バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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誰がために背負う罪 <1>
ピアーズは漆黒の闇の中にいた。
ここはどこだろう、と考える間もなく足元から恐怖が這い上がってきた。理由はわからない。
ふと前を見ると、一筋の光が灯った。希望の光だと思った。
ピアーズはそちらへ一歩踏み出した。
途端に周りに光が溢れて、目が開けられなくなって、顔に手をかざした。目を眇めならも光を放つ方向を見ると、光の中にピアーズにとってかけがえのない人が立っていた。
その名を呼んで近付こうとしたら、白い背景の中から白い巨大な影が現れた。周囲も白いから気づかなかったのだ。
「クリス!」
その影は巨大で白くて顔と思しき位置には目と鼻のように穴が空いていた。どこまでも続くブラックホールのように吸い込まれそうな昏い穴だった。
同時に潮の匂いが鼻をつく。
影が腕を振り上げた。長いベルトをしならせるように大きく振りかぶって、容赦なくクリスの方へ――
「クリス!!」
走って駆け寄ろうとして壁にぶつかった。透明のガラスのように向こうは見えるのに行けない。手をついて顔を寄せて必死にその名前を呼ぶ。
だが、クリスは聞こえていないのかこちらを向くことはない。
白い化け物の手がクリスを払った。クリスは100kgはある巨漢だが、あの巨大な化け物の前では塵に等しかった。
数メートルは吹っ飛んで、地面に叩きつけられたクリスをピアーズはなす術もなく見つめた。
巨大な影が地面に伏して動けないでいるクリスに近づいて行く。
「やめろ!クリス!!」
声の限りに叫んで、目の前の透明の壁を力いっぱい叩く。だが目の前の壁はビクともしなかった。
巨大な影がクリスを掴んで高く掲げた。
苦悶の表情を浮かべたクリスを見てピアーズは焦燥感が込み上げてくるが、目の前の壁に阻まれてどうしようもない。

あの時と同じだ――海底基地でハオスに襲われた時と――

目の前の壁を叩く拳から血が滲んだが、ピアーズは気づく間もなく叩き続ける。
あの時は助けることができた。例えそれが自分の命と引き換えだっとしても。でも今は――
ミシミシと音が聞こえてきそうなほど締め上げられたクリスの顔が歪む。
手どころか声すら届かないこの状況で、目の前でクリスが息絶えるのを見てるしかできないなんて――


喉が引き攣れたように鳴って、飛び起きた。
起き上った自分の額から汗が流れ落ちて、シーツを濡らした。息が荒く、肩が上下しているのが自分でもわかった。

――夢か。

溜息に似た吐息を吐いて、ピアーズはこめかみを押さえて頭痛にも似た痛みに顔を顰める。
安堵と同時に込み上げてくる苦い焦燥感。
無意識にベッドの隣を探していた手が温もりに触れた。それでもその焦燥感は消えなかった。
クリスとはもう別々の部屋で寝ていない。バレンタインに合意が取れた上で、部屋を一緒にしようと二人で決めた。だからクリスはここにいる。決して夢のようにはならない。だが――

一週間前、アルファチームに指令が下って三日の予定で作戦活動が展開された。クリスはもちろん隊長として指揮を執るべく現地に飛んだ。三日ほどなら留守にすることはよくある。だがその予定の三日を数えるまでもなく入ったきた報告にピアーズの思考は大半を切断された。

『アルファチーム隊長が重傷のため軍の病院に送られた』

その報告を聞いた瞬間、ピアーズを足元が崩れる感覚が襲った。自分でも立っているのが不思議だった。
重傷?どの程度の?
駆け巡る疑問が頭の中で渦巻く。だが口に出して聞くことはできなかった。

――生きてるのか?

最後に脳裏に浮かんだ疑問がピアーズを打ちのめした。
口の中がカラカラに乾いて声が出なかった。情報が交錯しているのか、詳しいことはまだわからない、で締め括られていた報告書が足元に音を立てて散らばった。
行かないと――そう気づいた時にはもう走り出していた。勤務中だったにも関わらず、HQを飛び出していた。後で聞いた話によると、上司へのフォローはディナがやってくれていたらしく、戻った時にお咎めはなかった。

病院に行くまでの記憶も、着いてからの記憶もなかったが、気づくと目の前でクリスは眠っていて滴る汗が目に入って痛かったのを覚えている。
とりあえず生きていたことに安堵したピアーズは呆けたようにクリスの傍に座った。起きるまで何時間あったのか、自分でもわからない。気づくと明るかった病室も薄暗くなっていて、クリスが目を開けていた。
「何だ、来たのか…」
掠れるような声で言われて、泣きそうになった。
「…心配するでしょ、そりゃ」
「大したことない。肋骨が折れた程度だ」
「十分重傷でしょう、それ」
クリスの手が伸びてきたので、頭を寄せるといつものように後頭部だけを撫でた。
「大丈夫だから。だから、泣くな」
言われて気づいた。自分の頬が濡れていて、気づいたらもう無理だった。ベッドに肘をついて、顔を伏せると同時に今度は涙が意思を持って流れ出すのがわかった。
「あ、汗ですよ!走って来たから!!」
「そうだな、悪かった」
悪かった、が何を指すのかわかり過ぎて、ピアーズは胸が痛くなる。言わなくてもわかる。そこで謝るアンタには本当に負ける――心配かけて悪かった。
ピアーズは一緒に戦っている時には感じなかった気持ちがせり上がってきた。胸の内側をざらりとした感触が浚っていく。じりじりと身を焦がすような焦燥感にも似た気持ちがピアーズを支配する。
一緒だったから。何かあっても自分を盾にしてでも守れる。でも今は――自分のいないところでクリスが危険な目にあってもそれすらピアーズは知らない。何かが起こってから遠く離れたアメリカでその結果だけを聞く。ずっと目を逸らして耳を塞いでいた事実を突き付けられた。

俺は彼を失って生きていけるのか。

それから三日、クリスは検査などで入院を余儀なくされた。
命に別状はないとわかったのでピアーズは安心した。だが同時に夢見が悪くなった。寝ると悪夢で目が覚める。警戒するので眠りも浅くなる。夜中に何度も目を覚ますので、寝た気にならない。睡眠時間も十分ではないからか、疲れが取れた気がしなくて、ピアーズは参っていた。
クリスが帰って来たら治まるだろう、と楽観していた悪夢はクリスが退院しても治らなかった。
隣で寝ているのに、すぐ手を伸ばせば触れる距離にいるのに、悪夢は繰り返しピアーズを襲う。
気づかれないようにそっとベッドを抜け出して、ピアーズはキッチンに入った。冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、そのまま飲み干す。

傍にいるのに悪夢を見る理由はわかっている。わかってはいるが――

ピアーズは首を振ると溜息を吐いた。吐くと同時に後ろから声がした。

「――どうした?」


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