バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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この関係を何て呼ぶのかまだ知らない
街で情報収集した結果、B.O.W.の有力な情報を得るまでは至らなかった。シェリーはそれを報告しながら更に南下することにした。
移動する手段はヒッチハイク。街から街へ移動する業者の車に乗せてもらうことにした。
シェリーはやはり車の運転の必要性を感じて、帰国したら免許を取って練習しようと思った。
「この辺で少年ギャングが出るらしいぜ。気を付けないとな」
運転している髭面の男が助手席の奥さんに言っているのが聞こえた。夫婦で行商をしているらしく、次の街へ仕入れた品物を売りに行くらしい。
「そうねぇ、子供だからって油断したらダメってことなのよ。ねぇ?」
後ろに座るシェリーに話を振った奥さんが振り返った。
「そうですね。治安もよくないし、気を付けて下さいね」
「アンタも大丈夫か?ホントに10代じゃないのか?」
「見えるだけです。もう27ですから」
シェリーはもう何回目かわからない問いに律儀に答える。
「ハァー若く見えるねぇ…」
髭面の男がそう言った時、車が何かに乗り上げた。ガクンと身体が浮き上がる。道が舗装されているわけではないので、固いシートに座っているとお尻が痛くなるほどの揺れだ。それでも今のは大きな石か何かじゃないかと思った。
「あ」
前に座る夫婦が声を上げたので、シェリーは身を乗り出して前を見た。
誰かが――よく見えないが、少年と呼んで差し支えないような子供が倒れている。
「停まって下さい」
シェリーが言うと、髭面の男が首を振った。
「さっき話したろ。ギャングが出るんだよ。無視して行くのが一番だ」
「そんな!もしかしたらホントに具合が悪いのかもしれないのに――」
「悪いがこの荷を盗られるわけにはいかねぇ」
「じゃあ、私だけ降りますから、もし何かあったらすぐに逃げて下さい」
そんな、と奥さんが声を上げたが、男は「それなら…」と車を停止させた。シェリーは慌てて降りると、少年のそばまで道を走って戻った。その時――ザッと銃を持った少年たちに囲まれた。
シェリーはその瞬間、前の車に向かって叫んだ。
「逃げて!」
車が慌てて走って行く刹那、上から銃声がして地面を穿ったが、車には幸い当たらなかった。
車の姿が小さくなると、真ん中の少年が舌打ちした。布で顔を覆ってるので年齢はわからないが、12歳程度じゃないかと思った。
「アンタしか降りないとは思わなかったな」
シェリーは声を聞いて驚いた。きっともっと下だ。10歳くらいかもしれない。
「まぁ、いいや。金持ってる?抵抗しないなら何もしない」
「残念ね、お金なんかないわ」
こんな治安の悪い地域に大金を持って来るわけない。財布には本当に少ししか入れてなかった。代わりにブーツの底だとかブラの裏側とかに少し入れてある。
財布を放ると、別の少年が中身を確認して真ん中の少年に耳打ちした。
「まだあるだろ。いくら何でもこれじゃ泊まることもできねぇ」
「ないわ」
キッパリ言うと、少年は面白そうに笑った。
「大した根性だけど、利口じゃないな。ここで真っ裸にして身体検査したっていいんだぜ?」
紙幣を身体に仕込んでいることはお見通し、か。シェリーは息を吐いた。
子供だけなのに油断ならない。銃は腰のホルスターに入れてあるが、取り出せる隙が全くない。
先ほども上から銃声がしたから、上にも人を置いているんだろう。周りの少年の中には彼より年上がいそうなのに、指揮を執っているのはこの少年のようだ。
「やってみれば?」
シェリーはわざと挑発するように顎をあおった。とにかく目の前で銃を構えられていたらどうにもできない。こちらに近づいてもらわないと…
そう思った時、端の少年が銃をシェリーの足元に乱射した。
「オイ、てめぇは状況をわかってんのかよ!?」
「ばっ!やめろ!!」
真ん中の少年が乱射した銃を押して銃口を向こうに向ける。
シェリーはその隙を逃さずにホルスターの銃を抜こうとした――が、真ん中の少年の銃口は微動だにしなかった。

