バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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シタゴコロ 〜StoryA〜 <1>
シェリーの家はそこそこ高そうな小奇麗なアパートの3階だった。
「へぇ、広いし綺麗じゃん」
ジェイクは部屋を見回しながら言った。
「掃除したんだってば」
リビングと寝室が1つ。リビングは結構な広さで、ソファはベッドにもなるタイプだった。別にキッチンとダイニングもある。
「私はリビングのソファで寝るから、ジェイクは私のベッドを使ってね」
「いい。俺は別にどこででも寝れるからソファで寝る」
「ダメよ。ジェイクはお客さまなんだから、そんなとこで寝かせられないわ」
「…女をソファに寝かせて自分がベッドに寝てられるかよ」
「ソファって言ってもこれはベッドにもなるから大丈夫よ!ハイ、部屋はこっちね!」
ジェイクの背をぐいぐい押して自分の部屋に押し込む。
「おい、ホントにいいって――」
「ダメ!ジェイクはそこで寝るの!」
シェリーはそう言い切ると、ドアをジェイクの目の前で閉めた。
ジェイクは溜息をついて、手に持った荷物を床に置いて部屋を見回した。
ベッドが置いてあるだけのシンプルな部屋だった。ベッドに座ると綺麗にベッドメイキングされているシーツを撫でる。
さっきのレオンの言葉が頭の中に浮かんだ。

――シェリーは気に入った人間にはスキンシップ過剰になるらしい。今までそれはクレアに対してだけ――

つまり、俺のことを好き?いや、全幅の信頼を寄せるクレアとやらと同じで、男としてじゃなくて人として信頼しているという意味か?男として意識してないから、自分の家にも泊められるのか。それとも男というイキモノを理解してないだけか。だとすると俺以外の男も泊めたりすんのか?
――冗談じゃねぇぞ!
もし俺が「好きだ」と言って押し倒したら、シェリーはどうするんだろう。考えて苦笑する。
男としての俺を見てないアイツの反応は火を見るより明らかだ。そんなことをしたら今ある信頼も失いかねない。でもそれで俺に対して"男"の部分を見てくれるようになったら?
レオンも言っていた。シェリーは自分が男にとってそういう対象であることがすっぽ抜けていると。俺に教えてやってくれと。
ジェイクは下心を見透かされた上に、更にそう言われたことで刺された釘が胸にちくりと痛い。
自分の下心は後ろめたくはないが、シェリーの心がそういう意味でこちらに向いていないのに手を出すのは後ろめたい。そのくらいジェイクはシェリーを大切だと思っている。それは自覚しているが、この状況はさすがに――
バフ、とうつ伏せに寝転んで、枕に顔を埋めた途端、シェリーの匂いがして慌てて顔を上げる。
こんなどこもかしこもシェリーの匂いのするベッドで一晩寝るのかと思うとジェイクは本気で帰りたくなった。

「ジェイク?」
部屋の外から呼ばれてジェイクは慌ててベッドから降りてドアを開ける。
「どうした?」
「先にシャワー浴びる?明日も早いし、イドニアから移動して疲れたでしょ?」
シャワーと聞いて疼いたのはもう男の性だから仕方ない。それでも顔には出さずにジェイクは頷いた。
「そうだな、そうする」
着替えを持ってバスルームに入る。色んな雑念を取っ払うように熱いシャワーを手早く浴びて、上半身裸でリビングに戻ろうとして思い止まる。やっぱりちゃんと服は着るべきだよな?
いつもならシャワーの後はしばらく上半身裸だが、今回はTシャツを着た。
リビングに戻るとシェリーが「早いわね…ちゃんと洗った?」と母親みたいなことを言いながら、コーヒーを淹れてくれた。
「サンキュ」
カップを受け取るとシェリーは「じゃあ私もシャワーしてくる」とバスルームに入って行った。
しばらくして聞こえてきた微かな水音に否が応でも想像を掻き立てられる。意識して耳から入ってくる雑念をシャットダウンするためにテレビをつけて、音量をわざと上げる。
(ここに一週間も泊まんのはマジで勘弁だな…俺がもたねぇ)
見るともなしにテレビを眺めていると、リビングのドアが開いてシェリーが入って来た。
あまり見たくないのでわざと視線をテレビに固定していると、ジェイクが座ってるソファの隣にシェリーが腰を下ろした。
(だから近い!何でそんなくっつくんだ!)
ベッドにもなるタイプなのでそこそこ横に広いソファなのにシェリーはわざわざジェイクと肩がくっつくくらいの位置に座っている。
視界の端に映るシェリーの頭からいい香りが漂ってきて鼻腔をくすぐる。シャンプーの香りがわかるくらい近いところにシェリーがいる事実にジェイクは逃げたくなる。
「何見てるの?」
「テレビ」
言いながら座りなおすフリをしてシェリーから心持ち離れる。
「見たらわかるわよ。イドニアのテレビ番組とは違う?」
「さぁ」
テレビの内容なんか頭に入ってるわけもなく、ジェイクは視線を前に固定したまま素っ気なく答える。
「ジェイク?」
自分を見ないジェイクを訝しんだのか、シェリーがこちらを覗き込んだ。
目の前にシェリーの濡れた髪とアクアブルーの瞳が迫って来て、ジェイクは慌てて立ち上がった。
「わり、やっぱ疲れたから俺寝るわ。明日何時?」
そっぽを向いて早口で言うと、シェリーは「10時に研究所だから、9時には出るかな」とこちらを見上げながら言った。見上げてくる顔もまともに見れないまま、「わかった。おやすみ」と言うが早いかジェイクは寝室に向かった。



