バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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シタゴコロ 〜prologue〜 <1>
ジェイクは空港に降り立つと、通路を抜けて到着ロビーに向かった。
喧騒の中、足早に歩きながらロビーを見回す。目がどんなに遠くからでも見つける自信がある姿を捉えると、そちらに足を向けた。
「ジェイク!」
こちらに気づいた彼女が自分の名前を呼ぶ。数ヶ月ぶりに聞く声に、心臓が跳ねてうるさい。
「よぉ」
駆け寄ってくる彼女の前に立って声をかけると、彼女はジェイクの腕を掴んで爪先立ちになって伸び上ってきた。反射で前にかがむと、こぼれんばかりの笑顔が目の前に迫って頬に柔らかい感触が掠めた。

――頬にキスされた

そう認識するまで間があった。
「久しぶりね!元気だった?」
腕に手を置いたまま彼女はジェイクを見上げて眩しいくらいに笑った。
ジェイクはその笑顔を見下ろしながら、「何すんだよ」と自分でもわかるくらい狼狽した。手で頬をぐいと拭う。
キョトンと見返した彼女は言われた意味がわからないのか首を傾げている。
「な、何でキスとか――」
目を真ん丸にしてジェイクを見上げた彼女は、「だって」と言った。

「だって、会えて嬉しいんだもの」

そう言って更に笑った彼女が本当に嬉しそうで、ジェイクは抱き締めたい衝動を必死で抑えた。
一緒に死線を越えた彼女との再会は、こんなご褒美か試練かわからない始まりだった――



****

Cウィルスのバイオテロ事件から3ヶ月。ジェイクの元に合衆国から再検査の要請が届いた。変異ウィルスに対応するための再検査らしく、渡米を余儀なくされたジェイクは1週間の予定でスケジュールを空けた。
もしかしたらこれから数ヶ月、もしくは半年ごとに検査のために渡米してもらう必要があるかもしれないと示唆されたが、ジェイクは頓着なく同意した。スケジュールさえ合わせてくれれば協力することに異議はない。
渡米の日程が決まった頃、シェリーからメールが届いた。

『当日は空港まで迎えに行くね。会えるのを楽しみにしています』

滞在中はスケジュール管理のためにエージェントを一人つけると言われていたので、それがシェリーになったんだろう。そうなればいいな、とは思ったが本当にそうなると胸がざわつく。
会えるとなるとジェイクは腰が引けた。
あの逃亡劇はまだ記憶に新しい。自分の価値観を変え、色んな意味で自分を救ってくれたシェリーとこんな短期間で再会してしまって、果たして自分は我慢できるのか。
敢えて再会の約束などせずにシェリーの前から姿を消したのは怖かったからだ。シェリーが欲しいと渇望する自分を自覚しているだけに、目の前に彼女がいれば手を出さずにいられる自信はない。
だがエージェントとして自分の信念を貫いている彼女の邪魔はしたくない、せめて自分にもできる何かを見つけてからでないとどのツラ下げてシェリーの隣に並べるというのか。そんな思いだけがジェイクのシェリーに対する気持ちへの箍になっていた。
それがこんなに早く再会できるとなると、自分の気持ちを抑える自信は正直ない。それでも会えるという誘惑に勝てるはずもなく、ジェイクはメールを返した。

