バイオハザード6の二次小説を書いてます。
| HOME  | INDEX | PIXIV | ABOUT | BLOG | E-mail | 
背中合わせ <3>
**

朝日が眩しくてピアーズは寝返りを打って布団を頭から被った。
頭がガンガンして身体がだるい。二日酔いだな、これ。今日がオフでよかった。
そういえばジェイクは昨日どうしたんだろう?家まで奴の肩に寄りかかりながら帰って来たのは覚えているが、それからは倒れるようにベッドに入ったのでジェイクがどうしたのかまでは覚えていない。
重い身体を引きずるように自室のドアを開けると、リビングのソファに窮屈そうに寝転んでいるジェイクが目に入った。
デカい野郎だな。背だけで言えばクリスより高いんじゃないのか。
とりあえず頭をスッキリさせようとシャワーを浴びることにする。
思い切り熱いシャワーを頭から浴びながら、ピアーズは昨日のことを思い出していた。
酒が入ったせいでジェイクに色々余計なことを喋った。いや、ほぼ思っていることを全部吐いたような気がする。
それでもジェイクに話したせいで、自分の気持ちが霧が晴れるようにハッキリしたような気がする。

――男とか女とか関係なく人として好きってことでいいだろ。

ジェイクの言葉が脳裏に浮かんだ。
そうか。俺はクリスが好きなのか。尊敬して信頼して、そばにいたい大切な人。ただそれだけだ。
ただ、それだけのことなのにあれだけ悩むんだから、きっとそれ以上も望んでいるのかもしれない。いや、望むんだろう。
ピアーズはシャワーを止めるとタオルで身体を拭きながらバスルームを出た。出た途端、固まった。
ソファにいたはずのジェイクの姿が消えて、クリスが立っていた。
「クリス?」
「ただいま」
クリスは微笑んでソファに座った。
「ジェイクは?」
「帰ったよ。よく話し合えと言っていたな」
ピアーズは言葉に詰まった。アイツ、何を言ったんだ?
「ほ、他に何か…」
「いや?詳しいことは本人から聞け、とにかく腹割って話し合えとだけ言って帰ったよ」
とりあえずホッとしてピアーズは慌てて服を着た。
「早かったんですね…何日かかかるかと思ってましたが…」
「ああ、収穫がなくて情報の信憑性が疑われてな。早めに切り上げる指示が出たんでな…」
「そうなんですか。朝メシ食いました?俺、何か作りましょうか」
クリスは首を振って「もう昼だぞ」と言いながら、ソファの自分の隣を手で叩いた。
「とりあえず座れ。話をしよう」
クリスの隣に座るのは躊躇われ、ダイニングの椅子を引いて座ろうとしたらクリスが口を開いた。
「そんなに俺が嫌か」
言われた意味が把握できなくて、ピアーズは目を見開いた。何て言った?
「お前、絶対隣に座らないだろ。最近は目も合わないしな」
思い当たる節があるので、思わず目を逸らした。それを見たクリスは溜息をついた。
「言いたいことがあるなら聞くから、はっきり言ってくれ。俺に気を遣うな」
それでも何も言えずにいるピアーズにクリスは続ける。
「同居が嫌になったか?ここを出たいなら――」
「違う!そうじゃなくてっ」
反射で言い返すが、それ以上は言葉が続かない。クリスは自分の行動をそういう風に解釈していることに愕然とした。
だが、思えば当たり前だ。避ければ嫌がられてると思われて当然だ。違うのに――
「何だ?」
先を促すクリスは怒ってる風でもなく、穏やかに、しかし逃げることを許さない眼差しでこちらを見据えている。
それを見つめ返すだけの度胸もなくて、ピアーズの目線は泳いだまま言葉を探す。
「クリスが嫌なわけじゃない。ここを出たいわけでもない」
結局出てきた言葉はそんな表面上の否定だけだ。それだけでは避けている行動の理由にならない。だがそれを説明するだけの心の準備がピアーズはまだできていない。
「じゃあ、何だ?好きな奴でもできたか?」
クリスの言葉にピアーズは思わず目を瞠った。その様子を見てクリスは納得した表情を浮かべて頷いた。
「何だ、やっぱりそうなのか。いいんだぞ、俺に気を遣わなくて。ここに連れて来るのが気まずいならここを出て部屋を借りても――」
好きな女ができたと思われたんだ、と理解するまでに時間がかかった。クリスが好きなのがバレたのかと思って焦ったが、それでも複雑な心境だった。同時にクリスの中でやはりピアーズはそういう範疇ではないことを突き付けられた気がした。もちろん自分も男をそういう対象に見たことがなかった。それと同じことなのに、それでもその事実はピアーズを怯ませる。
「…クリスは?」
何がだ?と目顔で先を促され、ピアーズは一番知りたいことを聞いた。
「あんたは好きな女、いないの」
軽く目を見開くようにクリスはピアーズを見てから、視線を逸らすと頭を掻いた。
「いるように見えるか?」
「今はいなくても、ずっといなかったわけじゃないだろ。彼女がいた時期とか――」
「…そんなヒマあるか。それに俺の身辺は安全ってわけでもなかったからな。普通に結婚して家庭を築くのは正直諦めてる」
ピアーズは驚いた。まさかクリスがそんな風に考えていたなんて、思いもしなかった。
「それでいいのかよ、あんたは!?」
思わず声が高くなる。対するクリスは冷静だった。
「いいんだ。俺は好きな女一人すら守れなかったしな」
言われた内容が理解出来なくてピアーズはクリスを窺う。

――好きな女を守れなかった?