****

シェリーは台風のように去って行ったジェイクが入った寝室のドアを呆然と眺めた。
何だか様子がおかしい。避けられているような気がして、頭が混乱する。
(私、何かしたかな…)
会えたのが嬉しくてはしゃいでしまった自覚はあるので、それが呆れられたのかな。
ジェイクの渡米が決まってエージェントをつけるとなった時、護衛の意味も兼ねて腕の立つエージェントにしようという話が出たが、シェリーは自分がすると押し通した。
どうしても会いたかったからだ。
3ヶ月前にDSOの中国支部で会えないまま別れてから、日常に紛れてふと思い出す時があった。
ジェイクの軽口、数えきれないほど手を取ってくれて、スーパーパワーがあるから少々の傷だって自然治癒するのに自分が盾になってかばってくれたことを思い出して、胸が熱くなる。
また会えたらいいな、の想いはすぐに会いたいな、に変わった。でもそんな気軽に会える距離でも仲でもない。それがもどかしくて、折に触れて思い出しては溜息をつく日々だった。
それがジェイクの渡米の話を聞いて、上司に自分が彼付きになると説得した。会えると思うと胸が高鳴った。
メールもしようと思えばできたが、ずっとする口実がなくてできないままだった。彼からも報酬の報告があってからは何の連絡もなかったから、シェリーからもできなかった。
でも今回は躊躇することなく送れる。しかも会える。
嬉しくて空港の到着出口から出て来た彼を見て、思わず頬にキスしてしまった。
クレアは昔から私のおでことか頬とかによくキスしてくれるし、会った時は必ずスキンシップするからそんなにおかしいことだとは思わなかった。
でも、ジェイクはそんな習慣はないと言っていて、されるのが嫌なのかなと思うと胸が痛む。
ジェイクが近くにいると落ち着くし、触れたくなる。歩く時も無意識に彼の袖を掴みかけて慌ててやめた。また怒られそうだったから。
こんな風に思うのはクレア以外いなかったのに、自分でも不思議だった。
話し足りないから自分の家に泊まれば寝る時以外はいつでも話せるし、いいアイディアだと思ったのに、ジェイクはそうでもないのかな。そんなに話すこともなければ一緒にいる必要もないのかな。
そう思うとシェリーはちょっと悲しくなった。
ジェイクの消えたドアから視線を落として溜息をつくと、テレビのリモコンを取って電源を切る。
ソファを倒してシーツと布団を用意して自分の寝床を作ると、もう一度バスルームに戻って髪を乾かす。そうしないと翌日すごい髪型になる。
(ジェイクはもう寝たのかな…)
移動で疲れたから、と言っていたので、明日なら多少は話せるかな。
そう思いながらソファに横になって布団を被って身体を丸める。もう10月だから夜はそこそこ寒いので、暖房のタイマーをセットしてかけてある。
そう言えばジェイクがさっき「俺はゲイじゃない」とか言ってた。ゲイって何だっけ?わかってるわよ、とは言ったが、ホントはあまりよくわかってなかった。要するに、シェリーの家にはあまり泊まりたくないってことだけはわかったから、それはちょっと悲しくなった。嫌われてはないと思ってたけど、もしかしてそうでもないのかな。明日からホテルを取った方がいいのかな。
グルグル考えている内にシェリーは眠くなってきて、布団を頭から被って目を閉じた。暗転した思考が浮上する間もなくシェリーは眠りに落ちた。



****

カーテンから漏れる朝日にジェイクは目を開けた。
床に起き上ると固くなった首やら腰を伸ばす。
「いってぇ…」
さすがに床で寝ると身体の節々が痛い。それでも結局、シェリーのベッドでは寝れなかった。
シェリーの匂いのするベッドで寝るのはジェイクが考えるよりもキツかった。その匂いの対象がすぐ隣の部屋にいると思うと自分の忍耐力に自信がなくなる。
自分は若くてやりたい盛りの健康な男で、好きな女が手を伸ばせば届く距離にいるのに我慢するのは拷問だ。ジェイクを止めているのはシェリーに対する愛情で、それでもその愛情ゆえに抱きたい衝動は半端なく、その矛盾に夜中まで悶える羽目になって、なかなか寝付けない。仕方ないので布団を持って床で寝ることにした。
時計を見ると7時だった。まだ早いかな、と思いつつ、寝室のドアを開けると薄暗いリビングのソファにシェリーが寝てるのが見えた。
キッチンに行って水でも飲もうとソファのそばを通り過ぎようとして――

何て格好してんだ!