『ちゃんとリムジンで迎えに来いよ』



****

「もう、何でキスしちゃダメなのよ?」
隣で頬を膨らまして怒ってるシェリーにジェイクは溜息をついた。
「お前は誰にでもキスすんのか」
「そんなわけないでしょ!親しい人にしかしないわよ」
俺たちはそんなに親しいのかよ――という言葉は飲み込んだ。
「挨拶なのに…ジェイク?そんなに嫌だった?」
仏頂面で前を見ているジェイクが気になるのか、シェリーが顔を覗き込む。
――だから!いちいち近いっつーの!
「いやっつーか…俺にはそんな習慣なかったから、びっくりしただけだ」
視線を避けて車の窓へ顔を向けた。
「そうなの?嫌だったらやめるけど…」
してほしくない気持ちの裏にはもちろん下心もあり、そんなジェイクの機微にシェリーが敏いわけもなく、「好きにしろ」とジェイクは投げた。
「よかった」
ホッとするシェリーを見てられなくて、ジェイクは再びシェリーから視線を逸らす。
「今日はこれからすぐに検査なんだけど、終わったら自由だから一緒にご飯食べましょう」
ああ、と聞きようによっては素っ気ない返事をしながら、シェリーのテンションの高さに内心面食らう。久しぶりに会ったらどんな反応なんだろう、とは思っていたが、こんなに距離感なく懐いてくるなんて予想外だった。本当に自分に会えて嬉しいと全身で言ってるようで、確かにジェイクも嬉しいがそこまであけすけに態度に表されると勘違いしそうになる。
「…俺に会えてそんなに嬉しいのかよ?」
気づくと口から滑り出たセリフに焦った。何聞いてんだ、俺!
一瞬目を見開いたシェリーはにっこり笑って頷いた。
「当たり前じゃない。ずっと会いたかったもの」
「何で?」
自分でも姑息だと思いながら、それでも聞かないでいられるほどシェリーに対して無欲でもない。

「滅多に会えないお友達に会えたら嬉しいでしょ?クレアに会った時くらい嬉しいわよ?」

いっそ清々しいほどの笑顔で言われて、ジェイクは撃沈した。姑息に駆け引きした罰なのか。肩を落として項垂れるジェイクを不思議そうに見るシェリーを横目で見ながら、ジェイクは小さく溜息をついた。
「ジェイク?ジェイクはこの3ヶ月どうしてたの?」
ジェイクの様子に首を傾げつつも話題を振ってくるシェリーにジェイクは素っ気なく答える。
「別に。お前と会う前の生活に戻っただけだ。雇われて傭兵やって金もらって暮らしてる」
「でも前みたいに高い報酬じゃないんでしょ?貧しい村とか回ってるって聞いたわ」
「おまっ!何で知ってる!?」
ぎょっとして思わずシェリーを見る。
「BSAAがあなたの動向調べてるから、その報告書が回って来たの」
「ハァ?んなこと調べてんのか。ヒマなんだな、BSAAっつーのは。つーか、知ってんなら聞くな!」
バツが悪くてそっぽを向く。以前の自分と180度違う仕事の受け方だと自覚しているからなお気恥ずかしい。そんなジェイクを見てシェリーは何を思ったのか、車の後部座席に並んで座るジェイクの膝の上の手に自分の手を滑り込ませて、指を下から絡めてきた。

――ちょ、ちょっと待て!

