バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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感謝祭協奏曲 <8>
***

レオンはアパートの玄関を出てクレアの部屋を振り仰いだ。
後ろから見た彼女の肩はこんなに華奢だったっけと思わず手を伸ばしかけて――頭の隅を掠めた顔に手を止めざるを得なかった。
クレアは他の女とは違う。ただ何となく流されて抱いた今までの名前も覚えていない女とは。
若い頃に一度超えたラインをもう一度、今、踏み越えるのなら、相応の覚悟がいる。そして、その覚悟で彼女の手を取ることを今の自分ができるのか――
考えるまでもない。
大事だからこそ、できるわけがない。他の女を想い切れないのに、彼女を受け入れるなど――
レオンは溜息を吐いて夜道を足早に歩いた。

家に帰って玄関を開けた途端、レオンの頭に警鐘が鳴った。

――人の気配がする――

摺り足で壁を背にして廊下を進む。手には護身用に持っていたサバイバルナイフ。
リビングに入ってすぐの電気をつけて――光の溢れた部屋の中央に立っていたのは――

「エイダ?」
相変わらずスレンダーな立ち姿に身体の線が露わなワンピースの赤い色が目を刺した。
妖艶という表現がぴったりな微笑みを浮かべながら、エイダは歌うような声音で「おかえりなさい」と言った。
「…ただいま。そろそろ普通に訪ねて来てほしいね」
「帰りを待っていてあげたのよ。感謝祭に寂しい思いをしないようにね?」
「そりゃどうも。泣けるね」
軽く受け流してソファに身体を沈めると、その隣にエイダも座った。さほど広いソファじゃないので、どうしても身体が密着する。その近さにレオンは顔には出さないまでも動揺した。だが、次の言葉で更に狼狽することになった。
「もっとも、寂しくはならないみたいだったけど?据え膳食わなかったのは何故?」
明らかにさっきのクレアとのやり取りを知っている口調にレオンは瞠目した。それを見たエイダが楽しげに笑った。
「ホントにわかりやすい人ね」
レオンは顔を思い切り顰めて目を逸らした。
「So cute.」
逸らした顔を追ってエイダの声が近くなった。華奢な手がレオンの頬に触れた。冷たい感触がして、エイダの方へ顔を向かされる。段々近づいてくるエイダの顔を見ながら目を閉じようとして――脳裏にさきほどのクレアの顔が浮かんだ。
レオンは慌ててエイダの手からすり抜けて立ち上がった。
「何か飲むか?ワインくらいなら――」
言いながらキッチンの方へ歩いて行くと、後ろからエイダの声が追って来た。
「そうね、頂くわ」
グラスを出して、ワインの栓を開けて注ぐ。それを持ってソファに戻る。
「ありがとう」
エイダは座ったままグラスを手に取り、優雅な手つきで一口飲んだ。そして――レオンは気づいた。

――バレンタインの時には受け取らなかったのに。

受け取らない理由もおぼろげながらわかっている。それでも特に何も言わなかったが、今日は――受け取って口に入れたことにエイダの意思を感じた。先ほどのキスといい、レオンは何かを期待していい予感を感じた。だが――
先ほどのクレアの様子が思い浮かんだ。レオンは自分にはどうしようもないことだとわかっている。それでも、今ここでエイダとの仲が進展してしまうのは気が進まなかった。そんな気を遣われたって本人は知らないだろう。それでも、今日は――
エイダはワインを飲み干すと、グラスを片手に立ち上がった。レオンの傍に歩いて来て、グラスを手渡した。
「See you around, Leon.」
いつもの笑みを浮かべてエイダはレオンの横を通り過ぎた。手を挙げて玄関に向かう後姿にレオンは声をかけようか迷った。迷って――結局何も言えないまま玄関のドアが開いて、閉まった。
レオンはしばらくリビングに立ち尽くして――ソファに乱暴に身体を沈めた。スプリングが悲鳴を上げるように鳴った。
(なんつータイミングの悪い――くそっ)
背もたれにもたれて天井を仰いで――

「Woman.(泣けるぜ)」


→あとがき
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