�Dの最初に示した因子分析結果の第一因子軸（横軸）に沿った地名解釈をしてきたが、第2因子（縦軸）にも目を向けたい。

パート�Dのグラフを見ると右の象限すなわち縄文地名文字列では最も上に「ニサ」、下の象限では「ナネ」という文字列が認められる、左側の領域、すなわち非縄文地名文字列では上のほうに「ケタ」ないしは「タニ」、下に「ンチ」文字列が認められる。

下の表は第2因子負荷量を基準に因子分析結果を並べなおしたものである。0.3(絶対値で)以上の負荷量を示す地名は色付けして示している。

変数番号	文字列	第1因子	第2因子	第3因子	地名例
↓縄文地名領域（右領域）
92	ﾆｻ	0.3242	0.4626	0.0217	仁左平、仁佐瀬、蟹沢、鬼沢、仁沢など
143	ﾖﾈ	0.4151	0.4509	-0.2947	米沢、米田、米山、大多数が米を含む地名
100	ﾈﾔ	0.3485	0.4422	0.2224	金山、米山、長根山、小船山、峰山、寝屋川など
17	ｳﾙ	0.3960	0.4128	-0.3380	忠類、漆を含む地名、宇留部、潤島など
79	ﾃｻ	0.3696	0.4122	0.1233	館沢、両手沢、栗見出在家（くりみでざいけ）、手崎など
168	ﾅｲ	0.0638	0.4106	0.2501	アイヌ語地名の×ナイ、柳井、三内、金井、船井、院内など
130	ﾓｾ	0.3496	0.4052	0.1795	下+「せ」で始まる固有地名、百瀬、妹背牛（モセウシ）、松崎面瀬（おもせ）など
104	ﾉﾒ	0.3391	0.3841	0.2620	山目（やまのめ）、魚目（うおのめ）、「ノ」「の」「之」+目を含む地名など
149	ﾘｻ	0.4453	0.3775	-0.4110	栗沢、芹沢、有里、針崎、など
162	ﾝﾎ	0.3440	0.3682	0.2699	仙北、三本木、千本松、新保、新堀など
144	ﾖﾓ	0.4286	0.3528	0.0467	蓬田、蓬沢など多くは蓬を含む地名、四方山、四方木
119	ﾏｽ	0.3940	0.3326	-0.1856	増田、益田など増、益を含む地名、叺田（かむすだ）、升沢など
139	ﾔﾜ	0.3602	0.3299	0.1024	八幡、谷原（やわら）、和（やわら）、宮脇、八和田など
65	ｿﾘ	0.5846	0.3297	-0.1010	反町、反田、加曾利など
69	ﾀﾃ	0.4696	0.3173	0.0006	函館、伊達、館山など
133	ﾓﾖ	0.3428	0.3142	-0.2747	下（しも）+「よ」ではじまる固有地名：下吉田など、茂寄（もより）、友寄
154	ﾛﾉ	0.3497	0.3023	0.2076	広野、黒野、室野、城の前、風呂ノ橋など
140	ﾕｻ	0.3032	0.3003	-0.0577	多くは湯沢、遊佐、湯崎、湯坂など
63	ｿﾃ	0.5299	0.2952	-0.0747	袖ケ浦、袖山、外山（そでやま）など
128	ﾓｶ	0.5443	0.2920	0.1177	下川、鴨川、最上など
136	ﾔﾁ	0.4823	0.2660	0.2394	×谷地、八千代、八街（やちまた）など
124	ﾒｵ	0.3739	0.2587	0.1623	亀岡、亀尾、雨生沢（あめおざわ）、久米岡など
28	ｶﾙ	0.4477	0.2379	0.0695	遠軽、津軽、軽井沢、軽部など
71	ﾀﾔ	0.4057	0.2301	0.4678	板柳、北山、田屋、和田山など
115	ﾎｿ	0.4278	0.2230	0.0528	細谷、細入、細見、細川など多くは細を含む地名
153	ﾛｻ	0.4776	0.2213	-0.1927	弘前、黒沢、所沢など
137	ﾔﾅ	0.5294	0.2151	-0.0785	柳町、柳川、梁川など
151	ﾘﾝ	0.3704	0.2147	0.3021	柏林台（はくりんだい）、五林（ごりん）、五厘沢、臨港など
14	ｲﾜ	0.4159	0.2124	-0.1672	岩手、岩出、磐井、岩船、岩国など
81	ﾃﾗ	0.4834	0.2019	0.4288	寺田、寺泊、首里汀良（しゅりてら）を除き全て寺を含む地名
95	ﾆﾜ	0.4306	0.1997	0.2482	恵庭、丹羽、浪速、真庭、接骨木（にわとこ）など
135	ﾓﾝ	0.4185	0.1964	0.2377	紋別、十文字、門前、相川五郎左衛門など
157	ﾜﾑ	0.4845	0.1938	0.2371	川向、沢向、岩室など
8	ｱﾗ	0.5469	0.1928	-0.3658	荒、新を含む地名、嵐山など
116	ﾎﾂ	0.4070	0.1828	0.2579	法華、堀田、発知（ほつち）、穂積など
29	ｷｻ	0.6182	0.1814	0.0288	象潟、木更津、柿崎など
56	ｽﾅ	0.3893	0.1770	-0.2168	砂川など砂を含む地名、瑞浪、静内など
114	ﾍﾋ	0.4507	0.1767	0.2102	多くは蛇を含む地名、×部東、粕壁東
164	ﾝﾖ	0.4082	0.1732	0.1790	南陽、山陽、尾肝要（おかんよう）、剣吉（けんよし）、三女子（さんよし）
77	ﾂﾐ	0.5514	0.1730	0.1569	堤、渥美、安曇、×積など
61	ｾｷ	0.4328	0.1683	-0.0344	一関、関など関を含む地名、堰下、瀬木など
156	ﾜﾌ	0.4300	0.1609	-0.0520	岩舟（船）、岩淵、川房、川渕、和深、土生（わぶ）など
134	ﾓﾘ	0.4630	0.1508	0.3191	森を含む地名、盛岡、守山など
103	ﾉｻ	0.4952	0.1451	0.0312	×の・ノ・之沢あるいは里、野沢、城崎など
78	ﾃｺ	0.5042	0.1444	0.0140	表郷（おもてごう）、手子林、館古など
22	ｵﾏ	0.5833	0.1417	-0.1774	大曲、大間、粟生間（あおま）など
24	ｶﾅ	0.3880	0.1396	0.1067	神奈川、金沢、その他、金を含む地名、茜部（あかなべ）など
26	ｶﾈ	0.6779	0.1393	-0.3424	金沢、高根、兼久など
125	ﾓｲ	0.3907	0.1200	-0.0194	留萌、百石（ももいし）、下（しも）+「い」で始まる固有名詞地名など
50	ｻﾜ	0.8547	0.1185	-0.0586	水沢、米沢、金沢など
84	ﾄｻ	0.5281	0.1166	0.1114	戸沢、江戸崎、土佐など
72	ﾁｻ	0.4965	0.1137	-0.0615	土沢、小淵沢、土崎など
59	ｽﾚ	0.4322	0.1111	0.0104	崩、赤崩、砂崩、岩崩など、鈴連（すずれ）、粕礼（かすれい）
159	ﾝｽ	0.5251	0.1075	-0.1232	分水町、一本杉、天水町など
118	ﾏｲ	0.5247	0.1069	0.1121	苫小牧、釜石、今市、米原など
150	ﾘﾔ	0.4658	0.1052	0.1874	守谷、郡山、刈谷など
51	ｼｽ	0.4240	0.0952	0.1149	静内、後静（しりしず）、雫石、酒々井（しずい）、静岡など
99	ﾈﾂ	0.4451	0.0928	-0.2215	訓子府(けんねっぷ）、米塚（よねつか）、羽附（はねつく）など
80	ﾃﾔ	0.6637	0.0795	0.3086	館山、立山、岩出山など
126	ﾓｴ	0.3505	0.0698	0.0174	神恵内（かもえない）、もえぎ、下江、鴨江、巴など
19	ｴﾓ	0.5848	0.0542	0.1364	×衛門（人名地名）、江守、栄森など
91	ﾅﾗ	0.5003	0.0449	0.1050	奈良、楢山、習志野など
98	ﾈﾀ	0.4740	0.0415	0.1120	曽根田、金田、羽田など
48	ｻﾏ	0.4651	0.0389	-0.1679	座間、笠間、笠松、様似など
40	ｺﾀ	0.4612	0.0368	-0.0329	函館、児玉、小平など
30	ｷﾈ	0.5681	0.0320	-0.2184	関根、秋根、滝根など
146	ﾃｻ	0.5973	0.0317	-0.0641	上（下）手沢、館沢、袖沢など
2	ﾃ	0.6616	0.0264	0.1686	岩手、伊達、幸手など
5	ﾜ	0.5485	0.0154	0.0348	川、沢、岩、庭を含む地名など
66	ﾀｲ	0.4070	0.0058	0.2635	×台、平を含む地名、仙台、大和（だいわ）、大×など
4	ﾈ	0.6048	0.0008	-0.3050	×根、根室、金×など
163	ﾝﾒ	0.4122	-0.0036	0.2747	神明を含む地名、本梅（ほんめい）、金明など
87	ﾅｻ	0.6411	-0.0056	-0.0811	花咲、金沢、稲沢など
68	ﾀｻ	0.4291	-0.0061	-0.2600	北沢、田沢、北里、田崎、大宰府など
52	ｼｾ	0.4426	-0.0077	0.0401	石関、石瀬などのほか明治生命ビル、東・西仙北など大量に含む」
37	ｹﾑ	0.4375	-0.0122	-0.1076	煙山、峠向、池向、助宗、竹村、小菅村、大宅向山
106	ﾊﾆ	0.4400	-0.0137	0.2683	土生、羽生、羽入（はにう）、埴科（はにしな）など
47	ｻﾋ	0.3100	-0.0173	0.1618	旭または朝日を含む地名、佐比内、朝比奈など
33	ｸﾇ	0.4602	-0.0199	-0.2377	椚林、樟、椹沢、歴木、柊原（くぬぎ×）
25	ｶﾇ	0.7697	-0.0298	-0.1645	長沼、鹿沼、菅沼など
155	ﾜﾇ	0.5492	-0.0410	0.0501	岩沼、河沼、上沼（かわぬま）
83	ﾄｱ	0.4550	-0.0505	0.2804	土合（とあい）、渡合（とあい）、戸赤（とあか）など
147	ﾗｽ	0.4139	-0.0508	0.3251	烏(からす）森、烏川、烏田、烏山、香良洲、無音（よはらす）など
60	ｽﾜ	0.4725	-0.0604	-0.1581	諏訪を含む地名が殆ど、足羽（あすわ）、須原など
96	ﾇﾏ	0.8133	-0.0640	-0.0503	気仙沼、大沼、魚沼など
110	ﾋﾅ	0.5167	-0.0654	-0.2743	比内、日向（ひなた）、海老名、朝比奈など
76	ﾂﾃ	0.5419	-0.0789	0.0249	幸手（さって）、仁手（にって）、三ツ寺など
45	ｺﾜ	0.3811	-0.0828	0.0469	小和田、小渡など小（こ）+固有地名、強梨（こわなし）、横割など
54	ｼﾜ	0.4459	-0.0838	0.2132	多くは柏を含む地名、志波姫、岸和田など
142	ﾖﾂ	0.5142	-0.0868	0.0428	四日市、四ツ屋、四街道など
10	ｲｲ	0.4701	-0.0961	-0.1318	飯田、飯豊（いいて）、飯館など
108	ﾊﾘ	0.3704	-0.0970	0.3806	夕張、新治郡（にいばり）、名張、今治、針を含む地名など
3	ﾇ	0.6873	-0.1021	-0.0469	×沼、沼津、布引など
43	ｺﾏ	0.3465	-0.1081	0.1666	苫小牧、駒を含む地名、小松、巨摩など
6	ｱｵ	0.4553	-0.1123	0.0196	青を含む地名、粟生（あおう）、泥障作（あおつくり）など
64	ｿﾔ	0.5717	-0.1152	-0.0806	殆どが細谷、他　素山、曽山など
111	ﾋﾘ	0.3735	-0.1182	0.0960	美里（びり）、牛縊（うしくひり）本郷、蒜生（ひりう）、昆子（ひりこ）など
73	ﾂｶ	0.4455	-0.1190	0.2566	塚を含む地名、水街道（みづかいどう）、八束など
39	ｺｽ	0.5480	-0.1236	0.0579	小杉、横須賀、越川など
58	ｽﾏ	0.4627	-0.1287	-0.0229	多くは東（あずま）を含む地名、須磨、太秦など
38	ｺｱ	0.5733	-0.1306	0.0575	小阿仁、小安在、小荒沢、小荒川、小赤松など
12	ｲｽ	0.4654	-0.1319	0.0277	泉を含む地名、夷隅、伊豆など
90	ﾅﾈ	0.4898	-0.1322	-0.0205	宇奈根、柳根（やなね）、七根、奈根
86	ﾄﾘ	0.5376	-0.1465	0.2354	緑、取、鳥を含む地名など
21	ｵﾇ	0.6048	-0.1471	-0.0791	大沼、魚沼、大貫
152	ﾙｾ	0.4425	-0.1477	-0.0118	丸瀬、鳴瀬、古関など
23	ｶｻ	0.4805	-0.1490	-0.0026	高砂、河西、×ケ沢、高崎など
105	ﾉﾜ	0.4893	-0.1510	-0.0348	箕輪、三ノ輪、宮脇（みやのわき）など
74	ﾂｻ	0.4379	-0.1673	-0.0963	発寒（ほっさむ）、松崎、睦沢（むつざわ）、松坂など
97	ﾈｷ	0.5383	-0.1753	-0.0910	根岸、根木、　祢宜など
165	ﾊｼ	0.4101	-0.1808	-0.0188	石橋、前橋、船橋など多数
132	ﾓﾋ	0.3774	-0.1866	-0.1275	おおくは下（しも）+固有地名、上鴨東、下平、下東など
127	ﾓｵ	0.4406	-0.1986	-0.2319	下大久保のような「下（しも）」+「お」で始まる固有名詞の地名、真岡（もおか）など
138	ﾔﾓ	0.5206	-0.2076	0.4396	宮本、毘沙門、矢本など
13	ｲﾗ	0.4110	-0.2088	-0.3337	平館（たいらだて）、平（たいら）、×平、姶良など
82	ﾃﾝ	0.5985	-0.2130	0.3201	新田、屯田、弁天など
94	ﾆﾗ	0.4346	-0.2156	-0.3109	仁良、韮崎、韮山、韮塚、韮の浜、韮川
7	ｱｽ	0.5259	-0.2157	-0.0223	東（あずま）、明日香、足羽（あすわ）
117	ﾎﾘ	0.4358	-0.2215	0.1555	登別、赤堀、堀之内、
53	ｼﾇ	0.4326	-0.2216	-0.2123	芦沼、菱沼、押沼、牛沼、石貫、東布経（ぬのへ）など
107	ﾊﾈ	0.3140	-0.2233	-0.1432	黒羽、赤羽、羽田、羽根、赤埴（あかはね）など
131	ﾓﾇ	0.4561	-0.2325	-0.1128	下沼、下沼田、下貫、友沼
167	ﾌｼ	0.2747	-0.2329	0.0611	伏古、藤を含む地名、富士を含む地名、伏見など
27	ｶﾔ	0.3349	-0.2417	0.2333	茅部、若柳、熊谷、中谷、×ケ谷、岡山、和歌山など
112	ﾋﾙ	0.4417	-0.2485	0.2324	蛭沢、昼根、比留田などのほか××ビルディング地名を大量に含む
121	ﾐｵ	0.3991	-0.2528	0.2014	上（かみ）+「お」ではじまる固有名詞地名、富岡、神岡、泉大津など
20	ｵｱ	0.2902	-0.2667	-0.0648	大麻（おおあさ）、大芦、大洗、大網、大荒、大穴など
145	ﾗｲ	0.4389	-0.2690	0.1629	荒井、白井、平井、大洗、宝来など
161	ﾝﾃ	0.6755	-0.2755	-0.0031	××新田、弁天、運天
57	ｽﾇ	0.6056	-0.3038	-0.1902	水沼、蓮沼、清水沼
35	ｸﾘ	0.4164	-0.3131	0.2638	栗沢、栗原、玉造、九十九里、御厨（みくりや）など
93	ﾆﾂ	0.6252	-0.3164	-0.0181	新田、日光、日進など
122	ﾐﾄ	0.3886	-0.3178	0.2582	緑を含む地名、水戸、上（かみ）+固有地名、御津（みと）など
75	ﾂﾂ	0.3962	-0.3245	0.4354	寿都（すっつ）、堤を含む地名、富津（ふっつ）、摂津、筒を含む地名など
120	ﾏﾇ	0.4955	-0.3269	-0.0123	天沼、釜沼、島貫など
101	ﾈﾘ	0.3486	-0.3765	-0.1868	練牛、根利、練馬、舎人など
41	ｺﾇ	0.4217	-0.3813	0.1589	小沼、横沼、古怒田、五主（ごぬし）
158	ﾜﾜ	0.4293	-0.4100	-0.0424	岩脇、川和、河和田、川匂（かわわ）など全て川、河、岩を含む地名
42	ｺﾈ	0.3041	-0.4381	0.0223	横根、箱根、小根本、彦根、鉾根、小音琴郷（こねごとごう）など
166	ﾕｸ	0.4812	-0.4552	-0.0971	宿、×宿（しゅく）、祝津など
55	ｽｶ	0.3419	-0.4841	0.4118	春日を含む地名、須賀川、横須賀、明日香など
85	ﾄﾈ	0.2771	-0.5032	0.1310	利根、刀根、舎人など、クトネベツなど
88	ﾅﾈ	0.2478	-0.6223	0.0636	柳根、宇奈根、七根町、奈根　東日本6ZIPのみ
↓　非縄文地名領域（左領域）
36	ｹﾀ	-0.3646	0.3396	0.3876	竹田、武田、池田、明田、気高（けだか）、畑台など
70	ﾀﾆ	-0.5863	0.3361	0.3550	多くは谷、渓（たに）を含む地名、八幡西（やはたにし）など
62	ｿｴ	-0.3990	0.2710	-0.0373	川沿、山添、浦添、川副、細江など
32	ｸﾆ	-0.3604	0.2430	-0.0933	上ノ国、小国、三国、岩国、国見、国東、国富、国頭、六合（くに）など
15	ｳﾂ	-0.4334	0.2416	0.0370	宇都宮、上月、高津、江津、戸津、美しが丘など
46	ｻﾀ	-0.3448	0.2213	0.3542	佐田、貞光、佐多、麻田、浅田、友定、長田、国定など
67	ﾀｹ	-0.3604	0.1648	-0.0419	武生、御嵩、武部、武雄、竹富、竹田、竹野、武田など
170	ﾍﾂ	-0.2075	0.1304	0.3037	女満別のような「×別」地名、別府、別所、別院、中標津など
169	ﾍ	-0.2893	0.0998	0.1395	川辺など×辺、延岡、別所、×部、戸田、平群、神戸、中標津（なかしべつ）など
9	ｱﾘ	-0.4190	0.0936	-0.1066	有田、有明、有川、有馬、有家など多くは語頭に有を含む地名
141	ﾖｳ	-0.3524	0.0459	0.5107	×丁・町・条、京・城・丈・上・庄・陽などを含む地名、八日市など
49	ｻﾚ	-0.4449	0.0443	0.0653	佐連（され）、小砂（こされ）、佐礼谷（されだに）、相去（あいされ）、佐々礼
34	ｸﾏ	-0.3796	0.0369	-0.0987	筑摩、千曲、佐久間、球磨、熊を含む地名、奥間など
113	ﾌﾘ	-0.4243	0.0215	0.1790	脊振、中振、角振、名振、アトサヌプリなど
129	ﾓｽ	-0.1497	0.0067	0.0194	百舌鳥、雲出（くもす）、下諏訪、下須、甘水（あもす）など
102	ﾉｵ	-0.4027	-0.0168	0.0809	箕面、直方（のおかた）、西之表・日ノ岡など助詞「ノ」「の」を含む地名
109	ﾋｽ	-0.5041	-0.0194	0.5059	多様な漢字で表記される「えびす」を含む地名、内日角（うちひずみ）など
89	ﾅﾍ	-0.3392	-0.0328	-0.0636	員弁（いなべ）、田辺、南部（みなべ）、神辺、川辺、真鍋など
1	ｳ	-0.4521	-0.0524	0.3638	京都、東京、中央、郷・荘などを含む漢字の音読漢語風地名、宇部、鵜飼など
11	ｲｹ	-0.4455	-0.1362	0.3690	殆どは「池」を含む地名、永源寺、在家など
123	ﾑﾀ	-0.4804	-0.1401	-0.0879	大牟田、無田、六田、和無田など
148	ﾘｴ	-0.4860	-0.1459	0.3953	入江、堀江、有家（ありえ）、東江（あがりえ）など
16	ｳﾉ	-0.3997	-0.1629	0.2852	河野、鴻ノ巣・塔の森・郷ノ浦など「×の×」、宇野、鴻池など
18	ｴﾐ	-0.2541	-0.1961	0.1608	江見、×江南（×えみなみ）、笛水など
31	ｸｽ	-0.3818	-0.2183	-0.0100	菊水、福住、葛・楠を含む地名、玖珠など
44	ｺﾐ	-0.3040	-0.2524	0.0162	五明（ごみょう）、小湊、五味、小宮、小峰、横道など
160	ﾝﾁ	-0.3652	-0.2725	0.1698	別院町、本町（ほんちょう）、×番町、×軒町、新地、谷茶（たんちゃ）など

 

因子分析結果グラフの縄文地名領域（右領域）で「負」方向に因子負荷量の高い地名文字列地名を含む地名例では、「奈根」「宇奈根」「利根」「彦根」など関東地方に分布の濃い「×根」地名が並んでいる。また「根」で表記されないが「ね」を含む地名、「舎人」「練馬」も関東地方にあり、注意を引く。また、これまで、「とねがわ」の「と」は入り口を意味する「戸」と解釈してきたが、「ミト」文字列包含地名も第2因子負荷量も-0.3を越している。特に「御津」と書いて「みと」と読む地名が関東ではないが、東日本の表日本に属する愛知県にあることにも注意を引かれる。ただし「御津」と書く地名は西日本にも複数存在するが、「みと」ではなく、いずれも「みつ」と読む。

一方「正」方向に因子負荷量の高い文字列を含む地名例を眺めると「蟹沢」「米沢」などおびただしいといってよいほどの「沢」のつく地名が挙げられている。漢字の意味から想像されるように、「沢」の付く地名の殆どは内陸部にある。またアイヌ語で「川」を表す「ナイ」という文字列を含む地名も、負荷量上位にランクされている。

「ヨネ」を含む著名な広域地名「米沢市」は内陸部の米沢盆地にある。その他、各地の「米田（よねだ）」の所在地を調べるとこれもほとんどが内陸である。

また「ン」を含む地名文字列は、この領域に多い。「ん」を含む地名は北海道や東北に多いことを既に指摘した（パート�D「モン」「リン」−「ん」の好きな東北・北海道）

 

グラフの左領域、すなわち中期縄文時代より後に出現したと思われる地名の領域では、第2因子負荷量が0.3を超す地名文字列は極めて少なく「竹田」「池田」などの「ケタ」を含む文字列と「谷」で表記される「タニ」を含む文字列のみである。「負」方向では1件もなく、最も大きい場合でも「本町（ほんちょう）」「×番町」などの「ンチ」文字列の「-0.273」である。

「ケタ」地名の中で西日本偏在に大きく寄与している具体的な地名は「池田」と表記される地名であり、「武田」と表記される地名はむしろ東日本に偏在することがパート�Cで確認されている（パート�C「田」を含む地名。「竹田」「池田」など）。したがって、非縄文地域での「ケタ」地名の第2因子負荷量の高さは「池田」に負うところが大きいであろう。

 

「たに」と読む「谷」を含む地名の西日本偏在は極めて強く福井県の山間部から日本海に沿って、兵庫・島根・鳥取県に濃く、四国にも濃い。ただし東日本でも、日本海沿岸の福井県に並ぶ、石川・富山・新潟県でもやや多い。

また、読み方は「たに」ではなく「たん」であるが、沖縄県でも「読谷（よみたん）」「北谷（ちゃたん）町」「谷茶（たんちゃ）」がある。詳しくは＜パート�C「谷」を「たに」と読む地名と「や」と読む地名の分布/「タニ」地名の震源地は福井県？＞を参照されたい。なお本州でも、「たん」と読む地名はZIP地名ではないが、2.5万分の1の地図を見ると、石川県白山市に集中的に認められる。また富山県では富山県下新川郡朝日町荒戸谷（あらどだん）など3箇所、福井県では「黒部谷（くろべだん）」、「福谷（ふくだん）第二トンネル」、新潟県では「谷根（たんね）」「谷根川（たんねがわ）」が糸魚川市にあることに気づいた。

 

「谷」も「池」も内陸部の自然地形と考えるのが普通であろう。弥生時代以降にできたと思われる沖積平野上にある「ため池」ですら、現在では海岸線から相当離れている。

「沢」「谷」「池」が内陸部に多くみられる地名であり、利根川流域の「×根」が海洋民である「ね」の人々の残した地名であるなら、地理的観点から言うと第2因子軸は「内陸―海岸」軸、言語的にいうと「（わ+い）―（ね）」の次元と考えるのが適当でないかと思う。

ただし、中期縄文時代には、すでに、「ね」の人々と「い」や「わ」の人々との融合がかなり進んでいて、内陸、山間部にも東日本であれば、多数の「×根」地名が認められる。事実「よねざわ」の「よね」の「ね」の部分は「根」ではないかとこれまで主張してきた（パート�D「モヨ」/「ヨツ」と「ヨモ」）。

また非縄文領域における「谷」「池」という言葉は、中期縄文時代以後、といっても、それほど時間がたっていない時代に、一部の「わ」や「ね」の人々しか使用していなかった言葉が西日本に広がったか、沼地の乾燥化が進んだ土地に暮らすようになり、其処此処に「池」ができてから新造された言葉ではないかと思っている。「谷」は分布状況や「たん」と発音される地域もあることからなどから「わ」系の、「池」は「い」が含まれるので沖積平野で農作に取り組み始めた「い」系の人々の言葉ではないかと直感している。

以下で、詳しく見て行きたい。

 

「ニサ」

上記第2因子において「正」方向で最も因子負荷量の高い、すなわち中期縄文時代以前に成立し、かつ内陸地名と思われる、「ニサ」包含地名の分布状況を確認しておこう。

「ニサ」を含むZIP地名は北海道と沖縄県にはない。以下のリンクをクリックすると「にさ」包含地名に目印を付けた地図が示される。

 

　　東日本の「にさ」地名　　西日本「にさ」地名

 

132件のうち東・西国東（くにさき）郡という99ZIPを含む広域地名があり、現在は東国東郡が国東市となっている。元は国東市の東にあった「国東村」が広域地名になったと思われるので、地図では代表してこの位置に目印を付けた。また茨城県「仁左衛門新田」は明らかに人名に由来すると思われ、京都府「鹿ケ谷桜谷町（ししがたに/さくらだにちょう）」は「鹿ケ谷」と「桜谷町」に区切られると思われ、目印は付けていない。また福井県「為国幸」は「ためくに/さいわい」と区切って読むと思われるが、定かでないので、一応図に載せている。

「ニサ」を含む具体的な地名リスト（jomon.lzh中の「ニサ.txt」）を参照されたい。

「にさ」包含地名の多くは愛知県より東では「さ×」の部分が「沢」である地名が半数近くにのぼる。「沢」の国語辞書の意味は「谷」または「谷あいの小さな川原」であり正に内陸部地形に見られる地名である。しかし、さすがに西日本は「たに（谷）」地名偏在地域であり、和歌山県有田郡清水町「二沢」のみである。「にさ」の「さ×」の部分は「崎」「阪」「坂」「貞」「国東（くにさき）」の「東」「実」の漢字で表記されていて、字面だけでは内陸かどうかは判断できない。また東日本でも「にさ」地名の約半数が「沢」以外の漢字が用いられている。「里」や「定」「座」のほか富山県に「下山」と書いて「にざやま」と言う難読地名もある。

 

まず東日本の「にさ」地名では、「田原市仁崎町」を除いて、沿岸と言える場所には殆ど存在しない。

海岸に距離的に近い新潟県岩船郡山北町「大谷沢」（現在村上市大谷）でも急峻な山間を流れ下る小さな川が大川と呼ばれる日本海に注ぐ川に合流するところの、山間の小さな集落である。合流点付近は小さい平地（沢）になっている。

例外の渥美半島の仁崎町は「崎」という漢字にふさわしく沿岸にあるが、背後に急峻な山がある。海岸に面した前面は小さな平野になっているが、平地部が形成される前は平野部のない小さな岬であったのだろう。

 

西日本の「にさ」地名はどうであろうか。合計すると東・西国東郡という広域地名があるため西日本ZIP数は100件を越すが、この広域地名を1件とすると僅か11件に過ぎない。東日本の半数以下である。分布地図を見ると「沢」を含む地名がほとんどないにも関わらず、東日本と同様、ほぼすべてが沿岸部ではない。国東と鳥取県の国坂は海岸に面しているが背後にはともに急斜面である。

「戸」や「根」と対照的に「にさ」地名が現状では内陸に多という分布状況を示しているので、第2因子次元が「海岸」−「内陸」次元と考えて差し支えないことを示唆している。

それでは「沿岸」−「内陸」次元が、言語面から考えると「ね」―「わ+い」言語の次元と考えることができるのだろうか。すなわち、「戸（と）」や「根」の付く地名が太平洋岸の関東地方から流入した海洋民の言語を反映した地名であるなら、「にさ」包含地名は北方から徒歩で流入して南下した「わ」や「い」の人々の言語を反映した地名と解釈しうるだろうか。

 

「にさ×」とは「湿った狭い×」

「さわ」を含む地名は都道府県の緯度・経度と極めて高い相関（0.82、0.83）を示す。また中期縄文遺跡密度や遺跡数とも強い相関を示す（0.77、0.76）。そして、東日本では極めて普遍的にみられ、4539件のZIPがが存在する。そのうち4275件（94.2％）が福井-岐阜・愛知県までの東日本にある。

また、水が流れている場所という意味で共通点のある普通名詞の「川」や「河」を含む地名も偶然にしては高すぎる緯度や経度との相関が明らかになっている。（パート�Aサワ/ワを含む地名/川向という地名）

更に、「輪島」などの「輪」という漢字で表される「輪」包含地名は東日本に偏在すると同時に、同じく東日本に偏在する「根」地名とは微妙に分布都道府県を分かち合っていることを指摘した（パート�A輪とネ）。「さわ」の「わ」、「かわ」の「わ」、そして「輪島」など東日本に偏在する「輪」で表記される「わ」は集落やグループを意味する言葉ではないかとしてきた。

「さわ」地名の分布県が中期縄文遺跡分布とよりも緯度・経度との相関がやや高いところから、東日本の中でも東北地方でより強く分布する傾向が予測される点も含めて、東日本で圧倒的に多い「にさ×」地名の内「×に沢」で表される地名の「さわ」という普通名詞部は「わ」言語、また、沿岸に多い「×根」などの地名は「ね」言語と解釈され「沿岸」−「内陸」次元が「わ+い」―「ね」言語の次元と平行していると解釈できるかもしれない。

 

しかしこの解釈はもう一ひねりする必要がありそうに思う。

すなわち典型的な内陸地名の「さわ」ですら「ね」言語との混合語である可能性を指摘したい。

先に述べたように「わ」一文字が集落の意味と解釈されるなら、「さわ」という語は「さ（狭）」+「わ」で「小さな集落」を意味するのではないかとも指摘した。「さわ」や「かわ」は今では自然地形をあらわす言葉として使用されているが、元々は「集落」や「グループ」を意味する言葉ではなかったかとも、本研究の極めて初期のほうで指摘した。

「わ」が「わ」の人々の言語であるなら、これ以上区切ることができないと思われるほど一体化した「さわ」の「さ」も、当然「わ」の人々が使った言語だと考えるのが普通である。

ところがそうではない可能性の方が高いのではないかと思われる。

 

これまで「狭い」を意味する「さ」、アイヌ語の「乾いた」を意味する「さっ」変じての「さ」、日本語「さがる」やアイヌ語「さん（「くだる」の意味）」が語源になった「さ」の3種類の同音異義があるのではないかとした。「さわ」の「さ」は「狭」の意味であろうか。

小さい「っ」が聞き落とされたり、強調され、現代では「さ」や「さつ」となったり、東北地方の「ん」好きのせいで、「も」が「もん」と発音される可能性もすでに述べた。

「さ」の部分が、「さっ」や「さん」変じての「さ」と考えるなら、そして「さわ」地名がこれほど東日本に偏在して大量に存在するなら、「さんわ」や「さつわ」といった、元の発音を残した地名が「さわ」偏在地域にあってもよいはずである。そんな地名があるのだろうか。

