バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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シタゴコロ 〜StoryB〜 <1>
シェリーの家はそこそこ高そうな小奇麗なアパートの3階だった。
道中、無邪気にたわいもない話をするシェリーに相槌を打ちながら、頭では別のことを考えていた。
(やっぱ一緒に泊まんのはヤバイよな…)
正直、下心がないと言えば嘘になる。ここまで懐かれると好意以上の感情がシェリーにはあるんじゃないか、と勘繰りたくなる。自覚しているかどうかは別として。
袖を引かれたような気がして自分の腕に視線を落として、ジェイクは目を瞠った。
シェリーがジェイクの袖をつまんでいた。呼ぶためにつまんだのではないようだ。
「何だよ」
「え?」
「袖。重いだろ」
あ、と今気づいたというようにシェリーは慌ててジェイクの袖を放す。
「ごめんなさい。はぐれたら困るかと思って」
はぐれるような人込みじゃねぇだろ。こいつ、誰にでもこんなことやってんのか?
「じゃあ手、繋いでいい?」
ちょっと待て!何で手なんか繋ぐ必要がある!?
ジェイクは嬉しいというより戸惑う気持ちの方が大きくて、答えることもできない。
シェリーはジェイクの手を握ると、そのまま何事もなかったように歩き出した。
ジェイクは今さら振りほどくこともできずにシェリーとは反対方向に顔を背けた。
「お前さ、」
「え?」
「こんな風に誰とでも手ェ繋いだりすんの?」
一瞬キョトンとこちらを見たシェリーが首を傾げた。
「クレアとは繋いだりするわよ?」
「じゃなくて、男とだよ」
「男の人と?出歩く機会がないもの」
あったらすんのかよ、という追撃は不毛な気がしてやめておいた。
そして、ジェイクは部屋の前まで来てもなお迷っていた。
とてもじゃないが同じ部屋に泊まって手を出さないでいられる自信はない。
そんなジェイクの苦悩を知る由もないシェリーはいとも簡単に鍵を開けてドアを開いた。
「どうぞ」
玄関のドアを開いたまま笑顔で言ってくるので、ジェイクは溜息をついて中に入った。
落ち着いた色の廊下を通って、リビングに入ると結構な広さだった。テレビとソファが置かれており、向こう側にはダイニングテーブルも小さいながらある。その奥はキッチン。整然とした印象の部屋だった。
「へぇ、綺麗にしてんじゃん」
「でしょ。いつもは忙しくてもっと散らかってるんだけど」
胸を張るようにして言うシェリーが妙におかしい。それでも密室に二人きりというシチュエーションはジェイクの居心地を悪くさせるのに十分な状況で、沈黙でも降りようものなら意識してしまう自分に舌打ちしそうになる。
「なぁ、シェリー」
たわいもない話を無邪気にしているシェリーを遮って、ジェイクは切り出した。
「やっぱり俺、他に泊まるわ」
「ええ?何で?」
「何でって――お前な、俺だって立派な男だぞ?襲われるかもしれないとか思わないのか?」
さっきは言えなかった言葉をストレートに言ってみる。こいつには直球しか通じないだろう。そう思ってのことだったがーー
途端にシェリーは盛大に笑った。吹き出す勢いにジェイクは目を瞠る。
「何だよ?」
「誰が私を襲うの?ジェイクが?そんなわけないじゃない。私をそんな対象に見てる人なんていないわ」
目尻を指で拭いながら言うシェリーにジェイクは唖然とした。
「いや、でもお前も一応女で…」
「性別がそうなだけで、こんな普通じゃない私を襲う人がいるわけないでしょう?」
ジェイクはシェリーの言いたいことを理解した。
自分のスーパーパワーのことを言っているんだろう。それを引け目にそう思い込んでいる。
「知らないならともかく、ジェイクは知ってるじゃない。私の身体が気味悪いってこと」
オイ、とジェイクは思わず口を挟む。気味悪いってなんだ。
シェリーはそんなジェイクにいっそ潔いほど笑ってみせる。
「私の身体は老化しないし、怪我しても瞬く間に治っちゃうのよ?誰がそんな私を襲うのよ?」
笑っているのにシェリーが泣く寸前の顔をしているように見えて、ジェイクは思わず彼女の手を掴む。
「やめろ」
低く呟くとシェリーは目を見開いて、やっぱり笑った。それでもその笑顔はどこか悲しそうに見えてジェイクは居たたまれなくなった。
「私をそういう対象で見る人なんていないってば。自分のことは自分が一番わかってるわ。そうね、でもいたらすごく物好きよね。私なんかでいいって言うならそれはすごく貴重じゃない?いないと思うけど、もし襲われたらそれはそれで――」
シェリー、と敢えて名前を呼んだ声を無視してシェリーは尚も言い募る。考えて言ってるんじゃなくて、口から出るに任せて発する言葉はきっと自分を刺している。それでも彼女は止まらない。
「それはそれで、貴重な体験じゃない?私なんかでも――」
ジェイクは言いかけたシェリーをソファに押し倒した。そのまま覆いかぶさって両手を掴む。目を見開いたシェリーのアクアブルーの瞳に険しい顔をした自分が映っていた。
気味悪いって?何が?お前の身体がか?
――冗談言うな。俺はその身体が欲しくてたまんねぇぞ。
自虐だというのはわかっている。自分の身体に負い目があって、それを卑下したい機微くらいはわかる。わかるけど、それと男に対して無防備なのは別問題だ。
お前の身体は十分女らしくて、一緒の部屋に泊まったらどうなるかくらい考えるまでもねぇだろ?それがわかんねぇんなら、これから先もしかしたら俺以外の誰かとこんな状況を作るかもしれねぇ。それは冗談じゃねぇぞ?
間違っても襲われたら貴重な体験なんて――誰が言わせるか。

