バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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ゼロまでの距離 <1>
『HQ!HQ!こちらアルファ!不審なB.O.W.を発見!サンプルを送る。ヘリを要請する!』
ピアーズはインカムから聞こえてきた声に思わず笑みが零れた。間違えようのない声だ。
「こちらHQ!了解した!現在地の座標を送信願います!」
そう答えると、相手も一瞬黙った。こちらが誰かわかったようだ。
『…コピー。すぐに送る』
笑いを含んだような低い声にピアーズは笑みが深くなった。
目の前の画面の右端にポップアップが立ち上がり、それをクリックする。浮かび上がるウィンドウに先ほどの座標が示してある。それを元にコンピューターから基地にヘリ要請の指令を入れる。

ピアーズがBSAA北米支部のHQ(headquarters)の通信要員に着任してもうすぐ1年。現場に出ているクリスとこんな風に偶然通信することは稀だ。通信要員が常時10人程度はいる上に北米支部の管轄は広い。基本的には北米支部は北米のみの管轄だが、BSAA創設時メンバー、通称オリジナルイレブンが数多く在籍するのがここ北米支部で、オリジナルイレブンには支部を越えての捜査及び作戦参加が認められているレベル10の権限があり、北米以外での作戦を展開することも多い。なので常時展開している作戦の数もBSAAの中では随一だ。そのため一通信要員と一現場隊長が邂逅するのは至難の業だ。もっとも、作戦中はお互いそんなことに頓着する余裕はないのだが。
HQの仕事は多岐に渡る。ピアーズは通信要員として配属されたが、現場一辺倒だった自分にとってコンピューターの扱いを一から覚えるのは骨だった。扱う端末の進化は目覚ましい。常に勉強しておかないと置いて行かれる。ソフトのアップデートも激しいし、その都度使い方が若干変わったりして覚えなおさないといけない。最初の頃はマニュアルと首っ引きで、家に持ち帰ってベッドにも持ち込んでいた。

「ピアーズ」

呼ばれてピアーズは振り返った。
「ヘリ要請の座標がズレてる。そこにはヘリは降りれないわ」
言いながらピアーズの前の画面を指さす女性――ディナ。
「要請する前に衛星で場所を確認して。隊員の情報も精査対象よ。ヘリは特に降下場所には気を付けて」
「わかりました」
後ろに立った彼女は画面を指しながら腰を屈めたので、ピアーズの肩に彼女のサラサラの金髪がかかった。ふんわりいい匂いがした。
「それからココ、間違えてるわ」
耳元で鈴を転がすような声で囁かれ、耳朶がくすぐったい。ピアーズは頭を少し逸らせながら言った。
「あ、すいません」
「気を付けて」
ディナはピアーズの肩をポンと叩くと自分のデスクに戻って行った。
「オイ、ピアーズ。お前ホントに気に入られてるなァ」
不意に隣の同僚が声をかけてきた。あん?とチラリと横を窺うと、同僚はニヤニヤ面を浮かべている。
「あんな美人に言い寄られて羨ましいぜ」
「別に言い寄られてるわけじゃない」
素っ気ない返答に鼻白んだのか、隣の同僚は鼻で笑うと前を向いた。ピアーズも意識を目の前の画面に戻す。
確かにディナは美人だ。スラリとした体躯にロングの金髪。スーツは常に胸元も開いたシャツに膝上のタイトスカートで、よほど体型に自信があるらしい。しかし内外共にその自信にも頷ける。HQに3年所属しているベテランだが、その前はFBI所属の優秀な情報分析官だったらしい。ここでも通信要員ではなく上級分析官として勤務している。
BSAAのHQの仕事にはいくつかの種別がある。新人は通信要員に配属されるのが常で、現場との意思疎通を図ることが仕事だが、そこに自分の考えは反映されない。現場からの要請を受けて、それを上層部に伝える。もしくは上層部の意向を現場に伝える。そこに自分の力量が加わるとすれば些末な確認事項だけだ。双方の齟齬を適正に修正する。具体的には先ほどのヘリの要請に対して要請場所が適正か確認するなど。
他にはディナのような情報分析官。これには上級下級があり、彼女のように幾重にもテストにパスした人間は上級と分類され、アクセスレベルの権限が実力に応じて10段階で与えられる。ちなみに彼女はレベル8だった。
BSAAの隊員には大きく分けて2種類ある。かつてピアーズが所属した実践部隊と単独もしくは少人数での諜報活動を任務とする通称エージェントの2つに分けられる。
エージェントにはディナのような分析官が1人つけられ、活動中のサポートをしてもらえる。分析官になると通信要員とは比べるべくもない知識を必要とする。エージェントが潤沢にいるわけではないので分析官の数も決まっているため、なれるのはごく少数だ。いわゆる狭き門と言える。
エージェントと言えば、とピアーズは目の前の作業を続けながら思い出した。

