バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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命の重さを教えてください <2>
****

どうしよう、どうしよう。
シェリーは内心の焦りが顔に出ないように必死に頭を巡らせる。
このままジェイクのところへ連れて行くわけにはいかない。それだけは確かだが、トラックを走らせているのはヤンだ。
「ジェイクに何の用?彼と私は何の関係もないんだけど」
「ジェイク・ミューラーにどんな価値があるかはお前が一番よく知っているんだろう。何の関係もないかどうかは今からわかる」
シェリーは不安が的中したことを知った。ジェイクの身元が漏れたんだろう。彼の血液にどんな価値があるか知っている人間は限られる。しかもそれをこんな風に強奪しようというのだから何に利用するつもりかは火を見るより明らかだ。

――また新たなバイオテロが起こる――

「雇い主は誰?」
出来る限り情報を集めようとシェリーが聞くと、黒人は「もう黙れ」と言ったきり口を閉じた。
トラックが木々の間を抜け、拓けた場所に出た。シェリーはヤンが素直にジェイクの元へ連れて行く気がないことを悟った。でなければこんな場所には出ない。
後ろが来た道で木々が茂って前が切り立った崖。その前に広場のように砂地が広がっている。水音がしているから崖の下は川が流れているのかもしれない。もしくは滝か。
ヤンはトラックを停めると、後ろを振り返る。
「ここで待ってろ。俺がジェイクを呼んでくる」
「3人で一緒に行く」
黒人が言うとヤンは首を振る。
「人質にはその女がいれば十分だろ。ジェイクはその女がいれば絶対来る」
「ヤン!やめて!」
シェリーが叫ぶとヤンは「ワリィな」と言うとトラックを降りた。
黒人も続いて降りると、シェリーを盾にヤンから距離を取る。
「こいつをあいつらの元には連れて行けない。厄介事を運んできたのはお前らだろ。お前らで何とかしろ」
「ヤン…」
待ってろ、と言い置いて、ヤンは走って行った。
黒人が崖を背にシェリーを盾にして立った。銃口をシェリーの頭に向けて。
シェリーより黒人の身体は大きいが、木々に隠れてライフルで狙えない位置を取っている。前のトラックも計算に入れているんだろう。油断なく周りを窺う様子にシェリーは必死に頭を働かせる。
このままではジェイクは手も足も出ない――自分がそうさせている。ジェイクはきっとシェリーが人質でいる限り抵抗しない。ヤンを行かせたのも女子供しかいないことを知ってるのだ。何を仕掛けて来ても勝てる気でいる。実際、それだけの経験を積んでいると思わせる。
何とかしないと、と焦っている内に木々の間にジェイクの姿が見えた。
その姿を見た途端、シェリーの中で何かが弾けた。ダメ、来ないで。
必死に走るその姿にそう念じるが、届くわけがない。何を言われてもジェイクはきっとシェリーを助けにくる。


ねぇ、ジェイク。命に優先順位があると思う?
私は今までそんなこと考えたことなかった。命に重さなんてないと思ってた。
でも、今は思うの。私は――自分よりジェイクに生きて欲しい。あなたの命は私にとって、私より重い。
抗体が世界を救うから?
違うわ。


――私があなたを好きだからよ。
だから、私があなたを守るの。例え命を懸けてでも。

シェリーは反動をつけて後ろに思い切りぶつかった。黒人の男が不意をつかれてよろめいたところを更に押した。自分の身体が浮いたのがわかった。地面につくはずの足は空を切って、視界が反転する。下に激しく流れる川が見えた。上に視線をやると驚いた顔で崖から身を乗り出すジェイクの顔が見えた。声は聞こえなかったが、唇がシェリーと呼んでいるのがわかった。すべてがスローモーションのようにゆっくりと自分の周りを過ぎて行く。
実際には一瞬であったろう時間が随分と長く感じた後、シェリーの身体を激しい衝撃が貫いた。そしてそのまま意識は暗い底へ沈んだ。


****

ゆっくりとスローモーションのように崖の向こう側に消えたシェリーの姿をジェイクは信じられない思いで見つめる。
詰まった距離を更に走って詰める。崖の端に膝をついて覗き込むと落ちて行くシェリーと黒人の男の姿が見えた。シェリー、と無意識に叫んでいた。無駄だと知りつつ身を乗り出して手を伸ばす。
伸ばした指先の向こうで小さくなった人影がしぶきを上げて水面に吸い込まれるのが見えた。上がった水しぶきがあんなに小さい。それほどここから遠いのか。
ジェイクはすぐに起き上がると、走ってトラックへ向かう。それをヤンが胸を押して止めた。
「もう無駄だ!ここから落ちて助かるわけがないだろ!」
「どけ!」
ジェイクがヤンの胸を押し返す。よろめいたヤンをターニャが支える。
「ジェイク、もう無理よ…」
ジェイクは無視してトラックに乗り込んだ。
無理って何がだ?シェリーが死んだかもしれないって?