――訓練された兵士みたいね。

シェリーは腰にやりかけた手を上へ挙げた。
「バカ野郎!ここはいつもより近いんだ!あっちに聞こえるだろ!」
真ん中の少年は銃を乱射した少年に口調荒く言った。その間も視線はこちらに向けたまま。
「あ、ごめん」
頭を掻いて乱射した少年が謝った。銃口は下を向いている。彼が相手だったらやりやすかったのにな、とシェリーは頭の中で考えた。
さて、どうしようかな。
そう思った時、上から誰かがすごい勢いで降りて来た。その姿を目で捉えた時、シェリーは目を見開いた。自分の状況も忘れて呆然とした。

――ジェ…ジェイク?

声に出したつもりはなかったが、聞こえたのか、彼がこちらを見て「よぉ、シェリー」と少し首を傾けながら笑った。その仕草が懐かしくて、胸が詰まる。

どうして?どうしてこんなところにいるの?

「ヤン、お前を撃ちたくない。銃を下ろせ」
ヤン、と呼ばれた少年はへぇ、と呟くと、「恋人?」とジェイクに聞いた。銃はまだ下ろさない。
「知り合いだ」
端的に答えたジェイクにヤンはシニカルに笑った。
「そんなおっかない顔して脅してんのに?アンタに俺が撃てんの?この女、結構根性あってさ、金出してくんねぇから今から身体検査しようかと――」
「ヤン。そいつに指一本触れてみろ、てめぇの脳みそ飛び散んぞ」
ジェイクの気迫に初めて少年が気圧された。少年が肩を竦めて銃を下ろす。それを見てジェイクは銃を向けたまま手を出した。少年が素直に銃を渡す。
「ヤン!」
反対側から女性の声が響いてシェリーは驚いた。見ると泣きそうな顔をした10代後半の女の子が立っていた。
「何してるの!?」
あからさまに嫌そうな顔をした少年がその後ろを見て更に顔を顰めた。
「ジィさん…」
呟いた少年の胸倉を掴んだ初老の男性が、そのまま少年の頬を殴った。そのまま地面に倒れた。
「何をやってるんだ!こんな武器なんか持って!人様を脅して――」
倒れたまま地面に手をついて、少年が初老の男性を睨む。
「仕方ないだろ!俺が稼がなきゃどうやって食っていくんだよ!?もう金は底ついてんだよ!姉さんに身体でも売れって言うのかよ!?」
「だからってお前は何てことを!そんなことをしたらお前に全部返って来るんだぞ!」
「望むところだぜ!そんな綺麗事言ってて生き残れるかよ!」
「何てことをっ…!」
初老の男性が怒りのあまりもう一度少年に詰め寄った時、彼は突然胸を押さえた。
「ジィさん!!」
「おじいさん!!」
周りの人が駆け寄る中にジェイクもいた。彼を抱き起して話しかけている。
シェリーは何が起こったのかわからないまま呆然と見守るしか術がなく、立ち尽くしていた。



