弟子になる条件

刀鍛冶の弟子になる条件として考えられるのは先ず、若くて、独身で、身体だけは丈夫で、粗食に耐えるのが最低の条件ですが、それとは別に必要なものがあります。それは、なにがなんでも刀を作りたいと云う情熱と、金銭面でサポートしてくれる貴方の周りの状況です。

年齢
先ず年齢ですが、弟子に入るのは25歳くらいが上限ではないかと私は考えています。一人前に刀を作って飯が食えるようになるには早くて10年はかかります。40歳を目前にして飯が食えないではちょっと困り者ですからね。それと、職人の修行で一番大事なことは、仕事は身体で覚えると云うことなのです。若ければ仕事の飲み込みもそれなりに速いのですが、年をとってからではかなりきついものがあります。また、鍛冶屋は体力勝負です。私でも火を使う日は、一日の仕事が終わればくたくたになります。弟子の間はそれ以上にきつい仕事が待っています。大学生や社会人になって楽を覚えてしまうと、昔ながらの徒弟制度的な弟子の修行では、体力的にもまた、精神的にもきついかもしれません。出来ることなら、弟子入りをするのは、高校を卒業した18歳〜20歳位がよいと私は思います。

資金
刀鍛冶になりたいという本人は、健康で若くてやる気があればなんとかなりますが、それだけでは足りないものがあります。それはお金です。同じ弟子でも、弟子入り先の刀鍛冶によって、待遇はかなり異なります。弟子は完全住み込みで、衣食住の面倒は見てくれるものの、給料なしで、覚えるまで出られない、といった、昔ながらの刀鍛冶もいますし、今風に弟子は自分でアパートを借りて通い、師匠に月謝を払うような所まであるようです。いずれにせよ何とか入門できても、弟子生活をして作刀許可をもらうまでの5〜6年間は、出費はあっても収入は期待できません。

また独立時には、仕事場としてそれ相応の広さの土地が必要ですし、機具のたぐいも必要です。すごい田舎の土地代がただみたいな所で仕事を始めるにしても、開業資金に1000万ぐらいは必要ではないかと思います。もちろん、独立後、すぐには収入が期待できない以上、ローンは組めません。中には、廃業した鍛冶屋の仕事場を安く借り受けたりして、出費を抑える工夫をする人もいますが、結局勉強中にかかるお金や独立時の資金は親か誰かに面倒を見てもらうことになります。こう云った点から見ても、高校を出てから入門すれば、親には大学に入れたつもりで独立資金を積み立ててもらう事で、少しは経済的な問題を解決する事は出来るかも知れません。

独立後
次に、なんとか運良く独立にこぎ着けても、経済的に更に厳しい現実が待っています。刀鍛冶も職人です。沢山の仕事をこなさなければ上手にはなれません。でも、そう簡単に刀を買ってくれる客は現われません。つまり最初のうちは売れもしない刀を、作っては潰し潰しては作る状態が続きます。刀を作るには炭代や地鉄代にかなりの費用が必要ですが、上手に仕事をこなせるようになるには、そうするよりしようがありません。何とか良さそうな刀が出来ても、刀を仕上げるには、研ぎ代や鞘代などかなりの外注費が必要です。それでも売れれば良いのですが、いつも右から左へ売れるとは限りません。結局、仕事をすればするほど、どんどん赤字が出てしまいます。

だいたい独立できてもまず数年間はまともに客がつきません。下手をすると一生客はつきません。刀鍛冶は刀を売って収入を得ています。客からの注文がなければ刀は売れません。つまり人が欲しがるような刀が作れなければ収入は期待できません。所が、刀の世界はあまりにも市場が小さく、後から入り込むのは他以上に大変です。今は不景気だし、前からやっている古手の刀鍛冶ですら、かなりきつい状況になってきています。その市場に古手の刀鍛冶より魅力的な刀を作って入り込まなければならないのです。これはとても大変なことです。

そんな訳で、運良く独立できても当分の間は親に生活の面倒を見てもらうことになりますが、いつまでたっても良い仕事が出来なければ、一生そうしてもらうことになります。これは単に本人が貧乏という段階ではなく、周りの人まで貧乏にしてしまいかねません。刀鍛冶は一種の金食い虫です。それは刀の世界に限ったことではなく、他の工芸や美術の世界でも同じ様な事だと思いますが、刀鍛冶では他の工芸のようにカルチャースクールや塾などの講師のアルバイトをする訳にもいきませんしね。

私の場合
ちなみに、私を例に上げれば、21歳の時に弟子生活をはじめて27歳で独立。独立資金は全て親に面倒をみてもらいました。独立後は立て続けにコンクールで賞を取ったので客も付き、何とか自分の稼ぎで飯を食ってきましたが、それでも独立当時の年収は60〜70万円、食費として年間60万円を親に渡すと殆ど残らない生活です。5年の間に自分の服を買ったのは上下のジャージ1着だけです。車を持てたのは30代の半ばになってからです。これでも駆け出しの刀鍛冶としては良い方だったのです。仕事では赤字を出していませんでしたからね。

最後に
まっ貧乏しようが、誰かに生活の面倒を見てもらおうが、「何が何でも刀を作りたい」という執念みたいなものをもっている人に限っては、私は刀鍛冶になる事を止めない事にしています。私がそうだったように、止めようとしても無駄ですからね。

それでも刀を作りたいという、刀に情熱を持っている人というか、人の迷惑も顧みず刀を作りたい「困った人」というか、どうしても止まらない「イカレタ奴」は次を見て下さい。

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