約12万件のZIPの中からこれら3文字列を含むZIPを抽出したところ、「さつわ」も「さっわ」という地名も皆無であった。

一方「さんわ」文字列を含む地名はかなりあり、ほぼすべてが「三和」とかいて「さんわ」（「みわ」ではない）と読む地名のみである。一覧を下に示す。

4箇所（灰色の網がけ）の広域地名が含まれているが、この4箇所は、総て3地域合併によって新造された地名であるので、明確に考察の対象外地名である。

「三＝さん」という発音は中国語であり、中期縄文時代にはある筈もないが、残り20ZIPの「三」については、調査不足もあると思うが、「3」の意味かどうかは確認できない。この中に「下る」の意味の「さん」と解釈できる可能性を持つ地名があるだろうか。

 

0980112	ｶﾐｶﾜ*ﾜﾂｻﾑ	ｻﾝﾜ	北海道	上川郡和寒町	三和	名寄盆地南端。和寒（わっさむ）町内。130-140ｍ
0160838	ﾉｼﾛ	ﾖｳｻﾝﾜｷ	秋田県	能代市	養蚕脇
3060042	ｺｶ	ｻﾝﾜ	茨城県	古河市	三和	渡良瀬川、利根川合流点。13-15ｍ
3060105	ｻｼﾏ*ｻﾝﾜ	ｴｸﾁ	茨城県	猿島郡三和町	江口など19ZIP	現古川市内。3地域合併地名1953村合併で三和村（みわむら）。1969町制移行に伴い「さんわまち（三和町）」に
3720011	ｲｾｻｷ	ｻﾝﾜ	群馬県	伊勢崎市	三和町	関東平野周辺80-90ｍ。付近多数の池あり。
9500081	ﾆｲｶﾀ	ｻﾝﾜ	新潟県	新潟市	三和町	新潟平野標高2ｍ程度。沿岸
9401151	ﾅｶｵｶ	ｻﾝﾜ	新潟県	長岡市	三和	信濃川中流。20-30ｍ
9401152	ﾅｶｵｶ	ｻﾝﾜ	新潟県	長岡市	三和町	上記と隣接
9451342	ｶｼﾜｻｷ	ｻﾝﾜﾁﾖｳ(8､9ﾊﾝ)	新潟県	柏崎市	三和町（８、９番）	刈羽平野上。海岸より約3Km。標高9ｍ
9450034	ｶｼﾜｻｷ	ｻﾝﾜﾁﾖｳ(ｿﾉﾀ)	新潟県	柏崎市	三和町（その他）	上記参照
9480002	ﾄｵｶﾏﾁ	ｻﾝﾜ	新潟県	十日町市	三和町	上記長岡市三和町より更に上流。信濃川沿い。170ｍ
9430221	ﾅｶｸﾋｷ*ｻﾝﾜ	ｲﾅﾊﾗ	新潟県	中頸城郡三和村	稲原など42ZIP	現上越市三和区。S30、3村合併により三和（さんわ）村呼称成立
4350038	ﾊﾏﾏﾂ	ｻﾝﾜ	静岡県	浜松市	三和町	浜松平野上。海岸より4ｋｍ　。2-4ｍ。
5260055	ﾅｶﾊﾏ	ｻﾝﾜ	滋賀県	長浜市	三和町	琵琶湖畔。港あり。元浜町あり。
5610828	ﾄﾖﾅｶ	ｻﾝﾜ	大阪府	豊中市	三和町	大阪平野。2-3ｍ。隣接して「島江」。神崎川を挟んで対岸に「三国（みくに）」
6728036	ﾋﾒｼ	ｼｶﾏｸｻﾝﾜ	兵庫県	姫路市	飾磨区三和町	播磨平野、沿岸部。
6310814	ﾅﾗ	ｱｷｼﾉｻﾝﾜ	奈良県	奈良市	秋篠三和町	平城宮跡北西約2ｋｍ。付近池多数
6350014	ﾔﾏﾄﾀｶﾀ	ｻﾝﾜ	奈良県	大和高田市	三和町	奈良盆地大和高田市内。付近池多数。
7370021	ｸﾚ	ｻﾝﾜ	広島県	呉市	三和町	フェリ-発着場付近。狭い平地に迫る山裾。隣に「和庄」という地名あり
7201521	ｼﾝｾｷ*ｻﾝﾜ	ｱｹ	広島県	神石郡三和町	阿下など16ZIP	現神石高原町、「三和町」呼称消滅。1955、3村合併により「三和町」新設
7530052	ﾔﾏｸﾁ	ｻﾝﾜ	山口県	山口市	三和町	山口港に河口を持つ椹野川（ふしのがわ）上流部盆地。
8500975	ﾅｶｻｷ	ｻﾝﾜ	長崎県	長崎市	三和町	長崎湾鹿尾川河口50ｍ程度の山に囲まれた谷間
8510401	ﾆｼｿﾉｷ*ｻﾝﾜ	ｶﾔｷ	長崎県	西彼杵郡三和町	蚊焼など8ZIP	現長崎市三和町。1955、3村合併により新設。
8900071	ｶｺｼﾏ	ｻﾝﾜ	鹿児島県	鹿児島市	三和町	鹿児島港発着場付近。沿岸。2ｍ

備考欄の記述は以下のHPを参考にした

Wikipedia

国土地理院「ウォッちず地図閲覧サービス」

「LiveSearchMaps」

http://www.city.joetsu.niigata.jp/sanwa/profile.html..三和区HP

http://www.jinsekigun.jp/　….神石高原町HP

備考欄茶色は内陸、水色は沿岸にあり、とても「沢」地名と思えないZIP。無色は判断できない。灰色は3地域合併により明治以後に新設された地名で考察の対象外

 

表をみると、「さんわ」地名が「さわ」地名と共通の起源を持つとは思えない。

まず、「さんわ」地名は東日本に偏在していない。

上表の最右欄は、主としてそれぞれのZIPのある場所の「内陸地形か否か」、「標高」などを記述している。「沢」は内陸地形を意味する言葉であり、事実「沢」付く地名はほとんど内陸にある。しかし、表をみると「さんわ」地名は、東西日本を問わず半数以上が海岸付近に存在している事がわかる。

「沢」の付く地名の多くは「×沢」のように、前に「沢」を形容する語が付いている。しかし上記の「三和」地名の前に、このような語が付されている例は「秋篠三和町」以外見当たらない。

以上の諸点から、到底「さんわ」と「さわ」は同じルーツを持つとは思えない。従って「にさわ」の「さ」は「狭」「些」の意味と解釈するのが穏当であると思う。

それでは「に」とは何であろうか。「に」はすでに解釈済みである。「にた」や「にった」や「にいだ」（漢字表記ではいずれも「新田」と書くことが多い）の「に」。「さって」の反対の意味の「にって」をこれまでにあげ、「に」は「湿った場所」とすでに解釈した。

とすると、「にさわ」は湿った、小さな、輪（＝「わ」の集落）という意味であろう。「にさわ」の殆どは、さらに前に「か」が付いた「かにさわ」である。地名の場合、「か」は「かみ」「かね」「かわ」「かも」の「か」であり、地名でない言葉にまで範囲を広げれば「神」「上」「傘」「被る」などの語に含まれる「か」である。「か」はこれまで「上の方の」と言う意味に解釈してきた。「かにさわ」は「蟹のいる沢」ではなく「上の+湿地の+小さい+集落」と理解している。「上の方」という言葉はあいまいなので、「か」は「上流の」という意味なのか、「大きい、一段各上の」というような意味なのかは定かではない。

数日前に、「岩手・宮城内陸地震」が起った。宮城県栗原市の川沿いにある温泉旅館を襲った火山灰起源の泥流による広範囲に埋め尽くされた映像を見るたびに、「にさわ」という言葉が頭をよぎった。＜亡くなられた方々に深く哀悼の意を捧げ、被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。＞

ところで、東日本に偏在傾向を見せる「わ」という言葉の前に「さ」が付いた「さわ」地名においてこそ、東日本における強い偏在を示し、「さ」（「狭」「些」）という言葉の古さを示唆するのであるが、「佐野」や「佐島」や「狭山」といった「狭」「些」と解せられる「さ」を含む地名は、東日本に限らず、当時きわめて人口の希薄であった西日本を含めて全国に広く分布している。否、むしろ「さ」包含地名のうち、地名によっては、西日本にやや厚く分布している事がすでに確認されている。例えば「佐田」「長田」「笹田」「貞光」などの「さだ」包含地名出現率は中期縄文遺跡分布とは「負」の有意な相関すら示す（パート�C「サタ」地名は「狭田」）。

これは「とまり」や「さつま」「さま」地名と同じように「狭」「些」の意味の「さ」が関東地方太平洋沿岸部を中心に、北にも、南にも、そして裏日本にも活動の場を広げた海洋民である「ね」の人々の使う言葉であったからではないだろうか。根拠を述べてみよう。

 

「岬」という漢字で表記されない「みさき」地名

「にさ」地名リストを見ると「×に沢」以外では「×に崎」が多い。具体的には愛知県「仁崎」、兵庫県「国崎」、大分県「鬼崎」である。「崎（さき）」の意味は「海や湖に突き出た部分」であるが、上記「×に崎」は愛知県「仁崎町」のみが沿岸である。とはいえ、仁崎町も背後の急峻な山から流れ下る沢から運ばれた土砂が小さな平野を造っており、仁崎は海というより今では、平地に突き出た山塊の部分といった方が良いかも知れない。兵庫県の「国崎」と大分県にある2箇所の「鬼崎」は、前者は湖、二つの鬼崎はともに川沿いの平地に突き出た部分である。

 

「さき」に「み」という接頭語をつけた語が「みさき」であろう。「岬」という漢字は日本で造られた漢字だと聞いたことがある。「み」＝「美しい」（「身」--＞「本体」--＞「美しい・立派な」--＞「三」、は既述。「三」や「見」という解釈も可能であるかも知れないhttp://ja.wiktionary.org/wiki/メインページ）という言葉を付加した「みさき」の意味は、単なるふくらみではなく、広い水面に長々と突き出た「さき（崎）」であろう。このような光景は水上からみた風景に違いない。小縮尺の地図を眺めると日本列島沿岸に多くの立派な「×岬」がある。

 

しかし、海や大きな湖と無縁と思われる「みさき」という地名をZIP地名に認めることができる。しかも、漢字表記も「岬」や「崎」という字が用いられていないことから、漢字表記が行われる以前の大昔から「岬」と無縁な地名と考えられていたのではないかと思う。下に「岬」と表記されない「ミサキ」3文字列を含むZIPを抽出したリストを示す。このうち灰色網掛は「上鷺宮」に対して「鷺宮」が近辺にあったり、「南/佐木」の隣に「佐木」があるなど、確実に1単語としての「みさき」地名の範疇から除外できると思われる地名である。

 

0670027	ｴﾍﾂ	ﾄﾖﾎﾛﾐｻｷ	北海道	江別市	豊幌美咲町
0611427	ｴﾆﾜ	ﾐｻｷﾉ	北海道	恵庭市	美咲野
0611115	ｷﾀﾋﾛｼﾏ	ﾐｻｷﾉ	北海道	北広島市	美咲き野
0493121	ﾔﾏｺｼ*ﾔｸﾓ	ﾄﾐｻｷ	北海道	山越郡八雲町	富咲
0994145	ｼﾔﾘ*ｼﾔﾘ	ﾐｻｷ	北海道	斜里郡斜里町	美咲
9970857	ﾂﾙｵｶ	ﾐｻｷ	山形県	鶴岡市	美咲町
9993123	ｶﾐﾉﾔﾏ	ﾐｻｷ	山形県	上山市	美咲町
3214416	ﾓｵｶ	ｶﾐｻｷﾉﾔ	栃木県	真岡市	上鷺谷
2740812	ﾌﾅﾊｼ	ﾐｻｷ	千葉県	船橋市	三咲
2740811	ﾌﾅﾊｼ	ﾐｻｷ	千葉県	船橋市	三咲町
2740813	ﾌﾅﾊｼ	ﾐﾅﾐﾐｻｷ	千葉県	船橋市	南三咲
1650031	ﾅｶﾉ	ｶﾐｻｷﾉﾐﾔ	東京都	中野区	上/鷺宮
9500954	ﾆｲｶﾀ	ﾐｻｷ	新潟県	新潟市	美咲町
4000007	ｺｳﾌ	ﾐｻｷ	山梨県	甲府市	美咲
4442337	ﾋｶｼｶﾓ*ｱｽｹ	ｶﾐｻｷﾘ	愛知県	東加茂郡足助町	上/佐切
5161422	ﾜﾀﾗｲ*ﾅﾝﾄｳ	ｶﾐｻｷｳﾗ	三重県	度会郡南島町	神前浦
5520016	ｵｵｻｶｼﾐﾅﾄ	ﾐｻｷ	大阪府	大阪市港区	三先
5731112	ﾋﾗｶﾀ	ｸｽﾊﾐｻｷ	大阪府	枚方市	楠葉美咲
5670024	ｲﾊﾗｷ	ﾐｻｷ	大阪府	茨木市	三咲町
6990763	ﾋｶﾜ*ﾀｲｼﾔ	ﾋﾉﾐｻｷ	島根県	簸川郡大社町	日御碕
6961225	ｵｵﾁ*ｶﾜﾓﾄ	ﾐﾅﾐｻｷ	島根県	邑智郡川本町	南/佐木
8180026	ﾁｸｼﾉ	ﾐｻｷ	福岡県	筑紫野市	美咲
8191136	ﾏｴﾊﾙ	ﾐｻｷｶｵｶ	福岡県	前原市	美咲が丘
8470081	ｶﾗﾂ	ﾜﾀﾀﾐﾅﾐｻｷｲ	佐賀県	唐津市	和多田南/先石
8591411	ﾐﾅﾐﾀｶｷ*ｱﾘｱｹ	ｵｵﾐｻｷｺｳ	長崎県	県南高来郡有明町	大三東甲
8591412	ﾐﾅﾐﾀｶｷ*ｱﾘｱｹ	ｵｵﾐｻｷｵﾂ	長崎県	県南高来郡有明町	大三東乙
8591413	ﾐﾅﾐﾀｶｷ*ｱﾘｱｹ	ｵｵﾐｻｷﾍｲ	長崎県	県南高来郡有明町	大三東丙
8591414	ﾐﾅﾐﾀｶｷ*ｱﾘｱｹ	ｵｵﾐｻｷﾃｲ	長崎県	県南高来郡有明町	大三東丁
8591415	ﾐﾅﾐﾀｶｷ*ｱﾘｱｹ	ｵｵﾐｻｷﾎ	長崎県	県南高来郡有明町	大三東戊
8691237	ｷｸﾁ*ｵｵﾂ	ﾐｻｷﾉ	熊本県	菊池郡大津町	美咲野

注：桃色網掛は、隣接して朝日（旭）という地名をともなう。

灰色は「みさき」文字列を含むが別単語の最後と最初の文字列が続いたと思われる「みさき」包含地名

 

リストのうち、多くが「さき」を「咲」、「み」を「美」で表記している。新興住宅地に不動産業者が名づけた最近できた地名に見えるかもしれない。

しかし幾つかは「咲」が付かない。

島原半島のほぼ東端、島原湾沿岸に「大三東（おおみさき）」がある。海岸に沿って「甲」から「戊」までが充てられている。「東」と書いて「さき」と読む読み方は国東半島東端の「国東」と共通である。地形も似ている。どちらも岬にある地名であるといってよい。九州では「東」が「先へ」という思いが強いのだろうか。島根県「日御碕」は「崎」ではなく「碕」である。これは日本海沿岸に突き出た岬である。栃木県真岡市「上鷺谷」は「上/鷺谷」と区切られるので「みさき」地名ではない。三重県「神前浦」は熊野灘に面した神崎湾最深部の吉津港のある場所である。これらの「咲」のつかない「みさき」地名は沿岸にあり「岬」「崎」の漢字が用いられてはいないが、「岬」の意味であろう。

 

しかし、大多数を占める、残りの「咲」の付く地名は、ことごとくと言ってよいほど、今では到底、沿岸部とはいえない内陸にある。

 

北海道5箇所のうち3箇所は石狩平野の最も海から遠い部分の丘陵が始まる縁に並んでいる。背後は丘陵地ではあるが2.5万分の1の等高線を見ても「岬」や「崎」の形状は確認できない。山形県上山市美咲町は本州のほぼ中央。北に向かって流れる最上川に合流する支流沿いにある。上山盆地は山形盆地につらなる最も南端の盆地である。千葉県船橋の「美咲」3ZIPは隣接した地域で利根川に沿っている。「船橋」という海を連想させる地名ではあっても、今では海岸から相当離れている。山梨県「美咲」は甲府盆地北端にある。「楠葉美咲」は大阪平野を形成した淀川最上流、京都府島本町、大山崎町のすぐ南、大阪府枚方市にある。淀川を挟んで西側は大阪府高槻市である。

これら「咲」で記述される「みさき」地名の2.5万分の1地図から読み取った地理･地名情報の要約を下に示す。

　　　　　　　　　　　

北海道	江別市	豊幌美咲町	石狩平野東縁。石狩、幌向川合流点付近。なだらかな傾斜地。かなり離れる（8-10ＫＭ）が広大な水田・田畑を挟んで東山手に「緑が丘」「緑町」「日の出台」。北西側5ｋｍ、石狩川、千歳川合流点「朝日町」。更に西丘陵地「朝日町」「緑町」
北海道	恵庭市	美咲野	石狩平野最深部西縁。標高33ｍ。漁（いざり）川沿い。「漁町」、「泉町」を挟んで「緑町」
北海道	北広島市	美咲き野	川沿い、「朝日町」隣接、「青葉」、「松葉」、「緑葉公園」、背後に山（野幌原始林）
北海道	山越郡八雲町	富咲	「山崎」あり、小さな盆地。川沿い。かなり離れるが八雲町内に旭丘（あさひおか）、「緑町」、「浜松」
北海道	斜里郡斜里町	美咲	沿岸。背後、山。「青葉町」
山形県	鶴岡市	美咲町	川沿い、東側隣接「みどり町」、「淀川」、「小淀川」地名あり。因みに大阪府楠葉三咲町は淀川沿い
山形県	上山市	美咲町	川沿い、山、北部にほぼ隣接して「朝日町」、「朝日台」
千葉県	船橋市	三咲	一部小さな川に沿う。より高いところに「咲が丘」、隣に「楠が山」町、大阪府楠葉三咲町を連想させる。
千葉県	船橋市	三咲町	上記隣接地域
千葉県	船橋市	南三咲	同上記隣接地域　標高25ｍ前後。3ｋｍ程度西「旭町」、南にほぼ隣接して「高根台」、「高根町」
新潟県	新潟市	美咲町	信濃川河口沿岸。西側対岸「緑町」、「平島」。東、数メートルの高まり「愛宕三丁目」。南「大島」。
山梨県	甲府市	美咲	甲府盆地の北端。山のふもとの平地、2つの小さな川に挟まれた一角。隣に「朝日町」あり。北西に隣接して緑が丘（緑が丘スポーツ公園）。東に「愛宕山」。北西1.5-2ｋｍやや標高の高いところに「島上条」、「敷島新町」、「松島団地」の「島」地名
大阪府	大阪市港区	三先	海抜1ｍ、大阪平野沿岸部。「福崎」「池島」隣接。更に「恩加島」。北東1ｋｍ「中島」
大阪府	枚方市	楠葉美咲	標高20-30ｍ。北西部2ｋ淀川の最上流付近に大山崎町、島本町。南隣接に「楠葉朝日」更に南隣接して「東・西・南舟橋」。「上島。「前島」。やや離れるが、淀川を挟んで対岸の高槻市「高浜」、山手に「緑が丘」。北東約2K「おとこやま山頂」、南側斜面「男山×」
大阪府	茨木市	三咲町	安威川、茨城川合流点。茨木川を挟んで西に隣接「五日市緑町」。東側安威川を挟んで500ｍに「三島丘」「三島町」
島根県	簸川郡大社町	日御碕	「みどり」、「あさひ」地名なし。現在でも岬
福岡県	筑紫野市	美咲	筑紫野盆地北西端。V字河川内。北東隣接して「朝日西」「朝日」。更に東側「高原（たこら）」。南対岸「若江」、約2Km南東低地に「福島」、「向福島」。「四三島」。
福岡県	前原市	美咲が丘	海岸より1-2ｋｍの平野部に突き出た段丘。現状でも岬
熊本県	菊池郡大津町	美咲野	白河南側に併走する小河川、堀川南側の丘陵地。「大津町」内

 

上記リストを作成して以下の点に気づいた。

 

第一に、極めて高い確率で、「み咲」文字列包含地名に「あさひ」と発音される地名が密接して存在していることである。一つ前に掲げたリスト中、桃色で網掛したZIP地名がそうである。やや離れた範囲にまで広げると、船橋市の互いに隣接した3箇所の「三咲」、北海道豊幌「美咲町」、八雲町「富咲」も該当する。偶然にこのようなことが生じたとは絶対思えない。

 

二番目は、同じよう、「緑が丘」のような「みどり」地名も、近辺の、より高い丘陵にあることが極めて多い。これも「絶対」という形容が大げさでないような確率で「多い」。なお「とり」包含地名、特に漢字の「緑（みどり）」を含む地名の県別出現率は中期縄文遺跡分布と高い相関性をしめすことが既に確認されている（パート�Bトリ）。遺跡密度とは0.53、遺跡数とは0.52である。

 

三番目は、今は平野や盆地ではあるが「み咲」地名付近には、必ずといって可いほど、「三島」や「島元」の「島」や、「山崎」や「大津」の「崎」あるいは「津」、「漁」「舟」など「海」を連想させる地名が存在する。

 

四番目は、川沿い（幾つかは2つの河川のY字合流点の内側）にあること。そして平地と丘陵の中間地帯にあることが極めて多い。盆地湖から盆地が形成される以前、縄文海進が最も進んだ時でさえ、終止海面上にあった場所だと考えられる点である。

 

最後に最も印象深い事柄は、大阪府の「楠葉美咲」と山梨県甲府盆地の「美咲」付近の地名セットの類似と、付近にある小高い山の類似名称である。「楠葉美咲」は「おとこ（男）」山、甲府盆地の「美咲」には「あたご（愛宕）」山がある。音が似ている。偶然だろうか？なお、筑紫野市美咲のすぐ近くに「高原」とかいて「たこら」と読む集落が2.5万分の1の地図に出ている。船橋の美咲には「たかね」（高根町、高根台）がある。これも関係あるのだろうか？

 

なお、あまりにも多いので、幾つかの例を調べただけであるが、普通の「岬」や「崎」を使った「みさき」地名も、「みどり」や「あさひ」あるいは「ひので」という地名を近辺に伴っていることが多いように思われる。

また、上記「咲」リストを作成する際に、海岸に好んで自生する「松」を含む地名も伴うことが多い印象を持った。

 

最後の山の名前の類似性はともあれ、上記の4点は「美咲」「三咲」地名が、沖積平野や、水がたたえられた盆地湖から盆地が形成され始めた、極めて初期の頃にまで遡りうる地名であることを示唆している。「美咲」「三咲」も「岬」である可能性が極めて高い。今は、平地に突き出た「崎」や、陸上にあるだけでなく形状も読み取る事が難しくなってしまった「美咲」や「三咲」も、当時は水上に突き出た陸地を意味したのであろう。「みさき」あるいは「さき」という言葉は、元来、水上に突き出た土地の意味であったと思う。

なお上記表の中で一箇所「三先」と書く地名を取り上げている。これは大阪平野の最も沿岸部にあり、標高は1ｍである。縄文海進の最も進んだ平野形成時では、あるいは、現在の大阪平野になる直前でも、海の底と考えるかもしれないが、ごく近辺に「恩加（おか）島」「池島」あるいは「福崎」があり、今は平らな面としてしか認識し得ないが、海中に没しない島から突き出た岬であろう。

 

さて「美咲」が「岬」であったのは何時ごろであろうか。以前にも引用した「大阪平野の変遷」を示したアニメーションHPを見たところでは「楠葉美咲町」のある枚方市が海の畔であるためには「中期縄文時代」を更に遡る必要があるかもしれない。更に、大阪府の「島本」や隣接の京都府「大山崎」の字義通りの景観を復活するためには、海進最盛期（縄文前期）にまで遡る必要がありそうに思う。

以上、「さき」のつく地名は、さかのぼれば、ことごとく、海や大きな湖にあった明瞭な「岬」や「崎」であった可能性が高い。また石狩平野、関東平野、大阪平野、甲府盆地という広範囲に散らばる特定の地域に「みさき」「あさひ」「みどり」という地名のセットが認められることを考えると、「さき」地名の命名は丸木舟によって、当時人口密度の極めて小さい西日本沿岸を探索した「ね」グループをおいて他、考えられない。

「さき」は「ね」の人々の言葉であろう。

 

「ね」の人々の「さ」は「狭」「些」の意味であり、「き」は地表に聳える植物一般の「茎」「幹」のことであろうとしてきた（本稿「ひ・ふ・み・・・の怪しい語源解釈」）。とすると「さき」は更に「さ」+「き」に分ける事ができ「細い」＋「茎」のことで、「幹の細い先端」という意味であろう。大きな陸地から細く突き出た先端が「崎、岬」であろう。

 

「さわ（沢）」の「わ」が＜「わ」の集落＞を意味し、それを形容する「さ」が、先に検討したように、「い」や「わ」の人々が使う言語における「さん（＝下る）」や「さっ（＝乾いた）」起源の「さ」でないとすると、「わ」の部分は「わ」語の単語であったとしても、「さ」の部分は「ね」の人々が使う「狭」や「些」の「さ」ではなかったのか。「さわ」とは＜小さな「わ」の集落＞である。「に/さ/わ」とは「湿地の+小さな+＜わ＞の集落」、「か/に/さ/わ」は「かみ（上）の+湿地の+小さな+＜わ＞の集落」である。「さわ（沢）」は「ね」「わ」混合単語である。

 

「にさ」地名の内「×にさき」は、「×+湿地帯の+突き出た崎」であろう。「おにざき」の場合、「お」は「小さくない」と解釈したので（パート�D「小[お]と大[おお]」）、「小さくない+湿地帯の+突き出た崎」。「く」は「密接して、まとまって」と解釈してきたので（パート�C「国」と「根」の「正」相関/「クニ」の怪しい語源解釈）、「くにさき」は「湿地帯が纏まって沢山ある+崎」となる。「×にさだ」では、「さだ」は「狭田」と解釈したので、「湿地帯の+小さな+田」。「くにさだ」は「纏まって沢山ある+湿地の+狭い+田」となる。「さだ」は西日本に偏在する（パート�C「サタ」地名は「狭田」）。

「沢」が山間に多い地名であることは理解できるが、「崎」や「狭田」の多くは、今では、河川の運ぶ土砂の堆積によって海岸から遠ざかり、内陸盆地の湿地帯が埋まってしまったところにある。第2因子は「負」方向では、海洋からの明確な入り口を示す地名であるのに対して、「正」方向では入り口を更に入った内陸部の水系に於ける地名を規定する因子ではないかと思う。ただし、内陸部の地名ですら、そこで既に生活していた「わ」や「い」の人々の言語による地名というより、「ね」の人々の言語の影響を強く受けているように思われる。むしろ、「ね」の人々が名づけた地名によることが多いのではないか。

関東地方太平洋沿岸から入った「ね」の人々は付近の先住民を伴い、川筋をたどり東北地方内陸を探索する。河川の畔に集う先住民に出会い、自らの集団、集落のことを「わ」と呼んでいることを知る。そして「わ」の部分を残し「×さ＜わ＞」「×か＜わ＞」（「か」は「わ」あるいは「い」グループから「ね」に流入した言葉かもしれない）などと命名していったのではないか。先住民が「ナイ」とか「ベツ」と呼んでいた地名は後退していく。

西日本に「さわ」地名がないのは、内陸部の探索が進んでいなかったことと、先住民（特に「わ」の人々）が極めて少数であったことによるものだと考える。関東地方で合流した3グループにとって、西日本はフロンティアであった。

 

沖積平野周辺は言語混合の揺りかご

上記「みどり」「みさき」「あさひ」の地名セットをもう少し考察したい。

「あさひ」を含むZIP（総数1446件）が北海道ほど多い（485件）都道府県はない。「アサヒ」は「旭」「朝日」「あさひ」のいずれかで表記されているが「旭」がもっとも多い。

下の図は都道府県別に「あさひ」包含地名の件数と、各都道府県のZIP総数で割った出現率を示したものである。

 

グラフを見ると愛知県までの東日本に出現が多いことが見て取れる。都道府県別「あさひ」地名出現分布の遺跡分布・緯度などとの順位相関値を下に示す。これまで包含地名文字列分布の多少は、各都道府県によって総ＺＩＰ件数が異なるため、該当件数を各都道府県の総郵便番号数で除した値を用いてきた。そして、緯度などとの相関値を計算してきた。すなわち出現率で表してきた。「アサヒ」包含地名の都道府県別出現率と都道府県の経緯度・遺跡分布との相関値は0.30〜0.35の値を示し、低いが5％水準の有意な相関関係を示した。しかし、「あさひ」包含地名の分布を％ではなく実数で表した場合での相関関係はもっと明白で0.49〜0.51の値を示した。このような相関値が偶然に生じる確率は1万分の5回以下である。

 

「あさひ」地名出現分布と遺跡分布・緯度などとの順位相関（n=47都道府県）

	遺跡密度	遺跡数	緯度	経度
出現数	0.4934(0.0004)	0.5078(0.0003)	0.5122(0.0002)	0.4891(0.0005)
出現率	0.3097(0.0341)	0.3025(0.0387）	0.3588(0.0133)	0.3022(0.0389)

（）内は無相関確率

 

いずれの指標においても、緯度との相関が最も高い。すなわち、最も北の北海道で高く、北海道には「旭川市」「朝日町」という広域地名欄に記載される地名のみならず、多数の「旭」や「朝日」の地名が存在する。

「岬の先」から「朝日」が昇る光景を誰でも自然に連想し、しかも目出度い地名なので、「みさき（特に美咲や三咲）」と「あさひ」地名がセットになって各地に存在するのだというかもしれないが、それでは、何故「あさひ」地名が愛知県以東、特に北海道に偏在するのだろうか。一方「みさき」は全国にある（「崎」包含地名出現率と緯度などとの相関値は-0.13〜+0.09、「岬」出現率とは-0.11〜-+0.07）。

北の端、北海道の著名な広域欄記載の旭川市を、国土地理院2.5万分の1の地図で閲覧していると驚いた。

旭川市は石狩平野を形成した石狩川が北端で平野部に流れ下るすぐ手前の上川盆地にあり、地図では石狩川と忠別川が合流しているところである。付近にはその他いくつかの中小河川が合流して、すぐ西の山岳部から石狩平野に流れ下り、日本海側に開いた石狩湾を埋めていったのだろう。合流点あたりが上川盆地内でも最も標高の低い付近であり、旭川市街地が展開している。

なんと、旭川には「美咲」はないが「花咲」があるではないか。市役所のすぐ北の東西に流れる石狩川に架かる「旭橋」を越えて川沿いを東に500ｍほど行くと左手に「花咲町一丁目」という記述がある。直接隣接というわけではないが北西500ｍほどに「旭二条」もある。花咲町と石狩・忠別川点あたりの最も低い部分との標高差は10ｍ弱である。またかなり離れるが旭川市「花咲町」から川沿いに北東7-8ｋｍには「男山」自然公園という枚方市楠葉美咲町にもあった「男山」がある。しかしもっと近くに、甲府市「美咲」に見られた「愛宕」が「花咲町」の南東側5ｋｍ以内に見られる。「愛宕墓地」とある。

現在「豊岡×条」と呼ばれているあたりは「東旭川町『愛宕』と呼ばれていたという。また明治36年東京都愛宕神社の御分霊を受け、建立された神社があり、東旭川町「愛宕」の地名は昭和12年、現豊岡15条7丁目にある『愛宕神社』の名をもって字名とした」と経緯がフリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』ナビゲーション, 検索に記載されている（またWikipediaには旭川市立愛宕小学校ＨＰ の記述を参考にしたと記載されている ）。ただ、何故「愛宕神社」から御分霊を受けたのかはわからない。明治以前から「愛宕」とよばれていたからなのか。

また楠葉美咲の淀川を挟んでの燐町の高槻市に「緑が丘」があったように、美咲町の忠別川を挟んで「川向」（パート�A川向という地名参照）の南側には「緑が丘×条」も存在する。

そのほか「緑台」「日の出」また常緑樹を意味する「常盤」という地名も旭川市は含んでいる。

 

「美咲」「花咲」「緑が丘」「あさひ」、まるで現在日本の宅地開発会社が名づけたような地名セットが、石狩平野、上川盆地、関東平野、甲府盆地、大阪平野の、古い時代には水辺と陸地の境目があったと思われる地域に全国展開している。

 

北海道がアイヌ以外の人々にとっては新天地であり、新しい希望に満ちた思いを反映させるために、吉祥地名である「あさひ」という地名を好んで新設したという点は確かにあるかもしれない。確かに北海道の「あさひ」地名の多さは尋常ではない。

 

しかし、北海道を除く東日本での偏在をこの論では説明できない。愛知県や福井・富山・新潟県、神奈川県、山形県では西日本のどの府県よりも高い出現を示している。「朝日」「旭」は「日の出の太陽」という意味ではないかもしれない。

 

