バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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ちきしょう、可愛い奴
ピアーズは寝返りを打って肌触りのいい毛布の中で丸まった。
今日はオフだからもうちょっと寝たいな、とまだ覚醒していない頭の中で考えた。
「…ーズ」
布越しに肩を揺すられ、ピアーズはまた寝返りを打った。
「ピアーズ」
「んー…」
遠くで自分を呼ぶ声がしてもなお、ピアーズの意識は混濁していた。
不意に肌触りのよかった毛布の感触が遠のいて、耳元で低く、でもはっきり呟かれた。
「ピアーズ、起きろ」
その声に急速に意識が覚醒する。間違えようもない声だったからだ。目を開けて頭を巡らせるとクリスの顔が目の前にあった。
「――!!」
あまりに近かったので後ずさる。顔に血が昇るのがわかった。
クリスはピアーズが起きたことを確認すると、ベッドの脇に立って屈んでいた身体を起こして笑った。
「お前は本当に寝起きが悪いな。ずっと呼んでたんだぞ?今日、出かけるんだろ?そろそろ起きないと時間がなくなるぞ」
言われて思い出した。
(あ、クリスも今日オフなんだっけ…)
二人のオフが重なることなど滅多にない。クリスは任務に就いたら結構な日数家を留守にするし、ピアーズはシフト制で勤務時間が滅茶苦茶だからだ。一緒に住んでないときっと会うことすらままならなかっただろう。
「コーヒー淹れるからシャワー浴びて頭スッキリさせて来い」
クリスはベッドに起き上ったピアーズの頭を撫でるというよりわしわし掻き回した後にそう言って部屋を出て行った。
ピアーズはクリスの出て行った開いたままのドアを見ながら、首を前に項垂れた。そのまま溜息をつく。

ピアーズがクリスに想いを告げたのが2週間前。
受け入れられた、という解釈でいいのか迷う2週間だった。
クリスは以前と全く変わっていない。いや、どう変われと言えばいいのか自分でもわからないし、自分も変わってないと言えば変わってないので――というか、やっぱりどう変われと言うのか――つまり、あの告白めいた言動はなかったかの如く毎日が過ぎていた。

シャワーを浴びて上半身裸で片手で髪を拭きながらリビングに入ると、クリスは「ちゃんと拭けって」と言いながらタオルでピアーズの頭を包んでがしがし拭いた。乱暴ではないが遠慮はない拭き方だった。

――こういうのは前はなかったな…

ピアーズは素直に頭を垂れてされるがままになっていた。
同居した当初はピアーズの右腕に配慮して色々やってくれようとしたクリスだったが、ピアーズが「自分でやるのも練習だから」と断ってからはこういうのはなかった。
ソファに二人で座るのももう慣れた。身体がくっつくことはないが、自然に肩が触れたりするのはままある。その度に顔には出さないがピアーズは心臓が跳ねる。だが、クリスを窺うと全く気にしていないように見える。
結局、色々考え過ぎなんだろうな、俺は。

――俺がヤリたいって言ったらどうする?

そう聞いた時の戸惑ったようなクリスの顔は記憶に新しい。今までお互い普通に女が好きで、男に対してそんな感情を抱いたことなどない。一体どうすればいいのか。どうすれば?何を?
「乾いたか?」
クリスがピアーズの頭に顔を近づけて髪を触る。その距離の近さに顔を上げれずに下を向いたままでいると、クリスは最後にピアーズの髪に指を突っ込むようにしてかきまぜると笑った。まるで犬の頭を撫ぜるみたいだな、とピアーズは思った。
「どうした?コーヒー飲むか?」
「…飲む、けどっ」
目を合わせずに下を見たまま言うと、「じゃあ淹れる」と笑って離れた。
ピアーズは自分の顔が赤いのを自覚していたのでそれを隠すために下を向いていたが、耳まで熱いのでクリスにはバレバレだろうなと思うと更に居たたまれなくなる。
「朝食はパンでいいか?」
普段と変わらない声音で言われてピアーズはやっと顔を上げる。
「はい…」
クリスは目を細めて太く笑むとコーヒーを淹れたカップをテーブルに置いた。


