| 
 | 
| 二六そば | 
| 「二八そば」が現れたのは享保13年(1728)頃である。その後、二八そばや二八うどんだけでなく、二六そばや、更には二六にうめんも出現する。しかも、寛延4年(1751)脱稿の「蕎麦全書」のなかにも、二八そばや二六そばが登場しているので、わずか20年間に「二八」や「二六」を名乗るそば屋が出現していることもわかる。このことからも「二八」という最初のキャッチフレーズはなにを意味したのだろうか。ただし、物価が上がって十二文や十六文が現れてからの時代に限定すれば「二八」や「二六」の価格説は肯定できることになる。 | 
| [PC掲載ページ]  11-4 [Mobileのページ] 11-4 |