梅原（1982）は埴原との対談の中で「吾（ア）」という一人称代名詞が「吾川」「我孫子（あびこ）」「吾妻」等のように、アイヌ語の一人称接頭語のように使われている例を挙げ、日本語のアイヌ語的要素を指摘している（「アイヌ」は原日本人か,p187-188;梅原猛と埴原和郎；小学館）。そして「日本語は古代にいけばいくほど抱合語的性格をもっているのです」と述べている。

本研究でも「アス」文字列を含むZIP分布都道府県が中期縄文遺跡分布とかなり高い相関関係を示し（遺跡密度と0.629、遺跡数とは0.562）「あずま」や「あすみ」という地名を含む「アス」包含地名ZIPリストをパート�Bで掲載した（パート�Bアス地名）。

「あさひ」が「あさ／ひ」でなく「あ／さひ」と区切って理解するべきと考えるなら、「あ」のとれた「さひ」という地名が存在するだろうか。北海道に「札比内（さっぴない）」という地名があることは知っている。「さっ」の小さい「っ」がとれて「さ」と発音される可能性のあることはこれまで指摘してきた。

そこで「サツヒ」「サヒ」文字列を含む地名を抽出してリストしたのが下の表である。

 

「サヒ」包含ＺＩＰから「アサヒ」包含ＺＩＰ除く地名と、「サッピ」包含地名の一覧

0610505	ｶﾊﾄ*ﾂｷｶﾀ	ｻﾂﾋﾅｲ	北海道	樺戸郡月形町	札比内
0610507	ｶﾊﾄ*ﾂｷｶﾀ	ﾐﾅﾐｻﾂﾋﾅｲ	北海道	樺戸郡月形町	南札比内
0330113	ﾐｻﾜ	ｻﾋｼﾛ	青森県	三沢市	淋代
0330071	ｶﾐｷﾀ*ﾛｸﾉﾍ	ｲﾇｵﾄｾ(ｳﾁｶﾅﾔ､ｳﾁﾔﾏ､ｵｶﾇﾏ､ｶﾅｻﾜ､ｶﾅﾔ､ｶﾐｻﾋｼﾛ､ｷｺｼ､ｺﾝｹﾝｻﾜ､	青森県	上北郡六戸町	犬落瀬（内金矢、内山、岡沼、金沢、金矢、上淋代、木越、権現沢、
0330071	ｶﾐｷﾀ*ﾛｸﾉﾍ	ｼｷ､ｼﾁﾋﾔｸ､ｼﾓｸﾎ<174ｦﾉｿｸ>､ｼﾓｻﾋｼﾛ､ﾀｶﾓﾘ､ﾂﾒｷ､ﾂﾎｹｻﾜ<2	青森県	上北郡六戸町	四木、七百、下久保「１７４を除く」、下淋代、高森、通目木、坪毛沢・
0392605	ｶﾐｷﾀ*ﾄｳﾎｸ	ｻﾋｼﾛ	青森県	上北郡東北町	淋代
0280771	ﾄｵﾉ	ｶﾐｺｳﾁﾖｳｻﾋﾅｲ	岩手県	遠野市	上郷町佐比内
0287627	ｲﾜﾃ*ｱｼﾛ	ｻﾋﾅｲ	岩手県	岩手郡安代町	佐比内
0283316	ｼﾜ*ｼﾜ	ｻﾋﾅｲ	岩手県	紫波郡紫波町	佐比内
9895312	ｸﾘﾊﾗ*ｸﾘｺﾏ	ｻﾂﾋﾗｲ	宮城県	栗原郡栗駒町	猿飛来
9400126	ﾄﾁｵ	ﾜｻﾋﾀﾆ	新潟県	栃尾市	山葵谷
9530042	ﾆｼｶﾝﾊﾗ*ﾏｷ	ｱｶｻﾋ	新潟県	西蒲原郡巻町	赤鏥
9203123	ｶﾅｻﾜ	ﾌｸﾋｻﾋｶ	石川県	金沢市	福久東
9120422	ｵｵﾉ	ｻﾋﾗｷ	福井県	大野市	佐開
3950028	ｲｲﾀ	ｵｻﾋﾒ	長野県	飯田市	長姫町
5008366	ｷﾌ	ｳｻﾋｶｼ	岐阜県	岐阜市	宇佐東町
4540868	ﾅｺﾔｼﾅｶｶﾜ	ｸｻﾋﾗ	愛知県	名古屋市中川区	草平町
4968015	ｱﾏ*ｻｵﾘ	ｸｻﾋﾗｼﾝﾃﾝ	愛知県	海部郡佐織町	草平新田
5250071	ｸｻﾂ	ﾐﾅﾐｶｻﾋｶ	滋賀県	草津市	南笠東
6038371	ｷﾖｳﾄｼｷﾀ	ｷﾇｶｻﾋｶｼｺｼﾖﾉｳﾁ	京都府	京都市北区	衣笠東御所ノ内町
6038455	ｷﾖｳﾄｼｷﾀ	ｷﾇｶｻﾋｶｼｿﾝｼﾖｳｲﾝ	京都府	京都市北区	衣笠東尊上院町
6038453	ｷﾖｳﾄｼｷﾀ	ｷﾇｶｻﾋｶｼﾋﾗｷ	京都府	京都市北区	衣笠東開キ町
6038484	ｷﾖｳﾄｼｷﾀ	ｷﾇｶｻﾋﾑﾛ	京都府	京都市北区	衣笠氷室町
6038452	ｷﾖｳﾄｼｷﾀ	ｷﾇｶｻﾋﾗｷ	京都府	京都市北区	衣笠開キ町
6168115	ｷﾖｳﾄｼｳｷﾖｳ	ｳｽﾏｻﾋｶｼｶﾗﾄ	京都府	京都市右京区	太秦東唐渡町
6168161	ｷﾖｳﾄｼｳｷﾖｳ	ｳｽﾏｻﾋｶｼﾊﾁｵｶ	京都府	京都市右京区	太秦東蜂岡町
6168142	ｷﾖｳﾄｼｳｷﾖｳ	ｳｽﾏｻﾋﾉｳﾁ	京都府	京都市右京区	太秦樋ノ内町
6120821	ｷﾖｳﾄｼﾌｼﾐ	ﾌｶｸｻﾋｶｼｶﾜﾗ	京都府	京都市伏見区	深草東瓦町
6120874	ｷﾖｳﾄｼﾌｼﾐ	ﾌｶｸｻﾋｶｼﾀﾃ	京都府	京都市伏見区	深草東伊達町
6120019	ｷﾖｳﾄｼﾌｼﾐ	ﾌｶｸｻﾋﾗﾀ	京都府	京都市伏見区	深草平田町
5731176	ﾋﾗｶﾀ	ﾅｷｻﾋｶｼ	大阪府	枚方市	渚東町
5840052	ﾄﾝﾀﾊﾔｼ	ｻﾋ	大阪府	富田林市	佐備
5720841	ﾈﾔｶﾜ	ｳｽﾏｻﾋｶｼｶｵｶ	大阪府	寝屋川市	太秦東が丘
6520821	ｺｳﾍｼﾋﾖｳｺ	ｻﾋｴ	兵庫県	神戸市兵庫区	佐比江町
6392345	ｺｾ	ﾆｼｻﾋ	奈良県	御所市	西佐味
6392344	ｺｾ	ﾋｶｼｻﾋ	奈良県	御所市	東佐味
6471223	ﾋｶｼﾑﾛ*ｸﾏﾉｶﾜ	ｻｻﾋ	和歌山県	東牟婁郡熊野川町	篠尾
6890735	ﾄｳﾊｸ*ﾄｳｺｳ	ｻﾋ	鳥取県	東伯郡東郷町	佐美
7193154	ﾏﾆﾜ*ｵﾁｱｲ	ｻﾋｷ	岡山県	真庭郡落合町	佐引
7330861	ﾋﾛｼﾏｼﾆｼ	ｸｻﾂﾋｶｼ	広島県	広島市西区	草津東
7711704	ｱﾜ*ｱﾜ	ｷﾀﾏｻﾋﾛ	徳島県	阿波郡阿波町	北正広
7711704	ｱﾜ*ｱﾜ	ﾆｼﾏｻﾋﾛ	徳島県	阿波郡阿波町	西正広
7711704	ｱﾜ*ｱﾜ	ﾋｶｼﾏｻﾋﾛ	徳島県	阿波郡阿波町	東正広
7816430	ｱｷ*ﾔｽﾀ	ﾏｻﾋﾛ	高知県	安芸郡安田町	正弘
8614706	ｼﾓﾏｼｷ*ﾄﾓﾁ	ｺｳｻﾋﾗ	熊本県	下益城郡砥用町	甲佐平

 

「さっぴない」が「乾いた、石ころの（＝ぴ）、川」の意味との解釈が広く行き渡っている。岩手県に3箇所も「っ」が取れた「さひない」がある。宮城県には「猿飛来」と書いて「さっぴらい」と読む地名もある。最後の「ナイ」がアイヌ語の「川」と確信されているので、岩手県の「さひない」もアイヌ語地名と考えられている。「猿飛来」も「さっぴない」の変化したものとの解釈が可能かもしれない。「ナイ」のつく地名の南限は東北地方までと言われるが、「さ（っ）ひ（ぴ）ない」地名もまたZIP地名で見る限り東北地方に限られている。

 

「あさひかわ」の「あ」を取り除き、「ない」を日本語の「川」に置き換えると「さひかわ」となる。「あ/さひ/かわ」は「吾が/サッピ/ナイ」の意味と解釈できる可能性がある。旭川は盆地湖が徐々に乾いてできた場所だとすると、そこに新たに住み着いた人々が「私の乾いた土地」と言いたくなるのは頷ける。

すなわち北海道で極めて多い「あ/さひ（旭や朝日）」を含む地名の何割かは「札比」と同じ意味と解釈しうるかもしれない。すなわち「あさひ」包含地名の東高西低はアイヌ語の影響力の高低によって説明が可能かもしれない。

 

しかし北海道に偏在する「あさひ」地名の「札比内」同源説、すなわち「乾いた、小石のある、川」説に異論を唱えたい。

問題は「ぴ」の部分である。アイヌ語辞書を見ると「ピ」は「種」で、小石は「ピッ」となっていて、最後は「t」と子音で終わるようだ。「サッピッナイ」が正しいのだろうか。

それはともあれ、「さっぴない」は最後が「ない」という「川」を表す語で終わっているので、「水の流れていない石ころだらけの川」という地名らしい地名が成立するのであって、最後に「川」がこない「さっぴっ」や子音のとれた「さひ」であれば「乾いた石ころ」となり、余程の特殊なストーリがなければそんな地名は成立しえないのではないか。しかも大量に。

「旭川（あ/さひ/かわ）」の場合は「川」が付いているのでよいが、旭川市は「川」の付かない「旭橋」や「旭町二条」や「旭岡」という地名を含んでいる。もちろん他の北海道の「あさひ」包含地名のほとんどが「かわ」や「ナイ」や「ベツ」の付かない「あさひ」地名である。

 

「あさひ」の「ひ」はやはり「日」であると思う。ただし「朝の日差し」ではない。「日（ひ）」から派生した「ひ」であると思う。

「干上がる」、「干菓子」、「庇（ひさし）」、「潮干」（潮が引くこと、または潮が引いた海岸）の「ひ」を含む語は「日」とすべて関連している。日光に晒されることによって物は「乾（干）く」。「ひさし」は日を遮る小さな屋根である。なお筆者の解釈では「ひさし」は　「ひ＝日の　+　さ＝些やかな　　+　　し＝特定の役割を果たす物。橋や櫛などの＜し＞」である。

「し」の意味についてはパート�B「橋」を含む地名/端、葉、歯、橋、箸/その他の「ハシ」を含む地名の項を参照されたい。また「ね」の人々は「し」と呼ばれたのではないかと既にパート�D「かみ」と「しも」の怪しい語源解釈。「しも」の反対は「かも」の項で触れた。

 

これまで「蛭」を含む地名は「簸（ひ）る」の意味ではないかと解釈した。「簸（ひ）る」は「内部が現れることであり、湿地が日を重ね、乾燥して地面が現れること」ではないかとした（パート�D「にら」および「ひる」および「ねぎ」のあやしい語源解釈）。また「ヒネたくあん」の「ひね」の意味は「日が経過して経年変化した」という意味に解釈した（パート�D「ひらい」について）。

これらの「ひ」を含む語のうち、「あさひ」地名の「ひ」にもっとも適切な語は「潮干」の「ひ」であろう。「潮が引くこと」のほかに、どの辞書にも「潮が引いた海岸」が載っている。「美咲」の傍らには必ずといってよいほど「干（ひ）」があったのである。「あさひ」とは海岸や湖岸の、「私の（あ）、乾いた（さっ）、干上がった場所（＝ひ）」であろう。

ついでに、「干上がる」や「潮干」などの語のほかに、「潮干」の意味が「潮の引くこと」や「海面が低下すること」であるので、「引く」や「低（ひく）い」も「日」から派生した家族語である可能性を指摘しておきたい。上記「サヒ」地名リスト中「赤鏥（あかさび）」を見て思いついたのであるが、金属に付く「錆（さび）」は、日が経つにつれ、光沢のある金属表面に浮き出てくる酸化物であるが、錆の部分を「乾いて、干上がった表面」と解釈したのかもしれない。「錆び」も家族語であろう。

 

「ない」の付かない、そして「あさひ」を除外したその他の「さひ」地名（上記リスト参照）が「干上がった場所」という形容にふさわしいかを確認しておこう。

日本海に面した鳥取県東郷町の沖積平野はまだ完全に埋まっていないらしく、東郷池という大きな湖がある。更にその南の急に標高が高くなり始めるあたりの川筋に沿った平地が「佐美」である。福井県「佐開」は、大野盆地南東端の真名川が盆地に注ぐ扇状地の根元あたりである

長野県「長姫町」は飯田市役所近辺、松川、野底川のY字合流点。更に少し下ると、天竜川と合流。盆地（飯田盆地というのか？）南端。付近に「愛宕町」あり。南川沿いに「旭町」もある。内陸盆地とはいえ、北方、川沿いに海辺を思わせる「浜井町」あり。「船渡」あり。「みどり」はないが「桜町」「松尾常盤台」あり。大阪府枚方市「楠葉朝日」のあるすぐ東は京都府「八幡市」であるが、飯田市「長姫（おさひめ）」の南に「八幡町」がある。

また、上記「サヒ」リスト中、2箇所の「草平（くさひら）」は濃尾平野にある。現在の海岸線からかなり奥ではあるが、相当最近まで海面下や湿地帯であっただろう。しかし、付近には海面上にある「島」を含む地名が認められる。名古屋市には「緑区」がある。

その他、熊本県「甲佐平」を除いて、すべて「乾いた、干上がった土地」と解釈しうる地名である。ただし岡山県「佐引」、高知県「正弘」は川沿いの小さな集落ではあるが、集落のある平地の乾いた部分と思われる面積は極めて狭小で、「さひ」の「さ」は「さっ」変じての「さ」ではなく、「狭」や「些」の意味と考えるのがふさわしいように思われる。

 

「あさひ」地名の多くは、海進最盛期を過ぎ、再度海面が低下し始めた時期、広大な干上がり始めた土地に住み始めた人々が、自らの土地に命名した言語は、丸木舟によって、既に東西日本のみならず、北海道や沖縄までも自由に移動した「ね」の人々の言葉と、「札幌」の地名を遺した「い」の人々の言語の混成語ということになる。

 

水辺、低地の「美咲」や「花咲」の近辺には必ずといってよいほどに小高い丘があった。「男山」や「愛宕山」である。あるいは「みどり山」「緑が丘」などという地名が付いている。「緑」を含む地名は中期縄文遺跡分布と高い相関を示し（0.532　ｐ＜0.0001）、「みどり」は「実取り」ではないかとパート�Bで推理した（パート�Bトリ）。「取り」とすれば動詞連用形地名であり、これは「ね」や「い」の人々の言語と雰囲気が異なる。「みどり」の「み」が「ね」の人々の使う「み」、すなわち、「身」「実」「三」（本稿最初のほうの「日本語数詞について」参照されたい）であったとしても、「とり」の部分は、より高地に活動拠点を持っていた「わ」の人々の言葉ではなかったか。

「みさき」という言葉ができる。3グループの人々はそれぞれの母語の語彙を使って解釈する。動詞活用の好きなグループは、見晴らしの良い「岬」の形状を見て「見さき」と解釈する。あるいは、「さき」は「咲く」の連用形と誤解する人々もいたかもしれない。「さっ」変じての「さ」と知らない「ね」の人々は。「あさひ」を「わが、些やかな（ささやかな＝いささかの）、乾いた土地」と解釈する。更に「あさひ」の「ひ」を「干」ではなく「日」と解釈した人々は、「ささやかな（いささかの）太陽」を「日の出」すなわち「朝」と解釈する。「あさ＝朝」の語の成立である。「あ/さ/ひ」が「あさ/ひ」になった瞬間である。

麗しい誤解を通して、三種類の言語は交わっていく。

ある範囲にバランスよく配置された「山」「里」「海」の人々の産品を乗せて、岬を巡る丸木舟が交易の労をとる。場合によっては、他の同じような地域との交流も行われたのではないか。沖積平野周辺は言語混合の揺りかごではなかったか。

 

「にさわ」「にさき」の「沢」も「崎」も同時代の単語であろう

以上、「さき」を含む地名が中期縄文時代遺跡分布等とほとんど無相関であるとはいえ、内陸盆地や沖積平野の根元あたりに存在するところから、少なくとも中期縄文時代以前まで遡りうる単語であると言えよう。従って、東日本に偏在する「×に沢」に代わって西日本に目立つ「×に崎」地名も中期縄文時代からあった地名であろう。無相関の原因は当時の3グループのうち「ね」の人々が東日本のみに偏らず、すでに全国展開していたためだと思われる。

むしろ注目すべきは「に沢」や「に崎」の「に」の部分である。これまで多くの「に」を含む文字列地名が都道府県別の中期縄文遺跡分布等の指標と明確な相関関係を示し、東日本に偏在していることを指摘してきた。すなわち、「にった」「にって」「にっしん」などの「につ」、様々の漢字表記のある「はにう」、同じく仁良、韮山などの「にら」、恵庭、丹羽などの「にわ」、そして今論じている「にさ」地名である。そしてこれらの地名の「に」は「湿地」と解釈してきた。ただし「はにう」「にわ」の「に」は「土」と解釈してきた。土の中でも「赤土」「粘土」ではないかと解釈してきた（パート�C「西（にし）」と「東（ひがし）」）。

「にって」は「さって」と対立する地名であるとも述べてきた。「にさわ」「にさき」の「に」は湿地帯のある「沢」「崎」であろう。

なお、甲府盆地「美咲」の北西に、これも盆地の端であるが、「韮崎」がある。「美咲」のセット地名「あさひ」は「些かの干上がった土地」であるが、「ら」は複数を表すと解釈したので、「にらさき」は、以前は漢字に魅かれて、湿地帯に沢山生えている「韮の岬」と解釈したが、単なる「湿地帯が複数ある崎」であろうか。

 

太平洋側の丸木舟を迎えるゲート状の島々から進入した人々は、河口を遡り、より内陸にボートを進める。現在の沖積平野の根元あたりや、更に遡った上流には、広い、半乾きの盆地湖があり、そこには広い湿地帯があった。また川筋のところどころには、水のよどむ湿地帯も見られる。海進最盛期を過ぎ、水が引き始めた縄文時代中期にあっては、このような湿地帯のところどころに、住居に適した乾いた土地があったのであろう。第2因子は「沿岸」-「内陸」地名を説明する次元と考える。すなわち言語的には＜「ね」＞vs＜「ね」+「い」+「わ」＝日本語プロトタイプ＞の次元と考える。

 

ついでに「へび」のつく地名について

パート�A（パート�A蛇と蛭  ヘヒ、ヒル地名）において、「蛇」という漢字であらわされる地名が、「蛭」地名とともに、東日本北に偏在していることが指摘されている。地名「ヒル」は「簸る」「干る」の意味と解釈したので、同じく気味が悪い「蛇」包含地名の意味を解釈しておきたい。「へび」の後のつづり字は「ひ」である。同じく東日本に偏在する「あさひ」の最後も「ひ」である。

パート�Aで既に掲げた「へひ」文字列を含むＺＩＰ地名一覧を再掲する。表には2.5万分の1と国土地理院地図でみた「へひ」地名の地理的情報の要約を加えている。素人のため専門用語に間違いがあるかもしれない。笑ってお許しいただきたい。表中灰色の網掛部は「山部/東（やまべ/ひがし）」のように明白に別単語の最後と先頭が連続した「へひ」文字列包含地名と解釈されるので考察の対象外とした。24件の該当ＺＩＰがあり3件のみが西日本である。明らかに東日本に偏在する。特に東北地方が多い。「へび」地名リストの下に灰色網掛地名を除いて計算した都道府県別出現率と緯度などとの新たな順位相関係数の算出結果を示す。

「蛇」は日本全国に居るにもかかわらず、東日本、特に東北地方に「蛇」のつく地名が偏在するのは説明が付かない。

 

791581	ﾌﾗﾉ	ﾔﾏﾍﾋｶｼ12ｾﾝ	北海道	富良野市	山部東１２線など16ZIP
0392571	ｶﾐｷﾀ*ｼﾁﾉﾍ	ﾍﾋｻｶ	青森県	上北郡七戸町	蛇坂	小川の最上流。5ｋｍ下ると池に流れ込む。その先は盆地。上野崎。かなり内陸
0394503	ｼﾓｷﾀ*ｶｻﾏｳﾗ	ﾍﾋｳﾗ	青森県	下北郡風間浦村	蛇浦	川なし。海岸段丘。下に港。
0286412	ｸﾉﾍ*ｶﾙﾏｲ	ﾍﾋｸﾁ	岩手県	九戸郡軽米町	蛇口	蛇口川沿い一帯。やや大きい川に流れ込む。狭小な平地
09860861	ｲｼﾉﾏｷ	ﾍﾋﾀ	宮城県	石巻市	蛇田	石巻港北2ｋｍ。湿地。「浜工場」、「沖」地名あり。西側は崎状
09870422	ﾄﾒ*ﾐﾅﾐｶﾀ	ﾍﾋﾇﾏ	宮城県	登米郡南方町	蛇沼	現　登米市南方町蛇沼湿地帯、島状の塊の上の小集落
100853	ｱｷﾀ	ﾍﾋﾉ	秋田県	秋田市	蛇野	秋田平野北東端、手形山崎町北の「崎」状地の先端部
120838	ﾕｻﾜ	ﾍﾋﾉ	秋田県	湯沢市	蛇野	湯沢盆地に流れ込む小河川、鉦打沢川と小さな別の川のY字合流点。小さな湿地。その先山頂まで集落なし
181222	ﾕﾘ*ｲﾜｷ	ｶﾐﾍﾋﾀ	秋田県	由利郡岩城町	上蛇田
181223	ﾕﾘ*ｲﾜｷ	ｼﾓﾍﾋﾀ	秋田県	由利郡岩城町	下蛇田	小河川「蛇川」沿い。沿岸より4-5ｋｍ
9610804	ｼﾗｶﾜ	ﾍﾋｲｼ	福島県	白河市	蛇石	阿武隈川沿湾曲部、崎状地の上。南に隣接して旭町
9692701	ﾔﾏ*ｷﾀｼｵﾊﾗ	ｺｼｷﾇﾏ､ｼﾝｸﾛｳﾔﾏ､ｿﾊﾗﾔﾏ､ﾃﾗｻﾜﾔﾏ､ﾍﾋﾀｲﾗﾊﾗﾔﾏ､ﾕﾀｲﾗﾔﾏ)	福島県	耶麻郡北塩原村	五色沼、甚九郎山、曽原山、寺沢山、蛇平原山、湯平山）	裏磐梯高原内。小野川湖と毘沙門湖の間。付近に沼、池が点在
9637716	ﾀﾑﾗ*ﾐﾊﾙ	ﾍﾋｲｼ	福島県	田村郡三春町	蛇石	郡山市の南、三春町。複雑な形状の「さくら湖」南部畔の小さな平地
9637721	ﾀﾑﾗ*ﾐﾊﾙ	ﾍﾋｻﾜ	福島県	田村郡三春町	蛇沢	「さくら湖」畔北部。さくら湖は「大滝根川」の中間部にある自然ダム状の湖。他の小河川の水源
3191303	ﾀｶ*ｼﾕｳｵｳ	ﾄﾓﾍﾋｶｼ	茨城県	多賀郡十王町	友部東
3440062	ｶｽｶﾍ	ｶｽｶﾍﾋｶｼ	埼玉県	春日部市	粕壁東
2892612	ｶｲｼﾖｳ*ｳﾅｶﾐ	ﾍﾋｿﾉ	千葉県	海上郡海上町	蛇園	九十九里浜北部の広大な平野の「旭市」東部の段丘の下、標高9ｍ程度。すぐ後ろの崖は55ｍ
9402514	ｻﾝﾄｳ*ﾃﾗﾄﾏﾘ	ﾍﾋﾂｶ	新潟県	三島郡寺泊町	蛇塚	寺泊。水田に突き出た小高い丘（56ｍ）のふもとの湿地帯
9370021	ｳｵﾂ	ﾍﾋﾀ	富山県	魚津市	蛇田	富山湾東魚津市戸山平野東縁小河川Y合流地、崎状地。
9390664	ｼﾓﾆｲｶﾜ*ﾆﾕｳｾﾝ	ﾍﾋｻﾜ	富山県	下新川郡入善町	蛇沢	黒部川河口標高5-10ｍの段丘の上。旭町がすぐ北。
9190533	ｻｶｲ*ｻｶｲ	ｷﾍﾋｶｼ	福井県	坂井郡坂井町	木部東
5008268	ｷﾌ	ｱｶﾅﾍﾋｼﾉ	岐阜県	岐阜市	茜部菱野
5092423	ﾏｼﾀ*ｹﾛ	ﾍﾋﾉｵ	岐阜県	益田郡下呂町	蛇之尾	飛騨川に流れ込む小さな支流沿い。山中、川沿い狭い湿地帯が連続。飛騨川沿いには朝日町×地名もある。
4240916	ｼｽｵｶ	ｼﾐｽﾍﾋﾂｶ	静岡県	静岡市	清水蛇塚	安部川河口から海岸沿い北東8ｋｍ単調な海岸沿いの段丘上10-20ｍのがけ下やや広い部分。清水市のはずれ。清水市には新緑町。緑が丘町あり。
4370053	ﾌｸﾛｲ	ﾉﾍﾋｻ	静岡県	袋井市	延久	大田川上流。河口より約8ｋｍ標高約17ｍ。湿地帯
4750905	ﾊﾝﾀ	ﾔﾅﾍﾋｶｼ	愛知県	半田市	岩滑東町
4701211	ﾄﾖﾀ	ｳﾈﾍﾋｶｼ	愛知県	豊田市	畝部東町
4928177	ｲﾅｻﾜ	ｸｻｶﾍﾋｶｼ	愛知県	稲沢市	日下部東町
4901406	ｱﾏ*ｼﾕｳｼﾔﾏ	ﾅﾍﾋﾗ	愛知県	海部郡十四山村	鍋平	木曽川下流0ｍ地帯。「三百島」北に隣接
5270006	ﾖｳｶｲﾁ	ﾀｹﾍﾋﾖｼ	滋賀県	八日市市	建部日吉町
5270073	ﾖｳｶｲﾁ	ﾍﾋﾐｿ	滋賀県	八日市市	蛇溝町	琵琶湖南部畔より、東10ｋｍ。　布施山を先端とする岬状地形の中ほど、平地部との境。小河川沿。付近ため池多。
5203107	ｺｳｶ*ｲｼﾍ	ｲｼﾍﾋｶｼ	滋賀県	甲賀郡石部町	石部東
6491316	ﾋﾀｶ*ｶﾜﾍ	ﾍﾋｵ	和歌山県	日高郡川辺町	蛇尾	日高川沿、険しい山岳地帯北から直角に流入する小河川の最上流部。日高川辺より約2ｋｍ。蛇の尻尾にふさわしい地名。「川辺」町の「辺」は「へ」と読む。
7310222	ﾋﾛｼﾏｼｱｻｷﾀ	ｶﾍﾋｶｼ	広島県	広島市安佐北区	可部東
8760023	ｻｲｷ	ﾍﾋｻｷ	大分県	佐伯市	蛇崎	佐伯市番匠川河口付近。少し入ったところに、堅田川とのY字合流部が蛇崎。先端やや広い平地部あり。

 

「へび」地名(灰色網掛地名は除く)出現分布と遺跡分布・緯度などとの順位相関（n=47都道府県）

	遺跡密度	遺跡数	緯度	経度
出現数	0.2740(0.0623)	0.3268(0.0249)	0.3933(0.0062)	0.4384(0.0020)
出現率	0.2561(0.0822)	0.3134(0.0319)	0.3787(0.0086)	0.4298(0.0025)

（）内は無相関確率。網掛はｐ＜.05以下

 

また表記は、殆どが漢字の「蛇」を使い、それ以外は「延久（のべひさ）」「鍋平（なべひら）」のみである。

個々の「へび」地名を2.5万分1地図で確認したところ、青森県「蛇浦」を除いて、すべて大小河川沿いや古くは河川の周囲の湿地帯であったと思われる場所にある。「へび」の「ひ」が「干（ひ）」の意味と解釈できる可能性が仄見える。

唯一例外的な場所に立地する、海岸線上の、川の無い青森県「蛇浦」はどうでああろうか。蛇浦は本州北端の大間崎から太平洋側沿岸を5ｋｍほど南下した海に面した漁港のある小さな集落である。50-100ｍ幅の「はまなすライン」と呼ぶ国道が走る海に沿った平地が連続している。

民家は主として蛇浦港を中心に国道沿いに並んでいる。海岸沿いの狭い平地の背後10-20ｍの崖が平行して続いていて、崖の上は西南西の方向のなだらかな傾斜地になっている。畑・牧草地の地図記号が記されている。丘陵地帯から漁港に向かって降りてくる小さな道が記されている。この道筋にもまばらな集落記号がある。道の終端、漁港からの入り口辺りの崖が開いたところには、神社と寺院の記号が記されている。川はどこにもなく、海岸は極めて狭く、すぐ海である。干からびた湿地を思わせる形跡はどこにもない。

しかしながら、「へびうら」の「ひ」もまた「干（ひ）」の意味と解釈しうるのではないか。千葉県「蛇園」の地形が推理の参考になる。

蛇原は犬吠埼から10数キロ西の内陸にある。内陸といっても南の九十九里浜から約2ｋｍである。海流や風によって形成された海岸平野である九十九里平野が東で途切れるあたりにあり、標高は10ｍ弱である。東側背後には標高50ｍ程度の断崖が南北に連続している。縄文海進が最も進んだ時代では、平野はまだ無く、この崖の下辺りまで海水が来ることもあったのではないかと思われる。海が引き始めて最初に干上がった部分が蛇園あたりの、やや標高の高いところであろう。崖下の九十九里平野には自然な川筋が見られない。田に水を引くために人工的に作ったと思われる直線的な河筋や、人工的な形のため池が認められるのみである。「へびその」の「び」は「干（ひ）」ではないか。さらに、「蛇園」を含む広大な「干（ひ）」である九十九里平野の東の端が「旭（あさひ）」市である。

さてもう一度「蛇浦」を眺めてみよう。「蛇浦」は本州北端の大間崎から単調に延びる海岸線上にある。一方「蛇園」も本州東端の犬吠埼から単調に延びる海岸線に近いところにある。ともに背後には海進時には、波で洗われていたと思われる崖が連なっている。異なる点は「蛇園」の前面には広大な海岸平野が発達しているのに対して、「蛇浦」の平野部は極めて狭小であることである。しかし崖より下の部分はどちらも「干上がった」部分であることに違いはない。「へびうら」の「ひ」もまた「干（ひ）」の意味ではないだろうか。これら2地名に関しては海岸線の消長に注意を払う必要がある。

「ひ」が「び」と濁るのは「へひ」とハ行の清音が連続すると発音しにくく、聞き取り難いためではないか。

蛇浦港の輪郭を見ると、かなりの程度に海に突き出た護岸が認められる。蛇浦沖の水深は深くないのではないか。蛇浦の場合は、ある時期、今よりもっと広い陸地の部分があったものが、波に削られて現在位置まで後退したのかもしれない。

 

「へび」地名の「へ」の部分

沖縄本島最北端の「辺戸（へど）岬」の「へ」は最も「上の」岬と解釈した。「へたる」「へつらう」「へさき」「へこむ」などに付く「へ」と同じ意味ではないかと述べた（パート�D「と」と読む「戸」を含む地名も「とね」地名分布と似ている）

田村すず子アイヌ語（沙流方言）辞典（草風館：1998、ｐ.178）に接頭語としての「へ」が記載されている　＜「he-【接頭】(名詞語的接頭辞)「物理的または心理的に上下のあるものについて、上の方をさす。主に他動詞に接頭して、その目的語の代わりになる。その語の取り得る目的語の数を一つへらすので、目的語を一つ取る他動詞にこれが接頭すると自動詞になり・・・略・・・・「頭、上の端の方。Hekiru[he-kiru頭を….の方に向ける]….の方に向く・・・以下略＞と記述されている。なお「kiru」は同辞書を見ると「向ける」ということである。「舵を切る」という言い方があるが関係あるのだろうか？

