バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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誰がために背負う罪 <5>
一ヶ月の謹慎を言い渡されて、ピアーズは気分が晴れないまま酒場に入り浸った。
毎日一人でチビチビ飲みながら答えの出ない問いから逃げた。
ピアーズの友達と呼べる人間はみんな軍隊に所属している。だからこんな命題を突き付けられない。単なる愚痴で終わる気がしない重い命題を共有するほどの仲間などいない――そう思い知ってまた落ち込んだ。
今までの自分は一体何だったのだろう。
これからどうすればいいのだろう。
そんな自問をしながら何もせずに過ごした日が二週間を過ぎた頃――酒場で声をかけられた。

「ここの酒はうまいな」

見ると一目で軍人だとわかる風貌の男だった。
30代半ばで、鍛え抜かれた上腕はピアーズのそれとは比べ物にならないくらい太かった。
「そうか?酒なんかみんな一緒じゃないか?」
ピアーズはおざなりに返してグラスを一気に呷る。
「いや、色んな種類を置いているし、珍しい銘柄もあるぞ」
「珍しい銘柄?」
「ああ、例えばあれなんか――」
ピアーズは説明を始めた男に手を振って遮った。
「いや、興味ないからいい」
男は素直に口を閉じると、閉じた代わりにじっとこちらを見る。胡散臭げにピアーズは視線を男に向けると「何か用か?」と訊いた。
「いや、このところ毎日飲んでるらしいな?」
ピアーズの頭に警告ランプが点滅した。もしかしてこちらを知ってて声をかけてきのか。
「誰だ?」
「俺はクリス・レッドフィールド。君は――」

――ニヴァンス?ピアーズ・ニヴァンスだな?


***

名前を言い当てられて目を瞠ったピアーズの顔がわかりやすく変わった。警戒している表情を浮かべながら、カウンターに伏せがちだった姿勢が少し伸びた。
クリスは報告書で知った顛末を苦く思い出す。

――一ヶ月の謹慎処分。

クリスも元米軍出身だった。陸軍ではなく空軍だったが、軍の規律はよく知っている。考え方も――それに反発する気持ちも。
報告書には事実のみが簡潔に書かれていたが、現場を目の前で見ていたクリスにはピアーズの気持ちがよくわかった。
命令違反。軍から見たらピアーズの行動はその一言に尽きる。だが、ピアーズ側の感情もシンプルに一言だ。
――一般市民の子供を助けたかった。それだけだ。
一体のB.O.W.を一発の銃弾で撃ち抜いた。ターゲットは違えども、それで戦況は有利になった。襲われかけていた一般市民を助けた。押されていた空気をup set win(一発逆転)させたヤツ、とあの場でクリスの部隊では噂になった。だが、そんなことは命令違反という一片の不祥事ですべて吹き飛ぶ。挙句に謹慎。

「BSAA所属のクリス・レッドフィールドだ。ニヴァンス」
「BSAA?」
BSAAの認知度は未だに高くない。聞き返されることが日常茶飯事だから説明するのも慣れたものだ。
国連直轄の対バイオテロ特殊部隊。主にB.O.W.の殲滅を任務とする。B.O.W.というのは――
「知ってる。バケモノみたいなヤツだろ」
ピアーズはあの時に実物を見たので理解も早かった。
「というか、これって引き抜き?だとしたらこっちの身分も知ってるんだろ?今の地位を捨ててそっちに移るとでも?」
クリスは酒のせいか若干呂律が怪しいピアーズに口の端を吊り上げて笑ってみせる。
「謹慎中に腐って酒を飲んでる理由は?」
「別に。上官がろくでなしなだけ」
「ろくでなしの下にいる気か?」
「そっちがろくでなしでない根拠は?」
ないな、とクリスは正直に言った。呂律は怪しいが頭の方にはさほど酒は回ってないらしい。
「だが、少なくとも戦う意義は明確だ」
虚を突かれたようにピアーズが黙る。クリスはスツールから立ち上がると、カウンターに金を置いてピアーズに向き合った。

「――この世からB.O.W.を殲滅して、人々を守る。そこに貴賤の区別はない。政治的なゲームもな」

クリスはそう言い置いてピアーズに背を向けた。またな、と言うと、手を挙げた。


翌日、その酒場に顔を出してみたがピアーズはいなかった。
その翌日も覗いてみたが姿がなく、クリスは肩を落とした。それでも諦めずに次の日も顔を出してみた。
カウンターで飲んでると隣に誰かが座る気配がして、見るとピアーズだった。

