バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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ゼロまでの距離 <2>
***

クリスは3日間の作戦行動を終え、報告のためにBSAA北米支部に顔を出した。
よく知ってる職員に端末を借りて、ガラス張りの会議室に陣取って報告内容を打ち始めた。
BSAAの北米支部も近代化が進み、お洒落なオフィスルームの様相を呈してきた。内容の透明性を前に打ち出すため、部屋は全面ガラス張りになっている。そうでない部屋もあるが(尋問室など)、個人のオフィスなどはガラス張りが基本だ。もちろんスイッチ一つで目隠しできるようにはなっているが。
そのガラスの扉を開けて、「よぉ」と入ってきたのは支部長だった。ロマンスグレーという形容がぴったりの上品な紳士だが、昔は軍隊で鳴らした豪傑だ。クリスもよく知っている人物だ。
「今回の調査はどうだった?」
「成果は先に送ったモノだけですね。痕跡はキレイに消されてました」
「何か噛んでいそうか?」
どうでしょう、と首を傾げた時、支部長の向こう側に人影が見えた。後姿だったが見間違えようもない。ピアーズだ、と思った瞬間、どくん、と心臓が跳ねた。
ピアーズの前にスラリとした女性が立っていて、二人の距離がやけに近い。女性の手がピアーズの左腕に触れて、女性より頭半分は背の高いピアーズが彼女の方へ頭を屈めた。その耳元に女性の唇が近づく。内緒話をするように近寄った二人は一瞬で離れたが、雰囲気がただの知り合いではない気安さだった。彼女の方へ顔を向けたピアーズの横顔は笑顔だった。声は聞こえなかったが、唇が動くのが読めた。

――じゃ、今日も8時に。

理解した途端、頭が混乱した。
「ああ、あの二人か」
そちらに目が釘付けになっていたのに気づいたんだろう。支部長が振り返って言った。
「最近仲がいいらしいな」
「彼女は…」
言いかけてクリスは喉に声が絡んだ。そんなクリスの様子に気づくはずもなく支部長は続ける。
「彼女はホラ、例の――FBIから引っ張ってきた情報分析官だ」
ああ、とクリスは混乱した頭でそんな話があったな、と思い出した。
BSAAは歴史が浅い分、常に人材不足だ。即戦力の人材が必要なのでヘッドハンティングには熱心だ。ピアーズを陸軍からヘッドハンティングしたのも他ならぬクリス自身だったし、ある程度の権限を持つ人間であれば自分の部署に人材を入れるのは厳しい経歴調査を経れば何ら問題はない。
「仲いいんですか?」
「ん?ああ、何か噂になってるな。よく一緒に帰ってるとかで、今まで浮いた噂ひとつなかったからな、彼女」
さっきの言葉が蘇る。今日も8時に――そう言った。
今日も、と言えるくらい頻繁なのか。8時に待ち合わせしてどこへ行くのか。
そこまで考えてクリスは思い当たる。ここ数ヶ月、ピアーズの帰りが遅い。今までは特に気にもしてなかったし、クリスが家を空けてることも多かったので気づかなかった。だが、思い返してみればピアーズは夜勤の前に昼過ぎから出て行ったりする。昼勤務の時は日付が変わる前など帰宅が遅い。恐らく――今日もそのくらいの時間になるのだろう。今までは仕事で遅いとか同僚とメシ食いに行っていたとか言ってたが、もしかしたらずっと彼女と会ってたのかもしれない。
クリスは不意に胸が痛くなった。目の前の支部長の話も耳に入らない。周囲から雑音が消えて暗い穴の中に落ちて行くような感覚に襲われた。
ピアーズとの関係が何なのかクリス自身まだよくわからない。だが確実にラインは以前とは変わっており、自分の中のピアーズの存在も以前とは比べるべくもなく大きくなっている。ピアーズの方も同じだと思っていたが、それは自分の独りよがりだったのか。
もし――もしピアーズがやはり女性の方が、と考えているのならば、それを止める方法はクリスにはない。
クリスは腕を叩かれて我に返った。目の前の支部長が怪訝な顔をしていた。
「大丈夫か?」
「あ…ええ、大丈夫です」
「疲れたんだろう。早く報告書を上げて帰れ」
わかりました、と答えると支部長はじゃあな、と手を挙げて部屋を出て行った。
クリスは手元の端末のタッチパネルを操作して手早く報告書を上げると、該当部署に送信して席を立った。そのまま端末を返そうと廊下を歩いていると、向こうから歩いてくる女性に気づいた。
さっきの、と気づいた時には彼女がクリスを見た。微笑んでクリスの前で立ち止まった。
「レッドフィールドさんですね?」
「ああ…」
話しかけられた意味がわからなくて、クリスは呻くように答えた。
「私、HQの上級情報分析をしているディナです。ディナ・ウォルシュ」
「何で俺を…」
金色の綺麗な髪を後ろへ手で払いながら、綺麗な笑顔で彼女は言った。
「ピアーズから聞いてます。彼、あなたの話ばっかりなんですもの。初めて会った気がしないわ」
顔は綺麗に笑っているが、目が笑っていない。クリスは唐突に気づいた。彼女は、きっとピアーズに好意を寄せている。そして、知っている。
「隊長がいかにすごいか、尊敬している、話といえばそればっかりですよ?」
クリスは黙っていた。
「よっぽど好きなんでしょうね、隊長が」
隊長、という言葉を強調して言う彼女にクリスは微笑んだ。
「そうだな、いつもそれは言ってるな」
彼女の横をすり抜けながら、クリスは付け加える。
「ピアーズをよろしく頼むな」
そのまま振り返らずに歩いて行くが、彼女は呼び止めなかった。
彼女がクリスに話しかけた理由は明らかだ。宣戦布告、というところだろう。だがクリスがそれを受けて立つわけにはいかない。クリスは彼女と同じ土俵に立てない。なぜなら自分は男だから。その引け目は常につきまとう。

――ピアーズが決めたことなら。

クリスは借りた端末を返しながら苦笑いした。綺麗事だな、と自分でも笑えるくらいの建前だ。でもその建前をピアーズの前では押し通さねばならない。好きだという気持ちを免罪符にピアーズを縛れない。それくらいの分別はある。
そして、クリスは自分の臆病さに笑いたくなった。


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