「へたる」「へこむ」「へつらう」の「へ」と意味も使い方もたいそうよく似ている。「へさき」は名詞についているが、意味は同じである。

「へひ」とは「上の方に向かう乾いた土地」であろうか。このような意味なら全国に「蛇」の付く地名が少なからず存在するのも納得できる。「へ」がアイヌ語起源か、日本語からアイヌ語に「へ」が流入したのかわからないが、「へび」地名もまた多言語混合の一例と思う。

 

第２因子負荷量が２番目に高い「よね」地名

「ニサ」に次いで第２因子負荷量の高い地名文字列は「ヨネ」であるが、ここまでの第２因子の考察を踏まえて「よね」地名の地理的出現場所を確認しておきたい。

該当「ヨネ」包含地名の「ヨネ」の部分は、ほぼすべてが漢字「米」で表されている。例外は沖縄県「与根」、広域欄記載地名の岡山県「清音（きよね）村」と愛知県「豊根村」のみである。東西日本分布と関連する第一因子負荷量は0.415であり東日本でやや強く偏在するといった程度であるが、第2因子負荷量はこれより大きく0.451である。これまでの第2因子の解釈に従えば東西差よいうより内陸地名の色彩が強いという点に特色が見られる。

なお、岡山県清音村は明治22年6村合併に伴い、高梁川のせせらぎに注目して、＜「山水有清音」という古語にちなんでつけられました＞と総社市・山手村・清根村合併協議会HP「市村のプロフィール」の項目に記されていて、新しい地名であると思われる。但し福井県に二箇所も910-3264「木米（きよね）」、915-0203「清根（きよね）」の例があるので、「清音村」成立以前に、近辺に「きよね」という何らかの地名があったとしても不思議はない。また「豊根村」は＜明治9年北設楽郡三沢、上黒川、下黒川、古真立、坂宇場の各村が合併し豊根村となる＞（フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』）となっている。「豊」は目出度い漢字で地名によく使われる。

また、最も南の沖縄県「与根」は環境省のHP「インターネット自然研究所」内の「日本の重要湿原地500」「与根干潟」のリンクから検索できる。

 

北海道で複数の「米里×条」があり、宮城県に「宮城県登米郡（現在では市）米山町」という2箇も「米」を含む広域地名がある。また山形盆地には115ZIPを含む「米沢市」という大きな広域地名がある。いずれも東日本である。そして内陸である。

個々の「よね」地名はjomon.lzh内の「ヨネ.txt」を参照されたい。また、下のリンクをクリックすると、「ヨネ」地名のgoogleEarthに目印をつけた分布図が示される。

 

　ヨネ分布北海道　ヨネ分布東北　ヨネ分布関東・中部・北陸　ヨネ分布関西・四国　ヨネ分布九州

クリックすると別ウインドウで開かれる。右クリックポップアップメニューから「対象をファイルに保存」を選ぶとダウンロードできる。Viewerソフトで見るとよりきれいな画像が閲覧できるかもしれない。

また緑の目印は「ヨネ」ではなく「ヨコネ」包含地名。本文参照。米沢市、米山町は格段に多数のZIPを包含するため大きな目印をつけている。

 

個々の「ヨネ」地名を分布図で検討すると2点が指摘できる。

すなわち、西日本にも分布するが東日本に偏在傾向が強い。

現在の海岸線近辺に位置する例は極めて少なく、「にさ」や「あさひ」地名と同様に、沖積平野や干上がった盆地ができる前の水際（すなわち盆地湖の畔）と思われるあたりに沿っていることが多い。すなわち現在の海岸線より5ｋｍ以上内陸部、標高が10ｍ前後より高い。これら東高西低の分布は第1因子負荷量の高さに反映される。したがって、西日本に見られる種々の「よね」地名もまた縄文中期まで遡れる地名であろう。

第2点は、東日本において、極めて内陸の山岳部近くにも分布が認められる点である。これは「にさ」地名と同様で、第2因子負荷量に相応する。第2因子負荷量の0.45はこの東日本の山岳部の分布に負うところが大きい。

西日本の「よね」地名44件の半数以上が現在の海岸線から5ｋｍ未満にあるのに対して、東日本では240件のうち30件の12.5％過ぎない。内陸部の「米沢市」「登米郡米山市」という多数ZIPを含む広域地名を1件とカウントしても50％以下の30％に満たない。

 

「よね」地名の集中地域

やや恣意的ではあるが「よね」分布図を眺めると次のブロックに分けることができるように思う。

 

北海道石狩平野と石狩川周辺

北陸福井県から富山県にかけての日本海沿岸　

新潟県から青森県の日本海側沿岸

仙北（仙台）平野

米沢盆地

会津盆地周辺部

阿武隈川上流

関東平野を広く取り囲む山岳部といってよい周辺部。山梨県・静岡県を含む。

鳥取・島根県日本海沿岸

兵庫〜山口県瀬戸内海沿岸

九州西南部の熊本・鹿児島県／沖縄県

 

上の記述中「沿岸」という表現の多くは「沿岸」にある沖積平野の相当山側に近い地点を含んでいる。また更に川筋を遡った場合も含んでいる。このうち米沢盆地は唯一「米沢市」という極めて大きい広域地名欄記載の地名があるため、1ブロックとして取り上げたが、適当でないかもしれない。

また部分的に「にさ」地名の分布とも重なっているように見える。すなわち、「にさ」地名も北上川沿いや山形、新潟、富山、石川県で多かった。

 

「ね」の人々の日本列島横断と北海道への進出

「よね」地名出現率が中期縄文遺跡分布と高い相関を示し、「よね」も「ね」が付き「×根」の一種とみなせる可能性があるので（パート�D「モヨ」/「ヨツ」と「ヨモ」）、「よね」地名の分布は、中期縄文時代までの「ね」の人々の拡散の様相を考える手がかりになるように思われる。

 

以下に考察を進めるが、地名に関する記述は、ZIP地名ではなく、主として国土地理院2.5万分の1閲覧ページで表示される地図に記載される地名である。

 

これまで「ね」の人々の日本列島への主要な進入経路は房総半島近辺ではないかとしてきた。縄文海進最盛期を過ぎた中期縄文]時代においては未だ関東平野はなく、房総半島と現在の関東平野周辺は多島海とも言うべき状況であっただろう。利根川はまだ川ではなく東京都を越えた辺りまで深く続いた海峡といってもよい海水路であった。

 

　似たような景観は房総半島突端の銚子から太平洋沿岸を北上すれば現在でも三陸海岸において出会うことができる。三陸のリアス式海岸の始まりは仙台湾であろう。北上を阻むように東西に陸地が広がる。岬の先端は金華山である。近づくと沢山の島々があり、更に小さな入り江が複雑に入り組んでいる。丸木舟を歓迎するかのようなゲート（海峡＝戸）がある。すなわち「戸、門」がある。

仙台湾には、鳴瀬川、旧北上川などが注いでいる。それらの河川が運ぶ土砂のため、現在では仙北平野（仙台平野の北側）と呼ばれているが、地形図をみると単純な沖積平野ではなく多数の大小の島々や、長く突き出た岬の間を埋めた平野であることがわかる。「ね」の人々を惹きつける景観である。そして川筋に沿っての探査が行われる。

鳴瀬川の最上流には大崎市米袋・米倉がある。

一方、北上川が一関あたりの山地を超え平地部に流れ落ちるあたりに「米」という漢字が2個も含まれる「登米郡米山町」という26ZIPの広域地名がある。更にZIP地名ではないが米山町西野の中に「米岡」という記述も見られる。その他登米郡（現在は市）には多数の「米」を含む地名がある。

更に北上川を北上盆地にまで遡ると、支流「人首（ひとかべ）川」の最上流に「奥州市江刺区米里」がある。

 

仙台湾に至る前に、相馬港の北の阿武隈川河口を通過するだろう。河口付近には「隈潟」「荒浜」「新浜」「川向」更に「蛭塚」などこれまで取り上げた縄文地名文字列を含む地名が目に付く。そしてこれらの地名は「岩沼」市内にある。「ぬま」も「いわ」も極めて強く東日本偏在を示す地名文字列である。岩沼市には「朝日」「愛宕山トンネル」という記述も見える。

現在では、潮流のせいかどうか知らないがこの辺りは直線的で単調な浜が続いているが、しかし、海岸部や沖積部の土砂を取り払うと相当変化に富んだ河口付近の海岸線が想像できる。仙台湾まで行かなくても「阿武隈川河口」も又「ね」の人々の興味を惹いたに違いない。阿武隈川を延々と遡上し、最上流付近の小さな盆地に至ると白河市、西白河郡がある。小さな盆地の中に「米」「米山越」「米村道」という地名がある。

また、阿武隈川河口をたどり15ｋｍ程度内陸に進むと白石川との合流点に至る。阿武隈川は南下するが、西に突き進むと白石川の由来と思われる「白石市（しろいし）」のある盆地に至る。盆地の西側を抜け、白石川は更に高地に向かっている。「七ケ宿湖」という湖を介して最終的には標高550ｍ位の水源地にたどり着く。すなわち、「追分」と記された集落あたりで2つの沢に別れる。どの沢も数キロ先の湿地帯で終わっている。白石川の終端はそこで切れている。左側の沢には「古道沢」との記述があり、沢沿いに5ｋｍ程度の山道がある。沢の終端を1ｋｍほど越え山道は終わっている。しかし道の西側斜面を数100ｍ下ると小さな沢の最上流部に出合う。更に沢に沿って1.5ｋｍ程度下ると「上の台」「中里」「宮下」という3集落の集まった場所に至る。幾つかの、すぐそばに水源地がある小河川が集まっている場所である。集まった流れは「屋代川」と呼ばれる。屋代川は日本海側方向に流れるが、先ず手前の米沢盆地に注いでいる。白石川沿い、屋代川沿いには、この山越えの数100ｍを除いて、米沢盆地まで、ほぼ切れ目なく田の地図記号が連続している。そして国道113号線が並走している。

最後の部分は「二井宿第二トンネル」で迂回して米沢盆地に至っている。屋代川が、更に、すぐ南で、白石川終端に近いところに源流を持つ大滝川に合流する地点の集落は対岸同士で「上宿」「下宿」という名前がついている。「宿」と書いて「しゅく」と音読みする言い方は後世の宿場制度以降でないか述べた。しかし「宿」地名は明瞭に東日本に偏在している。もとは「かみやど」「しもやど」と言っていたのだろう。「上宿」「下宿」を地図閲覧サービスの検索画面に入れて検索すると95件がヒットする。ことごとく「しゅく」と読んでいる。

またこの近辺に「蛭沢」「蛭沢湖」があり、「蛭沢川」が流れ出ている。もちろん「蛭」地名も縄文的色彩の強い地名である（パート�B「ユク」を含む地名について/音読みの「宿」地名がなぜ縄文遺跡分布と重なるのか？/「やど」の怪しい語源解釈）。上・下宿から2ｋｍほど屋代川を下ると「八幡宮」があり「緑町」「旭町」というどこかで聞いた地名が並んでいる。国道113号線は盆地に入ると盆地北部の南陽市から最上川に沿って新潟県新潟市に続くが、米沢市は反対側の盆地南部にある。

白石川終端が2つの沢に分かれていると言ったが、元来は「古道沢」より南にもうひとつの分岐する沢と沢沿いの山道があったのではないか。

2.5万分の1地形図を見ると現在の国道113号線の走る部分で、谷あいで山道はないが、途中には湿地帯を示す記号が500ｍ程度に渡って続いている。さらに数百ｍ進むと、113号線は仁井宿峠で仁井宿第二トンネルに入り、米沢盆地にいたる迂回路（厳しい崖の続く道を避けた）として離れていくが再び等高線に沿った山道が復活する。数百ｍ山道を歩くと日本海方向に下る上述の大滝川源流付近が左手の急な斜面の下に流れているのが見える。距離は200ｍぐらいであろうか、標高差は100ｍ近くある。狭いながらも二井宿トンネルの入り口付近の涸れ沢の最終地点まで「田」の地図記号が認められる。大滝川を下れば上記「上宿」に至る。山道は左下に大滝川を見ながら、先の「上宿」に至っている。

阿武隈川-白石川-屋代川あるいは大滝川-「米沢」の経路が可能だとすれば「米沢」は「白河市・西白河郡」の「米」「米村道」「米山越」と同じ阿武隈川関連ブロックと言えるかもしれない。

米沢盆地と白川盆地の間は南北に約60ｋｍであるが中間辺りに猪苗代湖があり、猪苗代湖のやや西、日本海側に広大な会津盆地が広がっている。6箇所もの「米」包含ZIP地名が認められる地域である。米沢・白河盆地に近いので、南北のこれらの盆地と会津盆地を結ぶ河川を調べたが猪苗代湖東側に続く山肌に阻まれて水系は途絶えている。会津盆地からは「阿賀川」が途中で「阿賀野川」と名を変え、新潟港に流れ下るので、水路から言えば裏日本の「米」地帯である新潟県との関連が強いというべきかも知れない。但し、会津盆地には旧石器時代の遺跡がある。古くから日本列島の高地部を移動してきた人々にとっては、特に「川筋は通路」という意識はなかったであろう。水系を意識しなければ距離的には近い。

2.5万分の1地図をみると、会津盆地内には「沖」や「島」など海を連想させる地名や「朝日」「愛宕」の地名が豊富に見られる。

 

次に関東平野を取り囲む「よね」包含地名の関連性について考えたい。

ヨネ分布関東・中部・北陸を見ると利根川の入り口付近に米島、米込、米持、米野があり、現房総半島の標高の高い中央付近に米満、米原、米沢がある。米島を除いて、いずれも地形や、標高をみると終止、海上にあった場所といえる。「米島」は水田が広がる標高1ｍの平野上にあるが、「島」が付くので、水田の開拓とともに切り崩されてしまったのではないかと思う。しかし、広汎に見られる「利根」地名のシンボルである利根川をしばらく遡っても、「米」包含地名は見られない。「米」地名が復活するのは利根川が埼玉県と群馬県の県境になるあたりまで北上しなければならない。しかも南側の埼玉県にはなく、群馬県に「伊勢崎市境米岡」「太田市米沢」という幾分現在の利根川流域から離れた場所に出現する。また、太田市米沢町に至る20ｋｍ強手前で、北から流れ下る渡良瀬川に合流するが、渡良瀬川を北上し、また、北、すなわち山側にさかのぼる支流に「佐野市米山南町」がある。GoogleEarthの航空写真で見るとこれらの「米」包含地名より南は山の稜線や谷筋が明瞭ではなく、関東平野に向かって無秩序に川筋が流れているようにみえる。すなわち大規模な土砂崩れの痕のように見える。更に利根川を遡っても利根川水系に「米」包含ZIPは見られない。

関東平野を取り囲む西側の「米」包含地名に至るには神奈川県を越えて伊豆半島を経て静岡県にまで舟を進めなければならない。伊豆半島の付け根「狩野川」河口付近沼津駅北側に「米山町」がある。東側に隣接して「杉崎町」という「崎」を含む地名がありその南隣には「あさひ」ならぬ「日の出」町がある。沼津駅を南に越えて沼津港の方角に行くと「旭町」がありすぐ隣に「千本緑町」「千本常盤町」「千本常盤町」がある。「八幡町」付近にある。米山町の南隣は「い」の住むところと解釈した「泉町」があり、「ね」の村らしい「白根町」が八幡町のすぐ南に、「わ」の人たちの「高沢町」が米山町の西隣にある。おまけに「三芳町」があり「三薗橋」が狩野川にかかっている。3グループが混在する言語混合のゆりかごがここにも存在する。

ただ、近くに「愛宕山」がない。「あたご」に出会うためには更に沿岸を20ｋｍほど西に進めなければいけない。右手に長い砂浜が続き、やがて中小河川の出口が集まる「あたごやま」ならぬ「田子の浦」に到着する。河川のうち最も大きいのは「潤井（うるい）川」であろう。潤井川を数キロ遡上すると「米の宮町」がある。「うる」文字列は第一因子負荷量の高い文字列である。米の宮町の近辺にも「青葉町」「青島町」そして「緑町」がある。「あお」も「みどり」も縄文地名文字列である。「蓼原（たではら）町」も近辺である。「たて」地名は縄文地名文字列である。「あさひ」はないが「日の出町」が隣接といってよいところにある。沼津にあった泉町はないが「今泉」はある。

「田子の浦」に出会い、「愛宕山」の意味が氷解した。「あたご」の「たご」は「田子」ではないか。すなわち「こ」は「密接した、くっついた」すなわち「子供の」と解釈したので「田んぼで働く人々」が「田子」であると思う。とすると「われわれ農民の山」となる。湿地が干上がってできた広い田んぼのあるところにしばしば「愛宕山」がある。田子の浦の山側には田んぼが広がっている。

筑紫野市｢美咲｣の隣に「高原」と書いて「たこら」と読む地名があることを先に述べたが、「たこら」の「ら」は「僕ら」の「ら（等）」とすると｢たこら｣は｢田子ら｣と解釈できる。

このことに気が付いて、本項最初の旧北上川河口を見直すと、入って直ぐに「愛宕山」がある。周りは水田が広がっている。

 

さて、田子の浦のもう少し西側に、富士川河口がある。富士川は潤井（うるい）川と平行している。米の宮町からもう少し遡ると潤井川が分流している場所がある。星山放水路と書かれていて、名前から見ると人工的な川筋と思われる。ここを除いて、両河川は極めて接近するところもあるが平行に流れているのだけである。ただし潤井川源流付近では300ｍほど離れて「芝川」という流れがあり、芝川も富士川と潤井川の間をしばらく並行に流れるが、富士川が北向きからやや西向きに流れを変えるあたりで合流している。ここを通過すると、富士川は、再び真北に向かって蛇行する。遡れば、甲府盆地の南西部の端にたどり着く。盆地の、この出口には「笛吹川」「釜無川」のほか多数の小河川が合流している。「富士川」という名はここまでである。

南巨摩郡増穂町「舂米」がこの出口付近、盆地の縁にある。「春」ではなく「舂」である。「つきよね」と読む。縁といってももう盆地内とはいえないような縁である。盆地内の集落が途切れ「つきよね」の後ろは350ｍの崖を含む等高線が連続している。なんと、この「つきよね」の西側の山の谷あいからは短い「利根川」が流れ下っている。「つきよね」はこの扇状地にある。盆地の最も低い場所を盆地出口辺りの250ｍとすると、「つきよね」は標高280-300ｍである。

やや離れるが、河川が合流し、盆地から富士川が正に流れ下るあたりに「旭町」がある。また「つきよね」の東500ｍに「荒居」という「い」の人々の地名も見られるが、目に付くのは「さわ」地名である。2ｋｍ程度の範囲に「長澤」、「湯沢」「荊（ばら）沢」「宮沢」「畔沢」「鰍沢」「鮎沢」と狭い範囲に密集している。また北側2ｋｍをやや越すあたり「滝沢川」に沿って、今ひとつ「旭町」が2.5万分の1の地図に見られる。また「新田（しんでん）」も見られる。

盆地の南縁の比較的近い部分に沿って、盆地内を流れる笛吹川の更に南側の山岳地帯から笛吹川に流れ込む沢沿いに「米倉」という、もう一つの「よね」地名が見られる。米倉もまた盆地の縁で、標高は「つきよね」と同じで280-300ｍぐらいである。米倉の盆地側には「新浜」、川向こうになるが「河内」があり、すぐ同じ標高の北側には「長崎」「御崎林」という「崎」包含地名、「あさひ」はないが、米倉に沿いの川には「あさかわ（浅川）」という記述が見られる。

そして米倉の反対側の盆地北側のへり、同じぐらいの標高のところに「美咲」「朝日」「愛宕山」「緑が丘」がある甲府市の中心部がある。

笛吹川は盆地の北東部から更に山岳に向かい、源流は、多摩川水系の源流にやや近いとはいえ、越えるのは容易ではなさそうである。

一方、甲府盆地西側で笛吹川と南から合流する釜無川を遡上すると、容易に長野県に達することができる。川幅は広く、広い川原には盆地を出ても水田の地図記号が延々と続いている。ただし釜無川は長野県との境界線となるあたりで、大きく山すそを回ってUターンし北から南に方向を変えている。左岸には塩沢温泉、神代、机などの記述が見える。北から「立場川」など中小河川が合流している。この辺りからもう少し北側に入った辺りが盆地の北端と言えるだろうか。北西方向に小さないくつかの小さな川が複雑な等高線に沿ってながれていて、やがて平地部が徐々に広がっていく。

北西方向20ｋｍに諏訪湖がある。諏訪盆地である。諏訪盆地は諏訪湖の北側の部分まで含んでいる。北側が下諏訪で南が上諏訪である。

茅野市米沢は諏訪湖南部側盆地部北縁の、もう盆地内とはいえないような盆地の縁の高台、やや緩やかな傾斜地上にある。傾斜地とはいえ前面に「上川」が流れていて、上川河畔まで田んぼの地図記号が記されている。

「米沢」の隣に「南・北大塩」「中大塩」「塩沢」「塩之目」という「塩」を含む地名が並んでいる。「塩」地名については後に触れたい。

また米沢だけでなく「菅沢」「福沢」「芹ガ沢」「栗沢」などが目に付き「さわ」地名が濃い。駒形遺跡、尖石石器時代遺跡、やや遠いが上之段石器時代遺跡という記述も見られる。

「あさひ」はないが「朝倉山」がある。ただし、茅野市の西の諏訪市に行けば「あさひ」とひらがな表記の地名が見られる。「小泉」「大泉」があり、「新井」がある。「い」の人々もいたのであろうか。また諏訪湖畔南東隅から流出して上記米沢の前を流れる「上川」の流出部を見下ろせるところにところの「上諏訪」に「緑ヶ丘」がある。また茅野市には「みどりガ丘」もある。また漢字1字の「緑」もある。「すわ」も第一因子負荷量の高い（0.47）縄文語地名文字列である。「巣の輪」と解釈した。諏訪盆地には縄文地名があふれている。

 

茅野市米沢から水系をたどって北東にある佐久市に至るルートを検討してみよう。佐久盆地から、上田盆地、長野盆地と続いている。佐久市からは千曲川が流出している。千曲川は信濃川と名を換え「米」地名の豊富な、裏日本、米どころ、新潟平野にたどり着く。日本列島を横断したことになる。

また盆地中央の諏訪湖を渡れば諏訪盆地の北部になる。盆地の北西方向、5ｋｍもはなれず、一段、標高の低い松本盆地が開けている。両盆地の間に塩尻峠と名づけられた峠（標高1060ｍ程度）あり、峠を越すとすぐ田川という川の源流に出会う。諏訪湖側から峠に向かう山道があり峠近くまで山道に沿って狭いが田んぼの記号が並んでいる。同様に松本盆地側の田川源流付近からも田んぼの記号が並び始める。田記号のないのは急勾配の峠付近500ｍ程度のみである。松本盆地からは、同じく「犀川」が日本海側に流出し、上記信濃川上流の千曲川と合流する。このルートの地名も検討する必要がある。

 

その前に、唯一諏訪湖の西側から太平洋側に向かって流出する天竜川のルートも触れておこう。天竜川河口は富士川河口より、更に西の、浜松市辺に河口を持つ。御前崎を通過し、100ｋｍ以上も西に舟を進めなければならない。

途中、静岡市近くには安部川河口があるが川筋は本州中央部まで至っていない。また、安部川の西にある大井川は甲府盆地の西側付近に源流があるが、それでも20ｋｍ以上は離れている。

 

諏訪湖には天竜川本流のみで直結していてわかりやすい。河口付近に浜松市南区「米津町」があり、中ほどに、支流になるが｢豊根（とよね）村｣という5ZIP「よね」を含む地名もあり、先の富士川ルートの類似性が期待できる。

河口付近は海岸平野と呼んでよいのかわからないが、極めて狭い、単調な砂浜が続いている。形成前は複雑な海岸線が続いていただろう。海岸は「米津の浜」と書かれている。標高は海岸からすぐに高くなり、浜に沿って堤防のような高まりが延々と続いている。この内側に標高2.5から5ｍの広い平地部があり、この部分は天竜川などの河川が形成した沖積平野であろうか。

米津町の西隣は「堤町」とある。堤防のような高まりは人の手による部分も含まれているのだろうか。「つみ」文字列包含地名、すなわち、具体的には「堤」包含地名が多い、の第一因子負荷量は0.55であり中期縄文的地名である。「つつみ」は「土積み」ではないかと解釈したが（パート�A堤、積、辰巳などのツミ地名/ツツミ地名）、堤防により内部地域の乾燥化は更に促進されるだろう。平野部は現在の浜松市内の市街部全域を収めるあたりにまで広く、背後は40-50ｍの段丘が広がっている。平野部には三島町、中島、寺島など「島」の付く地名が多い。仙台湾にもあった「松島」もある。松島だけでなく「松」を含む町名も多い。

堤町の北は「新橋町」とあるが「にっぱし」とわざわざ小さい「っ」の含んだ振り仮名が付けられている。「にった」の「にっ」である。「沢」を含む地名も見られる。新橋町の西隣は「小沢渡町」である。これも難読で「こざわたり」というふりがながある。これら米津町近辺は民家記号も多いが田んぼの記号も広がっている。

浜松には「あさひ」はないが、浜松市中心部あたりには「浅田町」「浅田×丁目」がある。浅田町の南は「海老塚、更に南には「鴨江」がある。「かも」も「江」もすでに議論した。やや離れて南西側には、標高は10ｍを越えるにもかかわらず、「蜆（しじみ）塚×丁目」、「蜆塚遺跡」という書き込みが見られる。

「蜆塚遺跡」は浜松市公式Webサイト内の浜松市年表の中でＢ.Ｃ2000年ごろの遺跡と書かれている。また同年表にはＢＣ8000年ごろの滝沢鍾乳洞遺跡や、ＢＣ16000、いまから1.8万年前の浜北人の記述もある。

一方、同年表によると「AＤ1000年ごろにこれらの丘陵遺跡より低い、浜松市街中心部あたりの伊場遺跡で米作りが始まった」となっている。確かに市街地には多くの「島」や「海老」や「朝」の付く地名が見られる。平野が形成され、ある程度完成された「弥生時代」に米作りが始まったとういう説は尤もに思える。

 

しかし、現在、沿岸部に中期縄文時代中期遺跡分布と相関の高い「米津」、「沢渡」、「提」地名がある。そして「米津の浜」の堤の付近は平野部より一段高い。

年表の記述に従えば蜆塚遺跡を残した縄文人は内陸部移動経路、すなわち山側から順次進入してきた縄文人が遺した遺跡のように受け取るのが自然かもしれないが、これらと別に、海上に延々と横たえた「米津の浜」と呼ばれる岬から舟で上陸した同時代人の合作ではないかという可能性も浮かんでくる。

「あたご」という山や地名は確認できない。

しかし。

「米津」は天竜川河口よりすぐ西に河口を持つ「馬込川」右岸にある。馬込川を20ｋｍほど遡上して、天竜川から枝分かれするたあたりに、山間から天竜川に流入している川がある。川の名前は、なんと「阿多古（あたご）川」である。天竜川にはもう一つ、同じ場所に「二俣川」が東側の山間から合流している。

「天竜」は音読みの漢語なので、漢字が入ってきた後にできた名称である（天に昇る竜のような意味の）。むしろ、「阿多古（あたご）川」や「二俣川」の名前のほうが古い可能性がある。このあたりから天竜川が一つになって平野部に下っている。平野部に入ってからの古い川筋を確定するのはむつかしい。

浜松平野が稲作平野であるなら「阿多古川」は「吾田子」山ならぬ「吾田子」川であろう。合流点付近には「緑恵（りょくけい）台」という正に新興住宅地ぴったりの「みどり」地名がある。「緑が岡」などというより高級感が出る。また「根堅」「高根」の「根」地名、「上島」「永島」と「浜北」という海を連想する地名と同時に「本沢合」「広沢」「沢上」という「沢」の付く「わ」地名がある。

茅野市「米沢」の隣に「大塩」の地名があったが、「塩見渡（しおみど　又は　しわみど）」の「塩」を含む地名がある。

浜松市内には平野部には「泉×丁目」、山間部にまで入ると「和泉平」「和泉」があり、これは「い」のすむところと解釈した「いずみ」地名である。

浜松市街地を離れて、諏訪湖までの天竜川沿いの地名を見てみよう。富士川に比べて天誅側沿派格段に集落が少ない。少ない原因は川に沿った平地が殆どないことによる。急峻な谷あいを流れ下っている。但し佐久間ダムあたりまでは、両岸の数十から数百ｍ標高の高いところに、しばしば小規模の集落が見られる。この中には「伊砂（いすか）」「谷山」「青谷（あおたに）」「尾曲（おまがり）」「岩井戸（いわいど）」「大輪」「舟戸」「久根」など第一因子負荷量の高い地名文字列や、「輪」「根」「戸」の縄文時代において集落を表す漢字と考察してきた文字を含む地名が見られる。

天竜川が大きな人口集中地に出会うのは、諏訪湖の流出部のすぐ下から始まって、60ｋｍの長きにわたって天竜川に沿って続く伊那盆地（伊那谷）に入ってからである。

下の表は、長野県歌　（おなじ唄つき）で「松本」「伊那」「佐久」「善光寺」（長野盆地）の「四つの平」として歌われる盆地と、佐久―長野盆地の間にある上田盆地、諏訪盆地、および富士川から諏訪湖に至る前に通過するであろう山梨県の甲府盆地の特定地名の有無を調べたものである。

調べた地名は、「あさひ」「あたご」「みどり」文字列、「わ」「ね」グループの集落を表す典型的な語と考える「沢」「輪・和」「根」という漢字を包含する地名、「い」の人々の住むところ解釈してきた「いすみ」「あらい」包含地名、海洋を連想させる語の中でしばしば地名に用いられる「舟・船」「島」「沖」「塩」という漢字を含む地名であり、国土地理院地図閲覧サービス2.5万分の1地形図の該当箇所を視察した。観察範囲は盆地を形作る縁の部分をも含んでいる。

天竜川は諏訪湖の北西の角から流出し、伊那盆地に至っている。流出口の釜口水門は諏訪湖の北岸にある「下諏訪」である。付近には「天竜町」「本町」「中央町」という、わかりやすい、漢字音読み町名が記述されている。

表を見ると、明らかに、下諏訪では「日本語混合のゆりかご」で認められる地名セットがない。伊那谷から下諏訪を経て、塩尻峠を経て松本盆地にいたる水系ルートは途絶えていたかのように見える。天竜川を遡った人々は伊那谷に落ち着く。先に進む必要性はない。

 

しかし、下諏訪（諏訪湖北側）でも盆地周辺部の高いところには「山手町」「今井」がある。「×手」「まい」包含地名は縄文的である。「根」という漢字を含まないので「根」を含む地名としなかったが、「赤羽」とかいて「あかばね」とよむ縄文地名が認められる。盆地最北端に「梨久保遺跡」という記述がある。縄文中期の遺跡だそうだ（岡谷市HP内おしらせ内梨久保遺跡）。下諏訪の湖岸に近い南半分は長い間人気の無い湿地帯であったのだろう。

また「湖浜」という海を連想する地名が湖岸にあるが、これは現状そのもので、古い地名とは思えない。

 

長野県盆地における「あさひ」「みどり」「あたご」など文字列包含地名（2.5万分の1地図記載地名）の有無

	伊那盆地 （伊那谷）	諏訪盆地南側 （上諏訪）	諏訪盆地北側 （下諏訪）	松本盆地	佐久盆地	上田盆地	長野盆地	甲府盆地
あさひ	ｱﾘ	ｱﾘ	ﾅｼ	ｱﾘ	ｱﾘ	ﾅｼ	ｱﾘ	ｱﾘ
みどり	ｱﾘ	ｱﾘ	ﾅｼ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ
あたご	ｱﾘ	ﾅｼ	ﾅｼ	ﾅｼ	ﾅｼ	ﾅｼ	ｱﾘ？＊	ｱﾘ
根	ｱﾘ	ﾅｼ	ﾅｼ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ
輪・和	ｱﾘ	ｱﾘ	ﾅｼ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ
沢	ｱﾘ多い	ｱﾘ多い	ﾅｼ	ｱﾘ多い	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ多い	ｱﾘ
いずみ	ｱﾘ	ｱﾘ	ﾅｼ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ
あらい	ｱﾘ	ｱﾘ	ﾅｼ	ｱﾘ	ﾅｼ	ﾅｼ	ｱﾘ	ｱﾘ
舟・船	ｱﾘ	ﾅｼ	ﾅｼ	ｱﾘ	ﾅｼ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ
島	ｱﾘ	ｱﾘ	ﾅｼ	ｱﾘ多い	ﾅｼ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ
沖	ｱﾘ	ｱﾘ	ﾅｼ	ﾅｼ	ﾅｼ	ﾅｼ	ｱﾘ	ﾅｼ
塩	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ	ｱﾘ

＊長野盆地には「田子池（たごいけ）」「田子川」があるので？とした

 

一方、千曲川に沿って続く、佐久、上田、長野盆地や、下って千曲川に合流する犀川が流れる松本盆地では、第一因子負荷量の高い文字列を含む地名や、「あたご」「みどり」「あさひ」の地名が豊富に見られる。