――そんなわけあるか!

エンジンをかけるとアクセルを思い切り吹かせた。急発進して身体にテンションがかかる。

――バカ野郎、バカ野郎!何であんなことした!

ジェイクは無意識に唇を噛みしめていたらしく、口の中に鉄の味がした。
今度は俺があいつを守ると誓ったのに。なにの何で…!
シェリーがいなくなるかもしれないと思うと寒気がした。どれほど自分が彼女を必要としているか、ジェイクは思い知らされる。
頼む、頼む、頼む。今まで神になんて祈ったこともないけど、今なら何にでも「縋って祈れ」と言われたら何でもする。これから先の俺の奇跡を全部奪っていいから、俺の人生を全てやるから、だから、


死ぬな、シェリー。


ジェイクは崖の下の川まで降りて隈なく捜した。
流れが速いので流された先を想定して必死で捜した。途中からヤンとターニャ、子供たち総出で一緒に捜してくれたようだった。それすらジェイクの眼中には入ってなかった。
途中、一緒に落ちた男の死体が見つかって、やはり無理だろうとヤンは思った。
だが――流れが大分落ち着いた川の下流にシェリーは流れ着いていた。
途中の岩にぶつけたりしたであろう傷もGの再生力のお蔭かすっかり治っている。
ジェイクは見つけた時は信じられない思いですぐには触れなかった。触ったら消えるんじゃないかと思ったからだ。
そっと触れると冷たい。急いで水から引き上げ、胸に耳を当てる。かすかな鼓動が聞こえてジェイクは安堵した。
ターニャが手渡してくれた毛布にシェリーを包んで抱き締める。
ジェイクは彼女を苦しめたであろうGウィルスに初めて感謝した。これがなければきっと助かっていない。生きていたことだけがジェイクにとって重要だった。

腕の中のシェリーが呻いた。まつ毛が震えて瞼がゆっくりと開く。アクアブルーの瞳がぼんやりとジェイクを見つめ、焦点を徐々に結ぶ。

「ジェ――イク…」

かすかに漏れた息に紛れて名前を呼ばれ、ジェイクはこみ上げてくる衝動をぶつけた。

「バカ――な、ことすんじゃねェよ!」


****

「バカ――な、ことすんじゃねェよ!」
目が覚めたら目の前にジェイクがいて、いきなり怒鳴られた。それで思い出す。

――私、助かったんだ。

Gの再生力のお蔭だろう。でなければ確実に死んでいたはずだ。
手足に入らなかった力も大分戻ってきたようだ。その回復力に我ながら呆れる。

ジェイクは膝を折ってシェリーを抱き込んだ勢いのまま耳元で息を吐くのと一緒に「俺のために死ぬとかバカか、お前は!」と言われて、その声音が怒ってるというより哀願するようで、手はシェリーが生きてるのを確かめるように背中をさすっていて、まるで――

「だって、ジェイクは生きなきゃ――」
抗体を持ってるから、という言外の主張に今度は怒ったような吐息と一緒に吐き捨てられる。
「バカ野郎」

――てめぇがいない世界で生きて何になる

頭を抱き込まれたまま言われて、ジェイクの心臓の音が直に聞こえる。
滅多に息を切らすことすらないのに、こんなに汗だくで心臓も早鐘を打ってる。きっと必死で探し回ってくれたんだろう。そう思うと胸が詰まる。
思わずジェイクの背中に手を回した。

好きだと言われたわけでもない。でも、私が危ないと自分の危険を顧みずに助けに来てくれる。私がジェイクのために危険を冒すと怒ってるみたいに「バカ野郎」と言われる。それはまるで――

――まるで愛してると言われてるみたいに感じた。

「嘘よ…」
口から滑り出た言葉と一緒にシェリーの目尻から涙が零れた。一緒に想いも零れる。
「抗体を持ってるから生きてって思ったんじゃない。私がジェイクに生きていて欲しかったのよ。死んでほしくなかったの。世界なんか関係ない」
ジェイクの胸に顔を埋めたまま一気に吐き出すと、更に強く抱き締められて、耳元で笑う気配がしたと思ったら腕を解かれて顔を覗き込まれた。

「最初っからそう言えよ」

そう言って笑った顔が見たこともないほど優しくて、ヤンが言ってた「あっめぇ顔」ってこれのことかな、とシェリーは頭の片隅で考えた。
気づくとジェイクの顔が近づいていて、間近で止まる。"甘い顔"が顰め面になったと思ったら、額で額を小突かれた。 「コラ。ここは目ぇ閉じるトコだろ」
言われて気づいた。
(あっ…!キス…)
顔に血が昇るのを感じながら目をぎゅっと閉じる。目の前でフッと笑う気配がして、額に柔らかい感触が降りて来た。
「お子様にはまだ早ぇな」
そう言ってジェイクはシェリーの手を引いて立たせると、やっぱり優しく笑った。


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