バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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命の重さを教えてください <1>
ジィさんを弔って移動を始めた翌日、結構大きな街の近くまで来た。
子供たちの預け先まであと2日ってところだな、とジェイクは思いながら野営の準備をするよう指示した。
シェリーの方を見ると小さい子供たちと楽しげに話している。声をかけようとしたら袖を掴まれて振り返った。
「ターニャ」
「ジェイク、あの…」
どうした?と声をかけながら袖を掴んでいる手をそっと外す。ざっくり傷ついた顔をされたが、ジェイクは気づかないふりをした。
「一緒に買い出しに行ってくれる?」
それでも懸命に明るく言ってくるターニャにジェイクは首を振った。
「ヤンに頼むよ。街にはシェリーが行くだろうから、一緒に行ってもらう」
そう、と言ったターニャの顔がとうとう俯いた。ジェイクはそれにも気づかないふりをして、敢えて明るい口調で言った。
「さっさと準備を終わらせるぞ」


****

シェリーはジェイクとターニャの姿を遠くに見つめながら溜息をついた。
「気になる?」
いつの間にか隣に並んだヤンが揶揄するように聞いてくる。
「別に」
昨日からヤンがよく絡んでくる。大抵ジェイクのことでからかうことが多い。素っ気なく返しながら踵を返す。
「別にって顔じゃなかったぜ。近くに寄らないでーって…」
「何か用なの?」
歩きながら睨むとヤンが肩を竦めた。
「別に」
「私、街に出て来るわ。仕事があるから」
「ふぅん、じゃあ俺も一緒に行く」
「運転できるの?」
シェリーがびっくりして聞くと、ヤンが鼻で笑った。
「出来ない方がおかしいだろ。ここでは子供も大人並に働くしか生きていく術はないんだぜ」
「でもやっちゃダメなんじゃない?」
「どこのお嬢様だよ、アンタ?」
呆れ果てたようにヤンが首を振って、そのままターニャとジェイクの方へ歩いて行った。シェリーもついて行く。
「姉さん」
ジェイクとターニャがこちらを振り向く。シェリーはジェイクと合いそうになる寸前に目を逸らした。
「このお嬢ちゃんと街へ行ってくる」
「そうだな、頼む」
ジェイクはそう言ってトラックのキーを寄越した。
シェリーはジェイクの顔は見ずに踵を返すと、ヤンと並んで歩き出した。
(何だか嫌だな、こんなの…でも)
昨日の光景が頭から離れない。
みんなのおじいさんを弔ってる時、ターニャがジェイクの肩に顔を押し付けて泣いていた。ジェイクも素直に肩を貸して慰めていた。別に何でもないことだと思う。親しい人を亡くした女の子を慰めているだけだ。そう思っても胸が苦しいのは消えなかった。
ターニャは18歳でジェイクと年齢的にもお似合いだ。私みたいに年上じゃなくて普通の可愛い女の子で――
そこまで考えてシェリーは頭を振って思考を強制終了させる。
だめだめだめだめ、そんなこと考えてる場合じゃない。今は仕事のことを考えよう。

この国に入国して5日。各地を移動しながら調査を続けて来たけどB.O.W.についての情報は皆無と言ってよかった。おかしい。エージェントを派遣する程度には信憑性アリと判断されたから、シェリーがここに送られたはずなのに、こんなに手応えがないなんて。
その都度情報を合衆国に送ってはいるが、引き上げの指示も出ない。何だかこの任務自体が変だなと思いつつ、シェリーは街へ行く車に乗り込んだ。

「アンタ、運転できねぇの?」
ヤンは10歳にしては長身で、シェリーと5センチくらいしか変わらない。顔の幼ささえ除けば15歳くらいで通りそうだ。手足も長く、運転するのに支障はなさそうだ――年齢は置いておいて。
「…悪かったわね」
10歳の子供にできることが27歳の自分にできない事実にバツが悪い。
「ったく、どんなお嬢様だよ、ホントに」
「そんなんじゃないわよ。運転なんかできる環境じゃなかっただけよ」
「運転が必要じゃない環境自体が恵まれてるだろ」
ヤンはもちろんシェリーのことは何も知らなくて当然だ。それでも恵まれてる、なんて言われて反発心が頭をもたげる。
「恵まれてなんかいないわ」
それでも反論はそう言うだけに止めた。それ以上言うと大人げない気がしたから。その代り、口から出たのは滑ったとしか思えない感情の吐露だった。
「あなたのお姉さんって、ジェイクが好き…なの?」
ヤンが眉を上げてこちらをチラッと見た。その視線で我に返る。
「あ、違うの、な、何でもないっ――」
「気になんの?」
普通に聞いてくるヤンの言葉が被さって、シェリーは黙り込んだ。
「…別に、気になるってほどでもないけど」
そう小さく呟くと、ヤンは鼻で笑った。
「あっそ。じゃあ教えない」
シェリーは思わず隣を睨んだ。ホントに子供くせに言い方が子供らしくない。
「見てればわかるわよ」
わざとツンケンした言い方をした。
「ふぅん、よく見てるんだな?」
ニヤニヤしながらカウンターが返って来た。ぐっと詰まって言葉を失う。
「たまたま目に入っただけよ。ずっと見てるわけじゃ――」
「俺が見てる限り、ずっと見てるようだったけど?チラチラ見ちゃーアイツと目が合いそうになったら逸らしちゃって。見てるこっちが痒いっつーの」
(か、痒い?痒いって何よ??)
目を瞠って隣のヤンを見ると、横目でこちらを見ていた彼と目が合う。
「お互い意識し合っちゃって、そのくせ全然気になりませーんって顔してさ。ああ、でもそれはアンタだけかな。あっちは別に隠しちゃいないもんな」
「何を?」
「アンタを気にしてること。アイツ、アンタがどっか視界に入らないとこに行ったら捜してるぜ?常に姿が見えてないと不安みたいだな。アンタと話してる時はあっめぇ顔してさ」
「嘘!」
思わず声が高くなったが、ヤンは気にする様子もなく鼻で笑う。
「別に信じなくてもいいけど。とにかく早くくっつけば?この状態はちょっと姉さんが可哀相」
そう言い捨てたヤンはもう会話する意思がないのか、口を閉じた。
シェリーはヤンが言ったことを反芻した。つまり、ジェイクは自分のことが好きってことなのだろうか?ターニャじゃなくて?
シェリーは俄かには信じられない思いで呆然とした。
ジェイクの態度は変わらないし、素っ気ないと思う時すらあるのに、そんなことがあるのか。
それにターニャが可哀相ということはやっぱりターニャもジェイクが好きなのかな。
と、そこまで考えてシェリーは気づいた。