太平洋の富士川から、甲府盆地、釜無川を経て、上諏訪に至った人々は、「米沢」の前の北東方向から流れる上川を伝って佐久盆地に抜けたのではないか。佐久市には、曲がりなりにも水系で結ばれている。佐久盆地にはあまり海を連想する地名はない、船は捨てても、水なしでは旅は継続できない。諏訪盆地のすぐ北側にある松本盆地は、遠回りになるが、長野盆地を経由した到着地ではなかったか。佐久、上田、長野、松本という順で海を連想させる地名が増える。しかし、「塩」を含む地名は一貫して出現する。

千曲川を下れば、既に書いたように信濃川と名を変え、新潟市のほぼ中心部から日本海に出る。新潟市中央区には「米山」があり「中央区愛宕」がある。

 

信濃川河口は「新潟西港」であるが、東側6ｋｍに「阿賀野川」河口の「新潟港」がある。仙台湾手前の相馬港にある阿武隈川河口から、会津盆地を経て阿賀川を下れば、阿賀川は阿賀野川に名を変えて新潟港に注ぐ。

入り口の富士川と阿武隈川は太平洋側では遠いが、出口では近く、6ｋｍ程度である。やや離れるが（米山から20ｋｍ程度）新発田市には「米子」「米倉」がある。

 

阿賀野川を遡り、米沢盆地から最上川を下ると、これは離れて、隣県の山形県酒田市の酒田港に出る。酒田市内には「酒田市米島」がある。新潟県の「米子」から随分離れて、再び複数の「米」地名が復活する。これ等は、河川によって「米」地名がもたらされたことを暗示しているように見える。

同県には由利本荘市「米坂」もある。これは付近に「岩城亀田愛宕町」を伴っている。

米島のある酒田港南の単調な海岸平野に沿う高いところに（標高20-30ｍ）「緑ヶ丘×丁目」がある。市街地には「緑町」もある。

 

長野盆地から水系をたどり日本海側に出るルートはもう一つある。長野盆地の北端には千曲川に沿って浅（あさ）川が流れている。そして盆地の出口付近で千曲川と合流している。更にその浅川に盆地出口付近で北側から「田子川」と呼ばれる更に小さな川が合流している。

出口付近の北側の山手は湿地帯であったと思われる。痕跡と思われる池が点在している。「田子池」という池もある。田子池の前には「北国街道」が通っている。北国街道を北にたどれば、一部険しい山道もあるが長野市の隣の「飯綱町」に至る。北国街道沿いは湿地帯というより、川が流れていたかもしれない。痕跡と思われる池や狭小な水田記号が見られる。北国街道を辿らなくてもよい。千曲川、浅川合流部でもう一つ「鳥居川」が北から合流しているので、「鳥居川」を辿れば「飯綱町」に至る。鳥居川の最上流は「野尻湖」のある「信濃町」である。飯綱町のすぐ北である。飯綱町にはまたしても「塩入」がある。信濃町近辺には「諏訪ノ原」「緑ガ丘」「舟岳」「中島」「古海（ふるみ）」という地名と同時に「美野里（みのり）」「早稲吉（わせし）」「瑞穂」「向新田」「穂波」という稲作関連地名が見られる。そして、高地にもかかわらず水田記号で埋まっている。野尻湖は北側には「関川」が流れている。このあたりに「妙高市米島新田」という「米」地名がある。内陸部の「米」地名である。ただし、ZIP地名であり、2.5万分の1には記載がない。途中、支流になるが「上越市板倉区下米沢」、同「米増」がある。関川を下れば直江津市の中心部「直江津港」にでる。沿岸には「頸城区下米岡」がある。沿岸を北上すれば「柏崎市米山町」「米山台」がある。直江津港と新潟港は遠いが、それでも新潟県である。

 

もう一度東北地方に話を戻そう。東北地方の本州を縦断して北海道へ至るルートである。

北上川を遡る「米」地名伝播ルートは「陸前高田市米崎町」から北上川沿いに北上して、北端の岩手町、八幡平市を抜け、米代川、岩木川をたどり五所川原市に抜けるルートであろうか。

日本海側の五所川原市や更に北隣の中泊町の北海道側対岸は北海道「松前」であり、「米」地名はないがセット地名である「松前町愛宕」、更に日本海側を北上すると「江差町愛宕町」があり、海上の奥尻島には「奥尻町米岡」がある。奥尻にも「緑ケ丘」があり、米岡と記述されたなだらかな斜面には狭いが田んぼの記号が記されている。島の北側には田の記号はないが、「稲穂」という地名がある。また「塩」の付く「塩釜川」もある。

そして積丹半島を過ぎたあと、まだ石狩平野が完成していない時代の石狩湾に到達しただろう。石狩平野には「米里×条」があり、石狩平野より一段高い旭川盆地の東縁には「東旭川町米原」がある。これも内陸の「米」である。石狩湾は深く、太平洋側近くにまで湾入していたとのこと。太平洋岸の沙流川河口付近には「むかわ町米原」、釧路市にまで船を進めると「釧路市米町」がある。この北海道のルートは「静岡」の「しす」地名の分布のところで記述したルートと合致する（パート�D「しす」とは何か？）。

 

本州を横断して新潟県に至った人々は山岳地域で出会った「わ」の人々も加わったところの、より強化されたチームであっただろう。新潟県より西の沿岸部の「米（よね）」包含地名は、再度の舟による沿岸移動の痕跡と思われる。

理由は相当内部まで「米」地名が認められるとはいえ、それでも、殆どが沖積平野の根元あたりで止まっていることと、なによりも人口希薄のため協力してくれる内陸に住む人々に出会わなかったことであろう。中国地方での瀬戸内海と日本海の横断はもう少し後のことと思う。ただし佐用町米田と八頭郡若桜町米田の間は近いので早くから行き来はあったかもしれない。兵庫県は1県で日本海にも瀬戸内海にも面している。

 

「よね」の意味

「よね」の「よ」はこれまで「よこ（横）」の意味だと解釈し（本稿「ひ・ふ・み・・・の怪しい語源解釈」）、「ね」は「根」で、「ね」の人の集落も「ね」であろうとしたので「脇の集落」、「横の集落」、場合によってはもっと踏み込んで「太平洋を渡った海洋民が内陸部に設営したベースキャンプ＝　『根』の横」という意味ではないかと既に述べた。1音節では物足りないと感じる人が多いことや、反対語に「たて」という2音節単語があるところから、今の日本語では「よ」といわずに、2音節にして「よこ」というようになったのではないか。「こ」はこれまで「密接した」と解釈した。

先に示した「よね」の分布を示した図を見ると、関東地方に限られるが、「よね」ではなく「よこね」包含地名（緑の目印）も数は多くないが「よね」包含地名の近くに存在するのが見て取れる。「こ」は「密接した」と解したので、「横にくっついた集落」という意味で、あまり変わらない。

 

なお「たて」は「田手」で、干上がった耕作地からみて一段高いところにある農民、すなわち「田」を耕す「手」の人々が集まる居住地やの居住地の方向（その場所を指し示すには、手は垂直方向に上下するであろう）を示す言葉からきたのではないかと思っている。「函館」や「立山」などの地名が該当するのではないか。あるいは「縦」という言葉も家族かもしれない。茅野市の「蓼科」は「田手しな」かもしれない。

他に、位置を示す言葉に「ね」がついた地名と疑われる地名がある。すなわち、「よね」地名がある盆地や平野に、しばしば「あかばね」や「はね」などの地名が同時に出現する。「あか」はまだ未解読であるが（「あ」は「吾」、「か」は「上（かみ）」の「か」と思っている。赤川はたくさんあり、阿賀川、阿賀野川も同類と思う。「赤子」は親の手の入っている「吾子」ではなく「私の、かみ、すなわち祖先から賜った子」、「赤の他人」は、「上のほうの偉い人[あるいは、遠い祖先までたどれば親戚]かもしれないが私とは何の関係もないからね」というようなニュアンスを感じる。あるいは「か」は所有格を示す「ケ（が）」かもしれない。逆に「あか（が）×」という言い方が慣用化され、「か」の部分の意味が忘れられ、「の」の意味と曲解された結果、所有格の「ケ」が生まれたのかもしれない。地名には「×ケ×」が沢山ある。しかも縄文遺跡分布都道府県に偏在する[パート�C所有格を示す助詞「の」と「ケ（が）」の分布−「ウノ」地名分布より]）、「は」は「葉っぱ」の「は」で、葉は植物の末梢にあるので「端」の意味と解釈した。つまり、「はね」という地名は「端っこの集落」ではないか。動詞「跳ねる」は家族語と思う。「よこね」と同様に、「こ」のついた「はね」もある、「はこね」である。もちろん「こね」文字つづり地名出現率は遺跡分布と相関している。

 

「あさひ」の「ひ」、「へび」地名の「ひ」は「干潟」と解釈したので、「ひこね」は「干潟のある集落」であろうか。

しかし、ここでは言葉の意味ではなく、「よね」すなわち「脇に存在する集落」がどのような「根」であったのかを考察したい。

 

米の都道府県別生産量と「よね」包含地名出現率

吉田智彦ホームページ総合案内の作物の生産統計のページには平成17年度の都道府県別の米の作付面積や収穫量が記載されている。「米（こめ）」が南方に起源を持ち、稲作が九州から始まり、弥生時代が始まった、といわれるにもかかわらず、日本の米生産量は圧倒的に東日本に多いことが示されている。

そのことを相関値から明らかにするため、そこに記載される都道府県別の水稲作付面積と収穫量、更に、収穫量を作付面積で除した単位あたり収穫量、作付面積を各都道府県の面積で除した各都道府県の水稲作付面積の割合も加え、これまで行ってきたように、各都道府県の緯度、経度および中期縄文遺跡分布(遺跡密度と遺跡数)との順位相関係数を計算した。加えて、今検討している各都道府県の「よね」包含ZIP地名の出現率・数との順位相関も計算した。以下に結果を示す。

 

都道府県別水稲栽培状況指標と緯度・経度および「よね」文字列包含地名出現率の順位相関（n=47都道府県）

	緯度	経度	中期縄文遺跡数	同遺跡密度	「よね」出現率	「よね」出現数
水稲作付面積	0.5677	0.4997	0.5727	0.3630	0.4206	0.5363
収穫量	0.5981	0.5198	0.5198	0.3716	0.4409	0.5579
単位収穫量	0.8102	0.6962	0.5863	0.5138	0.4332	0.4696
作付面積％	0.2851	0.1999	0.1862	0.2059	0.1805	0.2238

黄色網掛は有意な相関　相関値=0.286でp<0.05　0.300でｐ＜0.04　0.4でp<0.0054　0.5でp<0.0004

　0.6でp<0.000009　0.8でp<0.000000004

 

稲の生産状況を示す諸指標と、中期縄文時代に関連する各都道府県の諸指標との間に、各都道府県面積に対する作付面積％を除いて、極めて強い相関関係があることが示されている。特に緯度との相関値は0.8102（単位収穫量と）というとてつもない値が示されている。緯度や経度と単位当たり収穫量との強い相関値が示されたことが注目される。すなわち北の都道府県ほど単位当たり収穫量が高く効率的（効率的か否かは価格の問題も考慮する必要があるが）なコメ生産が行われている。古くから東日本、北日本の稲作に対する取り組みがあったのだろう。

また、「よね」包含地名出現分布とは作付面積％を除いて、いずれの指標とも0.42〜0.55の安定した値を示している。「よね」分布指標は緯度とでは0.4203、経度とは0.3163　遺跡数とは0.3797、遺跡密度とは0.2755で、緯度とのみ、かろうじて0.4を越す相関値を示すに過ぎない。むしろ、「よね」包含地名出現と米の生産活動指標の相関の方が、一貫して高いことは驚くほどである。「よね」地名の殆どが「米」という漢字で表されているように、「よね」地名が「米」の生産地である特性を示している。

 

地名を「意味」と「音」を考慮して漢字で表せ、という命令がでる。どこかの「よね」包含地名に、意味を重視して「米」を充てる。無理やり「米」を「よね」と読ませる前例ができると、後は雪崩が起こったように全国の「よね」包含地名は「米」という漢字を使って表記されるようになる。それだけでなく「よね」という音に「こめ」の意味が重ねられるようになる。異音同義語が増え日本全国に広まることになる。

漢字が日本に入った時代以降ではその程度の情報伝播力、あるいは中央集権力は備わっていた。沖縄まではまだ不十分であったかもしれない、そこで「与根」などという表記が残っている。

名は体を現している。話は簡単である、「米」を「よね」と読む地名は命名時に「こめ」の生産活動が盛んなため付けられた地名である、と。

 

しかし、この結論では、何故、南方起源の「こめ」が北海道を含めた日本列島の北半分あるいは東半分で生産活動が活発で、優れているのか、という疑問に答えたことにならない。

 

本研究では、これまでにも、「にいた」とか「にった」という語から生まれたと思われるところの音読み地名「新田（しんでん）」を含む地名が、東高西低であり、かつ、「新田」を除く「田」を含む地名も、中期縄文遺跡分布と有意な「正」の相関関係を示すことを指摘した（パート�A新田という地名[ンテ、テン、エモ]地名/新田のテン以外のテン地名）。また、しばしば大規模な水田であることが多い「新田」に対して、「狭い田」と解釈される「さた」包含地名は、むしろ例外的に西日本に多いことが示された（パート�C「サタ」地名は「狭田」/「田」「畑」の怪しい語源解釈）。

すでに漢字による「よね」地名 命名時には米生産活動の東高西低傾向があったと思われるどころか、在りうるなら、中期縄文時代に遡ってまで、この傾向があったと思われる。

高緯度稲作は、根本的には、長い稲作へのこだわりがあり、近年の科学技術の成果というわけではなさそうである。

 

稲作のもう一つの入り口

佐藤洋一郎はDNA研究から「ジャポニカ種の稲には温帯ジャポニカ種と熱帯ジャポニカ種があり」、「少なくとも3000年前には熱帯ジャポニカは東北地方の北端にまで達していた」とインタビュー記事の中で述べている。「熱帯ジャポニカ種は絶滅したが、日本の温帯ジャポニカ種遺伝子の中には残っている」と述べている（日本列島に最初に「稲作」を持ち込んだのは縄文人だった！　逆転の日本史　日本人のルーツここまでわかった！　洋泉社：1998）。また同誌の連続記事「異なる穀物を携えた人びとが日本列島にやって来た！」の中で、吉崎昌一（1998）は日本の穀物栽培が「栽培種のヒエ」から始まった可能性を、遺跡周辺の土壌を水によって選別するフローテーション法によって見出したことを述べている。「北海道の南茅部町にある縄文時代前期末から出たヒエ属の種子が時代とともに大きくなる傾向があり」、縄文中期末の富ノ沢遺跡の種子は「ヒエ属の種子は形態からみて、圧倒的に栽培種に近いものでした」としている。また青森県八戸市の遺跡住居床面からは約3000年前のイネとヒエが出土したことを述べている。両氏ともイネの流入が、更に古い時代にまで遡れる可能性と、流入元は長江下流域、あるいは南中国ではないかと指摘している。また、それ以前から、東日本、北日本を中心にヒエが栽培されていた、としている。

両氏の日本稲作の起源に関する発言は、「大量の稲モミ（ジャポニカ米）など、稲作の痕跡をともなう紀元前6000-5000年ごろの河姆渡遺跡」（フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』）の発見を背景にしたものであろう。

Wikipediaには、その後の発見も加えて「長江文明」の項目で、1万年以上前から始まる長江沿いの文明を、その北に平行して展開する黄河文明と並べて解説している。「中流域の最も古い玉蟾岩遺跡（1.4〜1.2万年？前）の遺跡からは「栽培種かどうかは不明の稲モミが見つかっている」と述べている。

Key Note「長江流域における世界最古の稲作農業」と表題された安田喜憲のhtmファイルには、この件に関して、最古の土器や麦作農耕の起源を含めて、最終氷河期の消長と関連付けてより詳しく記述されている。

米の原産が長江流域であり、稲作技術とともに、朝鮮半島を経由して北九州から入ってきて、日本列島を北上したのでは遅すぎる。東日本の、少なくとも弥生時代以前から続く農耕の優位性が説明できない。むしろ長江沿いに住み着き、土器を伴い、農耕技術を発展させてきた人々が、人数は多くないが、同じ時期、すなわち、一万数千年まえ以降、ウルム氷期の終焉にともなう気候変動を背景にして、直接東日本にやってきたと考えるほうが自然ではないだろうか。もちろんその中心的な入り口は「ね」の人々の入り口である「とね」であろう。ただし初期の頃では航路も確立しているわけでもなく、漂流に近い形での到着であり、広く太平洋・東シナ海沿岸が入り口であっただろう。陸から近いということでは、沖縄列島から南九州というルートがまず定着するであろうが、なぜかこのルートは消滅してしまう。

長江流域の人々がやってきたと言わないほうがよいだろう。長江流域で長江文化を発展させた人々が、同じ時期に同じように日本列島にやってきた。そして、まず「い」の人々と出会う。彼らは主として沿岸部を旅する人々であった。気温上昇が続く間は、大陸氷床や氷河が溶け、大雨がふり、がけ崩れが起こり、海面は上昇してゆく。一夜にして地面がなくなる、また一夜にして水面を土石流が覆うというようなこともしばしばあったであろう。

一定の地域に定住して、落ち着いて農耕を行う環境ではなかったかもしれない。しかし縄文海進のピークが過ぎる、今から6000年ごろ以降では、所々に「干（ひ）」が顕れる。川が運んだ肥沃な土砂のため、そこに撒いた種がよく育つ。このような環境の中で、栽培種の「ひえ」栽培が始まり、「ね」の人が持ち込んだ熱帯ジャポニカの種がまかれる。到着民には「農民」もいただろうが、手段は丸木舟である。人数が少ない。「田子」の大多数は「い」の人々であっただろう。

先住民に出会わなかったら縄文文化は花開かなかっただろう。

 

「よね」は「米」ではなく「横の根」、すなわち「横の村」と解釈した。「ね」の人々と協力関係を持つ「い」や「わ」の農民の村のことであろうか。あるいは、農耕が行われる田の横にかたまって暮らす農民の集落のことかもしれない。イネの縄文時代における入り口が関東地方であり、そこから西にも北にも、そして同緯度裏日本にも山を越えて拡散して行ったと考えるなら、当時人口の多い東日本の優位性や東北の早期稲作が無理なく説明できる。また気温上昇のピーク時にもあたるので高緯度地方の米栽培も可能であったかもしれない。北海道の「よね」地名は「米」ではなく、「ね」の人々と協力関係を持つ「横の人の村」という意味なら、北海道の「よね」地名も無理なく受け入れることができる。すなわち「いね」ではなく「ひえ」を栽培していた「ね」の人々と協力関係を持つ人々の集落名であると。今では、北海道を含め、「よね」包含地名の多くは「米どころ」となっている。

なお「ひえ」は「宮中の新嘗祭に際しても用いられ、米、アワと並んで祭事において重要な役割を果たしてきた」とWikipediaに記載されている。

 

「いね」の同義語についての怪しい語源解釈

イネを表す言葉は沢山ある。

「いね」「こめ」「よね」「まい」「いい」。漢字で書くと「稲」、「米」、「飯」と表記される。「よね」、「こめ」、「まい」は全く発音が違うのに皆「米」である。これらの文字列の中で「よね」の他、「まい」も東西分布が確認された地名文字列で、東日本に偏在する。

これまでの論議や解釈を基に、これら「稲」を表す言葉の語源を解釈しておきたい。

「よね」は「横の根」とすでに解釈した。すなわち「よね」も「よこね」も、ほぼ同じ意味であると。

「いね」は田子である「い」の人々が育てた作物ということで「い」の「根」であろう。

「よね」「よこね」とも「根」を集落との意味と考えるが、「根」の原意は植物の「根」なので、「よね」はヒエの横に生えている植物の根、「いね」は「い」の人が育てる食用植物の根、という意味かもしれない。

「まい」はこれまで「間居」すなわち、大きな集落と集落の間のスペースの所々に点在する家、としてきた。田は集落の間の広いスペースにある。纏まった集落間のスペースにある作物、の意味だろうか。

「こめ」の「こ」は何度も繰り返してきたように「密接（着）した」という意味で、単独では「子（こ）」として使われるが、しばしば接頭語的に使われる。「め」は「芽」であろう。密接した芽、である。実った稲穂は撒けば芽が出る実が寄り集まった部分である。

沖縄では「お」が「う」に、「え」が「い」に発音される傾向があることを述べた。当てはめると「め」なら「み」である。「こ」なら「く」である。「こめ」は「くみ」となる可能性がある。「め」の部分が元々が「み」なら解釈はより容易である。「こめ」は「密集した実」である。

「まめ」も後ろが「め」である。「ま」が「まい」の「ま」と同じとすると、「め」は「こめ」の「め」だろうか。米と同じで「スペースに生える」「芽」ないしは「実」であろうか。沖積平野や盆地周辺に普通に見られる「みどり」という地名は、「実取り」と解釈してきたが、「豆」という「実」を収穫する場所だったかもしれない。

「葉、木、根、芽、田」は植物関連の単語であり「ね」の人々がもたらした典型的な単語であろう。

 

そのほか、すでに「うる」文字列の項で「うる」は「うるし（漆）」の「うる」で、「潤った、水分のある」という意味で「うるち米」とは「水分の多い米」ではないかとしたが（パート�C/例外的に「う」を含む地名でありながら「うるし」を含む地名分布は東日本に多く縄文遺分布と「正」の相関を示す/「うるし」の怪しい語源解釈）、一方、「もち」の場合は、その後、「も（面、喪）」は「凹凸のない均一な広がり」としたので（パート�D「上（かみ）」と「下（しも）」/「しもかわ」「かみかわ」等）、「もち」とは米粒をすりつぶして均一な状態にしたものと考えるなら、「餅」という語は「凹凸のない均一な広がり」という意味の中に納まる。なにより口の中に入れると実感される。「うるち」も「もち」も最後は「ち」である。「ち」は「下地」の「地」である。「もち米」は「餅を作るのに適切な性質を持った米」である。口の中の舌触りが滑らかな様子も「も」で表したとすると「いも」も「いね」と対照的な食感を持つ植物である。どちらも「い」ではじまる。小芋や里芋あるいは山芋などの「いも」も「い」の人々が育て始めたのであろうか。

「こめ」を食べる状態にしたものが「いい（飯）」である。地名や苗字にも「飯山」や「飯井」などにしばしば出会う。「いい」とは「『い』が『居る』ところ」である。『い』が『居る』ところには「いねがある」。盛られたご飯には「い」が山盛りになっている。「い」の人々の存在感と、「ご飯」をアピールするのにこの宣伝文句は優れている。

「ひえ」の「ひ」は先の項で、干あがった場所の意味の「ひ」ではないかと思い「ひえ」と太字で書いたが、「え」はアイヌ語辞書で「食う」「食べる」と載っている。「干にできる食料」との意味につながるのではないかと思う。日本語の「餌」「得（え）る」もアイヌ語の「え」と関係するのだろうか。なお、「得る」と書いて「うる」とも読むが、これも、単に「う」と「え」が交代したものではなく、異音同義語と考えている。「うる（得る）」は「潤う」の家族語と思う（パート�C「うるし」の怪しい語源解釈）。

 

「塩」を含む地名について

太平洋岸から新潟県などの日本海側に水系を伝って抜けるルートを検討するために、2.5万分1地図を見ていて、執拗に「塩」を含む地名が出現することに気づいた。海沿いの地名ならまだしも、海のない甲府盆地や長野県にも、「多い」と感じる程度に出現する。先に示した長野県盆地の「あたご」「みどり」等の有無を調べた表を見ても「島」「沖」「舟」などの地名は欠いていても、「塩」を含む地名は必ず存在することが分かる。

下の表は「シオ」含むZIPリストから「塩」を含むZIPすなわち「塩」を「しお」と読むZIP地名の都道府県別出現数順に都道府県を並べたものである。20位の中に長野県や山梨県が含まれていて、海岸線のない内陸8県のうち6県が上位20位内に出現する。今47都道府県のうち半数の23都道府県を上位「塩」地名出現県とし、それ以外を下位都道府県として、内陸都道府県の占める割合を比較すると上位府県で26.1％、下位県では8.3％に過ぎない。ただし、出現％の差異を検討するカイ自乗検定では、このような比率の差異が偶然に生じる確率は22％程度で、有意水準に達していない。

ただ埼玉県は中期縄文時代にまで遡れば海岸線を含んでいない地域とはいえない。またまた滋賀県には海のような琵琶湖がある。

この2県を内陸県に数えないとすると内陸県すべてが出現率上位20位以内ということになる。

出現を出現率で示した場合、差異は更に不明確なものになってしまう。したがって「塩」を含む地名は海岸線がないにもかかわらず「内陸部の府県にやや多い程度」というのが適当であろう。「その程度」、と、しても奇妙なことである。

 

「塩」を「シオ」と読む文字列を含む都道府県別分布

（出現数の多い順）

順位	都道府県	出現数	出現率
1	栃木県	139	7.805
2	北海道	114	1.422
3	新潟県	76	1.457
4	福島県	88	2.375
5	宮城県	74	2.425
6	長野県	56	3.520
7	兵庫県	43	0.843
8	京都府	25	0.379
9	佐賀県	19	2.286
10	愛知県	18	0.267
11	香川県	15	2.177
12	山梨県	13	1.392
13	秋田県	10	0.503
14	奈良県	9	0.479
15	広島県	9	0.426
16	熊本県	9	0.493
17	山形県	8	0.424
18	群馬県	8	0.541
19	茨城県	7	0.255
20	岐阜県	7	0.205
21	三重県	7	0.289
22	岡山県	7	0.324
23	鹿児島県	7	0.515
24	石川県	6	0.241
25	和歌山県	6	0.385
26	千葉県	5	0.145
27	静岡県	5	0.175
28	福岡県	5	0.160
29	長崎県	5	0.268
30	東京都	4	0.126
31	福井県	4	0.179
32	宮崎県	4	0.489
33	埼玉県	3	0.107
34	大分県	3	0.168
35	大阪府	3	0.082
36	富山県	3	0.094
37	山口県	3	0.165
38	島根県	3	0.260
39	鳥取県	3	0.219
40	滋賀県	3	0.167
41	沖縄県	3	0.401
42	青森県	2	0.099
43	神奈川県	2	0.092
44	高知県	2	0.122
45	岩手県	1	0.057
46	徳島県	1	0.061
47	愛媛県	1	0.059

出現率は:出現数/都道府県ZIP数

緑網掛は海岸線のない内陸府県

 

「シオ」を含むZIPの出現分布は各都道府県の位置や遺跡分布を示す指標のいずれかと0.4以上の相関値を示さなかったので、本因子分析データに採用されず、これまで触れていない。しかし緯度などとの相関がないわけではなく、緯度、経度、遺跡密度、遺跡数とそれぞれ0.204、0.205、0.355、0.287の低い相関関係を示している。特に本州中央部の都府県で高い中期縄文遺跡分布との相関値は有意な相関関係を示す。（相関値0.355はｐ＜0.014　0.287はｐ＜0.0504）（「シオ」を含むZIP地名リストはここ　sio.lzh）

2334件もの「シオ」を含むZIPの中にはしばしば「ひがし/おおさか(東/大阪)」や「にし/おきたまぐん(西/置賜郡)」のような1語の「しお」つづりではないと考えられる「しお」包含地名も多量に存在するので、「シオ」包含ZIPリストの中から、漢字表記の「塩」を含むZIPのみを選びだしたところ、848件が残った。この848件について同じように「塩」ZIP出現率と都道府県の位置や遺跡分布指標との相関を計算したところ、緯度、経度、遺跡密度、遺跡数の順に、0.096、0.034、0.026、0.160となり、相関値は低下する。但し「塩」包含地名出現率ではなく実数の出現数で相関値を計算すると0.257、0.235、0.247、0.374となり、遺跡数と有意な相関値が計算された。これは「東大阪」などのZIPが排除されると同時に、「西岡」や「藤岡」あるいは「汐」「潮」を含む地名などが過剰に排除されてしまったからかもしれない。

このような結果を考慮して、「塩」を含まないため排除された約1500件弱の地名リストのうち、包含する「しお」つづり部が明らかに別単語の最後と先頭と解釈できる地名以外の「しお」包含地名を、再度「塩」包含リストに戻す作業を一つ一つ検討して行った。基本的には大量に含まれる「東×」「西×」以外の地名を戻した。

「潮」や「汐」で表される地名は無条件に戻した。「藤岡」「吉岡」など漢字表記で見ると、一見「ふじ/おか」「よし/おか」と区切られ、二語からなる地名に見えるかもしれないが、漢字表記の際に音読み、訓読みを問わず、単に音が合うという理由から決定された地名かもしれないという可能性に拠り、ほぼ全て戻した。

削除するか、戻すかは、次のような基準で判断した。

2.5万分の1地図（ウオッちず）、郵便番号検索サービス（日本郵便）内に記載される地名の中に「ひがし/おきたま/ぐん」「にし/おきたま/ぐん」のように、「西」あるいは「東」と「郡」を除いた固有名詞部と一致する地名（山、川名などを含む）が近辺に存在する場合は、明らかに別単語の末と先頭が組み合わされた「し/お」地名と考えられるるので、これは削除した。

たとえば「東大阪市（ひがし/おおさか/し）」は隣に「大阪市（おおさか/し）」があるので削除した。「東・西置賜郡」「さいたま市大宮区（さいたま/し/おおみや）」、も同様である。「西尾」や「西岡」は付近に「東尾」や「東岡」がないケースが多く、戻すことが多かった。不思議なことに、「東岡」や「東尾」は反対の理由で削除するケースが多かった。中には極めて紛らわし地名もある。徳島県三好郡西祖谷山村に「西岡」があり、隣接して「東/西岡村」がある。後者の「東/西岡村」の「シオ」部は「シ/オ」ではないのでこれは2件とも戻された。

「東・西×」地名以外では、少数であるが、「諸吉/大石/触（もろよし/おおいし/ふれ）」なども該当する。

また東京都の「東新橋汐留シティセンター」のビル地名は明らかに最近の地名であるので削除した。

このような作業の結果、より純粋な「しお」包含地名の可能性の高い691件の「しお」リストが作成され、「塩」を含むリストに戻された。

このリストに残った「塩」および「2語にわたるシ/オを除くシオ」包含ZIPの都道府県別分布と中期遺跡分布などの順位相関が三度び計算された。

 

明らかな「シ／オ」を除いた「シオ」包含地名の都道府県別分布と緯度、遺跡数等の相関値(n=47)

	緯度	経度	遺跡密度	遺跡数
「しお」出現数	0.3318（0.0227）	0.3636（0.0119）	0.4634（0.0010）	0.5009（0.0003）
「しお」出現率	0.1257　ｎ.ｓ	0.1030　ｎ.ｓ	0.1614　ｎ.ｓ	0.1968　ｎ.ｓ

()は無相関確率　ｎ.ｓはｐ＞0.18

 

明らかに、前の語の語尾が「し」で終わり、後の語の語頭が「お」で始まる2語が連結したケースと思われる地名を除くと、「しお」を含む地名の出現数は、明確に中期縄文遺跡数分布と相関関係を示す。また、中期縄文時代の人口分布と相応するように、東日本で多いことを支持する緯度や経度との有意な相関関係が示されている。

したがって、「しお」が含まれる地名は中期縄文時代以前に発生し、中期縄文時代に中部地方の山岳部、裏日本、北海道を含めて全国に広がった地名である可能性が高い。

 

「しお」とは何か

既に「し」も「お」も解釈済みである。

「橋」も「箸」も単なる「端（は）」ではなく、端にある「特定の機能を果たすもの」、すなわち「し」であるとした(パート�B端、葉、歯、橋、箸）。「しも」は下から支える「人々や支柱」すなわち「特定の機能を有するもの」の「も＝面（点が多量に集まった領域）」であるとした（パート�D「かみ」と「しも」の怪しい語源解釈。「しも」の反対語は「かも」？！！/「シス」/「しす」とはなにか？）。「し」とは「特定の役割を果たす物であり人」である。「人」とすると、専門家、「舟を操る人」すなわち「航海士」「漁師」であろうか。「師」「士」のつく職業は現在では沢山あるが「漁師」は最も古い「師」であろう。すなわち「ね」の構成員である人々は「し」と呼ばれたのであろう。

中国語の「電子」「素子」」「孟子」「孔子」の「子」と何か関係があるのだろうか、

 

「お」は漢字で書くと「尾」であり「小（お）」である。「小」は「小さい」という意味ではなく「小さくない」と解すべきとした（パート�D「小（お）と大（おお）」）。「小山（こやま）」は「子供のように小さい山」であるが「おやま」と読むと「小さくない山」である。「お」は「尾」と同源で「尾」は「身」から比べるとたいした物ではないかもしれないが、「結構大きい」という意味から「お」は「小さくない」の意味と解釈した。結構大きいとは、役割の上からも言えることである。船尾の果たす役割は結構大きい。