誰のことだ?
聞こうと口を開きかけて、ピアーズの脳裏に一人の女性が浮かんだ。
「――ジル…バレンタイン?」
ピアーズはジルと直接の面識はない。ピアーズがBSAAに入った時には既にウェスカーとの対決が済んだ後だったので、話に聞いただけだ。
ウェスカーからクリスを助けて、崖から転落し、ウェスカーに拉致されていたと聞いた。挙句に洗脳され、テロに加担させられていたのをクリスが助けた――と事件の顛末を聞いた。
その後のジルの消息はトップシークレットになっていて、ピアーズは知らない。クリスが知ってるのかどうかも知らなかった。
「付き合って…たんですか」
急に自分の周りの酸素が薄くなったように感じた。喘ぐように声を絞り出す。
「…彼女に気持ちを伝えたことはない」
「何でっ!」
クリスは首を振って言った。
「ジルとは相棒だ。常に背中合わせだった。前から向き合うのはすべてが終わってから――そう思っていた。だが、ウェスカーとの対決の時にあんなことがあって――」
苦しそうに言葉を切ったクリスを見て、ピアーズは思い知る。

――まだ好きなのか。

胸がギリギリと音を立てて痛んだ。クリスに好きな女がいると聞いただけでこんな気持ちになるのに、好きじゃないなんて欺瞞もいいとこだ。今、ピアーズははっきり自覚した。同時にはっきりとクリスの気持ちが自分に向いていないことを思い知る。
「今も好きなんですか」
どうだろうな、とクリスは呟いた。
「正直、わからない。ずっとそばにいたからいなくなった時は堪えた。しかも俺を助けてな。ジルが俺を必要としてるなら、喜んで応えるだろうが――」

――きっと彼女はそれを望んでいない。

最後まで声に出しては言わなかったが、クリスはそう思っているようだった。



***

「俺は…」
ピアーズの声が聞こえてクリスは顔を上げた。
最近避けていた視線がまっすぐにこちらに向いていた。その強い視線にたじろぐ。
何だ?
「俺はあんたが好きだ」
クリスは戸惑いながらも、俺も、と反射で返しかけて、その目に籠る熱に気づいた。気づいて目を瞠る。
呆けた時間は一瞬だったが、冗談で流せない間合いには十分だった。
「何言って…」
それでも今からでも誤魔化せないかと笑いながら言いかけた言葉をピアーズは遮った。
「わかってんのに流すなよ」
眉間に皺を寄せて怒った表情でクリスを見据える。
「俺だっておかしいと思うよ。男なのにあんたが好きとか、気持ち悪いと思われても仕方ないけど、ホントにそうなんだから仕方ねぇだろ」
気持ち悪い、と言われて自分の今の気持ちを考える。クリスは戸惑いはあるが、そんな感覚はないことに愕然とする。
「ピアーズ…」
何と言えばいいのか、わからないままクリスはピアーズを見つめる。
怒った表情をしているが、困ったときにもそんな表情をする。喜怒哀楽が激しくて、ジェイクの挑発にも簡単に乗っていたな。そのくせすぐ感情移入して同情する。明るく明朗でそんな性格のせいか人に好かれる。反面、頭が切れて行動力もあり、有能だ。BSAAでは安心して背中を預けられる随一の人間だ――ジルのように。
そして、そんな性格だから半年も失踪した自分を東欧くんだりまで探しに来てくれたのだろう。
海底基地で自分を助けるために躊躇もせずウィルスを自身に打ち込んだ。死を覚悟して俺を助けてくれた。
クリスはフッと笑うと、肩の力が抜けた。
何を迷うことがある?もう決めたことだろう。
「言っただろ?お前は俺に右腕をくれたんだから、お前には俺をやるよって」
ピアーズの目が見開かれた。
「お前が俺を望むなら、俺はずっとお前のそばにいる」
「いや、でも…俺が言ってる意味は――」
「ずっと背中合わせだったろ?もう前を向き合ってもいいだろ」
ソファから立ち上がってクリスはピアーズの前まで来ると、ピアーズの頭をガシガシ撫でた。
「もし――これから先ジルさんがクリスを好きだって言ったら?」
素直に頭を垂れていたピアーズから漏れた言葉に苦笑する。
「それはないと思うが…それでももう俺はお前を選んだんだから、約束は守る」
「…もし俺がヤリたいって言ったら?」
クリスは目を瞠ってピアーズを見た。俯いた顔が赤い。
何とも言えずに黙っていると、ピアーズは慌てたように早口で捲し立てる。
「いや、だから!そういう可能性も孕んだ好きだから!いや、別にいますぐどうこうじゃなくて、もしかしたら将来そんな気分になるかもしれないから――」
もはや何を口走ってるのかわからない様子のピアーズにクリスは笑った。
「そんな経験はないが善処する」
「…言っとくけど、俺だってない…」
「知ってるさ」
目の前の頭をもう一度撫でて、クリスは「メシ食うか」と聞きながらソファに座った。
頷いたピアーズが自分の隣に座るのを見て、クリスはふわりと微笑んだ。


BACK - INDEX - NEXT