思わずシェリーの顔を見ると目が合ってニッコリ笑う。自分の顔が耳まで赤くなるのを自覚しながら、絡められた指を振りほどくこともできず、かと言って手放しで喜ぶ気にもなれず、ジェイクは再び目を逸らして窓の外を見た。
シェリーの行動に裏があるのか、ないのか。何を考えてこんな思わせぶりな行動を取るのか。それともこれが思わせぶりと思いもしてないのか。こちらの気持ちに気づいて駆け引きを仕掛けてくるような性格ではないし、自分の気持ちに気づかれているとも思えない。別にジェイクが自分の気持ちをがうまく隠しているという意味ではなく、自分でもダダ漏れだとは思うが、シェリーは気づいてないだろう。育った環境だからかはわからないが、自分に好意を寄せられているという思考がそもそもないらしい。
だとすると、この行動はきっと無意識の上に成り立ったシェリーのジェイクに対する好意なんだろう。どんな種類かはわからないが。
シェリーの行動に一喜一憂する自分に苦りながら、ジェイクは口を開いた。
「お前は?」
「え?」
「お前は何してたんだよ?」
仕方ないので指を絡め返しながらジェイクは聞いた。好きな女と並んで座って手を恋人繋ぎしてるこの状況で、出来上がってない事実に口調もぶっきらぼうになる。
「エージェントの仕事を前より本格的にやれるようになったわ。ジェイクの任務が成功したせいね。レオンと同じ組織に入ったからたまにレオンに会えるし、充実してるわ」
そしてまっすぐにジェイクを見て、「ジェイクのお蔭ね」と笑った。
そのまっすぐな視線が眩しくて、ジェイクは苦笑いした。
「俺は何もしてねぇぞ。お前が頑張って世界を救ったんだろ?」
「ジェイクがいたからできたのよ。守るつもりが守られてばかりだったわね。私、あなたにお礼も言えてなかった。だから今回会えてすごく嬉しいの。ありがとう」
間近でじっと見つめられて、ジェイクは吸い寄せられるように顔を寄せた。完全に無意識で、シェリーの「あ」と呟く声で我に返った。慌てて身体を後ろに引く。
(やべ、俺、今何を――)
車の速度が落ちて、ゆっくり停まった。
「着いたわ。行きましょう」
何の躊躇もなく手を離すと、シェリーは後部座席のドアを開けて車を降りた。シェリーの手の温もりが遠のいて、それを惜しいと思う間もなく「ジェイク」と呼ばれる。盛大な溜息をつきながら車を降りると、荷物を持ってシェリーの後を追った。



****

初日は健康検査だけらしく、早めに終わった。それでも外はもう既に暗くなっていて、シェリーの居場所を聞いてジェイクは足早にそこに向かった。
食堂はそこそこ広くて、今は時間外なのか人もまばらだった。見回すと、楽しそうに話すシェリーの姿が見えて、前に座っているのが彼女のヒーロー、レオンだと気づいた。自販機で買ったであろう缶が二人の前に置かれていた。
「終わったぜ」
そばに寄るとレオンが「久しぶり」と声をかけてきたので、頷いた。
「こんなとこまで呼び出されて災難だな。いや、そうでもないか」
多分に含みを持たせた言い方にジェイクは顔を顰めた。
自分の気持ちは別に隠しているわけではないので――シェリー本人にも――レオンが知っていても不思議はないが、2回目の対面でこんな風にからかわれる謂れはない。
仏頂面で何も答えないジェイクをレオンはじっと見つめている。見ようによっては値踏みされているようにも思えるし、好意的なのかそうではないのか、ジェイクには判断がつきかねた。
「今からご飯食べに行くけど、レオンも一緒にどう?」
微妙な空気を全く察知しないシェリーが無邪気に聞いた。

(オイ、この3人でメシ食うってなに喋んだよ?)

「いや、残念ながら先約があってね。また今度にするよ」
「そうなの?残念ね」
ジェイクはレオンが断ってくれたことに安堵していたら、レオンと目が合った。
目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、ジェイクはレオンの「邪魔はしないよ」という声が聞こえてきそうな表情に舌打ちしそうになった。
「そういえばホテルはどこに取ったんだ?」
レオンがふと思いついたように聞いた。それにシェリーはあっけらかんと――

