バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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シタゴコロ 〜StoryA〜 <2>
「あ?」
ジェイクは一瞬、言われてる意味が理解できずに聞き返した。
「今なんつった?」
え、だからね、と泣き笑いのような表情を浮かべたシェリーが口ごもる。
「そんな聞き返されたら言いにくいじゃない…あのね、ジェイクにつくエージェントが…私じゃなくなったから、これからは違う人が――つくから」
「何で?」
自分でも出た声が低くなったのがわかった。
「上からの命令だから、あの――」
「ホントに?お前が外れたいって言ったって聞いたぜ?」
言った途端、シェリーが俯いた。ごめんなさい、と呟く声が聞こえて、ジェイクはシェリーを見下ろしたまま言った。

「わかった」

そのままシェリーの隣をすり抜けて廊下を歩く。
シェリーの上げた顔にざっくり傷ついた表情が浮かんでるのを目の端で捉えたが、そのまま通り過ぎた。
(クソッ!一体どうしろってんだ)


****

ジェイクと目が合わない。
思えば空港で会った時から、ジェイクはシェリーが見ると合いそうになる視線を微妙にズラす。
話しかけても素っ気ない。ジェイクの笑顔を見ていない。
シェリーは湧き上がる疑念を振り払おうとしても、もう振り払えないほど大きくなっていることを自覚した。
一昨日はレオンにもう帰っていいと言われて帰って来た。研究所の宿泊施設にジェイクを泊めるから、と。前の晩は半ば強引にジェイクをシェリーの家へ連れて行った負い目があったので、嫌とは言えずに素直に従った。
そしたら次の日からジェイクから研究所の宿泊施設に泊まるから、もう迎えはいいぜと言われた。
言われた時は平静を装って「そう、その方がいいかもね」と言ったが、内心は穏やかじゃなかった。

――やっぱり私といるのが嫌だったんだ。

少しでも長く一緒にいたいと思ったのも、もっと話がしたいと思ったのも、私だけ。ジェイクはそんなこと露ほどにも思ってなくて、シェリーは今までの自分の行いが顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
自分だけ舞い上がって、浮かれた。心臓がギュッと握り潰されたように痛くなって、鼻の奥がつんとした。
必死で笑顔を作って「じゃあ、検査頑張ってね」とだけ言って、ジェイクに手を振って踵を返した。
これ以上、困らせたくない。ジェイクの前から消えてしまいたかった。今までの自分と一緒に。
ホテルに送る必要がないなら、もう私はいなくてもいい。ご飯は食堂があるし、外に食べに行くなら知り合いの方が気を遣わなくていいだろうとの配慮もあったが、ジェイクが自分と一緒にいたくないならその限りではない。
無理矢理エージェントとして彼に付き添えるよう捻じ込んだが、もうそんな必要はないかもしれない。
何より――
拒絶されているのに一緒にいるのは辛い。
シェリーは上司にジェイク付きのエージェントから外してほしいと要望を出した。もともと他に仕事があるので1週間もジェイクに付きっきりになるのはいい顔をされてなかったので、すんなりそれは受理された。
そしてその翌日にはエージェントとしての別の仕事の指令が下って、アメリカを離れることになった。
その前に研究所に寄って、ジェイクに付き添えなくなったと言ったら――

