バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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感謝祭協奏曲 <2>
***

ピアーズは店に入ってすぐに目当ての人物を見つけた。
休日の昼下がり。ほどよく混んでるカフェに憂い顔で座っている彼女はこちらにまったく気づく様子もない。
目の前に立って、俯いたテーブルに影が差してようやく彼女は顔を上げた。
上げた顔に微妙な笑顔が貼り付いていて、ピアーズは眉をひそめた。

彼女――シェリーから電話をもらったのはつい先日。ジェイクの渡米の絡みで連絡を取り合っていたこともあって、たまにメールで近況報告をするようになった。
クリスとピアーズの関係も知っているし、歳も同じで気安く話せる。
だが、こんな風に呼び出されるのは初めてで、電話での声も暗かった。相談、という言葉は出なかったが、何か聞いて欲しいことがあるのは明白だった。

「どうした?」
ピアーズはシェリーの前の席に座りながら聞いた。
「うん…元気だった?」
とりあえず、という感じで時候の挨拶を振るシェリーに、ピアーズは手を振った。
「前置きはいいから、言えよ。結構ヤバイ顔色してるぞ」
多分ジェイクのことだろうな、と思いながら率直に切り込むと、シェリーは俯いた。
「喧嘩か?」
それくらいしか思いつかない。
「…喧嘩というか…この前ね、感謝祭にクレアがみんなで夕食を一緒にしましょうって言ってくれてね」
ピアーズはシェリーが俯いてくれていたことに感謝した。でないと、自分ですら自覚するほど顔が険しくなったのがわかってしまう。
感謝祭のことは先日クリスから聞いた。そして――こちらもモメた。


「感謝祭、どうします?」
ピアーズは食事の片付けをしながら、同じく食器を運ぼうとしているクリスに聞いた。
アメリカではビッグイベントのひとつなので、何気なく聞いただけだったが、クリスが見る間に慌てた。
「いや、休みがな、取れるかわからないから――」
持った食器をガチャンと落としそうになる始末で、何かを隠しているのは明白だった。
「何です?」
水道を止めてクリスに向き合う。逃げる視線を無言のプレッシャーで追いかける。
しばらく泳いでいた視線もためらいつつもこちらの強い視線に負けたのか、渋々戻ってきた。そしてそのまままた逸らされるが、追及を逃れるのを諦めたのか、溜息と一緒に事情を吐き始めた。
「いや、クレアが――感謝祭は一緒に食事をしようと言っていてな…」
言われてピアーズは首を傾げた。そんなに慌てる内容だとは思えないが、何に対してあんなに慌てたんだろう。
「お前も一緒に、と言うべきだったのはわかってるんだが…」
言いかけたクリスの言葉でわかった。ああ、そういうことか――
「つまり、何ですか。俺たちのことをクレアさんに知られたくないって?」
出した声が自分でも低くなったのがわかった。怒っていると勘違いしたのか、クリスがハッと顔を上げた。
「いや、そうじゃなくて。まだそんな時期じゃないかと思って、な」
「じゃあ、いつがその時期なんです?俺とのことを知られるのは恥ずかしいですか?」
ピアーズは自分のことは棚に上げて、責める口調でクリスを見据えた。
自分だって家族には何も話していない。家族間に入った亀裂を更に決定的なものにするであろう報告なのは目に見えているからだ。だから、クリスが唯一の家族である妹のクレアさんに何も言わないのを責める権利はない。だが――

俺が家族に言わないのは恥ずかしいからじゃない。わかってもらえる可能性がゼロ以下だからだ。陸軍を辞めたことやBSAAに入ったことで溝が出来た家族との距離を思うと、勘当されている今、わざわざ報告するのが得策だとは思えない。
もし今、普通の家族関係だったら、きっと言っていた。クリスとの関係をわかってもらいたい人にはきっと言う。