ジェイクは目を剥いた。
シェリーは布団を抱き枕のように抱えており、長いパジャマは太腿半ばあたりまであるがその下は素足で、布団を抱えていることによって太腿が露わになっていて、ハッキリ言ってあられもない姿だった。
慌てて目を逸らして顎に手をやって「どうする、起こすか?」と呟く。
とりあえず目の毒なので布団をかけたいが、それはシェリーが抱き込んでいて無理そうだった。
仕方ないのでリビングのカーテンを開けて、部屋を明るくしてみる。シャーっという音が響いてリビングに光が溢れた。
「ん…」
シェリーのくぐもった声が聞こえて、ホッとする。起きたみたいだな。
「あ、ジェイク」
ソファから起き上ったシェリーがこちらに気づいて笑った。その寝ぼけたような抜けた顔が可愛くて、「よぉ」と言いながらやっぱり目を逸らす。
すると立ってこちらに歩いて来たシェリーが「おはよ」と言いながら顔を寄せて来たので、また頬にキスかよと思いつつ前に屈む。すると頬にくるとばかり思っていた唇が自分の唇に当たったので思わず固まる。
い、今!口にキスし――
自分でも顔に血が昇るのがわかった。
んー、と伸びながらシェリーがジェイクから離れる。
「お、お前――今、」
我ながらどんなけ噛んでんだ、と突っ込みつつも言いかけると、シェリーは「あ」というような顔をして「ごめんなさい、嫌なんだったわね」と謝った。
嫌とかじゃなくて!何で頬から唇に場所が変わってんだ!
言うに言えない叫びを飲み込むと、シェリーはもう気にしてないかのようにキッチンへ入って行った。
その後ろ姿が見えなくなって、ジェイクは肩を落とした。
消耗する。物凄く消耗する。戦場にいる時より遥かに。まるでシェリーの一挙一動で天国と地獄を行ったり来たりしているみたいだ。
ジェイクはその場にしゃがみ込むと、重い溜息を吐いた。

その日の検査は結構ハードだった。1日中かかって数値を延々取る。走って心拍数を測ったり、色んなことをやらされた。
検査中はシェリーと離れることができるので、ホッとした。
無邪気にスキンシップされるのはもう限界に近い。喉から手が出るほど欲しいものを目の前にぶら下げられてるようで、気を逸らすにはシェリーに素っ気なく当たるしかジェイクには術がない。
かと言って自分の気持ちを伝えることなどできそうにない。今まで好きな女どころか女が欲しいと思ったこともない。適当に寄って来た女を抱くことはあっても、飽きたら後腐れなく切っていた。相手の都合など考えたこともない。相手が処女だったらめんどくせぇなと思ったほどだ。もっとも、ジェイクの方が飽きる前に大抵は女の方から去って行ってたが、それを追いかけたこともない。
だが、もし――もし、シェリーが処女じゃないとなるとそれは気になる。相手は誰だ、と詮索したくなる。これが本気で惚れるってヤツなのか。初めての経験なのでどう口説けばいいのかわからない。素直に好きだと言えばいいのか、それすらもわからない。
情けねぇな、と思うがどうしようもない。
とりあえず今日もシェリーの家に泊まるのはマジでキツイから、何とかホテルの部屋を取ろう。また床で寝るのはご免だ。
そう思いながら検査を終え、昨日より遅い時間にシェリーのところに行ってみると、代わりにレオンがいた。
「シェリーは?」
「帰したよ。今日は遅くなるからと言ってね。今日はここの宿泊施設に泊まればいい」
そう言われてホッとした。シェリーの家に泊まらなくていいんだと思うと安堵の息が漏れる。
それがダダ漏れだったのだろう、レオンが吹き出した。
「昨日は大分参ったみたいだな?」
バツが悪くてそっぽを向くと、レオンはジェイクの肩をポンと叩いた。
「そんな手も出せないほど大事なら、ちゃんとシェリーに伝えないとわからないぞ。あの子はそういう経験値がないんだから、思考が斜め上を突くぜ?気持ちがすれ違っても知らないぜ」
言われた内容を理解してジェイクは舌打ちした。
「試したのかよ」
通りで昨日、安易に「泊まればいい」と言ったはずだ。
「ホントに手ェ出してたらどうすんだよ?」
「その時は今日が君の命日になるだけさ」
抜かせ、と吐き捨てると、レオンは笑った。
「念の為さ。ホントにシェリーに惚れてる男じゃないとあの子を任せられないし」
「父親かよ、てめぇは!」
レオンは眉を上げて意外そうに言った。
「当たり前だろ。そのつもりだ。半端な男にあの子をやるつもりはないさ」
「で?俺は合格なワケ?」
皮肉気に聞くと、レオンからカウンターが来た。
「シェリーが君を選ぶならな。まぁ、一晩一緒にいて告白ひとつまともにできずに消耗だけしてるようじゃ、前途は多難だろうがな」
言われて舌打ちした。言ってくれる。
「保護者からの援護射撃は期待しないでくれ。男ならきっちり決めろよ」
そう言うとレオンは肩越しに手を振って部屋を出た。

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