バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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シタゴコロ 〜StoryB〜 <2>
***

(あー、ちくしょう)

ジェイクは薄暗い天井を見上げながら拳を握り締める。
シェリーの家を出てから近くのホテルに部屋を取った。シャワーを浴びたらもうやることはないのでベッドに横になったが、眠気は一向に訪れない。

今頃泣いてるかな。

ジェイクが部屋を出る時には既に泣きそうな顔をしていた。
怖がらせた。怯えさせた。本当はあんな風にキスまでするつもりじゃなかった。押し倒してちょっと脅してやればいいと――自分がちゃんと女で、襲われる可能性があることを自覚してくれればそれでよかったのに。
でもシェリーのコンプレックスは根が深かった。想像以上にGウィルス保菌者であるという事実はシェリーを蝕んでいる。自分の身体を気持ち悪いと、だから誰にも必要とされていないと、それが当然の自分に課せられた義務であるがの如く享受しようとしている姿が堪らない。しかもそれに心はついていってないのに――あんな、笑ってる顔の下で泣きそうな自分を隠して。
気づいたらキスしていた。
お前が欲しくて堪らない男はここにいる。言うに言えない気持ちをシェリーのためという建前に隠してぶつけた。

――サイッテーだな、俺。

お前がいつまでも若いまんまだろうが、傷を負ってもすぐに治っちまう身体だろうが、俺はお前がお前だから欲しい。そう言う奴はこれからだっていくらでも現れるだろう。きっと俺だけじゃない。
つってもアイツには理解できないんだろうな。

自嘲にも似た苦笑いを漏らすと、ジェイクは目を閉じた。
閉じた瞼の裏にシェリーの顔が浮かぶ。
キスした時の怯えた瞳の色が蘇る。

――もしも、もしも何かの間違いが起きて、そんな機会があったなら、本当はもっと優しくするつもりだったのに。あんな怖がらせるだけのじゃなくて、もっと。

もう無理な願いかもしれないけどな、と自嘲気味にジェイクは思った。


翌朝、ジェイクは何事もなかったかのような顔をしてシェリーの家へ行った。
出て来たシェリーも目が赤かったが、いつも通りの態度で接している。ただ一点を除いて――
過剰なスキンシップが一切なくなった。
手を繋ぐことはおろか、肩と肩が触れ合うのすら避けている節があった。
ジェイクは自分の失くした物の大きさに苦笑いした。下心があるとかないとか以前の問題だったな、と思い知る。
シェリーのスキンシップに困惑していたのは事実だが、決して嫌なわけではなかった。されてる時は勘弁してくれと思っていたが、いざ無くなると惜しい、なんてどこまで俺は馬鹿なんだか。
いつもより口数は少ないが敢えて何でもない話題で話しながら、二人で研究所に向かった。

研究所に着いて、研究員に連れられてシェリーと別れると、そのまま検査に夕方までかかった。
特に動いたわけではないが、その分動けないことで強張った身体を肩を回したりしてほぐしながら廊下を歩く。シェリーが待っているであろう食堂に行く途中でレオンが待っていた。
「よぉ」
壁に預けていた背中を離すと、レオンはジェイクの目の前まで歩いて来た。何か用事があるのは明白で、思い当たる節といえば昨日のことしかない。
(ホントに保護者かよ)
若干うんざりしながらジェイクは目の前のレオンを見返した。
「何だよ?」
「わかってるだろ、昨日のことだ」
「シェリーから聞いたんだろ?」
「聞いたけどナイト側の話も聞いとかないとな」
ナイト、と言われてジェイクは顔を顰める。昨日の今日でその称号は痛い。
「シェリーはもう男に無防備に部屋に泊まれなんて今後一切言わないだろうよ」
レオンは眉を上げてこちらを見た。ジェイクの言った内容を吟味するような間があって、口を開く。
「キスしたんだって?」
「あんたが言ったんだろ?男に無防備過ぎるって。痛い目を見る前にそれを教えてやっただけだ」
話を切り上げるようにジェイクはレオンの横を通り過ぎた。
もっと食い下がってくるかと思ったが、レオンは正確に状況を把握したようだ。
「あー…そういうつもりじゃなかったんだけど?教えてやってくれっていうのは」
「別に。俺があいつの無防備さに切れただけ」
レオンはにやりと口の端を上げて笑うと、「貧乏くじ引くことなかったのに」と言った。
うるせぇ、と小さく呟く。
「シェリーは?」
「食堂にいる。頭ん中グチャグチャみたいだな。でもいいキッカケになったかもな?」
言われた意味がわからずにジェイクは振り返った。レオンの顔には意味ありげな笑みが浮かんでいて、ジェイクは「何の?」と聞いた。
レオンはそれには答えず、じゃあな、と手を上げると廊下を歩いて行ってしまった。
ジェイクはそれを見送って、首を振るとレオンが行った反対方向に足を向けた。