****

ジェイクは控えめに立つシェリーの肩を叩くと、外を示した。
ジィさんが眠る場所から離れるようにしばらく歩いて、ジェイクは石の上の腰を下ろした。そしてシェリーを見上げる。
「久しぶりだな」
「そう…ね。びっくりした」
だろうな、と笑ったジェイクの隣にシェリーも腰を下ろす。
「あのジィさんが戦争孤児を拾って育ててんだ。その集団だよ、ここは」
「何でジェイクがいるの?」
「旅の途中で強盗に襲われてるのを助けた。用心棒がてら目的地まで一緒に行ってる」
シェリーがジェイクを見た。声には出さないが聞きたいことはわかったので、ジェイクは答える。
「ボランティアだ」
そう、とシェリーがひどく嬉しそうに笑ったので、ジェイクは眩しくて目を逸らした。
こんなところで会えるなんて思ってもいなかった。会いたいと思っていたから、幻覚かと思ったほどだ。
「さっきの…男の子」
シェリーが言いかけて言葉を濁す。ジェイクはああ、と頷いた。
「ヤン、な。ターニャって娘の弟だ」
「訓練された兵士みたいだったわ。街でも噂になってる。彼でしょ?この辺で強盗をしているの」
「そうだ。人を傷つけたことはない。もうすぐ移動するから――」
「知ってたの?まさか、ジェイク――」
シェリーがジェイクの腕を掴んで詰め寄る。
「俺は関係ねぇよ。知ってはいたが、止めも勧めもしてねぇ」
「何で止めないのよ!?」
思わず声が高くなったシェリーをジェイクはまっすぐ見つめる。
「止められるかよ。生きるためだ。ジィさんがまともに稼げてないんだ。誰かが何かをして稼がなきゃここにいる子供たち全員が飢え死にするか、ターニャが身体を売るかどっちになる」
「だからって――」
ジェイクはシェリーから目を逸らすと、重い息を吐いた。
「シェリー。ここはお前の住むアメリカとは違うんだ。生きるためにみんな必死だ。綺麗事でメシは食えない。それをヤンはわずか10歳で身に染みて知ってるんだ」
シェリーは黙った。言うべき言葉が見つからなかった。
「で?お前は何でここにいるんだ?」
ジェイクが重い雰囲気を払うように口調を変えてシェリーに聞いた。
「えっと…仕事よ」
「ふぅん、どんな?」
「調査ね。B.O.W.の目撃談の信憑性を確かめて来いっていうね」
「B.O.W.?ここでは聞いたことねぇな」
そうなの、とシェリーは肩を落として呟いた。
「だから少し移動しようとした矢先にさっきのことがあって――」
「つーか、お前、ちょっと抵抗し過ぎだろ。強盗に遭ったら素直に金出せ。何かあったらどうすんだ」
「子供だったし、何とかなると思ったのよ。ヤンって子が意外に賢くて参ったわ」
ジェイクはシェリーのおでこにデコピンを見舞って言った。いた、とシェリーが額を押さえる。
「だから、参る前に降参しろ。強盗相手に意地張るな。下手すりゃ殺されんぞ?」
おでこをさすりながらシェリーは口を尖らせた。だって、と顔が言っている。
「まだわかんねぇのか」
再度手を上げるとシェリーが慌てて後ずさった。
「わかったわよ」
ふとジェイクが振り返ると、木の陰からヤンが顔を出した。
「ホントに気配に敏いな、アンタ」
「何やってんだ」
ジェイクが不機嫌そうに言うと、ヤンが皮肉気に返す。
「お邪魔かなと思ってな」
「バカ野郎」
ジェイクが吐き捨てると、ヤンが笑った。
「アンタさっき知り合いって言ったけど、違うだろ。顔が全然違うぜ。あっめぇ顔――」
言いかけたヤンにジェイクは砂をかけて黙らせる。
「うるせぇぞ。何の用だよ?」
「ジィさんが呼んでる」
ジェイクは腰を上げるとシェリーの方へ向き直って、「ちょっと待ってろ」と言った。
「え、でも…」
「いいから。これからのこともあるし、とりあえず待ってろ。な?」
「うん…」
シェリーが頷くのを見てから踵を返して、ヤンを睨むと「余計なことすんなよ」と釘を刺した。そしてシェリーに再び「待ってろ、すぐ戻る」と念を押した。ヤンが「メロメロじゃん」と呟くのが聞こえて、すれ違いざまに頭を小突いた。シェリーには聞こえなかっただろうから、これで勘弁してやる。



