バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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バレンタイン協奏曲 <5>
***

エイダは手元の資料を見て目を瞠った。
少し前の仕事の時にレオンに会ったのは記憶に新しい。
潜入先で色々と利用させてもらったのはいつものことだけど、彼の方はそうでもなかったのか。
レオンの方から自分に連絡を取る手段はない。皆無だ。そんなものを自分が残すわけもないし、連絡など取る気もない――なかった。

もしかして、あのキスともいえないキスがトリガーを引いたのかしらね?

エイダは再度、手元の資料に目を落とした。
ここに書いてあることが本当だとすれば、レオンは余程自分に会いたいらしい。
今までこんなことはなかった。こんな明確にこちらに意思疎通を図ったのは初めてだ。
エイダはフッと笑うと、資料を閉じた。
いつもなら無視するところだけれど、と楽しげに考える。

もしかして、トリガーを引いたのは私ではなく彼の方だったのかしらね?


3日後――エイダはマンションの一室にいた。
高級マンションでセキュリティは万全だったが、忍び込むのにさほど苦労はしなかった。
ドアマンは色気と金で動いたし、鍵も最新というわけでもなかったのでものの5分もあれば十分だった。
セキュリティーガードを解除して、暗闇の中を迷いなく歩く。
ソファに身体を沈めて時計を見た。スイッチを押すと時間が光った。
(あと10分ほどで帰って来るわね)
合衆国エージェントという仕事は定刻という概念はないようで、レオンがいつ家に帰るのかを知るのは至難の業だろうと思う。だが、エイダの頭に"男を待つ"という言葉はない。帰れないのならば、帰るように仕向ければいい。そのための仕込みは昼間しておいたので、待つのは10分程度だろう。
エイダは目を閉じた。
触れたら最後、と思っていたのにあの時、不可抗力とはいえ触れてしまった。
キスなんてエイダにとって何の意味も持たない行為のはずなのに。今までは確かにそうだったのに。
レオン相手では違うというのか。それを認めてしまうのはエイダにとって自殺行為だ。今までの自分の努力がすべて水の泡になる。そうわかっているのに、ここへ足を運んでしまった。

「動くな」
首筋に冷たい刃の感触がして、後ろに人の気配がした。
(あらあら、ちょっと考え込み過ぎたかしら)
「人を呼んでおいて随分な扱いね?」
ソファの背もたれを挟んでナイフを構えているレオンにエイダは言った。
声でわかったのか、レオンは息を吐くとナイフを遠ざけた。明かりをつけるためか、気配が遠のいてしばらくして明るい光がリビングに溢れた。
「人を訪ねる時の礼儀を知らないのか?」
レオンが顔を顰めながらナイフを仕舞う。
「あら、熱烈なラブコールを受けたから来てあげたのに、随分な言い草ね?」
足を組み変えてソファに深く身を預けたエイダは楽しげに言った。
熱烈なラブコール、と聞いてレオンの顔が更に不機嫌そうに歪んだ。
「仕方ないだろう。お前の連絡先を知らないんだから、ああするしかなかった」
「職権乱用の上に随分遠まわしな連絡方法ね?一体何件くらい仕込んだのかしら、あのメッセージ」
「職務に支障はないから問題ないだろう。お前が絡んでいそうな事件だから10数件だな」
「ご苦労なことね。でもあのメッセージはなかなかよくできていたから、そこは褒めてあげるわ」
レオンは苦笑いして「そりゃどうも」と答えると、食器棚からグラスを2つ出した。
「飲むだろ?」
エイダは首を振った。
「用件を伺うわ」
せっかちだな、とレオンは笑うと、ワインをグラスに注いだ。
「まぁ飲めよ」
いらないわ、と重ねて言うと、レオンは肩をすくめて自分はグラスに口をつけた。
エイダはワインをもらわない理由をレオンに悟られたかしら、とチラと考えて、頭を振った。どうでもいい。知れても知れなくても、そんなことは関係ない。エイダは人から口に入れるものをもらわない。それは誰も信用していないという信念に基づく習慣だ。相手がレオンでも変わらない。
「用件はまぁ、あれだ。そんな大したことはないんだが」
珍しく口ごもるレオンにエイダは意識を戻した。
「なに?」
「ハッピーバレンタイン」
レオンはそう言いながら綺麗にラッピングされた細長い箱を目の前に差し出した。
エイダはめったに驚いた顔をしないが、さすがに不意を突かれた。それがレオンにも伝わったのだろう、少し慌てたように言い足した。
「いや、別に深い意味はないんだ。その…」
いつも何だかんだと助けてもらってるしな、と目の前の箱を更に突き付ける。思わず胸元で受け取ってしまって、エイダは首を傾げた。
「もらう理由がないんだけど」
「俺の方にあげる理由があるからいいんだ」
「お返しは何もないわよ」
「別に期待していない」
レオンは肩をすくめてグラスを持ち上げて一口飲んだ。それを見ながらエイダはソファから立ち上がった。
「じゃあ遠慮なくもらっておくわ」
手を挙げていつものように「See you around.」と言いながら背を向ける。
途端に身体に腕が巻きついてきて、エイダは反射で肘鉄を入れようとした。わかっていたのか、腕でブロックされた。後ろから抱き締められた、という認識は一拍遅れてやってきて、固くなった身体から力を抜いた。
「何?高くつくわよ?」
「いくらでも払うさ」
耳元で囁かれてさっと腕を解かれる。
「じゃあな」
自由になった身体をエイダは少し寂しく思いながら、それでもレオンの顔も見ないまま手を挙げて無言で玄関に向かった。


手元に残った箱を開けてみて、エイダは笑った。
箱の中身は香水だった。その銘柄を見て、レオンの自分に対するイメージに泣きたくなった。
クリスチャンディオールのディオリッシモ。
エイダに贈る銘柄ではないと、彼女を知る人間は十中八九言うだろう。
自分自身でもそう思う。レオンもわかってるはずだ。でも、そこを敢えてこれを選んだ。

――草原に咲くすずらんをイメージして調香された。

花言葉は純潔、純愛、幸福の再来。ヨーロッパではその形から『聖母の涙』と呼ばれる。
およそ自分には程遠い。でも、きっと彼はわかってて選んだ。
もちろん、その清廉な外見とは相反して毒素の強いところも引っかけているんだろう。そういうユーモアも忘れないところも変わってない。すごく――彼らしい。
幾重にも重ねられたメッセージを伝えるために選んだんだろう。

それでも、エイダが返せるのは――See you around――それだけだ。

エイダは香水の瓶を開けて、手首に一滴垂らした。
それはまるで涙のように見えた。


→あとがき
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