「そんなわけあるか。そんなんじゃない」
強い口調で否定するクリスを見ながら、ピアーズは溜息を吐いた。
「別にいいです」
話は終わり、とばかりに切り上げたピアーズにクリスは眉根を寄せた。ピアーズは構わず片付けを再開する。
「ピアーズ」
呼ばれても振り向かなかったら、今度はクリスが背後で溜息を吐くのがわかった。
自分から放棄したのに、クリスに話し合いを諦められると焦った。だが、それを表に出すこともできない。プライドとかじゃない。口を開けばまた責めそうで怖い。
背後からクリスの気配が消えて、ピアーズはそれでもどこかで期待しながら振り向いた。だが、クリスの姿はどこにもなかった。
それから数日、最低限の会話しかしていない。ピアーズの方が避けてしまうので、顔を合わさないまま出勤する日もあった。
クリスも敢えて気まずい雰囲気を解消しようという気概はないらしく、冷戦状態は今も続いている。

「家族じゃないって言われたのが思いのほか堪えたみたい」
シェリーの言葉にピアーズは我に返った。目を伏せてポツリポツリと語るシェリーの肩は目に見えて落ちている。
「そういうつもりで言ったんじゃないと思うぜ、多分」
ピアーズはシェリーの肩を叩いた。我ながら情けない慰め方だなと思いながらだったので、シェリーが顔を上げて「そうね」と微笑んだ時には胸が痛んだ。
「私、自分の家族はもういないから、ジェイクがもう家族のつもりでいたんだわ。でも、違うのよね」
ピアーズはどう答えればいいのかわからずにシェリーを見つめた。
ジェイクとは噛みつきながらもそこそこ腹を割った話をしたりするし、ピアーズとクリスのことも知っている。バレンタインには恥を忍んで相談まがいのこともしてしまった。だが、ジェイクがシェリーとこの先どうするつもりなのかは想像でしかない。この二人が別れるところは想像できないが、安易に大丈夫と言うのも憚れた。
「ごめんなさい、暗い話で」
「それで、どうするんだ?結局感謝祭は奴を呼ばないのか?」
「来たくないって言ってるから、無理には…」
「シェリーはそれでいいのか?」
シェリーの言葉を遮って聞くと、彼女は首を傾げて困ったように笑った。
よくはないけど仕方ない、か。ピアーズはシェリーの心情を読み取って苦笑した。

(シェリーはこういう時、我慢するよな。それをアイツはわかってんのかね…)

ピアーズは自身の問題は棚上げにして、目の前の友人のために一肌脱ごうと決めた。目の前の友人のためだけでなく、口が裂けても絶対に本人には言わないが、アイツのためにもできることはしないとな、と思った。

「ピアーズは来ないの?」
シェリーが気を取り直したように聞いてきて、不覚にも顔を顰めた。その反応を訝しげに窺うシェリーにごまかそうとして――こういう時の彼女の押しの強さを思い出しながら攻防して、結局は事情を吐かされた。

「馬鹿ね」
聞き終わったシェリーに笑いながら言われて憮然とした。
「何が」
「だって――クリスはあなたを紹介するのを迷ったんじゃないわ」
じゃあ何を迷ったんだ、と目線だけで聞くと、シェリーは笑った。
「クレアは結構ブラコンだから。恋人を紹介するのをためらってるんじゃない?あなただから、じゃないわ」
昔からクリスの彼女に対する批評は厳しかったもの、と続けた彼女の言葉に唖然とする。
いや、でも、もう結構な歳だし、と思わず零れた言葉にシェリーは更に笑う。
「きっと若い時からの条件反射ね。それに、多分、クレアがまだ独りだっていうのもクリスが躊躇ってる理由の一つだと思うわ。二人きりの家族だし」
ああ、とそこは合点がいった。
クリスは早くに両親を亡くして妹と二人で生きてきたと聞いた。自分は親兄弟がいるからわからない感覚だが、きっと妹が幸せになるまでは、とかは考えていそうだ。でもそれならそれで――

言ってくれればいいのに、と思うのは傲慢だろうか。

ピアーズはまたも重い溜息を吐いた。
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