「わかった」

たった一言で済まされた。
そして、引き留められることを期待していた自分に気づく。
でもジェイクはそのままシェリーの隣をすり抜けて行ってしまった。
項垂れて廊下に立ち尽くしたシェリーに目もくれずに。
泣きそうな目元にぐっと力を入れて、シェリーは何とか涙を飲み込んだ。
棒になったような感覚の足をどうにか前に動かす。そのまま研究所の玄関まで来て、前からレオンが来るのが見えた。
笑顔で手を振る彼を見て、シェリーは引っ込んだはずの涙が反動をつけて瞼を乗り越えるのがわかった。
いきなり泣き出したシェリーにレオンは慌てて駆け寄ってくると、肩を抱いて研究所に入ろうとしたが、シェリーはそれを拒否する。万一ジェイクに見られたら、と思うと中には入りたくない。
「仕事があ、るか…ら、空港へ行かなきゃ、いけない…の」
途切れ途切れに言うと、レオンは眉を寄せて訝しげに「空港?」と聞き返したが、そのまま大通りまで出てタクシーを拾った。
シェリーを乗せてレオンも続けて乗り込んできた。思わずレオンを見ると、「送るよ」と微笑んだ。
「え、でも…」
「急ぎの仕事はないから、大丈夫。送るよ」
繰り返し言われて、シェリーは頷いた。そのまま顔を伏せて涙を拭う。レオンが優しく頭を撫でて、自分の肩にシェリーの頭を乗せる。その優しい仕草にシェリーはホッとして涙が落ち着いてきた。
「どこに行くんだ?」
喋れる状態だとレオンもわかったのだろう。
「南米よ。軽い調査だから1日で済むわ。明日には帰れる」
「じゃあジェイクの帰国には間に合うな?」
ジェイク、と聞いてシェリーの動きが固まる。
「どうした?」
「あの…ジェイク付きのエージェントは降りたから、もう関係ないの」
目を瞠ってシェリーを見るレオンから視線を逸らすと、早口に言った。
「ジェイクは私といたくないみたいだから、外れたの」
事実なのに言った途端、胸が痛んだ。いや、事実だからか。
「ちょっと待て、何でそう思うんだ?」
「だって――こっちで会ってから目も合わないわ。話しかけても素っ気ない。私の家には泊まりたくないみたいだし――」
言いかけてタクシーが空港のロータリーに滑り込んだ。話を中断して車を降りる。そのまま空港の出発ロビーにレオンもついてきて、チェックインを済ました後にカフェに誘われた。予想はしていたので素直に従う。
「で?嫌われてるって?」
いきなり核心を突かれてシェリーは詰まる。
「…だって、目も合わせてくれないし、」
「それは聞いたよ。嫌われてたらショック?」
聞かれてシェリーは目を瞬かせた。
「え…当たり前じゃない。嫌われて嬉しいわけないわ」
「泣くほどショックなのか?」
言われて黙る。泣くほどのことじゃないと言われてるんだろうか。よくわからないが、ジェイクに嫌われてると思うと苦しい。それだけは確かだ。クレアやレオンに嫌われても悲しいが(そんなことは想像すらできないけど)、ジェイクが相手だと悲しいというより苦しい。
考え込んだシェリーにレオンは気軽な口調で聞いた。
「なぁ、シェリー。シェリーはクレアが好きだよな?」
唐突な質問にシェリーは反射で答える。
「もちろんよ」
「じゃあ俺は?」
「大好きよ」
レオンは間髪入れずに共通の知人の名前を挙げていく。主に職場で知っている人たちだ。それに対してシェリーはすべて肯定の返事をする。
「じゃあ――ジェイクは?」
最後に来た名前にシェリーは止まる。
「ジェイクは好き?」
「え…と、」
「どうした?他の人は躊躇なく好きって言えてたのに、ジェイクは嫌いなのか?」
「違うわ!嫌いなわけないでしょう!」
反射で言い返した途端、レオンに「じゃあ好き?」と聞かれてまた止まる。
クレアが好き。レオンが好き。他の人が好き。

――ジェイクが好き。

同じ"好き"なのに――

「違うだろ?」
シェリーの思考を読んだかのように言葉を継いだレオンが穏やかに微笑んでいた。
その顔を見ながらシェリーは息を吐いた。張りつめた糸が緩んだみたいに。
「馬鹿みたいね、私。今さらこんなことに気づくなんて――」
「そんなことないだろ。今さらなんかじゃない」
「そうかしら。ジェイクは私のことなんか何とも思ってないだろうから、どうしようもないんだけど」
「…そんなこと…わからないだろ?」
レオンが言葉を濁しながら言ったので、シェリーは笑った。
「ありがと、レオン。慰めてくれなくても大丈夫よ。今日もエージェントを降りるって言ったけどわかったって言われただけだったし、好かれるなんて高望みはしないわ。ジェイクは素敵だもの」
シェリーは手首を返して腕時計を見ると、そろそろ行かなくちゃ、と呟いて席を立った。レオンが慌てて呼び止める。
「シェリー、ジェイクは――」
レオンが言いかけた言葉をシェリーは遮る。
「話を聞いてくれてありがとう、レオン。大好きよ。行ってきます」
笑顔で手を振って踵を返した。レオンはその後ろ姿を見つめながら溜息をついた。


****

渡米して2日目は研究所の宿泊施設に泊まったので、朝シェリーに会ったきり会えてなかった。翌日も検査に次ぐ検査でだったので、そのまま研究所に泊まり込むことにしてシェリーにそう言った。正直、シェリーの家に泊まるのはもう勘弁だったのでホッとしていた。
そして、4日目の朝に顔を合わせたと思ったら、ジェイクのエージェントを降りると言い出した。理由を聞いても上からの命令。その態度でその理由はウソだろ、とカマをかけてみればあっさり引っかかった。
俺が嫌で離れたがっている――そういうことなんだろう。なぜかはわからない。だが、詰め寄ってみても泣かせるだけで口を割るとは思えない。そう思って「わかった」と言った。
そう言わせたのはシェリーなのに、何であんな顔をする?