ターニャ「も」ジェイクが好きなのかな。

私も…ジェイクが好きなのね。その言葉が素直に胸にすとんと落ちた。
だから3ヶ月前に別れてから会いたいと思ったんだ。ここで偶然会えて泣きそうなほど嬉しかったんだ。ターニャと一緒にいるのを見ると胸がモヤモヤしたんだ。
ここ数日の頭の中の霧がすっきり晴れたような気がして、シェリーは微笑んだ。

街に着いてからシェリーはヤンと別れて調査を開始した。
片っ端から目撃情報を拾うが有力なものはなかった。ここまで何もないとなると空振りかな…と思いつつ端末から結果を送信した。
あとは電話をかけて切り上げる時期の指示を仰ごう、と思いつつ、車の方へ戻る道すがら腕をいきなり掴まれた。見るとヤンが厳しい顔をしていて、「走れ」と言った。
シェリーは訳がわからないまま走ろうとして――後ろで黒人の大男が動くのが見えた。銃を手に持っている。
ヤンに事情を聞く間もなく、シェリーは前を向いて必死で走った。



****

ヤンはシェリーと別れてから市場に向かった。
質屋があればいいんだけどな、と思いつつ先に買い物を済ませる。
この街は比較的大きいので市場も賑わっている。買う量が多かったので誰か連れて来るべきだったかと後悔してるとシェリーが店に入って行くのが見えた。
あのお嬢ちゃんは一体何者なのか。仕事と言っていたが、何の仕事かは言わなかった。興味がないと言えばそれまでだが、聞いても言わないだろうなという雰囲気はあった。
姉のターニャがジェイクを好きなのは一目瞭然で、奴は嫌いではないし姉を任せる相手としても合格だろうと踏んでいるので弟として応援したかったが、ジェイクが姉に興味がないのも一目瞭然だった。誰か決まった相手がいるんだろうな、と言葉の端々で推測はついたが、それがあんなお嬢ちゃんだとは思わなかった。
鈍くさい上に天然。顔は可愛いと言えなくもないが、ジェイクがあれほど骨抜きになるほどかな、と言うのが正直な感想だ。
そんなことを考えながらシェリーが姿を消した店を見ていると、同じように見ている人間がいることに気づいた。ヤンは本能的に露店の陰に隠れた。少し顔を出してそちらを窺う。
黒人のデカイ男だった。サングラスをしていて、人相が悪い。プロだな、と思った。
シェリーを狙ってるのは一目瞭然で、ヤンはどうするべきか考えた。
放っておいたらきっとジェイクに殺されるな、俺。あの娘に銃向けた時も本気だったしな。
仕方ないな…と思いつつ、銃がないのが痛い。シェリーは持ってるが、ヤンは姉の手前、置いて来ている。プロ相手に丸腰で戦えってか。
ヤンは通行人を装って店から出て来たシェリーの後ろにつくと、腕を掴んで走れと呟いた。幸い、シェリーも何が起こっているのか瞬時に理解して一緒に走り出した。
人込みの中を人に紛れて走る。ここで撒けなければ、それは多分負けを意味する。できるだけ人の多い方へ行きながら横道へ逸れる機会を窺う。後ろを気にしながら来たばかりの街の地図を頭の中で反芻しつつ細い路地へとシェリーの手を引いて入った。そのままトラックへ走ると中へ飛び乗った。エンジンをかけると同時に、背後で銃の撃鉄を起こす音がした。
乗って来たトラックへ先回りされたか――そう理解した時には後部座席に座った黒人が助手席のシェリーへ銃を向けていた。
「ジェイク・ミューラーのところへ案内してもらおうか」
シェリーとヤンは目配せした。ジェイクが狙い?
「知らないわ」
シェリーがはっきりした口調で前を見たまま言うと、黒人が笑った。
「じゃあ、お前を餌に呼び出すことにしよう」
「呼び出すにも居場所を知らないのにどうやって?」
「とりあえず、お前らが今から帰ろうとしていたところへ行ってもらおうか」
男は後ろから手を伸ばしてシェリーの銃をホルスターから抜く。銃口はあくまでシェリーから外さない。
「嫌よ」
途端に銃声がしてダッシュボードに穴が開く。
「次はお前の身体に穴が開くぞ?」
ヤンは舌打ちして車をスタートさせた。敵が一人なのが幸いだ。この状態ではどうしようもない。ジェイクや他の少年たちがいれば何とかなるか――
「ヤン!?」
シェリーが非難するように声を上げたが、このまま動かなければ次は本当にシェリーかヤンを撃つだろう。
「黙っとけ」
ヤンはそう言うとアクセルを更に踏み込んだ。


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