****

「アンタ、アイツの何なの?」
残ったヤンがシェリーに聞いた。シェリーは困ったように首を傾げて、「知り合いよ」と言うと、ヤンが鼻で笑った。
「ただの知り合いであんなにお互い大事そうにすんの?嘘くせぇ」
「ホントよ。友達…ってわけでもないし、仕事で知り合った知り合い…よ」
そうとしか言いようがない。仕事が終われば連絡すら取れなかったんだから、間違いじゃない。
「少なくともアイツはアンタのことが大事で仕方ないみたいだけどな」
言われてシェリーの顔に血が昇る。
「そ、そんなことないわ」
否定するシェリーを冷めた目で見てたヤンがふと思いついたように言った。
「あ、でも、アイツ年上が好きって言ってたっけ。アンタ、19くらい?」
「…27よ」
「はぁ?いや、サバ読み過ぎだろ。行っても22くらいだろ?」
「童顔なの!正真正銘、27よ」
内心傷つきながら、シェリーは訂正する。もう何度目だろう。
「ふぅん、じゃ、やっぱりアイツはアンタが好きなんだな」
今度はシェリーが目を剥く番だった。な、何言ってるの、この子?
「そんなわけないでしょ!ジェイクとは連絡すら取ってないのよ?」
「そんなん知るか。見てりゃわかるだろ。アンタが大事でたまりませーーんって感じだろ」
「そんな感じまるでわかんないわよ!」
天然な上に鈍いのか、と呟いた時に遠くで「ヤン!」と呼ぶ声がして、ヤンは走って行ってしまった。
な、何なの一体?ジェイクが私を好き?
考えて更に顔が熱くなる。顔を手で挟むとやっぱり火のように熱かった。
そんなわけない。ジェイクはいつも通りだったし、以前と変わったところなんてなかった。彼の気のせいよ――ね?
そこまで考えて、シェリーは自分の気持ちに気づいた。気のせいだったら、私、何て思った?

――残念だな、って思った。

ジェイクが私を大事だと思ってくれてたら、嬉しい…かもしれない。
そう考えて、そう考える理由を深追いする前にシェリーの思考は途切れた。遠くで誰かが叫んでいた。
(え?何…)
びっくりしてそちらを凝視すると、子供たち数人が泣きながら走って行くのが見えた。ヤンは俯いて地面を睨んでいる。どうしようもなく立ち尽くしていると、ジェイクが走って来るのが見えた。
「どうしたの?」
ジェイクが目の前に来るまで待って、シェリーは聞いた。
「いや…ジィさんが亡くなった」
沈痛な面持ちでジェイクが低く呟く。え、と言葉を失ったシェリーはヤンの方を見た。彼は拳を握り締めて立っている。
「どうやら病気で長くなかったらしい。心臓だな。子供たちの預け先に話をつけに行ってたらしくて、連れて行ってやってくれって頼まれた」
「そうなの…」
「死にそうなジィさんに頼まれちゃ断れないだろ?」
そうじゃなくてもきっと今のジェイクなら断らないだろう。
「じゃあここでお別れね」
「お前はどこに行くんだ?」
「まだ決めてないけど…このまま南下しようかと思ってて」
「方向は一緒だろ。一緒に来いよ。移動しながら調査を続けたらいい」
独りにすると心配だしな、と続けて呟くのが聞こえて、シェリーの心臓が跳ねる。
――どういう意味?
聞くに聞けなくてシェリーは黙った。さっきのヤンの言葉が脳裏に浮かぶ。
――アンタが大事でたまりませーんって感じだろ。
ジェイクと自分の関係は何だろう。保護する側と保護される側という関係はもうない。無関係だ。でもジェイクは自分を心配してくれる。友達だから?でも連絡ひとつ取れないのに?

「ジェイク」
声がした方を見ると、目を真っ赤にしたさっきの女の子が立っていた。
「ターニャ。シェリーだ。俺の知り合いで、お前らを連れて行くのに一緒に行くことになったからよろしくな」
ジェイクがシェリーを手で示すと、ターニャと呼ばれた女の子は一瞬顔を固くした。
「シェリー、ターニャだ。ここで一番の年長になる。さっきのヤンの姉さんだ」
シェリーはジェイクの言葉を受けて、微笑むと手を出した。
「よろしく」
ターニャもおずおずと手を出して握ると「よろしく」と小さな声で返した。
そのままジェイクを見ると「恋人?」と聞いた。
ジェイクは鼻から息を吐き出すようないつもの笑い方で首を振る。
「知り合いだって言ったろ」
そう言われてシェリーの胸が痛む。そう、自分たちはただの知り合いという関係だ。それ以外、私たちの関係を表す言葉は思いつかない。
「そうなの」
そう言ったターニャの顔が緩んだ気がした。シェリーはそれに気づいてしまう自分の機微の敏さにもうんざりした。