***

レオンがチラと振り返ると反対側に歩いて行くジェイクの姿が見えた。
その後ろ姿に口には出さないがエールを送る。

――何だか苦しいの。

そう言ったシェリーはもうレオンが知ってるシェリーの顔じゃなかった。
恋を知った女の顔、だったな。本人は全く自覚してなかったけど。
それが可愛くもあり、彼が気の毒でもある。いや、いい気味か?
そこまで思ってレオンは苦笑した。ホントに娘を嫁にやる親父みたいだな。

昨日の今日なので様子を見ようとここに来てみたら、シェリーが目を真っ赤にしてポツンと座っていた。
ぼんやり焦点の合わない目をしているから、てっきり奴が無理矢理迫ったのかと思った。野郎、と思いつつシェリーの前に座った。
「どうしたんだ?」
「あ、レオン…どうしたの?」
「ちょっと用事があってね。元気ないけど昨日何かあったのか?」
途端にシェリーの顔が曇った。彼女は感情が顔に出過ぎるな、と思いつつレオンは顔を顰めた。
「ジェイクに何かされた?」
重ねて聞いてみればシェリーの目線が下がって俯いた。
(オイオイ、マジでか…)
更に眉間に皺が寄ったところでシェリーの呟く声が聞こえた。
「…れたわ」
え?と聞き返すと、もう一度繰り返された言葉に首を傾げた。
「怒られたわ」
「何を?」
「もっと男の人に対して警戒しろって…」
「ああ…それで結局泊まらなかったのか?」
「ええ…」
レオンは腕を組んで考え込んだ。それだけじゃないんだろうな、とこの態度から想像はつく。
「何だかね、何だか苦しいの」
ふと漏らしたシェリーの呟きに、レオンは敢えて何も言わなかった。
「ジェイクが私を好きでもないのにすごく優しいと、何だか苦しいの。昨日も嫌な役をしてくれて、私を窘めてくれたわ。どうしてそこまでしてくれるのって思うのよ…」
レオンは言うに言えずに黙るしかなかった。
「私ね、ジェイクといると楽しいし、話をいっぱいしたくて家に泊まれば時間も短縮できて一緒にいれる時間ができるじゃない?単純にそう思っただけなんだけど、それはダメなんですって。自分も男だから、もっと警戒しろって言われたの。それって私もそういう対象に見れるってことなのかな?」
「見てもらいたいのか?」
思わず聞くと、シェリーはレオンから目を逸らした。
「わかんないわ。でも私は自分の身体がそういう対象で見られるかもしれないなんて本当に思えないから――ジェイクもそうなんだと思って…」
「でもそれは違うって言われたんだろ?」
「そうね。でもジェイクは優しいから…」
目線が段々下がってとうとう俯いたシェリーの頭をレオンは優しく撫ぜた。
「優しいから嘘ついてるって?」
シェリーは肯定もしない代わりに否定もしなかった。
「優しくされたら嫌なのかい?」
「嬉しいけど、苦しいのよ。どうしてって思うの」
「理由がいるのか?」
シェリーは顔を上げてレオンを見た。目が腫れてるから泣いたんだろうと思った。
「理由がなくちゃ優しくしたらダメかい?」
「そんなことないけど…でもキスとか…」
微妙に目を逸らしながら口走った内容でレオンは状況を把握した。
(あー、そういうことか)
昨日ジェイクに言った言葉が蘇る。
教えてやってくれって言っちゃったからな…まぁ、それが理由じゃないんだろうけど。でも嫌われる覚悟でシェリーを諭すあたり真面目なんだか律儀なんだか。それだけこの娘が大事ってことか。
「理由はジェイクに聞いてみたら?」
「ええっ!?聞けないわよそんなこと!」
「何で?答えてくれると思うけど」
だって、とかでも、と口ごもる彼女にレオンは微笑む。
「シェリー。逃げてちゃ何も始まらないよ。わかるだろ?そんな逃げて終わりにしたい関係かい、ジェイクとは?」
「…そう、ね。それは嫌かもしれないわ」
だろ、とレオンはもうひと押しして席を立った。頑張れよ、と声をかけて出口に向かう。

――これは保護者からの援護射撃になるのかな

そう考えてレオンは笑った。


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