バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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難攻不落の高嶺の花 <3>
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激しい雨脚が車体を叩いて、タイヤが泥を跳ね上げる。時折空が光ってはすぐにドン!という音と共に雷が鳴り響く。
ハンドルを握るメラは神妙な顔をして真っ直ぐに前を見据えている。ピッと小さくインカムが鳴った。
「クリス隊長…ダグ教授は休暇を取っているようです。行き先は不明」
HQと連絡を取ったメラが前を見たまま言った。クリスは考え込むように無言だったので、ピアーズは後部座席のシートに背を預けた。
「隊長、ただの休暇だと思いますよ…」
先ほどの廃墟と化したショッピングモールのB.O.W.を一掃した後、メラがシンガポールの大学で細菌学を専門にしているダグ教授の元へ今回の事件を報告しに行くというので、クリスとピアーズも付き合うことなったが、夜通し車を走らせている間に取ろうとした連絡が全く取れなかった。ピアーズはダグ教授その人を知らないが、クリスとメラは面識があるようだ。
だからだろうか、ピアーズはただの休暇で連絡が取れないだけの事態に見えるが、彼らは何か嫌なことが起こっているような、そんな予感がするらしく、車内は重苦しい雰囲気が漂っている。
「メラ、大学まであとどれくらいだ?」
クリスが重苦しい沈黙を破った。メラが手短に答える。
「明日の朝には…」
「そうか、何も起こってなければいいが…」
クリスが誰にでもなくそう呟いた途端、またも車外が強く光った。雨脚は一向に弱まる気配を見せない。
「ピアーズ、お前も寝ておけ。2時間後に運転を交代するからな」
助手席に座るクリスが気を取り直したようにピアーズを振り返った。
「わかりました。次は俺が運転しますよ」
ピアーズが前に座る二人にそう声をかけると、クリスが頷いた。
「悪いがメラ、仮眠を取る。2時間で起こしてくれ」
「了解しました」
メラが頷くと、クリスは頭を窓ガラスに預けて目を閉じた。ピアーズは後部座席の右端へ寄ってクリスと同じように頭を窓ガラスに預けて寝る体勢を取った。目を閉じて雨音を聞きながらじっとしていると、ふと呼ばれた気がして頭を上げた。
前を見るとクリスの寝息に混じってメラの溜息が聞こえた。
「何か言いましたか?」
ピアーズが声をかけると、座席を挟んで目の前のメラの肩がビクッと跳ねた。
「びっくりした…!寝たんじゃないの?」
ルームミラー越しにこちらを窺うメラと目が合って、ピアーズは笑った。
「いや…何か呼ばれた気がして…」
「あらやだ、声に出てた?」
前を向いたままメラが目だけでこちらを見た。口元は見えないが、目は笑っているように見えた。
「今日の戦闘であなたたち二人に追いつくのはいつになるかしら、と思ってね」
「何言ってんですか。初めて手合せした時から比べて随分成長したと思いますよ」
ピアーズがお世辞でもなくそう言うと、メラは首を振った。
「まだまだだと思い知らされたわ。特に射撃の腕ではあなたに敵わない」
「そりゃあ…」
ピアーズは思わず笑った。自分は元陸軍特殊部隊のスナイパーだ。標的を狙う集中力だけはクリスにも負けていないと自負できるだけの能力と、どんなに厳しい訓練でも耐えた実績がある。メラも努力を惜しまない逸材ではあるが――
「そりゃ、なに?」
剣呑な声音でピアーズは我に返った。見るとルームミラー越しの目元が既に笑っていない。
ピアーズは必死で笑いを堪える。
(ホントに気が強くて、負けず嫌いだよなぁ)
「何よ?」
だがそんなことを言えば機嫌を損ねるのはわかっているので、ピアーズは肩をすくめて言った。
「そりゃそんな簡単に射撃で負けるわけにはいかないですよ。一応、俺はクリスにそれを買われてここにいるんだから」
「そうなの?」
意外そうな声で言われて、ピアーズはBSAAに入った経緯を簡単に説明した。そういえばこんな話をするほどの機会は今までなかったな、とピアーズは思い出した。
メシでもどうか、という誘いはいつもクリスと3人で訓練所の食堂だったりしたので、慌ただしく食べるだけだった。かと言って夜に誘うほどの時間もない上にいつも極東支部の隊員の面々が邪魔をする。一度なんぞ、メシでも、と言いかけたピアーズの言葉に被せて誰かが「メラをメシに誘うたぁいい度胸だな?破産覚悟なんだろうな?」と言ったもんだからその場の全員がドッと笑って(無関心を装っていながら実は聞き耳を立てていた)、メラが怒るという事態になった。そしてそのままその誘いは流れたわけだが――
ピアーズはメラがその細い身体に似合わずかなりの大食漢だということをその時に初めて知った。訓練所の食堂では時間がないからか気づかなかった。だが、気づいてみれば確かにピアーズより多い量を食べる。
(ホントに意外性がある人だよな)
所属している支部は違う国で遠い。いつも会えるわけではない。だからどうこうしようとは思っていないが、ピアーズは自分がメラという女性に好意を抱いているのははっきり自覚している。
「そうだったの…」
簡単に話した自分の経緯にピアーズは好奇心が刺激された。そういえばメラは何故BSAAに入ったんだろう。自分が話した今なら聞けるか。
「メラさんは?」
技術研究局の科学者から前線部隊への異動を願い出るほどの強い意志はどこから――そう思ってピアーズは聞いた。
「…よくある話よ」
メラは投げやりな口調で口を開いた。
ラクーンシティ――クリスが生還した洋館事件をキッカケにウィルスが流出。街全体が地獄と化した――あの悪夢の中にメラの両親がいた。仕事で行ったまま還ることなく両親を失った心の傷は未だに癒えていない。バイオテロがなくなるまでは決して私は止まらない――そう強い口調で言い放つメラの目は初めて手合せた時と同じだった。
(俺にはない強い――光)
ピアーズは身内をバイオテロで亡くした経験はない。バイオテロという災害を無くすことに全力を注いでいるが、その尽力はメラと比べると天と地ほどの差があるのだろう。
「強い…ですね」
「え?」
思わず口から出た言葉にメラが怪訝そうにこちらを見た。
「そんな経験をして尚、そんな風に元凶に向かって行ける――すごく強いんですね、メラさんは」
素直に出た感想だったが、ミラー越しのメラの目が怒ったように吊り上った。そのままルームミラーをずらされてピアーズの位置からメラは見えなくなった。
「もう無駄口叩いてないで寝て」
素っ気なく言い放たれた口調でピアーズは思わず口元が綻んだ。あ、今言った時の顏が見たかったな、と思った。
「照れてます?」
からかうような口調になったのはこちらも同じだったからだ。
「寝ないなら運転代わってもらうわよ!!」
幾分キツイ口調で言われてピアーズは「はいはい」と答えた。
(こういう反応は反則だろ。いつもは負けず嫌いで勝気なのに――不意打ちでこんな風に――可愛いなんて)
ピアーズは声に出さないまま無理やり目を閉じた。


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