「アンタ、伝説の人なんだってな」

ポツリと漏らした言葉にクリスは苦笑した。
「どんな伝説なんだ?」
「調べたら色々出て来た。バイオテロのスペシャリスト。BSAAを立ち上げたメンバーの一人で、BSAAの象徴ともいえる人物」
並べ立てられる言葉にクリスは笑うしかない。
「必死で戦ってきただけだ。途中で放り出すことができなかった」
この10年余り、止まることなく突っ走ってきた。アンブレラの崩壊、アルバート・ウェスカーとの因縁の決着、終わることのないバイオテロとの戦い。
「…迷うことはないのか?」
ピアーズが遠慮がちに聞いた。クリスは目を見開いてピアーズを見た。
「あるさ。自分のしていることの意義がわからなくなる。ラクーンの悲劇を二度と繰り返させないために俺たちは戦っている。だが、誰と戦っているのか、正直わからなくなる時がある。倒しても倒しても湧き出てくる。トカゲの尻尾切りのようだな、と思う」
ラクーン、とピアーズが呟いたので、それも調べたのだろう。クリスは言葉を継いだ。
「だがな、最終的に思うのはひとつだ」

――失った仲間のために、決して諦めない。あの悲劇を繰り返さないために一生戦うと誓った。


***

一生戦う――

そう揺るぎなく断言できる目の前の男がひどく眩しかった。
ピアーズは眩しくて、目を逸らした。こんなに明確な意思を持って自分は何かを誓えるのか。
この男について行ったら、こんな揺るぎない瞳で自分も言えるようになるのか。
陸軍特殊部隊という栄誉ある地位を捨てるに値する何かを持つことができるのか。

――できるかもしれない。

そう思える何かがこの男にはあった。
少なくとも今の上官のように保身だけで動くような男ではないようだ。
自分の高い地位を全て捨てて実行部隊に移ったと聞いた。その世界では有名な男。

ピアーズは目の前の男に向かって口を開いた。
「俺にそんなことができると思うか?」
クリスは笑った。本当に嬉しそうに。

「お前ならできると俺が見込んだんだ」

――クリスの手に原石が落ちた瞬間だった。


「あの時、言ったろ?失った仲間のために決して諦めない。一生戦うと誓った、と」
クリスの真摯な瞳がピアーズを見つめる。ピアーズは堪らず視線を逸らした。
「お前と出会う前からたくさんの仲間を失っている。出会ってからもな。俺は――」
クリスの静かな声を聞きながら、ピアーズは胸が軋んだ気がした。
「お前に俺をやると言ったが――それは無理かもしれん。俺はお前のために銃を置くことはできない。逃げることは許されないと思っている」
そんなことは――そんなことはわかっている。全て自分のエゴだ。
死んでほしくない。俺の世界から消えないで欲しい。それはクリスのためじゃない。俺のためだ。
俺が、クリスのいない世界で生きていく自信がないだけだ。

「すまない」

真摯な勁い視線でクリスはピアーズを貫いた。低く呟いた声がピアーズに重くのしかかる。
ここでクリスが銃を置くのは、ピアーズの"ため"じゃなくて、ピアーズの"せい"だ。
ピアーズはもう戦線離脱した。フィンや他の死んでいった仲間たちの想いを背負い続けていかなくていい。でもクリスは――恐らくこれから一生この罪を背負い続けていかなければならない。逃げてもおかしくないほど重いはずなのに、それでもこの人は決して逃げない。

ピアーズは思わず俯いた顔を上げられなかった。声も出ないまま項垂れていると、クリスの手がピアーズの頭を引き寄せた。引き寄せられるがままに体重をかけると、イテ、と小さく呟く声が聞こえて慌てて身体を起こす。
「大丈夫ですか…」
「大丈夫だ」
そう言って笑った顔が本当に嬉しそうで、ピアーズは戸惑った。
「お前にもらった命だ。お前に返そうと思っていたが、それはまだ先になる。でも――」

――必ず返す。それは約束する。一生そばにいるから、それで勘弁しろ。

クリスの表情が堪らなくてピアーズはまた目を逸らした。
「アンタはそうやって、また一人で全部背負う。俺が――一緒に背負って行くはずだったのに。いずれは代わってあげられるはずだったのに」

それはもう叶わない。謝るのは俺の方だ。

「一人じゃない。昔は一人だったが、今はお前がいる。俺はお前に救われているんだ」

ピアーズはクリスの怪我の一報を聞いてから初めて心の霧が晴れたような気がした。
クリスを想うあまりに見失った道しるべ。ずっと昔から一緒に見続けた先をこれからも一緒に歩いて行きたい。
家族の反対を押し切ってまでこの人について行こうと決めた、あの時の気持ちが蘇る。
自分が自分でいれる場所を見つけたと思った。戦場で戦うことに意義がある。その前提なくして今は有り得ない。

「俺はお前や、バイオテロの犠牲になった仲間のためにこれからも戦う」
だから、と続けたクリスの言葉をピアーズは遮った。
「わかってます。俺は――一緒には行けないけど、待ってます」
そう言うと、クリスはやっぱり嬉しそうに笑って、ありがとう、と言った。


あとがきへ

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