バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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感謝祭協奏曲 <5>
***

「ターキーはもう焼いちゃっていい?」
シェリーは既に下準備を終えたターキーを鉄板に乗せながら、キッチンに向かっていたクレアに聞いた。
朝からクレアの家に詰めて料理の準備に大わらわだったからか、振り向いたクレアの顔が鬼気迫るものがあってシェリーは思わず笑った。
「パイもあとは焼くだけだし、パンも切ったし、サラダもあとは盛り付けるだけでしょ?少し休んだら?」
「ローストビーフも切らなきゃならないし、パンのソースも作らなきゃ!今何時?きゃあっ!もうこんな時間じゃない!」
「クリスたちが来るまでまだもうちょっとあるわよ?クリスと…レオン?他には誰か来る?」
シェリーは結局ピアーズが来るのかどうか知らなかったので、少し探るように聞いてみた。
「ん?レオンは誰かいるみたいだから、連れて来れるなら連れておいで、とは言っといたけどね」
へえ、とシェリーはレオンの相手に興味を引かれたが、今はそっちじゃない、と思い直して再度聞いてみた。
「クリスは?誰か――」
「そういえばジェイクは来ないの?」
クレアに聞かれてシェリーは黙った。その話は今はまだ痛い。
「えっと、仕事で来れないみたい」
正直に言うとどんなことになるか想像はつくので適当に誤魔化したつもりだったが、クレアが忙しく動かしていた手を止めてこちらに向き直った。真っ直ぐにこちらを射抜く視線で、こんな風に誤魔化す時にそれが通用した例がないことをシェリーは思い出した。
「誘ったの?」
真剣な瞳で見据えられて、シェリーは誤魔化すことを観念した。
「誘ったけど、そういうのは苦手だからって」
どう言えばジェイクを悪く取られないか考えながら言うと、クレアの眉間に皺が寄った。
「来れないじゃなくて、来ないってこと?」
クレアの低くなった声にシェリーが少し慌てた。
「そうじゃなくて、あっちではそういう習慣はないし、その時期は忙しいかもしれないからって」
言いかけた言葉は上滑りしていく気がして最後まで言えなかった。多分クレアは全て察した気がした。
「…そう」
クレアの低く重い声音にシェリーは慄いた。
「クレア、あのね、違うの…」
「いいのよ、シェリー。わかってるわ。ホントに兄さんといい、男共って――」
え?クリス?と聞き返そうとした時、玄関のチャイムが鳴った。
「クリスじゃない?出るわね?」
シェリーは慌てて玄関に走った。ドアを開けるとワインを片手に持ったクリスが立っていた。
「久しぶり」
笑顔で応じた彼にシェリーもワインを受け取りながら答える。
「久しぶり…ピアーズは?来ないの?」
何気なく出た疑問にクリスの顔がはっきり曇った。
「何か聞いたのか?」
「え…と、別に何も」
そうか、と曖昧に笑ったクリスの後ろから聞き覚えのある声がした。
「てめっ!放せよ!」
「馬鹿野郎!てめぇだけ逃げるとかさせるか!」
「逃げるって何だ!俺は呼ばれてねェんだよっ」
「呼ばれてねェからって尻尾巻いて逃げんのか、てめぇは!根性なしが!」
「ンだと、てめ!」
「抵抗すンなら担いで行くぞ、コラ!」
言い争う声が段々近づいてきて、シェリーは慌てて外に出た。
聞き覚えがあるどころか、聞き違えようのない声だった。
アパートの踊り場から顔を覗かせると、やはりジェイクとピアーズが噛みつく勢いで言い争いながら道を歩いている。
「ジェイク!」
思わず上から声をかけると、ジェイクが振り仰いだ。ピアーズもこちらを見て――視線はシェリーを通り越して隣のクリスに止まって、慌てて首を巡らせてジェイクの手を振り払うと、走って行こうとした。
ジェイクがクリスを睨むように見上げた。
「いいのかよ、おっさん?ここで追いかけなきゃ――」
言いかけた言葉を遮るようにクリスが階段を駆け下りて行った。見る間に下の玄関から飛び出したクリスは、わき目の振らずにピアーズを追いかけて行った。多分追いつけるだろう。
シェリーはホッとしながらジェイクに視線を戻した。戻して――
真っ直ぐにこちらを見上げる視線とぶつかって、シェリーはたじろいた。
「悪かった」
はっきり通る声で言われて、シェリーは踊り場の手摺に身を乗り出したまま首を傾げた。
「傷つける気はなかった。家族じゃないとか言って悪かった」
どうして、という言葉が出る前にピアーズの顔が浮かんだ。彼がジェイクを連れて来てくれたんだろう。
「お前のことを言ったんじゃない。お前のことは――」
シェリーは手摺を掴んだ自分の手が震えるのがわかった。
「一生守るって誓ったろ。もう家族のつもりでいた」
シェリーは震える手で口を覆った。声を出そうとして自分が泣いてるのに気づいた。喉に引っ掛かりを覚えながらも、あの時飲み込んだ言葉を押し出した。
「…じゃあ、感謝祭を一緒に祝ってよ」
関係ないなんて言わないで――嗚咽と一緒に出た言葉が下にいるジェイクに届いたのかわからない。そのまま泣き顔を手摺に伏せた。
しばらく泣いていると後ろから抱き締められた。見なくてもわかる。ジェイクの匂いがして、腕の感触も背中に感じる胸の感触も全部知ってる。
「うん、ごめん」
耳元で囁かれて笑いそうになった。ジェイクがごめん、なんて初めて聞いた。いつも「悪ィ」とか「悪かった」としか言わないのに――

「あー…」
すぐそばで呆れたような声が聞こえて、シェリーは驚いた。慌ててジェイクの腕を解いて振り返った。
レオンとクレアが苦笑いしながら立っていた。
「あ、レオン…」
慌てて目元を拭ってジェイクを振り返る。
「あ、あの、こっちがジェイクでっ、ジェ、ジェイクっ、あの、クレアとレオンよ」
「初めまして」
クレアが笑顔で手を差し出した。ジェイクが手を握って「どうも」と低く呟いた。
放そうとする手をクレアが握ったまま、やはり笑顔で――

「来てくれてよかったわ。迎えに行くところだったわよ?」

完璧な笑顔だけれど目が笑っていなかった。握られたジェイクの手が白くなってるから結構な力で握ってるんじゃないかとシェリーはハラハラした。
「あ、あのね、クレア…」
たまりかねてシェリーが一歩前に出ると、ジェイクが笑った。こちらも目が笑っていない。クレアを真っ直ぐに見つめ返す視線に強い意志が籠っている。
「それには及ばねェよ。これからも、な」
しばらくクレアがジェイクを見つめて――、フッと肩の力が抜けたように笑うと、手を放した。
「そう、それはよかった」
今度は顔全体で笑うと、シェリーの方を向いて「よかったわね」と呟いた。
「で?クリスはどうしたんだ?」
レオンが肩を竦めながら聞いた。
「さっき、走って行ったように思ったが――」
訳がわからない様子だったので、ピアーズのことは知らないんだろう。シェリーは言うに言えずに黙った。するとクレアが玄関を開けながら言った。

「すぐ戻るわよ――ちゃんと連れて来るでしょ。そこまで腑抜けじゃないことを祈るわ」
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