ついでに「尾」の反対語について解釈を披露しておこう。「尾」の反対は「頭」である。「かしら」と読んでもらいたい。「かしら」とは、「か」すなわち「かみ（上）の方」の「しら」、すなわち、「し」に複数を示す「ら」がついたものである。頭には「目」「耳」「鼻」「口」「唇」など特定機能を果たす「し」がたくさんついている。あるいは、航海という大事業においては、沢山の専門家がいて「ら（等）」が付いたのかもしれない。尾は一つであるが、「かしら」は複数形である。

なお語形的に言えば、「かお（顔）」が「しお」の反対語であると思う。「しも」が下から支えている「お」であるとすれば、「かお」は「上（かみ）」の「お」である。

「しら」のついた地名はたくさんある。「白浜」は「し」のひとたちがたくさん居る浜、「しららはま」になるともっとたくさんの「し」が居る浜となる。

 

「しお」とは「し」の「お（尾）」ではなかろうか。遠いところ、新しいところに移動する場合、「ね」の人々は複数の丸木船を連ねたと思う。長い船団の最後が「しお」ではなかったか。そして、そこから連想されるイメージ・意味が「しお」という音に重ねられる。

先頭は「かしら」であり、適切な方向に導き、操船する役割を担う。日々の食料を調達する漁師も「し」に含まれる。しかし、最後の船には何があり、どのような役割を担ったのか。

海を離れて旅を行う場合、食料は現地調達できるにしても、「塩」は必ず携行しなければならない。「しお」には「塩」が積まれていたのかもしれない。そして、それを管理する人々が乗っていたのであろう。多分「かしら」から「しお」まで、全てはこぎ手を兼務していただろう。あるいは「しお」だけはこぎ手ではなかったかもしれない。

「塩」は自己消費以外、内陸部の住人に対する格好の交易品となる。「しお」に位する人々の中には船団を離脱して農業を始める人も居たかもしれない。彼らの管理する物品は「塩」だけではなく「いも」や「穀物の種」もあったかもしれない。

そして、旅の衣を脱いだ人々は、現地人と「ね」の人々間の、物や人、情報などの仲介役をこなしたかもしれない。

このような人々や、それの住む集落が「しお」であると思う。

 

「シオ」地名は因子分析対象でないので、沿岸−内陸次元を表すと解釈される第2因子負荷量は示されていないが、「よね」地名と同じく、内陸部への「ね」の人々の進出の足跡と解しうると考えている。

 

長野県の多くの「塩」地名が「し」の「尾」と解釈され得るなら、既に指摘したように「しなの」とは「し」の「野」ではないか。「蓼科」は「田手しな」で「田で働く『し』で鳴る場所」。であろうか。「な」は有名になって名前が付けられたもの、つまり「人の口から鳴るようになったもの」と本稿最初のあたり、数詞に関連する記述の中で述べた。ただし、「しなの」の「な」は「金沢」が「かねさわ」と読まれたり、「かなさわ」と読まれたりする例を考慮すると「の」の意味かもしれない。

 

「品川」とは「し」の「川」ではないか。「し」が河川を頼りに交易を行う人であったなら「品川」という漢字表記は偶然かもしれないが正に適切である。

あるいは「品物」の「品（しな）」自体、「し」から派生した家族語であろうか。

 

「東雲」と特殊な表記で書き表される「しののめ」は「し」の「野」の「目」ではないか。

 

内陸部の人々との出会いは、中期縄文時代において集落が発展する一つの要因かもしれない。「しお」地名リストの中には多くの広域地名欄に記載される地名がある。東日本では「天塩」「塩釜」「熱塩」「塩原」「塩谷」「塩尻」「塩沢」「石岡」「足尾」「塩山」、「藤岡」が3箇所、「吉岡」「八潮」「志雄」「西尾」と多数である。しかし西日本では香川県と佐賀県の「塩江」「塩田」のみである。

 

地名の都道府県別「出現率」と「出現数」

「し/お」を省く「しお」包含地名分布を都道府県別出現数で見た場合、遺跡分布とは0.5を越す値を示すとはいえ、「出現率」で見た場合、到底有意な相関関係とはいえない、低い相関値しか示されなかった。

「あさひ」地名の分布状況検討以降、都道府県ZIP地名分布を、実数の「出現数」でも検討するようになった。

その結果、「しお」地名のみなならず、「あさひ」「へひ」「よね」地名でも同様な傾向が認められている。すなわち「出現数」で見たほうが、いずれも中期縄文遺跡分布指標との相関がクリア（高い）である。

 

この調査では、各都道府県の郵便番号総件数が大きく異なるのは各都道府県の行政区分割事情が異なることによるものと考え、検討する地名の、より実態に近い出現状況は、「各都道府県の最小行政区分数で除した値」すなわち「出現率」で示すのがより適切と考えたからである。

 

しかし調査を進める中で、ZIP数がどのように変わろうとも地名数は維持される傾向があるのに気づいた。例えば「AB郡」と「CD郡」が合併し、新しい名前の「XX市」が誕生した場合、新しい市の名前「XX」は増えるが「AB」「CD」の部分は詳細地名欄に移り「XX市」「AB町××」「XX市」「CD町××」という形で残るケースが殆どである。元々、広域地名欄にあった「AB」も「CD」も詳細地名欄に「AB××1」「AB××2」という形で残るので、件数も含めて維持される。すなわち、一旦地名が成立すると、余程特殊な事情がない限り容易に消えないという特性がある。

そして基本的には、今まで日本の人口は増え続けてきた。増えることはあっても減ることは少ないであろう。

この調査では、広域地名欄と詳細地名欄の記述の中に該当地名があるかどうかをカウントした。1つのZIPの中に別の文字つづりの地名が何個あろうとも地名出現をカウントする際には、何度でも同じZIPが該当件数としてカウントされた。広域地名欄にしても詳細地名欄に記載されるにしても、複数の地名記述が許されるので、余程特殊な事情がない限り容易に消えないという特性がある。

各都道府県のZIP数は、基本的には人口によって左右されている（順位相関値で0.703）、ということが、この調査の一番最初（パート�@）で確認されている。郵便番号簿に記載される固有名詞部の地名は、成立時期は色々だが、原則的には消えることなく維持されていると考えられる。地名は、新しい土地に人が入り生活が行われ始める事によって成立し定着し、いったんい定着すると、延々と残り続ける傾向がある。

下は、この調査で重要な指標として使用された中期縄文時代（今から4-5000年前）の都道府県別遺跡分布状況と、1998年（1998年当時の郵便番号簿を用いた調査であるので）の都道府県別人口の順位相関値を示したものである。

 

中期縄文遺跡分布と現在の都道府県別人口の相関（n=47都道府県）

	緯度	経度	遺跡密度	遺跡数
現在の人口	0.1790	0.3537	0.5310	0.5307

水色網掛は有意な相関　相関値=0.286でp<0.05　0.300でｐ＜0.04　0.4でp<0.0054　0.5でp<0.0004

　0.6でp<0.000009　

 

東日本における中期縄文遺跡分布と現在の都道府県別人口の相関（n=23東日本都道府県）

	緯度	経度	遺跡密度	遺跡数
現在の人口	−0.3815	0.1968	0.5208	0.3617

水色網掛は有意な相関。ｎが異なるためn=47の基準と異なる。　

相関値=0.414でp<0.05　0.500でｐ＜0.01　なお0｡352でｐ＜0.1

 

驚くべきことは、中期縄文期の人口が、極めて現在の人口分布状況と似ていることである。すなわち上の表では、当時の人口の定住痕跡である遺跡分布との間に0.5以上の相関値が示されている。

また、日本列島がどちらかといえば、西日本では東西方向に、東日本では南北方向に延び、中ほどで折れ曲がっているが、現在の人口分布は緯度・経度が高くなるほど大きいことを示している。特に経度との相関が高く、東に行けばいくほど人口の多い都道府県が多いことが示されている。

 

但し、下の、東日本のみの人口分布を対象として計算した相関表を見ると、別の側面も理解できる。下の表では、上の表とは異なり、緯度との値は「負」の有意な相関値を示し、北の都道府県ほど人口が少ないことを示している。そして、東日本内部では低緯度地域である関東平野を取り囲む都道府県で、最も高い値を示す「遺跡密度」と、「現在の人口」の相関値は0.521を示している。すなわち、関東平野は現在では最も人口集中度の高い地域であるが、この傾向は中期縄文時代に遡っても維持されている。

遺跡分布から縄文時代の日本の人口を推定した小山修三（1984、「縄文時代−コンピュータ考古学による復元」、中央公論社）は、中期縄文時代では極めて日本の人口分布の東西日本での偏りが強く、西日本の人口は20分の1以下に過ぎず、関東・中部地方は狩猟採集民としては、すでに人口の過密地帯であっただろう、との見解を述べている。

すなわち、上の相関表の、現在の都道府県別人口分布と経度・緯度との相関値は、この傾向が、現在でも維持され続けている傾向を示している。

例えば、西日本の地名の多くが、中期縄文時代より後に生まれたものであるとするなら、中期縄文時代に成立した西日本の少数の地名は、後の時代に成立した大多数の地名の波に埋もれてしまう。中期縄文色の強い地名を比率で表すと、なおさら低い値にしかならない。「出現率」は、各都道府県の後から出現した地名の多少に左右される部分が多くなり、間接的な値になってしまう。

 

各都道府県の総ZIP件数が、基本的には人口に比例している、という事実に加えて、以上の諸点を考え合わせると、地名の都道府県別の偏在を示すためには、該当地名の「出現率」よりも実数である「出現数」を用いるほうが適当であったかもしれない。

 

「しののめ」についての考察。

さきに「しののめ」が「しなの」の「し」と共通の意味を持ち、「し」は、海洋民「ね」の人々の意味ではないか、とした。

国語辞書には、「しののめ」は「細い竹（篠）で編んだ明り取りに使う網の目」であり、転じて「これから明けて行く空」「明く」の枕詞と載っている。日の出前に、東の空にたなびく雲に映える、ほのかな光明を連想して「東の雲」という漢字が充てられたのであろうか。

縁起のよい言い回しであり、地名に使われるのももっともなように思われる。

しかし《海洋民の人々である「し」の「の（野？）」の「目」》と《「篠」の「目」》では相当意味が異なる。

 

下に全国のZIP地名に現れる27件の「東雲」を含む地名リストを示す。「しののめ」と読む地名はすべて「東雲」という漢字で表記されるものばかりである。また「東雲」と書いて「とううん」と読む地名も2件あり、あわせて記載している。さらにその下には「東雲」都道府県分布と中期縄文遺跡分布などとの相関値を示す。

 

「東雲」包含ZIP地名リスト

						隣接「あさひ」地名の有無	沿岸 か	近辺の注目される地名
0400036	ﾊｺﾀﾃ	ｼﾉﾉﾒ	北海道	函館市	東雲町	○（旭）南西	○	中島、日乃出、大鼻崎
0470026	ｵﾀﾙ	ｼﾉﾉﾒ	北海道	小樽市	東雲町	×	○	稲穂、住吉、緑、入船、花園
0770011	ﾙﾓｲ	ｼﾉﾉﾒ	北海道	留萌市	東雲町	△（旭）西1ｋｍ	○	緑ヶ丘、沖見、花園、住ノ江、泉、沖見
0660042	ﾁﾄｾ	ｼﾉﾉﾒ	北海道	千歳市	東雲町	○（朝日）東	×	日の出、緑、青葉、旭ヶ丘、住吉
0493105	ﾔﾏｺｼ*ﾔｸﾓ	ｼﾉﾉﾒ	北海道	山越郡八雲町	東雲町	×	○	内浦、出雲、八雲
0495411	ｱﾌﾀ*ﾄﾖｳﾗ	ｼﾉﾉﾒ	北海道	虻田郡豊浦町	東雲町	○（旭）南	○	船見
1350062	ｺｳﾄｳ	ｼﾉﾉﾒ	東京都	江東区	東雲	×	○
9440042	ｱﾗｲ	ｼﾉﾉﾒ	新潟県	新井市	東雲町	○（朝日）南	×	大崎、諏訪、小出雲
3840023	ｺﾓﾛ	ｼﾉﾉﾒ	長野県	小諸市	東雲	×		蛇堀川
4400051	ﾄﾖﾊｼ	ｼﾉﾉﾒ	愛知県	豊橋市	東雲町	○（朝日）西0.2Ｋｍ	△	住吉、吾妻、朝倉川
4750872	ﾊﾝﾀ	ｼﾉﾉﾒ	愛知県	半田市	東雲町	△（旭）南2ｋｍ	○	日の出町、荒古、船入、住吉、瑞穂、雁宿
5918041	ｻｶｲ	ｼﾉﾉﾒﾋｶｼ	大阪府	堺市	東雲東町	×	△	浅香山、常盤、住吉
5900013	ｻｶｲ	ｼﾉﾉﾒﾆｼ	大阪府	堺市	東雲西町	×	△	同上
5950026	ｲｽﾐｵｵﾂ	ｼﾉﾉﾒ	大阪府	泉大津市	東雲町	○（旭）南西	○	戎、池浦、我孫子
6510079	ｺｳﾍｼﾁﾕｳｵｳ	ｼﾉﾉﾒﾄｵﾘ	兵庫県	神戸市中央区	東雲通	○（旭）西	○	脇浜
6700046	ﾋﾒｼ	ｼﾉﾉﾒ	兵庫県	姫路市	東雲町	×		船橋、車崎、男山、今宿
6350017	ﾔﾏﾄﾀｶﾀ	ｼﾉﾉﾒ	奈良県	大和高田市	東雲町	○（旭北）南	×	日の出、片塩、磯野、岡崎
6840015	ｻｶｲﾐﾅﾄ	ｼﾉﾉﾒ	鳥取県	境港市	東雲町	×	○
7340021	ﾋﾛｼﾏｼﾐﾅﾐ	ｶﾐｼﾉﾉﾒ	広島県	広島市南区	上東雲町	○（旭）南西	△	原日出、山崎、浜田、緑ヶ丘、出汐、翠
7340022	ﾋﾛｼﾏｼﾐﾅﾐ	ｼﾉﾉﾒ	広島県	広島市南区	東雲	○（旭）南西	△	同上
7340023	ﾋﾛｼﾏｼﾐﾅﾐ	ｼﾉﾉﾒﾎﾝ	広島県	広島市南区	東雲本町	○（旭）南西	△	同上
7900803	ﾏﾂﾔﾏ	ｼﾉﾉﾒ	愛媛県	松山市	東雲町	△（旭日）南0.5Km	×	緑、此花、湊
7920864	ﾆｲﾊﾏ	ｼﾉﾉﾒ	愛媛県	新居浜市	東雲町	×	○	八雲、下泉、沢津、高津、新居浜
7800805	ｺｳﾁ	ｼﾉﾉﾒ	高知県	高知市	東雲町	×（但し 西4ｋｍに旭町）	○	潮江橋、塩屋崎、汐新、比島、
8160071(現8120871)	ﾌｸｵｶｼﾊｶﾀ	ｼﾉﾉﾒ	福岡県	福岡市博多区	東雲町	×	△	日の出、曙、岬
0781731	ｶﾐｶﾜ*ｶﾐｶﾜ	ﾄｳｳﾝ	北海道	上川郡上川町	東雲	△（旭）東2Ｋｍ	×	花園
9420071	ｼﾖｳｴﾂ	ﾄｳｳﾝ	新潟県	上越市	東雲町	×	○	住吉、荒川、塩屋新田

＜隣接「あさひ」地名の有無＞○は密接して隣接、ないしは1区画おいて接する。△は隣接ではないが付近（2Ｋｍ程度以内）に「あさひ」地名がある場合

＜沿岸＞項目における△は現在海に面しているとは言えないが、海に面した沖積平野の内部にあると思われる場合

灰色網掛はＺＩＰ地名の中で「東雲」と書いて音読みの「とううん」と読む地名

 

「東雲」地名の都道府県分布と中期縄文遺跡分布などとの順位相関（n=47）

	緯度	経度	遺跡密度	遺跡数
出現数	−0.0073	−0.0633	−0.0509	0.0353
出現率	−0.0292	−0.0987	−0.0911	0.0095

 

分布状況をみると縄文遺跡分布と全く関係もなく、しかも｢しののめ｣の隣町に、しばしば、薄明かりの後に出現する、輝く「あさひ」の付く地名が半数以上伴われている。出来過ぎの感がある。「しののめ」といえば「明く」の枕詞である、という教養が行き渡り、新地名として成立するには、どう考えても縄文時代では早すぎる。上記「しののめ」リストの地名の多くは、「みさき」地名のように、「あさひ」地名を伴う地名であるとはいえ、非縄文地名であろう。縄文どころか、明治以降新設の地名も含まれるであろう。

 

しかし「しののめ」という言葉自体は中期縄文時代にまで遡りうる言葉であっても不思議でないとも思われる点もある。リスト中には、すでに中期縄文時代に成立したと考えられるような「しののめ」地名も含まれている可能性がある。

それは奈良県大和高田市の「しののめ」である。

大和高田市は大阪平野東の縁に沿って伸びる生駒山系と葛城山系の境目を内陸に向かって越えたところ、奈良盆地の西の縁に近い盆地内と形容してもよいところにある。生駒山系と葛城山系の間からは、大和川が大阪平野に向かって流出している。流出部のやや南のほうには、大阪平野やその沿岸付近からでもよく目立つ、二つの峰がある二上山がある。大和川は奈良県と大阪府を区切る生駒山脈北端の淀川とともに、縄文海進時にできた河内湾を埋め、大阪平野を形成した原動力となった川である。大和川の、盆地からの出口付近は、生駒郡三郷町、北葛城郡王寺町付近であるが、南隣には、香芝市、葛城市が並んでいる。葛城市を盆地側に下った、東隣が大和高田市である。大阪平野から見ると、二上山の裏手にあたる。

大和高田市東雲町は標高60ｍ程度である。盆地の最も低い部分は地図で見る限り、大和高田市の北東部の磯城郡三宅町大字但馬（たじま）あたりの、標高40数メートルであろう。

奈良盆地もまた、海進時代には、水のたたえられた盆地湖であったように見える。大阪平野北端の淀川が始まる枚方市に楠葉美咲（みさき）があり、隣接して楠葉朝日（あさひ）があったように、「みさき」、「あさひ」、「海を連想させる地名」などの地名セットが、大和高田市「東雲」近辺にも認められる。さらに東日本のように濃密とはいえないが、｢わ｣｢ね｣｢い｣の人々の集落に付けられたと思われる縄文地名も散見される。

高田市「東雲町」の南には一町隔てて「朝日北町」「朝日南町」がある。東雲、朝日北・南町から山（西）側へ1Kmも行かないところに「みさき」ではないが「岡崎（おかさき）」という「崎」を含む記述がある。付近に84.9ｍの標高が示されている。1Ｋm弱で20ｍ強の勾配である。

「朝日北町」と反対の北側には隣接して、朝日ならぬ「日の出町」がある。「日の出」「東雲」「朝日」が南北に並んでいる。他の「東雲」地名は「朝日」に先んじる方角、すなわち「東」に位置しているのが普通である。

日の出町の北に「土庫」とかいて「どんこ」という地名が記述されている。「泥んこ」という言葉を連想してしまった。

岡崎の先端に先ず「吾が乾いた干」である「あさひ」ができ、少し離れたところにも、干ができる。「朝日」という地名がすでにあるので、今度は「日の出」と呼ぶようになる。「しののめ」はその真ん中にある。さらに、さらに高田市朝日町の東隣には「曙町」があり諄（くどい）ほどである。

 

岡崎と旭町の中ほどに「礒野（いその）」という地名がある。「磯」ではなく「礒」と表記するのは、漢字表記時には既に全く海を連想する處がないので、こだわったのかもしれない。

大和高田市内には「敷島町」「北敷島町」があることが国土地理院　ウオッちず検索でわかったが、地図を見ても見つからなかった。「敷島（しきしま）」は奈良市内にもある。これはZIP地名でもある。なお大和高田市の近くには「磯木郡」があるがこれは「しきぐん」と読む。また「磯壁（いそかべ）」という地名もそう遠くない。

そして長野県の主要な「平（たいら）」に、内陸であるにもかかわらず、途切れることなく出現するところの「塩」包含地名も、大和高田市中心の市街部に「片塩（かたしお）町」として出現する。「潟しお」の意味であろうか。

「忍海（おしみ）」「櫛羅（くじら）」も高田市の上（かみ）、すなわち山手の葛城市にある。海の光景を目にしながら、淡水である点を考慮して、充てられた「海」を「み」と読む配慮は相当なものである。北葛城郡王寺町には「舟戸」がある。

大和高田市の東隣の橿原市の「地黄町」は「じおちょう」と読む。漢字「地」は「ぢ」ではなく「じ」、「黄」は「おう」でなく「お」と読む。「塩町」ではなかったか。

「沖」の付く地名はないが、生駒郡斑鳩町に「興留」と書いて「おきどめ」とよむ地名がある。

「かつらぎ」は「上（かみ）のほうで、連なる（つら）、木（聳える集落のような意味）」、「く」は「統合された」と解釈したので、「くじら」は「統合された『し』等（ら）」の意味、と筆者は勝手に解釈している。海の「鯨（くじら）」も正に当てはまる。その心は、「一つで利用できないところはない」。

なお、離れるが葛城山脈の南の端に近い「五條（ごじょう）市」には「大澤町」があると同時に「小島町」がある。とすると「ごじょう」は「こ/しお」か。　ともあれ、これら海洋関連地名は大和川ではなく、紀ノ川を通じて進入した海洋民がもたらしたものであろう。

天理市にも「小島町」「三島町」がある。

「根」や「泉」や「沢」「輪」のつく地名が、東日本の盆地や平野部ほど濃密とはいえないが、大和高田市近辺に存在する。

高田市内には「曽大根（そおね）」、「根成柿（ねなりがき）」。岡崎より西の高いところには葛城市「勝根」がある。

山手の葛城市の北が「香芝市」、南が「御所（ごせ）市」であり、ともに盆地の西縁であるが、香芝市には「今泉」がある、御所市には「船路（ふなじ）」がある。その他、盆地内には「小泉」「泉原」などもある。

大和高田市には「沢」地名の記述はないが、北部の奈良市の「猿沢池」ならだれでも思いつくだろう。その他、郡山市「池沢」、生駒市「軽井沢」、磯城郡田原本町「金沢」、広陵町「沢」などが国土地理院　ウオッちずで検索すればヒットする。

「わ」について言えば、「三輪山」はだれでも指摘するかもしれない。他に「横輪」「相輪」「大輪田」が「輪」地名として、該当する。「和」という表記では「大和田」「小和田」「和田」「三和」などがある。

そして、「和」と書いて「やまと」と読むところの、正に「東雲」と書いて「しののめ」と読むのと同じような、誰でも読める難読地名が大量に存在する。

 

奈良盆地もまた中期縄文時代前後には大阪平野や甲府盆地、あるいは上諏訪と似た状況が出現していたのではないか。すなわち大阪平野側から、海洋民である「ね」の人々、「いずみ」や「かわち」に住む「い」の人々（あるいはそれらの混成集団）が、河内湖の畔に聳える、大阪湾沿岸部や大阪平野から見るとランドマークである二上山を目当てに、生駒・葛城山脈の切れ目から奈良盆地に侵入する。そこには既に旧石器を使う「わ」の人々が居て、諏訪湖や猪苗代湖で行われたのと同じような出会いを果たすことになる。二上山は旧石器の材料、サヌカイトが産するところである。奈良盆地もまた「言語混合のゆりかご」ではなかったか。

 

したがって、海洋民は「し」と呼ばれていたので、大和高田市「しののめ」は「篠の目」ではなく「『し』の人々の『野（？後に考察）』の『目』（＝拠点）」ではなかったか。あるいは、「干上がった岸辺に集まる丸木舟に乗る『しお』の拠点」すなわち「『しお』の『目』」ではなかったか。

 

葛城市には「新村」と書いて「しむら」、大和高田市街部には東町がないにもかかわらず「西町（にしまち）」がある。「に」「にっ」は「湿った」と解釈したので、「湿地帯にいる『し』」の意味であろうか。東町のない「西町（にしちょう）」は大和郡山市にもあり、大和高田市西町と同様で、西側に「岡崎」という「崎」がある。つまり両「西」町とも、岡崎の「東」にある。

「香芝市」の「かしば」は「『上』の『し』の『は（端）』」ではないのか。そうすると、「香芝（かしば）」も「橿原（かしはら）」も同じような意味である。すなわち「かしはら」は「かしば」に複数形を表す「ら（等）」の付いたものである。なお大和川が大阪平野に流れ出るあたりに、大阪府「柏原（かしわら）市」がある。これも同じ意味である。柏原、香芝、橿原は水系をたどって連続している。

また、生駒山と二上山の間には信貴（しぎ）山がある。既に指摘した「磯木（しき）郡」「敷島（しきしま）」の出現も偶然ではないように思う。どちらも「しき」が含まれる。

二上山の南と北の裾には、「竹内（たけのうち）街道」と現在近鉄南大阪線が併走する峠道（奈良県道703）が北方の大和川と並行するように走っている。大阪府側の「太子（たいし）町で分岐して、二上山の裾を越えると、共に當麻寺のある當麻（たいま）付近に出る。どちらも峠付近で川筋、またはその痕跡が少し途絶えるが、超えると復活する。

「太子町」には「聖徳太子」の墓がある。

太子町付近には南から大和川に合流する石川に流れ込む「太井（ふとい）川」という記述がある。「太井川」を東に辿っても竹内に出ることができる。途中に科長（しなが）神社があり、先には平石（ひらいし）峠を越えて下る狭い山道の地図記号が記されている。同じく、竹内街道の竹内、當麻（たいま）に出る。竹内街道のさらに少し南側のルートである。

なお金剛葛城山脈のふもとに沿って北に流れる「石（いし）川」は重要で、大和川が奈良盆地を出て、そのまま、西の堺市方面へ流れるようになる（江戸時代の改修工事により）前までは、大和川と合流してそのまま、北方に流れ、河内湾を埋めていく土砂を運んだ。大阪の「河内」とは北方の淀川流域に至るまでの、この石川沿いの地域である。「いしかわ」にも「し」が含まれる。「い」の「し」の川である。

 

「いし（石）」の付く地名は「いわ」の付く地名と同様、おびただしい。しかし「いわ」包含地名が、ＺＩＰ地名で見る限り、東高西低分布が明らかなのに反して、「いし」包含地名は全国広い範囲に分布する。

 

「太井川」の「太」と「太子（たいし）町」の「太」は何か関係があるのであろうか。元は「ふとい川」ではなく「たい川」と呼ばれていたなら、「たいま」と「たいし」の「たい」が「太井川」を通じて結びつく、と考えたが、太子町HP　「町のプロフィール」で「昭和31年9月30日に、当時の磯長村と山田村が合併し、聖徳太子にちなんで太子町と名付けられて、現在に至っています」と載っている。しかし、フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』によると「明治22年町村制施行により、石川郡磯長村（太子村・葉室村・春日村が合併）、山田村（山田村・畑村が合併）が発足。」となっていて「太子」は明治以前から存在したことが判り胸をなでおろした。

「たい」包含地名は全国に沢山ある。多くは「田井」という表記である。明らかに西日本に多い。ただし東日本で目立つ「もたい（茂田井、母袋）」、新興開発地名の「×台（×だい）」などは区別して扱われるべきである。

すなわち「たい」とは「田」が「居」ることである。「田があること」であると思う。「居る」の「い」が現在行われているように、「人」が「いる」という使用法しか許されないなら（物の存在は「ある」を使う）、「田に居る人々」「田で生業を営んでいる人々の居る地域」という範囲の解釈まで許されるものと思っている。

「い」は、古くには「×根」や「×輪」と同じように、集落名を表す普通名詞として使われていたのと思っている。「×根」や「×輪」と異なる点は、活用が行われる動詞が起源であることだと思う。ただし「わ」も「割る」という動詞があり、動詞起源と考えるかもしれないが、既に述べたように、｢わり（割）｣は、最初に「わ」という名詞があり、「もり（森・盛）」の解釈のところで示したように、終結や破綻や分離を示す「り」が付いて「輪」が破綻していることを言う言葉になったものであると思っている。「割り」から「わ（輪）」が生じるとは思えない。派生の順序が異なると思っている。

奈良盆地では、大和高田市、天理市（田井庄）、広陵町（田井中）、高市郡高取町（田井ノ庄）にある。大阪平野にもある。ただし「あたご」や「たご」は奈良盆地や大阪平野にはない。奈良盆地の「たいま」も、大阪平野等縁の「太井（川）」も、奈良盆地内への稲作流入経路を示唆する地名かもしれない。つまり、大阪平野や奈良県の稲作は、九州北部からではなく、長野や、甲府盆地や東北地方の稲作と同じように、東からもたらされたものである、と。「太井川」が、元は「たいがわ」と言われていた、という前提があり、高田市の「あさひ」関連地名セットが「甲府盆地や、その他の東日本偏在の地名セット」と同質ならば、という場合の、怪しい解釈である。

 

「ま」は「スペース」であるので、「たいま」は「田のあるスペース」であろうか。

「よね」が「横の根」であるとすれば、奈良県「吉野」の「よし」は「横の『し』」の意味であろうか。

 

「奈良盆地」が言語混合のゆりかごとすると、枕詞とは、文学的表現ではなく、視点を変えて考えれば、冗長に意味を重ねて説明し、後には、漢字という表意文字を使用する等して、同じ地域に居住する、異民族、異言語間の意味の疎通を図る、という実用的役割を果たす言い回しから始まった言語習慣ではなかったか、などと突拍子もないことを考えた。

 

先に奈良盆地に「あたご」という地名はないと述べたが、日本地名ルーツ辞典（1992、既出）の中で池田末則は「あたご、愛宕、愛後など愛宕信仰かかわる小字は、御所市西北窪のほかに25カ所ほど存在する」、また「大和国では各村に『愛宕さん』を祀るといってもよい」と指摘している。ルーツ辞典と文脈は異なるが、大和高田付近に「崎」、「旭」、「あたご」、「内陸でありながらも海を連想させる地名」セットがすべて揃うことになる。

なお西北窪付近には「朝妻（あさつま）」という「さま」「さつま」地名で取り上げた地名も見られる。「あさつま」は「あ/さっ/ま」で「吾が/乾いた/間」である。付近には湿地の痕跡を示す多数の池と田んぼの記号で埋められている。

 

なお、「みどり」地名には触れていないが、ZIPの中には、やや離れるが北葛城郡上牧町には「緑ヶ丘」という地名もある。その他、奈良市、御所市、生駒市、平群町にも「緑ヶ丘」があり、奈良市と御所市に「緑町」がある。「実取り」の「実」とは「大豆」のことであろうか。

大和高田市岡崎の先に位置する「朝日」「日の出」「東雲」が水上に顕われたのは何時の頃からであろうか。「中期縄文」では古すぎるようにも思われる。しかし、以前、中期縄文時代には北から南下した「わ」の人々は「どんぐり」を食べていたのではないかと書いたが、すでに稲作も行われていたとすると、「実取り」の「実」はどんぐりではなく「豆類」かもしれない。大和高田市「しののめ」や「旭」の標高は盆地内部といってもよく、確かに中期縄文時代の農耕を立証するのは困難かもしれないが、東日本偏在の「たて（田手＝農民の住居）」は、湿地帯が居住に適する訳でもなく、湿地帯の上のより高いところにある。高田市西部の高いところや、さらに西の高いところの葛城市に、縄文時代の遺跡が発見されれば、大いにその根拠となるように思われる。

 

「篠」とは何か

さて、「篠」とは何か。杉浦功悦は東日本を代表する細竹（篠竹、鈴竹、根曲り竹）の加工技術の習得及びその材料を使用した籠の制作というPDFファイルを掲載している。杉浦は「篠竹」の産地は今では宮城県の岩出山ぐらいしかないと書いている。

また、既に、富田 徹男（1993：工業技術博物館ニュース）をあげ、「孟宋竹等の太い竹は暖かい地方の竹で、氷河期を耐え、これが九州を出て本州にまで分布を広げるためには人の手を借りなければ（すなわち人為的に移植しなければ）ありえない」という見解を紹介した。

両HPを読むと「しの（篠）の目」の｢篠｣はこの太い竹ではなく、日本にもともと自生した丈の高い、細い竹の事だと理解できる。矢柄につかう茎がまっすぐな「矢竹」もこの範疇に入る。その他HPの記述を総合すると、「篠」あるいは「篠竹」という言葉は、これら細い背の高い竹類の俗称とするのが適当と思う。ただし「竹細工」では「篠」の範囲を細かく限定しているかもしれない。

そして現在では、篠製品とその材料の産地は、ほぼ東日本に限られている。

篠（竹）はやわらかく、竹篭を編んだりする材料に適している。「しののめ」はこの竹を使った明り取りの編み物であろう。藤倉商店のHPには篠竹で編んだ弁当箱の写真が出ている。現在はいろいろの素材があり「篠」で作った道具は珍しいが、軽く、通気性がよく、加工が容易などの独特の特性をがあり、昔は道具を作る素材として用途は多様で、有用な素材であったであろう。

しかし、篠で編んだ竹篭や弁当箱を見ると目が緻密すぎて明り取りとしての用をなすのか心配である。むしろ篠をそのまま井桁状に組み合わせるだけの方がよい。東の屋根に開口部を設けて開いた部分を篠の井桁で組み合わせた物を取り付けておくと、朝日が差し込む。朝の雲の様子もうかがえる。日めくり、時計にもなる。気象台にもなる。