――クリスはトップクラスのエージェントの座を蹴って、実戦部隊の隊長に戻ったんだよな…

聞いた時はびっくりした。レベル10の権限を持つエージェントの座を捨てて実戦部隊に戻るなんて、なかなか出来ることじゃない。そこには保身なんて塵ほどにも存在しないんだろう。自分のことでなく、部隊の未来のために自ら前線に出る姿にピアーズは感銘を受けるのを通り越して衝撃だった。
陸軍にいた頃にそんな上司に出会ったことはない。みんなそこそこあざとく保身を考えていたし、それが当たり前でもあった。熱くなっても何の得にもならない。賢く立ち回れ。長い物には巻かれとけ。
だが、ピアーズは一度触れた熱さを忘れることなどできない。賢く立ち回って自分の地位を上げるより、テロ撲滅という自分の意義と信念を貫くために時には何かを捨てるその背中を追いかけたい。そう思っていたが――

不意に肩に手を置かれ、ピアーズは我に返った。振り仰ぐと交代の要員が立っていた。
「交代だ。上がれよ」
時計を見ると19時だった。今日は特に忙しくもないし、定時で上がっても問題はないだろう。やりかけの仕事を引き継ぐと、ピアーズは「よろしく」と声をかけて引き上げた。


着替えて外に出ると街路樹の幹に寄りかかっていた人物が手を挙げた。
「こんなとこで待ってたら人目につきますよ」
ピアーズが顔を顰めて言いながら寄ると、ディナが笑った。
「いいわよ、別に。怪しいことなんてないんだから」
「いや、でも周りがうるさいんですよ。あなたは目立つから」
ハッキリした目鼻立ちで大きな青みがかったグレーの瞳が茶目っ気たっぷりにくりくり動く。
「だったらうるさいハエが減って大歓迎よ?」
可愛い顔に似合わず意外に毒舌だ。ピアーズはディナと並んで歩きながら「どこ行きます?」と聞いた。
「うーん…いつものところ?どっちかの家でもいいよ?」
「うちは勘弁です。あなたの家も却下。変な噂が立ったら堪らない」
私は別に構わないけど、と軽い口調でディナが言うが、ピアーズは内心冗談じゃない、と思った。
ディナをその美貌と地位で職員の中で狙ってる奴は多い。男所帯だからただでさえ女性職員の価値は上がる環境ではあるが、ディナはこの環境でなくても高嶺の花と評されるであろう人物だ。そんな彼女と二人で出歩いて、しかもどっちかの家に行っているなんてバレたら――考えただけで寒気がする。
「じゃあ、いつものことでいいわ」
そう言って先を歩き出した彼女を左側に寄せると、ピアーズは並んで歩き出した。チラリと横目で窺うディナに「何ですか」と返すと、彼女は小さく首を振りながら別にと答えた。
「敬語でなくてもいいのよ?職場ではともかく、今はプライベートなんだから」
しばらくしてディナが突然言い出した。ピアーズは笑った。
「いや、でもタメ口でいい理由がひとつもないんで。年齢も仕事も全部上だし」
「年齢なんて1つだけでしょ。そこは強調しなくてもいいじゃない」
「職場とプライベートわける自信もないし。絶対俺、口滑ると思います」
だったらそれはそれで、と小さく呟いた彼女の声は店のドアについた呼び鈴の音でかき消された。


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