「あ、ウチに泊まるの」

ジェイクは目を剥いた。レオンも一瞬呆気に取られたように黙った。
「な、何言ってんだ!お前!」
「え?だって、どうせずっと一緒に行動するんだから、一緒に泊まった方が迎えとかしなくていいじゃない。一石二鳥よ」
「そういう問題じゃねぇ!今すぐどっかに部屋取れ!」
「ええ?何でよ?」
本気でわからない様子のシェリーにジェイクは眩暈を覚えた。
正気か、こいつ?それともこいつにとって俺は男じゃないのか?
「言っとくけど俺はゲイじゃねぇぞ」
「…わかってるわよ」
言ってる意味はわかるが言われてる意味がわからない、というわかりやすい表情を浮かべながらシェリーは首を傾げた。
「いや、わかってねぇだろ。絶対わかってねぇ!」
「ええ?何?ジェイクは私と一緒に泊まるのが嫌なんでしょ?わかってるわよ」
「わかってねぇじゃねぇか!」
もうわけわかんない、と頬を膨らませてプイと横を向いたシェリーにジェイクが何かを言いかける前にレオンが言った。
「いいんじゃないか。そうだな、迎えに行くのも面倒だし、泊まれば?」
「な!」
「シェリー、明日のスケジュールの確認に行っておいで。俺たちはここで待ってるよ」
レオンが言うと、シェリーは「あ、そうね」と素直に席を立った。彼女が食堂を出たのを見計らって、レオンが口を開いた。
「口説くのはいいけど、無理矢理はナシな」
「何言ってんだ、てめぇ!止めろよ!冗談じゃねぇぞ!」
噛みつく勢いで言うと、レオンは不意に真面目な顔になって言った。
「もちろん冗談じゃないさ。シェリーを泣かせたら承知しないってことだ」
「泣かせるか!出来上がってもないのに一緒に泊まるとかどんな生殺しだ!」
「出来上がる努力が存分にできるじゃないか。シェリーはずっと監禁されて育ったから、そういうのには疎いんだ。自分がそういう対象だってことがすっぽ抜けてる。ちょっと荒療治だけど、君が教えてあげたらいいんじゃないか。俺じゃ教えられないからなぁ…」
レオンはクレアでも無理だしな、と付け加えた。
「…手ェ出していいってことかよ?」
思わず呟いたジェイクにレオンが殺気立った。
「誰がそんなこと言った?シェリーの気持ちが第一に決まってるだろ。口説くのはいいけど、無理矢理とか論外だからな。そんなことしたら殺すぞ」
本気で殺気を向けてくるレオンにため息をついた。
「どうしろってんだ…やたらスキンシップしてくる奴相手に」
こぼした言葉にレオンが目を見開いた。そしてふぅん、と呟くと、ニヤリと笑った。
「ひとついいことを教えてやろう。クレアが言っていたが、シェリーは気に入った人間にはやたらスキンシップ過剰になるらしい。今までそれはクレアに対してだけだったらしいが」
どういう意味だ、と聞き返す暇もなくレオンは立ち上がった。
「シェリーは手強いぜ、頑張れよ」
そう言って肩を叩くと、じゃあな、と出口に向かった。入れ違いで入って来たシェリーに手を振ってレオンが出て行くと、シェリーがジェイクのところに戻って来た。
「私たちも行きましょ」
ああ、と言いながら、ジェイクは立ち上がってシェリーの隣に並んだ。

近くのレストランで食事を済ませ、シェリーが「じゃ、行きましょうか」と歩くのをジェイクは手首を掴んで止めた。

「お前の家は勘弁しろ。どっか部屋を取るから、近くのホテルまで送ってくれ」
「どうして?私の家じゃダメなの?ちゃんと掃除もしたわよ?」
だからそういう問題じゃねぇ!お前はホントに20代半ばの女かよ!?
どう言えばシェリーにわかるのか苦慮しながら、ジェイクは言葉を選ぶ。
「…さすがに同じところに泊まるのはマズイだろ。男と女なんだし、その――」
「部屋は別だから大丈夫でしょ?別に一緒のベッドで寝るわけじゃないんだし。大丈夫よ、襲ったりしないわ、私」
お前が襲うのかよ!逆だろ!
「それにまだ話したいことが沢山あるし、」
頬を桜色に染めて、ジェイクを見上げたシェリーが爆弾を放つ。

「――まだ一緒にいたいの」

好きな女にこう言われて誰が逆らえる?
それが例え全部無意識の無自覚だとしても、だ。そうわかっていてもこちらの下心がゼロになるわけではない。
だからジェイクはこう答えるのが精一杯だった。

「襲うなよ」



ジェイクがシェリーを襲わないバージョン⇒StoryA
ジェイクがシェリーを襲うバージョン⇒StoryB
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