朝食を終えると身支度をして二人で出かける。
こんな風に出かけるなんて初めてかもしれない。
クリスと並んで歩きながら、ピアーズはようやく暖かくなった気候にホッとする。
「どこ行く?」
クリスがこちらを窺いながら聞いた。
「どこでもいいですけど…買い物は行かないとダメですね」
「それは後でいいだろ。帰る直前にスーパーに寄るか」
「そうですね」
そう言ってポケットに手を入れて歩こうとしたピアーズにクリスは更に声をかける。
「敬語なんだな」
「え?」
唐突に問われた内容に目を瞠る。
「いや、いつまでも敬語で話すから――未だに隊長だしな」
「隊長は隊長でしょ。癖だからそう変えれませんよ」
クリスは頭を掻きながら、そうかと呟いた。その表情からの心情が読み取れなくて、ピアーズは戸惑った。
「お前は――」
言いかけて止まるので、ピアーズは続きを待った。クリスと目が合ったが、視線が絡んで逸らされた。
「いや、何でもない…」
「何ですか、気になる。言って下さい」
「何でもない」
苦笑いをしながらはっきりした口調で言われ、ついでに頭に手を置かれた。こういう時は食い下がっても無駄だ。絶対に言わない。ピアーズは溜息を小さくついて諦めた。そのまま無言でしばらく歩いた。
クリスはさほど饒舌ではないのでこんな風に二人の間で沈黙が下りることがままある。同居当初は気になったが、今ではそれが心地よいとさえ思える。多分、クリスも同じ気持ちなんだろう。無理に話題を振ろうともしない。
行く当てもなく二人で肩を並べて歩きながら、ふと気づく。以前は二人の間にはもっと空間があった。でも今は拳一つ分だ。少しずつ縮まった距離はあと拳一つ分――これが埋まるのにどれほどの時間が必要なのか。そもそもクリスはこの距離をゼロにしたいと思っているのか。
話し合うには内容が即物的過ぎて、ピアーズは泣きたくなる。一体どんなツラでそんな話題を振れと言うのか。

――欲求不満かな、俺。

「何考えてるんだ?」
そんなことを考えていたから、クリスにそう問われて顔が赤くなった。
「何も考えてませんよ!」
必要以上に強い口調で言い返した自分が更に居たたまれなくなって俯いた。
「そうか」
それでもクリスは微笑んで分厚い掌をピアーズの後頭部に置くだけで何も言わない。
そしてふと気づく。最近、クリスが自分の頭を触る回数が多い。しかも髪型をセットしている時はこんな風に前髪を避けて後頭部を触るだけ。風呂上がりのように何もつけていない時は遠慮なく掻き回している。その違いにピアーズは笑いたくなった。同時に鼻の奥がツンとした。何とも言えない感情が湧き上がって、拳一つ分を一足飛びに越えたくなる。
それでもそんなことが自分にできるはずもなく、自分が何をしてもきっとこんな風に慌てたりしないクリスを憎らしく思う。

――ちきしょう、覚えてろ。

いつかきっと、俺で慌てさせてやるからな!



****

いつからだろう。ピアーズが自分の部隊にいた頃からか?いや、あの頃はそんなことは微塵も思わなかったから、回数にしたら微々たるものだろう。でも今はどうだ?


クリスは朝が早い。職業柄、寝起きもいい。今日も自然に目が覚めたら7時だった。オフなのにこんなに早く目が覚めて、それが職業柄なのか年齢のせいなのかクリス自身もわからない。
自室を出てピアーズの部屋に視線をやると、案の定まだ寝てるのだろう、何の気配も物音もしない。
クリスは苦笑いするとシャワーを浴びるためにバスルームに向かった。
熱いシャワーを浴びてスッキリして手早く身支度を整える。カラスの行水に早飯、身支度の速さはもう身についた習慣だ。
キッチンに入ってコーヒーを淹れて新聞を読む。それで30分以上時間を潰して、クリスは立ち上がった。放っておいたらきっといつまででも寝てるんだろうな、あいつは。
クリスはピアーズの部屋をノックする。案の定、何の反応もない。強めにドアを叩くべきか迷って――結局ドアを開けることにした。
ドアを開けると薄暗い部屋にカーテンから漏れる光が一筋、ベッドを照らしている。ピアーズの顔が見えてクリスは思わず笑った。
――幸せそうな顔で寝てるんだな。
ドアが開いて風が入ったからか、ピアーズが毛布を顔まで被った。
顔が見えなくなったことが惜しくて、クリスは毛布を剥がす。ピアーズ、と声をかけるが、身体を丸めた彼は顔を顰めただけで起きる気配はない。
「ピアーズ」
肩を掴んで軽く揺すりながら強めに呼んでみる。それでも、んーと呟きながら寝返りを打とうとしたのでクリスは苦笑した。
(ホントに寝起きが悪いな)
クリスはベッドに屈むとピアーズの耳元に口を寄せて再度呼ぶ。