雨が降りこむなら、そのときは「苫」をかぶせるとよいのではないか。というような事を考えた。

しかし上記、富田（1933）を見ると、960年代の延喜式の記述を見て「これらすべての記述は、当時竹製品が非常に特異なものであって、まだ一般的にはほとんど用いられていなかったことを示している」としている。「竹内街道」やその終点に近い葛城市「竹内（たけのうち）」が、「大和」に竹類が搬入され、集積される地であった事に因んだ地名で、東雲町のある大和高田市がすぐ先に位置しているにしても、「篠」の明り取りが枕詞に使われるほど普及していたのかは疑問である。

更に、「篠の目」という言い方は「篠」で作った「何か？」の部分が抜けている。「篠」は素材である。

「東の雲」の「しののめ」は「薄明」を意味する象徴的なよい名前である。しかしながら、かなり複雑な連想や、細綱を渡るような解釈を必要とする。枕詞が特定の場所を表すためには高級すぎる。「飛ぶ鳥」の「あすか」と比較にならないほどである。

 

「しの」は「し」の「物産」。あるいは「し」の「人々」

先に高田市の「しののめ」は「しおのめ」ではないかと述べたが、ZIPの中で「シオノメ」を含む地名を検索したが一件も存在しなかった。「しおのめ」説は撤回する方がよさそうである。

「『篠』の『目』」とまどろっこしい言い方ではなく、「の」を削除し、「篠目（しのめ）」と言っても、より端的で意味は同じで通じる。地名としてはこのような言い方が多い。「篠目（しのめ）」は一件だけある。山口県阿武郡阿東町篠目である。近くに「篠目川」が流れている。

なお、「篠」も「笹」も植物学上ほぼ同じであるが、「ささ」と読む「篠目」は愛知県安城市篠目（ささめ）町である。「ささのめ」ではない。「笹目新田」という地名もある。

「篠」の「何」かも言わず、「篠」の後ろに助詞の「の」を冗長に入れて、「篠」の「目」というのは何故か。隣の「竹内」を「竹」の「内」と言うが如し、と返すかもしれない。あまりとらわれるべきではないかもしれない。ただ「の」を入れることによって耳障りはたいそう柔らかくなる。主観であるが、「吾子」というより「吾が子」「私の子」と言う方が柔らかい感じがする。漢詩の読み下し文と、大和言葉でつづられた詩との違いであろうか。助詞を入れると印象が異なる。どちらも意味は同じで、日本語であることには間違いない。日本語の「聞こえ方」における2重構造を感じる。

所有格を表す「の」は、同じ「が」と読む「ケ」と異なり、普通に日本全国に分布する。また、「が」は地名に目立ち、「×ケ×」包含地名は縄文遺跡分布と相関することがパート�Cで示された。

結論を先に述べておきたい。

これまで「『し』の人々」と記述してきた人々の製品や人々そのものを、いつしか「しの」と呼ぶようになったのではないか。

「しののめ」の「しの」とは「篠製品」を含む広い概念であったと思う。後ろの「の」の部分は「し『の』×」という助詞の「の」であったと思う。

英語で完全所有格（だったと思う）というのを習った記憶がある。「mine・his・hers」など。代名詞でない場合は「’s」をつければ「私のもの・彼のもの・彼女のもの」「×のもの」である。

日本語でも「の」は所有格を示すだけではなく完全所有格を示すためにも使われる。「私の」で「私のもの」「私の人」という意味の使い方をする。国語辞書では「彼のはスイス製だ」「万葉集に入らぬ古き歌、みずから の をも奉らしめ[古今・序]」という例が載っている。大阪弁では「ん」がつき、「わたし　のん」で私の物や者という意味である。従って「し」と呼ばれる集団がいたのなら（もちろん筆者は存在したと信じるが）「し」の人々、「し」の製品という意味での「しの」という言葉が十分存在しうると考える。国名の「japan」や「china」が「漆器」や「陶磁器」を表すのは知られたところであるが、同じような心理が働いていると思われる。

アイヌ語辞書( 萱野) を引くと「シサﾑ」とは「和人」と出ている。あるいは田村の辞書では少し詳しく、「シ-サム（アクセントを考慮したアルファベットで表記されているが）」と区切られていて、「主な-そば　又は　となり(の人)」で「アイヌでも他の少数民族でもない多数を占める和人＝しゃも」となっている。「し」が「主な」で「さむ」が「側」で、「主たる隣人」の意味と理解した。「主たる方」「大きい方」とでもいうべきであろうか。アイヌ語でも「し」という、人種が異なると認識される「本州の主たる隣人」がいたようである。また別種の、主でない方も居たのであろうか。

奈良盆地にも人種が異なると考える「し」の人々がやってきて、その人々や、その人々のもたらす品物を「しの」というようになったのではないか。「の」が付加された理由は、奈良原住民の「助詞好き」と「二音節好み」という言語の根源的な特性に関連していると思う。

 

「め」は植物の「芽」と同源と思う。小さな点であるが、発生は「芽」から始まり発展する。転じて要（かなめ）の点を「目」というようになったのではないか。物事の認識は目からの情報流入から始まり、広がっていく。外界の情報は目、より正確には「ひとみ」から入ってくる事を、人々はたいそう古くから知っていたのではないか。虹彩の中央に開いた小さな穴である「ひとみ」とは「日」の「戸（門）」の「身＝実質」だと思う。すなわち「光の入り口の実質を担う部分」であると思う。ただし「見（み）」の語源とは異なると思っている。

「目」という言葉は「×丁目」という風に使われるが、これ等以外「×の目」という地名も沢山ある。そして「×の目」は緯度と明確に相関し（「ノメ」包含地名都道府県別出現率は、緯度と0.5096　経度と0.3435　遺跡密度と0.1570　遺跡数とは0.2464であり、｢×の目｣以外の「シノノメ」なども含む）東北地方や北海道で明らかに多い。「山目（やまのめ）」や「布目」「中ノ目」「橇の目」など多様である（jomon.lzh内の「ノメ.txt」参照）。「しののめ」の｢め｣も、これら東日本偏在地名の｢目｣と同じ様に地名に使われる「目」であったのではないか。

すなわち、「しの」のもたらす品物が集まる場所、あるいは「しの人」達が沢山いる要（かなめ）となる場所ではなかったか。

 

大和高田市東雲にほぼ隣接して「片塩」がある。「しお」は「し」の中でも交易を行う「し」だと解釈した。さらに、岡崎の盆地側の近いところに「吾が乾いた干」の意味の「あさひ」町がある。「しののめ」は「かたしお」の人々がとりあつかう「しの製品」を、舟で、大和川を経由して搬入する「要」があったところではなかったか。なお陸路では竹内街道がある。

 

なぜ、「しののめ」を「東雲」と書くのであろうか

「篠の目」の漢字表記が「夜明け前の薄明かりに照らされる東の雲」という連想が働いて「東雲」と書くのは理解できるが、「篠」の意味を拡張した「『しの』の人々や物産」がなぜ「東雲」と書かれるのか。

 

「『しの人』や『しのの国の製品』の『目』」、の意味だったとしても「東の雲」と書く枕詞はなお有効である。

すなわち奈良盆地から見て、「し」の人は東方の人であり、「雲」はしばしば均一な民族集団の意味で使われたと思われるふしがあるからである。

「く」はこれまで複数の部分が密接して統合された状態と解釈してきた。「くに」は「に=つち(粘土や湿地)」あるいは「ね＝根」が集まって統合された状態、と解釈してきた。「串（くし）」は「統合された『し』」と解釈してきた。小国、箱根、串本などがあてはまる。

また、「も」は「凹凸のない均一な一定範囲」と解釈してきた。すなわち「面」「喪」などの漢字の意味するところと一致する。「いも（芋）」の「も」すらも食味の点で「『い』の人の育てる『も』」と先に解釈した。共通な特徴でくくられる人の集団を「くも」ということは可能であろう。

すなわち「しの」という言葉は、「東方の『しの人』」の意味だと理解される時代では、「明り取りの『篠』」を考えるより素直に成り立つ。

 

すなわち「飛ぶ鳥の『あすか』」の場合と同じだとすると、「東の『くも』の居る『しののめ』」である。

 

しかし、漢字が入ってきて日本語が表記される時代では、既に「くも」という言葉が「民族」を表す言葉であるという認識は廃れて行きつつあったのではないか。そして均一な乳白色の塊である「雲」のみを「くも」というようになっていったように思う。廃れた分だけ「しの」といえば「篠」で作った竹製品のみを思い浮かべるようになり、もっともらしい説明をつけ、文学作品の中で「明く」の枕詞として使われるようになったのではないか。今では「明く」の枕詞であることを知らなければ「東雲」と書く理由が説明できない。それも「『篠網』から漏れる薄明かりを、明け空の光になぞらえ、その光が雲に映えるので」という極めて複雑な説明である。

「しののめ」が更に「明く」の枕詞になったのは、「しののめ」という湿地帯の畔の、出来立ての土地が開（あ）けていく様を見た経験が下地にあるのではないか。すなわち「『しののめ』の『あく』」である。「明ける」「開ける」も起源は同じ家族語であると思う。

 

なお、人の集団である「くも」は、「土蜘蛛」という形で権力に刃向う集団の意味合いで、かろうじて記憶に残っている。

虫の「蜘蛛（クモ）」は点のような「クモの子」が無数にいる様（さま）から来たのか、あるいは、クモの巣という「面（も）」を統括（＝く）する存在であるからかもしれない。

「くも」文字列を含む地名は沢山ある(kumo.lzh)。そして数字が付くことが多い。八雲、三雲、九十九と書く「つくも」を挙げることができる（「九十九」は「百」という文字の「一」の部分をとると99の意味でなのでという説明が一般的）。徳本（とくもと）、福本（ふくもと）も｢十（とお）｣や「二（ふ）」の付く「くも」かもしれない。

「三」や「八」の数字の付く地名は多く、これは民族グループの数を示しているのではないかと、既にこの稿の「地名には「三」と「八」を含む地名が多い」で指摘した。「三」「八」地名とも、むしろ西日本に多い。

「くも」が、民族グループを指す言葉として使用されていた時代は、人口空白地であった西日本に、「ね」の人々の舟を使って拡散していった中期縄文時代後半（を含む）から、漢字が流入する前までの間の時代であったと考える。

 

「しの」と「しな」

さて、「しの」の人々とは何処の人々か。

先に「し」の人々の日本列島を横断して裏日本、特に新潟県に達した人々のルートを想定した。このルートの中で関東地方7都県に次いで8番目に中期縄文遺跡密度の高い長野県が注目される。長野県の旧国名は「しなの」である。

「しの」と「しな」では「の」か「な」の違いである。しかし所有格（完全所有格）の「の」が「な」と発音される可能性がある。国語辞書（角川国語中辞典）で「な」を引くと「格助詞。連体修飾を表す『の』。『そこな人』」と載っている。また補足説明で「奈良時代に使われたが、現在では『手なごころ』『みなもと』等の造語成分としてのみ現れる」となっている。「みなと」「まなこ」なども該当すると思われる。「な」は「の」の意味で使われていた。

すなわち、「しの」が「『し』の×」の完全所有各化したものであるとするなら「しの」が「しな」という音で使われていた可能性は十分ある。地名の「しののめ」の中の後の「の」は「しの」が一語化した後に、更に所有格を示す「の」がついたものだと思うが、「しなの」の後の「の」は「長野」の「野」と同じように「野」の意味であろう。

下に都道府県別の「しな」を含むZIP数を示す表と、該当ZIPリストをダウンロードするリンクを示す。「しな」包含ZIPリストでは「神戸市/長田区（こうべし/ながたく）」のような明らかに別単語にまたがる「し/な」地名と思われる「しな」包含ZIPはリストの後半にまとめている。そして、これらは「しな」地名としてカウントしなかった。

 

「しな」包含ZIPリスト（sina.lzh）のダウンロードはここ

 

「しな」包含ZIPの都道府県別出現数と出現率

（出現件数の多い順に並べている）

	都道府県	該当ZIP数	該当ZIP出現率(%)	全ZIP数
1	京都府	316	4.788	6600
2	長野県	68	4.274	1591
3	北海道	33	0.412	8019
4	東京都	33	1.041	3169
5	岡山県	26	1.204	2159
6	新潟県	21	0.403	5216
7	愛知県	20	0.296	6749
8	広島県	19	0.896	2120
9	群馬県	18	1.217	1479
10	兵庫県	17	0.333	5101
11	富山県	16	0.501	3192
12	奈良県	13	0.691	1880
13	茨城県	12	0.437	2748
14	山口県	11	0.605	1819
15	石川県	11	0.441	2492
16	秋田県	11	0.553	1989
17	千葉県	10	0.290	3451
18	福井県	10	0.447	2236
19	福島県	10	0.270	3705
20	大阪府	9	0.247	3641
21	山形県	9	0.477	1885
22	埼玉県	8	0.286	2793
23	宮城県	8	0.262	3052
24	滋賀県	8	0.444	1800
25	神奈川県	8	0.367	2177
26	静岡県	8	0.279	2864
27	岐阜県	7	0.205	3412
28	島根県	7	0.606	1155
29	青森県	7	0.345	2029
30	岩手県	6	0.342	1754
31	福岡県	6	0.192	3128
32	香川県	5	0.726	689
33	三重県	4	0.165	2420
34	徳島県	4	0.243	1648
35	栃木県	4	0.225	1781
36	鳥取県	4	0.292	1372
37	大分県	3	0.168	1788
38	愛媛県	3	0.176	1706
39	佐賀県	2	0.241	831
40	和歌山県	2	0.128	1557
41	山梨県	2	0.126	1591
42	長崎県	2	0.107	1869
43	高知県	2	0.122	1638
44	鹿児島県	2	0.147	1359
45	宮崎県	1	0.122	818
46	沖縄県	1	0.134	749
47	熊本県	1	0.055	1827

 

表をみると京都府と長野県が飛びぬけて多いことがわかる。長野県には「北佐久郡立科（たでしな）町」「下伊那郡南信濃（しなの）村」「東筑摩郡明科（あけしな）町」「南安曇郡豊科（とよしな）町」「更級（さらしな）郡」「上水内郡信濃町」という広域地名が並んでいる。一様でない漢字を使った「しな」地名が並んでいる。

京都府の多さは、市内「山科（やましな）区」に負うところが大きい。ただし上京区に「信濃町」「梅津石灘町」「八幡科手」なども見られる。

分布表を見ると東日本では北海道にまで「しな」地名が強く分布するのに反して、九州や四国の全ての県が32位以下にランクされていることがわかる。

 

「しの」を含む地名はどうであろうか。下に「しの」を含むZIPをダウンロードするリンクを示す。

 

「しの」包含ZIPリスト（sino.lzh）のダウンロードはここ

 

「しの」地名リストと見ると、多数の「富士宮（ふじ/のみや）」「石巻（いし/のまき）」のような2語にまたがる「し/の」地名と思われる「しの」地名が含まれていることがわかった。目指す「しの」地名の可能性の高いリストを選び出すことが極めて困難であることがわかった。

 

そこで上記「しな」地名で出現頻度の多い「長野県」「京都府」に焦点をあてて個々の「しの」地名を検討した。

長野県には長野市に「篠ノ井(しののい)塩崎」のような「篠ノ井××」という詳細地名欄ではあるが、半ば広域化した「しの」地名が16ZIPあり、そのほか「芳野」「西野」「東雲」などバリエーションに富む「しの」地名がある。

大和高田市近辺にも「西町」「東雲」があったことを思い出す。また奈良盆地に接する山岳部は「吉野」があり「吉野川」のみならず「芳野川」もある。また長野県「篠ノ井××」の中には「篠ノ井布施高田」があり「篠ノ井塩崎」があるのも、「大和高田市」の中に「片塩」があり「岡崎」があったことを彷彿とさせる。

また「篠ノ井（しののい）××」のほかに「篠井（しのい）」もある。「井」が「居」の意味だとすると正に「篠ノ井」や「篠井」は「しの」が「居るところ」である。

 

京都府の「しの」包含地名の多さは市内中京区の「西ノ京（にしのきょう）××」「吉祥院西ノ庄（にしのしょう）××」および「京都市山科区四ノ宮（しのみや）××」「京都市山科区西野（にしの）××」「京都市山科区東野（ひがしの）××」という準広域地名に負うところが極めて大きい。

「しの」該当ZIP件数の多さは、京都府市内の独特の地名表記法に起因するZIP件数の増加によると思われる点もあるが、長野県以上に多様な「しの」包含地名が存在する。例えば「西野町」「橋野町」「梨木（なしのき）町」「吉野町」「星野町」がある。郡部では「篠町」「八幡吉野」「篠原」などがある。

京都府の「しの」地名は「西の×」「東の×」という地名を多く含んでいる。「にし/の×」と区切られる地名と考え「しの」地名に含まれるべきではないとも思われるが、「にし」「ひがし」の「し」自身、「しの」の「し」と共通な意味を持つのではないかと既に考察した（パート�C「西（にし）」と｛東（ひがし）｝）。すなわち「にし」は、湿った土（＝に）の機能を果たす物。「ひがし」は「日を昇らせる機能を果たす部分」であると。

とすると「西ノ京」は「に/しの/京」と区切って考えてもおかしくない。すなわち「湿土（の）/しの人（の）/京」である。

京都府は奈良隣県の隣であり歴史的にも密接している。

とはいえ、京都の「しの」地名の中には未だ怪しい「し/の」地名が残っている可能性が残る。長野県の「しの」地名セットのほうが、奈良盆地の「しの」地名セットとよく似ているように感じる。

 

「東雲」という漢字の示す意味どおり、「しの」は「東方からの」であろう。

「しの」とは「長野県産の」であろうと思う。大和高田市の背後の葛城山を越えた直ぐのところには大阪府「河内長野」市がある。

 

「しの」「しな」の単語家族

「しな」と「しの」が同じ意味で、発音がやや異なるだけだとすると、他の多くの「しの」「しな」地名の意味を解釈する可能性が開けてくる。品川と呼ばれる川や地名が全国にある。東京都「品川」区だけではない。北海道斜里郡斜里町には幾品川。群馬県利根郡片品村には片品川、栃木県大田原市にも「品川」という地名が「蛭田」や「蛭畑」という地名に囲まれて2.5万分の一地図に記載されている。青森県にも弘前市「品川町」がある。

「品」という漢字で表記されているのが不思議であった。この感じは筆者のみではないように思う。斜里町は幾品（いくしな）川沿いの地名には「以久科（いくしな）」という別の漢字が充てられている。「しな」は「科」で書かれることが多い。耶麻郡塩川町（現　喜多方市塩川町）には「四奈川」と書く地名もある。漢字の意味から解釈を拒むかのように「しな」の表記は不統一である。

「品川」とは「しな人」の川である。そしてブランドイメージの高い「しの」ブランドが運ばれる川でなかったか。「品」「品物」という単語そのものが「しな」「しの」から生じた単語であると思う。

すなわち「信濃川」も「品川」も似たような意味である。

 

「しな」ZIPリストには「品田」「四名田」がある。「しの」のリストにも「篠田」「士農田」、ZIP表にはないが大阪府和泉市に「信太（しのだ）山」がある。

 

「西野（にしの）」という地名に対して、「仁科（にしな）」がある。「西野」は「西の野原」の場合もあろうが、「湿地（＝に）の『しの』」も含まれるのではないか。「仁科」はZIPリストには伊豆半島西岸仁科川河口の西伊豆町「仁科」しかないが、2.5万分の1地図（ウオッちず）で検索すると長野県大町市にも「仁科」町があることがわかった。

「しなだ」と「しのだ」は同じ意味であり、「にしの」と「にしな」も同じ意味である。

長野県大町市「仁科町」の地図を見ると驚いた。「仁科町」は「松崎」という崎の先端部にある「旭町」の更に先に隣接する場所にある。そして仁科町には地名ではないが「塩の道博物館」という記述が見える。「崎」「旭」「塩」「西（大和高田市にも西町があった、そして、仁科（にしな）である）」という大和高田市東雲町付近、狭い範囲の東雲町関連地名セットが全てそろっている。

そして更に西には「高根町」「泉」という地名がある。｢根｣は｢ね｣の人の集落、「いずみ」は「い」の人の「住む」ところである。

 

また、大町市には「仁科郷」という地名が近くにもう一つある。近くではあるが明瞭に区別できる地域である。「仁科郷」も「木崎」あるいは「山崎」という「崎」地名の先端にある。そしてその北側の高いところに「木崎湖」がある。木崎湖の畔には「一津」という地名や「うみのくち」という駅名がある。そして「宮沢」「崩沢」という「沢」地名が認められる。大町市のある小さな盆地も、他の長野県の盆地と同じく三種言語混合のゆりかごと思われる。

「ね」の人々の航海には「篠」のみならず「竹」の類が、交易品としてではなく、航海の必需物資として携行されていたと想像するのに難くない。竿竹のような形で。

すなわち「竹」は軽くて、加工がしやすい。ザルのような容器なら粗末な道具類しかなくても製作可能である。材木から棒切れを作り出すのは直ぐにはできないが、竹類ならなんとかなる。太い竹なら浮き輪にもなるし、水の漏らない容器にもなる。一時しのぎの材料になる可能性は木材や土器類よりも優れている。

「篠」はそのような素材でもある。

航海のみならず、「しの」や「ささ」で一時しのぎの仮小屋を造るというようなことも行われたのではないか。なんとか耐えて打ち克つことを「しのぐ（凌ぐ）」というが、「しのぐ」は「篠」から産まれた言葉ではないのか。「忍ぶ」も意味は似ている。

「偲ぶ」は故郷を離れた「しの人」が遠い故郷を思い出すことなのか。

「しな」からは、既に示したように「品」「品物」という漢字義通りの意味が派生したと思われる。

「しなる」「しなだれる」という語は「篠竹」の撓る特性を示したものであるかもしれない。「竹刀」を「しない」というのは「撓い」の意味と国語辞書に載っているので、既知の事柄かもしれない。

 

「しの・しな」の家族語とはいえないが、「七夕（たなばた）」も「しの」「しな」の「の」ないしは「な」の部分と関係あるのではないか。「しなの」の「な」は「手なごころ。水なもと」の「の」が変化した「な」ではないかとしたが、「たなばた」の「な」も同じで「田の端（はた）」の意味ではないか。

熱帯ジャポニカが撒かれた湿地帯（田）の端（畑）には、同じく「ね」の人が持ち込んだタロイモの類（里芋）も植わっていたかもしれない。田の端（すなわち畑であるが）に集まり、「篠」＝｛笹｝を飾り、決まった日に、祖先を敬い、遠い故郷を偲（しの）びながら執り行われた儀式が「七夕祭りの」背景にあるのかもしれない。夜ならば、星空を見上げ、故郷でも見た天の川を辿る夢を見たのかもしれない。

日本の七夕祭りの中国伝来説に反して、日本起源。弥生以前にまで遡るかもしれない。

 

「の」という助詞の発生についての一考察

「しな」「しの」が長野県とすると、「長野県」を意味する｢しな／の｣の｢の｣は何であろうか。「しな」「しの」が完全所有格の一語化した言葉とすると「信濃（しなの）」の「濃」は何を意味するのか。信濃の隣は「美濃」で、これも「の」の部分が「濃」である。「濃」は音読みで、普通「のう」と読むが、ここでは「の」と読む。

 

地図を見ると、本州中央部に4っの「の」で終わる国名が連続しているのに気づく。「みの」「しなの」そして　栃木県に対応する　「上野（こうずけ）」と群馬県の「下野（しもづけ）」（野の部分を「の」と読むとすればの話であるが）である。

これらのような例は他にはない。他に「の」で終わる国名はない。

 

ただし「こうずけ」、「しもつけ」と読み、説明が必要である。いろいろ調べると、この二つは、元は併せて「毛野（けぬ、けの）」と呼ばれていたのが分割され、「上/ツ/毛野（こう/ず/けの）」「下ツ毛野（しも/づ/けの）」に分かれたということである。｢ツ｣は｢近ツ飛鳥｣｢目ツ毛（睫毛）」というように、これも所有格を示す「の」の意味である。そして発音では「野」の部分がとれ、漢字表記では「ツ毛」の部分が省略され、「こうずけ」「しもづけ」となったとしている。元は両地域併せて「毛野」、発音では「けぬ」あるいは「けの」と言われていたという事である。すなわち「国」を付ければ「けぬ（の）/の/国」である。

「の」の意味で「つ」も使われていた時代のことである。

本州中央部、西から順に「みの」「しなの」そして「けの」という末尾に「の」が付く国名が並んでいる。すべて中期縄文遺跡分布密度の最も濃い関東平野からの内陸部へかけての延長線上にあり、海岸線のない山岳部である。

「しなの」の「な」が助詞を多用する言語の影響を受けて「な」が挿入されただけと考えるなら、「みの」「しの」「けの」ということになる。都道府県名でいうと岐阜、長野、栃木、群馬県である。

 

「毛野国」は古墳時代「『毛野川』周辺に勢力を有して一つの文化圏・毛野王国を形成していた」とウィキペディアに載っている。日本地名ルーツ辞典（丹羽基二）を調べると「鬼怒（きぬ）川」とは「毛野川」のことであることがわかる。また「絹川、衣川とも書かれた」とある。「衣川」や「衣笠」という地名や苗字は沢山ある。これらが「毛野」と繋がる可能性に感銘した。

ウオッちずで調べると「毛野」は信濃にもあることがわかった。長野県上水内郡飯綱町等高線のやや広がった斑尾（まだらお）川沿いに「毛野（けの）」という集落があり、隣には「毛見（けみ）」がある。更に驚いたことに、毛野の隣にはまたしても「赤塩」という「塩」地名がある。そしてこの集落群から1ｋｍほど狭い谷川を下ると、斑尾川沿いであるにもかかわらず「毛野川」という集落がある。狭い渓谷を抜け、川沿いのやや広い平地部である。集落が所々に点在しているだけの地域であるが「毛野」と「毛野川」間の狭い範囲に「柏原」「奈良本」という奈良盆地を思い出させる地名が見られる。斑尾川はやがて千曲川と合流する。

 

連続する「毛野」が「野」を使い、美濃、信濃の「濃」が意味不明の感があるところから、「美濃」「信濃」の「濃」は「野」の意味と考えるのが最もありえそうである。

しかし「の」が最後に来るこの3っつの「国」は、どれも「野」の「国」どころか、森林に覆われた山国である。

「野（の）」というと、現代の我々としては、平坦な草原を想像するが、元は少し違ったものではなかったか。

もしも「みの」や「しの」や「けの」という言葉が縄文時代前期以前にまで遡れるならば、当時はまだ沖積平野や盆地は少なく、ことごとく湿地や水の底であったろう。降雨量も気温上昇に伴って相当なものであっただろう。

水が必要で川や沼のそばに居を構えるにしても水辺は安全でない。川や沼の近くではあるが、やや離れて高い、比較的起伏のなだらかな安定した部分に集落を作ったと思われる。この比較的なだらかな部分を「野」と呼んだのではないか。

 

そして小さな「戸」が出来、その集落を「ね」の人々は「さと」、すなわち「いささかの地にある戸」と呼んだのではないか。そして、なだらかな傾斜地の先に広い急峻な山々が控えている場合、このようなところを「やまと」と言ったのではないか。「と」は「戸」であり山岳地帯に分け入る「門」である。

このような対比において「やま（山）」と「の（野）」という語が使われたのではないか。

 

漢字で地名を表す時代では、すでにフラットな広い平野や広い盆地が既に其処此処に生じている。すなわち「干」が広大化した状況が出現している。そして、後にはこのような場所こそ「野」であると思うようになる。

「みの」や「しなの」の川沿いの人の住む場所の形状を鑑みて、とても「の」に「野」を充てることは出来ないと思ったのではないか。そこで「濃」が使われた。「し」が「濃い」、「み」が「濃い」、すなわち「信」が「濃い」、「美」が「濃い」の意味と強弁できる可能性もある。ただし「毛」が「濃い」とは言い難かったのだろう。土地形状を見て「野」を使うのを躊躇う場所には「野」の代わりに「濃」が使われた。

 

アイヌ語で「野」は「nup」である。田村の辞書では「野、平原（陸地の中で山でも川でもない所）」とある。括弧つきで記述している部分は、今の日本語の「野」の意味と少し異なるというニュアンスを伝えようとしているのかもしれない。

これまでに「い」の人々の沖縄までの拡散の可能性を地名から指摘してきた。沖縄では「お（o）」が「う(u)」に変化するという例を挙げた。「u」と「o」の中間音があったからかもしれないし、この程度の発音の差異に無頓着な言語を話す集団が居たからかもしれない。また日本語では語の最後が「ん」を除いて、ことごとく母音で終わる。

「nup」の「ｐ」がとれると「nu」、「u」と「o」を混同すると「no」、「の」である。「みの」「しの」「けの」の「の」は「野」の意味であると思う。

ついでに、沖縄では日本語の「ｅ」が「i」に対応するとも言われている。とすると「けの川」は本土発音では「きの川」になり、「紀ノ川」も同類の範疇に入ってくる。「紀国（きのくに）」は「毛国（けのくに）」かもしれない。

 

「毛」という記述は、アイヌ系の人々の体毛が濃いという「い」の人々の特徴を記述するものではないか。「毛」が「濃い」と記述することを躊躇った奈良の役人も、実際に「毛野」の人達を見ていたら、躊躇なく「毛濃」と書いたであろう。沖縄や南九州の人々も体毛が濃い。

 

さて、助詞の「の」は、この「野」から生まれたのではないか。

人々が主として活動する範囲（領域）を表す名詞、例えば「野（の）」を以って、所有を示す助詞が生じたのではないか。

人々が活動する範囲は、「い」の人々にとって「の（野）」である。そして所有するものの後ろに「の（野）」を付け、所有されるものを後に続ける。「愛宕山の頂上」は　「愛宕山　という範囲（領域）＝「野」　頂上」　。「海の上」は　「海　という範囲＝「野」　上」である。すなわち名詞を3個連続させ、前から順に後ろの語を修飾していくという方法ということができる。従来どおりである。

ただし、この用法が可能になるためには「野」が個々の具体的な野原から「野というものはその中で人が活動するフィールドである」、すなわち「野」から「領域」や「分野」という、より抽象的意味概念が生じている必要がある。

同じように海の民「ね」の人々が陸地で活躍する主たる領域は「つ（津）」であったろう。「『ね』の人々の一般的活動範囲」の意味を離れて「の」の意味で使われた原因である。

「わ」の人々が「い」の人々より高地にすむ人々であったなら、彼らの日常活動の領域は「かみ」であったろう。そこで「上方」一般を表す「か」が、所有格を示す「ヶ（が）」になった。「剣ヶ峰」のように。

名詞から別の品詞が生じたことになる。

 

縄文文化圏の東日本に偏在して、第2因子因子負荷量が「正」方向に高い「ニサ」「ヨネ」包含地名と、その近辺にしばしば随伴する「岬」という文字で表されない「崎」や「美咲」包含地名、あるいは「塩」包含地名を検討した。

これらの具体的地名が現在の日本語では海をや海沿いの沖積平野を連想させる地名であるにもかかわらず、現在の沖積平野を越えた盆地（特に標高のやや高い部分）や、盆地出口から流出した河川の平野側出口近辺に目立つ傾向があることがわかった。すなわち内陸部に多いことがわかった。これらの地域を「三種言語混合のゆりかご」と表現してきた。

また第2因子負荷量が4番目の「ウル」包含地名の殆どは「漆」の漢字が充てられているが、個々地図で確認すると、ほぼ全てが山中である。平野や盆地とは言いがたい場所である。すなわち内陸である。

3番目に負荷量の高い「ネヤ」地名の「ヤ」は、金山、米山、長根山、小船山、峰山などの地名例をみて分かるように「やま」という文字つづりの前の部分である。漢字の意味どおり、「山」のあるところである。したがって第2因子負荷量が「正」方向に高い文字列を含む地名はどれも海岸から離れ、海岸という言葉とは縁遠いと思われる地名であることがわかる。

それでは、逆に、「負」方向に高い第2因子負荷量をを示す文字列を含む地名は、海岸近辺にあるのだろうか。

 

第2因子負荷量が負方向に高い文字列包含地名、上位3文字列「ナネ」「トネ」「スカ」

「ナネ」「ノネ」とも後綴りは「ネ」であり、漢字では「根」で表記されているケースが多いことに注目しておこう。

「ナネ」を含むZIPは6ZIPしかない。しかも東京都世田谷区「宇奈根」と神奈川県川崎市高津（たかつ）区「宇奈根」は東京都と神奈川県の境となる多摩川を挟んで隣接しているので、元は一つの地域であったと思われる。また、愛知県豊橋市の「西七根」「東七根」が隣接しているので、元は「七根」のみがあったのであろう。したがって、これらをまとめると4地域名があるにすぎない。埼玉県川口市「柳根（やなね）」、東京都と神奈川県にまたがる「宇奈根」、愛知県豊橋市「七根」町、そして同じく4490215愛知県北設楽郡東栄町「奈根」である。

