バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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誰がために背負う罪 <4>
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「あの時、いたんですか…」
「俺がお前を見初めた瞬間だな」
クリスは心底嬉しそうに笑った。
「お前が撃った一発はあのB.O.W.の弱点を突いていたな。瞬時に相手の、それも人間じゃなくて未知の生き物の弱点を探して、そこを突ける判断力と――」
「やめて下さい。知ってるでしょう、そのお蔭で謹慎処分ですよ」
ピアーズは苦虫を噛み潰したような顔で視線を逸らした。
「それでもお前のあの判断は間違ってなかった。あの軍の中で間違っているというなら、それはそっちがおかしいんだ。お前は人間として、人として間違ってなかった。だから、お前のその感性はBSAAで生かせると思ったんだ。その射撃の腕もな」
ピアーズは溜息を吐いた。
「いたんならいたって言ってくれたらよかったのに。初耳ですよ」
「言う機会がなくてな…」
「言う機会ならいくらでもあったでしょうに。あんなに熱心に通って来ておいて」
ピアーズは当時を思い出して苦笑いした。
謹慎処分に腐ってヤケ酒を呷っていたピアーズを口説くために酒場に通い詰めたクリスに、今さらながら笑いが込み上げる。
「どうしても欲しかったからな」
聞きようによっては意味深な言葉を吐きながら、クリスが笑う。
ピアーズは当時を思い出して、あの頃はこの人のことを何も知らなかったな、と苦笑した。

――ニヴァンス?ピアーズ・ニヴァンスだな?

そう言った彼はまるであの時の――失踪した彼を探し出したピアーズのようだった。宝物を見つけたような、そんな顔をしていた。


「納得いきません!」
思わず零れたピアーズの本音を上官は剣呑な目つきで一喝した。
「貴様の納得なんぞ知るか!貴様は命令違反を犯したんだ!それだけの話だろうが!」
陸軍特殊部隊配属当時からそりの合わなかった上官が噛みつくように怒鳴った。それでも条件反射で姿勢を正して前を見据える。見据えながらも今度は低く反論する。
「一般市民に危険がありました」
「命令は要人を押さえている敵の射撃だったはずだ!」
ピアーズは唇を噛みそうになるのを必死で抑えた。
確かにインカムから聞こえてきた命令は救出する要人――アメリカ人を確保していた敵を撃て、というものだった。スコープから覗いて狙いは定めてあった。いつでも撃てる、そう思っていた。だが、少し手前で緑の未知生物――見たこともない怪物のような巨体で全身鱗のような模様で見るからに堅そうな皮膚で覆われていた。他からの銃弾を弾いていたのを見ても、その皮膚を撃っても無駄だろうな、と思っていた。ならどこを撃てば――スナイパーの性で一発必中の箇所を無意識に探していた。そして、今まさに子供を襲おうとしている怪物の背中に赤く筋肉の繊維のような、柔らかい部分を見つけた。

――命令はこの化け物の射撃ではない。
――だが、子供が。
――命令違反をすれば下手すれば除隊――

いくつもの相反する思考が頭の中を駆け巡って、ピアーズは一瞬でやるべきことを決めた。
(一般市民の――しかも子供を見捨てられるか!)
トリガーにかかった指に力を入れて、寸分の狂いもなく放たれた銃弾は正確にピアーズが狙った箇所を貫いた。ガシャンと負荷のかかった銃を持ち直して、急いでスコープを覗く。前のめりに倒れる化け物を確認してから本来のターゲットに照準を合わせる。合わせた時には既にターゲットの姿は消えていた。
ピアーズは舌打ちした。だが、当たり前だ。狙撃は一発で仕留めなければ意味がない。外せばターゲットはすぐさま射程範囲から消え失せる。必死で探すが物陰に隠れたのか姿は見当たらない。
だが、ピアーズがB.O.W.を倒したことで膠着状態だった戦況が一気にひっくり返った。軍勢はもともとこちらが優位だったので、すぐさまインカムから要人確保の報告が入ってピアーズは息を吐いた。

ピアーズが陸軍特殊部隊に配属された背景には曾祖父の代から軍人家系だったことが大いに関係していた。
祖父、父と続いて優秀な狙撃手だったため、自分も少なからず影響を受けていたのだろう。士官学校の訓練でも狙撃の成績は常にトップだった。士官学校卒業後、2年で陸軍特殊部隊へ入隊した。
陸軍特殊部隊は厳しい入隊テストをパスしなければならない上に幹部の推薦がないとテストすら受けられない。
ピアーズの場合は父がまだ現役で階級もかなり上だったので、かなり早い段階で推薦を受けることができた。それを親の七光りだと陰口を叩く輩がいるのも知っていたが、入隊テスト自体は公平なはずで、当時は実力で周囲を見返せばいいと思っていた。
入隊後の訓練は想像を絶する厳しさだったが、ピアーズにとってそれは苦痛でも何でもなかった。上官の風当たりもきつかったが――理不尽な言いがかりに近い言動が多く、恐らくコネで入隊したピアーズが気に入らなかったのだろう――それよりも苦痛だったのは――

(自分は何のためにここにいるんだろう)

明確なビジョンが見えない現状だった。
小さい頃から聞いていた戦場の話はピアーズにとってとても身近だった。
国のために、という明確な意思は祖父、父ともにはっきりしていて、大きくなったら自分も――そう思って疑ってなかった。
なのに――

「ニヴァンス少尉!命令違反により軍法会議にかけられた結果、一ヶ月の謹慎処分とする!」

軍隊にとって兵士は歯車だ。"頭"はいくつもいらない。歯車に"頭"があってはいけない。考えるのは上の仕事で、自分たちは上の決定に"従う"だけだ。手足が意思を持って好き勝手をすれば、全体の統率は崩れる。それはよくわかっているつもりだ。わかっているが――

「Yes, sir!」

ピアーズは条件反射でビシッと敬礼を返し、踵を返して部屋を出た。
部屋を出た途端に漏れる溜息を飲み込みながら、心の中で悪態をつく。

何の罪もない子供を見殺しにしてまで命令に従えというのか。
その"命令"だって上の政治ゲームに過ぎない場合が多々ある。

今回の要人の救出だってそうだ。亡命した麻薬がらみの犯罪者だと聞いた。何か重要な情報を握っているらしく、政治的取引のために救出されることになって、それが目の前で切り裂かれようとしている一般市民の子供よりも優先されるのか。
その事実を受け入れないとここではやって行けないのか。そんな疑問もすべて飲み込んで、機械のように命令だけ聞いてターゲットを撃てばいいのか――自分自身の心をすり減らしながら?俺は一体――

――誰のために銃を持つんだ?

ピアーズは一番シンプルな問いに答えられない。その事実が重く心にのしかかった。


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