シェリーが声を上げる間もなくジェイクは噛みつくように唇を塞いだ。


***

シェリーは思わず吹き出した。
(本気で言ってるの、ジェイク?)
お腹を抱えて笑えるくらいおかしかった。
私を襲う人がいるわけないじゃない。私の身体の中にはGウィルスが入っていて、姿は人間かもしれないけど、中身はバケモノと言ってもいいくらいなのに。老化も止まってるし、普通の人では有り得ないほどの回復力がある。一体、こんな身体を誰が抱きたいというのだろう。本当に笑える。
シェリーはそう思いながら素直にそのまま口に出して言った。
大丈夫、もうこんなことで傷ついたりしないわ。だってもうわかってるもの。私には普通に青春時代を送る資格もなければ、普通に恋をするのも許されないんだってこと。だって誰がこんな私を愛してくれるというの?
研究所で出会った人たちは私をモルモット扱いしかしなかったし、内心バケモノを見るような目でしか見ていないことはよくわかった。私の身体のことを知らない人も知ったらきっと同じ反応をするわ。なのに襲われる心配なんて。
シェリーは自嘲にも似た笑顔を顔に貼り付けて笑った。笑うことでしか自分を保てない。
自分の言葉がブーメランのように自分に返って来る。それでも口を閉じることはできなかった。

「もし襲われたらそれはそれで貴重な体験じゃない?」

私なんかでも――そう言いかけた言葉を飲み込んだのは、ジェイクに掴まれた手首が痛いと思った瞬間、視界が引っくり返ったからだ。ソファに背中が沈んだ感触がして、上にはジェイクの険しい顔が迫って来た。状況を理解出来なくて、シェリーはぼんやりそれを見ているだけだった。
ジェイクの瞳が近づいてきて、視界にすら入らなくなったと思った途端、声を上げようとしたそれごと飲み込まれた。
気づくと両手を掴まれて自由が利かない。
(何、なんで?)
唇に自分のものじゃない唇の感触がすることすら初めてで、困惑はすぐに怯えに変わった。
身体を捩って両手を動かすが、ジェイクの腕はビクともしない。彼は男で、自分は女だから――
力の差を思い知らされる。

「や、やだっ…」

はっきりとした拒絶の声が出ると同時に両手も自由になった。上にあったジェイクの身体の重みが消える。
シェリーは慌ててソファから起き上った。口を押えながら後ずさってジェイクから距離を取る。
ソファから立ち上がったジェイクはシェリーを見下ろしながら言った。

「謝んねぇぞ」

真摯な瞳を見つめながら、シェリーの頭は混乱する。何でこんなこと――
「お前さ、今、怖かったろ?よく知ってる俺でもこんなことされたら嫌だろ?でも、部屋に男を入れるってことはこういうことなんだぜ?」
シェリーはジェイクの言っていることが耳の奥に響いているようで、理解するのに時間がかかった。
「頼むから、自分の身体が気持ち悪いからとか言うな。それを理由に無防備に自分が対象外とか考えるな。お前は立派な女で、男にとって十分襲われるくらい魅力的な女だよ。俺が保証する」
だから、とジェイクは続ける。
「自分が女で、男に対しては警戒心を持たないといけないことを自覚しろ」
シェリーは自然と目線が下がる。ジェイクと目が合わせられない。
「ご…ごめ…」
言いかけた言葉は尻切れに消えた。
「俺、今日どっか他に泊まるから。明日の朝、ここに来ればいいだろ」
シェリーは言われて思わず顔を上げたが、続く言葉は出なかった。この期に及んで更に泊まれとは言えない。仕方なくまた俯く。
ジェイクが遠のく気配がして、ドアが開いて閉まる音がした。
シェリーは強張った身体から力を抜いて、息を吐いた。同時に目尻から零れた涙が頬を濡らした。
一度流れ出した涙は決壊を超えたダムのように止めどなく溢れた。

――頼むから、自分の身体が気持ち悪いからとか言うな。それを理由に無防備に自分が対象外とか考えるな。お前は立派な女で、男にとって十分襲われるくらい魅力的な女だよ。俺が保証する。

ジェイクの言葉が脳裏にこだまする。ジェイクはシェリーの痛みを多分正確に理解した。シェリーがどういう気持ちであんなことを言ったのか、わかった上でああ言ってくれたんだと思った。本気で怒って、そんなこと言うなと窘めて、だからもっと自覚して警戒しろとあんなことまでして警告してくれた。でなきゃ私にキスとかするわけない。

――どうして。

どうしてジェイクはあんなに優しいの。好きでもない私にこんなに優しいの。
優しくされてこんなに胸が痛いのはなぜなの。

顔を覆ってソファに膝を立ててシェリーは嗚咽した。


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