「ピアーズ」

するとこちらを認識したのか、閉じていた目がパッと開いた。きっと声で誰が呼んでいるかわかったんだろう。目の焦点がこちらに合った途端、顔が赤くなる。近いからか身体を引いて遠ざかろうとする。その行動もいつものことだ。

――本当にこいつは…

クリスは自然に浮かぶ笑みを堪えきれずに零す。屈めた腰を起こしてピアーズから遠ざかる。
「お前は本当に寝起きが悪いな。ずっと呼んでたんだぞ?今日、出かけるんだろ?そろそろ起きないと時間がなくなるぞ」
明日はオフだからどこか行きましょう、とピアーズが言ったのは昨晩だ。反対する理由もないのでクリスも頷いた。
ピアーズの気持ちを知ってから2週間。特に何もなく過ぎた。それ以前と同じだ。会えば話をするし、メシも一緒に食える時は食う。以前と何ら変わらない――ただ、自分のピアーズに対する気持ちは少し変わったように思う。
自分を慕ってくれる優秀な部下、から何に?
クリスはベッドに起き上って視線を下げているピアーズの頭を掻き回しながら考える。
以前はこんな風に頭を触ることなどなかった。最近、ここ2週間あたりから急激に回数が増えたように思う。
目の前にピアーズの頭があると無意識に手を伸ばしている。髪を整えてない時は遠慮なく、いつものように整えている時は触っても崩れない後頭部を優しく。
触ってから気づく。最近、頭を撫でる回数が多いな、と。それがどんな心境の変化なのか、クリスは徐々に自覚し始めているが、ハッキリ言葉にするのはまだ早い。

クリスはシャワーを浴びにバスルームに消えたピアーズの線は細いが意外にがっちりした背中を見送って、手早く朝食を用意した。ピアーズもクリス同様、ものの5分もしない内に髪を拭きながらダイニングに姿を現した。
「ちゃんと拭けって」
まだ髪の先から雫が垂れていて、被っているバスタオルでクリスは遠慮なくガシガシ拭いた。短いのですぐに水分は飛ぶ。素直に頭を垂れてされるがままになっているピアーズを見ながら、クリスはまた自然に顔が笑うのがわかった。
最後の仕上げとばかりにやっぱり頭を撫ぜるというより掻き回すようにして、ようやくピアーズの頭を放す。
放したのにまだ俯いたまま顔を上げない。
「どうした?コーヒー飲むか?」
顔を上げないまま「…飲む、けどっ」と聞こえてきて、更に笑みが深くなる。
(ホントにこいつは――)
「じゃあ淹れる」
そう言ってクリスはコーヒーを淹れるためにキッチンに入った。

朝食を終えて二人で外に出る。たわいない話をしながら歩き出した。
「そうですね」
ピアーズの相槌を聞いてクリスは最近気になってることを思わず口にした。
「…敬語なんだな」
驚いたようにこちらを見るピアーズに、言うつもりのなかった言葉を口に出したことに気づいた。
「いや、いつまでも敬語で話すから――未だに隊長だしな」
ごまかすように早口で言ってみると、ピアーズからは苦笑いが返ってきた。
「隊長は隊長でしょ。癖だからそう変えれませんよ」
そうだよな、でも――
お前は、と言いかけて、クリスは言葉を切る。何と言えばいいのか。自分の中で変わったラインに戸惑う。以前はピアーズが敬語だろうが隊長と呼ぼうが何とも思わなかった。でも今は。

――たまにクリスと呼ぶだろうが。

言いかけた言葉を飲み込むと、何でもないとピアーズを見て微笑む。ピアーズは諦めたように溜息をついた。それを見ながらクリスは思う。
(今はまだ。急くことはない。ゆっくり時間をかければいい)

しばらくして隣のピアーズの耳が赤いのに気づいた。
「何考えてるんだ?」
何気なしに聞いてみると心持ち顔を背けながら「何も考えてませんよ!」と強く返って来た。耳の赤みが更に増す。
(お前はホントにダダ漏れだな)
クリスは笑いたくなった。以前――2週間前まではなかった感情が湧き上がる。
ピアーズの頭に手を置くと、こちらを見たピアーズと目が合った。すぐに逸らされたその目を見て、クリスはピアーズの声を聞いた気がした。

――ちきしょう、覚えてろ。

余裕がない自分が悔しい、という感情がダダ漏れだった。クリスは、俺も余裕なわけじゃないけどな、と思いつつ、そんなピアーズを見て思う。



――ちきしょう、可愛い奴。

春のそよ風が二人の拳一つ分の間を駆け抜けていった。

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