該当地名が少なく、すべて沿岸地域に所在することを期待したが4490215愛知県北設楽郡東栄町「奈根」のみ例外である。天竜川支流の奈根川沿い険しい峡谷に挟まれた地域である。付近に河内（こうち）川と称する川の合流部があるが、上・中・下河内、長野、という大阪平野の河内長野（大阪の場合北・中・南河内と呼び河内長野は南河内である）を連想させる地名が並んでいる。「海老嶋」という海洋を連想させる地名もある。天竜川を遡った人々が諏訪湖の手前の伊那盆地に到着するルートを先に想定したが、佐久間ダム近くの河川合流部付近で川筋を間違えたのであろうか。相当山奥ではあるが、奈根は伊那盆地にいたるルートから少しはずれた　途中の地である。

他の3地域は地図で見れば、すべて、縄文時代にまで遡れば、海岸に接したところにあったと断言しうる場所に存在する。特に愛知県豊橋市の「七根」は現在の海岸線上にある。またすべて太平洋側にある。

 

「トネ」は既に論議した（パート�D「トネ」/「とね」の怪しい地名解釈/「とね」は「入り口の集落」）。「とね」を含むZIPは182もあるが（Jomon.lzhの中の「トネ.txt」参照）、茨城県、群馬県、埼玉県の「利根郡」や「利根町」という名前を含んだ広域地名欄に載り、繰り返しカウントされることによるものである。

しかし茨城県、群馬県、埼玉県、東京都にはこれら広域地名欄以外に記載される「とね」地名もあり、茨城県の更に北の宮城県を含めて「とね」分布の中心地域といってよい。宮城、千葉、茨城県、あるいは東京都の「とね」地名分布地点の多くは、縄文海進時では多島海であり、「ね」の人々が日本列島に侵入してきた入り口であろうと推理した。そして多島海の根元には利根川があり、流域に群馬県や栃木県の「利根町」や「利根郡」の広域地名が存在している。

その他、各地の様々の漢字で表記される「とね」を含む地名は、沖積平野ができるまでは、悉くといってよいほど当時の海岸（湖岸）近くに存在しただろう。当てはまらないのは9140313福井県敦賀市の刀根、6493168和歌山県西牟婁郡すさみ町佐本根倉（さもとねくら）ぐらいではないか。

また、09700360北海道抜海村（09700360北海道抜海村クトネベツ以外、日本海沿岸には存在しない。クトネベツは稚内近くにあり日本海沿岸北端といえる（あるいは言うのに躊躇する）ほどのところである。敦賀市の刀根は日本海側の福井県であるが山中である。

 

全国で1716件もの「スカ」包含ZIP地名がある（Jomon.lzhの中の「スカ.txt」参照）。

全ての地名を地図で示すことは大量であり難しいが、下に最も出現頻度の高い愛知県（高層ビルに付されたZIPは数えない）と北に隣接した美濃すなわち岐阜県の「スカ」包含地名を図示する。

 

GoogleEarthによる愛知・岐阜県の「スカ」を含む地名分布図（sugaaiti.jpg:150Kbyte）のリンクはここ。図中緑の目印は、多くは「春日」で表記される「カスカ」包含地名。黄色はその他の「スカ」包含地名。

 

図を見ると濃尾平野の北端あたり、すなわち岐阜県、愛知県境あたりに「すか」地名が集中しているのがわかる。

各務原（かかみがはら）市蘇原飛鳥町、5013865関市春日町を越えるあたりから北進すれば山間部に入っていくが、以後、分布は急に途絶え、下呂市、飛騨市、高山市の3箇所に出現するのみである。濃尾平野が完成する以前までは、愛知・岐阜県境まで、太平洋につながる海または湿地帯が広がっていたただろう。

 

各務原市蘇原飛鳥町、関市春日町が並ぶが、奈良盆地の東の縁にも「春日」（奈良市春日野町）、「飛鳥」（明日香村飛鳥）が存在する。なお「春日」「飛鳥」とも枕詞表記、枕詞読みである。

奈良盆地の春日や飛鳥の東側は同じく山岳地帯が控え、西側は低地の湿地帯ないしは盆地湖であった。また、大和高田市にも「春日」がある（大和高田市春日町）。

更に大阪平野と奈良盆地の境、葛城山脈を越えた大阪平野側にも太子町春日と羽曳野市飛鳥が並んで存在する。大阪平野の東の縁(奈良盆地の西)のやや高いところにあり、山脈の西裾である。濃尾平野北端の各務原市（かかみがはら）蘇原飛鳥（そはらあずかちょう）町、関市春日町の場合と異なり、大阪と奈良の県境である葛城山脈を6ｋｍほど歩いて峠を越えるとすぐに、再び別の「あすか」や「かすが」を含む広大な平地である奈良盆地に出会う。すなわち、奈良盆地は比較的海に近い。

「すか」地名も縄文時代中期前後の海岸沿いに多く存在する地名であっただろう。

 

濃尾平野の「あすか」「かすが」の位置。

大阪平野・奈良盆地の「あすか」「かすが」の位置。　（GoogleEarthに目印をつけた図）のリンク

 

また、下に大阪府と奈良県の「すか」包含地名の場所に目印をつけた地図を示す。地図には同時に河川や池が濃い水色で表示されている（GoogleEarthのサイドバー内の「水域」にチェックをした画面）。

 

大阪府、奈良県の「すか」包含地名と水域地図のリンク

 

図を見ると「すか」包含地名はほぼ沖積平野部、盆地部とその縁に限られており大阪府北端の高槻市より北の山岳部や奈良県南部の和歌山県に接する山岳部にはみられない。

次に指摘されるべきことは、大阪平野や奈良盆地の中心部には、湿地帯の痕跡を示す無数のため池や勾配が緩やかなために出来た複雑な河川の支流が示さている。

よく見ると目印の大多数が、大阪市内や大阪湾南岸の泉北・泉南地域の内陸部から外れている。人口密集度の高い大阪市は市内上町台地を除いて、最後まで湖や湿地であった場所である。また奈良盆地では大和高田市の北東部が最も標高の低いところである。人口密度の高い地域であるにもかかわらず目印はない。

したがって、大阪府、奈良県の多くの「すか」地名は、かつて、最後まで水中にあったと思われるところに無いところから、奈良盆地や大阪平野の中央部が完成する以前に成立した地名であろう。

 

都道府県別の「スカ」包含ZIP地名の出現数（恵比寿ガーデンプレース等のビル地名除く）分布図と、一県で日本海側と太平洋側の海岸を有する兵庫県の「スカ」包含地名分布を下に示す。

 

都道府県別「スカ」包含地名数分布（7段階の濃淡で表したもの）のリンク。

兵庫県の「すか」包含地名のリンク（淡路島は兵庫県に属するが「すか」ZIP地名はないので省略）

 

都道府県別分布図を見ると福島県、神奈川県・東京都・千葉県・埼玉県の関東平野沿岸県、愛知・三重県、および大阪府・兵庫県・奈良県・京都府の色が濃い。いずれも本州の太平洋側の都府県といってもよいだろう。

兵庫県は日本海側も含むが、兵庫県の分布を見ると「すか」包含地名は瀬戸内海沿岸寄り市町村に集中していることがわかる。内陸になるほど出現は少なくなり、本州中央部を越えて日本海側にある兵庫県の「すか」地名は、6696551城崎郡香住町守柄（すから）のみである。

ただし関東地方以北の福島県や宮城県、岩手県の「すか」地名は太平洋側沿岸ではなく、太平洋沿岸に河口を持つ阿武隈川や北上川沿いに目立つ。岩手県や宮城県の太平洋沿岸には沖積平野は少なく、「すか」包含地名は三陸海岸には一件もない。北に向かう丸木舟は三陸沖を避けて、安全な内陸部の、現在よりもっと川幅が広く、盆地の中央を占める水量豊富な川筋や盆地湖水域を選んだのであろう。また裏日本では新潟平野に集中し南北沿岸に広がっている。

以上「負」方向に高い第2因子負荷量を持つ「なね」「とね」「すか」を含む地名が、中期縄文時代においては、太平洋沿岸に多いということができるように思われる。一方「正」方向に高い「にさ」「よね」「ねや」文字列包含地名が東日本中央部の山岳部に多いことを踏まえれば、第2因子は「内陸」−「水域」次元といえるのではないか。あるいは、「ね」の人々の日本列島探査の「最終到着地」−「入り口」とも言えるのではないか。東北地方の探査は主として内陸の河川を舟で北上することによって行われたのであろう。

 

春日、飛鳥の「すか」を含めて「すか」の意味

辞書引くと「すか」は「はずれ」の意味しか載っていない。また濁った「すが」の場合は、姓で「菅さん」「須賀さん」はあるが「菅原」のように後に別語が連ねられ、植物の「すげ」の意味？で用いられるだけであることが判る。

一方、地名では単独で「須賀」と表記される地名が結構ある。

地名文字列の中に含まれる「すか」は「すか」地名成立時には独立した単語としての意味を持っていたのだろうか。怪しい地名解釈を続けたい。

 

下に具体的な「すか」（濁音・清音を区別しないので「すが」も含む）地名例と、その都道府県別出現分布と中期縄文時代遺跡分布等との個々の順位相関係数を再計算した表を示す。すなわち、多様な「すか」包含地名があるが、出現頻度の点で見ると、ひらがな表記では「かすが」「あすか」、漢字表記に注目して見ると、「菅（すが）」「須（すか×）」「鈴（すずか）」「静（しずか×）」で表す地名が大多数なので、これらの該当地名の個々の出現分布（出現率と実数）との相関を計算した。

相関表を下に示す。有意な相関値（p<0.05）は緑の網掛で表示している。

なお計算に当たっては太平洋側の大都市に多い「スカイビルタワー」のような高層ビル各階に割り振られたZIPは勘定に入れなかった。すなわち、東京、千葉、大阪府の「スカ」包含ZIPが、それぞれ数10個減じる。そのため遺跡密度分布と「スカ」包含出現率との相関値0.432であったものが0.306に低下していることが表の最上段あたりに示されている。

中期縄文遺跡分布が現在の都道府県人口分布と相関していることから、各都道府県の高層ビルZIP数の多寡も縄文遺跡分布を反映するものと解釈しうる可能性もある。垂直方向に割り振られた地名数も、中期縄文遺跡分布と無縁のものではないかもしれない。

 

各種表記の「スカ」包含地名都道府県分布と都道府県の緯度・経度、中期縄文遺跡分布の順位相関(n=47都道府県)

包含文字列	件数	例	緯度	経度	遺跡密度	遺跡数
スカ％	1716		0.1193	0.2774*	0.4320	0.3021
スカ			0.2658*	0.4038	0.4935	0.4348
以下高層ビルZIPを除いて計算
スカ%高層ビル地名除く)	1560	東京、千葉、大阪の	0.0845	0.2030	0.3065	0.2211
スカ(高層ビル地名除く)		高層ビルを除く	0.2651	0.3695	0.4212	0.3949
カスカ%（ｽｶ包含地名のうち）	629	春日　高須賀　粕川	-0.1266	-0.0622	0.0532	0.0363
カスカ（ｽｶ包含地名のうち）		春日部　春日井など	0.0722	0.1301	0.2381	0.2433
アスカ%（ｽｶ包含地名のうち）	56	飛鳥 明日香  明賀	0.0930	0.1370	0.0760	0.0434
アスカ（ｽｶ包含地名のうち）		阿須賀 安宿 明川など	0.0792	0.1284	0.0779	0.0370
スカワ%（ｽｶ包含地名のうち）	114	須川 粕川 安川	0.2716*	0.1797	0.1195	0.2002
スカワ（ｽｶ包含地名のうち）		鈴川、静川など	0.3796	0.3163	0.2488	0.3517
「須」%（ｽｶ包含地名のうち）	388	須賀 須賀川　須釜	-0.0350	0.1567	0.1851	-0.0350
「須」（ｽｶ包含地名のうち）		横須賀　大須賀など	0.0366	0.2357	0.2836*	0.2629*
「静」%（ｽｶ包含地名のうち）	12	静狩 静 静川 静潟	0.3144	0.3774	0.2151	0.3604
「静」（ｽｶ包含地名のうち）		静が丘	0.3291	0.3915	0.2161	0.3780
｢菅｣%（ｽｶ包含地名のうち）	132	菅谷 菅野 菅里　菅沼	0.2916	0.1963	0.3636	0.3462
｢菅｣（ｽｶ包含地名のうち）		菅原 上菅　菅井など	0.3215	0.2769*	0.4389	0.3462
「鈴」%（ｽｶ包含地名のうち）	202	鈴鹿 鈴川 美鈴ケ丘	0.1397	0.1028	0.1830	0.1999
「鈴」（ｽｶ包含地名のうち）		鈴金　鈴加　小浜鈴鹿	0.1319	0.1034	0.1558	0.1946
「須賀」%（ｽｶ包含地名のうち）	339	須賀川、横須賀、須賀	-0.0501	0.1882	0.1609	0.1405
「須賀」（ｽｶ包含地名のうち）		高須賀、赤須賀など	0.0182	0.2644*	0.2577	0.2421
「水上(神)」％（ｽｶ包含地名のうち）	23	水上、水神、水上沢	0.3782	0.1882	0.2036	0.3407
「水上(神)」（ｽｶ包含地名のうち）		清水上、水上谷	0.4075	0.3421	0.1990	0.3657
「ｼﾐｽｶｵｶ」％（ｽｶ包含地名のうち）	11	清水が丘、清水ケ丘	0.1061	0.1965	0.2356	0.2170
「ｼﾐｽｶｵｶ」（ｽｶ包含地名のうち）		清水丘、清水ケ岡	0.0920	0.1787	0.2175	0.2042
上記以外％（ｽｶ包含地名の内）	87	安賀、烏ヶ辻、枡方、	0.0247	0.0211	0.0731	-0.0264
上記以外（ｽｶ包含地名の内）		清水頭、横渚、巣鴨など	0.1529	0.1615	0.2391	0.1412

＊は01.＞ｐ＞0.5

p<0.05

p<0.01

p<0.005

p<0.001

注：件数は重複カウントあり

 

「すか」地名ほど様々な漢字表記で表される地名はない。しかも漢字表記を頼りに区切ると到底「すか」部が纏まった一語とは思えない地名が並んでいる。さりとて、別単語の最後と先頭がたまたま連続された「す/か」地名だと、意味の上から自信もって断定できる地名も既に排除した「恵比寿ガーデン」のようなビル地名以外見当たらない。例えば「須川」も「須賀川」もあり「す/かわ」と区切るか「すか/わ」と区切るべきか悩んでしまう。「あすか」は「明日香」という漢字表記で考えると「あす/か」であろうが、多くの地名例があるように先頭の「あ」を「吾が」の意味と考えると「あ/すか」も可能性がある。新潟県には「姿（すがた）」という漢字一字の地名もある。漢字を優先すれば区切りようがない。

しかし著しく多様な「すか」地名も、上記相関表見ると、統計学的共通点を指摘できる。

すなわち殆どの「すか」地名も緯度・経度・中期縄文遺跡分布と程度の差こそあれ「正」の相関を示している。幾つかは「負」の値を示すが零に等しい値である。しかも半数に近いセルに有意な相関を示す緑の網掛がかかっている。驚くべきことに、漢字表記から考えると「みず/かみ（水上）」と区切るのが妥当と思われる地名ですら安定した「正」の相関を示している。すべての「すか」地名が少しづつ貢献して「すか」文字列包含地名の東日本偏在を支えている。西日本に明確に偏在（東西は相対的な意味で）する「すか」地名は一つもないといえよう。

今ひとつは各種「すが」地名は互いに纏まって出現することである。先に愛知県・岐阜県と大阪府・奈良県および兵庫県の「スカ」包含地名の具体的所在の分布図を示した。これらの図はすべて「スカ」地名が纏まって出現している様子を示している。すなわち沖積平野部や盆地部に纏まっている。

また東北地方の場合は内陸部の南北方向に流域を持つ河川に沿っていることを指摘したが、東北地方その他の場合を同様に下に示す。

 

東北（青森・岩手・秋田県）の「すか」包含地名分布のリンク（GoogleEarthによる）　

宮城・山形・福島・新潟県の「すか」地名

関東地方の「すか」地名

中部地方の「すか」地名

近畿地方の「すか」地名

中国・四国地方の「すか」地名

九州の「すか」地名　

 

下の表は都道府県別各種「スカ」包含地名出現率や出現数間の相互相関表である。上の表が出現率、下が出現数である。

都道府県別出現数の各種「スカ」包含地名出現数の相関値の多くは「正」の相関値を示し、幾つかは有意な値を示している。例えば「横須賀」「須賀川」など「須賀」の含まれるZIP数の多い都道府県では同時に「しみずがおか」の出現が多く、相関値は0.449を示している。このような相関値が偶然に起こる確率は1000回に1-2回程度である。とても偶然の所産とは思えない。同じように「静岡市」のように「静（しずか）」を含む地名の多い都道府県ほど「みずかみ（水上）」という地名が多いことを示す値も同じ程度の相関が示される。また、多くは「春日」という枕詞表記で表される地名出現数と「鈴鹿」「鈴川」などの地名が偶然以上の確率で同じ都道府県に出現する傾向が強いことを示している。

これとは反対の「負」相関も若干みられるが、一例を除いてほぼゼロに近い値である。例外とは次の例である。

「静」包含地名と、「アスカ」「カスカ」「スカワ」「ミスカミ（水上）」「シミスカオカ」「須賀」「鈴」「須」「菅」「静」を包含しないその他の「スカ」地名の出現の相関値は−0.248の値を示している（表中太枠のセル）。このような値が偶然に生じる確率は10回に1回程度である。出現率で相関を計算した場合では（下の表）更に高く−0.314、すなわち偶然でも100回に5回程度でしか生じない値が示されている。

しかし、反対に言うと20回に一回程度は偶然でも生じる値である。このケースもそれほど相関値としては高くなく、たまたま生じた高い相関値と解釈するほうが適当でないかと考える。すなわち各種「すか」地名11種類間の同一種類を除く全ての組み合わせ55通りの相関値が計算されたわけであるから、この程度の相関が1個や2個偶然に生じるのは当然と考えられる。

 

また灰色の網掛の部分は都道府県の出現数や出現率を算出する際重複してカウントした値による相関値である。例えば「須」を包含する地名は大部分「須賀」地名であり、「須」包含地名出現数も「須賀」包含出現数も重なってカウントされるので、「0.924」というとてつもない高い値は、出て当然の値である。程度の差こそあれ、灰色網掛部の相関値はこのような部分を含む値である。

 

様々の「スカ」文字列包含地名の各都道府県別出現間の順位相関値：出現数（n=47）

	カスカ	アスカ	スカワ	水上（神）	シミスカオカ	「須賀」包含	「鈴」包含	「須」包含	「菅」包含	「静」包含	その他
カスカ	1.000	0.316	0.219	-0.060	0.119	0.368	0.397	0.452	0.463	-0.104	0.137
アスカ		1.000	0.129	-0.178	0.217	0.077	0.323	0.126	0.396	0.114	0.140
スカワ			1.000	0.231	-0.093	-0.063	0.276	0.080	0.264	0.157	0.132
「水上」				1.000	0.142	-0.081	-0.067	-0.100	0.097	0.448	-0.067
シミスカオカ					1.000	0.449	0.203	0.406	0.222	0.093	0.266＊
「須賀」包含						1.000	0.103	0.924	0.264＊	0.208	0.089
「鈴」包含							1.000	0.212	0.318	-0.088	0.073
「須」包含								1.000	0.389	0.151	0.156
「菅」包含									1.000	0.044	0.331
「静」包含										1.000	-0.248
その他											1.000

様々の「スカ」文字列包含地名の各都道府県別出現率間の順位相関値：出現率（n=47）

	カスカ	アスカ	スカワ	水上（神）	シミスカオカ	「須賀」包含	「鈴」包含	「須」包含	「菅」包含	「静」包含	その他
カスカ	1.000	0.175	-0.142	-0.208	0.030	0.278	0.237	0.311	0.168	-0.216	-0.224
アスカ		1.000	0.135	-0.153	0.148	0.009	0.313	0.023	0.292	0.132	0.001
スカワ			1.000	0.076	-0.286＊	-0.221	0.084	-0.092	0.107	0.125	-0.108
「水上」				1.000	0.122	-0.151	-0.126	-0.194	-0.015	0.411	-0.200
シミスカオカ					1.000	0.360	0.176	0.299	0.043	0.072	-0.137
「須賀」包含						1.000	0.026	0.938	0.105	0.183	-0.137
「鈴」包含							1.000	0.125	0.259＊	-0.144	0.030
「須」包含								1.000	0.157	0.145	-0.128
「菅」包含									1.000	0.005	0.039
「静」包含										1.000	-0.314
その他											1.000

＊は01.＞ｐ＞0.5

p<0.05

p<0.01

p<0.005

p<0.001

注：灰色網掛はは同一地名を重複カウントするケースがあるため独立した値による相関値ではない。参考として記述。

 

様々の「スカ」包含地名の出現が相互に「正」の相関関係を示すという特徴は、上の「出現数」の表で見たほうがより明確である。

 

各種「スカ」地名が中期縄文遺跡分布と関連する指標と全般的に「正」相関を示し、しかも特定の地域に纏まって出現するということは、特定の時期の特定の場所で使用された地名文字列である可能性を強く示唆していると思う。「水上」や「清水丘」や「春日」や「飛鳥」「鈴鹿」の中に含まれる「すか」という音は、特定の時代、一語として理解しうる単語であったと思う。

「スカ」包含地名には「静」を含む地名がある。既に「静岡」や「静内」など「シス」を含む地名を検討した（パート�D「シス」/「しす」とは何か？）。そして「しす」とは「し」の人々の「巣」であると解釈した。すなわち「『し』達が住む場所」とした。

また、漢字で「上」で表示される「かみ」を含む地名の東日本の偏在も確認している（パート�D「上（かみ）」と「下（しも）」）。「すか」地名の中にも「水上」という「上」を含む地名が存在する。

更に「清水ヶ丘」のような所有格の「ヶ」をを含む地名が東日本に偏在することを確認した（パート�C所有格を示す助詞「の」と「ケ（が）」の分布ー「ウノ」地名分布より/全国の所有格を示す「の」を含む地名の出現率）。そして本稿＜「の」という助詞の発生についての一考察＞の項の中で「ヶ（が）」は「上（かみ）」の「か」が助詞化したものではないか、と述べた。

「すか」の「す」も「か」も、解釈済みである。もしも上述の項目で述べてきた解釈が正しいとすれば、「すか」とは「巣の上（かみ）」であり、「集落の上の方」と言うような意味であろう。「すか」は「す」と「か」が連結して一語として日常的に使われていたのではないか。とすると、「しずか」は「し」の住む場所の上（かみ）。「しみずがおか」の「み」は接頭語でしばしば使われる尊く、美しい事を表す「み」で（『地名には「三」と「八」を含む地名が多い』の項参照）、「『し』の、美しく尊い集落の上の丘」であろうか。「みずかみ」は「か」から「かみ」が派生した後に使われた言い方で、「美しく尊い集落の上（かみ）」という事であろう。

「すがはら」は「集落の上手にある原」である。菅原には「スゲ」が生えていたかもしれない。

いずれにしても「すか」は水辺の出来立ての集落から離れた、人のまだ住まない上（かみ）手の空き地である。

「あすか」は言うまでもなく「吾が『すか』」である。今ではカラスは飛んでいるであろうが、当時は水辺であり鴎が舞う地であっただろう。

 

「張る干」の「かすが」

「春日（かすが）」「飛鳥（あすか）」とも枕詞表記、枕詞読みである

「かすが」は「すか」の前に更に「上（かみ）」が付くので、更に上（かみ）の空き地ということになる。水際の集落の少し上に「すか」があり更にその上（かみ）に「かすが」がある。奈良盆地中央部橿原市には「あすか」があり、北方の奈良市に「かすが」がある。

今治（いまばり）、夕張、名張、針など「はり」を含む地名があり、東日本に偏在している。本稿＜動詞の原型が用いられた地名＞のリストにも挙げられていて「はり」は「張る」の連用形という解釈を行った。また動詞の原型や連体形の可能性がある地名リストも挙げ、多様な漢字表記の「はる」地名をリストアップした。このリスト内には「春」を使用した地名も認められる。

「出っ張る」や「張り切る」など「張る」は本体から外に向かって飛び出すことだと思っている。

「かすが」という場所は、集落の延長線上にある「すか」、あるいは「あ（吾）すか」の更に上（かみ）の張り出したところの「すか」の意味であると思う。

中期縄文時代は縄文海進がおさまり、徐々に水が引いていき、至る所に「干（ひ）」が顕れていった時代であっただろう。そして「干」に新たに入植した人々の集落の脇には「すか」があっただろう。「かすか」はこのような「干」の延長線上にあり、「張る干」でもあった。

なお「春日」と書いて「はるひ」と読むZIPが8ZIPある。同じ9391378富山県砺波（となみ）市春日（はるひ）町、4520961と4520962の西春日井郡（にしかすがいぐん）春日（はるひちょう）町落合、および同、下之郷である。

また九州では「原」を「はる」「ばる」「ぱる」と読むことが多いが、後に「東」が付いた2語にまたがる「×はる/ひがし」地名と思われるが、以下の地名も「はるひ」包含地名として該当する。

この中で「春日」という漢字を含み、更に「原東町」が続く8160801に興味が惹かれる。2.5万分の1の地図を見ると春日原東町の隣に同、北町、南町はあるが西町はない。その代わり、やや離れて北西に西春（にしはる）町がある。また「春」町がある。更にその北は「東雲町」である。もとは「張る『干』ヶ『し』＝『原（はる）東』町」だけがあったのではないか。

 

9391378  ﾄﾅﾐ           　     ﾊﾙﾋ             富山県    砺波市                   春日町

4520961  ﾆｼｶｽｶｲ*ﾊﾙﾋ       ｵﾁｱｲ           愛知県    西春日井郡春日町  落合

4520962  ﾆｼｶｽｶｲ*ﾊﾙﾋ       ｼﾓﾉｺｳ         愛知県    西春日井郡春日町  下之郷

8040012  ｷﾀｷﾕｳｼﾕｳｼﾄﾊﾀ   ﾅｶﾊﾙﾋｶ        福岡県    北九州市戸畑区      中原東

8180059  ﾁｸｼﾉ                 ﾄｳﾉﾊﾙﾋｶ      福岡県     筑紫野市               塔原東

8160801  ｶｽｶ                   ｶｽｶﾊﾙﾋｶｼ    福岡県     春日市                  春日原東町

8191119  ﾏｴﾊﾙ                  ﾏｴﾊﾙﾋｶ       福岡県     前原市                  前原東

8700904  ｵｵｲﾀ                 ﾑｶｲﾊﾙﾋｶ      大分県     大分市                  向原東

 

九州で使われる「原」で表記される「ぱる」「ばる」「はる」は「原（はら）」の訛ったものではなく、元は異なる意味、すなわち「張る」に「原」という漢字が充てられたものと解釈できる可能性もあるように思う。

 

漢字が使われ始める時代では、奈良盆地は殆ど干上がってしまっていて、「干」はなく、隣の大阪平野の海岸線は遠くになってしまい、空に舞うカモメも少なくなっていただろう。「干」という言葉自体、海から隔絶された地域では実感することはなくなっていた。そこで「張る干」に「春日」という当たり障りのない漢字が充てられた。「春日（はるひ）」の「かすが」、「飛ぶ鳥」の「あすか」である。

枕詞の起源は、言語疎通の困難な異人種間の意思疎通（特に場所の特定）を図るために用いられた弥生時代以前からある言語習慣である、という突拍子もない考えは全く可能性がないわけではない。

「すか」には当たる物（者）は何もないので、くじ引きの「ハズレ」を「すか」と言うのだろう。

できたばかりの新しい土地に定住し始めた人々は、未だ探索が行われていない「巣の上」の方の、同様な「干」に「何かあるか？」と若干の期待を込めて行ってみる。散々調べた挙句、誰も何もない。舌打ちをして「すか」と呟く。しかし落胆することもない。この「すか」は「自分（われわれ）のもの」ということになる。「あすか」、「吾が『すか』」である。土地に所有権を認め始めた端緒の出来事かもしれない。

人っ子一人いないので「すがすがしい」のであろう。「透く」「漉く」「梳く」「鋤く」「掬う」「少ない」「空（す）く」「隙」なども家族語の射程内に入ってくるように思う。「スカスカ」という文献に残らないような下卑（げび）た形容も、案外古い語かもしれない。9350411富山県氷見市「姿」の表記のように「姿」も家族語であろう。「姿、形」は物の内容ではなく、内容やプロセスを考慮に入れない輪郭である。

「かすが」の解釈が正しいのなら「微（かすか）か」「粕」も家族語かもしれない。

 

なお「干」が顕れる原因は海水面の低下、河川からの土砂の堆積、盆地湖自然ダムの決壊や河川からの水の流出など、専門知識を持たないまま想像した。いずれの理由にしろ、縄文海進が納まり、再び寒冷化が進み始め、水浸し（みずびたし）状態から復帰し始めた中期縄文時代にあっては、「干」が生じることはたびたびであり、その出現は、時として劇的でもあっただろう。今では太陽や月の引力で起こる「潮干」しか思い浮かべ事しかできなくなってしまった。

 

「すか」包含地名の全国分布

全ての「すか」包含地名の目印記入が終わったので、最後に全国分布を次に示しておこう。

 

北海道の「すか」地名

沖縄の「すか」地名

全国「すか」地名（北海道・沖縄除く）　へのリンク

 

上の分布図を見ると「春日」「菅原」「須川」など「すか」包含地名は北海道から沖縄まで全国に分布する。

 

しかしながら、その分布は均一ではなく、日本列島における以下の偏在性を指摘しうる。

0.緯度・経度・中期縄文遺跡分布との相関値が示すように、東日本にやや密度が濃い。近畿地方より西で少ない。

1.日本列島の現在の人口集中地域に密集する傾向がある。即ち　関東平野、濃尾平野、大阪平野、福岡平野である。すべて沖積平野があるところである。ただしよく見ると、概ね平野形成初期における沿岸部より標高が高い、すなわち現在の沿岸部よりやや奥まったところから分布が始まっている。

2.本州では東北地方を除いて、太平洋側、ただし西日本では瀬戸内海沿岸に多い。

3.裏日本では新潟県の沿岸。少し途切れて富山-福井県の沿岸部に連続して出現する。ただし若狭湾を越すと九州まで出現は少ない。

4.山間部では広範囲に分布が見られない。長野県、山梨県。裏日本沿岸府県の山間部。北上山地、奈良県、和歌山県の山間部などに出現の希薄な地域が目立つ

5.四国は全体的に少ないが。特に直接太平洋に面した高知県で出現が少ない。岩手県太平洋沿岸、和歌山県紀伊半島沿岸でも分布が少ない。

 

上記第0、1項目に関連して、都道府県別人口および人口密度と「すか」包含地名の相関を計算したところ以下の結果でああった。都道府県人口と都道府県「すか」包含地名数の間には高い相関値が示されている。人口、地名とも実数値同士の相関値が最も高い相関を示す。

。

都道府県別「すか」包含地名出現数と人口との順位相関係数

	都道府県人口	都道府県人口密度
「すか」地名数	0.6137（0.000004497）	0.3642 （0.0067757）
「すか」地名率	0.3897 （0.0067757）	0.3151 （0.030979437）

（　）は無相関確率　「スカ」包含地名はビル地名を除くカウント値）

 

また第2、5に項目に関連するが、直接太平洋側に面する高知県の人口密度は47都道府県中43位である。長野県は38位、岩手は46位、島根県は44位である。

太平洋側でも、太平洋に直接面した、波の高い沿岸が長く続くところには「すか」地名はないようである。

以上の点から考えると、「すか」地名の分布は、関東地方沿岸部からの栽培作物の種を携えた人々の丸木舟による、日本列島全土への栽培適地を求める活発な活動の伝播痕跡のように思われる。

 

なお「すか」地名の目印をつける作業中、しばしば「すか」地名の近辺に、先に取り上げた「あさひ」地名が随伴してあらわれる傾向に気づいた。

「かすが（多くは春日と表記）」は「『はるひ』の『かすが』」と呼ばれていたところではないかとしたが、「あさひ」も「はるひ」も最後は「ひ」である。「カスカ」地名と「アサヒ」地名都道府県別出現数の相関値、および、「カスカ」を含めた全ての「スカ」包含地名出現数と「アサヒ」地名出現数の相関値を計算したところ以下の結果を得た。

 

「カスカ」「スカ」地名と「アサヒ」地名出現数の相関値

	「カスカ」包含地名出現数	「スカ」包含地名出現数
「アサヒ」包含地名出現数	0.4342 （0.002293064）	0.6404 （0.000001252）

（　）は無相関確率「スカ」包含地名はビル地名を除くカウント値）

 

カスカ（大部分は「春日」と表記される地名）とは0.4347、「スカ」包含地名全体とではなんと0.6404もの値が示された。このような相関値が偶然に生じる確率は前者で千回に2回程度、後者では100万回に1回程度しか生じない値である。「かすが」や「すが」地名が「あさひ」の付く地名としばしば共存して出現している。

 

「張る干（ひ）」の「かすが」とは怪しい解釈としたが、今では、強い自信を持っている。

 

 

パート�E要約と結論　に続く