バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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バレンタイン協奏曲 <4>
***

ピアーズは仕事を終えて家路を急いだ。
先日、ジェイクにバレンタインのことを相談したのは失敗だった。ロクなアドバイスも貰えないまま当日を迎えて、それでも結局奴の口車に乗ってしまった。それでも奴以外にクリスとの関係を知っている人間がいなかったので仕方ない。
部屋に置いてあるプレゼントをクリスに渡すと思うと顔から火が出そうだ。
確かにもうクリスとはプラトニックじゃない。初めはお互い経験もないのでどうなるもんかと思ったが、やる気になればどうにでもなるもんだ。
それでもそれ以後はピアーズからは誘いたくても誘えなかった。もちろんクリスから誘ってくるはずもない。
ゼロになったはずの距離がまた元に戻ったかのような生活が続いて、ピアーズはどうすればいいか考えた。その結果、イベントにかこつけようと思ったのだが――
クリスがバレンタインなどというイベントをしようと思ってるとは思えない。自分たちの間にそんなイベント事が存在する間柄なのかすらピアーズにはわからなかった。
ピアーズは溜息を吐いて、玄関のドアを開けた。
途端にいい匂いが鼻腔を突いて、奥の部屋――リビングに明かりがついているのが見えて、クリスがオフだったことを思い出した。時計を見ると20時を少し過ぎた頃だった。

――もしかして夕飯の用意をしてくれてるのかな?

クリスの料理の腕は独り暮らしが長い割には褒められたもんじゃない。だからいつも作ると言えばレトルトとかだったが、今日はそういう匂いじゃない。ちゃんと作ってる感じの匂いだ。
ピアーズは慌ててリビングのドアを開けて中に入った。
キッチンから振り返ったクリスは「おかえり」と笑顔だった。こちらの驚いた顔を楽しそうに見ている。
「あ、ただいま…」
言って食卓に目線を落として思わずにやけた。慌てて口に手をやる。
まだメインは作ってる途中なのか、皿は空だったが、メニューは歴然だった。
「ステーキ!クリスが作ってくれたんですか?」
今日という日にそのメニューを選んだ事実にピアーズの顔は崩れずにいられない。
バレンタインという日をクリスは覚えていて、俺のために俺の好きなステーキをわざわざ作ってくれた、その事実に。
自分の一方通行じゃない、そう思えた。
「ああ、あとは焼くだけだ。今日は、その…」
口ごもったクリスが可愛くて、ピアーズは抱きつきたい衝動を抑えた。
「嬉しいです」
かろうじてそれだけ言うと、クリスもいや、と頭を掻きながら目を逸らした。その顔が赤いように見えるのは気のせいか?
「あ、俺もあるんですよ。プレゼント」
自分の部屋へ取って返して、事前に用意しておいた紙袋を掴んでリビングに戻る。
「これ…」
中身のことを考えると渡すのを躊躇するが、今さらなので思い切ってクリスに差し出した。
「ありがとう」
微笑んで受け取ったクリスに、開けていいか?と聞かれたので、ハイ、と答えた。答えた顔が硬かったのか、クリスが怪訝そうにこちらを見ながら、紙袋を丁寧な手つきで開けた。袋から出てきたのは白い布。
クリスの表情にわかりやすく「?」が浮かんだまま布を広げると、ハラリと紐が左右から垂れ下がった。
クリスがピアーズを見たので、ピアーズは目を逸らしながら説明する。自然に顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「あ、それは…下着なんです、日本の!ふんどしと言って、あの、俺もよく知らないんですけど、こうやって穿くらしいです」
ジェイクから聞いた説明を身振り手振りで懸命に再現する。
「何でこれなんだ?」
「あの野郎が…ジェイクの奴が――」
「ジェイク?」
「フツーに下着とかよりこっちの方がいいんじゃないかって言って、その、日本ではふんどしの日ってのがバレンタインと重なってるらしくてっ」
言いながら我慢できなくなってとうとう俯いた顔はきっとトマトみたいになってるんじゃないかというくらい熱かった。
露骨に誘うための下着を贈れなくて、照れ隠しに走ったときっとばれてる。そう思うと俯いた顔を上げることはできなかった。
「何か、」
それでもクリスが何も言わないので、言葉を続けざるを得ない。
「あんま真面目にやんのも照れくさくて」
隠した本音は隠し切れているのか。ピアーズが考えた時、グイッと頭ごとクリスに引き寄せられた。
次いで耳元に吐息がかかって背中にゾクリとした感覚が走った途端、クリスの低い声が聞こえた。

「じゃあ今日はこれを着けるか」

意味を理解した途端、耳まで熱くなった。
隠したはずの本音はあからさま過ぎて隠してることにもなってなかったか。全部クリスには筒抜けだったことを知らされてピアーズはまともにクリスの顔を見ることができなかった。
そんなピアーズを見てか、クリスが喉の奥で詰まるように笑った。
「メシ、先に食べるぞ。冷めるからな」
ホントにアンタは慌てないよな。俺ばっかりこんな醜態を晒して――
顔は赤いままだと自覚しながら、上目遣いにクリスを睨み上げると、余裕の笑顔で「何だ?」と返された。その余裕が悔しくて――

クリスの後頭部を掴んで引き寄せた。今度は自分がクリスの耳元に口を寄せて呟く。

「――アンタを先に食べる」


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