****

「恋人?」
そう聞かれてジェイクは鼻で笑った。
――どいつもこいつも同じことばっかり聞きやがって。
「知り合いって言ったろ」
ジェイクもまた同じ答えを繰り返した。そう返すしか術がない事実に若干の苛立ちを覚えながら。
シェリーに対する自分の気持ちは"知り合い"ではない。だが、シェリーの方はそうだろう。それ以外、きっとどう言えばいいのかわからない。友達、なんてポジションはくそくらえだし、実際この3ヶ月、連絡すら取っていないので友達ですらない。ここで会わなかったらきっと取らないまま日は過ぎていただろう。
「そうなの」
ターニャの口調が安堵したように聞こえたのはきっと錯覚じゃない。自分を好きな女と自分が好きな女が一緒にいるのはできれば避けたい事態だが、かと言ってジィさんの頼みを断るわけにはいかない。シェリーとこのまま別れるのもジェイクの選択肢にない。せっかく会えたのに、このまま放してたまるか。ターニャには悪いが、それがジェイクの正直な気持ちだ。辛い思いをさせるかもしれないが、ジェイクにとってシェリーは唯一無二だから仕方がない。そうは思っても、会ったことで歯止めが利かなくなった気持ちを何の罪もないターニャに当てるわけにはいかない。なるべく二人と距離を持ちつつ子供たちをジィさんの頼まれた先へ連れて行こう。ジェイクはそう考えた。
「ジィさんを弔ったらすぐ出るぞ」
「そう、ね。準備してくるわ」
「俺も手伝う」
ジェイクはシェリーを見ると待ってろ、と言い置いて、ターニャと足早に歩きながら途中、ヤンを呼ぶ。
顔をこわばらせてこちらに寄って来たヤンの目も少し赤かった。
「ジィさんを弔うぞ。それから出発だ」
「わかった」
余計なことも言わず、固い表情で頷いたヤンはそのまま後ろをついて来た。
子供たちを集め、最後のお別れをしてジィさんを弔う。子供たちが泣いてる中、ヤンだけは表情を硬くしたまま前を睨んでいたが、やがて足早に離れて行った。
「ヤン!」
ターニャが呼んでも振り向きもせずヤンは行ってしまった。追って行こうとしたターニャをヤンより年上の少年が止めた。
「ヤンは独りでジィさんを弔いたいんだよ。ほっといてやれよ」
「でも…」
「覚えてるか?トニーっていただろ?ヤンより3つくらい上だった奴。突然いなくなったろ?あれ、ヤンが追い出したんだぜ」
「え?どういうこと?」
ターニャがびっくりしたように振り返った。
「トニーも強盗のメンバーに加わってたんだけど、ある時言ったんだ。もう俺たちだけでやって行ける、ジィさんや小さい子供たちは捨てて行こうぜってな。そん時、ヤンは烈火の如く怒って言ったんだ。これ持って二度とツラ見せんなって金渡して追い出したんだ。謝ってたけど容赦なかったぜ。それからみんなに言ったんだ。ジィさんがくたばったら好きにしろ、それまではここにいたかったら俺に従えってな」
そんくらいジィさんのことは好きだったんだよ、と呟いた少年を見つめたターニャは俯いた。
「私、何も知らなかったわ」
「アイツ、態度はあんなんだけど、ホントは義理堅くていい奴だよ」
「そうね…ありがとう」
ターニャは俯いたまましゃがみ込んで嗚咽した。隣に立っていたジェイクは腰を下ろしてターニャの頭を肩に乗せた。そのまましばらくターニャはジェイクの肩口に顔を押し当てて静かに泣いた。



****

――時は遡って数日前。

広い部屋の中央に座った人物の前に置かれた端末に映るのはアラブ系の黒人だった。サングラスをかけて人相が悪い。
「捕獲対象はジェイク・ミューラー。しかし方々を旅して回っているため足取りが掴めていません」
「どうする?」
「アメリカに友人がいるので、そちらを人質にしておびき出すのが得策かと」
「誰だ?」
少しの間があって、雑音に交じって黒人の声が聞こえてきた。
「――シェリー・バーキン。東欧の内紛の激しい地域の方が拉致はしやすいかと思いまして、撒き餌もしておりますので、既に入国済みです。いつでも行動できます」
男は頷いて端末に向かって言った。

「――では、シェリー・バーキンを拉致せよ」
「Yes, sir!」


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