あんな――泣きそうな顔。

何を考えているのか全くわからないまま頭は混乱する。それでも検査を受けながら、気づくと夕方になって解放された。とりあえず食堂に向かいながら廊下を歩いていると、壁にもたれるようにしてレオンが立っているのが見えた。あちらもこちらを認識したのだろう、壁から背を離すとこちらに歩いて来た。
「ちょっと付き合えよ」
口角は上がっているが目が全く笑っていない。身体から発するオーラがちりちりと痛い。
「何だよ」
ジェイクは訳がわからない。
「いいから、ついて来い」
そう言って有無を言わさず廊下を歩いて行く。仕方なくジェイクもその後に続いた。

連れて来られたのはトレーニングルームのような部屋だった。
前面が鏡張りで手すりがついている。床は板張りでそこそこ広い。
色んな部屋があるんだな、と見回しているといきなりそれは来た。
風を切る音と共に鋭い蹴りが一閃して、ジェイクは紙一重で後ろに引いて避けた。
(オイ、今の、本気だったぞ?)
そんな考えが頭を掠める暇もなく次の攻撃が容赦なく襲ってくる。
理由を問う暇すらない。気を抜けば一撃で沈められる。それほど本気の攻撃だった。蹴りの場所がすべて急所を容赦なく狙っている。
ジェイクは訳がわからずしばらく防戦一方となっていたが、攻撃に転じることにした。寸止めなどする余裕もない。
相手の攻撃が一段落したところでジェイクはすかさずローキックを見舞う。相手の膝を壊す気で狙ったが紙一重で躱された。そのままワンツーのコンビネーションブローを出して、金的を狙った蹴りを膝でブロックされたところをショートフックの左右の連打からアッパーへ続くコンビネーション。ことごとく躱されたがレオンも余裕で躱しているわけではないようだ。その証拠に息が上がっている。
ジェイクはもうひと押し、とばかりに最後に上段回し蹴りを繰り出した。だが、大技を仕掛ける時にできる隙をレオンは見逃さなかった。レオンの姿が消えたと思った瞬間、ジェイクはしまった、と臍を噛んだ。身を低くしたレオンの足払いが綺麗に決まった。
気づくと仰向けに寝転がっていた。首にはレオンの腕の感触。力は入ってないので苦しくはなかったが、実践ではこの時点でジェイクは死んでいる。つまり、負けだ。
しばらくお互いの息の乱れの音しか聞こえなかった。こめかみから汗が流れ落ちる。
「何だよ、一体?」
ようやく出た声はひどく掠れていた。
「言ったろ、シェリーを泣かせたら殺すぞって」
レオンがひどく冷静に言った。言われたジェイクも眉間に皺を寄せる。
「泣かせる?俺はナンもしてねぇぞ」
「何もしてないのが問題なんだろうが」
意味がわからない。レオンがジェイクの上から身体をのけたので、ジェイクも起き上る。
「シェリーが勝手に俺のエージェントを降りたんだろ。俺だってワケわかんねぇ」
「お前が好きな女を口説きもせずに逃げ回ってるからだろ。情けねぇ」
「な!逃げ回ってなんか――」
思わず荒げる声にレオンは鼻で笑う。
「逃げ回ってたろ。言っただろ、シェリーは斜め上の思考を突くぜって。お前に嫌われたーって泣いてたぜ。好きな女にあんな顔させやがって、馬鹿か」
あんな顔、と聞いて先ほどの顔を思い出した。泣きそうな顔だった。どうしようもなくて何もせずに通り過ぎたが――あの後、本当に泣いたのか。俺のせいで?ちくりと胸が痛んだ。
「何で俺に嫌われて泣くんだよ」
憮然として言うとレオンは心底呆れた顔をした。
「おいおい、本気か?それともホントに馬鹿なのか?それとも保険が必要なほど腑抜けなのか?」
言われてジェイクは詰まった。保険が必要なほど――それは腑抜けと言われても仕方ない。実際、シェリーの気持ちをレオンで推し測ろうとしたのは事実だ。それほどシェリーに対して臆病になっている。
だが、それでシェリーを泣かせたとなると話は別だ。
「明日、シェリーは南米から帰って来る。時間がわかったら教えてやるから迎えに行けよ。いいか、チャンスは一回だけだぜ。次はないからよく覚えとけ」
ジェイクはレオンから目を逸らすと頷いた。

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